境界線の大猪   作:ネコジマネコスケ

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七話

 少女らは(ひろ)い空間に居た。

 三雲と、白猪の二人である。玉狛支部の訓練空間を強引に借りたらしい。

 手には同じトリガーが握られていた。

 レイガスト――盾と剣を兼ねる接近戦用の武具である。

 その汎用性とは裏腹、盾としても剣としても幾分使い勝手が悪い為、冷遇されがちという代物であった。

 当然、多機能武器はトリガーではない通常兵器ですら使用者を選ぶ。

 斧槍(ハルバード)を始めとして、見かけはシンプルに映る十文字槍ですら十全に扱えるようになるには相応の熟達が必要なのだ。

 最早装備としてのカテゴリが異なる変形ともなれば、その難易度は極めて高いと言えよう。

 一見すると初心者に易しい設計にも拘わらず推奨されないのにはそういった理由があった。

 

「先ず、おさらいです。レイガストは基本設計として、銃手(ガンナー)射手(シューター)との対峙において一定のアドバンテージを得る為に本体を変形可能としています。無論、これは接近戦においても有効な武器となります。そこは良いですね」

「はい。ですがそれは……」

「そう、非常に難しい。何せ、変形するとはいえスコーピオンほどの柔軟性はありませんから、純粋に刃をそういった風に使うことは現実的ではない」

 

 白猪はてくてくと歩き回りながら人差し指を立てる。

 歩調は軽く、傍で見ていればスキップでもしそうな勢いだった。

 気に入った相手に自分の技を仕込むのが楽しいのだろう。

 幸か不幸か、自身以外の隊員が居ないのだ。本人の特性からしても、教えを請われることは少なかったに違いない。

 

「――では、盾はどうでしょう」

「かなり形が変えられたかと思います。以前村上先輩の戦いで見たことがあります」

 

 さすまたのような形状に変化し相手を捕らえる。

 十手のように弧月を絡めとる動きもあった。

 硬さという意味ではシールド以上の強度を持つからこそ、限定的ではあるが接近戦における反撃としても使用出来る。

 三雲もそれ自体は把握している。

 ただ、そういった使い方をするには経験とセンスが足りない。

 全く足りないのだ。

 彼も痛い程その現実を理解している。

 僅かに少年の顔が曇るのを白猪は敢えて無視した。

 

「そう、これも当然難しい。何せ、使う時点で敵に肉薄されています。防ぐという動作の中で別の方向に頭を使はなくてはならない。中距離支援を旨とした貴方の戦法においては、紛うことなき危機です。必要がなければ避けたい、そうですね?」

 

 三雲は首肯する。

 ここまでが前提である。

 次の遠征を目標とする以上、接近戦のセンスを磨く時間がない。

 通常であれば練度の向上に充てられるはずの期間が足りていないのである。

 分かっているから、絶対的エースである空閑を活かし、敵の動きを妨害するという戦術を採用しているのだ。

 彼がメインの武器をアステロイドにしているのも、そういった観点によるものであった。

 白猪もまた、否定はしない。

 その代わりに、だからこそと言葉を重ねた。

 

「そこが狙い目です」

「狙い目――」

「その通り。貴方は接近戦に弱い。貴方は真っ向からの戦いに向いていない。貴方は隊員との連携に長じている。ならば――貴方は単独では容易い相手だ」

 

 ()()()()()()()()

 その一言に、三雲は俯きかけていた顔を上げた。

 

「――勝てると思っている相手ほど隙が出来る」

 

 いつか、彼の友が言っていた言葉だった。

 白猪は静かに頷いた。

 

「ええ、その隙を突く手段ですね。本来段位持ちになってから教える技ですが……どうせ劣化コピーなので良いでしょう」

 

 劣化コピーなのかと三雲が若干落ち込む中、白猪はここに来て剣モードのレイガストを正面に構えた。

 太刀は真正面に、ゆるりと肘を下げ、歩幅は然程広くはない。

 中段構を幾分か下げたような恰好だった。

 一般的に剣を構えるといってイメージする姿に近い。

 小さいながらも芯の通った立ち姿は、本人の修練の行き届いていることを示していた。

 三雲は小さく息を呑んだ。

 ――言葉の上ではなく、直接目にして()()()()()

 玉狛の先達らが(こぞ)って警戒していたのは、こういう人物なのだ。

 意識に潜り込むような空閑とは異なり、鋭敏に心根が張り詰める感覚である。

 気付けば、彼も正面に剣を構えていた。

 そうするのが正しいという確信に従ったのだ。

 彼らの遣り取りをモニター越しに見ていた烏丸が呟く。

 

