五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の園児
五等分の園児


 帰宅部の風太郎にとって放課後とはバイトか自主勉の二択しかない。

 

 自身の目標の為、極貧生活を生きる為にはどちらも欠かせないものだ。

 

 だが、最近は別の選択肢を選ぶことになった。

 

 それは強いられたわけではないが、心情的に欠かせない何かが、風太郎を突き動かしていた。

 

 

 

「中野先生」

 

 

 

 職員室前の廊下に、そう響かない自分の声に一人の教師が振り向く。

 

 あまり人気のある場所で話せるものでもなかった。この人と話す時はいつも周りに配慮が必要だった。

 

 先生はこちらを視認し歩み寄ってくる。

 

 しかし相変わらずの鉄仮面。声をかけても驚くことなく、まるで能面を被ってるかのようだ。

 

 時には鉄拳制裁を振るう鬼教師なのだから、こちらに近づいてくるこの光景は緊張してしまう。

 

 クラスの担任でもない。自分の授業を受け持っているわけでもない。普通なら名前すら記憶に留めることがなかっただろうこの教師に、風太郎はわざわざ出向いて声をかけた。

 

 どこか照れくさいと感じてしまう。ただでさえ美人だ。ミーハーのように先生を慕う男子生徒と同じように見られたくないものだった。

 

 手早く済ませようと直球に申し出た。

 

 

 

「今日も手空いてるんで、良かったらいきますよ」

 

「…いいのですか?

 娘たちも上杉君を慕っていますから、助かるのですが」

 

「あー、まあ…いつもの礼ってことで

 それに、あいつらと会うのも悪くないんで…いいですか先生」

 

 

 

 らしくない、ああらしくない。風太郎にとって金にもならない慈善活動は似合わない。

 

 だがこの人に対してだけは偽る言動は悪手だった。嘘を見透かされ何度鉄拳のお世話になったか。

 

 風太郎が試験の成績で学年一位を連覇している時には天狗になりかかっていた鼻をへし折られた。今までの努力を全否定されそうで泣きそうだったのだ。

 

 京都で出逢った憧れの人はいつも凛々しくかっこいい。そんな人に少しでも役立てるのなら時間など惜しまない風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーも…」

 

 

 

 幼稚園を訪ねることになるなんて、風太郎が高校を入学した時には予想しえなかった出来事だ。

 

 保育士や迎えに来た母親方の視線が生暖かくて居心地が悪い。この時間は子供を迎えに来るご両親が多くて恥ずかしさがある。

 

 事前に中野先生からの通達があるからこそ入ることが許されている。一つ違えば警察を呼ばれそうな立場は慣れないものだ。

 

 早く済ませて退散したい。風太郎は職員に連れられて園児たちの教室に入る。

 

 ドアを開いて早々、一人の女の子がこちらに向かって走ってきた。

 

 

 

「フータローッ!!」

 

 

 

 女の子は両手を伸ばして飛びついてくる。はっはっは、らいはに見られたら妬かれてしまうな…

 

 やれやれ、と風太郎は苦笑いするので精一杯だ。腹いてぇ…ジャンプして飛び込んできたぞこいつ。

 

 腹部に突撃されてやせ我慢している姿を職員に笑われてしまった。

 

 

 

「あはは…三玖ちゃん、お兄さんが迎えに来るよって伝えたら

 ずっと入り口のほう見て待ってたんですよ

 今日もお兄さん来てくれて良かったね」

 

「うん…でもフータローおそい…」

 

「おまえな…頼むからやめてくれ、怪我したらどうするんだ三玖

 って、泣くなって…悪かったな、怒ってないからな」

 

 

 

 懐いてくれるのは嬉しいのだが、感情に機敏な性格でちょっとしたことで泣かせてしまいそうだ。

 

 やめてくれと断っただけでこれだ。掴む手を離してくれたが子供の目尻には涙が滲んでいる。

 

 仕方ない、と風太郎はなけなしの腕力を酷使して三玖を抱えてやる。すぐさま両腕で首に抱きつかれたが我慢するしかない。

 

 ドタドタと教室の中が騒がしくなり始め嫌な予感がする。

 

 三玖一人でこの苦労。しかしまだ四人いる。

 

 

 

「うえすぎさーん! とうっ!」

 

「待て四葉! 走るな!

