20話
何者かに担ぎ上げられた私は高速で空を移動している、多分。視界を奪われてるから確かかは分からないけど、全身を強風が吹き抜けていく感覚がある。どのくらいのスピードが出てるのかは不明。
どのくらい進んだんだろう。フワリ、と体が浮くような感覚を覚える。時間の感覚も分からないくらい経った、でも1時間……は経っていないだろう頃に少しずつ高度を落とし始めて、ゆっくりと着地したみたい。
そんな近くに魔族の本拠地がある筈は無いから多分中継地点、若しくは隠れ家的な場所だと思う。変わらず私の体の自由も視界も奪われたままだから、実際の所はどうかは分からないけど。
少し歩いて、何かが開く音がする。私を抱えたソイツは、階段らしき所を降りていってる。相当地下まで下がった所で階段は終わって、今度は前に進みだした。
ある一点で立ち止まったソイツが何かをしてる。その直後に一瞬体が暖かくなって、同時に少しだけ浮くような感覚。でもそれも直ぐに終わった。一体何だったんだろう?
……っと、急に聴覚の違和感が消えた。多分だけど、私の耳をどうにかしてたんじゃなくて耳の周りの空気の振動をおかしくする魔法、とかが掛かってたんじゃないかと思う。それが消えて漸くまともに聞こえるようになった耳で必死に周りの様子を窺おうとするけど、不気味なくらいの静寂。私を抱えるコイツの足音だけが響いている。どうもその音からして確りした造りの床みたい。
ギィ、と何かの扉が開かれる音。それから更にコイツは歩みを進める。飛行はしないみたい。さっきと同様の床の音が響いているのを考えると、何処かの建物の中……あれ?でもさっき地下に降りていった筈だけど、地下室にしては妙な感じが……。
『コレが例のヤツか?』
突然声が聞こえ、同時に右足の太股を舐められる感覚。ゾクリ、と体が震えた。だって、私の太股を這うその舌は性の対象としてではなく別の意味を持っているかのような動きだったから。
『やめておけ。パイオス様の逆鱗に触れたいか』
『なんだ、足の一本くらい喰ってもいいだろう』
『駄目だ。パイオス様に『五体満足で連れてこい』と言われている』
『チッ』と舌打ちし、私の足を舐めた何かが遠ざかっていく。下手をすれば私の右足は食べられていたって事?じゃあさっきのも魔族か何か?あれ、待って。そんなに遠くまで来ていない筈なのに他にも魔族が居るような場所なの?それって……この国って結構危ういんじゃ……。
そんな考えを巡らせていた私を抱え、更にコイツは進む。明らかに何人かとすれ違っているのにも関わらず平然と進んでいるのを考えると、国内に作られた魔族側の拠点の一つなのかも。
やがてコイツが立ち止まった。『御苦労、入れ』って低い声が聞こえた。コイツは『失礼致します、魔王様』って太い声を発して……え、魔王……?えっ?こんな近場に魔族の親玉が居るの!?
驚いていた私は前方へと投げ出され、床に転がった。丁度うつ伏せの状態。視界は変わらず塞がれてるし、手足も縛られてるから何も抵抗は出来ない。せめて状況が分かるように目隠しだけでも外して欲しいんだけど……。
足音が聞こえる。前から誰かが近付いてくる。私は頭をアイアンクロー宜しく掴まれた。向こうは軽く掴んでいるっぽいけど、凄く痛い。そのまま体を持ち上げられて、床に座らされた。足首を縛られてるから正座で。この体で正座は余計にキツい……足、もう痺れてきたんだけど。
『フム……おい、目の拘束も解け』って低い声の誰かの声。その隣らしき位置から『しかし魔王様』って低めの女性の声がした。やっぱり魔王なのね……でもどうしてこんな所まで……って私が目的だから?
瞼を覆っていた何かが外された。これでやっと目を開けられる。恐る恐る、ゆっくりと瞼を開いた私の前に居たのは、頭に山羊のような二本の巻き角があって、腰まで伸びるロングの黒髪に赤い瞳の真っ白な肌の顔の美女。美女、と言っても見るからに闇を纏ったような、そうね、傾国の美女。妖艶なまでに抜群のプロポーションの体のラインが丸わかりの漆黒のシンプルなドレスを纏い、その口元には分かりやすいくらいの二本の牙が見え、腰の辺りに蝙蝠の羽。けれどその上半身は胸の辺りまで漆黒の鱗に覆われていて少なくとも人間では無さそう。それと、その右隣に居るのは真っ黒な肌全体に赤い紋様のようなものが浮かび上がっていて、膝あたりまである長い髪も瞳も黒い中性的な人物。上半身には何も着ていなくて下半身には真っ黒な袴のようなものを履いている。さっきの会話からしてこの中性的な方が魔王?それっぽくは見えないけど。体つきも水泳選手くらいの筋肉の付き具合だし。さっきまで私を運んでいた、上半身がまるっきり鷹だった魔族の方が筋肉が付いていて強そうに見えたのに。
『もうよい。下がれ、ナベリウス』
『はっ。では魔王様、失礼致します』
鷹もどき……ナベリウスが退室。私は漸く気付いた。荘厳、と言って差し支え無い。黒を基調に、赤で彩られた玉座の間。色は違えど、私が地球で想像するような豪華な宮殿の王の間が目の前に在った。どうやら私は魔王の居城に連れて来られたみたい。こんな、人間の勢力圏の近くなのに?
