五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の園児その6 黄昏時

 あと半年。まだ先が長いと感じるものだが実際は短いものだ。先生と出会って既に半年。もう半年過ぎているのだ。

 

 今はもう秋となる10月。日焼けするほど子供たちと遊んだ夏は過ぎ、9月もバイトがない日は先生に代わって五つ子たちの迎えをしていた。あっという間だった。

 

 先生に言いつけられた約束。あれからずっとだ。何かがひっかかっているような煩わしい気分になる。

 

 先生が心の病を完治し子供たちと幸せに過ごせるのなら何も言うことはないのだ。だが心配だ。ただ待っていられるわけがなかった。

 

 残る半年の間に自分は何をするべきか。考えても答えを導き出せなかった。この状況は二乃との約束でも同じだった。考えて実行することが、どこかおこがましい。先生を信頼して待てばいいのに…

 

 これまでの自分の行為は先生にとって悪いものではないと思っていた。だが本当は迷惑だったのだろうか。負担に思われてしまったのだろうか。考える度にこの不安が纏わりつく。未だに鉄拳をくらうことはあるし。

 

 半年前も先生に怒られたのだ。試験で一位を取って得意げに打ち明けたら返り討ちにされた。勉強だけではダメなんだと漠然と自分を改めようとした。失敗したのだから当然だろう。

 

 だが後に先生はその努力は褒めてくれた。正直嬉しかった。のだが、だとしたらなぜ怒ったのだろう。天狗にはなっていたが鉄拳を振るうほどだったか?

 

 今も自分は間違っている。だからあの人に認められないんじゃないか。努力は認めてくれたのに…何がダメだったのだろうか。

 

 だから無性に悲しい。悲しいのに諦められない。もう考えたくない。これが風太郎の本音だ。

 

 失敗を認めて次に進めばいい。だが引き摺ってしまっている。これではダメだと分かっていても悲しいのだ。情けない男だと自分が嫌になる。

 

 あの人は俺の憧れだから。どんな終わり方でもいい。認めてほしかった。

 

 人は悲しくても前を歩かないといけない。特に、これから愛らしい子供に会うとなればその胸の内を隠して笑わなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さんは学校で成績一位なんでしょう?

 勉強が好きになったきっかけとかあったの?」

 

「うちの子やんちゃでね…来年小学校でしょ?

 勉強に集中できるか心配で」

 

「…」

 

 

 

 アンニュイな気分になってるってのに勘弁してほしい!他人のことなんか知るかぁあっ!

 

 しかも話題が勉強とか傷口に塩を塗られている気分だ。勉強だけしていたら失敗した見本があんたらの目の前にあるぞ。

 

 放課後、バイトがなければの日課。風太郎は先生に代わって五つ子を迎えようと幼稚園に来た。

 

 幼稚園に通う子供たちの親や幼稚園の職員とは何度か挨拶をする程度の間だったのだが、ここ最近は話を投げかけられ捕まってしまうことがある。非常に面倒である。

 

 中野先生の代理で来ている身。仮にも五つ子の保護者と見られる身。黙って通り過ぎることなどできない。

 

 学年一位の秀才の助言が欲しいのなら答えてやろう。しかし何で頭が良いことが知られているのか疑問だ。面倒なことになりそうだから聞かないが。

 

 きっかけは先生だと正直に言ってやった。子供は大人を見て育つからな。

 

 テストで良い点を取る為に勉強する子供は多くない。理由は別にあるのだ。好きなことでもやり甲斐でも。理由は周りから与えられることが多い。

 

 こんなことを話しているから母親たちの長話に付き合わされるのだ。風太郎にとって利のない行為だ。時間だけが過ぎる。

 

 無意味に時間だけが過ぎる。苛立ちが増していくことを風太郎は自覚していた。笑って誤魔化すしかないのだが。

 

 それは子供たちも同じなようで、不機嫌そうにこちらに走ってきた。

 

 

 

「ふーたろーくん、はなしながーい!」

 

