ワタシは不意にゾクリ、と背筋が凍るような感覚を覚えた。
何かヤバいモノが近づいてくる。とんでもない量の魔力の塊。絶対人間じゃ無いよ、あれは。
気になって鉄格子の隙間から魔力を感じる方向を覗いて……うーん、ちょっと遠くてよく見えないや。あれ何だろう、羽……で飛んでるから鳥…ではないよね。人の形してるもん。あ、でも何か頭に角っぽいのがあるように見えるかも。もしかして魔族とか……感じる魔力はあれ一つだけだし、単独で乗り込んで来たって事?本部だから神殿騎士だって大勢居るけど……でもかなりの大物っぽいよね、あの魔力は。まさか魔王とか?いやいや、魔王自ら乗り込んで来るわけ無いか。そうなると……。
あ。あの魔族が何か黒い魔力の塊っぽいのを神殿に向けて放っ…………。
まっ、まあ神殿本部には対魔族用の結界も張ってある筈だし大丈夫大丈夫……じゃなかった!?結界崩壊してるし!アイツやっぱりヤバい奴だ!
こんな所でのんびりしてる場合じゃ無さそうだね。むぅ、緊急事態だし仕方ない。
「エニュ、悪いんだけどワタシの髪に着けてあるヘアピン外してくれない?」
「ヘアピン?別に構わないけど……何で今外すのよ?」
両手に枷を付けたままのエニュが手を伸ばしてワタシのヘアピンを外す。エニュの掌の上の、ワタシの人差し指くらいの長さのヘアピンは、仄かに紫色の魔力を纏い始める。よしよし、問題無く使えそうだね。
「ちょっとアナ、何よこれ?」ってエニュもちょっと驚いてるね。うんうん、良い反応だ。
「ふっふーん、こんな事もあろうかとワタシが作った魔道具だよ!髪に着けてる間は探知されない優れモノ!鍵穴の種類に依らずあらゆる鍵を開ける事が出来る、その名も」
「アンタの御託はいいから早く使い方教えなさいよ」
「アッハイ」
もう、アイテムの名前は大事なのに!エニュってばノリ悪いなぁ。
エニュは落とさないように慎重にヘアピンを持って、それをワタシの手枷の鍵穴へ。カチャン、って音と共に枷が外れる。ふぃ~、やっと両手が自由になったよ。うんうん、魔力もちゃんと練れる。あ、こんな事してる場合じゃないや。
さっさとバフ盛ってあの魔族止めに行かないとね。
「『
幾ら冤罪で捕まってるからって流石に『聖女様を見捨てる』っていう選択肢は無いよね。
「ちょっ、ちょっとアナ!何処行くって!?私にも説明しなさいよ!」
「時間が無いから後で説明するよ。大丈夫、逃げるわけじゃ無いからさ!ワタシに任せといて!」
とは言ったものの、アレに勝てるかどうかは分からないなぁ。ま、やれるだけはやりますか!何時も通り両足の踵と両肩に風魔法を展開、出力と角度を調整して……フワリと宙に浮く。魔法の複数同時展開。これだけの魔法を一度に操れるのは世界広しといえど流石にワタシだけでしょ。この鉄格子の一角を……フンッ、て勢いつけて人間が通れるくらいに広げた。
さぁて、聖女様がやられる前に間に合うように急がないとね!待ってなさいよ!
