「大丈夫か」
「ワタシはなんとか……ね」
あちこち傷だらけ、私の右隣で両足を震わせ肩で大きく息をしている王女。彼女も治癒魔法を展開させっぱなしで戦っているが、回復が全く追い付いていない。私はルーン文字を行使し彼女に治癒を施す。
現状は最悪だ。
エニュは恐らく即死。
だからといって諦めるわけにもいかない。ここで私達が負ける事は人類の負けを意味している。女神がやられ勇者であるステノ王女も勝てないような相手に一体他の誰が勝てるというのだ。そうなれば人間は滅びの道を歩むしかないだろう。故に、私の命が尽きても負けるわけにはいかないのだ。幸い私には歳の離れたまだ幼い弟がいる。私が死んだとしても王家の血が途絶えるような事も無い。とうに覚悟は決めている。
なんだ?魔王の視線が私や王女から外れている?いや待て、その方向の先にはステンノが!不味い、魔王がまた彼女に攻撃を……しない?僅かに顔を顰めた?なんだ?何かあったのか?
チラリ、と後方に視線を向けた。私からはまだ遠いので正確な事は言えないが、あの顔からして恐らくアルトリウスがこちらへ歩いてくるようだ。神殿騎士とは全く違う鎧を纏い、立派な鞘に納められた剣を携えている。援軍は有難いが、たとえアルトリウスが加わったとしても……。
「……だれ?あれ」という王女の呟きが聞こえた。王女はアルトリウスと会った事が無かったのか…………いや待て、王女本人が神殿本部で顔を合わせたと言っていたじゃないか。不味いな、ならばまさか王女はもう碌に目も見えていないような状態で戦っているのか?
魔王は私や王女など眼中に無い、とばかりにアルトリウスの歩みをじっと眺めている。と、同時に隣の王女が張っていた糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。まっ、待て王女、もう少し、もう少しだけ粘ってくれ!三人で掛かればさっきよりはマシな戦いになるかも知れないんだ!
アルトリウスが私の側まで来る。その表情、立ち振舞い、雰囲気、溢れる覇気……なんだ?以前とはまるで別人のようだ。
「後は僕に任せてくれないか?二人はマスターを頼む」
まさか一人で魔王と戦うというのか?幾らアルトリウスといえども、流石にそれは。それにマスター?恐らくステンノの事なのだろうが……。
「分かったよ。行こう、王子」
迷っていた私と違い、王女はそう即答した。いや待て待て、相手は魔王だぞ?その判断は無謀だろう!
「ワタシ達が居たら足手纏いだよ。……頼んだよ、アーサー・ペンドラゴン」
「ああ。勿論」
アーサー、だと?まさか彼がステンノの言っていた
私は立ち上がれない王女に肩を貸して、ステンノの居るであろう方向へと向かう。そんな私達を魔王は攻撃する素振りすら無い。本当に眼中に無い、例えるなら魔王にとって私達は道端を横切る蟻程度の存在なのだろう。こうしてステンノの治癒に向かえるのだからその方が有難いが。
私の隣で「ハハハ……アーサーが来て安心したら糸が切れちゃったよ。暫く自力じゃ立ち上がれそうにないや」と漏らした王女は、全身に展開していた治癒魔法を切ったようだ。残った魔力は全てステンノの治癒に回す腹積もりなのだろう。
もう一度後ろを振り返る。アーサーと魔王は何か言葉を交わした後、お互い睨み合ったまま戦いの構えに入った。恐らく人類史上最高峰の戦いだ。存亡が掛かっていなければじっくり観戦したいところなのだが……先ずはステンノの復活が先だ。
『アーサーか。クククッ、成る程』
「キミを止めに来た」
『我を止める、と?面白い事を言う。…………この世界ではこれ以上の強さの相手は見込めない、と思っていたからな。我の糧になるというなら歓迎しようではないか』
「キミの糧になるつもりは無いし
『成る程、我がいかなる存在か理解しているらしいな』
「もう一度言おう。キミを止めよう。キミが引き継いでしまった
───────
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫だ、大丈夫だからなルリカ」
寄りかかって座る私を支えてくれているニュクティの言葉に、弱々しい呼吸を繰り返す私はほんの僅かに小さく頷いた。
正直全く大丈夫ではない。呼吸の苦しさや胸の激痛は和らいでいるけど、体力が少しずつ削れて失われていく。RPGなんかでよくあるようなスリップダメージを継続的に受けてるような状態なんでしょうね。胸の傷が塞がらない限りは私の体は着実に死に近付いていってる。
ニュクティを通じたアムラエルさんの言葉が確かなら、今の私は魔王による『スキル封印』状態。自力での治癒は不可能だし聖剣の鞘の力も本来のものを発揮出来てない。というか現実だとプロトアーサーの聖剣の鞘にも治癒とかの効果、あるのね。Fateだとプロトアーサーのは聖剣の力を封印するものとしか知らな……あ、そういえばアーサーのエクスカリバー、鞘に収まったまま。もしかしなくても封印を解かないと本来の力を発揮出来ないんじゃ……。だとするとどうにかしてパイオスの動きを止めないと。礼装のガンドなら使える?でも私ではパイオスに命中させる自信はこれっぽっちも無い。まともに動けない今なら余計に。
