「国際警察、ウルトラビースト対策本部所属リラ、現着しました。これより作戦の開始を宣言します」
雷光の速度で駆け抜けるポケモンの上に跨り、アクジキングの餌食となるところだったユウリを間一髪で救ったのは――世界を股にかける正義の組織、国際警察の一員であるリラであった。
「国際警察……!? それに、そのポケモンは……ライコウ、か……!」
ナックルシティの宝物庫の番人でもあり、この中でもとりわけ伝説のポケモンについての知識に詳しかったキバナは一瞬でリラの跨るポケモンの名を看破する。
ライコウ。
ジョウトのエンジュにおける伝承に登場するポケモンであり、雷を司る伝説の一角でもある。
その力は当然疑うべくもなく、頼れる仲間の登場にキバナたちは沸き上がった。
ライコウの発する稲妻がバリアのような囲いを作り出し、その空間の中でリラは口を開く。
「ええ。以前から国際警察はマクロコスモス内部に探りを入れていましたが、この事態を未然に防げなかったのは我々の――ひいては、私の不覚です。そして更にここまで被害を出してしまったのも、非難されて当然だと考えています。代わりと言ってはなんですが……頼れる仲間を、連れてきました」
バチ、と音を立てながら雷電が走り道が開けると同時、土埃と轟音を立てながら三匹のポケモンと一人の人間がやって来る。
その彼らからはこの緊迫した状況には余り似つかわしくなく、呑気に話を続ける声が聞こえてきた。
「あの竜めは倒されたのだろう。ならば何故ヨらが行く必要があるのだ?」
「だーかーら! 何回言わせんだ! それとは別にド・ヤバい状況になってんだよ!」
「BASHIROooth!!!」
「BACROooooth!!!」
「な……何だァ、あのポケモンたち?」
「いや、それより……ピオニー君じゃないか! なるほど、頼れる仲間とは彼のことか!」
キバナは自身の豊富な知識を参照しても全く該当する対象がいない三匹のポケモンに、カブはかつての同僚に、それぞれ疑念と歓喜の念を抱く。
他のジムリーダーたちもかつてのはがねジムリーダーであり、一時はチャンピオンの位にまで成り上がったピオニーの登場に喜びを見せる。
その一方共にやって来たポケモンたちへの反応は、誰も彼らを知る者がいないからかひどく淡泊なものであった。
「ム……誰もヨらに反応せんではないか――」
「――
「DenShoooooooock!!!!」
だが、逆に敵対しているはずのカイのみがその三匹のポケモンの登場に対し目に見えて焦り始める。最強のチャンピオンマスタードの登場時も、ジムリーダーたちが結集した時もここまでの反応は示さなかったにも関わらず、だ。
カイの指示を受けたデンジュモクはライコウの電磁バリアに取り付き、電力の吸収を開始する。
それに対しライコウが牙を以て反撃をすれば、一時の停戦状態は破られ先の死闘が再開した。
「な……一体、そのポケモンは何なんですか!? あのカイさんがここまでの反応を見せるなんて尋常じゃないですよ!」
新たな戦力を加えつつも、未だ苦しい戦況の中ビートはリラに疑問を叫ぶ。彼にとって師匠であるカイがここまで警戒するポケモンの存在など有り得なかったのだ。
その疑問も当然か、とリラはライコウに指示を出しつつ声を返す。
「はい、彼は――」
「よくぞ聞いた! ヨは豊穣の王! 誇り高き冠の被り手! その名もバドレックス、である!」
リラの声を遮り、戦場の最前線へ躍り出るバドレックス。
一体何をバカなことを、とジムリーダーたちは目を覆う。
彼らの予想通り、良い餌が来たと言わんばかりにアクジキングが彼に襲い掛かった。
「ゆくぞブリザポス、レイスポス! どうもあの幼子を倒せば話は全て解決しそうな感じではあるまいか!」
「BASHIROooth!!!」
「BACROooooth!!!」
彼が両の手に二本の手綱を持てば、青の光に三匹のポケモンは包まれその身を巨大化させる。
それを苦々しい表情でカイが見つめる中、アクジキングはその口を大きく開いて――
「ヨらの三位一体の最強形態――名付けて、バドレックス:チャリオッツバージョン、である!」
