五等分の園児   作:まんまる小生

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ノーコメント

 

 

 

「助けて」

 

 

 

 雨でじめっとした空気は教室の薄暗さを増長させるものだった。

 

 昼休みに生徒からストレートなメールが届いた。その待ち合わせ先が使われることのない空き教室。

 

 

 

「待たせたな、二乃」

 

「遅いわよ、可愛い教え子が呼んでるんだからさっさと来なさいよ」

 

 

 

 待ち人は二乃。メールの差出人も二乃。他の五つ子もいないソロでの呼び出しだった。

 

 二乃の表情は不機嫌さを露わにして、どうも焦っているように見える。

 

 五つ子の中でも特に注意が必要な子だ。主に俺の迂闊な発言に対して。何度怒らせたことか。

 

 信用を失えば昔のように仲直りなど到底無理だ。

 

 二乃の小言に不満がないわけではないが、今はここに来た目的を果たそう。

 

 

 

「穏やかな話じゃなさそうだな」

 

「き、緊急事態なのよ

 一度しか言わないから…その、耳貸しなさい」

 

 

 

 苛立っているのかと思えば一転、狼狽して手招きしてきた。

 

 言われるがままに傍に寄ってかがむと、二乃は手を沿えて唇を向けてきた。

 

 耳を向けて待ってみた…しかし、聞こえるのは窓の向こうの雨音だけ。

 

 

 

「…どうした? 言いづらいのなら一花や三玖を呼ぶか?」

 

「あ、あの二人にはもう言ったわ…」

 

「四葉と五月は?」

 

「…も、元はと言えば四葉が雨の中走るから…

 …っ…くぅっ…!」

 

 

 

 毎度思うが難儀な子だ。耳元で悶えるな。吐息がかかってむず痒い。

 

 昔はよく手を引いて甘えてきた子でも、異性に頼りづらいお年頃になったか。

 

 何を助けてほしいのやら。二乃の様子を窺うと、その異様さに気づいた。

 

 

 

「…二乃

 おまえ、熱出てないか?」

 

「へ?

 ばっ 馬鹿、急に触ってこないでよ」

 

「いいからじっとしてろ」

 

「…は…はぃ…っ」

 

 

 

 俺の手から逃れようとする二乃を捕まえて、その額に触れる。

 

 薄暗くて気づかなかったが、二乃の顔が赤かったのだ。

 

 触れれば二乃の虚勢も暴ける。触れた指に二乃の汗がにじんでいく。確定である。

 

 

 

「…熱いな、おまえやっぱり体調悪いんだろ

 緊急事態とはそのことか

 急に雨降ってきたからな、登校途中の生徒もほとんど濡れていた

 気温の変化で体調崩す子もいる、無理せず保健室で休め」

 

「ち、ちがっ 保健室はいいから!」

 

「明らかに今のおまえは変だ

 姉妹全員からおまえのことはよく見るよう忠告されているんだぜ」

 

「あ、あの子たちを出しにしないでちょうだい…弱ったわね…

 って、違うわよ! 私が言いたいのはもっと別で!」

 

「聞き入れないのなら強制執行だ」

 

「うわわっ!?」

 

 

 

 昔から意地を張ってばかりの子だった。問答無用で膝裏を抱えて持ち上げてやる。

 

 所謂、お姫様抱っこ。

 

 女子高生にもなれば相応に腕が辛くなる抱え方だ。

 

 思っていた以上に重かった。もうやらない…思い出の子供たちの成長を痛感した。

 

 

 

「い、いーーーやーーー!!

 ちょっとやめて! 今だけはそれやめて!!」

 

「あ? まだ白馬の王子様に憧れているとか言うなよ、女子高生

 このまま保健室連行だ」

 

「あんたわざとやってるわね!?

 わかってやってるでしょ、こんなこと! 降ろしてー!!」

 

「あ、暴れるなっ!?」

 

「ちょ、どこ触って――」

 

 

 

 お姫様が妨害しては保健室まで抱えてやるのは無理そうだ。結局降ろすことにする。

 

 しかし腕の中でもがく二乃を落としそうになり、指が二乃の足から離れた。

 

 二乃が落ちる。怪我はさせまいと抱えなおそうとして、二乃のお尻に触れてしまった。

 

 

 

「わ、わる…んっ!?」

 

「あっ!?」

 

 

 

 女子高生へのわいせつ行為で訴えられそうな過ちを犯してしまった。

 

 なのだが…二乃の尻に触れてしまった指の感触には違和感があった。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 すべすべと言うか…本来あるはずの感触がなかった。これに触れる前に妨げとなる物がなかった。

 

 触れた感触は肌のそれだった。

 

 スカートの下の感触が、だ。

 

 二乃は顔を真っ赤にして俯いている。その肩を掴んだ。

 

 

 

「二乃…これは教師としてではなく

 元おまえの兄貴分として、先生の教え子として言わせてくれ」

 

「な、何かしら…?

