跳ねたニュクティの先には、大蛇が大きく開いた口がある。ニュクティは上手く体を捻って突き出た牙を蹴って、大蛇の左目にダガーを突き立てた。鮮やか、ね。この間の魔族の城で立ち回りを覚えたみたい。天才かしら?私じゃなくてこの子が転生主人公なんじゃない?
って馬鹿な思考は置いておいて。目を潰されて痛そうに頭を左右に振ってる大蛇。ニュクティはピンポイントでの攻撃は出来ても大ダメージを与えるような攻撃力は無い。FGOで言うならアサシンね。それでも突進は上手く止められた。大蛇のその隙があれば後は流れ作業のようなもの。私の指先から放たれたガンドが大蛇に直撃。動けなくなった所をアルトリウスが頭から尻尾まで綺麗に両断。大蛇の開きの出来上がり。このまま焼いたら蒲焼きになりそうね。絶対食べたくないけれど。
簡単に終わったように見えるけれど、底上げされたニュクティの身体能力、アルトリウスの剣の腕+
「この大蛇の肉は少し持っていこうか。食糧は余裕があるに越した事はない」
「そうだな、アルトリウスの言う通りだな。切り分けるの手伝うよ」
……は?まっ、待って。食べるのソレ!?私、蛇なんて嫌よ!え?毒は無いから大丈夫?そういう問題じゃ無いから!食欲無くなるから!確かに味はタンパクで鳥のササミみたいって聞いた事あるけど蛇よ!?食べる時に思い出しちゃうから!待ってお願い私の意見を聞いて!
ほっ、ほら、西から何かが向かって来るわ。二人とも一旦手を止めましょう。あれは……馬の群れ?みたい。上に乗ってるのは騎士?手には馬上槍、ロングソード。鎧はプレートメイルだけど神殿騎士の装備ではないみたいね。何処かの国旗みたいなものが胸の部分に描かれていて……ああ、きっとこの国所属の騎士団ね!この大蛇を討伐しに来たんだ。適当に挨拶だけして切り抜けないと。国の騎士団に関わるとか絶対面倒事になるに決まってるもの。念の為にフード被っておこう。
私達と大蛇の残骸の前で止まった騎士団らしき人達。人数は……20人って所かしら。つまりええと……この大蛇を倒すのに騎士20人が必要って事で……やっぱり面倒事になるやつね、これ。
「第三騎士団だな。厄介な連中と遭遇したようだ」
私の耳元でアルトリウスがポツリと洩らす。第三騎士団?何それ?
「僕に任せてくれないか。二人はなるべく口を開かないでいてくれ」
向こうを気にしながら、騎士団に聞こえないような小声で私とニュクティに話すアルトリウス。ここは任せたほうが良さそうね。ニュクティも私と同意見みたいで頷いたり頭を動かしたりはせずに「分かった」って言ってる。
騎士団の中の一人が、馬に乗ったまま私達の方へと出てきた。他の騎士と違ってフルフェイスの兜が赤い。位が上の人間かな?他には馬から二人程降りて、私達が退治した大蛇の(食事用に肉を少し切り取った)残りを調べてる。
「我々はミュケーナ王国第三騎士団である。私は副団長のシュリーマンという。その大蛇を追ってきたのだが……見事な腕前だ」
脱いだ兜の下の顔は、騎士だけあってイカツイ。おじさま……というには若い。多分アルトリウスより2、3歳くらい上だと思う。茶色の短髪に茶色の瞳。
誉めてくれるのね。それはどうも。やっぱり大蛇を退治しに来たのね。国の騎士団が出向いて来るって事はやっぱりそれなりに面倒な相手なのねこの大蛇。
あ、でも神殿騎士に任せる程ではない相手なのかな。それとも神殿騎士だけじゃ手が回らないくらいアチコチに出没してるとか?後でアルトリウスに確認してもらおう。状況によっては別の国に行った方がいいかも知れないからね。
それにしても副団長さんなのね。団長さんは今回は不在なのかしら?アルトリウスみたいに別の任務に出てるとか?
