早朝の、本当に日が登ったばかり。まだ低い位置の太陽に照らされた朝露があちこちで輝く芝の広がる開けた平原。それに沿って造られた人工物である街道(とはいっても土で道らしき物を作っただけ)を馬車で往く私達。
馬車の荷台の最後尾の位置に座っているステノ王女の、天井へと向けた右掌の上に直径20cm程度の大きさの白色の円形魔法陣が展開される。そこから現れたのは真っ白な鳩。但し頭から足の先まで絵の具で塗り潰したように白く、目に当たる部分には何も無い。魔法で造られた鳩。
「よし、じゃ宜しくね」って王女が口にすると、その白い鳩は荷台から出て天高くへと飛び上がって、この国の首都トロン……つまり神殿本部へと向かって飛び立ったわ。
これが、この世界における長距離通信手段。そこそこ高い練度の魔法使いが使える程度の魔法。王家だとこの魔法を使える人間をそれなりの数囲ってるらしいわ。ほら、普段使いは勿論のこと、いざという時やスパイ活動にも使用するとか。
当然だけどスマートフォンなんて便利な物は有る筈もないし、地球みたいな科学文明の産物の先駆けの一つである固定電話も当然無い。
なら魔法の発達してるココなら別の通信手段、要は念話があるのかと思ったけれど王女曰く『……ネンワ?何それ?』。長距離離れた場所同士で直接会話する、という概念すら無かったわ。前世の創作物の、某大墳墓のヤツとか某リリカルな魔法少女とかみたいに安易に使えるモノじゃないみたい。使えれば便利だったのに。
どうやら念話っていう手段はこの世界では神の領域みたいね。あ、そうか。私一応『神様と念話できる』っていうチート持ちだったって事か。まあアイツ肝心な事は何一つ教えてくれないけれど。
そんなわけで、定期連絡についてだけれど。
前回の旅はアルトリウスは居たけれど、魔法使いは同行しなかった。アルトリウスが付いていればまあ大丈夫だろうという慢心も多少あったし、無闇に通信魔法を使って私の居場所がバレるっていうのを防ぎたかったのもあったみたい。結果私は知っての通りになって、カッサンドラさんの治癒が必要な事態にまで陥った。
だから今回はそれを踏まえて定期的に神殿本部と連絡を取り合う事にしたって訳ね。だからといって災いを避けられるって訳じゃないけど神殿側のフォローは早くなるから。
エニュと共に御者台に座ってるニュクティの「二人とも、見えてきたぞ」って声が聞こえて、私と王女は荷台から前方を覗くと、壁に囲まれた街が見えてきた。ええ、ゼメリング。思ってたより早く戻って来たわ。今回の滞在は短期間だけど。ああ、街に着いたら換金もしないとね。道中で倒した魔物の素材とかね。そういえば女子供しか居ないと思って私達を襲おうとした賊にも何度か遭遇したけれど哀れにも王女一人に呆気なくやられてたわね。
私とニュクティがゼメリングの斡旋所発行のブレスレットを持ってるから、別の門から入れる。正門には長蛇の列。王女とエニュに聞いてはいたけれど、これに並ぶのはちょっとね。前世での某アミューズメントパークの待機列みたい。まともに並んでたら中に入るだけで数時間掛かりそう。
「うわっ、相変わらずえげつない列……ステンノちゃん、凄い人気だねぇ」なんて冗談だかイヤミだか分からない事を口にした王女に私は苦笑いを返した。私の人気……という訳では無いでしょう。威光にあやかられても私、何も出来ないからね?
