ガラルの悪のジムリーダー   作:アタランテは一臨が至高

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withオリーヴ

「――だからだね。ガラル粒子の枯渇は絶対に解決しなくちゃいけない問題なんだよ。それも今、すぐにでも!」

「1000年先の問題を? 誰もが楽しみにしていて、数多の企業が関わっている明日のファイナルトーナメントを潰してまで? ふざけている! ローズ委員長。常々思っていましたが、アナタは言葉が足りないところがあります! きっと俺にはまだ理解できていない事情があるのでしょう。それを話していただかなくちゃ納得できない!」

 

 ローズタワーのてっぺん。シュートシティを一望できるほどの高さを誇るそこで空を眺めながら黄昏ていると、先ほどから段々とヒートアップしてきたローズ委員長とダンデの口論が聞こえてくる。

 

 聞き飽きた口論の内容は「いつブラックナイトを起こすか」だ。

 ブラックナイトとはガラルに伝わる神話の現象で、具体的にはムゲンダイナと呼ばれる一匹のポケモンが引き起こす災害だ。マクロコスモス、というかローズ委員長はムゲンダイナを目覚めさせ、これを人為的に引き起こすことでガラルのエネルギー問題を解決しようとしている。

 その目覚めたムゲンダイナは無敵のチャンプであるダンデが捕獲する、という筋書きだ。

 

 何分神話の伝承なのでブラックナイトを止められなかった場合実際にどうなるかはやってみなければわからないというのが実情だが、ムゲンダイナの制御に成功すれば確かにエネルギー事情は解決する。かの竜は文字通り無限大のエネルギーを内包する伝説のポケモンなのだから。

 

 尤も、結果を知っている俺からすれば滑稽な話だ。

 ムゲンダイナはマクロコスモスの想定を遥かに超えて危険なポケモンであり、不完全な状態でですら溢れ出るエネルギーはガラル中のポケモンを暴走させる力を有している。

 頼みのチャンプは伝説の力に為す術もなく倒れ伏し、主人公がいなければ世界の空は黒く染まってしまうだろう。

 

 あくまで明日の実行に拘るローズ委員長と、それを拒否するダンデの不毛な討論は続く。

 ローズ委員長が明日に拘る本当の理由を明かさない以上、ダンデが頷く道理はないだろう。そしてそれゆえに、ダンデの承諾を得ずに無理やりブラックナイトを引き起こす未来は目に見えている。

 

「カイ。件のチャレンジャーたちがやって来ました。足止めを行いますよ」

「はいはい。どんだけ話し合ったって意味ねえと思うけどな」

 

 いつの間にか後ろにいたオリーヴの声に振り向く。

 彼女の言うとおり、ダンデの身に起きている異常を感じ取ったホップとユウリが現在このローズタワーに侵入してきている。妨害をするマクロコスモス社員なんてあの二人は歯牙にもかけないだろう。

 

 地上300メートル、マクロコスモスの繁栄を象徴する塔の頂上へ向けて上がってくるエレベーターを見つめながら、全く終わりそうにない討論の声を聞いて溜息を一つ吐いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ! いたぞ、オリーヴさん……に、カイさん? まあいいや、アニキを返してもらうぜ!」

「え゛っ。……ちょっと待って何それ聞いてないってばホントに。え、私今服とか大丈夫? 髪ハネてたりとかしないよね?

 

 エレベーターから出てきたのは案の定全く消耗した様子を見せないホップにユウリ。

 まあ、いくらオリーヴ直属とはいえ一般社員にセミファイナル出場者二人、片方は優勝すらしているほどの実力者たちの相手をさせるのは些か酷というものだろう。

 

 オリーヴに駆り出されたスタッフたちに内心同情しつつ、改めて二人の様子を眺める。

 

 ユウリは急にあちこちの服の皺を伸ばし始め、ホップはそれを横目で不思議そうに見つめている。両者ともに悲愴感は見られない。ユウリは自身の絶対的な実力から、ホップはそれに対する信頼からダンデを取り戻せないことなんて考えもしていないのだろう。

 

 一方オリーヴは自身の妨害を尽く突破されたことで僅かに体が震えている。これはマジギレオリーヴ5秒前だ。今は同僚がいるため辛うじて表面を繕っている、といったところだろうか。

 

 自分自身でローズタワーに入れるようにした癖によくわからないやつだ。

 キレたときの被害は俺にも及ぶ。ねがいぼしの収集が終わったと聞いて機嫌が良かったというのに、全てパァだ。本当にやめて欲しい。

 

 そんなことを考えていればやがて、体の震えを抑えながらオリーヴが二人の前に立つ。

 手の指は既にボールのボタンにかかっている。どうやら長々と話をする気はないようだ。俺も彼女に続く。

 

 そして俺たちのその雰囲気を感じ取ったのか、ユウリとホップの二人も真面目な顔をして相対する。

 ……良い目だ。自身の勝利を疑わず、それでいて油断もしていない。

 

「まあ、言わずともわかっているでしょうが……ここを通りたくば、私たちを倒していきなさい」

「ん。まー、そゆこと。俺は別に通してもいいと思うけど、仕事だからな」

 