「お誉め頂き光栄です。僕はアルス。彼女達と旅をしているハンターです」
アルトリウス、敬語使ってる上に偽名。神殿騎士筆頭だし有名人だからね。出来るだけ隠して動いた方がいい。何処で魔族と繋がってるか分からないし。……って事はもしかして私も念の為に偽名考えておいた方がいい?でもそうなると身分証再発行……神殿で用意してくれないかしらね?
「旅人か。貴殿ら国に使える気は無いか?神殿騎士にも劣らないその腕前ならば歓迎しよう」
「申し訳ありません。気ままに旅をする事自体が僕達の目的ですので。それに僕達のような田舎者が国に使えるなど烏滸がましい。他に良い人材も居るでしょう」
宮仕えなんて冗談にも程があるわ。これは断ってくれて正解。下手に貴族に目を付けられたら嫌だし。貴族なんて絶対私の容姿目当てで手に入れようとするに決まってるものね。フード被っておいて良かったわ。まともに顔なんて見られたらもっと面倒な事になったかも知れない。
「そうか。これは失礼した。しかし旅人とはいえ国として報奨は出さなくてはならない。大蛇の被害は増える一方でな。そのどれもが我等騎士団でも手を焼く強さ。それをあのように鮮やかに倒せる人材は中々居ない」
「ありがとうございます。しかしお気遣いは無用です。僕達は襲われたから応戦したまで。それに元々貴方達の獲物だったものを横取りしたようなもの。騎士団の方に御言葉を頂いた、というだけで充分です。野営の準備もありますので僕達はそろそろ……」
つまり、遠回しに『関わらないでね』って言ってるわけね。
そういえば鍋を火に掛けたままなのよね。ちょっと気になる……視線を焚き火の方へと向けてみた。吹き零れはしてないみたいね。良かった。でも火の通り具合も見たいし、そろそろ解放して欲しい。
副団長は私の視線の先の鍋に気付いたらしくて「そうか、では我々も失礼しよう。大蛇の事で何か有れば私を訪ねてくれ」って言葉を残して、大蛇の残骸を抱えて他の騎士達と共に向きを変えて走っていく。何事も無く終われたみたいね。
「諦めてくれたのかしら?」
「いや、目を付けられたかもな。隣国へと抜けた方が賢明だろう。ただ直ぐに国を発つと変に怪しまれる。少しの間滞在して北のポネソス共和国へ向かおう」
目を付けられ……よくも次から次へと強制イベントが起きるものね。ハァ。
それにしても今度は北か。確かポネソスって冬は雪で覆われるんだっけ。日本でいうと東北地方みたいな所かしら。食糧の備蓄なんかも必要だろうし、雪国に入るなら早い方がいいよね。
そういえば第三騎士団って事は第一や第二も有るって事よね?別の所に出向いてるのかしら?
鍋の様子を見ながら、アルトリウスが教えてくれたけど。第一騎士団は王族を守る宮廷騎士。第二騎士団は首都の防衛。第三騎士団は遊撃部隊で総数も多く地方にも頻繁に出向く、みたいね。それで何故アルトリウスが『厄介な連中』って言ったのかっていうと、第三騎士団の団長はこの国の王太子、つまり第一王子様らしいの。この国の王族特有の銀の髪に青い瞳の持ち主、名前はアルゴリス・ミキネス・フォン・ミュケーナ。それもさっきの中に居たんだって。兜を脱いでいたから直ぐに分かったらしいけど……王子様とか私が絶対見つかっちゃ駄目な相手じゃない。後宮に入れられるとか御免だわ。この国ゆっくり観光とかしたかったんだけどな……。
「大蛇の肉入れてもいいか?」
煮立ってきた鍋を見つつ、蛇の肉片手にニュクティが聞いてくる。駄目よ、駄目!私が食べられなくなるじゃない!食べたいなら鍋に入れずに焼いて!
