異世界で死にたくない最弱の女神   作:アイリスさん

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6話

あれから1日が過ぎ、馬車は山を1つ越えた。

 

轍の部分のみ土が剥き出しになり、どうやら人が往き来しているであろう事が読み取れる深緑の山の中の道を往く。

太陽が1日で最も高い位置まで登った昼時。木々の枝葉の間から覗く空は私の心とは正反対の雲1つ無い快晴。

 

ガタンゴトンと大きな音と共に揺れる、薄暗い荷台の中。振動と共に跳ねる体、その度に床に何度も衝突して痛いお尻。そんな状態で獣人の子に問いかける私の小声は、どうやら周りには聞こえていないみたい。

 

「そう。それじゃ彼等は全員で6人なのね?」

 

両手の指を6本広げたままのその子は、私の言葉に頷いた。

ピトス、ゲイルを含め奴隷商人と傭兵らしきメンバーは計6人……全く逃げられる気がしない。夜は二交代制で見張りをしてるし、昼間の移動時間はこうやって全範囲護衛。付け入る隙なんてどこにも見当たらない。もし可能性があるとすれば魔物なんかから襲撃を受けて奴隷商人共が全滅とかした場合だけど、鎖で繋がれているから余程運が良くないと逃げる事も出来ずに餌になるだけ。獣人の爪や牙でも切れない程度にはこの鎖は頑丈だし。せめて私がステンノ以外のサーヴァントを選んでいたら……。

 

首に繋がれた鎖を音を立てないように慎重に伸ばし、外の傭兵達の動きに気を配り。私は獣人の子の隣に座っていた。彼等は奴隷印の魔法陣が私には全く効いていない事に気付いていないから、まさかこうして逃げる算段を立てているなんて思ってもいないでしょう。だから荷台の中の私達の様子を確認しに来ない移動中はあれこれ話すのには都合が良い。荒れ道で馬車が揺れる音がうるさく、話し声が掻き消されるのも理由の1つ。

……代わりに私の足腰やお尻が犠牲になっているのだけれど。この世界にはまだサスペンションとかの概念無いのかしら?それとも魔術的な何かでショックを吸収するとか?それだと彼等に無理なのは仕方ないか。

 

「分かった。何か出来ないか少し考えてみるわ。ありがとう」

 

ニコリと微笑む私が目を合わせようとするも、獣人の子はまたしても視線を逸らす。それで、その視線が私の胸に向いた。何処を見てるかなんてバレバレなのよね。流石にこんな小学校低学年くらいの子供にまで怒ったりはしない。それに私がこの子を誘惑したようなものだしね。でも私にチラチラ視線を向けてる奴隷の野郎共は駄目だけれど。

 

この子の名前は聞かない。そもそも喋れないから知る術が無いんだけど、あまりこの子に愛着が湧かないように仮の名称も付けないようにしてる。今は女神とは言え私だって聖人君子じゃない。いざという時はこの子も切り捨てるつもりだし。この子も含めてここに居る奴隷は最悪の場合は私の肉壁になってもらう。

 

獣人の子から離れて。鉄格子を背に寄り掛かり座って天井を見上げ「はぁ」と溜め息をついた。もしもこのまま何事も無く街に着いてしまったら、逃げられるのは誰かに買われた後になるかも。でもその時にはもう街の人や有力者とかに私が奴隷だって認識されてるだろうし、だとすると脱走奴隷だから街から出られなくなる可能性だって……。奴隷印さえ消せれば違うのかな?

