異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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24話

子供の頃に憧れたような。悪を滅ぼす、神に選ばれし勇者。立場でいうならこれはそれに近いのかも知れない。ただ、いざ自分がそうなってみると嘗てない程のプレッシャーと不安が絶えず襲ってくる。失敗は絶対に、絶対に許されない。許される筈が無い。女神が魔王の手に堕ちるなど、あってはならない。

 

……神造兵器『星の聖剣(エクスカリバー)』の帯刀を許された、竜の心臓を核に持つ本物の勇者、ステンノ(女神)が愛したらしい円卓の騎士王(アーサー・ペンドラゴン)とは違う。僕は顔や声がその彼に似ているらしい、というだけの少しばかり剣の腕に自信があるだけの只の人間だ。御遣い様の助力があったとしても、向かう先は敵の本拠地。それも懐。果たしてどこまで出来るかは分からない。それでも成功させなければならない。この命を賭して、眷属である彼を助けつつ女神を救い出さねばならない。

 

腰に目をやれば、三日月のように大きく湾曲した、その内側に刃のある変わった刀身を持つ剣。鎌のように相手に引っ掛けて切断するこの剣は、異界の鍛冶の神が鍛えたという神剣、名をハルパーというらしい。何でも相手の不死性を無視して切断できるらしいこれは、魔族の本拠地へと向かう僕への御遣い様のせめてもの気遣いらしい。その切れ味は折り紙付き。何せ神殿謹製のミスリル製の剣が一薙ぎで簡単に真っ二つになる程だ。これ程見事な剣は見たことが無い。

 

僕は、いや、僕達は。黒々とした毛並みに最高の脚を持つ駿馬に跨がり目的地へと駆けていた。背中では女神の眷属(お気に入り)であるニュクティが落馬しないように僕の腰に必死にしがみついている。周りを見渡せば既に木々の姿は無く、あるのはこの世界の独特な芝生が広がる一面の平原。僕達が馬で走り始めて既に2日目。これだけの距離を短時間で移動したというのだから魔族の身体能力は凄まじい。

 

『見えてきました。もうじき彼等の造ったポータルに着きます』

 

御遣い様の声が頭の中に響く。けれど、周囲にはそれらしき物は何も見えない。一面の平原。本当にこんな場所にそんな物があるのだろうか?いや、決して御遣い様を疑っているわけではないが、俄には信じられない。

 

『そこで止まって下さい』

 

言われるままに馬を止めて、ニュクティと共に降りる。やはり周囲には何も無い。魔族の手が加えられたような形跡は見えない。足首程度の高さの芝生が延々と続いていて遠くまで良く見渡せる。

 

『ニュクティ、そこから今貴方が向いている方角へ10歩進み、地面へと突き立てるのです』

 

ニュクティも御遣い様の言葉に首を傾げつつも歩き、歪な短剣を地面へと突き立てる。するとどうだろう。何も無かった地面に一瞬魔法陣が現れて、それが消滅した。もしも音がしていたとしたらパリンッ、という音だったに違いない。魔法陣の見えた地面には金属で出来た、一辺が僕の肩幅の三倍程度の長さの四角く黒い蓋が現れた。

歪な短剣の効果は事前に御遣い様に聞いていたとは言え、これには驚きを隠せない。まさかこれ程簡単に魔法を打ち消すとは。いや、それもあるが……これは不味い。恐ろしい事だ。こんな場所に人間には全く気付かれない魔族の侵入口があるのだ。これが国内にどれくらい在るのかは分からないが、出来るなら全て探し出して破壊しなくてはならない。

 

『魔王の城でも必要になりますので破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の使用は最低限に留めて下さい』

 

ニュクティが御遣い様より借り受けた短剣、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。三回折り返した雷の形のような歪な刀身を持ち、その効果はあらゆる魔術効果の無効化。これはそのレプリカらしく回数制限があるらしい。出来るなら本物を使いたい所ではあるけれど我が儘は言えない。神がこれだけ世界に干渉するのは異例中の異例との事。宝剣を2本も貸してもらえた事に感謝しよう。