「おそい! まってたんだから!」

 

「わーい! うえすぎさーん!」

 

「み、みんなはやいよっ」

 

 

 

 四人の子供たちが次々と風太郎を取り囲む。小さくて愛らしい子供たちがはしゃぎ回る。見ていて和む光景だろう。

 

 だが、四人一気に話しかけられる風太郎にとっては非常に面倒くさいもの。一度に一気に話しかけられたら答えられないだろうが。

 

 一気に喧しくなったが助かる思いだった。これで親御さんの話から抜けられる口実を得た。とっとと帰るに限る。

 

 帰りたい一心だが引っ付いてくるのは四人。いの一番に駆けてくるいつもの子がいなかった。

 

 

 

「ほら、三玖ちゃん

 来てくれたよ?」

 

「ぐす…う、うん」

 

「な、なぜ泣いている…」

 

「えっとですね…三玖ちゃんいつも通り、入り口のほうを見て待ってたんですけど

 お兄さんがね、なかなかこっちに来てくれなくて泣いちゃったんです

 ねー、三玖ちゃん、ずーっと待ってたのにお兄さん酷いねー」

 

「ふ、フータロー…っ」

 

 

 

 職員に手を引かれてやってきた三玖が駆けてくる。涙を溜めて両手を伸ばして走ってくる姿は可愛らしいものだが本人はいつも必死だ。全力で駆けつけて飛びついてきた。

 

 泣いている三玖には甘い姉妹が場所を譲って道を空けた。風太郎にしがみついた三玖は嗚咽を漏らしながら顔を上げて抗議する。泣きながら怒らないでくれ。

 

 

 

「ひぐっ…ま、まってたのにっ…

 ずっとっ…まってたんだよ…?」

 

「わ、悪かったな…でも我慢しろって

 ちゃんと迎えにきたんだから」

 

「きてくれないんだもん…っ」

 

「う、うーん…三玖ちゃん頑張ってたんですよ?

 お兄さん見つけて喜んでたんですけど

 顔がだんだんと泣きそうになっちゃうのは見ていて辛かったですよ…

 よかったね三玖ちゃん…っ」

 

「うん…せんせー、ありがと…」

 

「すみません…」

 

 

 

 そんなに長話してたわけじゃないんだが…三玖には長かったということだろうか。

 

 三玖の健気な姿勢は職員にとって涙ぐましいものだったようだ。

 

 職員の話に子供たちも頷いて同意していた。振り向けば先ほどまで話していた親たちまで三玖に謝っていた。泣いている子供には甘い。

 

 仕方なく三玖を抱える。抱えると首にしがみつかれるのはいつものことだ。涙で湿った頬を摺り寄せてきて冷たかった。

 

 

 

「かばんもつよー」

 

「ああ…いつも悪いな」

 

「じゃ、じゃあ…わたしはそのリュックもつ」

 

「重いしでかいし無理だろ

 対抗しなくていいぞ」

 

「はいはーい!四葉ならもてます!」

 

「さ、さんにんならもてるはずですっ」

 

「帰るまでに潰れるぞ

 いいから、もう帰るぞ」

 

 

 

 職員や話をしていた親たちに挨拶して早く帰るとする。これからの帰路も気を張って疲れるのだ。

 

 帰り道。以前は子供たちとの距離が離れていたものだが今では随分と変わった。

 

 ゆっくり歩いて気を配っていただけだったが、今は歩幅に注意しなければ前の子の足にぶつかってしまう。小さな足を踏むわけにはいかない。

 

 前には一花と四葉、後ろには二乃と五月が手を繋いでいる。隣には三玖が。

 

 いつもの光景だ。配置は前から変わらないが距離感が違う。近い、近すぎる。前も後ろも横も。夏だったら暑苦しさに突き放していた。

 

 その上、子供たちがそれぞれ話題を振ってきて板挟み状態だ。最近これが非常に疲れる。半ば無視を決め込むことも辞さない。

 

 

 

「うえすぎっ

 つぎのおかしづくりなんだけどね」

 

「まった!

