ガコンッ、と鈍い金属音を立てて格子が外れる。これ、こんなに簡単に取れていいものなの?衛生とか警備とかの問題にならないのかしら?
ニュクティは「見つからないうちに行こう」って私の手を引いて格子があった場所、壁の内側へ。入ってすぐに格子を持ち上げ、これまたあれこれ動かしてガキン、と元あった場所に嵌め直した。あまりの呆気なさに口を開けてその様子を眺めるだけの私。ちょっとだらしない表情だったかしら。
壁の内側は意外にも床まで煉瓦で舗装されていて、歩く為の通路まで設けてある。点検とか補修がしやすいように整備したって所でしょう。ただちょっと暗いけどね。
川の本流から幾つも細い支流が人工的に作られていて、それが街の地下のあちこちへと流れていってる。生活用水や飲み水なんかの用水路。地球の文明と比べてもっと遅れているものだと思ってたけど、意外とちゃんとしてるのね。
私の手を引くニュクティはさっきから何かを探すようにキョロキョロと周囲を見てる……あ、何か見つけたみたい。一点を見据えて今度は真っ直ぐに歩いていく。立ち止まった先にあったのは金属製の扉。
「ニュクティ、この扉は?」
「多分管理室、だよ。昔、別の街でとーちゃんがやってた事があるんだ」
成る程、それで詳しかったのね。造りは大体一緒って事か。でも管理室に入ってどうするのかしら。中に明かりが置いてあるとか?それとも配電盤みたいなものがあって、スイッチ一つでこの地下を明るく出来る、とか?
扉には鍵なんかは付いてなくて、簡単に開いた。私の疑問の答えが部屋の中に……って、真っ暗。そうよね、ここまで来るのにも殆んど光なんて無かったのに、外の星なんかの明かりもこの部屋の中までは届きそうもないもの。
「……ステンノ、明かりになるもの持ってないか?」
そうよね、見えないわよね、知ってたわ。明かり……明かりね……光るもの……あ。
ガンドの光とか?真っ赤な光だけど撃たなければライト代わりに使えそう。………あの〈
礼装を展開。左手の指先にガンドの光が灯る。中には槍や棒なんかの、万が一の為の武器が数本立て掛けてあったり、一辺の長さが私の身長の半分くらいの木製テーブルが一つ、木製の簡素な椅子が一つ。それに壁にはこの水路全体の地図らしきもの。後は……あの隅に置いてあるのは工具箱かしら?
ニュクティが探していたのはまさにその工具箱だった。昔のRPGの宝箱のような木製の箱を開け、ニュクティが手に取ったのはヘッド部分が金属で出来ている金槌。それから色は多分黒い、少し厚手の布製の手袋。
「ステンノ、ちょっとそこに横になって」
ええと、もしかしなくてもその金槌で私の首輪を壊すつもり、よね?あの……ちょっと怖いのだけれど……薄暗いし間違えて私を叩いたりしない?大丈夫?
「俺に任せて」
自信たっぷりのニュクティに促され、私はちょっとオドオドしながら横になった。もう歳上の威厳とか何処かに行ったわ。弾みでガンドを撃ったりしないようにしないと。
カンッ、カンッ、カンッとリズミカルに打たれる金槌。衝突先は私の首輪を繋いでいる錠前。勿論、私の首にもその威力と振動が伝わってきてちょっと痛いんだけど今は我慢。それにしても随分かかるのね、まだかしら?そうだ、全体強化を使えば早く終わるかも……と思ってオダチェン礼装のスキル『全体強化』を掛ける。直後に振り下ろされた金槌は、バギンッ、という音を残して錠前を砕いた。破片が右手の二の腕に当たって痛いわ。
「うわっ、だっ、だっ、大丈夫か?」
自分のせいで私が被害を受けたと思って慌ててるニュクティ。違うから。キミのせいじゃないから。私が黙って全体強化を使ったせいだから。
「……大丈夫よ。ありがとう」
ほんのちょーっと涙目で答えたわ。でもこれで首輪ともオサラバ。数日振りに解放された私の首。はぁ、これでやっと街に入れるわね。あ、そっか。ニュクティの首輪もどうにかしなきゃ。でも私の細腕で金属の錠前なんて壊せるかしら?何せ3kgを持ち上げるのだってやっとの思いなのよ?他に何か……。
道具箱を漁って……あった。金属製のヤスリ。ねぇ、どうしてこれを使わないの?これを使えばもっと安全に錠前壊せたのに。
「これがあるじゃない。ひょっとして怖がる私を見て楽しんでたの?」
「え?何それ?」
軽く睨む私に、心底不思議そうな表情を向けるニュクティ。え?もしかしてヤスリを知らない?……今まであまりにもこの子のスペックが高くてそういう考えに至らなかったわ。そっか、この子私より小さいものね、知らないものがあるなんて普通よね。ヤスリを知らなくてもおかしくないか。
ヤスリの使い方を教えて、ガンドの光で手元を照らしてあげる。時間は掛かったけど、ニュクティはヤスリを器用に動かして自分の錠前を破壊。これで二人とも首輪から解放された。
残る問題は左手甲の奴隷印。これについてはさっきニュクティが持ってきた布手袋で隠して生活するって魂胆らしい。勝手に持ち出して平気なの?一応泥棒よね、これ?後でアムラエルさんに怒られたりしない?