 

「行こう、アルトリウス」

 

「ああ」

 

顔を見合せた後、僕は金属の蓋に手を掛けてゆっくりと持ち上げる。予想に反して異常な程に軽い。何だこれは。これは本当に金属なのか?魔法で軽くしていたとしても、さっきの一撃で効果は消えた筈。こんな軽い金属が存在している、いや魔族が既に発見し有効利用している?やはり不味いな。聖女様に報告しなくては。

 

蓋を開けた先には地下へと続く石の階段。警戒をしながら一歩ずつ慎重に降りていく。50段は下らないそれを降りきった先にあったのは、僕の身長の2倍程度の高さ、奥行きは10mといったところの四角柱の形の通路。壁も黒く薄暗いが所々に魔道具のカンテラが付いていて何とか歩ける。中は湿度が高いのか生温かくジメジメしていて不快だ。

 

通路の先に、見たことの無い魔法陣。これが転移ポータルというやつだろうか。二重の円の中に六芒星、それに見たことの無い文字が並んでいる。その六芒星の中には大小二つの円が重なるように配置され、中にまた何かの文字。外円の四箇所に描かれているこれは何かの紋章だろうか?恐らく初めて目にするものだ。魔法等には決して明るくは無いが、神殿の関係者やハンターの魔法使いが使用するものとは全く違う事くらいは分かる。成る程、これが転移ポータルだとすれば僕達人間が今まで使えなかったのは納得だ。

 

意を決して、魔法陣の中央へ。僕の直ぐ右隣にニュクティ。僕達の存在を感知したらしい魔法陣が、薄く輝き始める。仄かな温かさと宙に浮くような奇妙な感覚。ここを離れればば敵の懐。気を引き締めていかなくては。

 

 

 

 

 

気がつくと僕達は全く別の場所に居た。先程までの暗い地下ではない。広さで言えば20畳程度。周りを見渡せば壁一面がキャンバスに見立てられ描かれた絵画で埋め尽くされ、天井には大理石で彫られた幾つもの彫刻が一面に並び、足元を見れば白と黒の幾何学模様で彩られた床。置かれている調度品も年月は経っているものの、赤いクロスが張られたテーブルやその側に置かれた漆黒の生地で覆われた椅子等も高級品だろう事は僕にも分かる。これが魔族の城の一室だと?

 

その幾何学模様の床の中央に彫られている、先程の地下のものと同じデザインの魔法陣から出た僕達は、思ってもいなかった荘厳な城の一室に暫し声を失っていた。

 

『なんだぁ?』

 

僕は、不意に聞こえた声の方を振り向いた。扉の所には、大きな二本の角が生えた牛の頭蓋骨の頭部を持つ魔族の姿。身体の大きな四足歩行の動物の骸骨が二本足で立ち上がったような姿だ。その背には骨で出来た大きな一対の翼。あれで飛べるのだろうか?

 

兎に角ここで見つかるのは不味い。というより、この骸骨が僕達の事を他の魔族に知らせたら厄介な事になる。自分の力不足は承知で、僕はハルパーを右手で抜刀し迷わず斬りかかった。

 

鞘から引き抜いた勢いそのままに左から右へとハルパーを薙ぎ払うと、魔族の頭蓋骨が目にあたる部分を切り口に綺麗に上下に別れた。斬った僕ですら呆気に取られる程の切れ味。我に返った僕は、チャンスとばかりにハルパーを骸骨の魔族の頭から振り下ろす。恐ろしい程の切れ味を持つこの剣は、そのままこの骸骨を背骨ごと左右に真っ二つにした。例えこの魔族が下から数えた方が早い程度の実力だったとしても、こんなに簡単に倒す事など不可能だった。神殿騎士数人掛かりで、魔力を帯びたミスリルの剣で何度も斬りかかり、漸く打倒できるのが普通。一刀両断など見たことが無い。