それに蛇ってほら、何だか共食いしてる気分になるっていうか……あ、駄目、気持ち悪くなってきた……。
───────
「シュリーマン、見たか?」
「はい殿下。大層な腕の持ち主でしたね。出来れば騎士団に入れたかった所でしたが仕方ありません」
「違う、そうじゃない。彼女だ。あの魔法使いだ」
馬に跨がり、先頭を走りながら会話を続ける。
あれだけ側に居たというのにシュリーマン、お前は一体何を見ていたのだ?確かにあのアルスとかいう剣士の腕前は見事だ。下手な攻撃では跳ね返される大蛇を一刀両断など見たことがない。あの獣人の子のしなやかで鋭い動きも。だが今はそうじゃないだろう!
「魔法使いですか?一撃であの大蛇を行動不能にする魔法、見事なものでしたね。彼女も中々の手練れでしょう」
確かにあんな小さな魔力弾であの巨体を一撃で止めているんだ、彼女も腕は確かなのだろう。それは分かっているが私が言いたいのはそこじゃ無いんだ。
「お前は彼女の顔を見なかったのか?」
「はい。私からはフードでよく見えませんでした。殿下は彼女の顔を御覧になられたのですか?」
なんと、そうか。シュリーマンからは見えなかったのか。ならば仕方ない。いや、シュリーマンが見えなかった事に優越感すら覚える。何故なら彼女は……美しかったからだ。
「私からは彼女の顔が良く見えた。この世のものとは思えない美貌の持ち主だった……とても言葉では表現出来ない」
そうだ、彼女は美しいという表現ではとても足りない。まるで……そう、まるで地上に降り立った美の女神のようだ。この世のあらゆる美しさの化身。
「美貌……ですか。御言葉ですが見間違いという事は?一介のハンターがそのような美しさを持つとはとても思えないのですが」
「何を言うか、あれは見間違いなどでは無い。彼女が降臨した女神だと言われても私は信じるぞ」
「女神ですか。女神というと隣国に降臨なされたという?」
隣国であるペイシストスに降臨したという女神。女神は神殿の聖女と共に在るらしい。いよいよ魔王との決戦が近いと騒ぐ輩も居るが……我が国としては魔族よりも大蛇の被害の方が深刻だからな。魔王の方はペイシストスで何とかしてもらいたい。
気にはなるが、今はその女神の話では無い。
「例えだ。一目惚れとはこの気持ちをいうものなのだな……何とか彼女を我が妃に出来ないものだろうか?」
「殿下、流石にそれは無理でしょう。平民の、しかも旅人でハンター。何処の誰とも知れない女を王族に迎えるというのはあまりにも……」
駄目だ、やはりシュリーマンにも彼女の素顔を見せる必要がある。目付け役のシュリーマンに任せずあの時私自ら名乗り出なかったのは失敗だった。どうにかして皆を焚き付けなくては。宰相辺りに彼女を養子にしてもらうのはどうだろうか?父上に彼女を一代貴族にしてもらってもいいな。貴族ならば私との婚姻も問題あるまい。
「あの魔法使いの事は後でゆっくりお聞きしますから。今は大蛇を退治した事を一刻も早く民に知らせる方が先ですよ」
シュリーマンの言うことは尤もではあるのだが……ミノアの街の民に安全を知らせる事までが任務だ。彼女一人の為に投げ出すわけにはいかないのは分かっているんだ。だがこの胸の高鳴りは抑えられない。ミノアに戻ったら直ぐに彼女を迎えに行こう。
「殿下、動くなら彼等の素性を調べてからですよ?王族が感情だけで動くのは危険です。どんな陰謀に利用されるか分かりませんからね」
うっ……。いや、理解はしている。私は王太子。王族たるもの、後の影響を考えずに感情のみで動くなど愚の骨頂だ。ここは仕方ない。我慢……我慢だ。一度王宮へと帰還し、改めて彼女の素性を調べ、然るべき貴族の養子にすればよいのだ。
全く、身分とは煩わしいものだな。
ステンノさんにとって傍迷惑な王子様、アルゴリス。今回の章の主要人物。
人間側の主要人物は「転生女神ステンノと彼女を取り巻く7クラス」を意識して出してます。
つまり
アサシン →ニュクティ
キャスター →カッサンドラ
セイバー →アルトリウス
ライダー →アルゴリス ←new!
アーチャー →??????
ランサー →??????
バーサーカー→??????
ではまた次回。