森の中を走る。必死に走る。どうして?何でこの体、こんなに足遅いの!?敏捷Bどこ行った!?あれもサーヴァントになって強化された力なの?このままじゃ死ぬ、マジで死ぬ。
あっという間に距離が詰まっていく。サーベルタイガーもどきは器用に木々の間を縫うように走っていて、もうすぐ後ろまで迫っている。挽回する手は……ボロック・ダガーでどうかしらね!
左の腰にぶらさげていたボロック・ダガーをサーベルタイガーもどきの右目へ目掛けて投げつける。ヤツはさも当然のようにそれに反応。ダガーがキバに弾かれた。私の力が無いのか、それともヤツが異常なのか、或いはその両方。それにしても投げたのは失敗だったと今更ながら後悔してるわ。これで追い付かれても抵抗する術は無い。今度があったら武器は手放さないようにしないと。今度があったら、ね。
駄目。もう無理。これ以上走れない。足がもつれてきた。こんなに体力の無い体で、このサーベルタイガーもどきから逃げるなんて最初から出来るわけなかった。私の命も此処までね。短い第2の人生だったわ。せめてヤツを足止めできる手段でもあれば……。
その時だった。
私の左手首のリング状のアザが光る。それと同時に私の格好が変化。オレンジ色をベースに、上半身の胸からお腹にかけての部分が白い、体の線が出るほどフィットしているボディスーツ。私はこれが何かを瞬時に理解した。『魔術礼装・カルデア戦闘服』。通称オダチェン礼装。FGOにおいてマスター(プレイヤー)にとって有用なスキルを持つ礼装。前衛と後衛を入れ換える事ができ、それによって戦闘の幅を広げる事ができる礼装。それで、今この場において私が使うべきこの礼装のスキルはそのオーダーチェンジでは無くガンド。
ガンドというのは北欧のルーン魔術で、身体活動を低下させる呪い。使い手によっては弾丸と同等の威力を出せる。でもこの礼装がFGO準拠だというのなら、1ターンの間敵1体を行動不能にする(状態異常無効の敵以外ならどんな敵でも)というスキルの筈。1ターンがどの程度の時間かは分からないし、クールタイムがどれだけ掛かるかも分からない。でもこの状況を打破するには使う以外の選択肢はない。
左手の人差し指の先端に、ゴルフボール程度の大きさの赤い球体が現れる。私が「ガンド!!」と叫んだのとサーベルタイガーもどきが大口を開けたのはほぼ同時。赤い球体はサーベルタイガーもどきの口へと吸い込まれるように飛んでいって……サーベルタイガーもどきの動きが止まる。まるで麻痺でもしているかのように震えていて、ヤツはその場から動かない。
効果を観察してる暇なんて無い。逃げるなら今しかない。私は一目散にその場から駆け出す。
でも所詮は1ターンの行動不能。サーベルタイガーもどきはすぐに自由を取り戻した。もう一度ガンドが撃てたら良かったのだけれど、まだ撃てる気配はない。FGOでも次に使用可能になるまでに最低13ターン掛かるスキルだもの。現実だとどの程度の時間が掛かるのかは命があったら検証するわ。……命があったら。
他にはオダチェン礼装には味方全員の攻撃力を上げるスキルもあるけど、今の私の攻撃力を上げてもね。とても太刀打ちできる相手じゃないし。兎に角追い付かれないように出鱈目に走っ……。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
走ろうとしたんだけれど。動けない。もう無理だわ。もう走れない。足が、足が動かない。呼吸が苦しい。
出鱈目に走ったせいで、もうあの泉の場所も分からない。私、こんな何処かも分からないような森の中で死ぬんだ。怖い。こんな死に方嫌だ。体を引き裂かれるのってどのくらい痛いんだろう……恐怖のあまり体がガチガチと震え顔は引き攣り、両目から涙が溢れてくる。
私が動けなくなったのを察したのか、サーベルタイガーもどきはゆっくりと、じわりじわりと私に近づき追い詰めに掛かる。
「見逃して……お願い……」
言葉なんて通じないのは分かっているけど、言わずにはいられなかった。余裕なんて残ってる筈ない私は祈った。誰に?勿論アムラエルさんに。助けてってね。本物のステンノならこんな無様晒さないんでしょうけど、私は作り物、只のコピーだもの。……もしかしてこれもあの〈
その場にへたり込んでしまった私は、座ったまま手足を使って震える体を引き摺り這うようにして後ずさる。此処までか……。
突然。けたたましい音と共に地面が崩れる。何が起きているのか理解出来ないまま、私の体は地面と一緒に崖の方に投げ出され……何時の間にか崖のある所へ出ていたの!?って崖崩れに巻き込まれた!!ちょうど私とサーベルタイガーもどきの中間の地面を境にして、大地が割れて私は崖の下へと落下していく。同じ死ぬにしても喰い殺されるよりは痛みの時間が少ないかしら。それほど、私が落ちた崖は高さがあった。
落ちている途中で意識を失って………。
……。
…………あれ?生きてる?あの高さから落ちたのに?
