異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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21話

消えたくない、消えたくないっ、消えたくないっ。

 

魔王の腕はゆっくりと、でも確実に私の中へと入っていく。鼓動がうるさいくらい高まり、ひきつけを起こした子供のように呼吸は乱れて体が硬直し動けない。そんな状態で大粒の涙を流して恥も外聞もなく泣きじゃくる私。もうすぐその手が私の魂を捉えて、きっと体から引き摺り出されて、魔王に吸収されて、私の自我は消え去って……やだ……やだ、やだ、やだやだぁ…………。

 

『…………待てよ』

 

直後、魔王は何かを感じ取ったかのように勢い良く私から手を引き抜いた。私は無事、意識だってある、鼓動だってある。大丈夫だったみたい……何とか凌ぐ事が出来たの?主神の加護のお陰?

全身が震えているのは恐怖のせいじゃなくて武者震いだから。涙と恐怖で酷い顔になんてなってないから。

 

『念の為だ』って言って、魔王は突然自分の左腕の肘あたりに右手の手刀を振り下ろす。鋭い刃物で切り落とされたように綺麗に左腕が落ちて、血が溢れている。気でも触れたの……?

 

『ブエル、治せ』

 

『はい、魔王様。直ちに』

 

ブエル、って呼ばれた側近、赤い瞳の美しい女性の魔族が魔王の側へと寄って右手を翳すと、無くなった筈の左腕の肘から骨が生えてきて筋肉やら血管やら神経やらが這い出して最後に皮膚が出来た。何事も無かったかのように左腕は元通りになっていたわ。グロテスクな光景だったけど……そっか、ブエルは治癒が得意だから魔王の傍にいるのか。……あれ?触れなくても治せるんじゃない。カッサンドラさん……やっぱり私に触りたくてあんな事したのね。

 

そんな事を考えてる私を他所に、魔王は自分が切り落とした腕を中心に魔法陣を展開してる。青白い光が立ち上って、床に落ちてる腕が蠢いてる。

 

『……フム』

 

魔王が左手を肩くらいまで挙げると、落ちていた腕も同じ高さまで上がって……私の目の前へと浮遊してきた。それが私の胸に触れたかと思うとさっきと同じように皮膚をすり抜ける。動けない私にはどうする事も出来ない。イヤ……やだ……やめて……やだぁ。

 

半泣き(控え目表現)の私の願いが届いたのかも知れない。操られた魔王の腕が私の体から勢いよく抜かれた。勿論、私の魂が奪われたわけじゃない。寧ろ魔王の方が苦しんでいて床に右膝を付いた……?ブエル、だっけ?彼女が慌てて駆け寄ってる。何が起きたの?

 

『魔王様!大丈夫ですか!?』

 

『クソッ、おのれ神め……!』

 

何だろう、ほんの、ほんの少しだけど自分の体が軽くなったような気がするのだけど。この感じは……?

 

『さしずめトロイの木馬、か。神が降臨したと聞いていたからな。我を葬るつもりなら来るのはアルテミスかカーマかイシュタルか、はたまた伊吹童子辺りかと思っていたのが……ステンノなどとは簡単過ぎておかしいとは思ったのだ』

 

良く見ると、魔王が操っていた切られた腕が黒く変色してる。それに魔王の左腕の掌辺りも同じく黒く変色。ただ掌の方はブエルに直ぐに治癒されたけど。

 

何かに納得したような様子を見せて立ち上がった魔王は、ズカズカと私の目の前へと歩いて来た。なに?今度はなにをされるの?

 

『我の魂を逆に奪い取るとは……お前、()()()()()()()()?』

 

怒気を孕んだ魔王が、私の玉口枷を引き剥がす。その奪い取り方は凄く痛いのだけれど。涙が滲み、魔王の威圧感に震える私の歯がガチガチと鳴る。

 

何かって……心当たりなんて……もしかして主神の加護?え?まさか、まさか主神の加護って……あれ?それじゃあまさか…………そっか、()()()()()()()()()()

 

『ブエルよ、計画は変更だ。神の力をどうにかする方法が確立するまでコイツは生かして幽閉しておけ。今の事はくれぐれも他のヤツに知られるでないぞ?』

 

『御意』

 

私はブエルに片手で抱え上げられて、玉座の間から出された。向かう先は、真っ直ぐに伸びている赤と黒に彩られた通路の先の、某悪魔城のような空へと向かうかのような塔の最上階。それにしてもこの城、魔王城の筈なのに禍々しい感じが一切無い。まるでこの世界を治める人間の王の城のような荘厳さ。もしかして魔族って思ったより文明的な生活をしてる?