「三雲にとって、ああいう人は初めてでしょうね」

「そりゃ、やる気が01(ゼロイチ)で切り替わる人間なんてそう居ないわよ。変化が分かりづらいのなら横にいるけど」

 

 小南はそう言って隣の空閑に目を遣る。

 空閑はと言えば、無機質な瞳をモニター内の二人から離さない。

 吸収できるものは何でも自らのものにしようという貪欲が、彼の姿勢に表れていた。

 自身とは正反対に近い戦術でも、知識として頭に入れておけば対策の組みようがある。

 似たような武技を持つ者は近界にも居ただろうが、玄界におけるそれを観察できるのであればその機を逃す手はない。

 鈍く光を放つ画面の中で、白猪は短く息を吐いた。

 

「今から貴方に正面から打ち込みます。こう、1・2・3で真上から。貴方も、同様に私の脳天目掛けて打ち込んでください。全力で、ですよ」

 

 手本を見せるように、彼女は三歩で上段から腹の半ばまで振り下ろした。

 音はない。

 

「勿論、私のトリオン体はきちんと訓練用に低性能化(デチューン)してあります」

 

 技量以前の問題となってしまいますから、と彼女は言う。

 その間も切っ先は寸分も揺れない。

 一直線に対峙する三雲の喉元を捉え、静止している。

 

「それで、どうするんですか……?」

「やればわかります」

 

 何も説明せずに、白猪は三雲に向かって頷いた。

 教えるのが苦手、というよりもこれしか方法を知らないといった様子だった。

 少年は頷き、同じく腰に構えた剣を握り直す。

 

「では」

 

 一言を合図に、両者が動いた。

 一歩、間合が狭まる。

 二歩で刀身が直上に上がる。

 三歩――振り下ろされた。

 軽く、刃が触れ合う音がした。

 

「――!?」

 

 目を見開いたのは誰だろうか。

 真上から切り下ろす。

 通常であれば触れた刃が交差し、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 トリオン体であれば腕力の差が出ることはない。

 当たり前のように成り立つはずの論理である。

 それが――成らない。

 ()()()()()()()()()、三雲が一時的に離脱(ベイルアウト)する。

 戻ってきた彼は困惑と驚愕が入り混じった瞳で白猪を見つめた。

 既に正眼に構えていた少女が、刀身を腕の内で拭った。

 ああ、とその光景を目にしていた空閑が呟いた。

 

「あの人やってるね」

 

 切った後には血を払う。

 トリガーではなく実刀を扱う人間の所作であった。

 少なくとも、血脂で切れ味が鈍ることを前提とした技術を身に着けている。

 染着いている故に、体が必要のないルーチンを行う。

 歪みない一連の行動が何よりの証明であった。

 

「面白いでしょう?」

 

 白猪は圧を緩めて微笑んだ。

 三雲の方は心中にある疑問を解きかねてか、額に汗が浮かんでいた。

 

「原理は単純なのでコツさえ掴めば出来るようになりますよ」

「あの、今のは一体」

「ふむ。そう聞かれると私も説明に困りますが……()()()だとか()()()だとか色々に呼び方はありますが、要するに面と面との打ち合いに勝つ打ち方です」

 

 生駒くんは()()と呼んでいましたね――と彼女は言う。

 それを聞いてか聞かずか、三雲の目に光が宿った。

 身に着けることが出来たのなら、確かにこれは武器になる。

 その確信を得たのだろう。

 

「あの、もう一度良いですか……?」

「ええ! 勿論です」

 

 再び、三雲の体が真っ二つになる。

 不快なはずの感触に、しかし彼の心は猛り上がりつつあった。

 原理は簡単だというのなら、もしかすれば出来るのではないか。

 知れば使えるというのなら希望がある。

 

「ああ、そこまで簡単ではありませんよ」

 

 少年の眼の輝きが強くなるのを察してか、白猪が口をとがらせる。

 

「本来であれば数年間真面目に毎日練習した人間がやっと教えてもらえるのですよ。それに、相手が面だけ打ってくれるわけではないのですから」

「……はい」

「まあ、私のコレはあくまでも簡易劣化版ですし、きちんと教えますが」

 