 ぐおお!」

 

「ししし

 うえすぎさんだ!」

 

 

 

 きゃっきゃっと、女の子がはしゃいで飛びついてきた。また腹部に直撃をくらいつつ。三玖を抱えてるのに容赦がない。

 

 三玖を落とさないように耐えるので精一杯だった。おい、待て登ってくるな。ジャングルジムじゃないぞ俺は。

 

 四葉は器用に手足を使って背後から風太郎の肩にしがみついてきた。まだ小さいからこの重みに耐えられるが帰る前に疲れ果てそうだ。

 

 隣の職員に助けを求める視線を送るが苦笑して見ているだけだった。騒がしくてすみませんね…

 

 頼むから騒がないでくれ、他の子供もいるし、帰り時だしやめてほしい。

 

 だが残りの三人は大人しい子たちだ。帰る準備を済ませたのか三人も風太郎のほうへ向かってきた。ちゃんと歩いて。

 

 

 

「うえすぎおそいっ!」

 

 

 

 大人しいのだが、この子もこの子で面倒だ。風太郎は女の子の憤慨する声に溜め息が漏れそうだった。

 

 

 

「こら四葉! うえすぎくんこまってるから!」

 

「ふーたろーくん、かばんもつよー」

 

「まったくもうっ」

 

 

 

 この三人はちびっ子のくせに気が回るから助かる。

 

 手がかからないわけではないがしっかりした子たちだ。一人難儀な子だがな…

 

 五月と二乃に四葉を背中から引き剥がしてもらい、一花に落としたかばんを拾ってもらう。

 

 気遣い上手な一花が風太郎に抱えられる三玖をじっと見つめていた。姉からの視線に三玖はぷいっと目を合わせず風太郎にしがみついている。

 

 到底降りる気はないらしい。後で降ろすから問題はない。

 

 始終笑っている四葉から解放され、これでやっと帰ることができる。

 

 

 

「後で覚えてろよ四葉、一花ありがとな

 あー、じゃあ、騒がしいの連れてとっとと帰りますんで

 いつもありがとうございます、またよろしくおねがいします」

 

 

 

 子供五人でこれほど疲れるんだ。一人で大勢見なくちゃいけない保育士は大変だな、と頭が下がる思いだった。

 

 またね、と手を振る職員や…五つ子の友達だろうか、子供たちからも見送られて施設を離れた。

 

 いやー微笑ましいな。うん、子供はいいよな。

 

 

 

「三玖降りてくれ、腕が死ぬ」

 

「やだ」

 

 

 

 俺に子育てなんて無理だな。頑なにしがみつく三玖を無理矢理降ろして悟る風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゅたたた~! あんぜんかくにん! よ~し!」

 

「おい四葉!」

 

 

 

 なにが安全確認だ。後ろを見ろ、離れすぎだろうが。

 

 子供の無邪気というか、無知と警戒心のなさにはひやひやする。

 

 中野家のアパートまでの帰り道。この時間にはまだ慣れず緊張してしまう。責任感の重圧もあるが子供たちが心配で仕方ないに尽きる。

 

 一人や二人の子供ならまだ許容範囲だ。しかし五人となれば風太郎の抱えられる容量を軽くオーバーしている。せめて両手で抱えられる人数であってほしい。

 

 こんな状況で頼りになるのが五つ子の長女の一花だ。

 

 本人は風太郎の鞄を持って得意げな顔をしているのだが。妹の危機だぞお姉ちゃんよ。

 

 

 

「一花、鞄はいいから四葉と手を繋いでくれ、あぶなっかしくてな」

 

「はーい

 五月、もってて」

 

「…一花はほんと素直だな…」

 

 

 

 同い年でも長女としての自覚を持って四人の面倒を看ようとしている。五つ子でもこんなに違ってくるものかと感心させられる。

 

 

 

「なんでおかあさんじゃなくてこいつなのよ…」

 

「だめですよ二乃っ

 うえすぎくんにしつれいです」

 

 

 

 素直という言葉に反応したのか、二乃が風太郎を睨む。その地獄耳はあの鬼教師譲りか。

 

 しかし子供たちから文句を言われるのは仕方なかった。二乃は知らぬ間に家に寄り付いてきた風太郎を嫌悪していたのだ。

 

 どこか認められない。その理由は本人にも分からないが受け入れられない。明瞭し難い幼稚なものだが明らかな拒絶を持っている。

 

