さて。
現状動けない私は肘掛け付きの木製の椅子に座ってる。目の前の祭壇には30cm✕15cm✕15cmの木製の箱。蓋を外そうと右手を伸ばして……無理な事に気付いた。私の掌の小ささではこの蓋を掴んで持ち上げるのは片手では不可能。仕方ない、ここは。
「ええと、カッサンドラさん?」
「気が付かず申し訳ありません!」
カッサンドラさんが慌てて祭壇を挟んで私の向かいに立って、蓋を外してくれた。中には箱にギリギリ収まるくらいの大きさの、日本酒の四合瓶を太くしたような形の瓶。紫がかった赤いドロドロとした液体が封入されてるわ。瓶の底には魔法陣が描かれていて、同様に入れ物である箱の内側にも魔法陣が描かれてる。多分保存用の、状態を固定或いは劣化を遅らせる系統の魔法が掛かってるんでしょうね。
「それでステンノ様、これを何に使われるのですか?」
「あら、言わなかったかしら。飲むのだけれど?」
「そうですか。飲むのですか。…………はい?飲む??」
言わなかったのは勿論ワザと。だって飲むなんて言ったら持ってきてくれないかも知れないでしょう?幾ら私が女神でも神殿側だってやれる事には限度があるだろうし。上位魔族のサンプルなんて貴重なモノだろうから余計にね。
「大丈夫。
「えっ、あの……貴重なサンプルなので無くなるのはちょっと、とかそういうのもあるのですが、本当に飲まれるのですか?魔族の血ですよ?」
緊急手段だし私だって出来るなら飲みたくはないけど、カッサンドラさんの治癒で駄目ならやるしかないもの。だから私の決意を折るような事を言わないでくれないかしらね。
「ええ。その魔族の血」
私は瓶を取り出そうと右手を伸ばし掴んだ。思った以上に重い。片手だから余計にそう感じるわ。これはちょっと……一人で飲むのは辛いかも知れない。グラスで飲むにしてもカッサンドラさんに注いでもらわないと。
「…………ハッ!?ステンノ様、私が飲ませて差し上げます!!」
カッサンドラさんのこの突然の変わりよう。私の意図にでも気付いたのかしら?いや単に飲もうとしてるから手伝えば点数稼ぎになると思ったとか?何にしても手を貸してくれるのは助かる。
……あれ?待って。ねえ、ちょっと待って。これ、おかしくない?何で私、椅子に腰掛けたカッサンドラさんの膝の上に乗せられて背中側から抱かれ(拘束され)てるの?右腕はカッサンドラさんの右脇で押さえられて動かせないし逃げられないんだけど?
「さあステンノ様ぁ、沢山飲みましょうねぇ!」
「ちょっと待って、ねえ聞いて……モゴッ」
蓋が外された瓶の口が私の口内へと押し込まれる。中のドロドロした血液が口の中いっぱいに入って来て……苦しい……!
ゴクン、ゴクンと喉を鳴らして飲み込む。じゃないと窒息しちゃうかも知れないでしょう、私だって必死。唯一の救いは味を感じられるような状態じゃ無いから血の鉄臭さとか生臭さとかが抑えられてるくらい。
というかカッサンドラさん、貴女何してくれてるの!?「うふ、うふふふ。ハァハァ。ヨウジ プレイ ステンノサマ ハァハァ」って駄目だ、この人完全にトリップしてる……。
あ、でもお陰で右腕の拘束が緩んだわね。カッサンドラさんの右脇から右手を脱出させて、私はやっとの思いで口に押し込まれた瓶を払い除けたわ。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……ちょっと、カッサンドラさん!貴女ねえ!」
「………………ハッ!?あっ……その……申し訳ございません、つい……」
つい、じゃ無いでしょう!下手をしたら気管に入って窒息死してたかも知れないのに!私の事になると周りが見えなくなるとか、やっぱりこの人危険だわ。
それに払った勢いで、瓶は床へ。割れてはいないけれど中身は床一面に溢れてしまっている。流石に床に落ちた血を摂取するっていうのはね……。左腕は肘辺りまで戻ってるから収穫はあったんだけど……。欠損が回復するとかもう吸血Cランクじゃ無い気がするけど回復するならいいか。
「この魔族の血、黙って持って来たんです。グラスを用意する所まで手が回らなかったのもそのせいなんですが……ステンノ様、どうしましょうか」
黙って、ねぇ。カッサンドラさん、私に幼児プレイさせる事で頭が一杯だったんでしょうね、どうしようって言われても知らないわ。それより半端に回復した状態をどうにかしたいし。もうカッサンドラさんから血を貰うしか無いけどね!
「仕方ない。カッサンドラさん、貴女の血を頂戴」
「私の、ですか…………フムフム…………分かりました」
あれ?何だかやけに素直過ぎない?また変な事考えてない?
そんな私の思考を読んだかのように「妙な事は考えていません。私の暴走のせいでステンノ様にご迷惑をお掛けしたので出来る限り協力しようと思っただけです!」って答えたカッサンドラさん。
「血を吸われる事に忌諱感とか無いの?私はもの凄く抵抗あるのだけれど?」
「大丈夫です。その腕を見れば治療行為だと分かりますし。私の血程度でステンノ様が回復されるのなら本望です。致死量は流石に困りますけど」
そう?なら遠慮は要らない?