 それでも、ということなのだろう。

 結局、センスがなければいけないという結論に落ち着くのか。

 技というのは、覚えればよいというものではない。

 練習で幾ら出来るようになっても、実戦では敵のプレッシャーもあり、その時々の状況もある。

 その中でタイミングを見極め、思考を超えて繰り出せるようでなければ役には立たない。

 接近戦においても考えて戦うのは重要だが、考えながら戦うことは不可能だ。

 戦法や理論・作戦は事前に織り込むものである。

 戦いの只中で手札を見ている暇はないのだ。

 ――才能なのだろうか。 

 飛び抜けた才がなければ、やはり勝つことは出来ないのか。

 薄らと曇り始めた三雲の顔を、白猪は精一杯背伸びして自分に向けた。

 少女に嘲りや同情の色はなかった。

 敢えて言語化するのであれば、喜色であろうか。

 

「三雲くん、三雲くん。貴方が手にしているのは何ですか?」

「……レイガスト、です」

「ええ、レイガストです。形が変えられますよね」

「ですが、戦闘時には厳しいかと」

 

 最初に確認したことだ。

 どれだけ可変性があろうと、戦いの最中で適した形に作り替えるには経験が要る。

 それがないから、裏技のようなものを学ぼうとしているのだ。

 

「戦いになってから変形することはないでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――あ」

 

 三雲の戦術は、既にほぼ決まっているようなものだ。

 スパイダーによって、一定領域における隊のアドバンテージを拡大し、敵部隊の機動力を削ぐ。

 自らはアステロイドによる援護射撃を行いつつ、可能であればレイガストでの攻撃も行う。

 開けた場所で戦うことはない。正面から攻撃手と戦うことがないように立ち回る。

 その特性から、路地での行動が主となることが多い。

 言うまでもなく、トリガーであれば壁で刃が止まることはないが、盾ならば別だ。

 敵の接近はレーダーで感知可能なのだから、形を接触前に変えることも出来る。

 加えて、弧月であろうとレイガストを貫通することは難しい。

 そして基本形である剣への移行ならば、何も考えることはない。

 ならば、相手の攻撃を誘導することも可能ではないか。

 

「相手が面を打ちたくなるようにすればいい」

 

 剣の腕でフェイントをかける必要はないのだ。

 盾の形で誘おうと、最終的に同じ場面に持ち込めればよい。

 例えば幅広の盾にしてしまえば、それだけで胴を狙うことは難しくなる。

 

「最初の数回は盾で凌いでおくとより良いでしょうね」

「問題は、ぼくがさっきの技を覚えられるかどうか……」

「ええ、その為にも……宇佐美ちゃん、彼の設定を私と同じにしてください」

 

 白猪は何の気なしに言った。

 だというのに、指示を受けた宇佐美の反応は、珍しくも慌てたものだった。

 

「いや、え、本気ですか……?」

「勿論です。劣化コピーの付け焼刃でも、身に着けるならばこれくらいはしなくては」

「で、ですが……修くん、いいの? この人の設定は――」

「――構いません。覚えるのに必要なら、躊躇う理由がないですから」

 

 聞かずに答える辺りが彼らしいのだろう。

 そして、その覚悟をこそ、多くの人間が好んでいる。

 白猪もその例に漏れず、彼の言葉に口元の緩みを抑えられないようだった。

 

「うん、いいですね。とても好い。宇佐美ちゃん、お願いします!」

「……修くん、戻したくなったらいつでも言ってね」

 

 と、彼女の操作で三雲のトリオン体が一瞬ぶれた。

 しかし、元に戻った時、彼が感じたのはいつもと変わらない感覚だった。

 別段、手にあるレイガストが軽くなったり、重くなったりはしていない。

 視力や聴力にも問題はない。

 ならば、何が変わったというのか。

 

「では三雲くん。もう一度いきましょうか」

「っはい!!」

 

 再度構え、前進。

 結果も同じで、三雲が見事に叩き切られるだけだった。

 違ったのは、その後である。

 

「が――っ!?」

 

 彼は侵攻の際、生身で串刺しにされたことがある。

 重傷を負い、最悪死ぬ可能性もあったが、それでも生還した男である。

 感覚はその時に近かった。

 ()()である。

 正に生身と同じ、皮膚が裂けて臓腑を掻き回される激痛が、三雲を苛んでいた。

 

「何、が……!?」 

「やはり、痛みがなくては鈍りますからね。早く覚えて、痛くなくて済むようにしましょう」

 

 ――ね、三雲くん。

 才能などなくてもよい。

 時間がないのなら、嫌でも覚えるようにしてやればよい。

 痛覚が自分と同じ(百パーセント)であれば、尚更効率良くなるだろう。

 善意ではあるが、非道く錆び付いた思考であった。

 蹲り、悶絶する三雲を、白猪は温かな眼差しで見詰めていた。

 

 

 

 

 

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