「そろそろ離してくれる?」
私がそう言うと、エニュは私の腰辺りに回していた両手をそっと離した。エニュはそのまま椅子に座って、私はベッドに腰掛ける。
やっと涙も止まった事だし、今後の事を考えてエニュから出来るだけ情報を引き出しておきたい。
「それで、結局エニュはどういう立場なの?」
「立場……そうねぇ……簡単に言うと、私はアムラエルの分霊ね。あー、魂のほんの先っちょが込められたアバター、って感じ?本体とは別に自我を持った」
アバター、ね。成る程。アムラエルさんが用意したステノ王女用の案内人、って所か。
「ふぅん……アバター、ね」
「ええ、アバター。姿は一応
って事はアムラエルさんはエニュと同じ顔か。彼女に会う事でもあれば愚痴でも聞いてあげようかしら。どうも彼女も〈
他に必要な情報は……彼女の能力か。
元のパイオスの3割程度の魂の私がコレだからね。アムラエルさんの何分の、いや何十分の一かのエニュがそれ程大きな力を持って無いっていうのは何となく想像がつく。戦力的にはステノ王女のサポートが精々って所でしょうしね。問題は特殊能力の方。私の中の『主神の加護の核』を実体化させたようなね。もしかしたらパイオス戦で有用な力を持ってるかも知れないし。
「能力は……そうね、物体の再生……再構築かしら。非生命体に限られるけど。そもそも本体の持ってる能力の一部でね。
非生命体に限るって事は治癒には使えないわけか。治癒魔法はステノ王女が使えるからエニュには付与されなかったって事?それとも他に何かの理由でも……有りそうね。〈
にしても物体の再構築ね……。私は右手に握り込んでいた黒っぽい何かの欠片に視線を落とす。この欠片ってエニュが『パイオスとの戦いに必要』って言ってたよね?これを再構築したら強力な武器……例えばキリスト教の大天使長ミカエルの持つ黄金の剣みたいなモノになるとか?いや、でも私にとって掛け替えの無い存在の残滓、なんだっけ。私、前世ではキリスト教でも仏教でも神道でもない無神論者だったからそれは無いか。
それから少しの問答。エニュは「私も情報は断片的にしか貰ってないから答えられるのにも限界があるけど」って言いつつも丁寧に答えてくれた。結果分かった事は、
・エニュはあくまでも勇者(ステノ王女)の導き手。
・エニュは末端である為に大した力を持って無い、というかこれでも例の神々の決めたルールのギリギリの所。
・アムラエルさんは私が今居る世界の担当で、〈
・エニュにはアムラエルさんから定期的に情報が送られてくる。
……くらいらしいわ。なかなかに面倒。やっぱりパイオスは現状の戦力で何とかしないと駄目か。さて、どうやってあの怪物と戦うべきかしらね……。せめてこの街の人達くらいは巻き添えにならないようにしてあげたい所だけれど。
……。
私って少し前までは『自分さえ助かれば』って思ってなかったっけ?やっぱり交流がある人に対して情が湧いたのかしら。それともパイオスから少し魂を奪ったから本来の、というか前世の人間性が戻って来てるとか?確かに前世ではもう少し他人に優しかった気もする……うーん、パイオスが人間に愛を向けてるなんて事は絶対無いし、私の魂の持ってる空の器に水が戻った、みたいな感じなのかも。ま、他人はどうでもいい、なんて冷酷な女神って状況よりはマシね。
……パイオスの魂全部吸収したら慈悲の塊になる、なんて事にならないよね?
「……それでステンノ様、そろそろ服着たら?」
忘れてた。そうね。いい加減ショーツ1枚って格好は終わりにしておこう。エニュから聞ける範囲の事は聞いたしね。左足首にこう、ごく少量の魔力を送る。一瞬で何時ものワンピースが展開された。さて、それじゃニュクティを……起こした方が良いかしら。出来ればニュクティは戦闘に巻き込みたくないのだけれど……。
「ニュクティは……寝かせておく。この子はパイオスとの戦闘に参加させたく無いから」
「ニュクティ君が納得するとは思えないけど。ステンノ様がそう言うならまぁそれで」
じゃあ起こさないようにそっと部屋を出ましょうか。ニュクティには話し合いから戻って来てから説明しよう。最悪納得してくれない時は奴隷印に仕事をしてもらう。
「ああ、そうそう。アナには私がアムラエルの分霊って事言って無いから黙っててくれると助かるわ」
「…………ええ、分かった」
ステノ王女には言って無いのか。まあエニュにも色々思う所もあるんでしょう。でも貸し1つ、ね。
ベッドから降りて立ち上がった私は、隣のベッドで寝息を立てているニュクティに顔を近づけた。うん、ちゃんと寝てるみたい。右手でそっとニュクティの頭を撫でる。決戦に参加させないって言ったら怒るかしら?
起こさないように離れて、静かに扉を開けて部屋から出た。私の後から出たエニュが、開かれた扉をそっと閉めたのを確認した私は、かなり声量を落として彼女に問う。
「それで?パイオスに対抗する手段があるんでしょう?いい加減それくらい教えてくれないかしら?」
「ええ。魔王にはステンノ様含め私達では勝つのはまず不可能。なら勝てる力を持った者を外から呼ぶしかない」
外から呼ぶ、って。神が地上に降りるのは駄目なんじゃ無かったっけ?その証拠にエニュだってかなり能力制限されてるでしょう。私は降りてるけど一応転生者って枠だからセーフなんでしょう?
