「すみませんねカイ、マリィのワガママに付き合ってもらっちまって……」
「別に構わねえよ。この前キリキザンの調整も手伝ってもらったしな」
スパイクタウン。あくタイプのジムリーダー、ネズの故郷である少しばかり寂れた町。
そこで俺は、ネズとその妹マリィと、彼らのファンであるエール団の団員たちとキャンプを開いていた。
「カイ、兄貴、扇ぐのに集中しい! 火が弱まっとーよ!」
「はい、すみませんマリィ」
「いいか? 材料出してるの全部俺だからな? お前指図出来る立場にないからな?」
「しぇからしか! その豪華なきのみたちを全く使いもせず腐らせようとしとったのは誰かね!」
キャンプと言えばカレー。カレーと言えばキャンプ。ここガラルの地における法則に従い、俺たちもカレー作りに励んでいた。今は、起こした火を必死に扇いで強くしているところである。
「はあ~? マクロコスモスの技術力があれば半永久的な保存なんて余裕なんですけど。てかこのきのみたちにどんだけの価値があるのか本当にわかってんの?」
「本当に珍しいきのみをカイは簡単に持ってきますよね。財力もあると思いますが、どこか良い畑でも知ってるんですか?」
「いやいや、こういうきのみたちは自然で育まれた天然ものが一番よ。雪原の『あの木』に行けばいくらでも……」
「いくらでも採れるんならいくらでも貰うばい……カイ! もっと扇ぐ!」
パタパタとうちわで火を扇ぎながらダラダラと話し続ける。腕を振り続けるのに疲れた体は思考を放棄しており、自分が何を言ったのかも覚えていられない。
カレーの匂いにつられてやって来たマリィのモルペコを左手で撫でつつ、疲れ切った右手を酷使し続ける。
「大体さあ、おかしいだろ。何で客の俺がこんな酷使されてるワケ? 『久々にリザードン級のカレーが食べたい』とかいうしょうもないお願いのためにわざわざキルクスからやって来た俺に感謝はないの?」
「ありがと」
「全くの無表情で言われても感情が伝わって来ねえんだよなあ……!」
後ろでエール団員たちが悶えているが、俺には何も感じ取れなかった。
いつからマリィはこうなってしまったのだろう? 初めて出会い、カレーを作ってやった時は嬉しそうに感謝の言葉を述べながら3回くらい作るのを要求してきただけだったのに、2回目は指定された材料を持って来させられ、3回目以降にはもう最高級きのみを容赦なく使うようになってしまった。……あれ、最初から扱い悪くないか?
「すみません、妹は表情を作るのがヘタなんですよ。きっと内心ではバチュルくらいの感謝はしてるはずです」
「おかしくね? ねえそれおかしくね?」
ネズに詰め寄っていると、ようやくマリィの納得する火の強さまで燃え上がった。
疲れ切った俺はうちわを放り投げ、モルペコで遊び始める。お、頭に登ってきた。やはりポケモンはかわいい。非常に癒される。
「それじゃあ今度は混ぜないとですね」
「アニキ、混ぜるのはあたしに任せて欲しか。カイにあたしの料理の腕を見せたる」
何だコイツ、この前の料理対決で負けたことをまだ気にしてるのか。あの時の審査員はネズ以外全員買収済みだったということにも気づかず、憐れなやつだ。ちなみに、ネズは勿論100点を出していた。10点満点のため無効だったが。
……いや、そんなことより料理の腕を見せたいなら最初っから最後まで自分でやれよ。
「~♪」
俺の抗議をガン無視して、鼻歌を歌いながらカレーを混ぜ続けるマリィ。あんなことを言うだけあって、中々手慣れている。漂ってくる良い匂いに俺とモルペコのお腹がつい鳴ってしまった。
「オレの歌をハミングするマリィ、だと……!? この生涯に、もはや一片の悔いもなし……!」
コイツうるせえな。
隣で右手を掲げながら悟りの表情をしているネズを白い眼で眺めつつ、モルペコと一緒に完成を待つ。
「よーし、出来上がり! ほら、みんな待っとるけん早くよそいんしゃい」
今回はエール団員たちの分も用意したので、かなり大量に作った。大き目の鍋から豪快に盛り付けられた皿がみんなの所へ配膳されていく。
「はい、それじゃあいただきます」
「「「いただきます」」」
