38話
今は深夜だ。場所は川の傍の街道沿いの、平原と林の丁度境目。
ペイシストスの首都トロンに向かって街道を移動中だから、ベッドなんて高尚なものは無い。夜眠る時は当然テントを張る。
ミュケーナへ向かった時は俺とステンノ、それにアルトリウスの三人だけだったのを考えると今はかなりマシだ。俺達……じゃなくてステンノの護衛の為の神殿騎士が新たに三人付いて、移動も当然のように馬車だ。って言ってもあの聖女用特別仕様の豪華な馬車じゃ無くて旅人用の乗り合い馬車みたいなヤツだけど。
これはステンノの今の足の状態を考慮したのもあるし、なるべく早く聖女の所へ着く為でもある。だから増えた神殿騎士達もアルトリウスと同じような皮鎧を身に付けた旅のハンター風の格好だ。ま、剣がミスリル製のアレだから見るヤツが見れば分かると思うけどな。
で。俺は、一畳程度の広さのテントの中に敷かれた簡易的な毛布にステンノと一緒にくるまって横になってる。ステンノの格好は何時ものワンピースだ。あれなら何時でも新品に出来るからシワになっても何も問題無いからな。
外では神殿騎士が交代で見張りをしてくれてる。
俺はさっき目が覚めちゃったんだけど、ステンノは……うん、今日は静かに寝てるな。良かった。最近は、というかあの魔王の城から戻った日から、ステンノはよく魘されるようになった。悪い夢でも見てるのかは分からない。幾ら女神だっていっても、ステンノは普段は大した力は持ってないしほぼ何も出来ないからな。女神だって何か不安があるのかも知れない。本人は夢の内容どころか夢を見た事自体覚えてないみたいだから解決策も何も無い状況なんだよな。
「ん゛っ……う……」って声を洩らして、隣のステンノは綺麗な寝顔を歪めた。またか。今日は魘されなくて済むかと思ってたんだけどな。ステンノの口が、喋っているかのように微かに動いてるけど言葉が発せられてないせいで何を言ってるのかは全然分からない。せめて声に出してくれれば魘されてる原因が分かるかも知れないのにな。
「『…………めん、…………ごめん……』」
今、ステンノの寝言が聞こえた!聞こえたけど何語だよこれ?この辺の言葉じゃ無い、もしかすると神様の言葉とかか?それじゃ結局原因は分からないままかよ。普段俺達と話す時はステンノは人間の言葉を使ってるのに。アレか?俺達に向けた言葉じゃ無いから人間の言語を使う必要が無いって事か?
それにしても『ご』『め』『ん』ってどういう意味だろ?もしかしたらあの聖女なら神様の言葉も知ってるかも知れないし、神殿に行ったらそれとなく聞いてみるか。
ふぁぁぁ、俺ももう寝ようかな。明日も早いしな。
……ちょっとステンノの腕に抱き着くくらい良いよな?だってこれは仕方ないんだ。眠ってるステンノが辛そうだから、人肌の温もりで安心させてやるんだ。俺だってそういう時は両親に抱き締めてもらったりしたら安心したしな。よし決まり。ステンノにくっ付いて、右手に抱き着いて……ステンノ、おやすみ。
───────
何だか胸が苦しい。右腕が動かせない。
まだ重い瞼を開いてみると、辺りは暗い夜。それよりどうして右腕が動かせな……あぁ、ニュクティに押さえられてるせいか。私の右腕を巻き込んで右側の上半身にピッタリと抱き着いて寝息を立てているニュクティ。胸が苦しかったのは、私の右胸がこの子の右腕に押し潰されてるうえに左胸がこの子に揉まれてる、もといガッシリと掴まれてるからみたい。私の体をどうこうしよう……ってわけでは無いよね、多分。確かに眠ってるみたいだし、無意識に私に抱き着いてるだけでしょうね。ホラ、私に会うまでこの子ずっと一人だったわけだし寂しかったとか。本当ならまだ母親に甘えたい年齢の筈だしね。今回は見逃してあげるわ。もしも何度もあるようなら考えなきゃいけないけど。
胸を揉まれたまま、っていうのもどうかと思うし、こうして寝苦しくて起きちゃったし。少し気晴らしにテントの外に出ようかしら。それじゃニュクティを起こさないようにそっと手を払い除けて……うん、起きてない、大丈夫みたいね。
押さえつけられてたせいでまだ少し痺れの残る右腕を軽く回しながら、私は音を立てないように気を付けてモゾモゾとテントから這い出た。
雲一つ無い夜空に輝く星々に照らされ闇に浮き彫りになっている、馬車の隣に張られた濃い緑の保護色のテントを背にして、私は焚き火の前に座っているアルトリウスの所へと向かい、右足の違和感と痛みを誤魔化すように少し引き攣るようにして歩く。
ええ、丁度魔王の城へと誘拐されたあの日と同じように。あ、これフラグじゃ無いから。
「眠れないのか?」
「いいえ、何となく目が覚めただけよ」
前回宜しくアルトリウスの右隣にポスン、と腰を降ろす。別に彼の事がどうこう、ってわけじゃ無い。カッサンドラさんと話すに当たってアルトリウスもカルデア関連の事を知っておいた方が良いかなと思っただけよ。実際彼もそう思ってるみたいだし。
「それで、聞きたい事があるんだが」
ホラね、言った通りでしょう?