『フム……どうして人間の勢力圏に、と思っているな?簡単な事だ。転移ポータルでお前を我の勢力圏まで運んだのだよ』
魔王、が私の心を読んだかのように答えた。転移って……カッサンドラさん達は転移魔法とかは無いって言って……。
『ちっぽけな人間風情と一緒にされるのは心外というもの。しかし……ゴルゴーンが長女ステンノか……考えたな、神め』
待ってよ、この魔王、女神ステンノを知ってるの?一体どういう事?だって、ステンノは地球の、それもギリシャ神話の女神。あの〈主神〉の感じだと世界ごとに神が違うみたいだし、この世界と地球では神話そのものが違う筈。なのに訪れた事も無い筈の世界の神を知ってるなんて事、あるの?いや待って、それよりも
もしかしてこの魔王、世界を渡る力とかがあるとか?
『何故FGOを知っているかなど、お前も良く分かっているだろう?』
さっきからおかしいと思ってたんだけど、この魔王、どうして私の思考を読んでくるの?心を読むスキルとかを持ってたりするの?それに……私が良く分かってるって?一体どういう意味?
『その様子だと覚えていないのか。フム、神に記憶を弄られたか。そうだな……折角だから教えてやろう。我がお前を求めた理由が何だか分かるか?』
記憶を……弄られた?私が?あの〈主神〉に?それってどういう……。
私の正面に立っている魔王パイオスが、上から私を覗き込むようにして見る。それからその場にドカッと座り込んで胡座をかいて、呆然とする私の顎を右手で持ち上げながら話し始めた。
『先ず我は元日本人だ。転生というヤツだな。まあ人間ではなく魔族へ、だが。それで魔族として産まれる直前の事だ。我が人間を滅ぼす程の強大な魔王になるであろう事に神が気付いてな。魔族の赤子に宿る直前、神のヤツが我の魂を引き裂いたのだ。持っていかれたのは我の魂の四分の一、それにほぼ出来つつあった魂内の魔力炉も半分程が神に奪われた』
日本人の……転生者?あの〈主神〉が転生させたわけじゃなくって、魂が自然にこの世界に来たって事?それで魔王になるからって〈主神〉が魂を引き裂いて……それで〈主神〉を恨んでるから私を使って神の力を手に入れようと?
『奪われはしたが、我はそれでも充分過ぎる程の力を持って産まれた。この世界では我の力は充分チートだ。こうして魔王に君臨しているのを見れば分かるであろう。だがそれでは足りぬのだ。人間を滅ぼし、あの神に復讐せねば我の気が収まらん。だから我は待ったのだ。我が人間や神の脅威となった為に神のヤツが対抗策としてお前を使うであろう時をな。神は異世界からの転生者にならばチートを乗せられるからな』
対抗策?私みたいなのが……?
魔王は私の顎から手を離して、その右手を今度は私の首へ。掴んではいるものの、絞められてはいない。
『持っていかれたのが四分の一とはいえ、力の低下は大きなものだった。そのうえ魔力は半減だからな。だから我はお前を待ったのだ。…………
………………え?
私は思考停止に陥った。
魔王の……一部?私が?
ううん、落ち着くのよ私。普通に考えて四分の一しかない魂が安定して存在していられる筈無い。だからこれは多分、この魔王の分断工作。私を疑心暗鬼にさせて〈主神〉や人間達から魔族側に寝返らせようって魂胆に決まってる。私が協力的な方が、魔王が私を通して神の力を解析するのに都合がいいもの。
例え魔王が転生の話やFGOを知っていたとしても、単に私以外の日本人転生者って可能性や心やステータスを見れるスキルを持ってるだけって事もある。だから信じちゃ駄目、信じちゃ……。
そう言い聞かせても血の気は引き、もしかしたらという恐怖は消えない。心の何処かで『魔王の言う事が正しいのでは?』と疑っている私がいる。
魔王は『やれやれ』と溜め息をついた。右手を私の首から離して、それを今度は私の胸元へと伸ばす。何をされるのかと身構えるよりも早く、魔王の右手は私のワンピースを下着ごと破り捨てた。肩の一部分とスカートの部分が残ってはいるものの、私の上半身はその柔肌が露わにされた。勿論、程よい形の私の胸も魔王とその側近であろう彼女に晒してしまっている。
これから起こるであろう事態への恐怖が込み上げてくる。表情も引き攣ってる。だって、手も足も縛られたままで逃げられない。それにさっきからずっと正座してるせいで足も痺れているから動けないし。
もっと、もっと、上手い受け答えをしておけば良かったの?それと今ならまだ間に合う?よりによって魔王に犯されるなんてイヤ……お願いだから見逃してよ……。
『たわけ。自分の魂を犯すとでも思ったか?我はナルシストでも変態でも無い。お前を我に同化する準備をしただけだ』
呆れながらそう言う魔王の右手は、肌の露出した震える私の胸元へ。触れたかと思った瞬間、その手はまるで幽霊のように皮膚を透過し、私の中へと入っていく。嘘よね?まさか、本当に同化する気なの?私、本当に魔王の魂の一部だったの?
『しかし女神の神核か……不老不死とはまた思わぬ収穫だな』
同化したら私、消えるの?消え……たくない、消えたくない……。
'というわけで20話です。
ステンノさん、魔王様の魂の一部だった事が判明。
ナベリウスの名はソロモン七十二柱が一柱ナベリウス(ケルベロス)より。
ではまた来月にお会いしましょう。