流石に。
ゆっくりし過ぎたかしら。
ミノアに来て、ええと、一週間?ううん、6日。1日目は宿から一歩も出してもらえずお風呂、髪を含めた全身のケア……って言っても私ステンノだし常に良い状態に保たれるからそういうケア関連は本来必要無いのだけれどね。それから食事。2日目は高そうな店なんかを見て回って。ファイスさん、アクセサリーの店と服屋で何かを受け取ってたわね。彼女さんとかへのプレゼントかしら。
3日目はまた休み……だったんだけどあまりにもやる事が無くて斡旋所で依頼を受けて街の外へ。って言ってもファイスさんがずっと付いて……じゃなくて監視してたけど。
4日目と5日目は私とニュクティはファイスさんと露店で何か掘り出し物が無いかを見たり屋台を回ったり。その間アルトリウスは体が鈍るからって何処かに鍛練に行って(多分、地元のハンターなんかと剣を交えてた)……っていう感じで観光、休み、また観光っていう、ついこの間まで魔王城に監禁されてたのが嘘のような生活を送っていた。こんな生活が続いたら抜け出せなくなりそうね。
それで6日目の今日は、大蛇が二匹ミノアに現れて城壁を破壊してる真っ最中。当然街の中は厳戒態勢で、私達はファイスさんと共に城壁の外へ向かう途中。地元の腕の立つハンター達が既に10人くらい迎撃に出てるらしいけど、苦戦してるらしい。
時間が経たないうちにこんなに何度も大蛇が襲って来た事、今まで無かったらしいわ。……もしかしなくても大蛇を呼び寄せてるのって私かしらね?美味しそうな魔力に引き寄せられてくるとか、はたまた私の神性を感じ取って来てるとか。だとしたら街の人達にも悪いから移動したい所なんだけれど、ファイスさんに『もう少し滞在してくれ』って言われてるのよね。今回みたいな大蛇の街への襲撃に備える意味もあるみたいなんだけど、真意は別に有りそう。
それにしてもこの大蛇って何処から湧いてくるんだろう?ファイスさんの話通りならある時突然現れたらしいし。誰かが意図的に生み出してるのかしら。まさかパイオスの仕業とか?
城門は閉じられてるから、私達は走り通用口から出た。ここから見えるのは北側の一匹だけ。もう一匹は反対側かしらね。でもこの前の大蛇と鱗の色が違う。黒じゃなくて紫。上位種とかかしら。まあニュクティとアルトリウスが居るし大丈夫でしょう。
あ、金属の胸当てしてる長髪のハンターの男の人の剣が大蛇の牙に弾かれた。あの人勢いで尻餅ついたわ、大蛇が大口を開けて……って呑気に眺めてる場合では無いわね。私がアルトリウスに視線を向けると頷いて天羽々斬を構えてる。理解が早くて助かるわ。『オーダーチェンジ』っと。
ハンターの男の人と私の右隣に居たアルトリウスの位置が入れ替わった。アルトリウスが突き上げた天羽々斬が、大蛇の口の中から脳天を貫く。轟音をあげてその場に倒れた大蛇と、唖然としている他のハンター達。彼等が苦戦していて満足に鱗を貫けなかったのにアルトリウスがたった一撃で倒したんだもの、吃驚もするか。
彼等、アルトリウスとは面識あるみたい。何だか親しげに話してる。4日目にアルトリウスと剣を交えたメンバーなのかな?念の為に大蛇が死んでるかの確認もしてるみたい。
一応私達も行こう。もう一匹の方の指示とかも必要でしょうし。あ、でももう一匹の方は神殿騎士が出てくれてるんだっけ。なら大丈夫かしらね。
大蛇に動く気配は無いし、もしまだ生きてるのならハンター達が対処してる筈。私はさして警戒もせずに彼等に近付く。その私の少し後ろから、ニュクティが周りに気を配りつつ付いてくる。私は新米の四流ハンターだから、こういう所が甘くてアルトリウスやニュクティに頼りきりなのよね。
丁度私が彼等の所へたどり着いて、大蛇の様子を確認しているメンバーに挨拶でもしようかと思った時。突然アルトリウスとニュクティに両手を掴まれ引っ張られた。大蛇が倒れている城壁を前にした私、その右にアルトリウスとニュクティ、左に他のハンターという配置だった。油断していたと言えばそれまで。突然動いて私に牙を向ける大蛇。反応できず二人にされるがままの私の体が前方へと投げ出される。直後、背中の左側、肋骨と骨盤の間辺りに不快な鈍い衝撃。背中が熱い……それに、痛い。
そこで息絶えたらしく、完全に動かなくなった大蛇の上顎の右側の牙が私の背中に突き刺さっていた。全身の痛みと痺れで動けない。急いで牙が引き抜かれた背中から、心臓が脈打つのに合わせてドクドクと血が溢れてくるのが分かる。
この大蛇、死んだフリをしていた?それとも最後の力を振り絞って私を道連れにしようと?