氷霊の双馬を従えたバドレックスの一撃に、その巨体は地に沈んだ。
◆◆◆
「おいおいおいおい……なんだよそれ、なんだよそれッ!」
ゲームにすら登場しなかったバドレックスのフォルムチェンジに、思わず声を荒げてしまう。
バドレックスのモデルはケルトの王であり、彼らの権威を象徴する
「何だァ!? 冠の王サマ、ド・強いじゃねえか!?」
「フフフ、もっと崇めるがよい、讃えるがよい! オヌシらにも力を分け与えてやろう!」
その言葉と共にバドレックスから蒼の光が溢れ出れば、ジムリーダーたちのポケモンがみるみる回復されていく。
クソが、本当にここに来て相手するようなポケモンじゃない……! 伝説三匹の融合体の、余りの強さに軽く眩暈を覚える。
「アクジキング、起きろ! ダイマックス権はこっちが握ってんだ、まだ押し切れるはず――!」
一先ずアクジキングにエネルギーを送り、バドレックスに喰らった一撃の傷を回復させる。まだだ、まだこちらが有利だ。まだ、戦力は逆転されてない!
「ム? そうか、この巨大化の力……他のポケモンにも渡せばよいのだな!」
「――は?」
同時、バドレックスから他のポケモンたちへ流れ出る蒼光。ザシアンとザマゼンタ以外に受け取られたそれは、ムゲンダイナを源とするガラル粒子が発生させる現象と全く同一のもの――即ち、ダイマックス現象を引き起こした。
「す、すごい大自然の力を感じるんだな! よーしアップリュー、『キョダイサンゲキ』!」
「ええ、丸ごと押し流しちゃいましょう! カジリガメ、『キョダイガンジン』!」
「うん、これはすごい……! いくよマルヤクデ、『キョダイヒャッカ』!」
「もうッ! 全部! 壊しましょう! カイリキー、『キョダイシンゲキ』!」
「………やっちゃえ…………! ゲンガー、『キョダイゲンエイ』……!」
「少しばかり、ピンクというのを教えてやろうかね! マホイップ、『キョダイダンエン』!」
「喰らいなさい、我々の全力というものを! セキタンザン、『キョダイフンセキ』!」
「喰らうんだよ、アタシらの全力って奴を! ラプラス、『キョダイセンリツ』!」
「こんな状況では拘りとか言ってられませんね……。ストリンダー、『キョダイカンデン』!」
「まとめてぶっ飛ばしちまえ! ジュラルドン、『キョダイゲンスイ』!」
「ジュワッ! となっちまえよォ! ヤドラン、『ダイアシッド』!」
「メキョッ! となってしまえばよいのです! ヤドラン、『ダイサイコ』!」
「さぁていっちょやっちゃうよ! カメックス、『キョダイホウゲキ』!」
「喰らえェい、我らが秘奥! ウーラオス、『キョダイレンゲキ』!」
「受けてみなさい、大いなるピンクを! ブリムオン、『キョダイテンバツ』!」
「気持ちよくおねんねさせちゃうよ! オーロンゲ、『キョダイスイマ』!」
「これが俺たちの力だぞ! ゴリランダー、『キョダイコランダ』!」
「こりゃあド・スゲェな! ダイオウドウ、『キョダイコウジン』!」
「最後、の……力、を……! リザードン、『キョダイゴクエン』!」
「2°右に修正……1°下……そこ! エースバーン、『キョダイカキュウ』!」
怒涛の大技の連発に、いとも呆気なくこちらの優位性は崩れていく。
戦力差は、とうの昔にひっくり返っていた。
「クソ、が……! 冗談じゃねえぞ……!」
そして余りの出来事に呆けていた俺の隙を突き、リラが雷光の速度で距離を詰めてくる。
しかし彼女の伸ばした手は、あと一歩の所でルナアーラに阻まれた。
「Mahinapee‘aaaaaaaa!!!!!」
「……! 邪魔を、しないでください!」
バチリ、とライコウが音を走らせて電撃を浴びせるも、効いた様子を見せないルナアーラの反撃を見て距離を取る。
禁止伝説と準伝説の差か。ルナアーラの優勢に少しだけ安堵の念を覚えた。
「あァッ、そうだよ、リラ! 手は出さないって話だったのに、何で今更お前が――!」
「……ああ、その話ですか。簡単なことですよ。
俺のぶつけた怒りへ、目の光を消して答えるリラに一瞬身震いする。
何だ、リラは「どの嘘」のことを言っている――?