あ、王子と王女がこっちに向かってくるのが見える。でも真っ直ぐ私の方へは来ずにエニュが倒れている場所へと立ち寄って……王女をエニュの所に置いてアルゴリス王子だけが私の下へ。今の王女にエニュを見せるのは酷だと思うけど……そうよね、別れは必要か。パイオスとの戦いもどうなるか分からないし。
「ニュクティか!?何故君がここに居る?」
「俺が居ちゃ駄目なのかよ?」
「……いや。彼女を守ってくれていてありがとう」
あ、そっか。そうだった。そういえばどうしてニュクティは私の所に来れたんだろう。確かに『待っていて』って命令した筈だけど。奴隷印よりも眷属として私を守る方が優先された、とかかしら。
「今はそれよりルリカの傷が先だろ」
「ルリカ……?」
王子は少し悩む素振りをみせたけど、ニュクティの言ってる人物が私だって事に直ぐ気付いたみたい。
「成る程。本来の名はルリカというのか。聞き慣れない響きなぶんステンノという名より女神らしいな」
いや、ステンノという名も女神のものなんだけれど。まあ今はいいか。王子は右膝を地面に着けて私の右隣に片膝で座り、ルーン文字を展開させて治癒を始めた。お陰でだいぶ楽にはなってきたけれどまだ駄目ね。回復速度よりスリップダメージの方が大きい。でもこれならステノ王女にも治癒魔法を掛けてもらえれば或いは。
肝心のその王女は……ああ、倒れてるエニュの前で地面に膝を突いたままか。背中を向けてるけど両肩震わせてるのは分かる。まあそう、だよね。
私が王女を見ている事に王子が気付いたみたい。「王女は少しそっとして置いてやった方がいい。ここが戦場だとは言っても彼女は身近な人間が死ぬ事に慣れていないだろうしな」って。
そっか。王子の場合は騎士団であちこち大蛇を討伐して回ってたから同僚の死にも慣れてるのか。王女の場合は箱入りなうえに外に出た後も自分が強過ぎるから身内の死に慣れてないって辺りか。そうするとエニュの死はかなり堪えてるんじゃ……って、エニュって死んだらどうなるんだろ。アムラエルさんの分霊、だっけ?私とパイオスと似たような感じだから肉体から離れたらアムラエルさんの一部に戻るとか?
そんな事を考えてると「凄いな」って王子の言葉。我に返った私は、王女達から戦場へと目を向けた。遠く離れたパイオスとアーサーは一見互角にやり合ってるように見える。アーサーの聖剣とパイオスの魔力を纏った手刀が何度もぶつかる、パイオスの放つ魔力をアーサーが切り伏せる、って言っても速すぎて私にはたまに残像が見える程度なんだけど。
私にはもう奥の手も無い。だから是が非でもアーサーに勝ってもらわないと。ええと、なんとかパイオスの隙を作れないかしら。エクスカリバーの封印を解く為の時間を稼ぐ方法……。パイオスが私に言った言葉の通り、漫画やアニメと違って封印を解く間律儀に待ってくれる筈無いもの。
──────
『あやつに付与した主神の加護は問題無く動いておるようじゃの』
『はい。
『うむ。ここまでは、じゃがのぅ。後はあやつ等次第ではあるが……まあ勝つ確率は40%から良くて50%、といったところかのぅ。半減しているうえに元々あやつの物では無い借り物とはいえビーストの力じゃしな。流石にアーサーだけでは荷が重い。全く、アレの転生前に気付いて良かったわい』
『そうですね。アカトール様が気付かなければビーストが生まれていたわけですから。私達の管理する世界なんて簡単に滅ぼされますよ』
『アムラエルよ、お前がワシの名前を呼んだのも久しぶりかのぅ?これはアレかの?デレ期かの?お?ワシもしかしてモテ期?』
『馬鹿は休み休み言って下さいね』
『辛辣!!まっ、まあええわい。…………
『そうそう、アカトール様の今回の所業を地球の
『ちょっ!?アムラエル、お主何て事してくれとるんじゃあ!?!?あ゛あ゛あ゛あ゛ワシのラブリーエンジェルス゛テ゛ン゛ノ゛た゛ん゛がぁぁあ!?!?』
『ああ、それとエウリュアレ様は軽蔑の眼差しで『……気持ち悪い』と仰られておりましたので』
『ぐっはぁ!?もう駄目じゃ……お終いじゃ……』
競走馬「ウマピョイ」(グラスワンダーのひ孫)爆誕しましたね。よく審査通ったなぁ
パイオス「転生者は一人でいい!『瑠璃華』は我だけで充分だ!」(リ●ッド風)
主神の名前が隠されてるのは只の演出(神の名を呼んではいけないというアレ)なのであしからず。
終わりも近く、やっとパイオスさん&ステンノ(瑠璃華)さんの素性に触れられるところまで来ました。
予定通りだと次回くらいには正体が分か……まあ前回の53話をよーく見直すと既に決定的なセリフがありますけど。