ガラルの悪のジムリーダー   作:アタランテは一臨が至高

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withリラ

「お久しぶりです、カイ」

「おう。よく来たな、リラ」

 

 ジムチャレンジという忙しい時期ではあるが、俺が担当するのは6番目のキルクスジム。挑戦者も数えられるほどとなり、合間を縫って人と会うくらいのことは出来た。そのわずかな時間で一番会っておくべき人物を考えた結果、リラを呼び出すこととなったのである。

 

「ほらよ。紅茶で良いか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 相変わらずピシッとスーツを着こなしているリラを正面に見据え、十日ほど前にオリーヴから聞いた言葉を思い出す。

 

『いいですか。現在国際警察は雪原での調査に大きく介入してきています。我々が暗に帰れ、と伝えても尚、です。これが単にウルトラビーストに拘っているだけならば良いのですが、メインプランに勘づかれているならば話は別です。ことによっては、彼らと剣を交えることも覚悟しなければいけません』

 

 あれはリラと繋がりのある俺に探れ、と言っているのだろう。今現在敵対されていない以上、変に刺激したくはなかったのだが仕方がない。俺はしぶしぶ連絡を取り、こうして彼女と再会することとなった。

 

 大体、彼らは国際警察を舐めているところがある。

 そりゃあ、ガラルにおいてはいくら国際警察と言えどもマクロコスモスの権力には黙るしかない。幾つかの大したこともない不正の証拠を掴まれたところで揉み消すのは簡単だろう。

 

 しかし、メインプランほどの規模ともなれば話は別である。彼らは無辜の人々にまで危害が及ぶ可能性が存在する場合、途端にその力を増大させる。その時の彼らには、天下のマクロコスモスとて敵うものか。

 

 そんな風にオリーヴへの愚痴を脳内で垂れ流していると、砂糖を溶かすためにスプーンでかき混ぜられている紅茶のカップを凝視するリラに気づく。

 

「なんだ、俺の紅茶がどうかしたか?」

「あ、いえ、その……前も思ったのですが。ストレート、飲めないんですか?」

 

 唐突に告げられたその言葉に、思わずティースプーンを動かす手が止まる。

 きょとんと首を傾げるリラの目には、何ら侮蔑の意は込められていなかった。そしてそれだけに、先の質問は俺の神経を逆撫でする。

 

 これはどうしたものだろう。無論、飲めないと素直に答えるのは俺のプライドが許さない。

 

「……………いや。飲める、が?」

 

 何とか絞り出したその返答は、間を空けた割には拙いものだった。

 

「嘘ですよね。カイには嘘吐くときに頭を掻く癖がありますから。国際警察の洞察力、舐めないでください」

 

 むっとした顔で詰め寄るリラ。しょうもないこととはいえ俺に嘘を吐かれたのが気に入らなかったのか、何が何でも俺にうんと言わせたいようだ。

 見た目は完璧に着こなされたスーツもあって大人に見えるが、中身は案外子供らしいところがある。それも記憶喪失の影響なのかもしれないが、少なくともその特徴は今の俺にとってマイナスの働きを及ぼしていた。

 

「いや、飲める。お前、俺の言うことが信じられないのか?」

「え? ……あ、いや、そういう、ことじゃ………」

 

 やや語気を強めて放った俺の言葉で、途端にリラはしどろもどろになる。

 別に飲めないからってどうということはないと頭では理解しているが、一旦飲めると言った以上今さらその言葉を撤回する気はない。こちらこそ、リラに俺が飲めるということを認めてもらおう。

 

「いいか? 俺はどちらかと言えば砂糖が入っている方が好きなだけで、決してストレートティーが飲めないというわけじゃない。そこのところ勘違いするなよ?」

「え、えぇ……」

 

 少しばかり呆れた様子で追及を諦めたリラに、俺は勝利を確信して紅茶をかき混ぜる作業を再開する。

 何もストレートティーが嫌いなわけじゃない。ただ少しばかり口に合わなかったというだけの話だ。

 

「……と、ところで、話とは一体なんでしょう。毎晩の電話では出来ない話でも?」

「んー、まあそれもあるし、お前の顔も見たかったからな」

「そ、そうですか!」

 

 俺の言葉ににへら、と表情を崩すリラ。

 先ほどは話が逸れたが、どうにか機嫌をとって国際警察の事情について聞きださなければいけない。いつも以上に言葉には気を付ける。

 

「最近、そっちの方はどうだ? 忙しかったりするのかよ」

「ええ、そうですね。近頃だとつい5日前にイッシュに行ってきましたが……特に多いのはやはり、ガラルでの任務でしょうか。カイも知っているとは思いますが、雪原での異常事態に多くの人員が割かれています」

 

 いきなり求めていた情報に触れられたことに、内心で動揺する。

 最初は適当な話題から回り道をしていこうと思ったが、そんな必要はもうなくなった。相手から振ってきた話題だ。存分に乗っかることとしよう。

 

「ああ、随分と調査に力を入れてるらしいな。カンムリ雪原の人口は少ないし、ウチ(マクロコスモス)だけでも被害は抑えられると思うが?」

「ええ。我々のスタンスとして、現地の人々で解決が可能ならば手出しは無用、というものがありますが……彼の地では、中々そうも言っていられない事情が発生したのです」

 

 特に隠すこともなくすらすらと話を続けるリラ。機密事項にはあたらないと判断したのか、それとも俺が相手だからとそもそも隠す気がないのか。

 いずれにせよ、情報を探ろうと思っている相手の口が軽いのはありがたい。

 喉が乾かない程度に紅茶を嗜みつつ、話の続きを促す。

 