「
「――っ」
「アナタがホウエン出身ということも、ウルトラビーストと意思の疎通が出来ないということも、マクロコスモスの計画はアナタに危害を加えないということも――全部、嘘だと知っていました」
淡々と自身の嘘を暴いていくリラの顔は恐ろしいほどに無表情で、それは俺に恐怖の念を抱かせるには十分に過ぎるものであった。
「でも、それで良かったんです。アナタと私は同じ境遇ということだけは真実だと知っていましたから。嘘まみれの関係でも、そこに身を委ねるのが心地良い内はそれで良かったんです」
「なら、なん、で――」
「だって、アナタが危険な目に遭うなんて許せませんから」
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る感覚。
違う。俺はコイツと今まで会話してきたつもりだったが、全く違う。最初の一手目を、間違えていた。
「アナタが幸せになる道は、その孔に千年閉じ込められることなんかじゃありません。私が、別の道を作ってあげます。そのためにかなりの時間を要しました。バドレックスの力の復活、ブリザポス・レイスポスの捜索――ここまで遅れてしまったのは、偏にそれらに手間取ったせいです」
不味い。リラに対する警戒レベルを一段引き上げる。コイツは、今すぐ排除しなければ俺が喰われる――!
「ああ、カイ! 唯一の私の仲間! 大人しく眠っていてください、すぐに救い出してあげますから――ライコウ、ダイマックス!」
青い光を纏い、その身を巨大化させるライコウ。
伝説の力を有するそのポケモンは、バドレックスからの支援を受け更なる強化がなされる。
「そこの邪魔者を、潰して! 『ダイサンダー』!!」
頭上に集まる黒雲。
莫大な電力を保有したそれは辺り一帯に電力場を形成するほどのものであり、その一撃はルナアーラにも通用することが予想された。
光り輝く天の雷。それはまさに今敵の真上から落とされようとし――
「――カ、ハッ」
同時、口内に広がる鉄の味。今度は飲み込むことすら出来ない量の血が溢れ出、その顔と手を濡らす。
「!! 止まって、ライコウ――」
「――は。演技じゃねえ動きは流石に、見抜けねえみたいだな」
ルナアーラとネクロズマの一撃が、動きを止めたリラとライコウに突き刺さる。
驚きの表情を浮かべながら彼女は、偶然の一手によっていとも呆気なくその意識を闇に落とした。
◆◆◆
バドレックスというポケモンの援護によりダイマックスの力を得た私達は、一挙に戦況を優勢なものとしていた。また援護する彼自身の強さも凄まじく、伝説であるザシアン・ザマゼンタに全く劣らぬどころか超えうる力を見せつけている。考えるまでもなく彼も伝説のポケモンの一角であろう。頼もしすぎる味方を国際警察は連れてきてくれたものだ。
そんな中、戦場の中心から少し距離の離れた街の一角で、ライコウがダイマックスする様子が見える。恐らくはリラさんとカイさんの戦闘が開始したか。早まったことをしてくれたものだ、と思う。
――尤も、「彼」の苦しむ様子を見て冷静さを失い、危機に陥ってしまった私が言えることではないのだけれど。
キョダイマックスをしたエースバーンに指示を出し、先の恩返しではないがリラさんの援護へ向かうことにする。
バドレックスの参戦前までと違い圧倒的な破壊力の乗ったリベロの変幻自在の動きはそう簡単には止まらず、いくら強大な敵と言えども完全に私達の行き先を封じるのは不可能であった。
道程は順調。彼らの元に辿りついてからの行動も頭の中では組みあがっている。リラさんを連れ、その場を離脱。ウルトラビーストとやらを先に処理してから、全員であの二匹にかかれば良い。そも、ライコウも伝説の一角。そう簡単にはやられないだろう――と、多少楽観していたその時。一つの声が、戦場に響いた。
「このままじゃ負けだよなァ。このままじゃダメだよなァ。……どうにか、しないとなァ!
