異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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11話

「ステンノちゃん、今日は念入りに掃除してね」

 

更に三日後。ニュクティには朝食用のパンを買いに行ってもらっている。まだ手頃な拠点を見付けられていない私が箒を持っていつもより早めに掃除を始めようとした時、イオリスさんにそう声を掛けられた。

 

「今日は特別な何かが?」

 

「そうそう。神殿の遣いの方々がいらっしゃるみたいなのよ、それも『神託の聖女様』を伴って」

 

例の、聖女か。まさか私がここに居るのがバレたの?どうして?アムラエルさんが街の名前まで教えたのかしら?でももしそうだったら噂が立った時点で既に私の身柄を押さえているでしょうし……。

 

「噂の神様を探しに?」

 

「そうみたい。この地方にある山の中の滝壺に降臨されたらしいのよ、それで周辺にある街を全て探して回ってるんだってさ」

 

滝壺……。ええ、降臨したわけじゃないけど、確かに滝壺には落ちたわね。成る程ね、私があの場所に落ちたタイミングで神託でも授けたって所か。私の事がバレたってわけでは無さそうね。でもそうなると一時的に身を隠しておいた方が良いかしら。アムラエルさん、私の身体的特徴とか伝えてるかも知れないし。それにもしかしたらその聖女には神の力を感じ取るようなスキルがあるかもだし。

 

「だからいつもはやらないような所の掃除もしないとなのよ。だからほら、私の他にも何人か早出してるでしょう?」

 

確かに見ればイオリスさん以外の受付の人や事務員なんかが数人居て、雑巾を持って待合用のテーブルや椅子、依頼張り出し用のボードなんかをあちこち掃除してる。って事はやっぱりこの斡旋所にも見に来るのか。ニュクティが帰って来たらさっさと依頼受けて街の外に脱出するべきね。

 

「分かったわ。いつもより力を入れて掃除すればいいのね」

 

「あ、でもステンノちゃんは体力無いんだから頑張り過ぎちゃ駄目よ?」

 

「ええ、ありがとう」って営業スマイルを返す。相手が女の人だから媚びても仕方ないからね。でも相手が男だと単純だから、この前のハンターさんみたいに営業スマイルでも骨抜きになる阿呆も少なくないんだけど。

 

なんて会話をしていたら、ニュクティが戻って来た。何時ものように籐で編んだ籠にパンを入れて……あれ?今日も幾つか干した果実が入ってるのね。今日のはブドウもどきか。あ、ブドウもどきっていっても偽物とかじゃないわ。この世界にある果実で、地球の葡萄に似てるから私が勝手にそう呼んでるだけ。

 

「おかえり、ニュクティ。今日もオマケしてもらったの?」

 

「だってさぁ、俺が幾ら断っても『ステンノちゃんに食べさせてやれ』って店主のおっちゃんがしつこくてさ」

 

あのパン屋の店主ね。前に何度かニュクティと買い物に行った時に気に入られたというか、同情されたというか。それからずっと良くしてくれるの。別に私が意識して誘惑したわけじゃない。この世界では貴重な甘いものを貰えるんだから使ってあげない手は無いわ。

 

ニュクティと合流した私は、何時もより念入りな掃除を終えると、薬草採取の依頼を受ける。昼食用に、パンとクッキーの間のような……そうね、地球の某ブロック型のクッキーのような携帯糧食、それと干した鹿肉を幾つか購入。朝買ったパンを片手に門へと向かう。

 

緑のコートでなるべく姿を隠して、私は右手首に巻いた例のブレスレットを衛兵に見せて門の外へ。その間、頭から布を被って上半身まで覆っている状態のニュクティは、やたらと私にくっ付いてくる。腕を組んでくる。衛兵達が私に襲い掛かってくるわけじゃないんだし、もう少し離れても大丈夫だと思うけど。

 

「分かってると思うが日が沈む前には戻るんだぞ?」って門を出る時に忠告をくれた衛兵さんに私の代わりに「わかったよ」ってニュクティが返事をする。

 

もうかなりステンノに引っ張られてきてるし自重は思ったより難しい。よくよく考えたらこれ多分、女神の神核のせいだと思うし。ほら、『男の理想の具現』だからね。最近は気を付けていないと男を挑発するような行動を取っちゃう事がわりとある。勿論嫌いな男にはそんな態度は取らないんだけど。

だから斡旋所じゃ目立っちゃってるけど普段はこうして隠れるように行動してる。私だって本当は無用な争いは避けたいからね。フードで頭まで隠して行動すれば無駄に絡まれないでしょう?コートを着て行動している姿が私だっていうのは斡旋所に来る人間には気付かれないようにしてるし。

 

早く自力で生活出来るようにならないとね。

 

 

 

──────

 

薬草採取だし今日目指すのは森の方ね。神託の聖女様御一行なら私が街から出るのと入れ替わりになった。白をベースにした仰々しい装飾の付いた馬車が何台も門の中へ入って行くのが遠目からでも見えたもの。あんなのに追い回されるなんて御免だわ。早く別の遠い街にでも行ってくれないかしら。

 

それにしても。門から外へ出てもニュクティはずっと組んだ腕を離してくれない。ねえ、流石に歩きにくくない?そろそろ離しても良いんじゃないかしら。

……と思って覗いたニュクティの表情は、どこか不安そうだった。何か悩み?奴隷印ならちゃんと手袋で隠しているしバレてはいない筈だけど?

