境界線の大猪   作:ネコジマネコスケ

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六話

「成程ね」

 

 一通りの経緯を聞いた小南は、神妙な顔で頷いた。

 彼女は自らの後輩である、空閑からある人物との邂逅についての報告を受けていた。

 実質、ただの会話の中で話題に上がったというだけのことであったが、内容として笑って看過するばかりとは往かなかった。

 玉狛支部は近界との可能な範囲での協調を図っている。

 その延長として近界民を複数名関係者として迎えてすらいるのが実態である。

 逆に近界民排斥を掲げる城戸派、その中でもタカ派最先鋭と評されるのが白猪という女であった。

 ──実に不合理である。

 そんな人物が好意的に接してきた、というのが空閑の弁であったが、小南の表情からは不信感が溢れ出ている。

 後輩へ、というよりも話に出てくる白猪へのそれであった。

 小南の知る限りでは、あの娘は近界民と知れば脊髄反射で抹殺に奔走(はしり)かねない

 本部だから自重したとか、影浦が居たから気を鎮めたとか、そういった配慮や思慮といったものは持たぬ人物である。

 以前三輪ら一部の隊員が黒トリガー確保等の目的を以て空閑らを襲撃したことがあったが、それと似たようなことが突発的に発生する。

 云わば近界民絶対殺すウーマンなのだ。

 

「嘘はなかったの?」

「歓迎するってところで薄っすら、くらいだったよ。かげうら先輩が()()()()から結構危ない人かもしれないとは思ってたけど」

「危ないなんてもんじゃないわよ。地雷よ。歩く暴力よ。誇張抜きにね」

 

 小南は眉間に手を遣って頭を振った。

 そんな仕草をとったのは彼女だけではなかった。

 横で話を聞いていた木崎は珍しくも顔に焦りが出ている。項垂れながらも、彼は意味ありげに陽太郎の方に視線を向けていた。

 烏丸はと言えば、最早悩む前に誰かに連絡を取っているようだった。

 冷や汗を一条垂らした宇佐美が相手を聞くと、迅さんです、と短く答える始末であった。

 未来予知が必要な場面というのか。

 少なくとも、彼らはそう判断したらしい。

 

「へえ、そこまでの人だったんだ。もしかして実際に暴れられたことがあるとか?」

「あー……」

「……クローニンさん達の時に、ちょっとな。初対面だったから本当に危なかった」

 

 事故の様なものだったが、と木崎は言い淀んだ小南の後を継いだ。

 彼は落ち着かない様子で腕を擦っている。

 

「……あの見た目なのに、腕を握られただけで骨を圧し折られるとは思わないだろ」

「念のため聞くけど、トリオン体で?」

 

 生身で、と木崎が答える。

 

「とすると流石にサイドエフェクトか。強化握力……腕力とかかな」

「残念だけど、あの人のは全身。言うまでもないけど、もし戦うことがあったら真面(マトモ)に打ち合っちゃだめよ。正面からじゃ確実に勝てないから」

 

 小南の補足にマジか、と空閑が素で引く。

 無論、彼女の言葉には正面から戦うのであれば、という前提がある。

 影浦が互角以上に渡り合っていたことからも分かるように、立ち回り次第では十分対面でも勝ち目があることを掛けているのは明らかであった。

 

「──確か素手でスコーピオン折ってましたよね」

「そうそう……迅は何て?」

「たぶん大丈夫、だそうです」

 

 烏丸がそう告げると、面々は揃って安堵の息を漏らした。

 迅の未来予知であれば間違いはないという信頼があった。

 つまり、ひとまず喫緊の問題はない。

 そう判断しても良いということだろう。

 だが、元々本部付きの人間だ。会う機会の方が少ない。

 しかも、半分城戸専属と言ってもよい人間である。彼からの指示さえ出ていれば、それに反することは先ずない。

 結局、彼らが然程にも警戒するという時点で、白猪の碌でもないことが担保されたとも言う。

 その所為(せい)だろう、ぼすんとソファに倒れ込んだ小南の口から、むうと小さな呻きが出てきた。

 

「ま、何事もないならいいけど──」

「──あ、そういえば今度遊びに来るって言ってた」

「一番大切なことを忘れないでよ!?」

 

 タイミングよく、玄関のチャイムが鳴った。

 沈黙の後、誰もが視線で会話を始める。

 宅配便を頼んだ者は居ない。

 こんなところに来る新聞屋だの宗教屋だのが居て堪るか。

 宇佐美が知る限りの来客の予定は無いようだった。

 噂をすれば影が差すというが、影が来るのが早過ぎはしまいか。

 事実を言われて図星を突かれた様な格好になる人間は、大体間が悪いと決まっている。

 お約束とも言えるが、付き合わされる人間にとっては迷惑この上ない。

 この場合は()()()()()()()()――次の問題はそこになる。

 ドアを開けるまでは来客が誰なのかは分からない。

 もしかすると勇気ある少年少女がピンポンダッシュに励んでいるのかもしれない。

 誰がその可能性を確定させるのか。

 古参どもは次なるアイコンタクトを巡らせるが、徒労に終わった。

 

