「成る程。魔王がここに、か。直接乗り込んで来るとなると探知系の能力を持っていると考えるのが妥当だろうか」
そう言って、私の目の前で椅子に座って腕を組んで思考を巡らせているのはアルゴリス王子。その2歩程度後ろにはダナエさんが直立して控えている。王子は私達を呼ぶのでは無く態々こんな安宿まで来たのよね。
「そうだね、そう思っておいた方がいいかもね。それにしても直接乗り込んで来るなんて……魔王はステンノちゃんの事がよっぽど邪魔なんだね」
変わらずベッドに腰掛けたままうんうん、と小さく頭を数回縦に振って王子の言葉をそう肯定するステノ王女。
私は彼女の『邪魔』という言葉にピクリと反応し、反射的にエニュに視線を向けた。エニュは私に気付くも反応は薄い。私が自分で決めろ、って事よねやっぱり。流石に言わないってわけにはいかない。2人には悪いけれどこれから命を懸けて貰うんだしね。私がたとえ女神でもこの世界に災厄をもたらした元凶として恨まれる可能性もあるけれど、それでも魔王と戦うに当たって共闘しないって選択肢は無い筈。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、私は意を決して口を開く。
「その事だれけど、パイオスは私が邪魔、ってわけではない。アイツが私を狙う理由は、私が必要だから」
王子は「ステンノが必要?理由を聞いてもいいだろうか?」って反応して私に顔を向ける。一方のステノ王女はハッとした様子で口をつぐんだ。きっと『私とパイオスが元々一つだった』ってブエルがしていた話を思い出したんでしょう。あの後話を有耶無耶にして放置してたのは失敗だったかも知れない。もっと早く話すべきだったわ。
「あの時ブエルが言ってた通り。私と魔王は元々1つの魂。魔王から分離した僅かな善性、絞りカスに神性を持たせて女神にしたのが今の私。軽蔑されても恨まれても文句は言えないわ」
「…………そうか」とだけ口にした困惑気味の王子と、瞳を閉じて思考する王女。エニュの様子はさっきから一切変わらず、真剣な眼差しでじっと状況を見ているだけ。空気が凍ったかのよう。そう、よね。この世界の人間からしたら流石に受け入れられないよね。
……っと、今まで動かなかったダナエさんが唐突に歩き出して王子の前へ。何をするのかと思ったら、王子の左頬に平手打ち。唖然とする王子と理解が追い付かない私を余所に、ダナエさんはそのまま王女の右脇腹に後ろ回し蹴りを食らわせて、鈍い音と共に王女が倒れた。
「…………はぁ。いけませんね御二人とも。元が1つだったという程度、何だというのですか。ステンノ様はステンノ様。この窮地に私達人間に手を差し伸べて下さる女神様である事に変わりはありません。そもそもステンノ様が魔王から分離していなければ、私達人類には為す術すら無かったのです。それを沈黙で答えるなど不敬もいいところです。それに殿下。殿下がそこで言葉を詰まらせてどうするのですか。『愛する女性は私が必ず守る』くらい言うべき所ですよ?」
「そうか……いや、そうだな。ダナエの言う通りだ。申し訳ない。少しばかり言葉に詰まってしまった。ステンノ、勘違いしないで欲しいが私は君を軽蔑したりはしていない。ダナエに言われた後では言わされた感があるが、私は魔王から君を守り通してみせよう」
「ワタシだって気持ちは変わらないよ!ステンノちゃんはステンノちゃんだしね!……あとダナエ、ワタシだけ回し蹴りって辛辣過ぎない?」
……ホントお人好し。真実を知っても私に力を貸してくれるのね。なら私はその期待に応えないとね。
「ありがとう、ダナエさん、それに二人とも」
「礼には及ばないさ。惚れた弱みというやつだ。しかし、ならば事を急ぐ必要があるな。街の人間を避難……させるよりは私達が街から離れた方が良いだろうな。ステノ王女はどう思う?」
「ワタシも王子に賛成かな。魔王がステンノちゃんを狙ってるっていうなら街の人達を今から街外へ避難させるよりは街中で隠れてくれてた方がマシだね。ワタシ達が出来る限り距離を取って広い場所で迎え撃った方が楽かな。それでさっき言ってた英霊召喚?だっけ?その時間稼ぎをすればいいんだよね?」
出来るなら私の魔力を隠すような結界でも有ればいいんだけど。気配遮断だけじゃパイオスには通じそうも無い。召喚が終わるまでにパイオスに気付かれたら終わりだから。
「では私は時間は遅いが領主に掛け合ってこよう。ダナエは斡旋所へ行ってくれるか。全依頼のキャンセルと万が一に備えた街の警備を頼んできてくれ」って言って王子は立ち上がり、「畏まりました」って応えたダナエさんは一足先に扉から退出。さて、後は私達だけれど。
「エニュはどうする?ワタシの方に無理に来る必要は無いよ。街の守りに回る?」
「ハァ。馬鹿ね、私もアンタの方に回るに決まってるでしょ」