痛い……でも、今までの瀕死になった時の痛みに比べたらまだマシ。手当てさえしてもらえればどうにか……。
あれ、体がさっきより痺れて……なにこれ、背中の怪我だけでこんな痺れ……。
「嬢ちゃん大丈夫か!」「不味いぞ大蛇の毒だ!」「早く治癒術師の所へ運べ!」「コレの解毒が出来る術師なんてこの街に居るのかよ!?」ってハンター達の慌ててる声が聞こえる。え……毒?鱗の色が違ったのって毒性の違いって事?
アルトリウスが私を抱え上げ、通用口へと走り始め、その後ろをニュクティが付いてくる。「すまない、油断した」ってアルトリウスは謝ってくれるけど、本当に油断して動けなかったのは私だし、大蛇の事は他のハンターが調べていた。もしも二人が私を引っ張ってくれていなかったら、位置的に私は大蛇の牙に頭を刺されて即死だった。感謝、してるわ。だから謝らないで。
誰が見ても分かる程に血色が悪くなり青褪めた私の手を握って並走してくれるニュクティ。「駄目だぞステンノ、確りしろ!」ってそんな、今生の別れみたいな顔やめて。まるで私がもう死んでしまうかのような表情。
時間の感覚が消えた私は、何時の間にか街の中にある神殿へと運び込まれていた。今の私の視界は不良でボンヤリしていてハッキリ見えない。ここの神殿にも治癒ができる人が居るみたい。とはいってもカッサンドラさん程の腕は無くて、数人がかりでやっとカッサンドラさんの足元に及ぶという程度。カッサンドラさん、伊達に聖女を名乗っているわけじゃないのね。
私は鞣し革のコートを脱がされてベッドにうつ伏せに寝かされる。駄目、全身が痺れていて本当に指一本動かせない。
数人の術師が同時に私の傷に向かって手を翳す。傷はどうやら塞がっていってるみたいだけど全く感覚が無い。毒のせいで全身麻酔されたみたいになってるのね。
「解毒はどうなってる?」
「はい、筆頭騎士様。聖女様でしたら使えたでしょうが、大蛇の毒を消し去る程の解毒魔法が使える者は此処には居りません。大蛇の毒線から抽出し作れる解毒薬を飲ませるしか方法はありませんが……」
神官の一人が妙に言い淀んでる。解毒薬は作れるんでしょう?何か問題があるの?