 というか…あんた、とんでもない勘違いしてない?」

 

 

 

 亡き恩師の愛娘を預かる身として、五人を導く立場にある。

 

 五つ子の価値観はそれぞれである。その個性の否定は先生も望んでいないとみる。

 

 だがしかし。こればかりは…二乃を引き止めて道を正さなければ!!

 

 それに二乃…お兄さん、おまえにそんな趣味があったなんて悲しいぞ。

 

 

 

「先生の娘が痴女になってしまうなんて心が苦しい

 ちゃんと下着を穿いて――」

 

「雨でパンツが濡れちゃったのよバカ!

 助けてほしかったのはこれよ! これ!!」

 

「スカートの中を指差すな」

 

 

 

 あらぬ誤解だと、貴重な昼休みを費やして二乃の弁明を聞くことになった。

 

 

 

「なるほど

 登校中に四葉がすっ転んで下着に泥が付いて、自分のを四葉に貸したのか

 四葉は部活で着替えがあるから、ノーパンは確実にバレるが…おまえなら隠し通せると踏んだわけだ

 下着まで共有できるとは流石は五つ子だな」

 

「私が痴女どうこうより、あんたのデリカシーのなさを改善しなさいよ…」

 

「…ノーパンでも異性の前で随分と強気だったから…慣れているのかと思ったぞ

 姉の脱ぎ癖もあるし」

 

「い、一花のはノーコメントで

 も、もう…困ってるの! 助けてよ上杉!」

 

 

 

 ならなぜ貸したんだか…大方、この件は他の3人に教えてないな…困った次女だ。

 

 朝の急などしゃ降りの雨に、多くの生徒が濡れて登校するはめになっていた。

 

 四葉がその被害を被ったそうだが、二乃が肩代わりした。妹の為に己を犠牲にしてしまう子だった。

 

 しかしスカートの下を暴かれて二乃は涙目だった。男の俺には際どい救難要請だった。

 

 

 

「あー…そうだな

 …それってコンビニに売ってる?」

 

「売ってる…けど

 思い出のお兄ちゃんがコンビニで女物の下着を買うところ…想像したくないわ…」

 

「助けろと言ったのはおまえだろうがっ!?

 し、仕方ねーな…女性の先生に頼めばいいんだろ

 つーか最初からそうしろ」

 

「ご、ごめん…

 でも…あ、ありがと…」

 

 

 相当困っていたようだな。しおらしく素直に礼を言ってくれた。

 

 難儀な子だ。人一倍優しく、本当に不器用な子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みが過ぎ、特に問題なく放課後を迎えた。ハレンチな噂話は皆無で何よりだった。

 

 日中は二乃の件で動き回っていたから、本来の仕事が遅れてしまった。

 

 生徒は既に帰り、真っ暗な時間に靴を履いて雨の中を帰るとする。

 

 

 

「上杉」

 

「二乃か、まさか待っていたのか?」

 

「傘、ないもん」

 

「…傘があれば走らずに済んだのにな」

 

「私に言わないで」

 

 

 

 人気のない昇降口には、壁を背に暗い雨を見上げる二乃がいた。

 

 他の四人と一緒に帰らなかったのか。その心中は不明だ。

 

 傘を差して横に招くと、二乃は視線を横に向けつつも…すんなりと寄ってきた。

 

 教職員の帰りを待つなんて奇特な学生だな。肩を合わせて雨の中を歩いていく。

 

 

 

「窮地は脱したか」

 

「え、ええ…おかげさまで

 …よくよく思い返したら、あんたに頼る案件じゃなかったのよね

 どうかしてたわ…あぁ、一生辱められる思い出だわ…!」

 

「俺のせいにはするなよ…

 まあ…俺も昔おまえの母親に黒歴史を植えつけられた

 学生にはよくあることだ」

 

「…ならその黒歴史を私にも共有しなさいよ」

 

「…」

 

「ほら、お相子にしてあげるから」

 

 

 

 俺が触ったのも悪かったが、元よりおまえの自爆が招いた結果だ。下着を人に貸すな。

 

 励ますつもりが手痛い反撃が飛んできた。俺の過去を暴くんじゃない。

 

 泣き寝入りするくらいなら噛みついてくる気だ。観念して打ち明けるしかない。

 