カッサンドラさんは念の為にと、自身の体に治癒の魔力を巡らせ始めた。少しでも私の回復の効率が上がるように、ってね。
「ではこう、私の首筋にプツ、っといってください」
「首筋……?ええ」
……ん?でもカッサンドラさんのこの司祭服?っていうの?これ首どころか肌の露出ってほぼ無いわよね?どうしようかしら。
カッサンドラさん、司祭服の上を脱ぎ始めたんだけど。いや確かに肌を出さないと傷は付けられないけどやり過ぎじゃない?上半身はシルクっぽい材質の白の肌着か。まぁ、裸とかじゃないならまだ、ねぇ。
「ではステンノ様、遠慮無くどうぞ」
「え、ええ」
私は椅子に座るカッサンドラさんの膝の上、今度は対面する形で抱き止められてる。
カッサンドラさんから受け取ったナイフで、彼女の首筋にほんの少しの傷を付けた。この程度なら彼女の治癒魔法なら直ぐに治せるでしょうし。
「じゃあ、吸うわ。気分が悪くなったら我慢せずに言って」
「はい、ステンノ様…………ッ」
カッサンドラさんの首筋の傷に唇を当てて、静かに遠慮がちに吸う。カッサンドラさん、私が吸うリズムに合わせてピクッ、ピクッって震えてるわね。あまり負担にならないように適度なところで終わらせないと。この様子だと私の体の完全回復はしないほうが良いかしら。
無心よ私。無心で。これは治療行為、これは治療行為……なるべく味覚に集中しないように……。左腕の肘の先が温かい感じがする。もう少し強めに吸っても大丈夫かしら?
ん?何か音がしたような?
「聖女様、女神様の容態はどうです…………か……」
そう言いかけた赤髪ショートカットの子と、視線だけを僅かに動かした私の目が合った。あ、赤髪の子の隣にはステノ王女も居るわ。私の事を心配して来てくれたのかしら。
「あー……えー…………お取り込み中でしたか申し訳ございませんそうそう私達何も見てませんので一旦失礼しますねアナ行くわよ早く」
「ワタシ、えーっと、ナニモミテナイ、デス」
二人はクルッと180度向きを変えて、急ぎ扉から退出。一瞬の出来事で反応出来なかったわ。
……冷静に考えてみたらコレ、包帯で体を最低限しか隠せてない私が上半身肌着のカッサンドラさんに抱かれて首筋に吸い付いてキスして……?あれ?完全にそういう関係に勘違いされた!?
私は一旦唇を離して「ちょっと待って!ねぇ!」って扉の向こうに行ったであろう二人に叫ぶ。でもカッサンドラさんが両手で私の頭を抱えるようにして押さえて、私の唇は元の首筋の傷の位置へ戻される。
「見られてしまいましたねステンノ様」
嗚呼、だからカッサンドラさん首筋に……嵌められた。取りあえず今直ぐその手を離して!何顔を赤らめてるの貴女は!
私は両手でカッサンドラさんの手を振りほどく。バランスを崩して彼女の膝から落ちて床にお尻を打ったわ。痛い。
「大丈夫ですか!?」
「貴女のせいでしょう……ハァ」
まあいい……いや全然良くは無いけど一旦置いておこう。今は戻った左腕ね。左の掌を握ったり開いたりして具合を確認。うん、特に問題は無さそうね。手首のアザもちゃんとある。礼装の展開は……うん、大丈夫みたい。奴隷印が消えてるのは嬉しい誤算ね。後は左足だけど……カッサンドラさんから吸血するのは止したほうが良さそうね。だってカッサンドラさん、立ち上がろうとしてフラついてまた椅子に腰掛け直したもの。思った以上に負担を掛けたみたい。
いや、カッサンドラさん、「傷だけ治してキスマークは治癒せずに残して、これでステンノ様との仲を既成事実化!グヘヘヘヘ」とか口にしてやがるわね。思ったより元気そう。彼女には後で制裁を加えるとして、左足のぶんの血は……勝手に勘違いしたステノ王女に分けてもらおう。
私達の状況を窺いつつ様子を見て、赤髪の子と一緒に再び部屋へと入って来たステノ王女。彼女に私の吸血行為について説明をしたのだけれど。
「え?ワタシも?助けられたし女神様の言う事なら断われないか……その……そういうの初めてだから優しくお願い……します」
ステノ王女は少し頬を赤くしてそう言った。説明したにも関わらずそうなった原因は全部、私の隣に座る、悦に入った(聖女がしてはいけないアレな表情)のカッサンドラさんのせい。エニュさんが見てはいけないものを見てしまった、って複雑な表情をしてる。赤髪の子の名前がエニュだっていうのはさっきステノ王女から教えてもらったわ。
『ステンノ顔にした甲斐があったわい!照れるステンノたん顔のステノ王女とステンノたんとかワシ得!ステステてぇてぇ!』
突然阿呆みたいな内容を私の頭の中で叫ばないでよ、この〈
『クソジジイとは酷いのぅ。
何か物凄く不穏な言葉にルビが振られた気がする……貴方ねぇ……どうせ私がこうなる事も知ってたんでしょう?ステノ王女が助けに来たタイミングだって絶妙だったし。それで?次は私に何をさせるの?
『暫くステノ王女と行動を共にするのじゃ。無論足は吸血で治すが良いぞ。ワシに百合百合な場面を……ゲフンゲフン……じゃ無くて早く王女の血を吸うのじゃ』
ホント、頭痛い。この世界の神とか聖女とか録なのが居ないわ。ニュクティはどこ?唯一の私の安らぎはどこかしら?
因みにこの後ステノ王女から血を分けて貰って、無事に左足もアザと一緒に戻ったわ。
それにしても。よく考えてみたら暫くステノ王女と行動って事は、ハイスペックの彼女を護衛にしないといけない程度に危険な事があるって事よね。
ステンノさん、無事体も回復したところでまた次回。