────────
カルデアの事を話そうとした矢先だった。
「今、何か音がしなかったか?」ってニュクティが不思議そうに天井を見上げた。
これだけ広い施設だし、何かしらの音くらい出てると思うけど……ニュクティが気にした、っていうのがちょっと気になるわね。私の眷属になったせいで索敵関連の能力も上がってるわけだし。でもここは神殿本部だし、何なら魔法で防御結界も張ってるらしいし、そんなに心配しなくても平気かしら……。
……ん?今、何かが割れるような音しなかった?空耳じゃ無い。確かに聞こえたと思うけど。
直後、全身フル装備の神殿騎士の一人が私達の居る部屋へと駆け込んできて「聖女様、至急避難を!魔族による襲撃です!結界が破られました!」って叫ぶ。嗚呼、成る程。〈
「カッサンドラさんを引き摺ってでも連れて行ってくれるかしら?」って私の言葉に「御心のままに」に頭を下げた神殿騎士がカッサンドラさんを背中側から羽交い締めにして引っ張ってこの場から退場。
「離しなさい!避難するならステンノ様も!ステンノ様もお連れしなくては!」
「お聞き分けください聖女様!」
そうそう。カッサンドラさんが此処に居たら危険だからね。こうしている間にも神殿のあちこちで大きな破壊音が聞こえてるし。狙いは多分私でしょうけれど、聖女であるカッサンドラさんも狙われてるって線もあるからね。
「ニュクティ」
「ああ、コレだろ?」
ニュクティが鞄から、夢幻召喚の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出す。今は万全の状態だし、夢幻召喚すれば魔族とも戦えるでしょう。後はアルトリウス達にも手伝ってもらえれば勝率も上がるわ、多分。
……そういえばこの神殿を守ってた結界ってどのくらいの強度なのかしら?あれ?それによっては勝てないかも知れない?でも今までの事を考えると、この状況が〈
「ニュクティは神殿騎士を呼びに行ってくれるかしら?」
「嫌だ!俺も一緒に……」
「お願い。彼等の力も必要だから」
本当はニュクティも一緒に居てもらいたいんだけどね。正直、神殿本部に乗り込んで来て結界を破壊するような魔族が相手だと軽装備のニュクティは危険かな、ってね。
「…………分かったよ。ステンノ、絶対無理しちゃ駄目だからな?」
「ええ、分かってる」
渋々この場を離れていくニュクティの後ろ姿を少しだけ見送って、私は羊皮紙を床に広げた。私の魔力を魔法陣へと向け。
「…………告げる!
汝の身は我に!汝の剣は我が手に!
聖杯のよるべに従い
この意この理に従うならば応えよ!
誓いを此処に!
我は常世総ての善と」
そこまで口にして。私は思わずその場にしゃがみ込んだ。熱と痛みが襲い始めた左肩を押さえた右手の感覚が、私に『左腕を肩の辺りから切り落とされた』という事実を伝えてくる。発狂しそうになる自分を何とか抑えて、痛みのせいで涙が滲む瞳で周囲を見渡す。
居た。部屋の上座、主神の像の目の前。
左手には切り落とした私の腕を持っていて、頭に山羊のような二本の巻き角、ロングの黒髪に赤い瞳に真っ白な肌、腰の辺りに蝙蝠の羽……ブエル!?どうして彼女が!?
ブエルは右手の爪にベッタリと付着した私の血をペロリと舐めて、私の左肩と、足元の切り裂かれた羊皮紙に顔は動かさず視線だけを向ける。
『脆い。あまりに脆い。…………ああ、そうだった。お前に伝えろ、とパイオス様からの御言葉を頂戴している。確か……『ヒーローが変身するのを待ってもらえるのは漫画かアニメの中だけだ、間抜けめ』と仰られていたな』
ブエルが右手を翳すと、彼女の影が盛り上がる。そこから人間の形をした真っ暗な何かが数十匹?も現れて、ブエルの合図と共にそれらは四方へと散っていった。なっ、何をしたの?
『ああ、今のか?簡単な事だ。彼等には騎士共の相手をさせに行かせた。邪魔されたく無いからな』
つまり、誰も助けには来ないって事?
……嗚呼、そっか。だから〈
額や背中から嫌な汗が流れる。悪態をついた所で状況は好転しない。カッサンドラさん……欠損した腕とかも治せるかしら?最悪彼女の血を吸うとか?治癒の力を持つ聖女の血なら、切り落とされた腕くらい生えてきそうだし。
『さて、それではショータイムだ。五体をバラバラにして殺してやるから精々みっともなく泣き喚け』
殺すって……生かしておくんじゃなかったの!?冗談じゃ無い。どうにかしてブエルから逃げないと。何か手は……ああもう、どうしてこの体はこんなにも無力なの?あの〈
立ち上がって逃げようとしたけれど、それより早くブエルが距離を詰めた。そのまま押し倒されて床に組伏せられた。ジタバタしても右腕はブエルの左手に押さえられてるし、両膝の上に腰を下ろされたから私は身動きも儘ならない。
ブエルの右手に、私の頭程度の大きさの火球が現れた。な……なに?今度は何を……や……やだ……。
火球がゆっくりと私に近付いて……私の左腕の切り口にそれが押し当てられた。熱い!痛い!止めて!止めて止めて!