 風太郎もそれを汲み取っているつもりでいるが、どうしたものか上手い方法が思いつかない。だからといって母親である中野先生に頼るのは情けない話だ。

 

 結局五月や一花に間に入ってもらっているのが現状。実にできた長女と末っ子だった。

 

 

 

「土日まで我慢だな」

 

「どにちはようちえんいかないもんっ! ばっかじゃないのっ」

 

「それもそうだ」

 

「…む~っ」

 

 

 

 当初は二乃に対して必要以上に構うべきではないと思っていた。触らぬ仏になんとやら。嫌われているものは仕方ない。

 

 が、二乃の言葉に生返事で返すとこの子からの敵視の頻度が多くなったのだ。流石に風太郎も頭を捻った。結局当たり障りのない返事を返すしかない。

 

 だが問題が起きる。一生懸命に手を伸ばして握ってくる子の力が強くなっていくのがわかる。

 

 毒舌を聞く度に、風太郎の手を握る三玖の機嫌が悪くなるのだ。今でも頬を膨らませている。

 

 悪口は許さない。そんな優しさから二乃と衝突しやすいのだ。嬉しいが喧嘩されても困る。

 

 また喧嘩しそうだなこいつら。じきにその時がくるだろう騒動に頭を悩まされるのだ。

 

 

 

「そこのぼうそうきかんしゃとまりなさ~い!」

 

「ひゃくぶんはにげるにしかず! どろん!」

 

「ひゃ、ひゃく?

 なにそれ~!?」

 

 

 

 悩んでいる暇などなかった。四葉は一度この手で捕まえなくてはならないようだ。あとそれは三十六計だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、おまえら」

 

 

 

 人通りの多い大通りから逸れた一本道。

 

 車もそう通らない住宅地に入ると、こうして声をかけるのが習慣になっていた。

 

 五つ子もそれを分かってか、言葉にせず、声かけだけで一様に反応を示す。

 

 

 

「あ、はーい

 ほら四葉、こっち」

 

「そうだった!」

 

「えー、またやるのー!?」

 

 

 

 少し先を歩いていた一花と四葉が引き返す。二人共楽しそうにはしゃいでいる。

 

 一方で背後の二乃からは抗議の声が上がる。文句を言うのはわかっていたが、こればかりはこちらの心労を労わってもらいたいものだ。

 

 

 

「五人の面倒なんて見切れるか、おまえら車通らないからって走るだろ

 普通にあぶねえからな、家まで我慢しろ」

 

「四葉ひとりのせいじゃん!」

 

「え、なに!?」

 

「もー! あんたのせいで!」

 

「わたしこれすきです」

 

「五月は良い子だな、母親を目指しているだけある」

 

 

 

 事の発端である四葉にかみつく二乃の隣で、五月はえへへ、と笑顔を咲かせている。最初は道路で並ぶのはダメとか反対すると思っていたが好んでくれていた。

 

 上杉君、なんて子供にしては妙な呼び方だ。幼稚園の職員にも揃って疑問に思われた。

 

 風太郎としては理由が分かれば納得できた。この子は大好きな母親を真似ているのだ。

 

 中野先生からは至って普通に上杉君と呼ばれている。四葉もおかしく思って上杉さんと呼んでいる。勝手にして構わないがよく覚えたなと感心する。

 

 背伸びしたい年頃だろう。所詮子供の戯言だとしても、誰かを目標に頑張っている姿は応援したくなる。

 

 風太郎はつい頭を撫でてしまった。自分と少し重なるものがあったのだ。

 

 ほめてもらいましたっ と五月は珍しくはしゃいで喜びを露わにする。

 

 子供の笑顔は疲労を癒やしてくれるものだ…ここで終われば微笑ましく終われるのだが。

 

 誰かが一つ得をすると自分も、と思うのは兄弟姉妹の中でよくあること。しかも、おざなりにすればズルいと不満を口にし余計にこじらせるのだ。

 

 

 

「わ、わたしもすきっ!」

 

「おまえとはいつも手繋いでるもんな」

 

「うんっ」

 

 

 

 私も私も、と普段大人しい三玖が期待の目と共に飛び跳ねて主張してくる。言うと思ってた。ここまで慕ってくれると風太郎も悪い気はしない。

 

 出逢った当初、三玖には二乃とは違う警戒心を持たれていた。

 

 無口で返事を返さない。目線を合わさない。一花と二乃の後ろに隠れてしまう子だった。

 

