既に声のした場所にヤツはいない。私が反応する暇もなく、右腕側から何かがぶつかって来て、左に大きく吹き飛ばされる。あちこち骨の折れた右腕を攻撃されたお陰で激痛が走り、私は倒れたそばから右腕を押さえてのた打ち回る。逆に折れていた右肘が衝撃で元の向きに戻ったけど、中の骨は果たしてどうなっているか考えたくもない。右腕の痛みは治まるどころか強くなる一方で、表情は苦痛に歪み、涙は止まらない。
「あ゛……あ゛……う゛……」
踞って声にならない声で呻くだけの私。ソイツは私の頭を掴んで持ち上げて、軽く放り投げる。私は近くにあった木の幹に背中から激突。目の前に火花が散ったように一瞬真っ白になるけど、視界は直ぐに戻った。強打した背中が呼吸する度に痛む。不快極まりない笑みで近づくソイツ。痛みと恐怖でその場から動けない。
『逃げられても面倒だな』
ソイツは私の左足の脛を掴む。今度は何をされるのかと怯える私に構う事無く、私の脛にはまるで全方向から万力で絞められているかのような圧力がかかる。私にとっては強すぎる力だけど、ソイツにとっては大したものでもない、軽ーく捻ったくらいの感覚なんでしょう。
メキメキッと嫌な音と共に、ソイツの手が私の脛に食い込んでいく。ゆっくり絞められているせいで、耐えられない激痛が私の足から伝わってくる。左手は何度も地面の芝を掴み、右足をバタバタと力いっぱい動かしても、痛みは誤魔化せずに私の脳を侵食する。
バキバキバキバキンッ、と脛の骨が粉砕された音と共に、私の体に衝撃が一気に広がる。何と発したかは自分でも分からないけど、悲鳴というよりは発狂に近い声を上げた、と思う。
ソイツは、自分の足では逃げられなくなった私の着ていたコートを剥ぎ取り投げ捨てると、私の鳩尾に軽くデコピンを当てる。勿論ソイツにとっての軽く、であって私からすればプロボクサーのチャンピオンのボディブローがクリーンヒットしたくらいの衝撃、或いはそれ以上。息が出来ない、苦しい、痛い、涙が止めどなく溢れる。
呼吸も戻らないうちに、私の体のあちこちに軽くデコピンを繰り返すソイツ。完全に私で遊んでいる。でなれけば私の内臓はとっくに破壊されて致命傷になっている筈。声も上げられなくなった私の体にアザが少しずつ増えていく。
痛い、痛い、体じゅうが痛い。嫌だ、嫌だ、助けて、助けて。
私の願いなんて叶う筈もなく。定期的に鳩尾を突かれて呼吸が何度も出来なくなり、同じ箇所をデコピンされたり時々左足の脛や右腕を叩かれて意識が飛ぶかと思う程の激痛に襲われ、私の意思が削られていく。
美貌も台無しになるくらいの情けない表情で泣きじゃくる私の様子に満足したのか飽きたのかは分からないけれど、ソイツは漸く私の体をいたぶる手を止めた。
やっと、やっと解放された。全身痛いし動けないけれど、私、まだ生きてる……。
突然、ソイツの手が私の首に伸びてくる。私はそのまま呆気なく持ち上げられた。抵抗なんて出来る力、どこにも残っていない。ソイツの手で、私の首が少しずつ絞め上げられていく。徐々に呼吸が苦しくなり、ある時点を境に全く出来なくなる。首が痛い、息も出来ない。苦しい、もの凄く苦しい。
全身の筋肉も完全に弛緩してしまい、漏らした。私の太股を伝い、尿が地面へと流れ落ちていく。もう全身の痛みも感じなくなってきた。もしかしてソイツには生け捕りとかどうでも良くて、神に連なる者を殺す事を生き甲斐にしてるだけかも知れない。前世での死に方も大概だったけど、こんな死に方なんて酷い、酷いよ……。
駄目、意識が薄れてきた。死の間際で脳内麻薬が過剰分泌しているせいか、完全に痛みを感じない。ああ、思ったよりは楽に死ねるのかも、脳内麻薬様々。泣いたままではあるけれど緩んだ表情の私は、最後にソイツに視線を向けた。私を殺す勢いのソイツと目が合って………………事態は急変した。
突然ソイツの手から力が失われて、私の首は拘束から解放された。急に自由になった気道から、肺に急激に空気が流れ込んでくる。
その場に落ちた私は「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」と咳き込みながらも呼吸を取り戻した。何が起きたのか理解出来ない私の耳に、バタン、と何かが倒れた音と、同時にバキンッと何が割れる音が聞こえてくる。
顔を上げる。私の視界の中には、さっきまで私を絞め上げていた魔族の、上半身が石に変わった姿。倒れた拍子に上半身は頭から縦に真っ二つに割れ、生身のままの下半身とも綺麗に分かれていた。
何が?ううん、ゴルゴーンの石化の魔眼……?私が最後にした事と言えば、脳内麻薬のせいもあってソイツに笑いかけた事。つまり、これは多分
この魔族の攻撃を受け続けた事で
それより怪我を何とかしないと。私の体はボロボロ。このまま放置したら今度こそ死ぬかも知れない。回復手段なんて一つしかない。上手い具合に残ったソイツの下半身から血を貰う事。
立つ事の出来ない私は最後の力を振り絞って、無様に地面を這う。左足と右腕、アザだらけの体に激痛が走り、涙が滲む。文字通り死ぬような思いでその魔族の上半身と下半身の切断面へと到達したけれど、噛み付いて啜る勇気が出ない。人型の者の、グロテスクな断面から何の躊躇も無く血を吸う事が出来る程肝は据わっていない。でも吸わないと多分死ぬ。血を全身に塗るだけの体力は残っていないもの。
