ガラルの悪のジムリーダー   作:アタランテは一臨が至高

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本編
VSマクワ


 ――君は、どのタイプが一番好きなのですか?

 

 ――ひこうだ。

 

 ――ふむ。それはまたどうして?

 

 ――自由だからだな、鳥ってヤツは。アンタの道具になってる俺と違って。

 

 ――おやおや、それはそれは……。では、あなたの担当するジムは決まりました。

 

 ――ひこうなのか?

 

 ――いえ、はがねです。

 

 ――……知ってたよ。俺は道具だもんな、一番都合の良いジムに決まってるさ。

 

 ――期待に沿えずすみませんね。それではカイ君、あなたには()()()()()()としての役目があるのを忘れずに。

 

 ――わかってるって。じゃあな、()()()()()()

 

 

 

◇◇◇

 

 ポケモンリーグ。

 世界に数多く存在するポケモントレーナーたちの頂を決定する大会。

 ガラルでは多くの産業に影響を及ぼし、経済の面から見ても非常に重要な催しである。

 

 今日もまた、選手たちの行く末を決める一戦がガラルの地で行われていた。

 

『さあさあさあさあ! 遂にガラルポケモンリーグは本日で今季の最終日を迎えます!

 ここ、ナックルスタジアムに火花を散らしながら並び立つ両雄はマクワ選手とカイ選手!』

『両選手とも若手の選手ですねえ』

『はい。両選手の今季の成績を並べてみましょう』

 

 マクワ 背番号 188 メジャークラス

 得意タイプ いわ

 試合数 89 46勝43敗0分 勝率0.517

 

 カイ 背番号 151 メジャークラス

 得意タイプ はがね

 試合数 82 54勝27敗1分 勝率0.659

 

『数字だけを見てみればカイ選手が優勢、といったところでしょうか』

『そうですね。マクワ選手はシーズン中盤のメロン選手との一戦以降、一気に勝率が落ちてしまいました。前年度の成績は非常に良かっただけに少々惜しい気もしますね』

『はい。マクワ選手は本試合で3体以上の手持ちを残しながら勝利を収めないと、マイナークラスに降格してしまいます』

『前期からジムリーダーに就任したサイトウ選手の台頭も逆風でしたねえ。いわタイプでかくとうタイプの相手をするのはやはり、厳しいものがあります』

 

 実況と解説の言葉通り、モニターにはまだ試合前だというのに焦った様子のマクワが映る。

 緊張した面持ちでボールを握る彼を、観客席に座るファンは不安げな表情で見つめていた。

 

 しかし試合を平常心で迎えるのもまたプロとしての技能の一つ。

 大きく息を吸うと、キリッとした表情で眼前の相手へボールを突きつける。

 

「カイさん。今日は勝たせてもらいます」

 

 対する男。彼の名はカイ。

 彼は数年前、ローズ委員長の推薦によりジムチャレンジに挑戦。そして初出場にして優勝を飾り、その実績を以ってはがねタイプのジムリーダーに就任した。

 当時、()()()()()()()()()彼の才能を見抜いたローズ委員長には多くの賞賛の声が上がったという。

 

 そんな彼も、マクワに合わせるようにボールを構えて挑発の言葉を返す。

 

「へぇ……やってみろよ」

 

 審判の合図と共に両者ボールを投げる。

 

「Guaaaaaa!!!!」

「Shaaaaaa!!!!」

 

 観客の歓声と共に現れたのはバンギラスとハガネール。

 互いに眼前の巨躯を目に据えると咆哮を上げて敵を威嚇する。

 

『さあ両者先鋒を繰り出しました! マクワ選手はバンギラス、カイ選手はハガネールを展開します』

『やはりどうしてもタイプ相性上カイ選手が有利ですが……おっと?』

 

「すみませんねカイさん……メジャー残留がかかっているので、余りスタイリッシュな試合は出来ません、が!」

「……!」

 