「あの……本部のシライさんという人がいらっしゃいました」

「……確定したかー」

 

 小南は頭を抱えた。

 逡巡している間に雨取が気を利かせてインターホンの通話に出てしまっていた。

 ある意味来客が来たら応対するという当然のことであるからして、責められるはずもない。

 まして、同じボーダーの隊員である。居留守など使えるはずもない。

 目的は気になるが、ここで招き入れないという選択は出来ないのだ。

 アポイントはございますか、などと言うほど気取った場所ではないのである。

 しかも、あるかないかで言えば――ある。一応。

 皆の催促を受ける形で空閑が出迎えると、

 

「来ちゃいました」

 

 などと嘯く馬鹿が居た。

 ホンワカと笑っているが、迎える側としては気が気でない。

 以前の暴走については、既に話がついていた。

 事件があって少々してから菓子折りを手に頭を下げに来たので、玉狛支部の隊員もそういった意味では悪い人間とは思っていない。

 悪い人ではない。

 凡そ誉め言葉では使われない言い回しである。

 兎に角、()()()()()()()

 今、彼らがこの上なく不都合に思っているのはヒュースの存在である。

 空閑とは違い、元々は捕虜である。

 しかも、ボーダの隊員を拉致し、殺害した一派に属していた。

 白猪がその派閥の違いを理解しているかはさておき、正体がバレたらと思うと生きた心地がしないのである。

 

「やあやあどうも」

「ええ、お元気そうで何より。皆さんも、お久しぶりです」

「……お久しぶりデス」

「どうしたのですか、小南ちゃん。何やら顔色がよろしくありませんよ。よもやダイエットで食事を抜いていたりしませんね? 食事抜きは最悪の方法ですよ」

 

 誰のせいだ――心が叫びそうになるのを、小南は金剛の自制心を以て抑え込んだ。

 白猪はお上品モードでざっくりとあいさつをして、身長だけで言えば同類と言える、雨取に目を留めた。

 

「何ともこれは親近感が湧いてきますね」

「た、玉狛第二の雨取千佳です」

 

 一方の雨取はと言えば、何やら先輩方が矢鱈と警戒しているので及び腰である。

 

「ええ、動画を拝見しておりますよ。素晴らしい才能をお持ちで」

「い、いえ! 私なんかまだまだで……!」

「謙遜することはありません。噂では遠征部隊を目指していると聞きますが、この調子で勝ち抜けば機会を逃すということはないでしょう」

 

 尤も、勝ち抜けるとは限りませんが。

 白猪は調子を変えることなくそう言って、勧められるままにソファに腰かけた。

 周囲の緊張した空気を全く気にせず、彼女は出された茶を一口だけ啜って、切り出した。

 

「ところで、雨取ちゃん」

「は、はい……」

(わたくし)、只今ボーダー内でちょっとした倶楽部を立ち上げようとしているのですが、興味はありませんか?」

「……へ?」

 

 倶楽部とは、と言いたげな雨取を前に、白猪は人差し指を立てながら続けた。

 

「低身長の方々に声をかけて戦術の意見交換を行おうと思っているのです。レーダーがあるとはいえ、目視という意味では我々の背丈はアドバンテージですので」

「ちなみに俺は参加予定」

 

 同じく小柄の空閑はしれっと手を挙げていた。

 実戦経験のある彼としてはある程度の意義を感じているのだろう。

 

「ちなみにちなみに、今のところ蒼――風間くんや双葉ちゃんにも声をかけています」

「声をかけて……?」

「まだ返事はありませんが、色よい返答には違いありません」

 

 どこからその自信が来るのかは甚だ疑問であるが、彼女としては勧誘の手応えがあったらしい。

 

「風間さんが……」

「おや、三雲くん。貴方も興味があるのですか?」

 

 白猪が反応したのは、身長が低いとは言い難い三雲の呟きであった。

 三雲は、以前風間と模擬戦を行ったことがある。

 以降の防衛戦における活躍もあり、ランク戦の解説における激励もあり、彼にとっては最も尊敬する先輩の一人であった。

 そのカテゴリに入る人間は相当数居るのだろうが、それはともかく。

 そんな風間が参加するように聞こえるのだから、彼も幾らかの興味を擽られるのだろう。

 

「うん、貴方ですか……」

「は、はい。あの、何か?」

「いえ。あの会見、見ましたよ。うん、うん。とても素晴らしかったです。それに根付さんの顔も面白かったですし」

「……そういえば最初の方、宣伝塔に出来ないかって案があったな……」

 

 木崎が思い出したのは、現ボーダの創成期の話である。

 見た目だけは良いので白猪を前面に押し出そうとしたことがあったのだ。

 勿論、今の嵐山隊のような扱いではない。

 一種の戦意高揚に近い広告要員として使おうとしたのだが、本人の戦意が高すぎてラジオコマーシャルはプロパガンダ放送か児童のいたずらの様なものになってしまった。

 動画は何を間違ったのかジュニアアイドルのIV(イメージビデオ)染みた代物になり、瞬く間に頓挫したのであった。

 白猪が根付との直接のパイプを持っているのは、そういう経緯であった。

 