「その事情ってのは? 大抵のことならウチのボスは片手間で何とかできるぜ」

「あなた方が把握しているかは存じませんが……ウルトラホール、またそれに伴って複数種のウルトラビーストの出現が確認されています」

 

 ふむ、と頷きを返す。

 国際警察からすればウルトラビーストに関する情報は秘匿すべきものであるはずだが、俺の事情を加味すれば隠し通せることではないという判断か。

 尤も、エーテル財団と繋がりのあったマクロコスモスには俺が提供するまでもなくウルトラビーストの情報が存在していたのだが。

 

「俺がいるんだぜ、そりゃ把握してるさ。それを考慮してもなお、アンタらがあそこまで出張ってくる理由には弱いと思ってるんだ」

「我々としてはウルトラビーストの危険性はどれだけ高く見積もっても足りないというのが共通認識であって欲しいところですが……確かに、ウルトラビーストの事情を除いても我々には調査を続行する要因があります」

 

 言うべきか言わまいか迷ったのか、少しの間を空けて告げられた言葉にピクリと眉が動く。

 どうにも嫌な予感がする。最悪ではないが、良い状況でも決してない。そんな予感だ。

 

「その、何と言いますか。所属しているどころか、幹部という地位にいるアナタに言うべきことではないのでしょうが……唯一の『仲間』として伝えます。

 我々国際警察は、マクロコスモスという組織を……その、有り体に言えば、『きな臭い』……と、判断しています」

 

 数度の逡巡ののち、ようやく伝えられたその事実に軽く眩暈を覚える。

 まずい、普通に疑われている。

 リラは有り体に言うと言ったものの、彼女の性格から考えれば実際は限りなくクロに近いグレーと見てる、といったところが実情だろう。

 

 問題はどこまで核心を突かれているかだ。

 雪原の異常事態の犯人として見られているだけならば、そう大したことではない。そもそもその推測は間違っているし、いざとなればコスモウムを差し出して終わる話だ。スペアプランの実行が困難になるだけで、メインプランには大きな影響は出ない。

 

「そのきな臭いってのは、具体的にどういうことだ?」

「え、あ……ええ、と、近々何か事を起こしそうだ、という……」

 

 尻すぼみになっていくリラの声。

 恐らくは、流石にこれ以上言ってしまうのはダメだと判断しているのだろう。その境界線を「仲間」という認識で無理やり乗り越えているのだ。いつ話を切り上げられてもおかしくないな、と内心舌打ちしながらより一層口に出す言葉を吟味する。

 

 しかし、今伝えられた事実はかなり核心に迫られている。

 どう考えても彼らが言っているきな臭い、というのはメインプランのことだろう。思ったより大分追い詰められているその状況に、背中を冷や汗が伝う。

 

「その、私個人としては現地の事情もありますし、ウルトラビースト以外のことには余り関与すべきではない、というのが本音なのですが……一部の捜査官がどうにも確信を持って調査を進めているようでして。何か物証があるわけでもありませんし、国際警察全体としても余り深く踏み込んだ調査には乗り気でない、というのが総意です」

 

 軽く絶望しかけていたところでリラに告げられた言葉に、一筋の光明を見つける。

 中々優秀な捜査官がいるようだが、確たる証拠がなければ大きく組織は動かせない。これならば決行の日までボロを出さずにいたらメインプランは始動する。

 まだ終わってはいない。落ち着け、と自分自身に言い聞かせながら紅茶に口をつける。

 

「特に、私人としてはアナタという存在もありますし……。とにかく、今のところ組織を挙げて本格的に調査に乗り出す予定はありません」

「そ、そうか」

 

 内心でガッツポーズしながらも、なるべく心を落ち着けて会話を続ける。

 状況は決して良くないが、最悪でもない。これからマクロコスモスがどう身を振るべきか頭を振り絞って考える。

 

「ところで、その、一つ気になったのですが。仮に何かマクロコスモスが事を起こすとして……その際、アナタ自身は無事なのでしょうか?」

「ん? ……ああ、そりゃそうだろ」

 

 質問の意図がよく読めず、がしがしと頭を掻きながらぞんざいに答える。

 しかし、この言い振りからしてマクロコスモスが何かをやらかすのはほぼ確信しているが、あくまで現地の事情だと放置するつもり、といったところか。

 それはこちらにとっては随分都合が良い。目を瞑ってくれると言うのならば、好きにやらせてもらおう。

 

「……まあ、とにかく我々の最優先事項は雪原に発生したウルトラビーストの保護・駆除、ひいては現在起きている異常事態の原因究明・解決です。

 そこに関しては、我々も退くわけにはいきません。調査協力を求めます」

「あー、うん。ローズ委員長には伝えとくわ」

 

 最終的な妥協ラインとしてはその辺だろうか。

 将来起きるかもしれない事件について見逃す代わりに、自分たちの捜査に協力しろと。

 

 どちらの立場からしてみても最優先目標は達成されるし、悪くない落としどころだ。きっとローズ委員長も首を縦に振るだろう。

 

「あ、ところでさ。ちょっとアローラの伝説について教えて欲しいことがあるんだけど……」

「ええ、構いませんよ。私が知る範囲のことであれば、いくらでも」

 

 ひとまずはリラを呼び出した目的は達成された。

 大きな心労が解消されたことを実感し、後はとりとめもない雑談に興じつつこれからどう動くべきかを頭の中で考えるのであった。


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