「神は直接干渉出来ないんじゃなかったかしら?」
「そうね。神は無理。でも人間ならセーフでしょう?あるじゃない、神とも戦える程の人間を呼ぶ方法が…………ステンノ様も良く知ってる『英霊召喚』って方法がね」
───────
「エニュさん、遅かったですね。……おや、ステンノ様も御一緒ですか。これは好都合」
エニュと王女の部屋に入って見ると何故かダナエさんが椅子に座っていて優雅に紅茶を飲みつつそう口にした。王女の方はベッドにうつ伏せに寝っ転がっていて私達を見るなり「もーっ、エニュったらステンノちゃんと何処行ってたの!?」って頬を膨らませてる。
「どうしてダナエさんが?」
「ステンノ様、私の事はダナエ、で結構ですと何度も……まあそれはそれとして。状況が変わったので報告に参りました。魔王軍が侵攻を開始したようです。目下のところこの国の国境で交戦中との事です」
魔王軍が……?私が右隣に立つエニュに視線を送ると、意図を理解したようでエニュはほんの少しだけ顔を横に振った。もしパイオスが軍と行動を共にしてるとすると、半日程度でここまで来るのは不可能だろうって事ね。つまり、パイオスは魔王軍とは別行動か。
「ステンノちゃん、ワタシ達はどうする?加勢しに行く?」
私は少しばかり興奮気味の王女の言葉を「……無理ね」と言って否定した。王女はベッド上で上半身だけ起こして「理由は?流石に状況が状況だし助けに行かないっていうのは……」って不満みたい。
「進攻中の魔王軍の連中はどう思ってるかは分からないけれど、少なくとも魔王の目的は国への侵攻じゃ無いから国や神殿に対する陽動じゃないかしら?魔王の目的は私だから、パイオスは直にココに来る」
「…………んんっ!?待ってステンノちゃん、今何て言った!?」
「もう一度言うわ。魔王がココに来る。具体的には、明日中……いや、日付は変わってるだろうから今日中かしら」
ダナエさんは青ざめてるし、ブエルと一戦交えた王女はその表情から動揺が隠せていない。そりゃそうよね、何せ王女はパイオスに強化されたブエルに全く歯が立たなかったんだもの。それより強いに決まってるパイオスに単独で勝つのはほぼ絶望的と言っていい。
我に返ったダナエさんは「……っは!?もっ、申し訳ありませんステンノ様、私はこの事を殿下に報告しなくてはならないので失礼します」って言って慌てて部屋から出て行った。王女はベッドに座り直して恐る恐るといった様子で口を開いたわ。
「あのさ、作戦とかある……んだよね?正直ワタシが魔王に勝てるヴィジョンが全く浮かばないんだけど」
私は立ったままだから、自然と王女が上目遣いになってる。うーん、これは同性から見ても破壊力があるわね。同じ顔で魅了の力まで持ってる私がやったらそりゃあ落ちない男は居ないわ……っと、その話はまた後にしよう。
私はもう一度エニュに視線を送って、小さく頷いた彼女から視線を戻して「そうね……あるにはある、かしら。まあ賭けになるけれど」って不安雑じりに口にした。だって仕方ないでしょう、英霊召喚なんて成功するかどうか分からないもの。触媒は例の何かもハッキリしてない黒っぽい欠片だし、呼符も聖晶石も無いし。そもそも世界が違うから上手くいくって保証も無……いや、そこはあの〈
はぁ。今度は本当に正真正銘
──自分との対決?よせよせ、碌なものじゃあないぞ──
……え?今の、何?何処で誰かに聞いた……誰が言ってたんだっけ。思い出せない。
「ステンノちゃん、賭けって?」って王女に言われて我に返った。そうだ、思い出せない記憶の事は今はどうでもいい。目の前の大問題をどうにかしないと。
「私が元居た世界の英霊をこの世界に召喚する。パイオスを相手にするならそれくらいしか方法は無いんじゃない?」
「つまり、ステンノちゃんの召喚が成功するかどうかが賭けって事?」
「そういう事ね」
「頭痛くなってきた……まあでも、可能性があるならやるしか無いよね。ワタシは何したら良いかな?」
現状王女が出来る事は少ないわね。周辺警戒とか……あ、万が一に備えて街に結界を……あれ、でもそういえばパイオスってどうやって私の居場所を特定して…………。
まさか、まさかとは思うけど、パイオスって私の居場所を感知できる?じゃあ私って今まで適当に泳がされて……あれ?なら私が何処に逃げても無駄って事に……。
そういう事なら街から幾らか距離を取った方が良いかしら?それに予想より早くパイオスが来た時の為に王女と王子には時間稼ぎも依頼しておかなきゃ。
やっぱり召喚絶対成功させないと。じゃないと私はどうやっても生き残れないじゃない。
※ミカエルの黄金の剣:別名・鞘から抜かれた剣。ルシファーが天の三分の一を率いて神に反乱した際にミカエルが使用した、宇宙で切れないものは存在しない剣。武器ごとルシファーを切り伏せたとされる、キリスト教きってのチート武器。
ステンノさん、何処に逃げても無駄な事に気が付く。
次回はパイオスが降臨……?