「……ステンノ……様?」
「様、も無し。今まで通り私の事は『ステンノちゃん』で良いわ」
そもそも私は敬われる立場では無いのよね。私を
「ならええと、ステンノ……ちゃん。アハハ……何だか気軽に話せなくなっちゃったわね」
「言ったでしょう?今まで通りにしてくれないかしら?」
恐る恐る、といった様子のイオリスさん。全く、ホンットにあの王子ってば余計な事をしてくれたわ。イオリスさん、この世界でも気楽に話せる数少ない人だったのに。
何ていうか、儘ならない。この世界に降りてから私の理想通りに運んだ事なんて無かったけど。どうせパイオスを排除するまでは〈
「急にはちょっと……ステンノちゃん、少し時間をくれる?落ち着いたらまた前みたいに話せるようになるかも知れないし」
「ええ。それで構わないわ。じゃあ私達は少し外を歩いて来るから。またね、イオリスさん」
「行きましょうか」って私の言葉に「ああ、うん」って返事をしたニュクティの手を引いて、複雑そうな表情を私に向けるイオリスさんに背中を向けて階段を降りた。彼女にも少し冷静になる時間も必要よね。
一階の、私に声を掛けてくれる顔馴染みハンター達にニコリと愛想笑いを返しながら外へと向かい歩く。只の愛想笑い、なんだけどね。何だか前にも増して魅了の効果が乗ってるような気がするわ。ハンター達の反応がもうね。アイドルに群がるドルヲタのそれみたいなのよね。以前ここに居た時はそこまでじゃ無かった筈なんだけど……もしかして何度か夢幻召喚をしたせいでステンノの魅了スキルが強くなってるとか?だとしたら他のスキルレベルも上がってたりするのかしらね?そういえば吸血の効果もCランクとは思えないレベルだったし。
いや、今は考えるのよそう。余計に疲れる。
そうして斡旋所から出た私とニュクティ。そういえば王女とエニュを置いて来ちゃったけど、今から戻るのも微妙だしいいか。どうせ宿には戻るんだし、そうでなくても明日また集合するし。
気分のせいか足取りも重い。
流石にパイオスも今日明日では襲って来ない筈……来ないよね?大丈夫よね?
〈
『馬鹿とはなんじゃ馬鹿とは。ちゃんと故あっての事じゃぞい。予測では事前にお主に伝えておいた場合は失敗する確率の方が高かったからのう』
だから何の前触れも無しにいきなり頭の中に話しかけないで。何よ、最初のパイオスとの接触で私に魂を吸収させる計画は失敗したくせに。アレで終わっていればこんな苦労しなくても済んだんじゃない。幾ら私を分離した恩があるからって無茶振りは程々にしてよ。これじゃそのうち本当に死んじゃう。貴方それでもこの世界の主神なの?
『尻拭いさせられとるのはワシの方じゃぞ?地球の神々共め、只の人間風情だったお主にマルっと押し付けた挙げ句、その後始末をワシの世界に丸投げしおって』
……それ何の、ううん、何時の話?私に押し付けたって?
『おっと余計な事まで喋ってしもうたわい。まあそのうち分かるじゃろ。さっきも言ったがお主に事前に情報を与えると失敗の確率が上がるのでな。事後報告で良ければしてやるぞい』
終わったあとに言われても意味無いでしょう。それってもしかして
……返事は無い、か。
兎に角これで近々パイオスが来るのはほぼ決まり、かしら。あの化け物をどうやって倒せっていうの?それとも生き延びる術でもあるって事?そんな方法全然思い付かないけど?
やっぱりもう後は明日にしよう。今は冷静に考えるなんて無理だわ。あの言い方ならきっと今日明日何か起こるってわけじゃ無いわ。今までだって合流して直ぐにボス級と戦闘になった事無いし。パイオス(初戦)然り、シュリーマンさん然り、ブエル然り。
決めたわ。今日はちょっと良いもの食べて寝ちゃおう。うん、それが良いわ。ハンター達行きつけのあの食堂でいっか。私とニュクティの顔は店員さんなら憶えてるだろうし、あの時と違ってお金もそこそこ持ってるし。
「少し早いけれど御飯でも食べに行きましょうか」
「え?ああ、分かった。ステンノがそう言うなら行くか」
ニュクティ、何だかちょっと引っ掛かる反応だったわね。私とアイツのやり取りの内容は聞こえてなかったでしょうけど、やり取りしてた事は気付いてたのかしら。それで私が不機嫌になったからロクな事じゃ無いって分かったからかしらね?