馬車は正門の隣にある小さい門の方へ。衛兵さんがエニュの顔を憶えてる可能性はあるけれど今回は神殿、というかカッサンドラさん直筆の勅令書を携帯してるから大丈夫でしょう。アレ魔法で偽造やら盗難やら防止されるように出来てるらしいからね。
とはいえ念には念を入れてニュクティを御者台に座らせたのだけれど……「よう、おっちゃん」「うおっ、ボウズじゃねーか!元気だったか!?そーかそーか」って声が聞こえるわ。問題は無さそうね。
と思ったところでニュクティが荷台の私達の方へ顔を覗かせて「二人とも、ちょっと来てくれ」って言ってる。どうやら衛兵さん、私の無事も確認したいみたいね。全くステノ王女は面倒を起こしてくれちゃって。はぁ、まあいいわ。どのみち斡旋所のみんなには顔を見せる予定だったしね。
王女と一緒に荷台から地面へ降りて。私と瓜二つの王女は素顔を晒した状態のままで、私は体をスッポリと隠す濃い茶色のコートのフードを外して、衛兵さんの所へとゆっくり歩く。
「久し振りね……というか何時から衛兵になったのかしら?」
この衛兵さん、私がゼメリングに居た時はハンターやってた筈なんだけど?
まあ理由は直ぐに分かった。この衛兵さん、私が居なくなってから結婚したみたい。それで安定した収入のある職業に変えたらしいわ。ハンターやってる時生やしてた無精髭もキレイに剃ったみたいね。
衛兵さんは私の左手首に一瞬視線を向けたあと、「いやー、嬢ちゃんが無事で良かった」って言いつつ私の両手を握って大袈裟にブンブンと上下に振る。成る程ね、そうやって左手首にあるリング状のアザの有無を確認して王女を私の偽物だと見破ったわけか。ああ、因みに今私は両手に絹製の手袋を嵌めてるわ。
それはそうと衛兵さん、奥さん居るんでしょ?程々にしておいた方がいいと思うけど?
「所で嬢ちゃん、その二人だが……」
「あら、聖女様の勅令書は読まなかったの?」
「あ、いや、一応読んだんだがな。イマイチピンと来なくてな」
それもそうか。私の名だけじゃなくてステノ王女の名も騙った、って事になってたものね。それがこうして私と旅をする許可を得てるんだもの、不思議にも思うか。肝心の王女は「いやー、あっはっはっ」って笑って誤魔化そうとしてるし。
無用な混乱を防ぐのと私の護衛を続けさせる為もあって、ステノ王女の身分は勅令書には書かれず伏せられたままなのよね。
「なら問題無いでしょう?そろそろ通してくれないかしら?」
「おお、分かった。ゆっくりしていけよ、嬢ちゃん」
そうして門を無事抜けた私達が向かったのは宿。私達がボロック・ダガーの回収に行ってる間に予め神殿側から手を回してくれていて予約も済んでる。荷物を降ろして、エニュが馬車を預けに行ってる間に私達はチェックイン。木造の三階建ての、ハンターなんかも利用するような安宿ね。カッサンドラさんは私を最高級の宿に泊めようとしてたらしいけれど、あまり目立つような真似はしたくないからね。
取ったのは二部屋。質素なベッドが二つあって、木製の簡素なテーブルと椅子のあるシンプルな部屋。振り分けは勿論、王女とエニュで一部屋、私とニュクティで一部屋。因みにお風呂なんて高尚なものは無いわ。安宿だし仕方ないでしょう?
部屋の鍵だけ受け取って、外へ。斡旋所へ素材を換金しに行かないとね。
あ、馬車を預け終わったみたいでエニュがコッチに歩いてくるわね。
「そうそう、馬車預けに行った先でさ、凄い豪華な造りの馬車が何台か止まってたわよ?」ってエニュが何気なく言ってる。豪華な馬車、ねぇ。どこぞの貴族でも来てるのかしら?遭遇したら面倒な事になりそう。出来るなら会いたくないわね。ま、貴族なら斡旋所とか自由市場みたいな庶民染みた場所には現れないか。
「で、ステンノちゃん、ニュクティ君。この街の斡旋所って何処だっけ?」
「え?