――ネクロズマ、
私の直感が警鐘を鳴らす。
あれは、不味い。
ネクロズマと呼ばれた黒の異形がその身を分解させ、ルナアーラと呼ばれた月の異形に纏わりつく。それは一見鎧の装着のようにも見えたが、ユウリの目は「寄生」という本質を見抜いていた。
「――Mahinapee‘aaaaaaaa!!!!!」
それはある地において、「暁の翼」と呼ばれる形態。
光を求めたネクロズマが、ルナアーラを取り込み延々と光エネルギーを吸収し続けるための合体。
ネクロズマの「プリズムアーマー」で身を覆われているが故に防御力は絶対であり、強制的にルナアーラの力を引き出し続けるが故に攻撃力は圧倒的。
伝説と伝説の融合体であるそのポケモンは考えるまでもなく強大に過ぎ、ただ一匹のみで戦況を左右する力を有していた。
「ネクロズマ、ダイマックス。そして――『フォトンゲイザー』」
「――っ! エースバーン、『ダイウォール』!」
「彼」とネクロズマと呼ばれたポケモンが赤い光に包まれると同時、この日何度も目撃したポケモンの巨大化――ダイマックス現象が起きる。
しかし紅の閃光が晴れた後も放つ光は止まらず、莫大な光量が前方のポケモンを飲み込み始める。
「URUWooWoooo!!!」
エースバーンの展開した守りすら軽々と貫くその光に、ザマゼンタが叫びを上げて間に割り込む。最強の盾に阻まれることでようやく止まったその一撃は、伝説の威光を知らしめるには十分であった。
「――これで終わりだとでも、思ってんの? ネクロズマ、『シャドーレイ』」
「!!」
「URU……Woooo!!!」
月光の一撃が再度前方へ放たれる。本来ならばルナアーラの有するエネルギーを限界まで引き摺り出して放つ大技は、ムゲンダイナの残したガラル粒子から抽出される無限大のエネルギーの供給によって、ユウリたちにとっては絶望的にも連発を可能としていた。
「URUWoooo!!!」
その絶対的な攻勢を、何とかザマゼンタが受け止め続ける。
しかし今はザマゼンタの堅牢な防御力故、戦況は保たれているが直に限界が来ることは想像に難くない。ユウリは次なる一手を打とうとして――
「――そいつ、邪魔だな。『プリズムレーザー』」
瞬時の溜めの後、放たれる光線。
その一撃は無敵の護りなど塵屑のように吹き飛ばし、最強の盾は地に伏せた。
「――ムムッ! どう考えてもそちらの方が不味いではないか! こちらの異形共に手間取っている内に英雄の片割れを失うとは――ヨ、不覚である!