私達は早めの夕飯を食べて、一足先に宿に戻った。
当然お風呂は無いから大きめの桶に水を張って体を拭くくらいしか出来ないけど、まあ別にこのままずっと浴槽に入れないってわけでは無いからこのくらいは我慢ね。手の届かないような場所はニュクティに拭いてもらって。もう慣れたものよね?
日も暮れて外もすっかり夜。とは言っても現代日本に比べれば空気も綺麗だし星の光だけでも充分明るいけれど。だからといって特にやる事も無い。出来る事って魔法とかランプとかの光で見難い本を読むか、外へ飲みに出るとか男性なら娼館に行くかくらいかしらね。勿論私は明日に備えて寝るわ。睡眠は記憶の整理の時間らしいでしょう?一眠りしたら何か妙案でも浮かぶかも知れないじゃない?そんなわけで、簡素なベッドに横になった私は隣のベッドで同じように横になってるニュクティを呼ぶ。
「ニュクティ、こっちのベッドに来ない?」
「は?」
ほら、やっぱり起きてた。
……まあいいじゃない。一緒のベッドで寝るくらい。喩え
「いやいや駄目だろ。俺だって一応男だぞ」
「それ以前にまだ子供でしょう?それにそのくらい今更だと思わない?自信が無いなら命令くらいしてあげるけど?」
ニュクティが抵抗してる理由は分かるわ。今私が身に付けてるのはショーツだけだからね。
考えてみれば不安なら『私を性的に襲うな』って命令すればいいだけだしね。それに……これでも私も不安なのよね。人の温もりが有れば少しは安心できるっていうか。
「……分かった。けど一応命令はしてくれよ」
「はいはい。それじゃ命令ね。『私の事を性的に襲わない事』。これでいいでしょう?」
もぞもぞとベッドから這い出てきたニュクティが、こっちのベッドに乗って私の隣に横になった。勿論私はニュクティを引き寄せて抱き枕代わりにする。
「ったく、もう少し自分を大切にしろよな」
何だかどこかで誰かに言われたような気がするセリフを口にしたニュクティは、私に背を向けた状態で瞳を閉じたわ。それじゃ私も寝ようかしらね。
『ぐおおッ、羨まけしからんッ、おのれニュクティ!』
脳内で叫ばないで。うるさいわよ〈
…………自分を大切にしろ、って誰に言われたんだっけ。うーん。
──●●、●●はもっと自分を大切にしてください──
うん?今の何?私の記憶?何時のだっけ……。
───────
「それじゃエニュ、おやすみー」
「はいはい。おやすみ、アナ」
ベッドに横になった
「くかー……すぴー……」
ステノは王女らしからぬ寝息を立ててる。相変わらず寝るの早いわね。さてさて、寝たのなら私も今のうちにやることやっちゃいますか。
体を起こしてそっとベッドから降りる。今の私の格好はステノと同じ、くすんだ白色のシャツにアンダースコートのみ。装備一式や着替えはテーブルの上。まあ格好はどうでもいいとして、私は備え付けの椅子に座る。やることは一つだけ。本体に接続して情報を更新する。ステンノ様の元居た世界的に言うと、アップデートって所。
ふうん、やっぱり
は?何それ。ガンドを使えるようにした?ガンドだけって?何、私に死ねって事?幾ら私か貴女の分霊だって言っても最下級レベルの分霊よ?それでも私が死ねば多少なりとも本体の貴女にも影響有るの知ってるでしょうが!戦闘能力は人間と変わり無いってのにどういう了見……はぁ!?それ本気で言ってるの?何でステンノ様に伝えな……またそれ?それ本当なんでしょうね?幾ら
無茶振りは今に始まった事じゃないけどさぁ、私だってここまで『勇者の導き手』としての責務をちゃんと果たしてきたでしょうが。全く分霊使いの荒い……あーはいはい、やればいいんでしょ。でもそれ本当に成功するんでしょうね?もし駄目だったらステンノ様を失うだけじゃ済まない……ああもう分かったから!やればいいんでしょやれば!やってやろうじゃない!その代わり成功したら私を貴女の分霊から切り離して独立存在にしてもらうからね!約束したからね!
ったく、
やれやれ。ステノは……ぐっすり寝てる。良かった。
何ていうかさ、分霊って立場を捨ててステノと一緒に生きてみるのも悪くないって思ったのよね。興味深い存在よね、人間……ううん、この子は。
前章にエニュさん視点が一度も無かったわけですが、彼女はアムラエルさんの分霊でした。
ニュクティちょっとそこ代われ