待っていましたとばかりに飛びつくモルペコを横目に、俺もゆっくり食べ始める。……うん、めっちゃ美味い。これは間違いなくリザードン級だろう。
「う、うめええええ!!」
「何だこれは! 高級な具材が舌の上で踊るのは勿論、ルーから感じるのは甘味、旨味、苦味、渋味、辛味、全てが絶妙に調整されたハァァァァモニィィィィ!!!」
「これほどの腕前……どこぞの名のあるシェフと見た!」
「ふふ、みんなが喜んでくれて嬉しか」
「何か全部自分でやったみたいな顔してるけど材料用意したの俺だからな?」
顔面に喰らった裏拳に悶えつつ、手間暇かけて作ったカレーを食べていく。うん、やはり美味い。キャンプのカレーは食べる度に前の世界の記憶を思い出して懐かしくなる。キャンプファイアーとか今度やってみようか。ポケモンの襲撃がヤバそうだが。
「あ、そう言えばさ。マリィって今回のジムチャレンジに挑戦するんだったよな」
「うん。兄貴とのトレーニングも最近は厳しめにしてもらっとる。それでモルペコもこんなにお腹空いとるってわけ」
マリィに口周りを拭かれながら不思議そうに首を傾げるモルペコ。トレーニング関係なしに元々このくらい食ってた気がするのは記憶違いなんだろう、うん。
「そうですね。オレばかりが相手になっていますし、カイにも少し相手をしてもらいましょうか?」
「やめとけ、やめとけ。もう少しで開催だって言うのにもしここで調子を崩したら困るぞ。
それに、お前だけならまだしも俺まで世話焼いてたら変なやっかみも出てくるかもしれん」
「そうたい。それにそんなことせんでも、ジムチャレンジでどうせ戦うことになるばい」
そう言うと、マリィは挑戦的な目つきで俺を見つめてくる。先ほどまで頬を膨らませていたモルペコも、ニヤリと笑ってこちらを睨みつける。
「へえ……。まあ、俺のところまで来れたら相手してやるよ」
「ブッ倒してやるけん、言い訳を考えときんしゃい」
それはそれとして、おかわりだ。
◆◆◆
「~♪~♪♪~~」
あの後、キャンプの後片付けをしたら唐突に始まったネズのゲリラライブを楽しみ、俺はスパイクタウンを去ることになった。
今鼻歌で歌っているのも、その時の曲である。
「愛してーるのエールをあげーる♪」
ネズは歌手としてもかなりの人気を誇っている。実際、その歌声は多くの人を魅了するものがあるのだろう。俺もあのライブではピョンピョン飛び跳ねて声援を送っていた。
……まあ、だから。少しばかり良い気分だったところを妨害されるのは、嫌なものなのだ。
「この辺でいいか? ……出てこいよ」
人目の無いところへ向けてわざわざ歩いてきたんだ。さっさと出てきて欲しい。
腰につけたボールを握り、いつでも出せるように構えておく。まだポケモンは出さない。人間というのは目に見える脅威が無ければ案外油断するものだ。敵の口は軽い方が良い。
「へェ。流石はジムリーダー様ってか? 一体いつから気づいてたのかねえ」
姿を現したのは如何にもといった姿の男一人。他に視線は感じない。仲間はいないと見て良いだろう。
敵の背後にはニューラとラフレシアが一匹ずつ。……まさか、それでジムリーダーである俺に勝てるつもりなのか? 単なるバカか、それとも何か秘策があるのか。
「お前ら、どこのモン? フレア団の残党か、この辺のマフィアか、ちょっと遠いけどプラズマ団とかもあるな。それともただの雇われ? もしかして――財団じゃあ、ねェだろうな」
「なァに、ただ天下のマクロコスモス様が今度やろうとしてることが雇い主にとって少し困るって話でさァ。お前も『裏』の人間らしいからな、手を出されるのも覚悟の上だろう、ガキ」
「……なんだ、ただの弱小企業の雇われか。別に聞きたい話も無いな――ハガネール、行け」
無駄な問答だった。バックに何もついていないならば、何も気にする必要はない。たまたま黒いトコと繋がりのあった企業が最後に足掻いた、と言ったところだろう。腰のボールのスイッチを押し、出てきたハガネールにポケモンたちを叩き潰せと命令しようと――
「――あ、れ?」
ボールに手をかけたまま動きを止める俺を見て、ニヤリと笑った男はこちらを指差して口を開く。