「アハハハ、ありがと。ならエニュはステンノちゃんの護衛お願い」
「ええ、任せなさい」
後は王子が戻り次第、馬車で街から距離を取るだけか。それとニュクティには納得してもらわないと。
一先ず王女達の所から離れた私は自分の借りた部屋へと戻る。ニュクティはまだ眠って……いや、起きたみたい。上半身だけ起こして私の方を見てるわね。
「王女達の所に行ってたのか?」
「ええ。今後の事で少し話があったから」
部屋に居なかった事を心配しないのかとか思ったけど、そういえばニュクティって私の居場所が分かるんだっけ。
「何かあったのか?」
私の雰囲気とこんな時間に出ていた事もあって、ニュクティは何かを察してるみたい。流石に黙ってるわけにもいかない。相手がパイオスなんだし、戦ってる場所に下手に飛び出されても困るからね。
「パイオスが来るわ。今回は迎え撃つ」
「……なら俺も!」
「駄目よ。ニュクティは此処に残って」
ニュクティは「何でだよ!」ってベッドに両拳を叩きつける。気持ちは分からなくもないけれど、この子を連れては行けないもの。加護があってもニュクティじゃパイオスとやり合ったら殺されるだけ。
「倒すのは無理でも俺だってステンノの盾になって守るくらいは出来るだろ!」
「つまりニュクティは私に貴方が死ぬ所を黙って見てろって事?嫌よ、絶対に嫌」
ニュクティがベッドから降りて来て、正面から私に抱き付く。私は左手をニュクティの背に回して抱き寄せて、右手を彼の頭に乗せて撫でた。身長が頭1つ程度低いニュクティの顔が私の胸に埋もれた。……ま、今回は事が事だから特別、ね。
「俺だって嫌だ、ステンノが傷付くのを黙って見てるなんて」
私の胸から顔を離してそう力無く話すニュクティ。まあ、そうでしょうね。好きになった女性が死ぬかも知れないのに行かせようなんて思えないのでしょうね。
私に恋愛感情は無いし思いには応えられないけれど。
それにニュクティなら生きてさえいれば女の1人や2人くらい出来るでしょうし、今は兎も角この先何時までも私にベッタリってわけにもいかない。此処までニュクティを連れ回した責任は私にあるけれど。
「何も策がないわけじゃ無いから。パイオスさえ倒せれば大きな危険は無くなるわけだし、今回だけ聞き分けてくれないかしら。必ず戻って来る。だからニュクティ、命令よ。『私の言葉を信じて待ってて』」
「……それは卑怯だろ、ステンノ」
ええ。私は卑怯。でもこれでニュクティは戦って死ぬ可能性は無くなった。これも貴方の為だから。
後は上手く行く事を祈るだけね。
……無事乗り切れたら少しずつ距離を置いた方がいいのかしら。このまま居たらニュクティの性癖を捻じ曲げそうだし……まだ手遅れじゃ無いよね?
……ああ、そうだ。
「瑠璃華、よ」
私の言葉を理解出来なかったらしいニュクティは「ん?」って首を傾げる。突然だものね。普通はそういうリアクションにもなるか。
「ステンノ、っていうのは別の女神の名前を借りただけ。私の本当の名は、『
此方の世界に来てからは使って無かった前世の日本人としての私の名前。勿論死ぬつもりだとかフラグだとかそういうモノでは無いけれど、ニュクティには知っておいてもらった方がいいかと思った。流石にいつまでも偽名、っていうのもね。
───────
御者のエニュが操作する馬車に揺られる事、数時間。荷台には朝と昼の分の食糧と、万全の体調で臨む為に睡眠を取っている王子と王女、それと私。エニュは大して寝なくても大丈夫らしいわ。
目的地は近くに木々の立つ拓けた平原。決戦場所は平原で、私は木々の陰に召喚魔法陣を描く予定。どうやら王女が魔力隠蔽の結界を作れるみたいだから私のスキルの気配遮断と合わせればそれなりに召喚を誤魔化せるとは思うけど、どこまでパイオスを欺けるかは微妙な所ね。
進行方向の地平線から太陽が少しずつ登り始め、空が闇から蒼へと少しずつ変わっていく。冷やされていた空気が日に当てられて少しずつ熱を帯びていくのが分かる。
結局あれからは眠れなかった。
英霊召喚に失敗したら?成功しても戦闘に向かない英霊だったら?グランドクラスの英霊でも歯が立たなかったら?召喚出来ても先に私が殺される可能性だってある。パイオスの実力の上限が分からない以上、どんなに手を尽くしても勝てない可能性だってゼロじゃ無い。
奇跡でも起きて、私が自身の……というかステンノの能力をフルに使えれば違うかも知れないけれど、出来るなら既にやってる。今の私の夢幻召喚ではどうやっても勝てない。そう考えてみると、私を誘拐させ向こうを油断させてパイオスの魂を逆に奪う、っていう〈主神〉の謀は実は最も確実にパイオスを消滅させる方法だったって思える。どうしてあの時成功してくれなかったの……。
そんな事を堂々巡りで考えているうちに、側に木々の生い茂る林のある平原に到着。寝ている二人を起こして軽めの朝食を摂った。王子も王女もこんな草臥れた馬車の荷台で眠れるなんて逞しい王族ね。今はそれがありがたいけれど。
