王子の手を静かに振りほどいて。体を起こした私はベッドに腰掛け、彼にジト目を向けた。誰でも『王子様素敵!抱いて!』なんてなると思ったら大間違いだからね?
「理由を説明してくれないかしら?」
よく考えたら、たかが一目惚れ程度で婚約して良いものじゃないでしょう。アルトリウスよりは歳下でしょうけれど、いい大人なアルゴリス王子には婚約者くらい居るでしょうし。幾ら他国の姫と勘違いしてるからって自分の感情だけで決めていい立場じゃない筈。『婚約者は好きじゃないから婚約破棄して別の女性と結婚する!』なんて影響考えずに明らかに国益に反するような行為をする王子なんて廃嫡待ったなしだろうし。
「先程も言いましたが、貴女に一目惚れしたのです」
「そういう上辺の建前はいいから。本当の理由を聞かせてもらえないかしら?」
それに、王族なら幾ら私がステンノだからって見た目の美しさにコロッといくような教育はされて無いでしょう。そんなちょっと綺麗だからって現を抜かすようではハニートラップ掛かり放題で国が混乱する。だからこの話にはきっと裏があるに違いない。
「成る程、流石はステノ姫。聡明でいらっしゃる。良いでしょう。お教えします。ですが今から私が話す内容は口外しないで頂きたい」
ほらやっぱり。私……というか他国のステノ姫を態々迎えなきゃいけないような理由があるって事。
「ええ、約束するわ」
王子の話だと、1年程前に婚約者だった公爵令嬢が
それにしてはやけに私に対して情熱的な気がするけれど。
「成る程ね。それでこの国の内情と一切関係の無い他国の姫を迎えようってわけね?」
「勿論それが理由ではありますが、貴女の美しさに心を奪われたからなのは事実。出来るなら問題解決までと言わずに私と結婚して末永く共に居て頂きたい」
さらっとこういうセリフを言えるところは流石王子様ね。でも残念、
ハッキリ言ってこの国の内情なんて知った事ではないけれど、その婚約者が亡くなったのと大蛇が現れた時期が近い、っていうのがちょっと気になる。
「少し考えさせてもらえる?」
「勿論です。愛しの姫がそう仰るのなら、私は幾らでも待ちましょう」
……遂に『愛し』の姫になったわね。これもう『私が女神だ』って正体明かして諦めてもらった方が早いんじゃないかしら。でもパイオスに居場所がバレるのは怖いし。上手く話が纏まるような手はないかな?
兎に角、ニュクティとアルトリウスに相談しよう。決めるのはそれから。私一人で判断するのも危険だし、一応カッサンドラさんに此方の動きを把握しておいてもらうのもあるし。
「彼等と相談したいから退出してもらっても?」
「はい。それでは姫、良い返事を期待しています」
やっと王子が出て行ってくれた。それじゃニュクティ達を呼びに行こう。階段三階ぶんも降りないといけないのが地味に面倒ね。
ベッドから降りて立ち上がり体の具合を確かめる。うん、何処にも違和感は無いし問題無さそう。
私が扉を開きに行くよりも早くノック音。「ステンノ!」ってニュクティの声が聞こえる。
「今開けるわ」
私が手を伸ばすよりも早く扉が開いた。ニュクティが駆け寄って来て抱き……着きはしなかったけど私の目の前で停止して不安そうな表情をしてくる。はいはい、迷惑掛けたわね。まだ子供なんだから別に遠慮しなくてもいいのに。仕方ない。特別に抱き締めてあげる。
「心配してくれたのかしら」
抱き寄せて頭を撫でてやるとニュクティが「子供扱いするなよ!」って反発してくる。でも口だけで離れようとはしない。これは相当心配させたみたい。まあニュクティにしたら私は家族みたいなものだし好きな異性だものね。それが死の危険にあったわけだし。得体の知れない王子に締め出されて顔も見られないとなれば余計に不安だったよね。分かるわ。
「それで、アイツに何か変な事されなかったか?」
変な事、ね。ええ、ニュクティが想像してるような事はされてないわね。妙なお願いならされたけど。さて、どう説明したものかしら。私の推測も込みで話した方が良さそうね。
「変な事かどうかは分からないけれど、求婚ならされたわ」
「求婚!?あんなヤツの言うこと聞く必要なんてないぞ、今すぐ出発しよう!」
ニュクティ、王子を捕まえて『あんなヤツ』呼ばわりは……まあいいか。私もアレはどうかと思うし。でも出発するのは待ってもらえる?