 つぎはおにごっこしようよ!」

 

「ちょっと!

 四葉のせいで、まいしゅうってやくそくだったのに、できなくなってるんだけど!」

 

「おかしばっかりはたいへんだよー

 おかね、かかるんだから」

 

「おかし…たべたいっ

 二乃にさんせーです!」

 

「ふっふっふ、これで2たい2…

 三玖は!?」

 

「ちょっとずるい!あまいのダメなのしってるでしょ!」

 

「フータローとあそぶから、すきなことしてていいよ」

 

「は、はなしきいてなーい!?」

 

「うえすぎは、わたしとやくそくがあるの!」

 

「おまえら年中それだな」

 

 

 

 もう秋だぞ。夏のノリはもうやめやがれ。その二つはどれも疲れるのだ。風太郎も三玖に一票入れて引き分けにしておく。

 

 しかし、もう少し静かで疲れない趣味を見つけてほしい。そう伝えると二乃が胸を張って得意げな顔を見せてきた。

 

 

 

「うえすぎはしらないのね

 あきといったら、しょくよくのあきなんだって!」

 

「ちがうよ、スポーツのあきだよ!」

 

「…あきより、ふゆがいい…」

 

「何でだ」

 

「ちょっと三玖!わたしがはなしてたのに!」

 

「あれ、あきのはなしじゃ…?」

 

「ふゆはね、ゆきがいっぱいであそぶの

 ゆきだるま…とか…

 あと、フータローとつくりたいのがあるの」

 

「何作りたいんだ?」

 

「かまくらっ

 かまくら、はいってみたいっ

 フータローとはいるのっ!」

 

「かまくらか…じゃあ降ったら作るか」

 

「ほんと!?

 やくそくだよ! えへへ…やくそくっ」

 

「いまはあーきー!!」

 

「もうふゆのはなししてる!?」

 

「…む~!」

 

 

 

 一つ違いの姉と妹が喧しい。確かに冬の話は早すぎるな。あと四葉はちゃんと前向いて歩け。

 

 だが自分の楽しみに横槍を入れられたことが気に食わなかったのだろう。三玖は唸って二人を睨んだ。また喧嘩するのかこいつら。

 

 嫌な予感がして渋い顔をする風太郎を見て一花が間に入った。

 

 

 

「あきはね…げいじゅつのあきもあるんだよ?」

 

「なんかじみ…」

 

「じみでいいの!

 五月ちゃんはなにがいい?」

 

「おいもたべたい!」

 

「おまえは食い物しか頭にねえのか…」

 

「おいも!」

 

「…あ?」

 

 

 

 二乃と同じ食欲の秋か。相変わらず食い意地張ってるなと思ったら、一花から話題を振られた五月が指を差してはしゃいでいた。何だ。

 

 この帰り道で通るスーパーだ。いつか中野家に泊まることになった時に寄ったところだ。

 

 そのスーパーの駐車場スペースに屋台が、いわゆる移動販売車があった。焼き芋を売っているようだ。

 

 それを指差して期待の目を向ける五月がいる。

 

 

 

「…」

 

「…!…!!」

 

「…」

 

「おいもですよっ!?」

 

「ちょっと、ひっぱらないでよ!?」

 

「知るか、帰るぞ」

 

 

 

 なにショックを受けてやがる。芋だから何だってんだ。

 

 目を輝かせる五月をスルーしてそのままスーパーを通り過ぎようとしたが後ろの足が止まりやがった。二乃まで引っ張られて猛抗議された。

 

 

 

「焼き芋なんて食ったら腹いっぱいになるだろ

 夕飯食えなくなるぞ」

 

「あきといったら、おいもです!

 おかしもいいけど、おいもですよ!」

 

「やきいもも、おかしじゃん!