『吸血』のスキルって、付けられてから時間が経過している火傷でも治せるのかしら?それとも単純な火傷じゃなくて魔法的なものだから消せないとか?奴隷印、綺麗に消えてくれたら……いいなぁ。

 

そんな事を考えながら。顔は天井に向けたまま左手を上に伸ばして、付けられてしまった焼き印を恨めしく眺める。本当に痛かったなぁ。絶対に魔法的な何かも一緒に刻み込まれたわよね、あの痛みは。やっぱり『吸血』だけじゃなく解呪の魔法も必要なのかも。そういう魔術が使えれば……よく考えたらどうしてオダチェン礼装なのかしら?他に状態異常治せるスキルが使える礼装とか回復スキルがある礼装とか無敵を付与出来る礼装とかもあったのに。

ま、どうせ〈主神(エロクソ虫)〉の事だから『ピッチリしたボディスーツのステンノたんハァハァ』とか下らない理由なんでしょうけど。

 

ガタンッ、って突然馬車が止まった。勢いで後頭部が鉄格子にぶつかる。痛い。たんこぶ出来てないわよね?ぶつけた箇所を擦りながら何事が起きたのか確認……って言ってもここから身動き出来ないし、外の音に聞き耳を立てるくらいしか出来ないんだけど。

つい最近聞いた覚えのある唸り声が聞こえてきた。それも、複数。あのサーベルタイガーもどき……!それから「お前ら出番だぞ!」っていう傭兵らしき人の怒鳴り声。

 

今は困る。もし外の彼等がやられたら、私はここで食い殺されるのを待つしかない。せめて私がこの鉄格子の外に出してもらえるタイミング、おしっ……トイr……お花摘みの時にして欲しかった。そうしたら混乱に乗じて逃げ出せたかも知れないのに。

複雑だけど、傭兵達に勝ってもらわないと。というか勝って、お願いだから。

 

剣と牙や爪がぶつかり交錯するガキンッて音が何度も響く。見えないから確かな事は言えないけど、もしかしてあの人達って意外と強かったりするのかしら?ある程度の魔物相手にも勝てなきゃ6人なんて少数での山越えはしない、か。だとすると私、逃げるなんて可能なの?

 

っと、轟音と共に私のすぐ左側の、鉄格子を外側から覆っていた布製のカバーが吹き飛んで大きな穴が開く。鉄格子自体にも幾つも傷が付いている。私の首から伸びる鎖も、鉄格子と繋がる先端の部分が巻き込まれ傷があちこちに付いた。あのサーベルタイガーもどきの風の魔法か。もし私があともう少し左に寄って座っていたら、と思うとゾッとした。これも主神の加護のお陰で助かった、のかな?意外と役に立つのかも知れない。

 

鈍い音が何度か響いて、やがて外は静かになった。角度が悪いらしく、開いた穴からはどうなったかは見えない。

 

「ったくよぉ、虎の癖にこんな穴開けやがって」

 

そんな愚痴と共に傭兵の一人が空いた穴からひょいと顔を覗かせた。驚いて後ろへと飛び退く私に向かって「ホラよ、街まで確り管理しとけ」って何かを放り投げた。長い牙が6本。あのサーベルタイガーもどきの牙ね。アレをこんなにアッサリ片付けるなんて……これはもう、本当にどうしよう。

 

「何でもいいから布持ってこい、布!」ってその男は叫んで。穴が補修される。その部分だけ黒い布で、周りの暗い茶色の布と比べて目立つ。私としては雨や風が凌げるなら色なんて気にしないけどね。

 

そうだ、鎖に傷が付いてるのよね。これ今なら壊せたりしないかしら?こう、牙を使って鎖の穴の内側から圧力を加える感じで……。

 

駄目ね。無理。びくともしないわ。ただでさえ非力な私なのに、1日パン3個の生活じゃ余計に力が入らない。

外の彼等に気付かれないうちに止めておこう。散らばった残り5本を足元に集めて、と。

 

 

突然「おいっ、お前ら剣を構えろ!アレが出やがった!!」ってさっきの傭兵が怒鳴る。『アレ』?アレって何?って思った次の瞬間、荷台に何かがぶつかって来て、衝撃と共に地面に転がる。ちょうど上下逆さまに、ひっくり返った状態になった鉄格子から覆っていた布が外れた。鎖は鉄格子の棒の部分にリングを付けて繋いであるだけだったお陰で、上下逆さまになっても首吊り状態にはならなくて済んだ。

 