「分かった、直ぐに取り掛からせよう。彼女は死んではならない人だ。彼女が死ぬような事があれば、人類は光を失ったも同然だ」
「筆頭騎士様、お気持ちは分かりますが……解毒薬はどんなに急いでも完成までに数時間は掛かります。対して大蛇の毒が全身に回り死に至るまでは僅か数分。とても間に合うような状況では……」
うそ……じゃあ私、死ぬの?こんなところで?嗚呼、短い生涯だったわ。思えば酷い目にしか遭わなかった。きっと、このミノアでの数日は最後くらい穏やかに過ごして欲しいっていう〈
私は諦めて瞳を閉じた。これで良かった、って事なのかな。だって私が死ねばパイオスは永遠に本来の力を取り戻せないんだもの。でも世界を救う代償が私の命なんてやっぱり酷くないかしら。
……………………。
数分どころか結構時間経った気がするのだけれど。私、死んで無い。どういう事?数分で死ぬような猛毒じゃないの?ステンノに毒耐性なんてあったっけ?でも私の記憶って歯抜け状態だし、覚えてないだけで本当は毒耐性もあったのかも。それとも主神の加護のほう?それならまだ生きられる。良かった、本当に。まだ死にたくないもの。
私の毒の回り方がおかしい事に神官達やアルトリウスも気付いたみたい。「奇跡だ」とか「これなら間に合うかも知れない」とか聞こえる。
薬が出来るまで数時間って言ってたよね?なら少し眠ろう。痛みも麻痺していて殆んど感じないし。起きる頃にはきっと楽になってるよね?
───────
誰かが私の右手を握ってくれてる。ニュクティかな?
「姫、目を覚まされましたか。良かった」
聞いた事無い声。それに、姫?何処かのお姫様が近くに居るのかしら。
体の痺れは……すっかり取れてる。多分薬で治して貰ったのね。背中にも痛みは無いし起きられそう。
ゆっくりと瞼を開く。場所は、どうやら宿のスイートルームのベッドの上。目の前の私の右手を握っていた人物は、見たことの無い人。誰?
ううん待って。肩辺りまでの長い銀髪、青い瞳の、育ちの良さを感じる整った顔立ち。それから黒地の高そうな布で仕立てられ前後に金糸で刺繍された獅子、左胸の部分に何かの……この国の国旗に書かれてる紋章が入ったサーコートを身に着けていた。あー……もしかしなくてもこの人。
「アルゴリス王子……様?」
「今は様は必要ありません。大蛇の毒を受けたと聞いた時は肝を冷やしました。貴女が無事で良かった、ステノ姫」
ステノ姫?私はステンノだし姫でも無いし。誰かと間違えてない?それより手、離してくれないかしら。王子とはいえ初対面の人間に握られるのはちょっと……。
「あの、私、ステノ姫では」
「ええ。分かっていますよ、ステノ姫。貴女を魔族に売り渡したりはしませんのでご安心ください。ですから私の傍ではそのように自身を偽る必要はありません」
駄目、全然聞いてない。どうしようかしらこの人。それに完全に顔も見られてるし。ああもう面倒。
「だから私はステノ姫ではなくて……それにアルト……アルス達は?」
「彼等の事も分かっておりますのでご安心を。彼等は自分達の部屋で待機してもらっています。ですから姫、是非とも私と共に王宮へ」
だから私は姫じゃないって言って……この人どうやったら信じてくれるの?これ王宮へ行かないといけない流れ?あ、そうか。私にスイートルームをあてがったのって、そのステノ姫とかいう人と勘違いしたせいね。なら余計にここで誤解を解いておかないと。
「何度も言うけれど、私はステノ姫では」
「分かっております。そこで姫……私と婚約していただけませんか?先日の大蛇退治の際に初めて見た時から貴女の事が頭から離れないのです」
全然聞いてくれない!それに婚約って?婚約ってどういう事なの。大蛇退治の時ってこの前の?あの時顔を見られ……つまりファイスさんが私をミノアに足止めしてた真の理由ってこれか。どうするのよ本当に。
ステンノさん、王子に求婚される。
次回はミュケーナの首都へ。
ステンノさんの能力(スキル)再まとめ
・吸血C
・女神の神核Ex
・主神の加護
・夢幻召喚
・礼装展開(オダチェン礼装)
・毒耐性(ランク不明)←new!