「ジムチャレンジ開始から三日現在、くさジム突破者11名……か」
モーモーミルクの瓶をクピクピと傾けつつ、ジムチャレンジに関する記事を読みこむ。
三日で11名というのは特別多くもないし少なくもない、という数字だ。ヤローのジムの突破率は高めであるため、この後どんどんとその数字は増えていくと思われる。
ただ、現時点でここに名を連ねるような行動が素早い人間たちが最後まで勝ち残っていくだろう、というのは否定できないが。
読み進めていくとやがて、その11名たちのインタビュー記事に出会う。その中にはビートやマリィといった知り合いや、チャンピオンの弟であるホップといった名前もあり――ユウリという、あまり目にしたくない名前も名を連ねていた。
「……」
逃げ出したい気持ちと戦いつつ、ユウリ――主人公のインタビュー記事を開く。
情報というものは非常に重要だ。当然俺も独自の情報網を持っているが、ジャーナリストという職種のそれも侮れない。敵を知り己を知れば百戦危うからず。眼を見張って文字を読んでいく。
ユウリ選手(以下ユ)のインタビュー
――ターフジム突破、おめでとうございます。
ユ:ありがとうございます。
――背番号の由来は何かありますか?
ユ:多分皆さんわかると思うんですけど、カイ選手のファンでして。同じ番号を使って少しでも近づけたらなあ、と。
――なるほど。カイ選手の女性人気は高いですからね。
ユ:はい。当のカイ選手は、「ポケモンは151匹だから」とかよくわからない理由でつけたらしいんですけど。
――ラビフットという余り見かけないポケモンを使われていましたが、何か思い出のエピソードなどはありますか?
ユ:あの子は旅立つときにチャンピオンにもらったポケモンで、まだまだ出会ったばかりなんです。少しずつ仲良くなれてきた実感はあるのでこの旅で絆を育めたらな、と思います。
――なるほど。チャンピオンとの関係はどのようなものですか?
ユ:家がお隣さんで。当たり前ですけどお仕事が忙しいらしくって、この前初めて出会ったんですけどね。弟のホップ君とのバトルで、二人とも推薦を認めてもらいました。
――ヤロー選手とのバトルも危なげなく勝利されていましたが、バトルの経験はジムチャレンジ以前からありましたか?
ユ:スクールに少しと、バトルの道場に1年ほど。道場はヨロイじまにあったので、家を離れて通っていました。あそこでかなりバトルの経験は積めたんじゃないかなと思います。
――同じくチャンピオンに推薦を受けたホップ選手と何か交流はありますか?
ユ:スクールに通っていた頃はたまにバトルをしていました。私は生まれがガラルじゃなかったり、ヨロイじまに住んでいた時期もあって彼と接していた期間は長くはないのですが、お隣さんということもあって一緒に遊ぶこともありましたね。
――それでは最後に、今回のジムチャレンジに対する意気込みをお聞かせください!
ユ:憧れのカイ選手がいるキルクスジムまでは絶対にたどり着きたいですね。そこを乗り越えたら、もちろん目指せ優勝です!
インタビュー記事を読み終えると、グイと瓶を傾けてモーモーミルクを飲み干し、ダンと机に叩きつける。
「……何で
しかも俺のファンとか言ってるし。いや、背番号の時点で薄々察してはいたが。憧れの選手の背番号をつけるというのは結構メジャーな行動だ。ダンデのチャンピオン就任前後で確実に背番号1の割合は増加している。
ヨロイじまのあの道場に通っていたのも確かだろう。ヤローとのバトルを見る限り、才能だけでなく指示に手慣れた様子から経験も感じられた。内容に関しては……ラビフットに進化してたけどまあいいとしよう。何かリベロっぽい動きしてたが。
主人公と関わることを恐れ、彼女についての調査をして来なかったのが仇となったか。
「……いや、大丈夫だよな……? ハロンタウンには絶対に近づかないようにしてきたし、ヨロイじま……は結構行ったけど。
でも、人にはなるべく会わないようにしたはずだぞ。ダクマとかウーラオス使いにも会ったことは……あったような気がしないでもないけど……」
昔の記憶は結構あやふやなところがある。もしもこれで変な因縁をつけられてたらたまったもんじゃない。
「UBを堂々と使ってたのはジムリーダーになる前だったし、大丈夫だろ。うん。たまたまはがねタイプが好きだったとかそんな感じだ」
独り言を呟いてて感じた嫌な予感に考えを放棄する。
もし仮に戦ったことがあったとしても、
そう考えた俺はなるべくユウリのことを気にしないようにしながら仕事の支度をする。今日はラジオ番組の収録の予定が入っている。それが終わった後も、ジムチャレンジに向けてジムの準備を進めなければいけない。余計なことを考えてる暇はないのだ。ないったらないのだ。
「……やっぱもう一回ヤローとのバトル見返そ」
押し寄せる不安に負けてもう一度ユウリのバトルを見始めた俺の姿に、ボールの中からどこか呆れた声が聞こえた。
◆◆◆
「どーも皆さんこんにちは。時刻は現在酉二つ、カイカイらじおの時間です。……ホントこの名前考えたやつ誰だよ」
軽快な音楽と共にラジオの収録が始まる。
場所は通いなれたラジオ放送局のスタジオ。勿論マクロコスモスグループの会社である。