 ローズ委員長の話を邪魔させないために、ボールを構えるオリーヴと俺。

 それに対し、ユウリは何故かあたふたとしながら、ホップはニヤリと笑って一匹目のポケモンを繰り出す。

 即席コンビでのダブルバトル。あちらはもうこれまでの連戦で慣れたものだろう。

 

「――いって、ウオノラゴン!」

「――いくぞ、バイウールー!」

 

「いきますよ、カイ。足は引っ張らないでください」

「へーへー。ダイマは好きなタイミングでやってくれよ、っと」

 

 俺たちも同時にボールを投げ、ポケモンを繰り出す。

 別に勝つ気も無ければ勝てる気もしない。奇妙な心持ちでの一戦が始まるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「マジ!? キレそうだわ、オリーヴたちが負けそうだなんて!!

 やってしまいなさいダストダス、『キョダイシュウキ』!!」

 

「――無駄。エースバーン、『ダイサイコ』」

 

 

 ローズ委員長の元へ向かう二人を足止めするために挑んだダブルバトル。

 その結果は当然とでも言うべきか、ユウリとホップの圧勝に終わろうとしていた。

 

「ルカリオ、巻き込まれんなよ。『あくのはどう』」

「させないぞ! ゴリランダー、『ドラムアタック』!!」

 

 ユウリのポケモンが暴れ回るのは勿論のこと、ホップも十分な実力者だ。二人の連携にじわじわと追い詰められていったオリーヴはダストダスのキョダイマックスに踏み切るも、同時にキョダイマックスを行ったユウリのエースバーンに力負けしてしまっている。

 相方である俺とホップの対面も余り良い状況とは言えず、既に敗北は決定したも同然だろう。表面上でだけ戦闘をするポーズを取る。

 

「そこだ、逃がすな! 『10まんばりき』!!」

「トドメ。もう一回、『ダイサイコ』」

 

 しかし相手はそんな俺たちに手を緩めるはずもなく、最後の一撃と言わんばかりに放たれた大技はこちらのポケモンたちを飲み込んで瀕死に追いやった。

 

「――っ。お疲れ様です、ダストダス」

「――ルカリオ、戻ってこい」

 

 結果は惨敗。俺は当然のことと受け止めるも、オリーヴは二人を所詮子供と思っていたようでショックを受けている様子だ。負けるとは理解していたが、ここまで手も足も出ないとは思っていなかった、という感じか。

 

「……流石はセミファイナル優勝者と準優勝者、といったところですか。少々実力を見縊っていたようです」

「お見事。一応このパーティはファイナルトーナメント用なんだが、余裕で負けちまったな」

 

 負けたというのにそこまで気にしていない様子の俺たちを見て不思議そうな顔をするユウリとホップ。

 まあ、こちらとしてはねがいぼしの収集が終わっている以上、役目はローズ委員長がダンデを説得するための足止めにすぎない。それすらも無駄話になりそうな雰囲気を見せている以上、このバトルの勝敗は正直どうでもいいってことだ。

 

「もう好きになさい。敗者である我々に出来ることはありません」

「行ってこいよ。ダンデはすぐそこだ」

 

 道を空ければ彼らは腑に落ちないといった表情をしながらもダンデを走って迎えにゆく。遠目で見送ったあと振り向けば、オリーヴはいつの間にやらタワー頂上を後にしていた。

 

 

「…………とうとう明日、か」

 

 もう一度独りになり、手持無沙汰になった俺はまた空を眺めて黄昏る。

 

 長かった。ローズ委員長と出会ったあの日から、もう随分と経つ。ジムリーダーとしてのキャリアも一端のものとなり、町を歩けば騒ぎになるような身分にもなった。

 

「……楽しかったなァ」

 

 思い返せば蘇る数々の思い出。

 一つ一つ、ゆっくりとなぞっていく。

 

 ヤローには昔からよく世話になった。収穫の度に送ってくる大量の野菜は正直食べ切れる量に減らして欲しかったが、味は良かった。経験も豊富だし、アイツならこれからもメジャーでやっていけるだろう。彼の実力はジムチャレンジを通過してきた誰もが認めている。

 

 ルリナとはよく遊びに行った。愚痴を聞いたり逆に聞いてもらったりしていたが、お互いの心の内を吐き出せるよき関係であったと思う。ジムリーダーとしての戦績はまだ余り奮っていないが、それも経験不足によるところが大きい。段々とベテランになっていくにつれ勝率も上がってくるように思える。

 

 カブはとにかく優しくしてくれた。ガラルのジムリーダーの中では最もアスリートらしく、トレーニングや体調管理の面ではよくアドバイスしてくれたものだ。彼はポプラが引退すれば現メジャーの中では最年長である。経験もあり、その人格からみんなにも認められている。これからもチャレンジャーたちの壁となって引退するまで熱いバトルを見せてくれるだろう。

 

 サイトウとは彼女がジムチャレンジに参加して以来の付き合いだ。試合がある度に何のかんのと煽りあってきたが、その後は大概スイーツ巡りなんかをする辺り総括して「仲良し」と言っていいと思う。彼女は就任してからが短く、年若いこともあって不安も多いだろうが、どうか勝ち続けてその信念を貫いて欲しい。