 マクワのダイマックスバンドが輝くと同時、手に握られたボールへとバンギラスの姿が吸い込まれていく。

 

 

 初手ダイマックス。

 基本的にダイマックスは相手より後に行うのが良い、とされている定石を完全に覆す一手。

 一昔前に流行った戦法ではあるが、盤面をいきなり荒れさせるこの戦い方は非常にリスキーとされ、使い手は少ない。

 

『おおおーっとォォ!! マクワ選手、いきなりのダイマックスです!!!』

『大差で試合に勝たなければいけないが故の初手ダイマックスでしょう。相手の戦術を崩壊させ、一気に勝利をもぎ取りに行くつもりだと思います』

 

 当然、虚を突かれたカイは茫然とその様子を見つめるだけであり――

 

「読めてるぜ、マクワァ!!」

 

 ――否。

 彼のダイマックスバンドも又その輝きを増し、呼応するかのように目の前の相手と同じ動作を取る。

 

『な、な、なんとォォォ!! カイ選手も初手ダイマックスを選択していた!! まさかの展開に会場は大盛り上がりだァァァ!!』

 

「なにッ――しかし、このまま叩き潰せば同じこと! バンギラス、『ダイアーク』!」

「無駄だ。ハガネール――『ダイウォール』」

 

 怪物の地を割る一撃も、鋼の城壁には一歩及ばず。

 マクワは自身の目論見が完全に読まれていたことに思わず顔を顰める。

 

『カイ選手のハガネール、バンギラスの一撃を完ッ全に受け止めましたァ!!』

『いやぁ、見事ですねえ。最初からあの指示を出来る勇気は流石カイ選手といったところです』

 

 一度技を防がれたバンギラスは、今度は至近距離での組み合いにかかる。

 対するハガネールも、やられてばかりでは無いとその硬度を活かして反撃する。

 

「そもそも、タイプ相性からして明らかに俺に有利な勝負なんだ。そこに勝ち方の縛りまでつくとなると、お前は危ない賭けに出ざるを得ない」

「……」

 

 鋼の大蛇と岩の怪物が組み合う中、告げられた言葉にマクワは押し黙る。

 

「あのバンギラス、『じゃくてんほけん』か『いのちのたま』か、もしかすると特殊型にでもしてあったのかもしれないが――とにかく、ダイマックス状態で存分に暴れられるようにしてあったんだろう?」

「……随分と、よく喋るんですね」

 

 冷や汗を流しながらもようやく返したマクワの一言に、カイは笑顔を深める。

 

 やがて、赤い閃光を周囲に放ちながらバンギラスとハガネールのダイマックスが解除された。

 カイの指示でハガネールが守り気味に戦っていた所為か、互いの傷は先ほどまでの激戦を繰り広げていた両者と思えない程に少ない。

 すぐに両トレーナーの指示で敵を組み伏せにかかる。

 

「ダイマックスという勝負をひっくり返す要素がこうして消えた以上、タイプ相性の不利を覆す目はほとんど存在しない。……お前も、もうわかってるんだろう?」

「…………」

 

 火を吹き地を揺らす怪獣と、圧倒的な堅牢さで対抗する巨蛇。

 やがてお互いに少なくない傷を負っていき、一匹目での戦いにおける勝者が決まろうとしていた。

 

「――バンギラスッ、『だいもんじ』だ! これで決めろ!!」

「――ハガネール。落ち着いて躱して、『ボディプレス』だ」

 

 互いにプロのトレーナー同士。この一撃で、一匹目の勝敗がどうなるか、ひいてはこの一戦の勝敗も決まると理解していた。

 

 技の交錯は一瞬。その一瞬で、勝負は決した。

 

「GUAAA……」

「SHAAAAAA!!!」

 

 倒れ伏すバンギラスと、その上で勝利の咆哮を上げるハガネール。

 誰の目から見ても、勝敗は明らかであった。

 

「――お前の負けだよ、マクワ」

「――ッ」

 

 

 