 いくわよ! おいてかれるわよ!?」

 

「ふにゅぅうっ!」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 

 

 二乃がこちらに追いつこうと引っ張るが五月は断固たる意思で踏ん張っている。何やってるんだあいつら。道路で遊ぶな。

 

 

 

「…なんだ、もしかしてよく食ってるのか? 好物か」

 

「おかあさんにかってもらってます! まいとし! やすくてあまいの!」

 

「うえすぎはおかあさんじゃないでしょうが!」

 

「…五月はいつも、ごはんまえに2つたべてる」

 

「ごはんたべられなくなっておこられるよねー」

 

「たまにごはんが、おいもになってます!」

 

「常習犯じゃねーか、ダメだダメだ」

 

 

 

 母親によく買ってもらっているようだが、姉三人の告発を聞いてしまっては頷けない。丁重にお断りしよう。

 

 動かない五月の手を取った。ごねるのは珍しいほうだが、我侭な五月はなかなか折れない。このまま連行したほうが早い。

 

 風太郎に手を取られた五月は最後の抵抗をする。本当に頑固だな。

 

 

 

「ちゃんとごはんたべます!」

 

「夕飯で十分だろうが」

 

「おいもたべたいぃ!」

 

「今度の休みな、今は飯の前だろ」

 

「わーん! ちゃんとたべるのにぃい!

 おにいちゃんのいじわる…っ!

 わぁあああん!」

 

「マジで面倒臭いなおまえ」

 

 

 

 最後の抵抗は泣き落としだ。なぜそこまで芋に拘るのか疑問だ。おまえ肉のほうが好きだったんじゃないのか。焼き芋食わないと死ぬのか。

 

 他の姉たちも呆れている。いつものことなのだろうか。市販のお菓子は我慢するくせに何で諦められないのか。

 

 金額を考えればお菓子を幾つか買うより、焼き芋一つのほうがボリュームはあるか?

 

 

「おいも、やすいから

 おかしダメでもかってくれるの…たまにだけど」

 

「金額見てごねるとか子供のすることじゃねえ…

 …仕方ねーな、一つだけだぞ」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

「五等分すれば晩飯も食えるだろ

 三玖は食えるか?」

 

「おいもなら、すき」

 

 

 

 甘いものが苦手で少食な三玖も食べるのならいいだろう。今回だけは我侭を聞いてやる。

 

 焼き芋が食べれると知って姉たちも声を弾ませて寄ってきた。

 

 

 

「ほ、ほんとにいいの!?」

 

「わーい!

 五月すごーい!」

 

「それならおかしづくりでも…」

 

「いらないのか?」

 

「た、たべる!たべるけどぉ!」

 

 

 

 思い返せば、こんなことばかりだ。

 

 我侭を言われ、泣かれ、あやしてばかり。嫌ではないが毎回疲れる。

 

 結局振り回されてばかりだ。この子たちが笑っていればいいと思ってしまうから性質が悪い。許しがたい子たちだ。

 

 貧乏人から小銭をむしり取りやがって。焼き芋を買うと急かして喧しい。近くに置かれたベンチに座らせてから食わせることにする。

 

 買ってやったはいいが…芋を手でちぎって五等分にできるわけがなかった。

 

 そっちが大きい、私のが小さい、もう食べちゃったなど五人が騒いで余計にうるさくなった。もう絶対に買ってやらない。

 

 秋の夕暮れ時、カラスの鳴き声が響く、どこか虚しい一時なのだが。そんな空気をぶち壊す子供たちだ。本当に季節関係ない奴らだ。

 

 いつかこうして遊んでやれなくなることが、少しだけ寂しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋といったら読書の秋だ。読むのは参考書だがな。

 

 風太郎は中野家のアパートに着いた後子供たちの面倒を看ていた。先生が帰ってくるまでの繋ぎだ。それまでは家事を手伝うなり好きに過ごしている。

 

 子供たちとちゃぶ台を囲んで勉強に集中させてもらおう。前に座る子供たちは塗り絵に励んでいるようだ。おまえら好きだな。

 

 幼稚園から数枚貰っているそうだ。秋だから宿題でも出されているのだろうか。熱心に取り組んでいる。

 

