異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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phase 3 転生女神と王子と大蛇
29話


主神(アレ)〉のせいでメドゥーサの事を説明せざるを得なくなった私は、掻い摘まんで話してあげた。とある事が切っ掛けでメドゥーサがとある神の一柱の怒りを買って怪物にされて、とある英雄に退治される。その時に英雄に神から貸し与えられたのがハルパーってね。何が切っ掛けかっていうのは濁した。だってメドゥーサがアテナの神殿でポセイドンと交わってた、なんて言えないじゃない。まぁステンノやエウリュアレも妹への事をアテナに抗議して怪物にされてるけど、別にそれも言う必要が無いから言わなかったけど。

 

その話の後の馬車の中の空気の重さっていったらもうね。ニュクティは何か思い詰めたような顔で下を向いてるし、アルトリウスは顔を合わせてくれない、カッサンドラさんに至っては何故か「申し訳ありません、申し訳ありません」って何度も謝ってくる始末。私が直接関わった話じゃ無いだけにもうどうしていいか分からなかった。〈主神(アイツ)〉絶対許さないわ。

 

それと。私を守る為にアルトリウスがハルパーの代わりに借り受けた剣は、矛に近いような形の剣。長さは成人男性の握り拳十個分くらい。所謂『十束剣(トツカノツルギ)』。凄く嫌な予感がして〈主神(ろくでなし)〉に聞いてみた結果、その名は天羽々斬(あめのはばきり)。……神剣も神剣、須佐之男(スサノオ)が八岐大蛇を退治した時に使った剣!もうイヤ、どうしてイチイチ仰々しいモノを渡してくるのこの〈主神〉は。

 

でも〈主神(アレ)〉に依ると提供してくれた、というか協力してくれたのはどうやら大国主(オオクニヌシ)らしいわ。

大国主からの伝言は『運命を背負わせたのに大した力になれなかったのは申し訳なかった、せめて今世では微力ながら協力させて欲しい』だそうよ。

頭痛くなってきた。え?何で?幾ら今の私がステンノ(女神)でテスターしてるって言っても出てくる神が大物過ぎない?須佐之男(スサノオ)の剣を渡してくれたって事はつまり須佐之男(スサノオ)本人、もしかしたら天照大御神(アマテラスオオミカミ)も関わってる可能性もあるよね?私の前世、そんな神に恩情をかけてもらえる程の事したの?私の失ってる記憶、つまりパイオスの方は覚えてるのかしら?でも一般人だった筈の前世の私が何かできた?背負った運命って何?……駄目、全然心当たりが無い。これは一旦置いておくしかないわ。

 

そのあと問い掛けてみてるけど、〈主神〉から返答が無いのよね。別の事に忙しいのか、それとも私を使ってまた何かしようと企んでるのか。考えても仕方無いけれど不穏ではある。八岐大蛇クラスの化け物なんて出てくるとかは流石に無い……とは言えないのよね、この世界。既にパイオスとか魔族とか居るし。駄目駄目、フラグになりそうだから考えるのよそう。

 

 

 

 

 

──────

 

カッサンドラさん達と別れて。私達は国内の神殿を中継しながら、目立たないよう一般に流通してるような、あの奴隷商達の物より小さい、二畳有るか無いかの大きさの荷馬車に揺られて西へ。ミュケーナ王国を目指した。私は乗馬は出来ないし、乗りこなせるのがアルトリウスだけだし。流石に馬だけで何日もかけての移動は無理だと判断した結果ね。それにしてもアルトリウスの影響力は凄いわね。国内の街、神殿は全部顔パスだもの。それにカッサンドラさん直筆の手紙もあったからね。お陰で移動中の物資に困る事は無かった。私は神殿の中に入るなんて御免だったからずっと外に居たけどね。何となくだけど、中に入ってしまったら逃げられなくなる気がしてね。

 

もしかしたら魔族の追っ手が居る可能性も考慮して、他の街をゆっくり観光、なんて余裕は無かった。私が馬車から出るのは必要最低限。なるべく顔を隠してね。はぁ。ゼメリングが恋しい。ミュケーナ王国内の街に着いたら落ち着きたい。美味しいもの食べたい。お風呂入りたい。

 

最後の中継地点の神殿を出た後は、なんと歩き。ええ、分かってはいたわ。馬車の維持にはお金も掛かるし。ミュケーナまで馬車で行って、ミュケーナ王国内の神殿にその馬車を返すって事も出来なくは無いけど、それだと周りに神殿関係者ってバレバレだからね。なるべく隠密に行動したい。