 

長い螺旋階段を登りきった先にある扉が開かれると、中はこじんまりとした、壁一面が真っ黒な部屋。窓は一つだけ。扉の位置の真正面の最も遠い所にある。この窓から逃げ出すのは……現実的じゃ無い。窓枠自体は私の上半身くらいの長さだけど、格子が填まっているし。それに下の地面からの高さが……もう目が眩む程。高層ビルくらいはある。

 

扉に内鍵は付いてなくて、外鍵のみみたい。だから私一人では逃げられない、か。部屋の中にあるのは……白いレースの掛かったアンティーク調の天蓋付きベッド、ちいさな丸い木製のアンティークの黒いテーブルと椅子。あ、テーブルの向こうに扉が……あ、トイレか。これ、やっぱり昔は人間が住んでいたのかも。

 

ブエルは私の手足の拘束を解いて、放り投げた。ベッドの上に落ちたから痛くは無かったけど、もう少し丁寧に扱ってくれると……無理、よね。

 

『それにしてもお前のようなヤツがあの御方の一部だとは……』って口にしてギロリ、と私を睨むブエル。その視線だけで震えてその場に縮こまった私の右足首に鎖が付けられる。その鎖が伸びている先は、大理石にも似た石造りの床の中央。

 

『そこで大人しくしていろ。お前が魔王様に吸収されて消えるのを楽しみにしているぞ』って狂気の笑みを見せて、ブエルは部屋から出ていったわ。足音が遠退いていって、完全に聞こえなくなってから。ベッドに座ったまま私は天井を見上げてか細いながらも声を出す。

 

「見てるんでしょう?説明、してくれないかしら?」

 

『……やれやれ。用心しないように仕向けた筈だったんじゃがのぅ。あのタイミングで疑問を持って伸ばした手を引きおったか。パイオスの奴もなかなかやりおる』

 

ほら、やっぱり。本当ならあと何日も待たないといけない神託が使えてる。当然よね、力の有無はどうあれ今の私は女神だもの。人間相手なら兎も角、神同士のやり取りに制限があるなんておかしいでしょう?今まで気付かなかった私にも問題あるけれどね。

〈主神〉に聞かなきゃいけない事、沢山あるんだから。文句の一つも言わなきゃやってられないんだから。

 

「私を騙していたのね?」

 

『人聞き、いや神聞きの悪い奴じゃのう。騙してなどおらぬじゃろう?』

 

「この後に及んで騙していないなんて……嘘だったじゃない!私に『テスターを』、なんて言って!巧く言いくるめてステンノにして!主神の加護、なんて言って本当は魔王を消す為のトラップを仕込んで!あろう事か私を魔族に誘拐させて!私は存在を消されるかも知れないのに!私がどれだけ……どんな思いでここに居ると思ってるの!」

 

泣きそうなのを堪えて叫んだわ。だって、こんなの酷過ぎる。完全にモノ扱い、どう見ても私は目的を果たす為の手段の一つ。対魔王特効兵器ってところ……神ならもっとやりようがあるでしょう!直接介入しなさいよ!

 

『やれやれ。確かに多少記憶は弄ったが騙してはおらぬだろう?お主に転生勇者のテスターを任せたのは事実。多少誘導はあったがステンノを選ばせたのも魂が四分の一の大きさしかないお主の存在を『女神の神核』『不老不死』で安定させる為。ワシの加護の効果を聞かなかったのはお主じゃしな。アムラエルはワシの意図を知らなかっただけじゃ。お主の事を聖女に知らせるように誘導はしたがのぅ』

 

それってつまり……アムラエルさんにすら本当の事を黙っていて、全て始めから私が魔王パイオスと接触するように仕組んでいた、って事?それで私から魂を盗ろうとした魔王が逆に私に奪われ消滅する予定だった?全て計画通りだったっていうの?それが……それが神のやる事なの?