「丁度ジムチャレンジが始まったばかりだからか、最近は皆大変そうだよな。俺自身もジムの準備が忙しいのなんの。ジムを爆破しようと思ったことは一度や二度じゃ済まないぜ」
バトルに向けての調整や、ジムミッションの準備も面倒くさい。
尤も俺はまだマシな方である。今回のサイトウなど、場所の関係でジムの引っ越しなんかがあると本当に悲惨だ。
「俺の所に最初のジムチャレンジャーがやって来るのは早くて1か月後くらいか。チャレンジャーたちがやって来てからは休む暇もないし、今の内に平和を満喫しておこうと思います。ジョウトのアサギシティに遊びに行く予定もできたし、1週間くらいはお休みだな」
結局ミカンのゴリ押しに負け、ジョウトへ旅行に行く羽目になってしまった。メインプランの開始も近い今、ローズ委員長に余り良い顔はされなかったが、三犬の捕獲チャンスだということでどうか一つ許してくれないだろうか。
「ジョウトと言えばチョウジのいかりまんじゅうだよな。
サイトウたちにお土産頼まれたから、カブとヤローのとこにだけ持ってくわ」
俺はこの前のテレビ収録でサイトウが休憩室のお菓子を俺の分まで食べたことをまだ許してはいない。しかも俺以外の共演者の分には手をつけないという徹底ぶりだ。
無論、宣戦布告と受け取った俺は数々の仕返しを仕掛けているのだが全て肉体のスペックで突破されているのである。
オニオンのとこにも持って行こうかな、なんて考えながらサイトウの悔しがる顔を想像する。……ダメだ、無表情で関節極められる未来しか見えなかった。
マクワにはいらないと言われた。ポケモンたちと一緒に自分も追い込むようで、他のジムリーダーたちの誘いも全て断っているらしい。恐らく次のシーズンの戦績は凄まじいことになっているだろう。久々にナックルシティのジムリーダーが変わるかもしれない。
他のメンツはいらないだろ。マクワが受け取らなかったのならメロンも受け取らないというだろうし、後は全員くれてやる義理はない。ルリナにもこの前ポッチャマのタマゴを渡したことで借りは返したしな。
「カブはこういうの絶対お返しくれるので、フエンせんべいを楽しみにしつつ一曲目。ネズの『ライトなエール』、お楽しみください」
曲が流れ始めたことを確認して、一息つく。
ラジオのトークというのは相手がいない場合、中々に寂しいものがある。ふとした瞬間に自分を客観視して、何言ってんだコイツ、となる時があるのだ。
その分次のお便りコーナーは気が楽だ。文章とはいえ、人とやり取りしている気分になる。
チューチューと用意されたミックスオレを飲み、喉を潤わせておく。
やがてネズの曲が楽しげなサビと共に終わり、次のコーナーがやって来た。
「『ライトなエール』、ネズが初期の活動時に出した曲でした。とても気軽な関係間でのエール、即ち曲名でもある『ライトなエール』を表した歌詞が聞いている人に勇気をくれますね。
それでは次のコーナー、リスナーからのお便り返信に移りまーす」
ジャカジャン、と短い音楽と共にコーナーが切り替わる。
「このコーナーは事前にリスナーの皆様から集めた相談、悩み事、最近の出来事、質問など様々なお便りに答えていくコーナーです」
既に番組スタッフがお便りは厳選していてくれている。俺は適当に返すだけで送り主は喜ぶいいお仕事だ。
「それでは早速一通目。ペンネーム『クエン』さんからのお便りです。どんどん読み上げていくぞー」
スタッフに手渡された紙を開き、書かれた文章を読んでいく。
『こんにちは』
「ちわー」
『僕は数年前までカロスに住んでいてガラルに来たのは割と最近という新参者なのですが、昔からポケモンバトルを見るのが好きで、こちらにもリーグがあると聞いて楽しみにしていました。
しかし四天王制度がないと聞いて困惑。勿論こちらのリーグのレベルの高さは認めていますし、今ではすっかりチャンピオンのファンなのですが、カロスの人間からすれば今のリーグの形式には違和感を覚えます。ジムリーダーであるカイ君は四天王制についてどう思いますか?』
文章を一通り読み、何と答えるか考える。意外と面白い質問だ。
「まあとにかく、君づけじゃなくてさんを付けろよクエン酸野郎。
内容の方は四天王制について、か。うーん、とりあえずガラルのリーグ制度は昔からずっとこうだからローズ委員長が変えない限り変わんないとは思うが……。
まあ、俺としては賛成だな。やっぱ四天王がいるのといないのとじゃチャンピオンの格も変わって来るし、ジムリーダーより一個上があるってのは競争も激しくなるだろうからな」
このリスナーも言っているが、前作をプレイしてきた人間にとっても四天王制度には馴染みがある。逆にガラル人にとっては受け入れ辛いだろうが、まあどちらが良いという話でもない。ガラルリーグ本部に特別設置する気は無いだろう。精々がもし出来たら、という程度の妄想話だ。
「特別変える必要があるとも思わんけど。そうだな、もし今出来たら……ダンデ、キバナ辺りは確定だろうな。あ、チャンピオンは俺ね」
おっと、意外と楽しそうだ。挑戦者は全員ダンデで止まるし、しばらく王座は安泰だな。
「それでは次のお便り行ってみましょー。
ペンネーム『マクワのポスター巻くわ』さんからのお便りです」
この毎回一人はやって来るクソつまんないダジャレペンネームはなんなんだろうか。俺のハイパーダジャレ見せてやろうか?