 一方で季節関係なく過ごしている子供もいる。後ろの台所のほうがやたらうるさい。

 

 口喧嘩している二乃と三玖だ。仲良く並んで焼き芋を食べた仲なのに1時間経たずにもう喧嘩している。

 

 次のお菓子作りは何にしようかと、台所の棚を物色していた二乃に三玖がかみついたようだ。

 

 

 

「おかしばっかり…フータローとあそべない」

 

「あのね、あんたとちがって、わたしにはもくひょーがあるの!」

 

「もくひょー?」

 

「ケーキやさんひらくんだから!」

 

「…むりでしょ」

 

「…」

 

「…むりだとおもうよ」

 

「にかいもいうな!」

 

 

 

 いつ手が出るのだろうか。だんだんと険悪な空気になっているのは聞いているだけで分かる。

 

 一度衝突しないと止めても再開するのはもう分かってる。一度当たって砕けてくれ。その後に止めてやるから。悟っていた風太郎だった。

 

 

 

「ことばづかい、かいめつてき

 ほしひとつでかんこどり」

 

「うるさい!

 あんたなんかもくひょーないくせに! ぼっーとしてるくせに!」

 

「もくひょうならある」

 

「な、なによ」

 

「…フータローの…およめさん…」

 

「…ぷふっ…むりでしょ」

 

「…」

 

「ききなさいよ! むしするな!」

 

 

 

 何をしているのか振り返ると三玖がこちらを見ていた。ちらちらと。何を期待しているんだあの子は。無視された二乃が怒っているがいいのか。

 

 お嫁さんか。しかし三玖。子供の頃夢見たものは大抵現実的ではないのだ。特にお嫁さんなどその頂点たるもの。お父さんのお嫁さんになる、と同義だ。大人になって忘れてくれ。

 

 三玖の視線を無視して参考書を読むとする。向かいに座る五月や一花が心配そうにこちらを見ていた。それでいいの?と目で訴えている。こっち見るな。

 

 

 

「むしされてやんのー」

 

「…む」

 

「またあまえるんだ?

 いっつもそうやって、こどもみたい…バッカみたい」

 

「うるさい」

 

「あんたみたいなこども、すきになるわけないじゃん

 もっとわたしみたいに、りょうりがうまかったり、とくいなことがないとねー」

 

「う、る、さ、いっ!」

 

「フータローはねー、わたしのことすきなのよ?」

 

「!?

 フータローってよばないで!

 フータローは、わたしだけなの!」

 

「あんたのじゃないじゃん!」

 

「いちばんすきなのは、わたしだもん!」

 

「あんたはよんばんでしょ!」

 

「ちがうもん!」

 

「よんばん!」

 

「うるさいごばん! ごばんのくせにぃ!」

 

「ごばんごばんいうなぁ!」

 

「二乃はさいごだったでしょ!

 フータローだいっきらいだったくせに!」

 

「そ、それはもういいの!

 いいんだから! いうなぁ!」

 

「よくない!

 フータローいじめたくせに! わすれないんだから!」

 

「う…うぅ…」

 

 

 

 珍しく二乃が三玖の剣幕に押されている。三玖の奴少し機嫌が悪いのか。普段なら早めに退散して風太郎にひっつくものだが今日は違った。

 

 見ていられなくなったのか、二人の喧嘩を止めようと一花が立ち上がった。立派だな。

 

 立派だが、意識してもらおうと頻繁にこちらを見るのは残念なところだ。見てるから好きにしろ。

 

 

 

「ふたりとも、けんかなんかしたらダメだよ

 ふーたろーくんにきらわれちゃ――」

 

「あ、あんたがなにいったってね…!