ゆくぞブリザポス、レイスポス! チャリオッツバージョンの力を見せつけるのだ!」
ネクロズマの参戦を危機と見たか、ジムリーダーたちと共にウルトラビーストを相手していたバドレックスがユウリの元へ駆け寄る。
同時に放つは「ブリザードランス」と「アストラルビット」、人馬一体の最強の二撃。
しかしカイはその恐ろしいまでに強大な攻撃を目の前にしても、ただ不敵に笑うのみであった。
「そうだよなあ、無限のエネルギーがこっちにゃあるんだ。負けるはずがねえんだよ」
氷と霊の合体技は、間違いなく敵を致命に至らせる威力を内包しており――更なる輝きを身に纏ったネクロズマに、その剛腕を以て受け止められた。
「――なッ! ヨの必殺技が、受け止め、られ……!?」
「Zパワーは無くても、無限大のエネルギーがあれば代用できる。Zクリスタルが無くても、エネルギーを媒介する存在があれば代用できる」
ネクロズマが纏う更なる輝き。それは、今は気を失っているリラが見れば一目で「Zパワー」と看破したことだろう。
それだけ強力な力であり、そして本来なら有り得ないはずの力であった。
そう。本来ならば、アローラの試練を受けていないカイが扱えるエネルギーではない。それを無理に使った代償は、カイの口元を流れる赤い液体が物語っていた。
「……躱すなよ、これは俺もキツイんだ……まあ、躱したくても躱せねえだろうがな。
――ネクロズマ、『ムーンライトブラスター』」
開かれる異次元の孔。全てを吸い込まんとするそれに、バドレックスは自ら飛び込むことで他を庇う。
しかしそれはカイの望まんとする所。この冠の王さえ打倒すれば、後に残るはダイマックスの力を失った一般ポケモンのみとほくそ笑む。
「来い! この二頭と共にあれば、ヨは無敵だということを教えてやろう!」
「あ、そ。――やれ、ネクロズマ」
この異空間の主はネクロズマ一匹のみ。彼が放つ六つに分かたれた極光は、ただそこに在るだけで周囲を焼け焦がす程の熱量を誇る。
その光線が一つに収束すると共に、ネクロズマの全力の一撃がバドレックスへ向け襲い掛かった。
「――ム、ム……これは少々、厳しい、で、あるか……」
「チ……仕留めきれなかったか」
Zパワーが霧散し、ウルトラホールが消滅するとバドレックスとネクロズマは元の空間へ舞い戻る。
しかしネクロズマのZ技を受けたバドレックスは先と違い、見て分かるほどに消耗していた。
伝説の援護を受け、戦局は好転したかのように見えたがその実、無限のエネルギーを有する敵はカイの身体が持つ限りは不死身。何度倒しても傷は癒え、一方こちらもバドレックスの豊穣の力があるとはいえそれにも限度がある。
ジリ貧。その言葉が、ユウリの脳内をよぎる。今の所優勢ではあるが、勝利には届かない。対し敵は尽きぬエネルギーによって一歩ずつ着実にこちらを追い詰めている。
そして更に、状況は悪化していく。
「やれやれカイ君、そんなに無理をして死んでしまっては元も子もありませんよ。どれ、少し加勢してあげましょうかね……ダイオウドウ、キョダイマックスです」
後ろにどこか暗い表情をしたオリーヴさんを引き連れつつ登場するローズ委員長。ここに来ての敵の加勢は、ユウリを以てしても表情をしかめさせるに足るものであった。
ネクロズマを放置するのは危険ながらも、他に選択肢はない。もう一度叩き潰してやる、とエースバーンに指示を出そうとし――
「――オメェの相手は、このオレだ」
かつてのチャンプが、狙っていた敵の登場に歯を剥いて飛んでくる。
「ピ、ピオニー、さん……?」
「すまねえな嬢ちゃん、コイツの相手は俺にやらせてくれ。ちょっと因縁が……それも、結構なモンがあるんだ。
――場所を変えようぜ、ローズ」
突如現れたピオニーさんに、ローズ委員長は怪訝な顔を返す。
因縁というのは……聞いたことがある、確か二人は兄弟だったとか。
「急に現れて何を言うかと思えば……敵の言に従うわけがないでしょう。相変わらず、バトルと違って頭の方は――」