 

「流石は神剣、か」

 

呟いて視線を右手のハルパーへと落とした。御遣い様がおっしゃられるには、まるで何事も無かったかのように抜刀前と変わらない輝きを持つこの剣を持ってしても魔王には勝てないらしい。正確には、この剣を持って、やっと魔王に傷を付けられるかも知れない程度だそうだ。これはハルパーが弱いのではなく、単純にこの剣の使い手として僕が力量不足だということだ。もしもこれが()()()()()()()()であれば魔王相手でも戦えたに違いない。力不足の自分が恨めしい。

 

「アルトリウス、早く行こう。別のヤツが来たら厄介だろ」

 

ニュクティの言葉に顔を上げる。骸骨の残骸を部屋の隅に押し込め隠して、僕達は慎重に周囲を窺い部屋を出る。

 

通路の、半円を描く天井には絵画が所狭しと並べられ、一定の間隔で大きなシャンデリアが吊り下げられていた。壁を見れば大理石の大きな柱が等間隔で並ぶ。通路の床も大理石で造られ、人が通行する場所には真っ赤な絨毯が敷かれている。柱と柱の間は総硝子張りで外からの光を取り込めるようになっていて、昼間の城の中は非常に明るい。やはりまるで……そう、まるで人間のそれと変わらない。魔法の事も考慮すると、魔族は人間以上の水準で生活している可能性もある。女神を救いだして一刻も早く聖女様にお伝えしなくては。

 

───────

 

見つからないよう細心の注意を払い、戦闘は最低限に留めて来た。ハルパーが神剣と言っても使い手が僕では強力な魔族に囲まれればひとたまりもないのだ。やむを得ない状況でのみ、一体しか居ない隙を窺い、声を出させずに一撃で葬った。ここまでで魔族の中でも上位の強敵に会わなかったのは幸運と見ていい。

それに加えて僕達がここまで来られているのはニュクティのお陰だ。ニュクティは何処を通れば魔族に見つかり難いのかが何となく分かるらしい。御遣い様曰く、これも女神の祝福の一つらしい。女神本人は本来、攻撃にさえ転じなければまず敵には見付からないという隠密行動に適した力も持っていて、ニュクティのそれはその派生の劣化版だという。

 

つまり、女神は僕達の居る人間界に降りるに当たってその力の大部分を封印したということなのか?封印しなければ下界には降りられない制約があるのか?そうまでして降りねばならない程、魔王は人間にとって危険な存在だと?だとすれば……女神の存亡はそのまま人間の存亡を左右する。

聖女様、貴女はもう少し慎重に行動できなかったのか……。聖女様がもっと早くに教えてくれれば、女神に護衛を付けて神殿側とは別行動を取らせ、神殿側には女神に偽装した囮を置いて魔族の目を撹乱したりも出来たかも知れないというのに。

 

 

 

 

「こっちだ、多分」と言って僕の手を引くニュクティ。ニュクティはもう一つ。比較的近い位置ならば女神の居場所が何となく分かるようだ。女神があのゴブリンのような魔族に拐われそうになった時に気付いたのも、恐らくこの能力のお陰だろうな。

 

木々や花々の生い茂る庭園の巨木の幹に身を隠し、僕はニュクティの示す方に目を向ける。ニュクティの人差し指の遥か先、一際高く聳える尖塔。どうやらあの塔への道は城の中央辺りから伸びる一本の連絡通路のみ。他の入口は見当たらない。塔の最下層周辺にも入口らしきものは無さそうだ。

 

「これは……簡単にはいかないだろうな」

 

そう口にして、僕は塔を見上げた。簡単に逃げられる場所に女神を置くとは思えない。恐らくだが、魔王の居る場所の側を通らないといけない。だがここで魔王に見付かれば全て水の泡だ。何か手はないものか……。

 

 




無事潜入したアルトリウスとニュクティ。
次回はステンノさんが……。

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