 二乃と同様に深く接しない方針でいた風太郎だったが。ちょうどこの帰り道、三玖と手を繋いでからは、目を合わせてくれるようになった。

 

 当時からしたら、ここまで慕ってくれるのは考えられなかったものだ。

 

 この帰り道、三玖と手を繋ぐことは欠かせないものになっていた。柄ではないが、この子が拒絶しない限り続けたい。

 

 

 

「おねえちゃんもすきだよ! ふーたろーくん!」

 

「わかってるって、ほら」

 

 

 

 この子からのフータロー君呼びも、最初は違和感を覚えていたが慣れたものだ。

 

 一花は最初からこんな調子だ。風太郎を弟扱いして妹とまとめてお世話すると言われた時は、ませたガキだと適当に相手していた。

 

 風太郎としては兄が妹を、姉が妹を守り面倒を看るのは当然だと考えている。

 

 だが実際、一花の妹は同い年だと知って驚いた。

 

 姉として育てられていたわけでもないのだ。先に生まれたからって姉妹を見守り叱る役目に従う必要はないのだ。子供なら特にそう感じるだろう。

 

 だが一花は現に妹の四葉と手を繋いでいる。自分が姉であると自負している。良い姉だな、と素直にそう思う。

 

 これからもそうであってほしい、と願い、この子が望む賛辞をする。

 

 そして、この道での習慣に沿って風太郎は一花の手を握る。

 

 

 

「きょうは四葉がしたいです!」

 

「ダメだ、おまえはタックルしてきた罰がある」

 

「えええええ!!

 三玖もしたのに!」

 

 

 

 住宅地に喧しい声が響く。迷惑になるから叫ぶな、と風太郎は咎めるが四葉の抗議は止まらず、またもや腹部に突撃してきた。

 

 中野先生、四葉に甘いのか? この素行を受けて憧れの教師に疑問を抱く。

 

 思い当たる節はある。実際中野先生は四葉には特別甘いだろう。

 

 この五つ子の中で一番喧しくてやんちゃな子だが、文句や我侭を口にしたところを一度も見たことがない。

 

 絶賛目の前で抗議中だが、この程度の文句は文句と捉えられない。

 

 本人が笑っているのだ。風太郎にじゃれているだけで、この後すんなりと言う事を聞くだろう。

 

 子供らしくてそうじゃない。大通りを駆け回ったり、部屋の壁に落書きしたり、母親の下着を見せ付けてきたり、子供の悪戯はすれど我侭など聞いたことない。

 

 優しい子だ。馬鹿な悪戯で風太郎にとばっちりがくるのだが、子供が後の事を考えられるのは稀だろう。後でちゃんと頭を下げて謝ってくるのだ。

 

 できてるようで、できていない子。結局目が離せない子だ。

 

 一花もそれを分かっているのだろう。姉は妹に場所を譲った。

 

 今日は右手に三玖。左手に四葉の手を握ることになった。

 

 

 

「…」

 

「…

 二乃、ほら

 こっちこい」

 

 

 

 これまでにこの五つ子とは順調に関係を結んできた。

 

 一方でこの子とだけは進歩とはいかない。むしろ悪化しているかもしれない。

 

 二乃は輪に加わらず、その場で立ち尽くして歩み寄ってこない。歯を食いしばっているのか口元が固く、地につく足も微動だにしない。

 

 睨んでいる方がマシだ。二乃は俯いてしまっていた。友達、家族を取られたことで居場所を失っている。

 

 風太郎にとって、この構図は避けたかった。だがもはや習慣となってしまっては必然とこの流れに至る。

 

 姉妹が喜ぶ傍ら、最後に二乃が残るこの状況。

 

 周りから取り残されてしまう形。居場所を失った子供は胸の内を秘めて後ずさるだけ。

 

 京都で抱いたあの時の気持ちを嫌でも思い起こされる。

 

 いらないものは捨てろ。自分はいらない存在。

 

 忌み嫌っていた過去と同じ物を二乃に与えてしまっているのだと肝を冷やした。

 

 辞めるか、とも考えていたが。以前同じような状況で取り止めると三玖だけでなく一花までも機嫌が悪くなり、帰ってから二乃と喧嘩したのだ。

 

 不和を嫌っても後の不和を買うだけ。勉強と同じだ…問題を先送りにしても点数は得られないし時間制限がある。

 

 この五つ子には毎日苦労させられる。

 