 

「あのさ……」

 

「何かしら?」

 

何だろう?何か聞きたい事でもあるのかな?聞かれても答えられない事の方が多いけど。

 

「イオリスさんが言ってたんだろ?この地方の山中の滝壺に神様が降臨した、って。ステンノはこの前言ってただろ?滝壺で狼をやり過ごした、って。だからさ……神様ってステンノの事なんじゃないか、って思って」

 

……ああ、そういう事ね。もしも私が神様だったら今の関係が終わっちゃう、私が遠くへ行っちゃう、って思ってるのね。

 

「ニュクティはこんな何も出来ない無力な神様がいると思う?」

 

まあ、ここに居るんだけどね。何も出来ない最弱の女神様。

私がそう言ってみても「でもさ、この前自分で女神だって言ってたじゃないか。それに、その、人間とは思えないくらい綺麗だし……」って言って、ニュクティは不安な表情のまま。

 

はぁ。私は神殿に行く気なんて更々無いし、そもそも女神だなんて公言する気もないんだけど。そういうのは言っても伝わらないか。仕方ないわね。ニュクティの右頬に軽くキスをしてあげた。目をパチパチさせてるわね、歳相応でちょっと可愛い。

 

「ニュクティを置いて何処かに行ったりしないわ。そんな事したら私、何も出来ないから生きていけないもの」

 

「なら!それならずっと一緒に居てくれるのか!?」

 

正直言って、この子を結構気に入ってる自分がいるのよね。今くらいはこの子に夢を見させてあげてもいい、かな。どうせ年月が経てば気持ちも変わるでしょ?

 

「そうね……大人になって、ニュクティがいい男になって、私への気持ちが変わらなかったら考えても良いわ」

 

ぱぁっ、と表情が明るくなったみたいね。世話の焼ける子ね。でもこれで不安は無くなったかしら?

 

そうして森に入った私達だったのだけれど。斡旋所で貰った図を頼りに薬草を探す私達の後ろから、誰かが尾行している。気付いたのは勿論ニュクティ。私達の後をつけて、何か得になるような事ある?二人とも駆け出しで大してお金持って無いのは見れば分かる筈だし……私の事を知って手込めにしようとしてるとか?

 

「ステンノ、走るよ」って言って、ニュクティは私の手を引き走り出した。獣人だから何か危険なものを感じ取ったの?だとしたら早く森を抜けた方がいいわね。少し遅れて私も引かれるままに走る。

 

…………ただ、相手は変質者や犯罪者の類いではなかった。

 

ソイツは、私達の前方へと上空を飛んで回り込んだ。ソイツは私よりも少し大きい程度の大きさの、真っ黒な影。そこから何かが伸びてきて……ニュクティだけを後ろへと弾き飛ばした。突然の事で一体何が起きたのか分からなかった私は、慌てて後ろを振り返る。後方に倒れて動かないニュクティが見える。死んではいないと思うけど……起き上がってくる様子は全くない。

 

『隠密行動も楽ではないな』

 

地下から唸るような声。今どこから声が?喋ったのはこの影?何?一体何が……。

 

『お前が例の一柱だな?』

 

背中に嫌な汗が流れる。まさか、嘘でしょう?こんなに、こんなにあっさり?

 

『生け捕りとは面倒だ……まあ防音結界もあるし切り刻んでも生きていれば良いのか』

 

影は姿を変え、輪郭がハッキリしていく。その姿を見て、私の嫌な予感は確信へ、絶望へと変わった。

見つかった……見つかってしまった……!

偶然にも限度ってものがあるでしょう、どんな確率なの!本当に不幸を引き寄せる体質でもしてるっていうの?まさかそれが『バグ』に依るものなの?

 

真っ暗な、私の身長の倍はあろうかという体、四足動物のような人間とは逆に曲がった関節の足、蝙蝠のような黒い翼。長く大きな灰色の角、同じ色の、骸骨のような顔に、口には牙が並んでいる。威圧感が半端ない。これが魔族なの?私は悟られないように必死に足の震えを抑えようとはしてるけど、止まってはくれない。ここが森の中じゃなかったらコイツの姿も目立ったかも知れないけど、聳え立つ木々が目隠しになってコイツの、魔族の姿は外からは見えてない……。

 

『神の力は感じるが全く脅威を感じない、油断を誘おうって魂胆か?』

 

もしかして魔族には女神の神核を感じ取る力でもあるの?それじゃあ逃げ隠れしても意味無いじゃない……!

 

その魔族はまだ私の事を警戒していて容易には近づいてこない。今のうち、今のうちに逃げなきゃ。でも足が動いてくれない、一歩が踏み出せない。聖女は何してるの?こんな近くに魔族が居るのに!助けに来てよ!!

 

ソイツが右手を振り上げる。手の先に魔法陣が現れて、振り下ろしたのと同時に何かが私の方へと高速で飛んでくる。当然反応なんて出来ない。

 

激しい痛みと衝撃を感じ右腕に視線を向けた。私の右腕は肘が関節とは逆に折れ、尺骨と橈骨が真っ二つ、前腕が真ん中からキレイに折れ曲がっていた。

 

「あ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 

全く耐性の無い私は恐怖と痛みに取り乱して思わず悲鳴をあげて涙を流す。それでソイツは理解した。『私が戦闘能力皆無の、容易に制圧できる存在』だって。

 

『神だっていうからどんなものかと思ったが、こりゃ思った以上に楽な仕事になりそうだな!せいぜい泣き叫べ!アヒャヒャヒャヒャ!』




噂の魔族さん(その1)登場。ステンノさんもう何度目かのピンチです。

イオリスさんの名は古代ギリシアのアイオリス人、より。

魔族さんのイメージはFGOのエネミーのデーモンのイメージですね。
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