アルトリウスは「何か理由が有りそうだな」って、椅子に座って私達の方を見てる。そうそう。一応二人にも説明を。
「適当な嘘を言ってステンノと結婚しようとしてるだけじゃないのか?」
「そうとも言い切れない。僕達もステノ王女の事までは把握していないが、王子の元婚約者の件は知っている。不慮の、というには怪しい事故だった筈だ」
話してみた二人の感想がこれ。
神殿では把握してるんだ?あ、そっか。各国にある上に独立機関だものね。他国の情報なんかも入ってくるのか。
ニュクティは適当な嘘、って言ったけど不慮の事故が本当にあったのなら王子の話も信憑性が出てくる。それに気になる事もあるし。
「二人とも聞いて。考えたのだけれど、少しの間婚約者のフリに付き合おうと思うわ」
考えてみると多分だけど〈
ホラ、アルトリウスが借り受けた剣だって天羽々斬でしょう?天羽々斬は『蛇を斬る剣』って意味の名前だし伝承通りなら大蛇キラー。それにまるで私に合わせたかのようなステノ姫の件。これ〈主神〉が『王子の婚約者として潜入してこの国の大蛇の件を解決すべし』ってイベントを用意したように思えてならない。
〈
王子の事はホラ、最悪私の正体を明かして諦めてもらってまた別の国に逃げ……るしかないのよね。ハァ、何時になったら静かに暮らせるのかしら。いつかパイオスと戦わないといけない日が来るのかな。あんなチート級の化け物倒せる気がしないのだけれど……。
「本気かよ?大丈夫なのか?あの聖女の時みたいにならないか?」
「理由があるなら反対はしないが……僕とニュクティも従者として王宮に入り貴女の傍に居る、これが条件だ」
大丈夫……かは分からないけれど、二人が傍に居てくれるなら何とかはなりそう。それじゃ二人が私専属の従者として一緒に来る事を条件に王子の依頼を受けよう。解決したら報酬も少しは貰っておいた方がいいかもね。
───────
さて。
私達は馬車に揺られ、ミュケーナの王都デロスに入った。当然ミノア以上に人も建物も多いし、活気に溢れた街。アチコチに王都を支える施設が立っている。第二騎士団の宿舎も見えたわ。普段は人通りも多いんでしょうね。
舗装された石畳の、王城の門まで真っ直ぐに伸びた大通りを走る馬車の行く手を阻むものは当然無い。王子の乗った馬車だものね。もっと正解に言うなら、周囲をぐるりと護衛の騎士の騎馬に守られた、王子と婚約者の私だけが乗った装飾過多な馬車。少し遠い位置から大勢の人達が此方を見ているだけ。大勢……ええ、大勢。多分街の殆んどの人達。
まさか王都までその馬車の中で二人きりで過ごす羽目になるとは思わなかった。普通なら婚約者という立場だし何もおかしくはないんでしょうけど私には拷問以外の何物でもない。だって事あるごとに愛を囁くのよこの王子。うんざりなんだけど。これやっぱり大蛇とか婚約者争いとかを理由にして単に私と結婚したいだけじゃないかしら?断言するけど、私は絶対靡かないから。フラグじゃないからね?
それにしてもやっと着いたのね、苦痛な時間だったから余計に長く感じる。心が休まったのは途中休憩した時にニュクティやアルトリウスと話す時間くらいだったもの。
そうそう、ファイスさんがミノアで受け取っていたものが何だか分かった。私用のドレスとネックレス。私の髪色と同じ、装飾控え目だけど背中が大きく開いたロングドレス。足元はドレスと同じ色の、指の所と足首の所に紐程度の支えしかない、ほぼ足を晒したようなヒール。それとネックレスは細い銀のチェーンの先端に大きなダイヤが一つ付いてるんだけど、これ何カラットあるの?私の親指と同じくらいの大きさなんだけど。
そんなわけで、私の格好は極めてシンプル。まあその方が私の美しさが際立つから、だけれどね。これを選んだ人間はなかなか分かって……じゃない、これからは四六時中こういう格好で過ごさないといけないんだっけ。何時もこんなで貴族って疲れないのかしら?
「ステノ、聞いているかい?」
「…………ええ、聞いてるわ」
ああ、王子の話し方がフランクになってる理由ね。婚約者だしその方が親密に見えるから、っていう王子の言い訳。本当はアルトリウスとかニュクティみたいに遠慮無く話したいだけなんでしょう。要は嫉妬じゃないかしら?
「降りたら先ずは父上に挨拶だ。と言っても主に私が話すからステノは名乗ってくれるだけでいい」
国王と謁見、ね。無難に出来るかしら。何せ前世でもそんな地位の高い人間に会った事なんて無いし。
「それから、王宮内では絶対に一人で行動しないで欲しい。私の息の掛かった侍女を付けるから、必ずその侍女かアルトリウス、若しくはニュクティと共に行動してくれ」
前の婚約者の一件があるからね。これは私も気を付けないと。夢幻召喚しないとこの体って本当にポンコツだからね。誘拐とか暗殺とかもう御免だわ。
っと、着いたみたい。王子が先に降りて、手を差し出してくれる。フリとはいえ婚約者なんだしここは大人しくエスコートされておこう。馬車の窓から見える……周囲をぐるりと濠で囲まれた、スロバキアのボイニツェ城によく似た佇まいの城。魔王城を先に見ていなかったら感嘆の声も出たかも知れないわ。
「まぁ!お帰りなさいませアルゴリス様!」
ん?城の方から複数の女性の声。王子に近付いて来て黄色い歓声。ああ、話にあった令嬢達ね。みんな中世にあるようなロングドレスを着てる。赤、薄いブルー、黄色、紫、etc……まあ何人もの令嬢に囲まれて熱をあげられるなんてハーレムね。成る程、これは女性避けが欲しくなるのも分かる。だってこの令嬢達、全員が全員裏がある婚約したら駄目な相手なんでしょう?つまり全員が悪役令嬢ってわけね。
あら。そのうちの一人、赤のドレスを着た、王子の右腕に抱き着いてる令嬢が私を睨んでる。彼女がこの中では一番地位が高いのかしら?
「アルゴリス様、こちらの御令嬢はどなたですの?」
「ああ、紹介しよう。彼女はステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイ。ラケダイ王国の第四王女で私の婚約者だ」
王子が私をそう紹介した瞬間、令嬢の視線が一斉に私に突き刺さる。全員が殺気の籠った視線。もう拗れる予感しかしない。ハァ。
取りあえず挨拶くらいしておこう。
「アラ皆様。ご機嫌よう」
……更に全員の視線が鋭くなったわね。
ステンノさん王宮に潜入。貴族令嬢達の骨肉の争いに巻き込まれる事に。
カッサンドラ「離してください!私はステンノ様に手を出そうとする不届き者のアルゴリス王子に天誅を与えねばならないのです!」
神官′s「なりません、落ち着いてください聖女様!(不届き者はアンタもでしょうが!)」
……というやり取りがあったとか無かったとか。