今回は過去話です。
アローラポケモンリーグ。
僅か数か月前に設立された新進気鋭の地方リーグであり、初代チャンピオンである少女・ミヅキは未だ公式戦無敗を貫いている。
そんな現在ホットなリーグには今日も挑戦者が一人、四天王たちを打ち破って玉座の間に辿り着き、そして無敵のチャンピオンに敗北を喫していた。
「――お疲れ、グラジオ。今日は結構ヒヤッとさせられたよ」
「……何を言うミヅキ。中盤、ミミッキュの処理に失敗してからは薄い勝ち筋を一つ一つ潰されていくだけだった。結局ソルガレオも引きずり出せず。こんな調子では四天王たちの本気を見せてもらうことも出来るかどうか」
チャレンジャーの名はグラジオ。かつてスカル団の用心棒をしていた少年であり、現エーテル財団代表代理でもある。
彼は既にアローラリーグの常連になっており、対チャンピオン用の本気パーティではなく対挑戦者用のパーティを用いる四天王には苦戦もせず快勝できるほどの実力を有していた。
しかし、この小さなかわいらしいチャンピオンには遠く及ばない。彼は追い詰められたというミヅキの言が表面上だけの世辞だと理解していた。無様な自身の負け姿にフッと自嘲する。
「そんなことないってば。ほしぐもちゃんなんてこの前ワタルさんとやった時以来ずっとバトルに出てないもん。そんなに自分のこと卑下してたら、またリーリエに色々言われるよ?」
「フッ……慰めはいらない。俺たちは馴れ合うような仲じゃあないんだ」
左手を額に当て背中を仰け反らし、まさに中学二年生くらいの子供が好きそうなポーズを取りながら会話をするグラジオ。いつものことか、と呆れながらも相手をしていたミヅキだったが、今日はどこか表情が暗いことに気が付く。
「あれ? なんだか元気ないね。どうしたの?」
さてはミミッキュでパーティが半壊したのを未だ気にしているのだろうか。ちょっとやり過ぎたかな、と思いつつ前回ジャラランガで6タテした時の反応を思い返して原因は別か、と考え直す。
「ん……ああ、いや…………何でもないんだ。ちょっと、な」
返ってきたのはいかにも何かありますといった反応。歯切れの悪い言葉にミヅキの好奇心が湧き上がる。
「え、何それ。絶対なんかあるじゃん」
「いや……お前は知らない方が良い。これは俺たちだけの問題だ」
いつものよくわからない言い回しでお茶を濁そうとするグラジオに、ますます好奇心が煽られる。しかしどうにかして聞き出そうとその辺にあった新聞で叩いてみたりくすぐってみたりあの手この手を試みるも、中々口を割らない。
ひぃひぃとお互いに息を切らせる中、ミヅキは一つの名案を思い付く。グラジオが話さないのならば、リーリエに聞いてみればいいじゃない、と。「俺たち」なんて言っている辺り彼女も事情を知っているかもしれない。
ミヅキは知りたがっていたグラジオの悩みなんぞ一瞬で忘れてカントーにいる大天使リーリエルに電話をかける口実が出来たことに密かにほくそ笑む。持っていた新聞紙などポイだ。尤も、何の口実が無くとも毎晩ビデオ通話を繋げているのだが。
「………いや、エーテル財団を止めたお前には聞く権利があるかもしれないな」
「え?」
にやにやと頭の中でイマジナリーリエと会話していれば、今度はグラジオの方が意見を翻す。顔を上げてみれば、かなり真剣な表情をしていた彼が目に入り慌てて姿勢を正す。
彼の家はなんだかんだと事情が重い。これからの話も、笑って流せる話じゃなかったりするのだろう。そして予想通り、彼女は相当に重い話を聞かされることになる。
「これは懺悔だ。これは告白だ。無力だった俺の、ただ見過ごすしか出来なかった俺の、最も大きく、そして後悔している罪の一つだ」
彼の顔はいつもよりずっと険しい顔をしていた。昔を思い出したのか、瀕死となったシルヴァディが入ったボールを指で撫でている。
「今日みたいな寒い日は、いつもあの日のことを思い出す。
◆◆◆
母――ルザミーネが為した所業については、お前もよく知っているだろう。俺もいちいち語りたいとは思わない。
彼女の変貌は、全て父の失踪に端を発するのだが……今更そんなことはどうでもいい。原因があろうとなかろうと奴が悪事を為した悪人であることには変わりない。言いたいのは、俺が母の所業に気づくずっと前からあの狂行は始まっていたということだ。