「分かってる。カルデアの事でしょう?」
この世界に転生するまでは私にとってカルデアはゲームの中の話だったけれど、実際カルデアと戦った人物が現れたのだし簡単に片付ける訳にもいかない。つまりは何処かの平行世界に英霊が存在してるって事だし、今の私の元になっている神霊・女神ステンノも居るって事よね。あ゛ー、ちょっと頭痛くなってきた。ステンノ、居るのかぁ。本物から見たら私、完全に愚妹だわ。絶対会いたくない……。
ん?あの
っとそれは置いておいて、私はアルトリウスにザックリとカルデア関連の話をしてあげた。勿論ゲームでの話っていう事は伏せてね。『人理継続保障機関フィニス・カルデア』。未来の人類史の存続を保証する事を任務とする機関。FGOに於いては人理修復の為に邁進していくわけだけど、そういう所は軽く触れる程度にしたわ。
要は此処とは別世界の英霊が一同に会し、世界を破滅から救い得る程の力を持っていた機関、って所かな。当然だけれどこの世界とは比較にならない程の科学と魔術の知識を持って、ってね。
「そんな機関が……何と言うか……いや、何でもない」
私の話を聞いたうえでのアルトリウスの反応。言いたい事は何となく分かる。人類史を守るという大義名分はあるものの、やってる事は過去と未来の改変。つまりアルトリウス達流に言うなら神の領域への冒涜。けれどカルデア自体に多くの神や半神半人が参加していたし他の神々の助けもあったから完全に冒涜とも言えない。その辺を話し出すとそれこそ長くなるし今言う必要は無いかな。
「そこに、アーサーも居たのか。そのアーサーを此処に呼び出したりは出来ないのか?」
「アーサーをこの世界に召喚する?無理じゃないかしら?」
この世界に英霊を召喚出来るなら話は早いんだけどね。彼等ならきっとパイオスとも戦える。でも召喚(ガチャ)に使う呼符や聖晶石は無いし、カルデアで召喚に使ってるマシュの盾も無い。仮にそれらが有っても召喚はランダムだし星5の英霊を引き当てるのは難しいし、星1の英霊なんかを呼び出したりしたらパイオスと戦うのは厳しいだろうし……いやでもアーラシュが来れば可能性も……。
うーん、カルデアの守護英霊召喚システム・フェイトの他に召喚の方法とかあったっけ?何か引っ掛かる気がするけど他には無かったよね?
私がそんな事を考え込んでいるうちに、アルトリウスは交代の時間になった。「済まない、交代の時間だ。僕はこれで失礼する」って言って立ち上がったアルトリウスは、周辺警戒から戻って来た神殿騎士の二人に声を掛けてる。
私もたまには彼等と話でもしてみようかしら。どうせまだ眠くなりそうも無いし。
───────
「ふぇー、やっと次ワタシ達の番だね。それにしても凄い人数だよね」
ゼメリングの街に入る為に並ぶ事三時間。全く、お腹空いちゃったよ。何でこんなに人が居るの?ここ地方都市だよね?ラケダイの大都市並みに列が出来てるんだけど?