 フータローはわたしのことす、すきなのっ!」

 

「だからフータローダメ!」

 

「このまえ、チューしてもらったんだからっ!」

 

 

 

 この前とは似顔絵をくれた日のことか。忘れはしない。黒歴史だ。忘れたいが黒歴史だ…

 

 思い出してしまって頭を抱えてしまう。何かが堪えられそうにない。このちゃぶ台を叩き割るか振り回したくなるようなむず痒さだ。

 

 ちゃぶ台が揺れて四葉と五月が驚いている。おまえが発端だからな四葉。

 

 

「…?

 チューならわたしも」

 

「わたしは、してもらったの!

 あんたはむりやりしただけ! わたしはちがうの!」

 

「―」

 

「…へー」

 

「一花!? なんでここにいんのよ!?」

 

「二乃ってさー、つけものきらいだったよねー」

 

「なにするき!?」

 

「ふ…

 ふ…う…ひぐ」

 

「?」

 

「ふ、フータローッ!!」

 

 

 

 悲鳴にも似たような声を聞いて振り向くと、三玖が両手を伸ばして走ってきた。目に涙を溜めて真っ直ぐ向かってくる。座っている風太郎に向かって走っている。

 

 ちょうど目線が並んでいる、そのまま、真っ直ぐに。

 

 

 

「うぉおおおお!?

 ちょ、ちょっと待て三玖!」

 

「二乃がぁあああ…っ!

 二乃だけやだぁああっ!」

 

 

 

 三玖の両肩を抑えて止める。少し遅かったら顔面に飛びつかれるところだった。心臓が止まるかと思った。

 

 風太郎が必死に抑えるが泣いている三玖は諦めず両手を伸ばす。あまりにも必死な子供の指が首筋をひっかいて痛い。

 

 

 

「フータロー…!

 ふぅたろぉ…やだ、もうやだぁ…

 あぁあああああ…!」

 

「お、おまえな…

 もう、こっちこいおまえ

 大人しくここにいろ」

 

「うぅ…ひぐっ

 ふ、フータロー」

 

「二乃の話は忘れちまえ

 遊んでやるからよ」

 

「やだっ! フータローとするの!」

 

「うおおおっ!?

 それは諦めろ! もう頭にしてやるから口はやめろ! 待て!」

 

「…んー?

 チューならわたしもしてもらいました!」

 

「おまえは黙ってろ」

 

 

 

 三玖の暴走に慌てふためいている五月の横で四葉がカミングアウトした。もうこれ以上ややこしくしないでくれ。

 

 四葉の暴露を聞いた四人が驚き慌てだした。

 

 

 

「はぁああああ!?

 ちょ、ちょ…ちょっとなによそれ!?」

 

「四葉も!?

 う、うー…っ!

 わ、わ…わたしもしてよ!」

 

「み、みんなしてもらうならわたしも!」

 

「わたしももーいっかいしてほしいです!」

 

「わ、わたしも!

 わかんなかったから! ね!?」

 

「ダメなの!

 フータローはダメ!」

 

「おまえら一度正座で座りやがれ

 つーか三玖、したのはおでこな

 口は大事に取っておけ馬鹿」

 

「!

 じゃあそっち!」

 

「待て!冗談でもやめろ!

 ぬおおおお!待て待て待て!」

 

 

 

 子供相手とはいえ、座っている状態で既に胸元まで進攻されていると逃げられない。必死に顔を逸らすが両手でがっちり抑えられてしまっている。こいつ本気でやろうとしてる。

 

 他の四人もまずいと思ったのだろう。四人で三玖を引き剥がそうとするが剥がれない。

 

 

 

「そういうのはまだはやいっておかあさんが~っ!」

 

「そうよ、しゅ、しゅくじょだっけ? ダメなんだから!」

 

「むりやりはダメだよ~っ!」

 

「三玖あきらめてぇ!」

 

「む~!!」

 

「何をしているのですか貴方達…」

 

 

 

 部屋の気温が一気に下がったような気がした。目の前に迫ろうとする三玖も顔が青冷めて固まっている。さっきまで剥がされまいと顔を赤くしていたのに。

 

 玄関を見やると先生が立っていた。もう日が暮れてそこは薄暗かった。怒っているんだろうが…顔は見えない。黒いスーツを着ているから分からなかった。というか見えない。

 