「攫われた方々、失われたものを取り戻そうという気概。感服の一言です」

「あ、ありがとうございます」

「貴方が我がボーダー小人(ホビット)倶楽部に参加されたいというのであれば、是非もありません」

「あの、そのクラブ名に風間さんは賛同しているんですか……?」

「細かいことを気にしてはなりませんよ。人の器が小さくなります」

 

 器が小さい人間が言うと説得力があるものである。

 

「とはいえ、しかしです。一つ確認すべきことが」

 

 白猪は雨取の肩をわざとらしく撫でた。

 小さな二人が並んでいると、本当に小学生としか見えない。

 試しにランドセルでも背負わせれば、敵へのカモフラージュとしては有効なのではないか。

 近界に革箱鞄(ランドセル)が小児用の背嚢であるという常識があるのかは疑問であるが。

 

「背は幾つです?」

「えっと、この間計った時は140でした」

「140!?」

 

 叫ぶ短小(ちび)

 彼女は、残念なことに身長で他人に勝るという幻想を抱くことは許されないようだった。

 

「そうですか。いえ、いいことです」

「あの、この確認にどんな意味が……」

「いいですか、雨取ちゃん。もし貴方がいつか、背の低さをコンプレックスに思うことがあったとしたら、きっと思い出してくださいね。白猪蝸牛は138㎝しかないのだと。少なくとも私よりは高いのだと……」

 

 地の底まで溶け落ちそうなテンションになった白猪を傍目に、三雲は急速にこの変な娘のことを理解しつつあった。

 たぶん、部分的には小南に似ているのだ。

 ただ、その方向性が仕様もないのだ。

 彼の先輩たちも、特に彼女が物騒な雰囲気をしておらずヒュースも私室に籠っているので、普段通りの立ち振る舞いに戻りつつある。

 そんな中、小南がさりげなく白猪に尋ねた。

 

「ところで空閑のことだけど……」

「ああ、知っていますよ。城戸さんにも忍田さんにも聞いてきましたが、要するに帰国子女のようなものなのでしょう」

「帰国子女……?」

 

 一つ、城戸らの同輩である人物の息子である。

 二つ、長らく近界で過ごしていたが、最近戻ってきた。

 三つ、現在は御尊父の意志を継ぎ、ボーダの一員として防衛任務に励んでいる。

 ならば、一時期近界で過ごしていただけのこちらの人間だ。

 ――と、白猪の論法ではそうなるらしい。

 小南が感心するべきか呆れるべきか悩んでいるのを、勝手に感心したのだと解釈して彼女は胸を張った。

 

「勿論、城戸さんの指令もありますが、敵意はもうありませんよ。聞いたのはちょっと前なので、最初は少し怖かったかもしれませんね」

「いえいえ、お気になさらず」

「うふふ、空閑くんは優しいのですね」

 

 彼女は頑張って空閑の頭を撫でようとして、反射的に躱されたので若干落ち込んだ。

 閑話休題。

 淹れられた茶を飲み干して、白猪はすっと三雲を見つめた。

 

「本題に移りましょう。三雲くん、貴方は今、少しランク戦で気になっていることがあるはずです」

「――気になっていること」

「得点です。仕留める力です。いえ、勿論今の戦略は存じています。そして、それがうまく回っている」

 

 玉狛第二は勝ち続けていた。

 三雲本人が最初に落とされることはあったが、それでもトータルではB級上位に入りつつある。

 結成から数か月の隊がそこまで駆け上がったのだ。

 今更別の作戦、別の方針を取るのは些か厳しいものがあるのではないか。

 常識的な考えがあれば、そう結論付ける。

 

「でも得点取りたくありませんか?」

「それはそう、ですが」

 

 玉狛の人間は誰もが知っていた。

 彼がどれだけ多くの人から貪欲に学び、今の形に落ち着いたのかということを。

 トリオンに恵まれない彼が、チームとして勝てる戦略を磨いてきたことを。

 

「今の戦術を維持しつつ、貴方の得点力を挙げる。そんな方法があれば、と思いませんか?」

「……無理よ」

「いいえ、小南ちゃん。無理ではありませんよ」

 

 白猪はその努力を知らない。

 だが、三雲修にトリオンという側面での才がないことは知っている。

 その上でB級上位に食い込むまでに練り上げていることも知っている。

 何より、少年の気質は――彼女の好みだった。

 

「三雲くん、どうですか。貴方は、どう思いますか」

「それは、出来るのなら……」

「出来ます。術理を体に覚えさせる必要がありますが、それのみに絞れば必ず身につきます」

 

 故に彼女は、大きく頷いた。

 

「――私がレイガストの楽しい使い方をお教えしましょう」

 

 最終的に、彼女は自分の気に入った人間にあれこれと世話を焼きたいだけなのであった。

 

 

 

 

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