 

まあ無事に国境だけは越えたんだけどね。谷に設置された、何人かの兵士が常駐してる、石で造られたそれほど大きく無い砦、みたいな建物の検問所を抜けた。ミュケーナとペイシストスは和平を結んでるみたいだからこれで大丈夫だそうよ。というかあまりに物々しくするとかえって問題になるんでしょうね。やる事も荷物のチェックと指名手配犯かどうかの確認くらいだし。

私とニュクティにはゼメリングの身分証もあるし特に問題は……あったわね。当然私も顔を晒さないといけないから兵士に見せたんだけど、耐性の低い兵士の一人が()()()()()()()()。妙な魔法を使ったとか何とか言われて私は危うく拘束されそうになった。無事通れたのはアルトリウスが仕方無く身分を明かしたから。『とある任務中なので口外しないで頂きたい』って釘は刺してたけど。

 

 

 

歩くと次の街……というかミュケーナ最初の街が遠い。街まであとどのくらい?え?このペースだと二日?……そう。国境の関所を抜けてからもうかれこれ二日くらい歩いてないかしら?私、ステンノなんだけれど?筋力とか持久力とか驚く程貧弱なんだけど?公道っぽい所を歩いてるけれど地面は土が剥き出しだし、周りを見渡す限り林なんだけど。話通りだとあと一日程度でこの林を抜けるって……あと一日も……。

足、痛い。ねえ、そろそろ休まない?私、女神の神核のせいでどんなに鍛えても筋肉付かないから運動とか苦手なの。ねえ?

 

「あの、そろそろ休ませてもらってもいいかしら?」

 

「仕方無いな。今日はこの辺にしておこう。ニュクティ、野営の準備をしようか」

 

「わかったよ。仕方無いな、ステンノは体力無いからな」

 

この状況では反論出来ない。息もあがってるし足が棒みたいだし。喉も渇いた。あ、汗も拭きたい。この部分だけ聞くと我が儘お嬢様みたいに見えるわ。

 

野営か。この世界に来たばかりの頃はニュクティと二人で何日も過ごしたわね。私は殆んど何も手伝って無かったけど。最初は一人だったから野営どころか食糧の確保すら危うかったものね。助けてくれる人が居るってホント大事だわ。

 

因みにニュクティとアルトリウスの格好は、使い古したようなくすんだ白の布の服、胸当てと腰それに籠手の部分には鞣した皮の鎧。一見普通の装備に見えるけれど服の中にはミスリル製の鎖帷子を着込んでる。アルトリウスの武器は例によって天羽々斬(あめのはばきり)、それとミスリル製のナイフ。ニュクティの方はミスリルを黒く塗って偽装したダガー。

 

私はというと例のワンピースの上に、全身をすっぽりと覆う鞣し革の外套フード付き。これならオダチェン礼装を展開しても外套に隠れるから誤魔化せる。勿論奴隷印を隠せるように皮の手袋も。それとは別に普段使い用のシルクの手袋も貰えたわ。全部神殿からの支給品。カッサンドラさんの口利きに感謝ね。私に鎖帷子?あんな重い物身に付けてたら直ぐ動けなくなっちゃうから無理。

 

さてと。二人のやる事の大部分は手伝えないけれど、せめて今の私に出来る事をしよう。唯でさえ荷物は二人に持って貰ってるもの。

焚き火用の枝を拾うとか、食糧用の干し肉や野菜を切るとかね。料理とかそういう類いのスキルは纏めてぜーんぶパイオスに持っていかれた。だから料理とかのレシピも綺麗サッパリ私の記憶には残って無い。……我ながら自分の低スペックさに涙が出てくる。

 

干し肉とかを切るのに使うのは、例のスプーン。スプーンを軸にして魔力を固めて、私の指の長さ程度の魔力の刃を顕現させて固定してナイフ代わりにする。これが出来るようになったのはかなりの進歩。但しコレ飛ばしたりは出来ないのよね。だから調理用ナイフとして使うか近接での護身用くらいにしか使えない。飛ばすなら相変わらず例のハート型のリング状の魔力弾。夢幻召喚(インストール)した状態にならないと魔力運用はまるっきり駄目。

うん、少しは役に立てるようになったからいい。決して拗ねてなんてない。

 

それじゃスープでも作ろうかな。幸い、この世界の庶民の料理ならイオリスさんに教わった物は作れるからね。イオリスさんとの出会いに感謝だわ。アルトリウスも神殿騎士だから当然野営での料理も出来るのだけれど、料理まで任せて私何もしなかったら片身が狭いでしょう?それにホラ、こんな絶世の超絶美少女女神の手料理が食べられるなんて嬉しいでしょ?……嬉しいよね?