 正直怖い。今までになく怖い。立ったまま動かないのが余計に怖い。三玖を掴んでいた四人の子供たちが風太郎の背中に隠れてしまった。五月は既に半泣きだ。おまえの好きな母ちゃんだぞ。

 

 先生が靴を脱ぎ、揃えて、手を洗って、こちらに来るまで無言だった。風太郎は子供たちと雁首並べてそれを見ることしかできなかった。

 

 

 

「そうですね、怒られると分かっているようなので私からは何も言いません

 最後に何か言いたいことはありますか?」

 

「…な、仲が良いのはいいことだと思います…よね?」

 

「仲が良くてもキスはしません…よね?」

 

「そうですね」

 

 

 

 風太郎、そして長女から順に悲鳴が上がっていく。6人全員鉄拳制裁を受けるはめになった。

 

 五人の子供たちが居間で頭を抑えてのた打ち回っている。地獄絵図。惨い。しかし三玖と自分だけかと思ったが四人もか。

 

 まさかだいぶ前から見られていたのか。悪寒がしてつい確認したくなったが聞けなかった。少し先生が怖くなった風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲が良くなったからってあれほど慕われるものはない。風太郎にとっても予想外だったのだ。

 

 五つ子と出逢った当初を思い返す。あれからだいぶ関係が変わった。

 

 先生と再会し二週間程だった頃か。天狗の鼻を折られてリベンジに燃えて先生に付き纏っていたのだ。

 

 見てほしいものがある、と先生から家に招かれた日だった。当然そこで目にしたのが先生の娘たちである五つ子だった。

 

 最初は五人全員に警戒されていたが、自分が先生の教え子であることを知ると話しかけてくるようになった。3人は。

 

 一花は一番最初に慕ってくれた子だった。出逢った日にあの子から声をかけてきてくれた。

 

 

 

「いっしょにあそぼー?」

 

「ん?

 いや、いいよ

 遊びに来たんじゃないんだ、構わず皆と遊んでればいい」

 

「いいのいいの! きにしなくていいの!

 ほら、トランプ!」

 

「あー…いやな」

 

「ほらこっちこっち!

 四葉と五月ちゃんもするでしょ

 二乃と三玖はー?」

 

「やだ」

 

「いい」

 

「…ま、まー…いっか!

 えっと…その」

 

「…上杉風太郎だ」

 

「えーと…ふーたろーくん!」

 

「…」

 

「おねえちゃんにまかせなさい!

 おとうとははじめてだけど、いもうとがよにんもいるんだから!

 いっしょにあそべば、ぜったいたのしいから、ね?」

 

 

 

 手を掴まれて強引に引っ張られたり、周りの姉妹がまだ打ち解けていないのに無茶苦茶な子だった。

 

 その上、年上の風太郎を弟扱い。ませたガキだと思った。

 

 だがあの子が手を掴んでくれたから五つ子とここまで関われるにようになったのだ。

 

 あの子の手は温かくて優しい。

 

 その一花が繋げてくれた子が四葉と五月だった。

 

 四葉は年上の風太郎に対して最初は丁寧だった。最初だけ。その慎ましさを残してほしかった。

 

 

 

「うえすぎさん、またきてくれたんですね!」

 

「ああ…まあ、おまえらのお母さんに誘われてな」

 

「うれしいです!」

 

「…ほんとか?

 おまえ、そればっかりじゃねーか」

 

「あ、あれ?」

 

「それ聞いたの三回目だ」

 

「だ、だってうれしいから…」

 

「めっちゃ汗かいてるぞ

 嘘が下手なんだよおまえ」

 

「わー! ごめんなさい!