「ニューラ、やれ――『れいとうパンチ』」
瞬間、腹に感じる衝撃。
浮いた体はそのまま、背後の壁へと叩きつけられる。
「ガ、ハッ――」
「ハハハハハ! 無様だなァ、ジムリーダーさんよぉ! 頼りのポケモンが出てこない気分はどうだ? 怖いか? 寂しいか? ガキらしくママー、って泣いてもいいんだぜぇ!?」
男の言葉を無視して、もう一度ハガネールを出そうとしてみても結果は変わらない。他のポケモンでもそれは同じだ。一体、何が――
「ポケモンが出てこないのが不思議かぁ? そりゃ
「ボールの機能、を……?」
「ああそうだ。ヤツらはカロスのボール生産を裏から牛耳ってたみたいだから、一般に出回ってるボールの機能には詳しいんだろうよ」
なるほど。コイツがやけにペラペラと何でも話す理由がわかった。この装置がある限り、コイツには勝利が約束されている。ポケモンに勝てる人間なんてのは、それこそかくとうかとか一部の超能力者だけだ。
少なくとも、今の俺では確実にこのニューラとラフレシアを倒すことは不可能だろう。
「……マトモなボールは、確実にイカレちまうのか」
「ああそうだ。怖いか? 安心しろ。お前はかなり立場が高いらしいからな、人質として使わせてもらう。ラフレシアの『ねむりごな』でグッスリ眠ってるうちに全部終わってるさ。目が覚めたらお前の家だ」
それはないだろう。ローズ委員長は俺が足手纏いになったならすぐに切り捨てるはずだ。
そのため俺は自力でこの状況を切り抜ける必要があり、そしてその力を、
「そうか。少し聞きたいことが出来たが、無理そうだな。何せ、久々の食事だ」
「……? 何を言って――」
ジムリーダーとしてのボールから手を離す。
マトモなボールがダメならば、
油断し切っている敵に、盤面を丸ごと崩す一手を加える。
「――出てこい、GLUTTONY」
「■■■■■■■■■■■―――!!!!」
空気を震わせる咆哮。大地はその体躯を受け止めきれず、地響きが起こる。
UB05:
其は悪食の王。生命非生命、有機無機を問わず全てを喰らい尽くすブラックホールの化身。
果たしてこのポケモンの後には何が残ると言うのか。ポケモンの中でも最大級の巨躯を持つ怪物が、二本の舌を震わせながら此処に現れる。
「――は? 何、で……ボールは、使えないはずじゃ……それに、そのポケモンは、一体何なんだ……? な、何なんだって言ってるんだよ!!!」
男は震えながら後ずさる。しかし既に、悪食の王は獲物をその目に捉えていた。
「コイツのボール――ウルトラボールはマトモなモンとはかけ離れててよ。そもそも普通のポケモンを捕らえるためのじゃねえんだ。……こうなってみると、
「な、何を、言って……」
……どうやら、既に男の戦意は失われたようだった。もっとも、戦意があったところで国際警察ですら退けたアクジキングをどうこう出来るとも思えないが。
「コイツを出したからには、『誘拐未遂』にすることも出来ねえ。恨むなら、あんな手段を取っちまった自分を恨むんだな」
ドスン、ドスンと砂埃を上げながらアクジキングが男へと近づいていく。二匹のポケモンは我先にと逃げ去って行った。彼を守るものはもう、ない。
「あ。……あ、あ、ああああぁああああぁあぁあああぁああああ!!!!!」
「カイ、昨日は帰すのが結構遅くなっちまいましたが、大丈夫でしたか?」
「――ああ、何もなかったさ。何も、な」
今後の展開について
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男キャラとの絡みが見たい
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女キャラとの絡みが見たい
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もっとバトルが見たい
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掲示板回やれ
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本編進めろ