「うるせえな。俺が場所を変えろ、っつってんだよ」
同時、鳴り響く爆音。
ローズ委員長のキョダイダイオウドウが音を立てて吹き飛ばされたかと思えば、それを成したのもまた、キョダイダイオウドウであった。
「――はあ。仕方がありませんね、久々にお灸を据えてあげましょう。オリーヴくん、行きましょうか。なに、すぐに終わりますよ」
「ぬかせ。俺はずっっっっとテメェをぶっ飛ばしたくてたまらなかったんだよ!」
牙を剥いて笑うピオニーさん。吹き飛んだダイオウドウを追うようにして、彼らは戦場を変えていく。
しかし私は、最早彼らを見ていなかった。私が見ていたのは――
「――家族、か」
二人を見て、どこか懐かしむように、どこか悲しむように笑う「彼」の姿であった。
「エースバーン、戻って」
モンスターボールに赤い光と共に戻っていくエースバーン。
私達の唯一の戦力とも言える、ポケモンを自ら戻したことに「彼」はひどく驚いているようだった。
「何やってんだ、お前。もしかして……降参、か?」
そう聞く「彼」は、先までの勝利を望んでいた姿とは対照的にひどく悲しそうで。
人の心情を見抜くのが苦手な私でも、「彼」の本音はとうの昔に見えていた。
「……私、正直さっきまではちょっと迷ってたんです。カイさんが血を吐いた時は、今すぐ助けなきゃって思ってたけど……もしかしたら私の知らない事情があるのかな、って。もしかしたら、千年眠ってた方が嬉しいのかな、って」
腰から一つのボールを取り出す。
それは今までひたすらに隠し続けていた一匹であり、それと同時に私の最強の一匹でもあった。
「――でも。カイさんが今懐かしんでた『家族』は……多分、千年先にはいないと思うんです。もしかしたら今もいないのかもしれないけれど……それなら、新しい家族を作ればいい。でも千年先でそれが出来るかって考えたら、ちょっと微妙かな、って」
カチリ、とボールのスイッチを押す。
このポケモンを出すということは、私の「本気」を見せることだ。かつて私を負かした「彼」に、リベンジの時がやってきたのだ。
「私は、あなたの『幸せ』を――尊重します。でも、きっと、千年先の未来にはあなたの『幸せ』は存在していない! 宣言します! 私はあなたを、止めます!
――行って、ウーラオス!!」
「BEAaaaaaaa!!!!!」
現れるは、「剣」「盾」「冠」に続く第四の伝説――「鎧」のウーラオス。
ガラルの王の一人が、この地の危機にその拳を掲げ立ち上がる。
「――ハ、ハ! 来いよ、ユウリ! 俺も全力で相手してやる!
目覚めろよ、ウルトラネクロズマ!!」
対しカイも己の最終兵器を繰り出す。「ウルトラバースト」と呼ばれる現象は無限大のエネルギーを以て再現され、ネクロズマを黄金の輝きで包み込む。
その姿はまさに光神。先までの絶対的な力すらもが霞む力を放出する。
「キョダイマックス、ウーラオス!! 全部ぜんぶぜんぶ、貫いて!!」
「真っ向勝負だ、ウルトラネクロズマ!! 正面から叩き潰してやれ!!」
「BEeeAAaaaaaaa!!!!!」
「QuAAaaaaaaaaa!!!!!」
「暗黒強打」と呼ばれるウーラオスの最強の正拳をウルトラネクロズマは絶対の膂力を以て受け止め、一撃を返す。
二匹はまさにこの場における最強であり、その決戦は神話の戦いに等しかった。
「ハ、ハハハ! そうだよなあ、そうだよなあ! 『主人公』は、やっぱ強いよなァ!
でもよォ、ネクロズマ! お前が負けるはずが……ねえんだよな!!」
「――QuAAaaaaa!!!」
カイの言葉に、呼応するかのようにウルトラネクロズマの輝きが増す。無限大のエネルギーをまさしく無限に吸収した伝説のポケモンは、最強と言う他ない強さを誇っていた。
「カイさんは覚えてないでしょうし、こんな姿じゃありませんでしたけど……私たち、この子と一回戦ったことあるんですよ?