朝食を終えると王子は軽く剣を振って調子を確かめてる。エニュは念の為の弓矢の手入れ。王女は私と一緒に林へと入る。程良く拓けた場所まで来ると私はエニュに渡された紙に書かれた通りに地面に召喚魔法陣を描き始め、王女はその周りにビー玉くらいの大きさの水晶のようなものを規則正しく置き始める。
「…………これでよし、っと。じゃあステンノちゃん、ちょっとだけココから離れてくれる?」
「ええ」
王女に言われて私は描きかけの魔法陣の外へ。天へと掲げた王女の両手がうっすらと白く輝いて、透明なドーム状の何かが召喚魔法陣を覆った。
「これで今日の夜くらいまでは消えないと思うよ。ワタシが掛けた魔法だからどこまで魔王を誤魔化せるかは分からないけど、少しの間なら魔力を隠せる筈。戦うのは英霊とワタシ達に任せてステンノちゃんはココに隠れててよ」
「ええ、ならお言葉に甘えさせて貰うわ」
私はエニュから渡された紙をもう一度見る。そこには明らかに日本語で書かれた召喚呪文が。
ええと……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公……か。ああ、確かにそんな文言だったわね。何となくしか覚えて無かったからね。
私はワンピースのスカートを少しだけ捲り、右の太股に着けたホルスター型のポーチの中から例の黒っぽい何かの欠片を取り出した。今回の触媒であり、私にとって重要な人物に関する何か。それを描き終えた魔法陣の中央にそっと置いた。
さて、後はパイオスが来ないうちに召喚をするだけだけれど……あれ?エニュが慌てた様子で走って来るのが見える。
「『来る』!!アナは直ぐに王子と合流して迎撃準備をして!」
息も絶え絶えのエニュが私達に向かってそう叫んだ。来る、って……予定よりも早くない?私も、勿論王女もそれらしい魔力なんて何処からも感じないけど?私達が気付かないくらい遠くの距離に居る、って事?
「え?でもそれっぽい魔力なんてどの方向からも感じないよ?ワタシの感知の外って事?」って不思議がってる王女を無理矢理に平原の王子の所へと追いやったエニュは、私が中心に置いた黒っぽい何かの欠片に両掌を向けた。
「いい?私がアレを出来る限りで再生させるから、ステンノ様は英霊召喚を」
「え、ええ」
私の返事を待たずにエニュの掌からはユラユラと揺れる透明の何かの波が出て、それが欠片に吸い込まれていく。少しずつ、細胞分裂するかのように元の形を取り戻していく黒っぽい欠片。私の上半身くらいならすっぽりと覆い隠せるくらいの円形を形造ってもなお再生は終わらない。
「そろそろイケる……ステンノ様」
エニュの合図。まだ半分って所の再生中の触媒を眺めつつ、私は魔法陣へと魔力を向けた。
出来るなら、パイオスを倒せるだけの力を持った英霊を。
「『素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
祖には我が』」
とそこまで口にしたタイミングで、平原の上空辺りに何の前触れもなく突然巨大な魔力が。忘れもしない、パイオスのそれ。
全身に鳥肌が立ち、嫌な汗が吹き出て止まらない。
どうやって?パイオスってまさか瞬間移動でも使えるっていうの?
見上げた上空に留まっているパイオスが見ている方向は地上の平原にいる王子と王女のほう。もしかして私の事にはまだ気付いてない?ならまだ間に合う。私は詠唱を続ける。
「『…………祖には我が大師アニムスフィア。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる
分かっていたとはいえ詠唱は長い。まだ、まだなの?早く、早く、パイオスが此方に気付く前に。
「『───告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』」
地上に降りたパイオスは未だ私の方には見向きもしない。王子と王女の方に向きあったまま……これなら間に合う!
「『誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者!
汝 三大の言霊を纏う七天!』」
「逃げて!!」
突然の叫び声。魔法陣から声の主へと顔を向けた私の瞳に映ったのは、私に背を向け両手を広げて何かから私を庇おうとしているエニュの姿。直後、彼女の胸の中央にぽっかりと大穴が空き、エニュはそのまま仰向けに倒れた。
その直後。鈍い音と共に私の左胸から背中へと何かが走り抜け、液体が私を中心に前後に撒き散らされる。
私は力無く、崩れるようにしてその場に座り込んだ。
ステンノさんフラグ回収、初手で左胸を撃ち抜かれる。
ステンノさんの名前が判明。名字も後で分かります。
ニュクティの性癖?もう手遅れでしょう。