ガラルの悪のジムリーダー   作:アタランテは一臨が至高

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今回は山なし日常回です


withルリナ

“ジムリーダー序列確定 キバナが又も1位”

 

 デカデカと書かれた新聞の見出しを眺めながらポケモンリーグの書類仕事を行う。

 記事を見てみると、今季のメジャークラスのジムリーダーの序列と、担当するジムが記されていた。

 

 1位 キバナ  ナックルスタジアム

 2位 ネズ   スパイクスタジアム

 3位 カイ   キルクススタジアム

 4位 カブ   エンジンスタジアム

 5位 ヤロー  ターフスタジアム

 6位 ポプラ  アラベスクスタジアム

 7位 ルリナ  バウスタジアム

 8位 サイトウ ラテラルスタジアム

 

「サイトウ以外は見慣れたメンバーだよなあ。……ん? でもこれってもしかすると……俺の所を除けばゲーム通りか」

 

 基本的にジムチャレンジの順番は序列順だが、難易度を考慮したりしてヤロー・ルリナ・カブの三人は最初に配置される。

 すると、ものの見事に原作通りの順番になるのである。

 

「確かにローズ委員長もメインプランを開始するって言ってたしなあ……。とすると、来るのか。()()()が」

 

 

 この世界には、「主人公」が存在する。

 

 遠く離れたカントー地方ではとある悪の組織がたった一人の少年によって壊滅させられ、ジョウトに落ち延びた残党もこれ又一人の少年によってその目論見を阻止された。

 

 ホウエンでは天変地異を鎮めた女の子がいると言うし、シンオウには時と空間の歪みを正した子供たちがいる。

 

 イッシュでは一人の少年が竜を目覚めさせポケモンリーグを救い、カロスでは世界の危機すら防いだ子らがいる。

 

 アローラの話は聞いていないが、大方国際警察が情報統制でもしているのだろう。ウルトラビーストのことを一般人に知られる訳にはいかない、という理屈だ。

 

「あー、気が重いな」

 

 果たして自分は主人公という存在を目の前にして、どのような思いを抱くのだろうか。

 普通に相対するのは構わない。実際、今挙げた内の何人かとは会ったことがある。

 

 問題なのは、俺が()()であることだ。

 ローズ委員長を倒し、ムゲンダイナを倒し、果てには無敵のチャンプまで下す将来のチャンピオン――マサル、あるいはユウリ。

 

 彼、あるいは彼女と戦って俺は勝てるのだろうか。

 少なくともザシアン・ザマゼンタはあちら側につくだろう。こちらも戦力は蓄えているとはいえ、主人公というのは勝利する存在だ。

 

「あー、でもなあ。やんなきゃいけねぇんだよなァ」

 

 嫌気のさしていた頭を切り替えるためにコツンと額を殴る。

 

 結局のところ、俺に選択肢はないのだ。

 勝たなければ、()()は訪れないのだから。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――俺は今、不自由を感じていた。

 でも、俺がいつも恐れていた不自由はもっとシリアスなものであったはずだ。

 

「アナタの愛するポケモンのためにィ――マクロコスモス・ライフのポケフード、大好評発売中!!」

「……はい、OKでーす」

 

 監督らしき男からその言葉が出ると同時、被写体であった男――カイは一気に疲れた表情を見せる。

 

 先ほどまでカイは監督の怒涛のNG地獄に襲われていたのだ。一体何回撮り直しをしたのか。

 撮影が終わっただけで自由を感じるようになってしまっている。

 

「見たか、30秒間ぽっちのためだけにこんなにNGが出るんだぞオリーヴ」

「アナタのぎこちない演技が駄目なのです。一体今までで何本CMを撮ってきたのですか。それと、呼び捨てはやめなさい」

 

 現在、ジムリーダーとして一躍有名人となっていた俺は出演料のかからないタレントとして都合よくマクロコスモス社のCMに使われていた。

 

 当然、ローズ委員長に逆らえない俺が出演依頼を断れるはずも無く。

 結果としてかなりの頻度で新しくCMを作る度に呼ばれ、次第に監督たちもトップアスリート相手と思えない程好き勝手にNGを出すようになっていた。

 

 流石に俺もこの現状には不満を持ち、それとなくローズ委員長に愚痴を零したところ今回のオリーヴ派遣に至ったという話だ。

 しかし先ほどの発言からして、委員長のために働けることこそ幸福と信じているこのローズ馬鹿に見てもらっても何も変わらないだろうことがわかった。

 

「あー、うん。もういいや、帰るわ」

「そうですか。それでは私はもう少し彼らの作業を観察してから帰ります」

 