一体何度頭の中であの戦いを繰り返したと! 思ってるんですか! ――ウーラオス!!!」
「――BEAAAaaaAAaa!!!」
しかして相対するは努力する怪物。
ユウリの指示と共に、ウーラオスの動きは即座に最適化されていく。
彼らの強さの本質とは、その才能によるものではない。いや、それが凄まじいものであることは否定しないが……彼らの心の奥底、勝負における原体験とは、いつまで経ってもかつての鎧の孤島での一戦なのである。
その勝負はユウリの頭の中で何度も繰り返され、やがて彼女の
「BeeeAAaaaaaaa!!!!!」
「QuAAAaaaaaaaa!!!!!」
ぶつかり合う拳と拳。体躯と体躯。共にダイマックスの力を得ている伝説ポケモン同士。お互いの破壊力は凄まじく――戦いの終わりもまた、近づいていた。
「これは負けられねえ戦いだ――最強の一撃を撃つしかねえ! 行くぞ、ネクロズマ!」
カイが叫ぶと同時、またもや赤の閃光に二者は覆われる。
これより放たれるは最強の一撃であり、そして戦いの決着をつけるものだとユウリは確信する。
ユウリも対抗するかのように、自身の意識を限界まで研ぎ澄ます。
彼女たちもまた、最強の一撃を放とうとしていた。
「喰らえ、俺たちのゼンリョクの一撃! 『天焦がす滅亡の光』!!!!」
放たれるは光の極致。
天すら焦がす灼熱はナックルシティの空を覆う黒渦すらをも吹き飛ばし、世界を滅する力を見せつけるように輝いていた。
対し、ウーラオスが取るは八極が構え。
打つは一撃のみでよいと、その目をピクリとも動かさず最高の主人の指示を待つ。
「――今! ウーラオス、『キョダイイチゲキ』!!!!」
神の光に対抗するは暗黒の一撃。
格闘の極意を得たウーラオスの技は、概念すらをも貫く必殺の拳である。伝承において「邪気を払いし神の使い」とも称される彼は、いざ敵を打ち抜かんと怯むことなく敵の攻撃へ拳を合わせる。
――ところで、古代アイルランドにおける最上の王の呼び名を知っているだろうか。
アルド・リー、和訳では
また円卓の騎士を統べるアーサー王の名もこの語源に連なるとされており、「熊」というものが古代イギリスにおいて重要視されていたことは推測に難くない。
それは即ち「鎧」の王たるウーラオスが「剣」「盾」「冠」の王たるザシアン・ザマゼンタ・バドレックスに勝ることを意味しており――外敵に対して真に立ち向かうべきは、最上位の王たる彼であることを意味していた。
「――BeeAAAAAaaaaaaa!!!!!」
「んな、バカ、な――嘘だろ!? ネクロズマが負けるはずねえんだ! ネクロズマは最強なのに、なん、で……!!」
ウーラオスの必殺の拳は段々と滅亡の光を押し返していく。
最強のポケモンは、ガラルの最上の王に力負けしていた。
「――カイさんって、ポケモンに愛されてるんですね」
「……は?」
「だって……どの子も、カイさんが勝ちたがってないのに勝ちたいなんて、思ってないようですから」
ユウリの言葉に、目を丸くするカイ。
そして数秒の沈黙の後、彼女の言葉を理解すると同時に一筋の涙が彼の頬を伝った。
「――ああ、そっか……俺、止まりたかったんだな…………」
ダラリと垂れ下がる腕。それと同時に、ネクロズマの放つ極光も陰りを見せる。
しかし、カイとネクロズマの顔には――確かに、笑みが浮かんでいた。
「いっけえええええ!!」
「BEAaaaaaaa!!!」
王の拳は天を貫き、黒夜も遂には晴れる。
全てが終わった後、ガラルの空にはただ、欠けることのない満月が一つ浮かんでいた。
バドレックスやウーラオスに関する考察は、以下のサイト様を参考にさせていただきました。
http://semiotics.blog.jp/archives/25264204.html
次回はエピローグです。
好きな作品はなんですか(番外編の参考にします)
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赤緑青・FRLG
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黄・ピカブイ
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金銀クリスタル・HGSS
-
RSE・ORAS
-
DPPt
-
BW・BW2
-
XY
-
SM・USUM
-
剣盾