異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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39話

人々の行き交う大通りを歩きつつ「絶対おかしい」って呟きながら、エニュは小さめの皮の袋に詰められた干しウィスタリア(ステンノ曰く『干し葡萄モドキ』)を何かに取り憑かれたように次から次へと摘まんでは口へ、摘まんでは口へと放り込んでる。それ、さっきパン買った時にワタシがオマケで貰ったヤツ……。ワタシだってドライフルーツなんて食べるの久しぶりなのに。

 

「アンタ本当に心当たり無いわけ?行く先々にアンタの事知ってる人間が居るのに」

 

「あるわけ無いよ!エニュだって知ってるじゃない。ワタシ生まれてからずっとラケダイから出た事なんて無かったんだから!それよりもエニュばっかりズルいよ、ワタシにもウィスタリア頂戴!」

 

ワタシはエニュの正面へ走り右手を伸ばす。エニュは持っている皮袋をさっと上へと持ち上げる。ワタシでは背伸びしてピョンピョンと跳ねるも持ち上げられた皮袋には届かない!くっそー、ちょっとワタシより背が高いからって!見てなさいよ、そんな程度で諦めるワタシじゃないんだから!

 

魔力を両足に纏わせ、跳ねる。どうよ、常人のそれを遥かに越える跳躍力!これで貰っ……って急に皮袋を背中側に隠さないでよ!待った待った、あ駄目だこれ止まれない危ないどいてどいてぇ!

 

ゴチン、といい音が響いてワタシのオデコとエニュのオデコがぶつかった。いったたたた……。オデコを押さえてその場に踞るワタシ、その正面で同じ体勢で踞ってるエニュ。周りからはクスクスと笑いを堪えるような声が聞こえる。

 

「ちょっと……何で突っ込んでくるのよ……イタタタ」

 

「エニュだって何で急に隠すの……いったぁ」

 

これは流石にワタシでもちょっと恥ずかしい。早いトコここから移動しよう。っていうかさ、元はといえばエニュがウィスタリア独り占めするのが悪いよね!?

 

「それで何だったっけ……そう、アンタの事よ。絶対何かあるわよ、怪しいわ、この街」

 

「そうかなぁ?ワタシのソックリさんが居たってだけなんじゃない?」

 

立ち上がるも怪訝そうな表情のエニュ。あ、オデコ赤くなってる。って事はワタシのオデコも……ワタシのは治癒魔法で治しとこう。ワタシ、少しだけど使えるんだよね治癒魔法。

 

「アナみたいな絶世の美少女がそうそう何人も居てたまるかっての!あ、アンタ自分だけオデコ治したわね!」

 

「居るかも知れないじゃん!例えば……あっ……」

 

そうだよ、居るじゃん!アレだ、ミュケーナの!ワタシの偽物!

思わずコーフンして、ワタシは変わらずご不満そうなエニュの両肩に手を置いて「ほら、例のウワサの話の!」って言いながら前後に揺さぶる。

「わかった、分かったから揺さぶるの止めなさい」って言われて我に返って、エニュから手を話した。勿論ドサクサ紛れにウィスタリア入りの皮袋は頂戴したよ、へっへーん。

……ちょっと!?ウィスタリアがもう半分も残って無いっ!?

 

人目を気にして大通りから一本外れた細い道に入った。道沿いには使い方の良く分からないようなアイテム屋とか本当に効くのか怪しい回復薬売りとか串焼きの屋台とか、様々な露店が並んでる。その食べ物の屋台の美味しそうな匂いに時折釣られながら、ワタシ達は先を急ぐ。宿を探さないと。ひっっっっっっっさし振りにベッドで寝たいからねっ!

 

「ったく少しは手加減してよ。まだ頭クラクラするわ。にしてもミュケーナのアレか……成る程、使えるかも知れないわ」

 

そんな事をブツブツ呟きながら、エニュはワタシや屋台なんかには見向きもせずに何か考えてるね。ねー、美味しそうなあのお肉の串焼き食べていいかな?ワタシ昔から全っ然太らないから平気。魔力の維持には栄養がタップリ必要なんだよ、多分。

エニュの傍からちょっとだけ離れてフラフラと串焼きの屋台に向かっていたワタシは、突然後ろから誰かに右肩を叩かれた。うわっ!?完全に油断してた!咄嗟に身体を捻って後ろを向いて距離を取る。勢い余ってワタシの背中はエニュの背中に当たる。

 

「ステ……ノちゃん?」って口にしてる、目の前の女の人。

 

背中を押されたのとワタシの名前を呼ばれたの両方に驚いて、エニュの瞳が大きく見開かれてる。ワタシだってビックリだよ。だって、まさか国から遠いゼメリングにワタシを知ってる人間が居るなんて思って無かったもん。今のワタシ、何処から見ても旅人にしか見えない格好だし。あれ?もしかしてこれ国に連れ戻される流れだったりする?