「アハハハー、申し訳ない、ニュクティ君」
ニュクティを先頭に、フードを被った私と王女が並んで、その後ろをエニュが歩く。そうそう、外では念の為に王女の事はアナ、って呼ぶ事も忘れてないわ。
道すがら「ボウズ!久しぶりだな!」とか「うおっ、ニュクティか!無事だったんだな!」とか声を掛けられながら斡旋所へ。
イオリスさん達への説明の為に王女とエニュより先に斡旋所の中へ入った私とニュクティはもみくちゃ……にはされなかったわ。顔馴染みのハンター達に囲まれたけど、私の営業スマイルに応えてくれてるハンター達は絶妙な距離を保ってくれてる。私が無事に戻って来たのを歓迎はしてくれてるんだけど、ハンター同士の間に火花が散ってるのよね。どうやら抜け駆けしないように牽制し合ってるみたい。私ステンノだから魅力を更に付与する事は出来るけど、逆に魅力を抑える事って出来ないのかしらね?こういう時は不便だわ。
「ステンノちゃん!無事で良かった!」
そんな調子だったから当然受付カウンターからも丸見えだった訳で、イオリスさんが小走りで私達の方へと寄ってきた。イオリスさんに手を引かれ、ハンター達の隙間を縫ってカウンター……の先にある階段の方へと誘導される。
イオリスさんに手は引かれたまま二階へと上がった私達は、一番奥にある部屋へと通された。少しばかり広い部屋で大きめのテーブルが幾つも置かれ、椅子もそれなりに数がある。壁には私の身長の半分くらいの大きさの窓が幾つか設置されていた。会議室か何かかしらね?
再会を喜ぶだけならこんな所に連れて来ないよね?何か重要な話でもあるのかしら?なら先に王女達の話もしないと。私が「外の二人を連れて来てくれる?」って声を掛けて、「ああ」って返事をしたニュクティが一旦外へ。
「誰か紹介する人でも居るの?まあ取りあえず座って、ステンノちゃん」
「ええ。イオリスさん、元気そうね」
遠慮する必要も無いし言われた通りに手近な椅子に腰を掛けた。
「ステンノちゃんが居ない間、大変だったんだから!ステンノちゃんの偽物が現れてさ!よりにもよってソイツ、『自分は王女だ!』なんて言い始めるしさぁ!嗚呼、やっぱり
「……偽物、ねぇ」
うーん、この様子だとやっぱりゼメリングに寄って正解だったわ。ボロック・ダガーがあったあの山から比較的近いっていうのと食糧なんかの補充の為ってだけじゃなくて、王女に対する誤解は解いておいた方がいいかも、と思ったからなのよね。
そうだ、一応左手の甲も見せておこう。
「ああ、そうそう。この通り奴隷印は無くなったわ」
手袋を外して左手甲、つまりは奴隷印のあった場所をイオリスさんに見せた。「本当ね!良かったわね!」って思った以上に喜んでくれたわ。やっぱり良い人よね、この人。
「魔族に殺されそうになった時に左腕を切り落とされてね、
あ。イオリスさんが固まったわね。あー、そりゃそうか。今の話は余計だったかしら。
……なんて私が考えた直後ね。不意に後ろから「ステンノ様、またそのような危険な目に遭われたのですか」って何処かで聞いたような声。
何時の間に私の後ろに?というか何で此処に貴女が居るの?
「ダナエさん?どうして貴女が?」
「お久し振りですステンノ様。少々事情がありまして」
振り向いてみると、あの時と変わらない侍女服姿のダナエさんが立っていたわ。いや待ってよ?エニュが豪華な馬車が、って言ってたわよね?それでダナエさんが居るとなると、まさか……。
バタン、と少しばかり力を込められ突然開かれた扉の先に立っていたのは、予想通りのアルゴリス王子。この世界で私が会いたくない三本の指に入る人物ね。何でココに居るのかしらこの人は!
「やあ、探したよ。やっと会えたね。やはり私と貴女は運命で結ばれているのだね」
何そのキザったらしいセリフと無駄なイケメンスマイルは。言っておくけど私はそんなモノでは絆されないからね?私の正面のイオリスさんには抜群に効いてるみたいだけど。イオリスさん、両手を頬に当てて顔を紅くして嬉々とした表情で、さっきとは別の意味で固まってるわ。
「冗談は止してくれる?それとどうして王子が此処に居るのかしら?」
「それは勿論、キミに会う為だ」
王子のそのセリフを聞いてゾゾゾッ、と全身を嫌な感じが駆け抜けた。いや、ホントそういうの要らないから。大人しく国に帰って。というか国内政治やら騎士団やらの事放っておいていいの?