ルザミーネはウルトラビースト、特にウルトラホールに関することに異常な狂執を見せていた。俺のシルヴァディも、お前のソルガレオやかつてのウツロイドなんかに対する彼女の執着の結果であったが……Fall、つまりウルトラホールからの来訪者なんて存在を手に入れたらどうするか、なんてのは想像に難くない。
そして、奴にとっては非常に幸運なことに、
「――いっっった! なんだこれ! どこだよここ! ……って、リーリエ?」
「……ひ、ひ、人が空から降ってきましたー!!」
そのウルトラホールから現れたのは一人の少年。即ち、
その事件は当然大騒ぎとなり、身寄りのない彼はルザミーネの指示によりエーテル財団に保護され、エーテルパラダイス内で生活することになった。
「リーリエ! 見ろよ、『ゆきふらし』のロコンの群れだ!」
「寒いですっ! 寒すぎますっ!」
「えーっと……確かジャラコ系列はこの辺に分布してなかったか?」
「フッ……強者は人里離れた地に集まる、か」
「すげぇ! アローラナッシーってマジでこんななんだな!」
「四つも頭があるんですね……。喧嘩したりしないんでしょうか?」
「グラジオ、メガボーマンダって別名『血に濡れた三日月』って言うんだぜ」
「……!」
現れた彼はポケモンを一匹も所持していないにも関わらず、ポケモンに関する知識は異常なほどに豊富であった。また一部の記憶の消失や肉体の変化もあったせいか知的探究心も人一倍あり、エーテルパラダイスのデータベースには彼の閲覧記録がそこら中に点在していたほどだ。
その知識はポケモンの保護を目的としていたエーテル財団には非常に好意的に受け入れられ、特にリーリエとはポケリフレなんかをしてよく遊んでいたような記憶がある。
……今思えば、この時ルザミーネは彼をどう扱うかについて考えていたのだろう。奇跡的に手に入った唯一のFallだ、下手に弄って壊れてしまってはたまらない……なんてのはふざけた思考回路だが、おおよそそんなところだと思う。彼からすれば最後の自由だった訳だ。
「――なぁグラジオ。俺、今はお前らの世話になってるけど……いつかはポケモンと一緒に旅をしてみたいんだ。色んな地方をまわって、色んなポケモンを捕まえて、たくさんバトルして、たくさんの思い出を作るんだ。絶対に楽しいぜ!
……そんでさ、グラジオ。もし良かったら、その旅はリーリエと、お前と――」
彼との最後の会話を思い出す度に、俺は自分を殴りたくなる。
初めは観察対象としてエーテルパラダイス内を自由に生活していた彼であったが、ある日からすっぱりと彼の姿を俺は見なくなった。そしてその日が、彼の地獄の始まりだったのだ。
財団の研究データを見る限り、彼にはある一つの特殊体質が見られたらしい。それが、「
この際能力の内容はどうでもいい。結果として、ルザミーネはこの力を欲した。それも当然だろう。仮にこの力を自由に使えたとしたら、コスモッグの進化などとうの昔に終えていたのだから。
しかしこの力には一つの問題があった。それは能力を使用すればするほど、触媒となる彼の肉体に悪影響が出るということだった。それも、数度で命に関わるほどの。
ルザミーネはこれを問題視した。しかしそれは人道上の配慮からではなく、1度や2度の能力行使で死んでもらっては困るという、極めて利己的な考えからだった。
結果、ルザミーネは彼の肉体改造に踏み切った。
それが、「プラン
数年前に凍結済みの計画だ。
その内容については俺も触れたくないようなものであった。聞きたいというのならば話すが……そうか。なら次の話に行こう。
そのプランχは初め、極めて順調に進んでいったという。途中で本来の予定に無かった後天的な超能力開発まで視野に入れられたほどだ。尤もそれは元々の能力との両立が不可能だったらしく、結局計画は頓挫したそうだが。
しかし、プランが順調に進むということと彼の苦痛が少ないということはイコールで結ばれなかった。かつてのデータベースを見ると、おおよそ人の所業とは思えないような実験結果が記載されている。
初めてデータを閲覧した時は、思わずモニターを叩き割ってしまった。……? ああ、今も拳を握ってしまっていたか。すまない、まだ割り切れていないようだ。
そしてプランχも最終段階に入り、彼が姿を消してから1年ほど経ったある冬の日。
エーテルパラダイスにおける十のウルトラホールの発生、それに伴う実験体χの脱走、とデータベースには記録されている。
後から話を聞いてみれば、元々アローラに生息していたウルトラビーストが彼に接触し、彼の能力を以てウルトラホールが開かれたという。