 

「信じられない!貴方それでも本当に神様なの!?一言でもいい、言ってくれても良かったじゃない!!」

 

涙が溢れてくる。酷い。掌の上でいいように踊らされてたなんて、悔しい。私の今までの死ぬような思いは何だったっていうの?私はただ、RPGのように一本道のイベントをこなしていただけだったっていうの?

 

『お主に言えば失敗する可能性が高かったからのう。何せお主は魂が足りておらぬ分、諸々の能力が落ちておるからの。まぁ結局失敗したがのぅ。言っておくがワシら神は地上に直接介入は出来ない事になっておる。お主のような存在を使って間接的に、なら大丈夫じゃがの。昔はもっと自由に出来たんじゃが人間界に自分の子種をバラ蒔いて好き放題したヤツ(ギリシャ神話の某神)が居てのぅ。それ以来は流石に自重しよう、って事になったんじゃ』

 

だから私がこんな目に遭っても良いって事なの?確かに浮かれていた私に非が無いってわけじゃないけれど、こんなのあんまりでしょう……。

 

もっと文句を言いたいけれど、嗚咽が酷くて言葉にならない。涙で視界が滲む。でもそこは神。〈主神(ろくでなし)〉は私の言いたい事を全て理解している様子。

 

『一応悪いとは思っておるぞ?だからお主を人の身から女神の一柱にしたじゃろう?それに今回のが上手くいけばパイオスは消滅する筈だったんじゃ。パイオスから魂を奪ったお主の力も強くなる予定だったしの。ホレ、5%とはいえアヤツから魂を吸収した今なら、お主にも魔力が使えるぞい』

 

私でも魔法が?そういえばさっきの体が軽くなった感じ、魔王の魂を吸収したせいか。それにしても5%って事は……今は普通の人間の大きさの3割ね。魔力が使えるなら、もしかしたらここから逃げる事も……?

 

『そこからの脱出に関しても手配はしてある。魔力の使い方でも練習しておくと良いぞい。それじゃまた、の』

 

練習……そっか、使えるようにはしておかないと。私が助かる為には兎に角ここから逃げ出すのが最優先だもの。泣いてる場合じゃないわ。私が()()()()でも()()()()なりにやれる事はやらないと。〈主神(ろくでなし)〉のいうことを聞くのは癪だけれど。

 

って、『また、の』じゃないわ!逃げないでよ!まだ話は終わってない!

 

 

 

駄目ね。もう声が聞こえない。はぁ……。右手で涙を拭って、私は静かに集中する。あ、以前は全く感じられなかった魔力、分かる。魂の……これどう言えば……兎に角それを通じて右手の人差し指に集中すると、紫がかったピンク色の光が。ああこれ、異世界転生って感じがするわ。

 

ガンドと同じ要領で放ったピンク色の光は、何故かハート型のリングとなって真っ直ぐ飛んでいく。大きさは大体直径5cmくらいかな?

ドアノブに当たってカンッ、て音が響いた。ええと……ドアノブに壊れたような形跡は無い。多分私が直接殴りつけた方が威力がある。

もっと魔力を上げれば強くなるのかと思ってやってみたんだけど、全く強くならない。威力に変化無し。消費魔力は極微量だからほぼ無限に撃てるのは助かるんだけど、これどうしたらいいの?遠くにあるスイッチを押す、とかには便利そうだけれど他の使い道が無さそう。

威力極小の魔力弾、ねぇ。牽制とか目を逸らすとかには使える?魂が5%増えたくらいじゃやっぱり駄目?

 

「はぁ」と溜め息をついた時に視線が下に向いて、私は気が付いた。

 

…………あ。

ワンピース、魔王に破かれたままだった。つまり、今の私は上半身裸なわけで……間違いなく見られた。ほんっと、あの〈主神(ろくでなし)〉、絶対に許さないから。

 




年度が変わるのは早いものですね。

ステンノさんが魔王に会うまでが主神の計画のうちでしたが失敗。

ブエルさんの名もソロモン72柱が一柱、ブエルから。

次回は早めに……投稿できるかなぁ……?
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