私の引き攣った表情を見た王子は何を勘違いしたのか「ああ、ペイシストス王と既に謁見は済ませてあるし滞在の許可も貰っている。心配なら要らないよ」って。違うわ、そうじゃないから。まさかこんな所まで追い掛けてくるなんて……貴方ストーカーか何か?
そんな睨み合いをしていた私と王子の間にダナエさんが割って入った。「殿下、説明が色々と抜けております。ステンノ様がドン引きされていますよ?」ってね。え?私を追って(付きまとって)来ただけじゃ無いの?
「ああ、済まなかった。再会出来てつい興奮してしまった。なに、簡単な事さ。婚姻の準備も進んでいたというのに城から抜け出したキミの噂を小耳に挟んだものでね」
王子の話だと。私の置き手紙を元にトロンへと向かって、神殿本部でブエルとの一戦があった事を知って、私ならきっとこの街に戻って来ると踏んでずっと待ってたらしいわ。その行動力を国内政治に向けられないのこの人?
あれ?ブエル戦の後に私が神殿から出た事知ってるの?どうやって知って……トロンに諜報員でも居るのかしら?
「『ステノ王女らしき人物が神殿本部を出発して旅に出たらしい』という情報を得たからね」
あ゛ー、顔かぁ。ステノ王女を知っている諜報員に何処かで私か王女どちらかの顔を見られたって事ね。フードで隠し通すのにも限界はあるものね。
「それで?どうしてダナエさんが同行してるのかしら?」
私はダナエさんへと視線を向ける。「それはですね」って口にしたダナエさんは扉の方へ視線を動かす。その扉が開かれて、ニュクティに連れられて王女とエニュが入ってきたわ。
「ステンノ、連れて来たぞ」
「もぉー、待たせ過ぎだよステンノちゃ……グエッ」
話し途中で、ステノ王女はダナエさんに背中側に回り込まれた挙げ句羽交い締めにされてる。あー……ラケダイの王様に何か頼まれたとかそういう感じかしら。
「いきなり卑怯だよっ、離せっ、ってゲゲェ、ダナエ!?何でっ!?」
「ゲゲェ、ではありませんよ王女殿下。そのようなはしたない言動は謹んで下さいとあれほど申し上げた筈ですが?」
捕まった様子を口をあんぐりと開けて見てるエニュに「ちょっ、離して!エニュ、見てないで助けて!」って叫んでる王女の両手には、何時の間にやら魔法陣の描かれた手枷が。
「漸く捕まえました。さあ、ステノ王女殿下。大人しくラケダイへ戻りましょう。国王陛下も大層心配されておられましたよ?」
「冗談言わないでよ!パパの言う事なんて無視しておけばいいじゃん!!城に戻るなんてワタシぜーっっったい嫌だからね!!ワタシには重大な使命があるんだから!」
イオリスさんが「あ、え?ステンノちゃんは王子様の婚約者だけど、偽物は本物???」って絶賛混乱してるわね。確かに元から説明するつもりだったけどちょっと面倒になったわ。
それからこの様子だと王子は私が女神ステンノだってダナエさん辺りから聞いて知ってるっぽいって事よね?それなのに私に求婚するの?
そんな事を考えてる間に、ニュクティがそそくさと私の膝の上へ。さっきから私の事を見つめてる王子に向かって威嚇してるわ。あ、そんなに殺気立つのは駄目よ?落ち着くように頭撫でておこうかしら。
「アルゴリス王子、お前ステンノがどういう存在か分かってるのか?」
「勿論だとも、ニュクティ。ああそうだ、心配せずとも君の事も城に迎え丁重に扱うよ」
「そういう問題じゃ無ぇだろ!」
ホント、お願いだからホイホイ面倒事を起こさないでくれないかしらね?あー、頭痛い。
ゼメリングにて。
足手まと……ゲフンゲフン、アルゴリス王子が再登場。
それから王女、関係者に見つかる。