五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の教え子 短編
二度と頼まない裏メニュー


 

 

 

 

「上杉先生」

 

 

 

 賑やかな昼の喧騒の中、そう響かない女生徒の声に振り向く。

 

 お昼休みの食堂に人が並ぶ最後列に立つ俺の背後に、馴染みの顔がいつになく活気に満ちていた。

 

 授業中は脂汗垂らして黒板に食らいついていたというのに、昼食時は随分と元気な奴だ。

 

 

 

「五月か

 珍しいな、学食におまえが遅れてくるなんて」

 

「授業で分からないところを先生に教えていただいていたので」

 

「なるほど…さっき中であいつら四人揃ってたぜ

 まだ間に合うんじゃないか」

 

 

 

 仲良しの五つ子が揃って食事を共にする光景を、これまで度々見かけている。

 

 今日もまたいつもの日常を繰り返す。価値を問うのも憚られるありきたりな日常を。

 

 邪魔しては悪い、と教師の風太郎は五月に背を向けると袖を引っ張られた。

 

 ぐいぐいと。幾分か強い。何かねだる時は極端に控えめな優等生なのに。

 

 この手の五月の強行の理由は想像しやすい。勉学か、それとも。

 

 

 

「裏メニュー」

 

「…は?」

 

 

 

 振り返るのはこれで二度。だがしかし、先まで見せていたにこやかな表情の五月はいやしなかった。

 

 こいつの目の色が変わる時とは…飯時である。

 

 子鹿を食い殺すような獰猛かつ禍々しい視線を感じる。掴む手は一層きつく引っ張ってくる。

 

 

 

「風の噂で聞きました…

 ここには裏メニューがあると

 1年間通っていた私が気づけなかった…激レアメニューです」

 

「へ、へー 裏メニューね…OBの俺でも知らなかったな」

 

「学生時代の貴方だけが注文していたとお聞きしましたが?」

 

「…その風の噂、どこ情報だ」

 

「武田先生らしいです」

 

 

 

 あ、あの野郎…笑いの種を振りまいてやがるな。卒業した後でも俺に嫌がらせか。

 

 生徒に教えるな、俺の苦学生時代を。それも先生の娘に。

 

 後で文句を言ってやるとして。今は俺の手を離さない五月の相手に専念するべきか。

 

 さっきから離してくれないのだ。食べ物が絡むと異様にしつこい子だ。

 

 

 

「私にも教えてください、裏メニュー」

 

「後悔するぞ?」

 

「ふふ…望むところです

 今日はこの為だけに、朝食をご飯二杯に抑えて登校してきましたから」

 

「し、死ぬ気か…?

 悪いことは言わない、無理だ、よせ」

 

「そ、そこまでボリュームがあるのでしょうか…?

 い、いけます! 上杉君、どうかご教授下さい」

 

「先生と呼びなさい」

 

「上杉先生ッ!」

 

 

 

 熱い。暑苦しい。勉強熱心で好ましい生徒であるが、食事が絡むとこうも面倒くさいとは。

 

 五月…その裏メニューとやらを完全に誤解しているな。

 

 大方テレビで取り上げられるような、皿から溢れるサイズの物を期待しているんだろう。

 

 …俺から何を言っても無駄だろう。こいつの目はずっと輝きっぱなしだ。

 

 

 

「わかった、おまえ一人ではむごくて見ていられない…

 俺も頼むとしよう」

 

「ありがとうございます!」

 

「メニュー表なんかに載ってないから、俺の注文に続け」

 

「はいっ!」

 

 

 

 長話をしているうちに最後列から最前列まで回ってきたようだ。

 

 厨房では食堂のおばちゃんが手際よく学生の注文を捌いていた。

 

 十年前の、見覚えのある顔が注文を尋ねてきた。

 

 この食事も久々だ。社会人として教職に就いた今、流石に物足りない一品だ。

 

 五月が横に並び、俺の声に続いた。

 

 

「「焼き肉定食焼き肉抜きで」」

 

「はいよ」

 

 

 

 注文を聞いたおばちゃんはペンを走らせたメモ紙をトレイに置いて、次の注文を伺う。

 

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 俺たちも人の列の波に流されるがまま歩く。

 

 のだが…抗う生徒がいた。

 

 

 

「…何抜きとおっしゃいました?」

 

「焼き肉定食の焼き肉だな」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 …ひとまず、後ろで待っている生徒の邪魔にならないよう五月の手を引く。

 

 

 

「焼き肉を抜いたら何があるのですか?」

 

「文字通り定食だ」

 

「あ、もしかして焼き肉を抜いた分、何か別のおかずの量が増えて――」

 

「白米、汁物、漬物の3つだ

 この学校の最安値はライス(二〇〇円)と思いがちだが実は違う

 焼き肉定食(四〇〇円)から焼き肉(二〇〇円)を引くと

 なんと、同じ値段でありながら味噌汁とお新香がつ――」

 

「嫌です! ごめんなさい! さっきの焼き肉抜きキャンセルしてくださいぃ!!」

 

「だから言ったのに」

 

 

 

 駄々をこねる五月に仕方なく、食堂のおばちゃんに頼んで五月の要望通りの注文をすることに。

 