自分の居る場所を見回す。池……じゃない、滝壺にある岩の上。目の前には高さ100mはあるだろう滝。って言っても水量はそうでもないみたい。滝の幅はせいぜい私の横幅の1.5倍くらい。偶然この滝壺に落ちて、偶然岩の上に打ち上げられたお陰で落下死も溺死もせずに済んだって事?出来すぎてないかしら?
上体を起こそうとすると、左腕に激痛が走る。落下したときに強く打ったのかしら?あの高さから落ちてこの程度なら運が良いって言っていいけど……左手は使い物にならなそうね。
私の着ているワンピース、それに中の下着はグッショリと水に濡れて重くなって肌にピッタリと張り付いている。このままだと気持ち悪いし風邪をひきそうね。脱いで乾かすのは決定としてもその間は……そうだ、オダチェン礼装があるじゃない。
一先ず水に浮かぶ岩から降りて滝壺から出てみると、すぐ近くの地面に転がっている大きな岩の上に巨大な獣が横たわっていた。さっきまで私を追い掛けていたサーベルタイガーもどき。まだ生きているかも……でも地面に直撃なら流石に死んでるわよね?恐る恐る正面に回ってみると、サーベルタイガーもどきの頭が失くなっていて、首からは血が溢れ出ていた。多分だけど私が気を失ってからそんなに時間は経っていないって事ね。
私は自分の、痛みで動かせない左腕に視線を向けた。私が使える数少ないスキル『吸血』の存在を思いだしたから。
ステンノの吸血は本来、血を吸ったり身体に浴びたりする事によって体力や怪我を回復するもの。なら、あのサーベルタイガーもどきの血があれば私の怪我も良くなるかも。
でも飲むっていうのは抵抗があるから、左腕に塗って様子を見てみよう。
意を決して、右手をヤツの首へと伸ばす。未だにドクドクと溢れてくる血を掬って、左腕にかける。
2回、3回、4回とかけて5回目をかけようとした頃。痛みは引いて左腕も動かせるようになった。かまいたち的な魔法で出来た傷も消えている。
良かった。血の入手方法は問題だけど、これで回復手段を手に入れた。出来れば回復魔法が欲しい所だけど仕方ない。
後は食べ物だけど……ねえ、これどんな偶然?
死体の向こうに、私の身体より少し高い程度の木が見える。幹は高さの割に、というには無理があるくらい太い。それでその枝に実が成ってるのよね。どう見ても地球の林檎にしか見えない実が。
こんな状況でも何故か脱げなかったサンダルをその枝に引っ掛けた。ワンピースと下着も脱いで、水を絞って同じように枝に引っ掛ける。
いつまでも裸でいるわけにもいかないので、オダチェン礼装を展開。多いだけで使えない無駄な私の魔力とは違い、礼装は私の意思で自由に展開できるみたい。あ、ガンドのクールタイムも終わってるみたいね。なら後で試し撃ちもしておこう。
手を伸ばし、林檎を1つ取って噛る。やっぱり味も感触も林檎そのもの。これで暫くは死ななくて済む。本当は火を使えれば良かったんだけど、私じゃ絶対火なんて起こせない。肉や魚はもう暫くお預け。
水も、食料もある。後は眠れる場所さえ有れば……ううん、こんな所に何時までも居るなんて御免だわ。早く人の住んでいる所へ出たい。転生初日だっていうのに強制イベントが多すぎる……。
林檎を食べたせいかしら。その……トイr……お花を摘みにいきたくなってきた。その辺でしても大丈夫よね?誰かに見られているわけじゃな……あっ。
もしかして、ココまでが〈
でもその前に、この森?山?を抜けないとね。
チュートリアル()を終えて決意?も新たにしたステンノ(仮)。次回は来月にでもまったり更新の予定です。
ステンノ(仮)のステータス
筋力E-
耐久E-
敏捷E-
魔力E-(魔力量のみEx)
幸運??
スキル:女神の神核Ex、吸血C、主神(が覗きをする為)の加護
礼装:魔術礼装・カルデア戦闘服(全体強化、ガンド、オーダーチェンジ)