 

 オニオンとは顔を合わせる度に何かしら絡んでいた。ジムリーダーの中で最も絡みやすいのは誰か、と問われれば彼の名前を挙げるだろう。また、現ジムリーダーの中では最も新人である彼だが、その超常性が故か不安なんかは特に感じていなかったように思える。能力というのは決して他では覆せない確かなアドバンテージだ。直に頭角を現してくるだろう。

 

 ポプラには新人の頃いらない所まで世話を焼かれ続けた。全人口からしてみても最年長の方の枠組みに分類される彼女だ。今のジムリーダーの誰もが世話を焼かれてきたことだろう。昔はチャンピオンの座にすらまで手をかけた強者だが、年には勝てず最近は戦績も落ちてきた。しかし、まだまだメジャーで通用するほどの余力を残したままの引退である。きっと多くの人が彼女の存在を惜しむだろう。

 

 マクワは頼れるトレーニング仲間であった。家の教育か、トレーニングについては人一倍詳しかった彼にはよく育成についての話を聞いていた。タイプ相性的に目の上のたんこぶである俺に対し何の躊躇いも見せず協力を引き受ける辺り、顔だけじゃなく心までイケメンである。後は体をどうにかすれば完璧だ。実力の方は言うまでもなく保障されている。メロンとの関係などメンタル面をどうにかすれば、本当に将来のチャンピオンも夢じゃないだろう。

 

 メロンにもよく世話になった。性格か、お節介焼きであった彼女にはよく悩み相談とかをさせられたものだ。内面観察が得意なメロンのことである、もしかすれば俺の事情についても薄々察していたのかもしれない。逆に、マクワのことについて相談を受けることもあった。いわゆるオカンらしく人間関係の構築が得意な彼女であったが、唯一息子の情緒だけは読めないらしい。男のジムリーダー全員に話を聞いて回っていた。今後の活動については彼女次第なところもある。経歴で言えば引退しても全然おかしくない年齢だ。実力としてはまだまだやれると思うが、そこはメロンが決めることであって外野が口を出すところじゃない。

 

 ネズとはマリィのこともあってか、顔を合わせることが多かった。スパイクタウンの事情で彼が取っていたノーダイマックス戦法については色々と意見を求められた記憶がある。本人の努力もあり、今ではダイマックスを封じても尚ガラルでトップクラスの実力を持つ彼であるが、マリィの進出もあってジムリーダーを引退するという。本業はむしろ歌手の方と言うのは本人の談だが、そちらにおいても彼はかなりの地位を確立している。きっと上手くやっていけることだろう。

 

 キバナとはやはりバトルに関する話をすることが多かったと思う。互いに知識が豊富であり、ジムチャレンジ用のパーティを作るときには彼の意見も参考にした。実力は見れば分かる通り1位を保ち続けている。ダンデに勝つその日まで、彼が1位の座を譲ることはないだろう。

 

「……本当に、楽しかったなァ」

 

 一つ一つの思い出をなぞる度に、その時々の感情が呼び起される。

 星空を眺めながら心の裡をそのまま口に出せば、頬を流れる水滴に気が付いた。

 

 

「――カイ」

 

 

 慌てて頬を拭って振り向けば、そこには無敵のチャンプであるダンデが立っていた。後ろには不安げなユウリとホップも立っている。

 

「カイ。俺は、もう――二度とあんな無様は見せない。チャンピオンタイムはまだ終わっていない……それだけを伝えたかった」

 

 声を発そうとする俺を抑えてダンデは話し出す。その内容は、ともすれば負け犬の遠吠えのようにも聞こえたが――彼の全身に漲らせたオーラは、その言葉を真実であると思わせるに足るものであった。

 

 それならば俺の返す言葉はもうない。ローズタワーの最上階、300mの上空からの落下を防ぐためのドーム状のガラスの方へ歩いていけば、やがて先ほどの戦闘で生じた穴にたどり着く。

 

「そうか。じゃあ、楽しみにしてるぜ」

 

 そう言って後ろに体重をかければ、あっという間に小さな俺の体は宙に放られた。

 

 驚きに目を見張る三人の顔を視界に入れたあと、瞬時に風景が切り替わる。「テレポート」だ。俺の体重など意にも介せず飛ぶ薄紫の翼を見て、きちんと指示が成功したことに安堵する。

 

 俺を乗せるその体躯にしがみ付き、顔を見上げてみれば美しいガラルの夜景が目に入る。しかしそれも段々と、目に溜まっていく涙でぼやけていった。

 

「あぁ……ありがとよ、フリーザー。やっぱあそこにいたままだったら、泣いてることがバレちまってたわ」

 

 その言葉に小さく一鳴きを返した伝説の妖鳥は、もう2度と見れなくなるかもしれない夜景を俺の目に焼き付かせるかのように、ガラルの空を飛び回るのであった。

 




諸事情あり、2週間ほど更新が止まります。申し訳ありません。

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