 裏メニューを堪能することを逃した五月は、姉妹の輪に加わらず俺についてきた。

 

 無言でお互いに席につく。膨れっ面の五月は文句をつけずにいられないようだ。

 

 

 

「危うくお腹と背中がくっついてしまうところでした

 …というか、貴方はそれで足りるのですか?」

 

「十年来の飯だ、懐かしくてな…昔は毎日これだった」

 

「本当にそれを食べていたのですか…わ、私の分のお肉分けましょうか」

 

「また泣かれたら困るからいい」

 

 

 

 手を合わせて遅めの昼食を摂る。五月もお節介を取り下げて手を合わせた。

 

 昔は飯を食いながら勉強に取り組んでいたっけ。

 

 仕事は残っているが、今ここでテストの採点などして汚すわけにはいかず。片手は空いたままだった。

 

 

 

「…子供の頃、私たちの送り迎えをしてくれていた人がそんな食事をしていたなんて

 そこまで苦労されていたのですか? 上杉君もらいはお姉ちゃんも…

 だとしたら、母が貴方たちから距離を置いたのも…頷けます」

 

「それとこれは別だ」

 

 

 

 美味しい食事を何よりも楽しみにしている五月には、この質素な食事は衝撃的だったか。

 

 だが、それはそれ。これはこれ。貧乏=不幸せではない。

 

 

 

「学生時代は勉強とバイト以外することがなかったからな

 借金はあったが、一日200円節約したところで…途方のないやせ我慢だった

 俺の家族は贅沢を嫌うからな、無機質な昼飯だった」

 

「…そうですか…」

 

「だが、おまえらと出会ってからは

 その200円もマシな使い道を見つけられたと思える

 昔はからかっちまったが…いや、今もか」

 

「え?」

 

「お菓子一つ、それだけでも喜んでくれるおまえが好きだったぜ

 わかりやすくて」

 

「…」

 

 

 

 期待外れの裏メニューの詫び代わりに、また今度食事に連れて行ってやろう。

 

 贅沢は俺もまた嫌いではあるが、こちらに関して言えば…悪くはない。むしろ求めている。

 

 不出来な高校生時代を明るく照らしてくれたのは…小さな五人の子供たちだった。

 

 先生に隠れてお菓子を買い与えて、馬鹿みたいにはしゃいでは感謝の言葉を向けてくれた。

 

 懐かしの食事を口に運ぶ俺とは違って、箸を持つ五月の手は止まっていた。

 

 

 

「どうした、足りないか?」

 

「…調子が狂います」

 

 

 

 ひょいっと箸で一掴み。

 

 皿に盛られていた焼肉を一つ、こちらの白米の上に乗せられた。

 

 

 

「まったく…ご自分の体を労わってください

 優しくされても…その、倒れたりしたら困りますから」

 

「…」

 

「う、上杉君には勉強も、それ以外のことも教えてもらう予定なの

 いいですか? 明日からしっかりお昼を食べてください

 私たちを助けてくれた分、私たちはお返ししていくんですから

 200円では済まされませんよ、ちゃんと受け取ってくださいね」

 

「…そうかよ」

 

 

 

 両手を膝の上に置いて、五月は呆れるほど真面目に恩返しを宣言した。

 

 熱意に反して飯は冷めてしまう頃だ。俺が完食すると五月はぱくぱくと速やかに口に放って追いついてきた。

 

 五月にはこの昼食の量は足りないだろうな。お互い腹を空かせたまま食堂を後にする。

 

 俺に付き合わなければ姉と一緒に食事し、腹を満たして満足していただろう。損をしやすい子だ。

 

 

 

「お返し、期待してるぜ」

 

「…はい」

 

「そういう意味じゃ、おまえのが一番興味あるし」

 

「…へ? え? 私ですか?

 あの…三玖や一花ではなく…?」

 

 

「何を想像してるんだおまえ

 また恋愛絡みか、彼氏捕まえられなかったら自業自得だろ

 俺を保険にするな」

 

「わ、私から言ったわけでは!?」

 

 

 

 幼稚園児との約束や、嫁の貰い手が無かったら貰ってもらうとか…無茶振りは却下だ。

 

 恩返しを重く捉える五月には、将来を捧げて返すものだと考えていたのか。馬鹿だ、こいつ。

 

 勘違いしている五月の耳に手を添えて、か細い声で教えてやった。

 

 

 

「食費」

 

「…」

 

「…」

 

「………」

 

 

 

 一度羞恥で俯いた横顔が、ぱっと癖のある長髪を揺らして振り向く。

 

 はは、やはり気にしていたようだ。去年再会してから、おまえには散々ねだられたからな…飯。

 

 にやける口元を隠して、悪そびれなく付け足してやった。

 

 

 

「ついでに十年前の分も足してやろうか?」

 

「か、からかってますねッ 上杉君!

 す、好きとまで言ってくれたのに!」

 

「何のことだか」

 

 

 

 顔を赤くして、子供に戻ったようにムキになって怒る生徒は、いつ見ても好ましい。

 

 ありきたりな日常に怒って笑って、こちらを見てくれる子がやはり好きだった。

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