一体何が……と思って視線を向けてみると、ピトス達6人が剣や弓を構えている。その先にはサーベルタイガーもどきよりも更に一回り大きい、大岩のように巨大な、黒い皮膚に赤と青の毛並みを持ち、それに鈍い黄金の巨大な牙の猪が。その姿は魔猪そのものだったわ。明らかに『ヤバい』って表情を浮かべている6人の様子で、あの魔猪が危険な魔物だと分かる。

 

魔猪が突進。傭兵の一人があっという間に宙へと放り投げられて……大きく開かれた魔猪の口の中へと落ちた。「ぎゃあああっ」って絶叫を残して、魔猪の口からガリッ、ボキッ、バキッって音が響いて、大量の血が滴り落ちていた。

 

あれは、ヤバいわね。逃れられる気がしない。あの5人が殺されたら次は私達の番……サーッ、と一気に血の気が引いていく。

死にたくない。足元に転がったサーベルタイガーもどきの牙を拾って、瞳に涙を滲ませながら一心不乱に鎖の穴に何度も何度も突き刺す。壊れて、お願い壊れて、壊れてっ、壊れてっ!

牙を持つ両掌からは血が滲んでくる。鎖は壊れてくれない。悲鳴をあげて魔猪に噛み砕かれる奴隷商人の一味達。もう時間が無い。

 

「ねーちゃん、手をどけて!俺がやるから」

 

その声の方に振り向くと、獣人の子が別の牙を持っていた。どうして声を出せるのかと思ったけれど、そっか、ピトス達が全滅したから命令が無効になった?なら今度は私達が……もう、諦めるしか……。

 

ガンッ、ガンッと、獣人の子は私よりも遥かに強い力で殴りつける。魔猪が音に気付いて視線をこちらに向けて突進の準備に入ったところで、バキンッ、と音を立てて鎖の一部が壊れた。鎖が外れた……!

 

そう思ったのと、この檻に魔猪がぶつかって来たのは同時だった。鉄格子はバラバラに砕けて、私達は放り出された。

魔猪が最初に目を付けたのは、一番私に嘗めるような視線を向けていた奴隷の男。魔猪はバキッ、グチャッ、と音を立ててその男を噛み砕いている。すぐ目の前で行われている残虐な光景、そのあまりの恐怖に座り込んで動けない私の右手を獣人の子が引っ張りあげ「ねーちゃん、何してんだ!逃げないと!」と叫んで無理矢理手を引き走り出す。

 

引き摺られるように走って魔猪から距離を……取れない。魔猪は逃げる私達に狙いを定め追いかけてくる。多分この獣人の子だけなら逃げ切れると思う。完全に足手纏いになっているのは私。私のせいで速く走れない。でもこの子は決して私の手を離そうとしない。

 

あっという間に距離が詰まって、魔猪が牙を振り上げた。咄嗟に私を抱えた獣人の子は、絶妙なタイミングで魔猪の牙を足蹴にして、右手に持っていたサーベルタイガーもどきの牙を投げつける。口に当たった魔猪が一瞬怯んだ。何この子、凄い。獣人ってこんなに身体能力高いの?

 

魔猪は今度は横薙に牙を払う。今度はあしらい切れなくて、この子は私もろとも横にふっ飛ばされた。私よりも小さいのに、この子は私の頭を庇うように抱いたまま転がる。

 

転がった先は急な下り坂。そのまま転がり落ちていく私達。魔猪はまだ追って来る。他にも餌になる人間ならいるのに、どうして私達に拘るんだろう?もしかして私のせい?私の体内の魔力を欲してるとか?

 

…………ガンド!

 

このままじゃ二人とも餌になると思った私は、オダチェン礼装を急遽展開。転がりながらもガンドを放った。上手いこと命中して魔猪の動きが止まる。今のうちに体勢を立て直さなきゃ、と思った直後。ドボンッて音と共に、私達は坂の終着点を流れる急流へと落ちた。

 

 




ステンノ「この子の名前は聞かない」(フラグ)

因みにピトス、とは古代ギリシアの甕の事です。ゲイルさんの名前は単なる思いつきでつけました。

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