 二人並んで相合傘をする。その足はとある帰り道まで差し掛かる。

 

 

 

「…そうだな、ちょうどここだったな」

 

「?」

 

「おまえの母親に泣かされた」

 

「…えぇぇ…

 た、確か…鬼教師って呼ばれてたんだっけ…

 ガリ勉だったんでしょあんた、意外ね」

 

「勉強よりも大切なものなんて、いくらでもある」

 

 

 

 十年前の夕暮れ。恩師が俺の手を取ってくれた場所だ。

 

 今は暗く、冷たい雨が降っている。

 

 十年過ぎたこの地で、あの人の娘とここに立つことになるとはな。

 

 …懐かしさに浸りたいところだが、この代償に得たものがノーパン事件とは…

 

 ひとまず、お尻に触れたことで警戒心を芽生えられたら困る。誤解だけは解こう。

 

 

 

「安心しろ、おまえの裸何て昔見ちまったからな」

 

「どこをどう安心しろって言うのよ あの頃よりもほら

 ママに似て、スタイルイケてる女子高生じゃない」

 

「…」

 

「何か言いなさいよ

 お、に、い、さ、ま?」

 

「ノーコメント」

 

「素直になるのなら、手ぐらい握ってあげてもいいんですけどー」

 

「うぜぇ…」

 

「ふふ、じゃあ私の勝ちってことで

 もう子供じゃないのよ」

 

 

 

 再会した当時は毛嫌いしていたくせに。随分と距離が近くなった。

 

 傘を握る手の、袖を二乃が掴んできた。

 

 事の内容はアレだったが…セクハラ紛いなことをした上でも信用はしてくれてるんだな。

 

 聞くのは野暮だ。それでも気になってしまい、つい視線は二乃へ向いてしまった。

 

 二乃が小悪魔のような、憎たらしい笑みを向けていた。今日は俺の負けだった。

 

 

 

「ね、今週の土日、どっちか空いてない?

 映画行きましょ? お気にの俳優が主演なのよ」

 

「…断れば、返済が足りてないって言い張るんだろ」

 

「それはそうよ、あんたは私に触ったのよ?

 ほらほら、うら若き女子高生がこんなに近くでサービスしてあげてるんだから」

 

「おまえを放って、雨の中野ざらしにしてやろうか」

 

「あんたのスーツが破けてもいいのならどうぞ」

 

「…はぁ…まったく」

 

 

 

 死んでも俺の袖を離す気はないと豪語し、今度は腕ごと掴まれた。置いていったら片腕持ってかれる…

 

 …しかし、この感覚は懐かしい。

 

 二乃は生意気な言葉を向けながら、楽しげに微笑んでいた。

 

 何で掴んでくるんだ。どうして嬉しそうなんだ。

 

 そんなことを馬鹿みたいに延々と考えてしまって、降参を合図に目的地に着くまで俯いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーん! これお気に入りだったのにぃ!」

 

「クマに泥が…」

 

「なんか…居た堪れない代物になってるね

 こう…事件性を疑うというか…事故現場の証拠品というか…C級映画にありそう」

 

「そのようなものピックアップする映画がどこにありますか

 もうあの色が落ちないのなら完全にアウトでしょう…

 捨てましょうよ四葉、クマさんは卒業です」

 

「お、お母さんに買ってもらったんだよ…!?」

 

「お母さんでも即効でゴミ箱行きにするって」

 

 

 

 見飽きる程でかいマンションまで二乃を送り届け、食事に誘われて家に上がった。

 

 居間を訪ねると姉妹四人が勢揃いだった。が、俺の来訪に慌てて、背に何かを隠した。

 

 

 

「なに、クマに泥が付いた?

 クマって何だ…まさか飼っているのか?」

 

「…」

 

「…何か言いなさい、四葉」

 

「の、ノーコメント…」

 

 

 

 四人の中でも顔色が悪い四葉は、脂汗を流して目を逸らした。何を隠しているんだ、あいつ。

 

 

 

「…というか、二乃はあの後大丈夫だったのですか?」

 

「一日凌いだ?

 それとも…やっぱりフータロー君に助けてもらった?」

 

「…

 ノーコメント」

 

「…二乃に無かったのはパンツ」

 

「…もう…上杉の前でパンツの話は禁止よ…今日は散々だったわ…」

 

「二乃ごめーん!」

 

 

 

 亡き恩師の写真の前で、はしたないことこの上ない。

 

 あの人に知られたら再び怒られそうな気がして、風太郎は五人に隠れて苦笑いをした。

 

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