『こんにちは』
「ちわー」
『私には最近困っていることがあります。それは、好きなポケモンを聞かれたときに答えられないことです。出会ったばかりで話題もない人にとりあえず振る質問、好きなジムリーダー誰?と並んで1位の、好きなポケモン何?に私は答えられないのです。
昔は知っているポケモンの数も少なく、その中で可愛いポケモンの名前を挙げていたりしたのですが、今では余りに多くの可愛いポケモンたちを知ってしまったことで彼らに優劣をつけることが出来なくなってしまいました。
参考にしたいので、どうかカイ君の好きなポケモンを教えてくれないでしょうか』
ふむ。確かに、好きなポケモンの話題はこの世界では最もメジャーと言っても過言ではないくらいによく振られる。
「とりあえずさんを付けろよダジャレ野郎。サンドの顔も三度まで、だぞ? ……フッ。
それで好きなポケモンだったな。俺はピチューが一番好きだ。可愛いし。
答え方もあんまし悩む必要なんてないんじゃねえの? 可愛いポケモン全員について語っていけば話が尽きることはないだろうよ」
相手にドン引かれるか共感してくれて話が盛り上がるかの二択だがな。
「ま、一番を決めらんないっつーのも共感してくれる奴はいっぱいいるだろ。大丈夫だと思うぜ。
それじゃー次のお便り。『はがね好き』さんからです」
この前はがね好きとはうんざりする程話したからもう十分なんだけどな。
『こんにちは』
「ちわー」
『私はジムリーダーのプロフィールなんかを調べるのが好きなのですが、カイ君のそれは結構埋まってるところが少なくて困っています。どうか好きなポケモンと好きな食べ物だけでも教えてくれないでしょうか?』
プロフィールか。経歴なんかは欠片も明かしていないから、確かに穴あきが多いかもしれない。
「とにもかくにもさんを付けろよはがねマニア野郎。
好きなポケモンはバクフーン。食べ物は甘いものなら何でも好きだ。
プロフィールの穴あきは……まあ、ミステリアスな人物ってことだな。あんまし詮索するもんじゃないぜ」
少なくとも経歴の欄が埋まることは絶対にないと思われる。
秘密のある男は魅力的、なんていう風にはならないだろうか?
「ネズとかあの辺は追っかけがすごいからめちゃくちゃ細かいプロフィール表が出来てるよな。休日のスケジュールが全部知られてたって聞いたときは流石に引いたわ」
有名人にも有名税というものがある。得られる恩恵も大きいが、デメリットもなくはないのだ。
あまり他人事とは言えないのが怖いところだが。
「んじゃ、次で最後だな。ペンネーム『U:Re』さんからのお便りです」
お、この名前には見覚えがある。確か試合の度にファンレターを送ってくれる人で、差し入れとして俺の好みにドンピシャな高級菓子も付けてくれるのだ。
『こんにちは!』
「ちわー」
『私は今年のジムチャレンジに初参加するトレーナーなのですが、カイさんの大ファンでもあります! もしカイさんが応援してくれたなら、私は優勝だって出来る気がしています!
どうか、私を勇気づけるような応援メッセージをくれないでしょうか?』
さん付けなのは偉いな。また一つ『U:Re』さんの株が上がる。
返事についてはお便りの書かれた紙を一旦机の上に置き、考え込む。随分とタイムリーな話題だ。しっかりと答えてあげよう。
「誰も俺のジムを通さねーから今年の優勝者はいねーよ!」
その後、番組スタッフたちに「あれはない」と言われた。
「……フヘッ」
「ちょっと、急にイヤホン付け始めたと思ったらニヤニヤ笑いだしてなんなのよ。ほら、ここのパスタ美味しいでしょ? おばあさまのオススメなんだから」
今後の展開について
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他地方での話が見たい
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ガラルでの話が見たい
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掲示板回やれ
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本編進めろ