当時の何も知らなかった俺は一体何が起きたのかもわからず、リーリエを連れて行くために避難誘導の放送に逆らって動いていた。
そしてパニックになった職員たちを掻い潜り、俺は何とかリーリエと合流した。しかし、突然のことで冷静に動けていなかったのだろう。俺たちがとった道筋は避難経路からかなり逸れたものであった。
そうして俺たちだけ逃げ遅れていると、何の偶然かちょうど地下施設を脱走した彼との再会を果たした。
「グラ……ジオ……? ……リー、リエ?」
あの時の彼の表情は今でも鮮明に思い出せる。
かつて一緒に遊びまわった時の元気な様子は影もなく、綺麗だった黒髪は色素が抜け落ちて真っ白になっていた。
何も知らなかった、無力だった俺は彼に何も言葉をかけることができなかった。
十一の異形――ウルトラビーストを連れた、変わり果てた彼の姿にただただ怯えてしまっていた。彼の言葉に、何も答えることが出来なかった。
あの時――いや、もっと前にルザミーネを止める力を俺が持っていれば。
あんなにも、悲しそうな表情を彼にさせることはなかっただろう。
彼は俺たちには何も手を出さず、ただ悲しそうな顔をしたままその異形たちを引き連れ去って行った。
その日のエーテル財団の被害はいくつかの紛失したウルトラボールと破壊された地下施設のみであり、人的被害はゼロに等しかったという。
あれ以来、ルザミーネの狂気は一段と進んだ。順調に進んでいたプランが全て水の泡となったのだ、他で取り返そうとするのも当然だろう。
俺とリーリエにより狂気を押し付けてくるようになり、遂には俺もエーテル財団の真実に気が付いた。
そうして年月が経った後、俺はヌルを連れて逃げ出し、リーリエもコスモッグを連れて逃げ出した。
…………それが、全てだ。
◆◆◆
「………その、なんというか」
「ああいや、特に何か感想を求めている訳じゃない。最初にも言った通り、ただの懺悔だ。お前には付き合ってもらう形になってしまったな、すまない」
語り終わり、何か言おうとしたミヅキを遮ってグラジオは立ち上がる。
しかし懺悔とは言うものの、彼の拳は話しているときからずっと握られたままであり、全く心労が軽くなった様子を見せない。ミヅキはなおも言葉をかけようとするが、中々言うべき言葉が見当たらなかった。
「いや、でも……」
「………そうだな。じゃあ、一つだけ頼んでもいいか」
引き下がるミヅキに折れたような形でグラジオが一つの頼みごとをする。当然、ミヅキは頷いた。
「彼の名前を覚えていてくれないか。彼の名前は、カイ。ウルトラホールの影響か、名前を失っていた彼にかつてルザミーネが付けた名前だ。今思えば、
どこかで聞いた名前だな、と思いつつ口の中で反復する。彼はこの名のことをどう思っているのだろうか。
「もしかしたら、有名になってたりするのかもな。カイは本当にすごい奴だった。俺は時事に疎いところがあるし、案外どこかで活躍してたりするのかもしれない。もしそうなんだとしたら、今すぐ当時のことを謝りに行くんだが。……フッ。笑え、希望的観測だ」
そう最後に言い残して、グラジオはリーグを後にした。
一人きりになった玉座の間でミヅキはふう、と息を吐く。
今日は朝から重い話を聞いてしまった。アセロラの元にでも遊びに行こうと気分を新たにし、落ちていた新聞を捨てて出かける支度をする。
そのカイとやらの少年の話にはひどく共感するし、何とかしてあげたいとは思うがぶっちゃけ私にはどうしようもなさそうな感じだ。そういうのはリラさんとか国際警察の仕事だろう。
アセロラと今日は何の話をしようかな、と考えていると、先の新聞を捨てる時に目に入った今日開催されるというガラルリーグの話が思い浮かぶ。
何でも聞いた話では随分と幼い女の子がチャンピオンに挑むかもしれないらしい。もしその子がチャンピオンになったら私と一緒だな、なんて思いつつ服を着替えるのであった。
累計ランキングにとうとうこの作品も載ることが出来ました。本当にありがとうございます。
これは余談なのですが、累計入りする点数のハードルが昔と比べて高くなっていますね。私の別作品が累計入りしたときは総合評価13000点くらいで載った記憶がありますが、今見ると境界線の300位でも16000点ほどです。
これがハーメルンのアクティブユーザーが増えたことによるものならば、非常に喜ばしいことですね。
また、これも非常に嬉しいことなのですが、問屋様から挿絵を頂きました!
素晴らしい絵を描いて頂き、本当にありがとうございます!