 

「ステンノちゃん、何時戻って来たの?依頼か何か?ニュクティ君は?それにその女の人はどちら様?」

 

おやおやぁ?ステノ、って呼ばれたのかと思ったけど。この女の人、なんかワタシの事『ステンノ』って呼んでるぞ?もしかしてワタシのソックリさんってステンノって名前なのかな?

 

「………………ニュクティ君とは今は別行動中でして。はじめまして。私はエニュと言います。ステンノとは少し前に知り合いまして今は一緒に行動しています」

 

エニュの対応が早い!チラッと視線を向けたらエニュ、『アンタは暫く黙ってて私に任せなさい』って目をしてるね。うん、こーゆー時は頼りにしてるよ。

 

「これはご丁寧に。ステンノちゃんに聞いてるかも知れませんが、私は斡旋所で受付をやってますイオリスと言います。ステンノちゃんとは斡旋所の登録を受けた時の縁で仲良くさせてもらってます」

 

「そうでしたか。それなら話が早いですね。実はステンノ、登録証を失くしてしまったみたいで。再発行して頂けると有難いのですが」

 

エニュの頭の回転も早い!そっか、これで労せずしてステンノ?の登録証をゲットして、晴れてステノ(ワタシ)の痕跡を完全に消せるってわけか!偽物も結構役に立つものだね。流石エニュだよ!

 

「ブレスレット失くしたんですか。ステンノちゃんってばドジなんだから。それじゃ一緒に斡旋所まで行きましょう。私、丁度買い出しの帰りなので」

 

「そうなんですよ、ステンノってば抜けてますよね」

 

ワタシ、ドジじゃないもん!っとそうだ、ワタシの事じゃなくてステンノって人の事だった。ステノとステンノって紛らわしいんだよ全く。にしてはエニュはやけに実感籠ってた気もするけど。

 

それにしても、ワタシの偽物の目的って何なのかな?ミュケーナまで行って王子と婚約だもんね。やっぱり王女の生活に憧れて、とかなのかな?あんな窮屈で不自由な生活、ちっとも良いものじゃないってのに。

まーいーや。これで偽物はステノ王女に、ワタシはステンノって子に、お互いの生活を入れ替え出来た。今後は周りを気にせず生活出来るねきっと!これでワタシは晴れて念願の自由になれる!

 

先頭を歩くイオリスさんに続いてその後ろを付いていくワタシとエニュ。これだけ近くで話しても何の疑いも湧かないなんて、ホントにそのステンノって人とワタシって瓜二つなんだね。そりゃミュケーナの王子も騙される筈だわ。

 

「いい?アンタ話が終わるまで絶対喋るんじゃないわよ?それから食料だけ買ってこの街から出るから」

 

「えぇー、折角ベッドで寝られると思ったのにぃ」

 

「だから黙ってなさいって!我慢しなさい」

 

なんて話を気付かれないように小声でしながらイオリスさんの後を追う。イオリスさん、時折ワタシ達の方を振り返ってニッコリと笑いかける。大丈夫だよー、ワタシ達ちゃんと付いていってるよー、心配性な人なんだねきっと。

 

ふぇぇ、三階建てかぁ。なかなか大きくて立派な建物だね。地方都市のゼメリングでこれだもん。やっぱりラケダイとの国力の差を感じるなぁ。

言われるままに案内されたワタシ達は、一階の受付カウンターじゃなくて何故か二階の応接室へ。何だろう、発行に時間掛かるのかな?それとも何か頼みたい事でもあるとか?