 この日、将来のチャンピオンとまで目されていたジムリーダー・マクワは、就任以来初のマイナークラス落ちを経験した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 シーズン最終戦を終え、額をぬぐいながら控え室までの廊下を歩く。

 すると、案外多く汗を掻いていたことに気付いた。

 

「終わってみれば結構大差で決着が付いたが……」

 

 マクワは強い。それはこっちの世界に来てからも知っていたことだったし、()()()()でも後半のジムリーダーであったことから理解していた。

 

 だから、()()()()()

 戦術が読まれたからなんだ。その程度、ジムリーダーなら何度だって経験している。実際、冷静になったマクワならばあそこから巻き返すことも不可能では無かっただろう。

 

 精神攻撃は基本中の基本だ。あのピンクババアなんかもっとエゲツない。

 彼も何かしら自分の心を落ち着ける術は持っていたはずである。

 

 しかし、事実として彼は冷静さを失い、敗北した。

 プロの世界は残酷だ。そこには結果しか残らない。

 

 自分でも卑怯だと思いながらも、勝利の味を噛み締めて歩く。

 このスタジアムから控え室までの廊下に抱く思いは複雑だ。ただ、今日は良い気分で歩けたというだけのこと。次はどんな思いを抱いて歩いているかわからない。

 

 

 やがて控え室にたどり着くと、そこには既に人影があった。……マネージャーだろうか?

 訝しみながらも扉を開けると、聞き慣れた声がかけられる。

 

「いやあ、素晴らしい試合でしたよカイ君」

「……ローズ委員長に、オリーヴ」

「呼び捨てにするなと何度言えば良いのですか、カイ」

 

 マクワとの一戦を終え、控え室に戻ってきた俺を迎えたのは直属の上司、ローズ委員長とその秘書のオリーヴであった。

 

「それで、何か用か? ジムリーダーとしての活動は()()()()()()こと以外好きにやっていいってはずだったが」

「はい、それで構いません。今回は特に指示があるわけではなく、単に報告をしに来たのです」

 

 ……報告? あの忙しいローズ委員長が直々に来るような報告だって?

 考えてみても全く思い浮かばない。ひとまず話を聞いてみることにする。

 

「報告って、一体なんだ?」

「ええ。予てより準備を進めていたメインプランですが――もうすぐ、本格的に始動させます」

「……!」

「具体的には来年度からでしょうか。ダンデ君の協力次第でもありますが、ジムチャレンジの終盤には最終段階まで移行出来ていると思われます」

 

 メインプラン。

 それはガラルのエネルギー問題を解決するための計画でありながら、ローズ委員長がラスボスたる所以。

 

 ――そして。俺がローズ委員長の道具という立場に甘んじている理由でもある。

 

「アナタにとっては嬉しい話でしょう。色々と聞きたいこともあると思います。だからこそ、私がここに来たのですよ」

 

 ローズ委員長は笑顔で俺の言葉を待つ。

 ……相変わらず、この人の表情は読めない。この計画で出る犠牲者たちのことをどう思っているのか、どのような思いでこの計画を立てたのか、俺には推し量ることは出来ない……が。

 

「いや、大丈夫だ」

「おや? てっきり沢山質問が来るものかと」

「大体は前から聞いてて把握してるしな。結局のところ、一番重要なのは……その計画が達成されたら、俺の()()()()()()()()()()()()が終わるってことだ。それで良いんだろ?」

 

 俺の言葉に、少し面喰った様子のローズ委員長。

 しかし、すぐに笑顔を取り戻して俺の問いに答える。

 

「ええ。このガラルの問題が解決された暁には、あなたを縛るものは何もありません。旅をするも良し。ジムリーダーを続けるも良し。私の持つ権限に誓って不自由の無い生活を保障しましょう」

「……それなら良い。それなら良いんだ」

 

 俺はもうすぐやって来る自由な生活を思い浮かべ、笑顔を浮かべようとした。

 

 

 ――あまり上手くは、笑えなかった。

 


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