「アナも聞いてるでしょ。例の女神様がこの街の近くに降臨したっていうアレのせいよ」
あー、なんでも女神様が街の近くに降臨して魔族を石に変えて倒した、って話でしょ?だからみんな女神様の威光にあやかりたい、って事ね。なんでもあんまり戦いが得意じゃない神様らしいけど魔族を簡単に倒せるとかやっぱり凄いよね。ワタシじゃ倒すのは苦労するし。ほら、アイツら魔法効きにくいから。でももし石化の魔法とかなんだったら是非とも教えて欲しい!だって魔族すら簡単に石にする魔法だよ?新しい必殺技にも使えるかも知れないし!
「アレのせいかぁ。その女神様、今は何処に居るのかな」
「この国の首都に神殿本部があるでしょ?今は聖女様と一緒にそこに居るって聞いたけど?」
へぇー、この国の首都か。じゃあきっとソッチは此処とは比べ物にならないくらい大混雑してるんだよね。ムゥ、どうやったら女神様に会えるかな?
「ほら、私達の番。行くよアナ?それと念の為なんだからちゃんとフード被っときなさいよ」
「おっと、はいはーい」
ワタシは皮製のフードを被り直して、エニュに右手を引かれて門の前へ。切り出された石が何重にも積まれ造られた壁に囲まれた、鋼鉄製の正門の前に来たワタシ達。ゼメリングの街の住人なら隣の小さめの門からアッサリ出入り出来る筈だから早いんだけど、ワタシ達よそ者はそうもいかないからね。手荷物を検査してもらってさっさと中に入りたいよ。お腹も……割りと限界……。
衛兵の人にブレスレットを見せちゃおう。何処の斡旋所でも使われてる、皮製のコレ。ただ発行する街によって皮に施されてる紋様が違うから、それで所属を判別される。今ワタシが着けてるコレはラケダイの田舎街で作ったもの。今後
「お嬢さん達はハンターか?ならブレスレットを見せてもらえるか?それと通行料を二人ぶん払っ……」
そこまで口にした衛兵の、隣に居たもう一人が突然衛兵の話を遮る。それでその鉄製のフルフェイスを被ってるもう一人の衛兵がワタシの方を見て歓喜の声。
「いつ戻って来てたんだよ!それに何でこっちに並んでるんだ!ソッチの門から出入りすりゃいいだろ!」
んんっ?????
え?まって、何?どういう事?
理解出来ないワタシが固まってると、衛兵は何かを察したのかフルフェイスを脱いで顔を見せた。
「ほら、俺だよ俺!今日は斡旋所の依頼で衛兵の手伝いしてるんだよ。ほら、ソッチのお嬢さんも付いてきな」
衛兵の人に言われるままに付いていって、アッサリ隣の門から入場。満面の笑みでワタシ達に手を振って見送ってる衛兵の人。あっれぇ?あの人何処かで会ったっけ?全然思い出せないんだけど??
衛兵の姿が見えなくなったのを確認して、エニュがワタシに詰め寄る。「ちょっと!アナってこの街初めてだって言ってなかった?誰よアレ」って。
「いやー、ワタシにも心当たりが全く無くて……でもまあいいじゃない。タダで街に入れたんだし」
「良くないでしょ!全く……さっさと宿決めて依頼探しに行くよ」
エニュってばそんなに怒らなくてもいいのに。ま、いっか。多分似てる誰かと間違えたんだよね。
それより。
「待ってエニュ、お腹空いちゃってさ。何か買ってからでいい?」
「ったくアンタは……アンタみたいなのが王女とかホント世も末だわ」
文句を言いつつもちゃんと付き合ってくれるエニュ。ワタシはそんなエニュが大好きだよ!
ほら、アソコのパン屋さんにしよう!近いし凄くいい匂いがするし!
急に早足になったワタシはエニュの手を引いてパン屋さんの扉を開ける。美味しそうなパンが並んでる!じゅるり……おっと涎が。
ん?店主さんらしきおじさんがコッチに来る。何だろう?あ、分かった!この店オススメの逸品を教えてくれるんだ!
「おう、久しぶりだな嬢ちゃん。今日はちっこいのは一緒じゃないのか?」
なん……だと……。
もしかしてワタシ、知らないうちに本当にこの街に来た事あるの?
書類と格闘してました。いやー、何とか5月中に終わりました。
さて、ステンノさんは『英霊召喚』の記憶が無い事が判明。
ステノ王女はゼメリングに潜入。パン屋はステンノさんとニュクティが行きつけだった店です。