 ローズ委員長から与えられた仕事はどこまでも真面目に熟すオリーヴを後目に、スタジオを出る。

 

 きっとこれからも体よく使われ続けるのであろう。そう思うとまた疲れた気分になり、溜息を吐く。

 

 溜息は幸せを逃がすと言うが、抑えきれない苛立ちが募っていた。ローズ委員長と違って融通がきかないヤツだ、と頭の中でオリーヴの愚痴を言って鬱憤を晴らしながらTV局内を歩いていると、仕事帰りであろうルリナと出会う。

 

「あら、カイじゃない。撮影終わり?」

「そうだ。今日はポケフードのCMだな」

「へぇー。アナタ、マクロコスモスグループの企業でCMに出てないトコもうないんじゃない?」

 

 何となく、一緒に歩く雰囲気になる。

 ジムリーダー同士は結構仲が良い。流石に試合前後なんかは関わらないようにしているが、今のようなオフシーズンだったら試合のことは切り離して一緒に遊ぶこともある。

 

 俺が降格を決定づけたマクワだって今……は流石に厳しいかもしれないが、もう少ししたら一緒に汗を垂らしながらトレーニング、なんていうのも出来るだろう。

 

「今から時間空いてる? この前いい喫茶店を見つけたのよ」

 

 大き目の帽子とサングラス、いつもの変装用のそれを身に着けたルリナから茶の誘いを受ける。

 特に断る理由はない。俺もマスクと眼鏡を手に、頷いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ルリナの案内に任せて道を歩いていくと、TV局から5分ほどで目的地に着いた。

 ルリナはもう顔馴染みになっているらしく、マスターと挨拶を交わしてから席に座る。

 

「エネココアを2つ。あと、スッパサダとアマサダもお願いできるかしら」

「はい、わかりました」

 

 注文も完全にお任せだ。ルリナのセンスを信じよう。

 

「勝手に頼んじゃったけど大丈夫? カイって甘党だったと思うから甘いものにしたけど」

「ああ、うん。よく覚えてんな」

「そりゃあ見た目にぴったしだもの、すぐ覚わるわよ」

 

 とするとスッパサダはルリナの、アマサダは俺のになるのか。

 

「それにしても、マラサダなんてこの辺で食べられるんだな」

 

 マラサダはゲームだとサンムーンで出てきた食品で、ドーナツみたいなお菓子である。確か現実世界にも同じものがあったはずだが、実際に味わったことはない。

 

「うん、この店の本店ってアローラにあるらしくて。メニューもあっちのものとほぼ一緒なんだってさ」

「へえ。……あ、お前が広告に出てるぞ」

 

 正直言って、アローラには余り良い思い出はない。咄嗟に目に入ってきた服の広告に話を逸らす。

 

「ああ、あれね。結構ケチつけられて余り良い仕事じゃなかったわ」

「ふーん。お前クラスに文句言うやつもいるんだな」

「そうそう。こっちは真剣にやってるのに仕事以外のところで色々言われたりすると流石に腹が立つわね」

 

 ルリナの愚痴を適当に流しながら、やってきたエネココアに口をつける。

 すると、思ったより熱くて舌が痛みを伝えてきた。

 

「熱っ」

「え、大丈夫? この熱さが無理なんてあなた相当の猫舌なのね」

 

 慌てて口からカップを離し、息を吹きかけて中身を冷ます。

 猫舌な人は舌の使い方が下手なだけらしいが、どれだけ経っても熱い物を口に入れられる気がしない。

 

「まあでも、はがねタイプのジムリーダーらしいっちゃらしいのかしら。ほのおが弱点だし」

「そんなところが似られても困る」

 

 一体どうすれば克服できるのだろうか。ほのおが弱点じゃないはがねタイプなんて、本当に少数しかいない。

 その少数に当てはまるポケモンを思い浮かべていると、ルリナも同じことを考えていたようでその内の一匹の名を挙げる。

 

「あ、そうだ。ねえねえ、この前使ってたエンペルトってどうやって手に入れたの? あの子ってかなり珍しいポケモンじゃない。前から育てたいって思ってたのよね」

 

 この前、というかエンペルトはかなりの頻度で使っている。

 というのも、みずタイプの使い手であるルリナが興味を持っていることからわかるように、エンペルトは「みず・はがね」という非常に珍しい、というか唯一のタイプの組み合わせをしており、他のポケモンでは代わりがきかないのだ。そのため、ジムリーダーとしての戦いのときにはかなりの確率でパーティーに入っている。

 