 とりあえずそれとなく誘うことにしよう。何度か一緒した事はあったのだ。すんなりとはいかなくても五つ子と手を繋いでくれればいいのだ。今日を乗り切るために。

 

 

 

「二乃

 俺はともかく、こいつらと一緒のほうがいいだろ」

 

「やだ

 あんたがいるからいやなのよ、ばっかじゃないの」

 

「馬鹿らしいか、まあ大人しくてくれればこんなことしなくていいんだがな

 おまえはその点心配いらないしな、しっかりしてるし」

 

「…」

 

「二乃、悪かったな

 あそこで他の子が先に帰って、おまえらだけ残されるのは寂しいかと思ってよ

 お節介なのはわかっている…中野先生を家で待っててくれねえか」

 

「うるさい!!

 こどもあつかいするな! あんたのこどもじゃない!

 いつもえらそうに! おかあさんいうな!」

 

 

 

 今日は母親の話がタブーだったようだ。怒らせてしまった後に悟っても遅い。

 

 困ったものだ、帰るどころでは済まなくなってきた。

 

 五つ子たちが心配して風太郎を見上げている。

 

 情けない男だ、と自分の不器用さに嫌になる。皆に大丈夫だと言い聞かせて二乃に歩み寄った。

 

 

 

「あんたがいなくてもおかあさんくるから!

 いらないもん!

 うえすぎなんてじゃま! いらない!」 

 

「わかった、俺もそこまで迷惑をかけたくない

 邪魔だったのなら改める、家にも上がらん

 帰ったらすぐにいなくなるぞ」

 

「ひとりでかえれるからいい!」

 

「鍵は俺が預かってるんだがな…」

 

「!

 うえすぎのじゃないのに!」

 

「お、おい二乃!

 あぶねえって!」

 

 

 

 鍵を奪おうと二乃が風太郎に詰め寄ってくる。高校生が十にも満たない子供にどうこうされる事はない。

 

 だが風太郎は目線を合わせて膝をつき屈んでいた。お陰でおもいっきり顔をひっかかれた。

 

 まったくもって容赦ない。今日は散々な日だった。

 

 抵抗する気もなく、ただ子供にされるがまま。泣きそうな子供を力で抑えるのは嫌だった。

 

 あまり事が大きくなると近隣の住人から警察を呼ばれかねない。不本意だが力不足を認めて後ろの四人に声をかけるしかなかった。

 

 

 

「もういいよフータロー

 二乃なんてほっとこうよ」

 

 

 

 誰が言ったのか、振り向けば三人は困惑していた。

 

 口にしたのは三玖だった。

 

 さっきまでの花を咲かせた雰囲気とは真逆な冷たい敵意があった。

 

 子供が熱中した物に冷めてしまった目だろうか。それとも自分の敵だと睨みつけるような目だろうか。

 

 もう許さない。そんな、初めて見る三玖の目だった。

 

 怒っているのは明らかだ。今まで幾度も二乃と喧嘩していた子だが、その目は喧嘩をするような感じではなかった。

 

 だから心底焦った。

 

 二乃が三玖の視線を見て固まっている。家族が自分よりも部外者の風太郎を庇ったことにショックを受けている。

 

 目に涙が溢れ、ひっかいていた手を隠すように背中に引っ込めた。

 

 

 

「待て三玖、二乃は悪くないんだ

 俺は余所者だから二乃の言ってることは正しいんだよ」

 

「…うそついてるもん

 二乃だってフータローまってたのに」

 

「まってない!」

 

「わるくち、さいてい

 フータローも、おかあさんとおなじ、いそがしいのに

 べんきょうがんばってるのに」

 

「な、ならこなきゃいいじゃん!」

 

「じゃあひとりでまってなよ

 いっしょにかえるひつようないでしょ」

 

「待てっているだろ三玖っ」

 

「…」

 

 

 

 段々と用語を覚えているのだろう。子供の成長を感じてしまうが、今この場で見せ付けないでほしい。

 

 三玖の指摘に二乃は意気消沈してしまった。

 

 大粒の涙がこみ上げ、二乃は手で目元を拭こうとするが躊躇った。

 

 さっきまで風太郎をひっかいていた手だ。

 

 何か思うものがあるのか、じっと自分の指を見つめて動けないでいた。

 

 流れる涙が止まらず、アスファルトにぽたぽたと痕を残していく。

 