 

「ステンノちゃん、此処でちょっと待っててね」

 

イオリスさんはそう言うと念の為か鍵を掛けて部屋から出て行った。んー、何かこの部屋殺風景だなぁ。横長の木製テーブルと椅子が四つ、それに窓側の角に備え付けの木製棚があるくらい?床や壁も煉瓦の上から何重か板張りしてあって暗めだし何だか頑丈そうに出来てるね。外側に付いてる二つの窓もワタシの顔くらいの大きさの小さい窓だし。椅子に着席して周りを見渡した感じ応接室、っていうより何か外に漏らせない事を話し合うような部屋って感じだね。

 

「…………何か嫌な予感がするわね」

 

そう言ってエニュは弓に手を伸ばそうとする。嫌な予感?だってイオリスさん良い人そうだったよ?ちょっと部屋に鍵掛けたくらいで大袈裟だよ。

 

ガチャン、って音がして扉が開いて、さっきまで同様ニコニコしてるイオリスさんの姿。ほらぁ、別に何も無いじゃん。後はブレスレットを受け取って終わりだね。

 

「ステンノちゃん、ブレスレット着けてあげるから両手を出してくれる?」

 

着けてくれるんだ。余程仲良かったのかな?座ったままハイ、って両手を出す。にしても何で両手?ま、いっか。はい、どーぞ。

 

 

ガチャン

 

 

ん?ガチャン?ブレスレットって皮製だよ?金属音っておかしくない?って、手枷された!?あ、これお城で見たことある!対魔法使い用の魔力阻害する魔法陣が刻まれたヤツだ!

 

「エニュさん、でしたっけ?抵抗は無駄です。部屋の外にはウチの腕利きハンターが何人も待機してます。大人しく武器を捨ててください」

 

イオリスさんの言葉を聞いて、諦めて番え狙っていた弓矢を仕方無く床に置くエニュ。え?もしかしてワタシ達騙されたの?

 

「それにしてもまさかステンノちゃんに化けるなんて。でも残念、貴女にはステンノちゃんにあるべきものが無い。ココで身分詐称は御法度って知ってるわよね?『彼女に何をした!』ってウチのハンター達も怒り心頭よ?」

 

ワタシの左手にチラッと視線を向けてそう毒づくイオリスさん。雪崩れ込むように部屋へと入って来た数人のハンターに囲まれその場に押し倒されたエニュも、ワタシと同じ手枷を付けられてる。

 

「さて、それじゃ本当の事を話してくれる?先ずは……ステンノちゃんとニュクティ君は無事なんでしょうね?」

 

さっきまでとは違って怒りの籠った表情でワタシを問い詰めるイオリスさん。ちょっ、ちょっと待ってよ、これじゃワタシ、まるで犯罪者じゃない!いや身分偽装しようとしたから全否定は出来ないけど!でも違うよ!ステンノって人とニュクティ君?に危害なんて加えてない!どっちかっていえばワタシの方が被害者でしょ!

 

「止めなさい!その方を誰だと思ってるの!ラケダイ王国が第四王女、ステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイ殿下にあらせられるのよ!」

 

床に押さえ付けられ拘束された状態でエニュが叫ぶ。あっちゃー、本当は黙ってたかった所だけど非常事態だからなぁ。仕方ない、存在忘れてて持って来ちゃったワタシの王家の印の指輪を見せるしかないか。はぁ。これでまたラケダイに逆戻りかぁ。

 

「呆れた……苦し紛れに王女様を名乗るなんて……不敬罪も追加ね。本物のステノ姫様なら今ミュケーナに居るのよ?知らなかったの?それから質問に答えて。ステンノちゃん達は無事なの?」

 

「ステンノって人なんて知らないよ!」

 

「ならなんでステンノちゃんと入れ替わろうとしたの!いい加減にしなさい!!」

 

せめて指輪を見せる暇くらいちょうだい!だーっ、何でワタシがこんな目に!

 

「いいわ、精々そうやって否定してなさい。貴女達は罪人として神殿に引き渡すわ。王女様の名を騙り、聖女様の傍の人間の名を騙って罪を犯したんだから覚悟しておく事ね。それとステンノちゃん達に何かあったら……絶対許さないからね」

 

え?ステンノって人、聖女様と一緒に居るの?じゃあワタシの偽物とは別人?じゃあステンノって人は聖女様と一緒に居られるような立場って事?なんか頭こんがらがってきた。

 

……じゃないよ!

グヌヌヌ、駄目だ、やっぱり魔力が全然練れない。この手枷外してよ!勘違いだってば!




王女様、身分詐称と不敬罪で捕まる。

決め手はステンノさんの左手甲にある奴隷印と手首の礼装展開用のリング状のアザ。


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