「確かにガラルにエンペルトはいないもんな」

「というか、シンオウにしかほぼ生息してないし、そのシンオウでも珍しいポケモンじゃない」

「いや、まあその、俺のポケモンはほぼ全員マクロコスモスに用意してもらってるから……」

「あー、博士とのコネがあるってワケね」

 

 俺の言葉に納得した様子を見せるルリナ。

 今の俺の手持ちは全てローズ委員長に用意してもらったものであり、このポケモンが欲しいと言えば簡単に手に入るのが現状だ。……はがねタイプという条件が付くが。

 

「それならさ、この前タマゴが産まれたらしいから一匹あげようか?」

「え、いいの!?」

 

 目を輝かせて詰め寄るルリナに、思わず身を引く。

 女というのはやはりペンギンが大好きなのだろうか。いや、俺もポッチャマは可愛いと思うが。

 

「ああ、うん。別にいいよ」

「本当!? え、一体何を要求してくるワケ……?」

 

 俺が快諾すると今度は逆に腕で体を隠しながら距離を取るルリナ。

 こいつぶっ飛ばしてやろうか。

 

「お前一体俺をなんだと思ってんの?」

「試合中に年増とか言って煽ってくるクソガキ……」

 

 ルリナの言葉に青筋を浮かべながらも、アマサダを食べて心を落ち着かせる。

 やはり甘味は良い。人を癒す力がある。

 

「別に何もいらねえよ。……いや、やっぱ貸しひとつってことにしとくか」

「あ、そっちの方が安心。カイが何も要求しないなんて偽物かと思った」

 

 本当に俺をなんだと思っているのだろうかコイツは。

 イライラを抑えるためにアマサダをほいほいと口に入れていると、あっという間になくなった。

 

「先にお会計だけしとこっか。ちょっと払ってくるね」

「んあ? ちょっと待てよ、俺の分はいくらだ? 今財布出すから」

「いいよ、このくらい私の奢りで」

「いや、ダメだろ。ちゃんと払うわ」

 

 俺の言葉に、不思議そうに首を傾げるルリナ。

 

「何そんな顔してんだ? 普通に払えるぞ」

「いやいや、カイに払わせる方がダメでしょ。それに私が誘ったんだし」

 

 何だこいつ。俺に喫茶店の注文代を払う程度の甲斐性もないとでも思ってんのか?

 

「いいか? 俺はマクロコスモスグループの役員だぞ。それに今季は俺の方がお前より順位が上なんだから、モデルのことを勘定に入れたって俺の方が年収は上だ。この程度軽く払えるわ」

「あ、ふーん。そういう事言うんだ。親戚のお年玉あげた子供みたいな感じ」

「あぁ!?」

 

 これは煽られてんのか?

 そっちがその気なら、こちらも――と、更に口を開こうとしたところで横槍が入る。

 

「あ、あの……もしかして、カイ君とルリナさんですか?」

「ち、違ったら申し訳ないんですけど……」

 

 色紙を持った10代の少女二人組。サインを求めに来たファンだと一発でわかるが、俺だけ「くん」付けなのはなんなんだ。

 

「あぁ、まあそうだけど……」

「えー!? すっごーーい! ジムリーダー同士でお茶してるとこ見れるとか私今人生で一番幸運な瞬間かもしんない!!」

「え、ヤバいヤバいヤバい、ヤバいって!! あの、すみません、もし良ければサインをくれないでしょうか!!」

「あ、はい……」

 

 ファンたちの勢いに呑まれて思わず頷く。

 一方ルリナは慣れた様子でペンを受け取り、既にサラサラとサインを書いていた。

 俺も慌てて自身のサインを書く。

 

「あーーーー!! 本当にありがとうございます! 家宝にします!」

「あ、うん……」

「え、この店って良く使ったりするんですか!? カイ君とルリナさんっていつもお茶したりするんですか!? この前の二人のバトルで……」

 

 サインを書いても止まらない二人の勢いに、俺はルリナを盾にして縮こまる。

 一方ルリナは特に動揺した様子もなく二人を落ち着かせて質問に答えたりしていた。

 

 なんと頼りになる人物か。先ほどまで口論をしていた自分が恥ずかしくなる。

 

 その後ルリナの言葉に相槌を打つだけの機械になった俺がいつの間にかルリナに奢られていた事実に気付くのは、家に帰った後だった。

 

 

 

『To:ルリナ

 内容:今日の代金、今度返す』

『From:ルリナ

 内容:子供に払わせる訳にはいかないでしょ』

 

 

 やっぱ舐めてんなコイツ。




主人公の外見はショタです。

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