 

 

「…一緒に帰る必要はある

 おまえらの母さんから全員連れ帰るって約束している」

 

「二乃だけ、のこればいい」

 

「ダメだ、二乃も連れて帰る

 三玖、言いすぎだ」

 

「えっ」

 

「ほら」

 

 

 

 二乃だけではない、ショックを受けていたのは三玖もだった。大好きな風太郎を傷つけられて、黙っていられなかったのだ。

 

 自分が不甲斐ないばかりに助けてくれた優しい子だ。

 

 だが、だからこそ、その優しさで二乃を責めないでやってくれ。

 

 風太郎を守ろうと思って言ったものを、風太郎から咎められるとは思っていなかったのだろう。今度は三玖が泣きそうだった。

 

 その前に二乃を見てほしかった。今この中で一番辛いのはこの子だ。

 

 他人の風太郎を受け入れられない事が悪いことではない。

 

 風太郎を拒絶し怒るのは構わなかったんだ。今までに何度もあった日常なのだから。

 

 しかし、手を出して傷つけたのは今日が初めてだった。

 

 自分の爪で傷を負わせ、付いた血を見て後悔している。戻れない爪痕に罪悪感を感じて泣いている。

 

 この子に怒っていたわけではないが、もう十分だろう。昔の自分を思い出して嫌になってくる。

 

 俯き泣いてしまった二乃を見て、言いすぎたと知った三玖も俯いている。

 

 後ろの三人は固唾を飲んで見守っている。

 

 

 

「泣かせるつもりなんてなかったんだろ、後で一緒に謝ってくれるか

 …ありがとな、三玖」

 

「うん…ごめんなさい」

 

「一花、三玖を頼む」

 

「う、うんっ」

 

 

 

 自分の社交性のなさに呆れる風太郎だった。

 

 優しくするだけじゃ子供一人笑わせられない。親なら叱ることもできるだろうが赤の他人にはできないぞ。

 

 他人だと線引きしているのが自分なら尚更だ。

 

 だが、この子の心を傷つけておいて他人だと言い張るのは身勝手じゃないか。

 

 

 

「二乃」

 

「…」

 

「いくぞ二乃

 安心しろ、明日はちゃんと母ちゃん捕まえてやっから」

 

「…」

 

「いつまでも我慢できるわけないだろ、いいんだよこんなこと

 気にするなよ」

 

 

 

 この子はずっと近寄りすぎた赤の他人を警戒し、堪え続けてきた。賢い子なんだと思う。

 

 少しだけ。少しだけだ、この程度の血。

 

 二乃は大げさに目を見開いてショックを受けているようだがなんともない。

 

 その手を取ってハンカチで拭いてやる。だが少しだけが悪かったのか、もう血は固まってしまっていた。

 

 

 

「…帰ったら洗うか」

 

「いい…」

 

「…

 俺はいらないか

 まったく、流石に傷つくぜ

 こんなひっかき傷より余程よ」

 

「―」

 

「まあ仕方ねーな

 ガキに振られちまうようじゃ俺もこの程度ってことだな

 でも、最後のお別れぐらいしてくれるよな二乃」

 

「おわかれ…?」

 

「おう、仲直りしてくれ二乃

 最後だぜ? 最後ぐらい笑ったほうがすっきりするだろ」

 

「…ほんとうにさいごなの?」

 

「最後じゃなくてもいいぞ?」

 

「…さいごでいい」

 

「じゃあ最後だ、一緒に帰ろうぜ二乃」

 

 

 

 最後と聞いて後ろの子供たちが喧しい。だが仕方ない、勉強しかしてこなかったツケがここに来てしまったんだ。

 

 二乃を巻き込んでしまった。恩師の子供だってのに。

 

 せめて二乃や三玖たちに悪影響を及ぼさないように、綺麗に後腐れないように済ませるのが風太郎の精一杯だ。後で中野先生に土下座しなければならないな。

 

 今日で最後になるとは思わなかったが、これもこれでいいかもしれない。残念な気持ちとは裏腹に風太郎の表情は少し嬉しそうだった。

 

 二乃が恐る恐る手をかざす。その手を優しく包んだ。

 

 最後に初めて、この子の手を握ることができたのだから。

 

 

 

「よし!