 

ええと、まずは火ね。先端にビー玉程度の大きさの火の魔石が埋め込まれた、私の小指大の棒に魔力を注ぐ。すると魔石部分に火が灯る。前世でいう所のライターとかマッチとかの代わり。但し魔力が続く限り何回でも使えるけど。これはホント便利。魔力が使えるようになって良かったわ。原始的な方法で火を着けなくて済むもの。因みにこの魔道具はアルトリウスの持ち物で、神殿騎士への支給品。魔力が使える者なら火の魔法が不得手でも火を灯せる便利アイテムね。

集めておいた枝を重ねて魔道具の先を突っ込むと、暫くしてパチパチという音と煙。嗚呼、文明の利器……じゃなかった、魔法文明の利器万歳。楽!圧倒的に楽!

 

川の水を大きめの鍋で掬って火に掛けて、私はその焚き火の前に座る。中に適度な大きさに切った野菜、ハーブ、スライスニンニク、それに軽めの塩と干し肉と、粉末状にした鳥の骨。それとこのナントカっていうソース。イオリスさんも『困ったら取りあえずこのソース入れておけば大丈夫!』って言ってたからね。味は中華スープの素に近いけどこう、それをナナメ左に捻ったような感じ。あー、我ながら説明が下手ね。材料は何なんだろうこれ?

 

兎に角、料理初心者と言っても過言ではない今の私でもそれなりに食べられる味に仕上がる逸品。前世のカレー味みたいなものね。あ、カレーなら香辛料さえ有れば作れそうね。街に着いたらそれっぽいの探してみようかな?

 

二人はというと簡易テントを組み立ててるわ。テントって言っても大きな物ではなく一人用、というか私専用。二人は雨さえ凌げれば木陰とかでも平気らしいわ。まぁ私、護衛対象だから仕方無いわね。

 

「……ん?何か来るぞ?」

 

そう言ってニュクティが何かに気付いて視線を向けてる。耳と鼻の利くニュクティはこのパーティの斥候の役割も担ってるからね。どうやら西、ええと私達の向かう予定の方角からみたいね。なら追っ手とかでは無さそう。

 

私とアルトリウスもニュクティの見ている方角に顔を向ける。遥か先に見えるのは、黒い鱗に赤い瞳の蛇ね。それが私達の方に向かって来て……え?どうしてこの距離で蛇って分かるの?サイズおかしくない?何か周りの木々を薙ぎ倒しながら近付いて来てるし。緊急事態よねこれ?あの蛇、周りの木々と比較するに口だけで私の身長くらいありそうなんだけれど。フラグ回収とかホントそういうの要らないんだけど。

 

「試し切りといこうか」

 

ニュクティと一緒にテントを組み立てていたアルトリウスが剣を抜いて前に出る。その隣にニュクティも立ってダガーに手を掛けてる。え?アレと殺り合うの?確かに今からでは逃げるのは難しいけれどあの蛇の実力は未知数よね?本当に?もう……。

うっすらと刀身が光る天羽々斬(あめのはばきり)を構えるアルトリウス。

ニュクティの右手が仄かに光って、その光はダガーの刀身へ。あれ?アルトリウスは兎も角、ニュクティって魔力使えたの?

 

どんどん近付いて来てる大蛇に向かってニュクティが跳ねた。え?ニュクティってこんなに身体能力あったっけ?さっきの魔力もそうだけど私の眷属になった影響とか?私は貧弱なままなのにズルくないかしら?『眷属が主人の私よりも優秀だった件』って、どこのラノベかしらね?ああ今の私、そのラノベみたいなものだったわね。だとしたら作者は絶対三流ね。だって私酷い目にしか遭ってないし、何度も大怪我するしボロボロにされるしお漏らしするし挙げ句犯されそうになるし。

 

愚痴も程々にしておこう。やるしかないわね。礼装展開、『全体強化』っと。

 

 




早速フラグ回収。とは言ってもこの大蛇を倒して終わりな筈ないですけどね。

天羽々斬は石上神宮に祀られてますね。八岐大蛇を切り刻み、その大蛇の尾にあった天叢雲剣に弾かれた(と言われてる)剣。

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