パイオスが転生時の事を含めた前世の記憶を思い出したのは10歳の時だ。
彼も生まれつきの強い力に慢心し鍛練もせずに思い付きのままに人間を襲う、どこにでも居る典型的な魔族だった。彼の場合はそれが顕著で、まだ10歳の若造だから仕方ないとはいえ魔力も力も碌にコントロール出来ず、本来の実力の半分も出せないような有り様だった。
何時ものようにフラリと人間の勢力圏に出向いて思うままに暴れ、食糧を奪い、人を襲う。その日もそうだった。ただその日は出向いた先の農村に偶々数人の神殿騎士が来ていた。当然彼等と戦闘になり、全てにおいて甘かった彼は神殿騎士の剣に左脇腹を含め数ヶ所を貫かれた。ただ、結果としてこの負傷は彼にとって幸いとなる。この『体の数ヶ所を貫かれた』という事実が『工事現場の側を通りかかった時に偶々上から鉄パイプが何本も降ってきて、それに全身を貫かれ死んだ』という前世の記憶がフラッシュバックする事に繋がり、それによって前世の事を思い出したのだ。
かといって、パイオスの思考が人間寄りになったわけではない。彼の価値観は既に魔族として出来上がっており、魔族のパイオスに日本人だった頃の記憶がプラスされたというだけだ。事実として彼はその場に居た神殿騎士達を皆殺しにしている。記憶が甦った事で魔力炉を有効に使えるようになったので、たとえ数ヶ所を刺されていても神殿騎士程度を捻るのは造作もなかったのだ。
目的は復讐だ。無敵のチート転生魔族になれる所をあの神に邪魔されたのだ。己の魂を25%も持っていかれた上に魔力炉の出力も半分。相手が神といえども容赦する気は無い。神の寵愛を受けている人間共を滅ぼし、その上で神も滅ぼす。神はパイオスが人間を滅ぼす程の魔王になる事を予見したようだが、皮肉にもその動機を作ったのは神だ。
……が、如何せん神が相手だ。今のままでは到底勝てない。自身の魂の残りを回収し、力を取り戻すのは最低条件だ。だから残り25%の方の魂も地上に来てもらわねば困る。それには自身が魔王になり、人間に対し圧倒的な強者とならなくては。既存の人類では歯が立たない、転生者を使わないといけない状況を作らねば。
先ずは自身の力のコントロールと更なる向上。魔王にならねば、魔族の頂点に立たねば話が始まらない。全てはそれからだ。個々のスペックに頼りきりで個人プレイしかしないバラバラな魔族を統一し、同じ方向を向かせる必要がある。それと、食糧事情の改善。魔族は実は人と同じで雑食なのだ。農村を襲って作物を奪ったりもするし木の実だって食べる。勿論肉は好物だ。だから農業も畜産もやらない魔族に自給自足という概念を植え付けなくてはならない。食糧供給を安定させ、魔族の数を増やし、人間に対して圧倒的なアドバンテージを取る。それにはパイオス自身が他の魔族に有無を言わせない程の圧倒的強さを得る必要がある。
歳月は掛かったが、結果は上々だった。パイオスは目論見通り魔王となり、農畜産業の有用性を広め(農作業等は人間の奴隷にさせている)、魔族を魔王軍として組織した。ここまでの準備が整うまでの約40年間は人間にとってはあまり魔族が攻めて来ない、比較的平和な時代であったに違いない。だがその気の緩みは人間にとって命取りだ。パイオスある限り、もう人間など滅ぼそうと思えばいつでも滅ぼせる程に差は開いた。
パイオスの残りの魂は救世の勇者として降臨させるだろうから、神殿にスパイを送りこんでその情報を何時でも掴めるようにした。抜かりは無い。一つ問題があるとすれば、自身の残りの魂を持つ勇者がパイオスの手に負える強さかどうか。前世でいう所のヘラクレスやカルナ、オリオンといった半神半人とされるような英雄クラスが現れた場合、非常に厄介だ。
だからそれ以上の存在、つまり神が降臨したと聞き、偵察に留めろと言った筈のマルファスが勝手に手を出してアッサリやられたと報告を受けた時はどうなる事かと思った。が、存外簡単に捕まえる事が出来てパイオスの目の前に連れて来られた自身の残りの魂がステンノだと分かった時は笑いが止まらなかった。魂を安定させる為に女神の神核を利用したのであろう事は分かる。だが女神ステンノ、それもサーヴァントでは無く本来のステンノに近しい無力さ。