一度ガンドをキャンセル。黒い手袋を両手に嵌めて、再度ガンドを発生させる。じゃあ次はここから出て、朝まで待って門に並んで……。
扉から出ると、ニュクティがまた私の手を引いて歩きだす。さっき入ってきた格子があった方向とは逆の、川の流れる奥の方へと。あれっ?門から入るんじゃないの?
「門から入るのには通行税が掛かるんだ。俺達一文無しだよ?夜のうちにこっちから侵入するんだよ」
まさかの不法侵入?いいのかなぁ……でもお金持って無いし……通行税なんて考えてもいなかった。そっか、県を跨ぐのにお金掛からない日本とは違うのよね。早くこっちに慣れなきゃ。
さっき見た水路の地図を頼り……っていっても本流に沿って歩くだけだから迷いはしない。徐々に支流は少なくなって、やがて道は狭くなって本流一本のみのトンネルに。
あ、向こうが明るくなってる。っていっても星の光だから真昼と比べれば暗くはあるけど。これでやっと街中へ……と思った所にまた金属製の格子があってトンネルを塞いでる。ニュクティはこれもあっさり外して……私の顔の前に手を翳して『待て』のジェスチャー。
「行かないの?出口でしょう?」
「俺の格好もそうだけど、ステンノのも目立つから。良さそうな物無いかちょっと見てくる。いいか?俺が戻るまで絶対ここから出るなよ?」
ニュクティの今の格好は自分が着てた麻袋もどきの上から、私の着ていた少しサイズの大きい麻袋もどきを重ねて着ている。私の格好はガンドをキャンセルしてシルクのワンピースに紫のサンダル姿。手袋のお陰で奴隷印は見えない筈。でもみすぼらしい格好の獣人の少年とそれに釣り合わない綺麗な服の美少女。確かに目立つかも。
トンネル内の、街から見えない位置で待つ。暫くしてニュクティは一枚の色褪せた茶色い大きめの布と、フード付きの汚れた濃い緑色のコートを持って戻ってきた。着ている服もヨレヨレで薄汚れた布の古着に変わってる。
あの、それ、どこで手に入れたの?だから盗みは駄目よ?
「それ、どうやって手に入れたのかしら?」
「ごめん、スラムまで行ってたんだ。盗んでないよ、ちゃんと死んでる奴のを貰って来ただけだから」
死人のものを……。呪われたりしてない?大丈夫?病原菌とか付いてない?ええと、とりあえず着るのはここで大まかに洗って乾かしてからにしない?
そのまま着て行動する気だったニュクティをどうにか説得して、川の水で洗って干す。乾いたのは夜が明ける少し前、地平線が微かに明るくなってくる頃。やっと着替えた私達の格好は、ニュクティはボロの服の上に茶色の布を頭からコートのように羽織り、私はワンピースの上から濃い緑のコート。フードも被って顔があまり見えないようにした。一応不法侵入だし、私の顔を晒して歩くと目立っちゃうだろうし。何せ100人居たら100人が振り返るであろうステンノの顔だからね。
「これから斡旋所に行く」
「斡旋所?それって何をする所なの?」
斡旋所を知らない私にニュクティは『何でそれも知らないの?』という呆れの表情。だって仕方ないでしょう?アムラエルさんにすらそういう説明されなかったんだもの。
斡旋所、っていうのは簡単にいうと異世界転生ものでお馴染みの冒険者ギルドみたいな所らしいわ。魔物退治や薬草類の採取、庭掃除やドブ浚いなんかまで幅広く請け負う何でも屋の元締めみたいな所。最初に登録さえすれば誰でも仕事を受けられるみたい。スラム街の少年少女でもどうにか食い繋いで生きていけるのも、この施設があるお陰。
ま、そうよね。世界の探索や宝の発見なんかを生業にしてる訳じゃないのに『冒険者』なんて名前になるわけないよね。因みに魔物退治は命を懸けるから結構儲かるみたいで、専門で請け負う人達は『ハンター』って呼ばれるらしいわ。
「ステンノってさ、そんなのも知らないで今までどうやって生きて来たの?まさか本当に何処かのお嬢様だったとか?」
「それはえっと…………私、初めてこの世界に来た女神だもの」
答えに窮して、思わず本当の事を口走った。『何言ってんの?』って視線向けるの止めてくれないかしら。信じられないだろうけど嘘じゃないのに。それから少し私の事をジーっと見つめてたニュクティは、何かを勝手に納得して「悪かったよ」って謝って来た。多分、私には聞かれたくない過去でもあるんだろう、って思ったんでしょうね。
手を引かれて歩く事、十数分。メインの街道からは外れた場所に建つ、朝なのに多くの人が出入りしてる三階建ての煉瓦造りの建物が見えてきた。剣と箒がバツ印の形に交差した看板が付いてる。ここが、斡旋所って所?
突然ニュクティが立ち止まった。何かと思ったら、私の腰に手を回してピッタリとくっ付いた。どうも、仮にフードを取られて私の顔が見られたら良からぬ所に連れ込もうとする輩に絡まれるかも知れないのが心配らしいわ。
あら、その時は心配症なナイト君が守ってくれるんでしょう?それにフードさえ被って顔を周りから隠しておけば大丈夫なんでしょ?ほら、登録に行きましょう。
無事(?)に不法侵入。
ステンノさん、登録は出来ても仕事はニュクティに頼るしかないんですけどね。