足をバタバタと動かすも何の解決にもならない。切り口は炎で焼け爛れて、自分の体とは思えないブスブスという鈍い音と肉の焼けた臭いがする。痛い……痛い……。涙が止まらない。
『出血多量で死なれてはつまらないからな。傷口を焼いてやっただけだ。さて、次は右腕……では味気ないな。左足か?』
ブエルは今度は私の腰の辺りに馬乗りになって背を向ける。右腕で私の右手を押さえたまま、左手を私の左膝に振り下ろして……左手の爪が膝の付け根に突き刺さった。
激痛に「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」って悲鳴を上げる私など意に介さないブエルの爪がそのまま床まで伸びて、私の膝を貫通。今度はそれをまるでノコギリで木を切るように左右に動かし始め……。
「や゛だっ、や゛だぁ!い゛だい゛、い゛だい゛、や゛めっ、い゛や゛、い゛や゛ぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛っ!!!」
泣き叫ぶ事しか出来ない。ブチブチブチッ、って鈍い音を残して私の左足の膝から先が千切れた。絶叫と同時に尿を漏らしたせいで下着が張り付いて気持ち悪いけど、それに構っている余裕なんて無い。ブエルが直ぐに膝の傷口に火球を押し当ててきて、再び激痛。こんなの我慢なんて無理。私は再度絶叫を上げた。
『パイオス様を悩ます虫にはお似合いだな。文字通り芋虫のように這いつくばる気分はどうだ?』
ブエルは一度離れて、痛みを堪えられず無様に床に転がり悶える私を見下してる。何とか……何とかしないと……でもどうやって?
何か。私の後方から何かの気配がした。誰かの声が聞こえる……。
「挨拶代わりだよ!これでも食らえ!『
その誰かの声の後に、私の体の直ぐ上を光が走った。魔法……?私の身長の数倍の長さ、私の体の数倍の太さの光の槍。真っ直ぐに飛んで行ったそれはブエルに直撃。天まで伸びる、直径5~6m程の光の柱が現れた……変わった爆発の仕方なのね。
私はその誰かに抱き上げられた。私と同じくらいの身長、同じくらいの体格、同じ色の髪、同じ……顔?
「そこの人、大丈夫!?酷い怪我……早く聖女様に診て……もらい……に…………えっ?」
そう口にした彼女も私の顔を見て驚いたみたい。嗚呼、そっか。私の偽物じゃ無くてステノ王女本人だったのね。助けてくれたのが物語的に白馬の王子様じゃ無い所が残念だけれどね。ああ、でも
……もしかしてここまで〈
「ワタシ、少しだけど治癒魔法使えるんだ。気休めだけど掛けておくから」
私を抱えるステノ王女の両掌がほんのり光って、私の中に温かい何かが流れ込んでくる。確かに僅かかも知れないけど痛みがちょっと引いた気がする。
「あり……がとう。それから……はじめ……まして……かしら」
「今は無理して喋らないでいいよ。ワタシも貴女に聞きたい事はいっぱいあるけど。それより油断しちゃ駄目。アイツ、今の攻撃全然効いてないって感じだし」
私を抱いたまま、ステノ王女がブエルの方を睨んだ。彼女の言葉通り、多少煤けているけれど無事な様子のブエルが現れた。
戦いに備えてか私を部屋の隅の調度品の影へと降ろしたステノ王女は、両手首に直径15cm程の魔法陣を腕輪のように展開。両手に先程の巨大な光の槍を顕現させてる。次の瞬間には、その光の槍が溶けて両手の拳を覆うグローブのような姿に変わった。手首には変わらず魔法陣が輝いたまま。
えっと……つまり、さっさの魔法の槍を近接戦闘用に変化させたの?
何この子、公式チートか何かかしら。私とのこの差は何なの?もうこの子に魔王討伐させればいいじゃない。
ブエル急襲のせいで右足が治ったと思ったらすぐに左足と左腕が。
ステンノさんのピンチに颯爽と登場したステノ王女様は
・超絶美少女
・アホの子
・やんごとなき血筋(一国の王女)も城を飛び出す
・言動が姫とは思えない(ダナエ曰く「お転婆」)
・面倒事に巻き込まれる
・魔法大得意、なんならアレンジもお手のもの
・魔法の同時展開もお手のもの
・魔道具も作れるよ
・治癒もできるよ
・必殺技や魔法名は取りあえず叫べ!
・ネーミングセンスはお察し
ステンノさんとパイオスが居なかったら完全に主人公。