しかしながら、結果として途中までは全て神の予定通りだったわけだ。神の誤算は、本来そういう思考にならないように手を加えた筈だったのが『上手く行き過ぎて妙だ』とパイオスが不信感を持った事だろう。
『よいかブエル。アレが我の魂の一部だという事は他の者には洩らすな。知られれば面倒事の種にしかならぬ』
『はい、魔王様。仰せのままに』
片膝をついて頭を垂れるブエル。パイオスは玉座に座りそれを眺めながら思考する。
他の魔族に知られれば、魔王の座を狙ってパイオスに刃向かう為にステンノを利用する輩が出るかも知れない。そうなると面倒この上ない。魔族同士で足の引っ張り合いを誘発する要素は排除しておきたい。パイオスに心酔している、最も忠実な部下である腹心のブエル以外の魔族には言わない方がいいだろう。
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掌にファンシーなピンク色の魔力を纏わせたままの状態で握り拳を作り、私は思いきり右手を振り下ろしたわ。狙ったのは私の足と床を繋いでいる鎖の繋ぎ目。
(いっっったぁーーーーいっ)
次の瞬間には、ジンジンと脈打つように痛む右掌を左手で押さえてその場で踞って悶えた。涙目で。
当然と言うべきか、期待が外れたと言うべきか、鎖はびくともしなかった。魔力を使わない素の状態よりも大幅に威力も出てる(当社比)し、これで鎖が砕けてくれたら楽だったのだけれど。
私の魔力が足りないせい?そもそもの腕力の問題?今の私のこのステンノの体、非力だものね。
あ、そうだ。イリヤの
ちょっと試してみよう。ええと、さっきと同じ要領で魔力を掌に……それで、こう、薄く、鋭く……ナイフみたいに……あれ、これちょっと難しい……え、待って、上手くいかないのだけれど。練習しないと駄目みたいね。やっぱり漫画とかアニメとかみたいにはいかないか。でも慣れれば出来そうな感じはする。
痛いから1日にそう何回も、ってわけにはいかないけれど鋭く伸ばした魔力で叩けば時間は掛かるけど鎖は壊せるかも知れない。
そうなると、問題は扉のほう。この扉、どうも魔力で強化されてるみたい。見たところ黒く色が塗られた木製っぽいんだけど、叩いた時の音が木のそれじゃない金属っぽい音。今の私ではどうやっても破壊は不可能。FGOのサーヴァントの
そうなると……脱出するなら窓から?でもあの高さなのよね。無事に降りられる気がしない。空を飛べる程の魔力は無いし。
魔力量自体はあるんだけどね。何せ魔王パイオスと同量だから。でも出力が無さ過ぎて……石油化学コンビナートの石油タンクくらいの量の魔力を一般家庭の水道の蛇口からチョロチョロ出しているようなもの。こればっかりはどうにも出来ない。多分パイオスの魂をもう少し奪えれば出力も上がるとは思うけど、もうそんな機会は訪れないでしょうね。
……っ!足音!
誰か来る。何事も無かったように振る舞っておかなきゃ。間違っても脱走なんて考えてないように見せないと。下手を打ってセキュリティを強化されたら困るもの。
ガチャリ、と鍵が開く音。扉が開いた先に立っていたのはパイオスとブエル。何をしに来たの?私から魂を奪うのは無理って分かって……まさかもう〈
怯えて後退り、私はそのままベッドに崩れるように座り込んだ。言ってなかったけれど、私が身につけているのは破かれたままの状態のワンピース。当然残っているのはスカート部分のみで上半身は裸のまま。パイオスは私の服の状態になんて興味が無いって事でしょう。新しい服もくれないし。かといってワンピースを再展開したら礼装の事に気付かれそうだし。
パイオスが左手で私の両手首を掴む。私はそのままベッドに押し倒された。私の両手が頭の上で押さえ付けられて……。ガタガタと体が震え、絶望に染まった表情の私の瞳からは涙が溢れ出て止まらない。助けて、助けて、誰でもいいから助けて。
パイオスは何故か自分の右手人差し指の先端を噛んだ。その黒い皮膚から血か滲んでいる。な、なに?何の為にそんな事してるの?