 三玖、二乃の隣だ!」

 

 

 

 やっとこれで帰れる。なんとも清々しい気分だ。

 

 半分自棄で泣きそうだった。思ってたよりこの五つ子に思い入れがあったのだと自覚する風太郎だった。

 

 後ろの四人が駆け寄ってくる。一花が俯く三玖の背中を押して、四葉と五月もその手を引っ張っていた。本当に良い姉妹だな。

 

 押されるように三玖は二乃の隣に立つ。お互いに目を合わせず俯いている。

 

 隣から握ってくる力が強くなった。二乃はこちらを見ずに俯いているが、ぎゅっと握り締めるこの手は助けを求めているように見える。

 

 握り返してやったが、そう心配していなかった。

 

 

 

「…ごめんね、二乃」

 

「ッ

 ううんっ」

 

 

 

 二人は手を握り合った。仲直りできたようだ。

 

 風太郎の血が付いてしまった二乃の手を握る三玖も泣きそうだった。

 

 二乃までぼろぼろ泣き始めるが、二乃の両手は塞がって拭けそうにない。

 

 だからって風太郎のズボンで拭かれるとは思わなかった。何をしてくれるんだこの子供は。鼻水ついてるぞ。

 

 一花が風太郎からハンカチを取って鼻を拭いてあげた。

 

 緊張が解かれたようだった。途端に疲れを感じて溜め息をつく。

 

 

 

「うえすぎさん!」

 

 

 

 そうなればこの子が飛びついてくるのは分かっていた。息が詰まる空気に弱い四葉が飛びついてくる。悪かったな迷惑かけて。

 

 

 

「うえすぎくんっ

 いいこいいこしてあげます!」

 

 

 

 今日に限っては風太郎は完全に悪い子だったが、仲直りできたのが嬉しいようで五月が頭を撫でようと跳ねてみせた。

 

 

 

「ふーたろーくんえらいっ

 おねえちゃん、はなまるあげる!」

 

 

 

 背の低い自称お姉ちゃんにも頭を撫でられるが、立派に姉をしている一花には抗えない。完全に弟を見守る姉そのものであった。なにこの子怖い。

 

 

 

「フータロー…ごめんなさい」

 

 

 

 さっきから浮かない顔をする三玖の頭を撫でてやる。自分から謝るのも勇気がいることだ。本当に優しい子だ。

 

 だからこそ傷つけてしまったことを後悔してしまう。成績で一位を取ったからって調子に乗っていた自分の落ち度だ。

 

 あの日、あの時。中野先生に怒られるわけだ。

 

 二乃は口にしないが、さっきからずっと握って離さないこの手が全てを語っているようだ。

 

 これなら可愛げがあるんだがな。投げ遣りに頭を撫でてやった。

 

 つい顔がにやけてしまう。こんな子供相手に、二乃と仲直りできたことに風太郎は嬉しく、誤魔化すのに必死だった。

 

 

 

「大人を嘗めるなよガキ共

 おまえらに嫌われたって屁でもねーぞ」

 

「…大嫌い」

 

「おう、知ってる」

 

「だいっきらいっ」

 

「指が痛いんだが

 …そうだな」

 

 

 

 最後まで見栄を張る子に苦笑する。

 

 まあ…最後だし偽っても仕方ない。

 

 右手には変わらず手を握り締めてくる二乃、三玖、一花。

 

 左手にはさっきからご機嫌な四葉、五月。

 

 六人手を繋いだこの帰り道。こいつらの面倒を見切れないからと考案したものは、手を繋ぐことで勝手に離れるなと願ったものだ。

 

 心配と不安から求めたものだったが、今は違っていた。

 

 

 

「俺はおまえら全員、大好きだけどな」

 

 

 

 子供相手に振り回される自分の不出来を呪ってしまうが、この子達には敵わないと思う諦めが強い。五人相手は卑怯だ。

 

 これが同い年だったら地獄を見そうだ。まだこの年なら可愛げがあり愛嬌で許せてしまう。大人になった二乃に罵倒されたら心が折れそうだ。

 

 …まったく。

 

 夕暮れだからか、それとも照れてくれているのか。

 

 顔を真っ赤にする五つ子につい笑ってしまう。愛らしい奴らだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アパートに戻った風太郎に待ち受けていた試練は先生への土下座ではなく、不器用な手つきで顔面に消毒液を吹きかけてくる二乃だった。

 

 ひっかき傷だらけの顔を見られ、中野先生に事情を説明することになったが、土下座は次の機会になりそうだ。

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