意を決し、うつ伏せのまま断面に吸い付く。生憎心臓は上半身と共に石化して消えてるから、吸い上げないと血は充分には出てきてくれない。少し紫がかった不気味な赤色の血を、なるべく味を意識しないように飲み込んでいく。
少しずつだけれど、左足の痛みが薄れ、右腕が動かせるようになってきた。恐る恐る触れてみると粉砕された脛の骨や右腕の骨が無事にくっ付いているのが分かる。変わらず痛みはまだまだ消えていないし、体じゅうのアザも少し薄くなったかな?という程度の回復具合。どうやら最も被害があった箇所から徐々に回復していくみたい。もう少し血を吸えば動けるくらいには回復できるかも知れない。そう思った時、どうしようもない吐き気に襲われて胃の内容物を全て吐いてしまった。度重なるお腹への攻撃と、魔族の血への嫌悪感、それに目の前に広がるグロテスクな断面。頑張って我慢してたけど限界だった。
骨は繋がったし、アザも当初よりはマシ。多分、死にはしない。もう無理だわ。少し……休みたい。あ、そういえば漏らしたんだっけ……ワンピースもボロボロ……でもニュクティだけなら……いいか……。
精神的にも限界だった私は、そこで意識を手放した。
──────
……。
生きてる。フカフカ、とはいかないけれど、久しぶりのベッドの中。見たことのない、斡旋所の倉庫とは違う、木と煉瓦で作られた部屋。
窓から見える外はもう日が沈み夜になってる。半日くらいは眠っていたのかしら。
全身が痛い。体じゅうが何か布のようなものに覆われてる。どうやら顔以外は包帯が巻かれているみたい。ミイラ男ならぬミイラ女状態ね。
右から寝息が聞こえる。ニュクティが椅子に座ったまま私が寝かされているベッドに突っ伏して眠っていた。この子も体のあちこちに包帯を巻いている。ニュクティがここまで運んでくれたの?
「起きたの?」って声をかけてくれたのは、イオリスさん。どうやらここはイオリスさんの家みたい。
「イオリスさんが助けてくれたの?」
「街まで運んで来たのはその子。手当ては私よ」
そっか。ニュクティだって怪我してる筈なのに、自分より大きい私を担いでくれたのね。これでまた借りが出来ちゃったわ。それにしてもイオリスさんも本当に人が良い。私、女性から見たら相当イヤな女だと思うんだけど。そんな私の事も家に招いてまで助けてくれるのね。ここは素直に御礼を言う所ね。
「ありがとう」
「取りあえず生きてて良かった。それでステンノちゃん、聞きたい事があるんだけど」
そう言って、イオリスさんは私の左手首を手に取った。毛布から出された左手の甲には当然、奴隷印が。そうよね、手当てしてくれたんだもの。奴隷印も見付かるわよね。
「実はね、ステンノちゃん達が登録した時から怪しいとは思ってたの」
私達が登録に訪れたあの時、イオリスさんには私とニュクティの首に奴隷の首輪の跡があったのが分かって、裏でこの街で逃げ出した奴隷とかが居ないか調べていたらしいの。寝泊まりする場所を提供したのには手の届く範囲に置いて監視する意味合いもあったみたい。まぁ左手の甲を人前で絶対晒さないんだから余計に怪しいわよね。
それで、調べた結果貴族や奴隷商達にそういう動きが全く無いのが分かって、これはもっと別の訳有りだと考えたみたい。
それで、今回奴隷印が見つかった事もあって直接話を聞く事にしたらしいわ。数日だけど一緒に過ごしてみて悪い人間ではない、って感じたのもあるらしいけど。
「それでステンノちゃん、貴女……実は何処かの国のお姫様ね?」
うん……?ええっと…………。
「言わなくてもいいわステンノちゃん。分かってる。某国の第四とか第五王女とかで、政略結婚が嫌になって逃げ出したんでしょう?それで逃げた先で悪い奴隷商人に捕まって、何とか逃げ出してこの街に流れ着いたのよね?」
これもしかして私、男に媚びるイヤな女じゃなくて『世間知らずのお姫様だしこのくらいしょうがないよね』とか思われてた?これ、訂正すべきかしら?でもイオリスさん、「大丈夫!今更国に戻れとか言ったりしないから!」って右手の親指を立ててるし、否定せずに乗っておいた方が得かしら?それなら少なくとも女神だってバレる流れにはならなそうだし。後でニュクティに話を合わせるように言っておかないと。
「あの……イオリスさん?他の人達には黙っていてくれないかしら?」
「勿論よステンノちゃん!じゃなくてお姫様!やっぱりそうだと思ったわ!妙に品があるし、肌も手も綺麗だし、男の扱い慣れてるし、それにその美貌だものね!任せて!貴女の事は隠し通してみせるから!あっ、言葉使いも直さないと駄目ですよね、申し訳ございません、お姫様!」
今更敬語を使われるのもむず痒いし周りに変に思われるのも本末転倒だから、言葉使いは元に戻してもらわないと。
「お姫様がお漏らしした事も絶対誰にも言いませんから安心してくださいね!」
それ、このタイミングで言う?恥ずかしくて頬どころか耳まで紅くなったわ。イオリスさん、後で覚えてなさいよ。
宝具、ありました(発動条件不明)。
イオリスさんはステンノさんの事を何処かの国から逃げたお姫様と思ったもよう。
ステンノさんのステータスのまとめ
筋力E-
敏捷E-
耐久E-
魔力E-(魔力量のみEx)
幸運E-(特殊条件下でD~Ex)
宝具B
スキル
女神の神核Ex
吸血C
主神の加護
宝具
女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)(発動条件不明)