パイオスの人差し指が、締まりの無くなった私の口の中へと侵入してくる。直後……自分の中から何かが引き出されてパイオスの方へと流れていくのを感じた。魂……じゃない、これは魔力……。私の中の魔力が、ゆっくりとパイオスの体へと流れていくのが分かる。
そうか、魔力供給!私からパイオスへの一方通行の、だけれど。ええと確か……うろ覚えだけれど接触による供給が効率が良いんだっけ?確か魔力は体液に溶けやすいからとかナントカ……あれ?それはパスが繋がってるマスターとサーヴァントの関係の場合だっけ?私とパイオスだと……イリヤとクロエの関係の方が近い?
そっか、でもキスとか性行為とかじゃ無くて助かった。それに魔力が目的なら魂を吸収されて消されるってわけじゃない。ほんの、ほんの少しだけ安堵したわ。お陰でちょっとだけ冷静になった。うん、これは私から魔力を引き出す実験ってところでしょうね。
でもちょっと長くない?魔力を奪える事は分かったでしょう?もう解放してよ。流石に指を咥えさせられたままっていうのは…………あ、待って、お願い待って、何だか体が……痺れて……あ……あ……。
「あ……あ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
私は堪えきれずに声をあげた。止めて、もう止めて!体がっ!耐えられないっ!痛いっ!体じゅうが痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!!
無理矢理。そう、無理矢理に私の体から暴風のように魔力がパイオスへと流れ出ていく。水道の蛇口程度の出力しか無い私からストーム級の勢いで魔力が吸い出される。私のキャパシティを遥かに越えている。全身から悲鳴が上がる。ジタバタと両足を動かして悶え、それでも止まらない苦痛の連続に私の表情は歪み、再び涙が溢れてくる。私の魔力はまだまだ潤沢にあって、その全てを吸い出すつもりのパイオスが止める気配は無い。
痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいいだいいだい…………。
あまりの痛さに私の意識がプツリ、と途切れた。白目を剥いて気絶した私に構う事無く続けていたパイオスが指を抜いたのは、粗方私の魔力を奪った頃。
『魔王様、どうですか?』
『フム、魔力は吸い上げられるが駄目だな。我の魔力容量を越えた上乗せ分は現在進行形で外へ漏れていっている。ドーピングの効果は精々十数分程度だろう。まあ魔力切れ時の充電器としてなら充分に使えるだろう』
パイオスは暫くは私の事を魔力充電器代わりに使うつもりみたい。私の魔力は徐々にだけど自然に回復できるしね。
痛みは本当に辛いけれど、私としては利用価値があった方が助かる。ほんの少しだとしても延命してくれるならその方がいいもの。
『
私を見て心底呆れたようなブエルの質問。パイオスは『……そうだな、あまりにも見苦しい。着替えを用意しておけ。床も掃除しろ』って答えて溜め息を吐いて部屋を出ていった。ブエルは『畏まりました』って返事をしてパイオスを見送った後、気絶したままの私と床一面に広がった
『まさかこれ程無様に漏らすとは。コイツ本当に魔王様の一部なのか?』
押さえつけられた時に体勢がずれてベッドの上に乗ってたのは上半身のみ、下半身は乗って無かったからね。ベッドへの直接の被害は無かった。
ええっと……だって仕方無いでしょう。あんな意識が飛ぶ程の苛烈な痛みの連続、どうやったって耐えられるわけ無いもの。私だってお漏らししたいわけじゃない、これは……ホラ、魂が足りて無いせいだから。そのせいで他人よりも色々弱くなってるだけだから。私自身が悪いわけじゃ無いから。だから絶対『お漏らし女神(笑)』とかじゃ無いから。
ステンノさん、魔力を吸われる。
ステンノさんの考えている通り、イリヤとクロエの関係に酷似しているのでパイオスとステンノさんの間でパスを繋ぐ行為ゲフンゲフン無しに魔力供給が成立しています。
ステンノさんは不可抗力とはいえまた漏らしました。この世界に来てから踏んだり蹴ったりです。漏らしたのも2度目。大事な事なので2回言いました。
次回はステンノさんが姿を消した事に気付いた聖女様陣営の視点でお送りします。