 うれしいけど、ちゃんとおもてなしできるかこわいですー!」

 

「子供がそんなこと気にするな…遊んでろ、ほら

 今日は何したいんだ」

 

「…え、えっと…

 ししし…きめてない、です」

 

「じゃあ、あいつら集めて決めるか」

 

 

 

 緊張しても声をかけてくる。そんな子だった。子供のくせに余計な気を遣ってくる子だった。

 

 そんな子だったから、こっちも変に気を遣って遊んでやることになったのだ。遊びに加わることになった発端はあいつだ。

 

 お陰で穏やかに過ごせなくなった。やっぱりあいつはもっとお淑やかになるべきだ。

 

 お淑やかと思っていたのは五月だ。最初は。あいつの食い意地を知って考えを改めたのを覚えている。

 

 

 

「うえすぎさんは、おかあさんとなかよしですね」

 

「まあな…」

 

「すきなんですか?」

 

「…いや、憧れというか

 目標だな、先生みたいになりたいのかもな」

 

「!

 わたしといっしょです!

 そうなんですか! えへへ、おなかまです!」

 

「まあ…五人の中でおまえが一番近いかもな」

 

「ほんとですか!?

 あ、でももっとちかづきたいです!

 た、ためしたいことがあるの!」

 

「ん?」

 

「う、うえすぎくん!」

 

「…

 ああ、先生を真似てるのか」

 

「似てますか!?」

 

「似てない」

 

「れ、れんしゅーしないと

 うえすぎくんっ

 うえすぎくん、うえすぎくん」

 

「何の練習なんだ」

 

 

 

 すぐに飽きてやめると思っていたがこれがずっと続いていた。侮っていた。母親に憧れているというのも嘗めていた。

 

 子供に慕われる。そんなどうでもいいことが案外良いものなんだと教えてくれた子だった。

 

 ぱっと笑顔を咲かせて話しかけてくるあの子は、子供の無邪気さをよく現してくれていた。

 

 一方で…全く笑わず怒ってばかりの子が二乃だった。

 

 あの子と和解するには時間がかかった。お菓子作りというものが今になっても付いてしまっているがあの頃に比べたらマシだ。肉体的に疲れるか精神的に疲れるかの違いだが。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「むしするなっ」

 

「なんだよ、嫌なんだろ?

 無駄話なんてしねーからよ」

 

「…そういうたいど、むかつく」

 

「…あそんでほしいわけでもねーだろ」

 

「あたりまえじゃん」

 

「…」

 

「…だーかーらー!

 わたしがはなしてるんだから、だまってないではなしなさいよ!」

 

「おまえの考えてることがイマイチ分からん」

 

 

 

 今を思えば、あの子なりに接してくれようとしていたのだろう。始終怒っていたが。非常に分かりづらかったが。初心者には無理な話だ。

 

 自分がその手を取らず、他の姉妹とだけ仲良くする様を見せられて不信感を募らせていったのだろう。

 

 今では慕ってくれている。それがただ嬉しくて、今でもお菓子作りの一件を終えられないでいる。

 

 最後に三玖。関係が劇的に変わったのは二乃だけではない。

 

 あの子には最初、脅えられていた。初めて接する年上の男を怖がっていた。

 

 

 

「…」

 

「そんなところにいないでこっちに来たらどうだ

 他の四人がこっちに集まってるんだぞ」

 

「…」

 

「…一花、呼んでやってくれ」

 

「う、うーん

 三玖ー、おいでよー」

 

「いい…」

 

「こわくないよー?」

 

「…やだもん」

 

「…じゃあ、俺がそっち行くから

 おまえここで遊んでろ」

 

「…」

 

「完全に無視かこのやろう」

 

「!」

 

「こら、ふーたろーくん!

 三玖こわがってるでしょ!」

 

「なにやってんのよあんた、三玖なかせたらおこるからね!」

 

「三玖、こわがりだから…ゆるしてあげてくださいっ」

 

「お、おこったらおかあさんにいっちゃいますっ」

 

「怒ってねえよ…」

 

 

 

 正直面倒くさかった。二乃と同じだ。あちらが嫌がるのならこちらも深く接しないようにしていた。

 

 二乃は逆に怒り出したからそうはいかなかったが、三玖は受け入れていた。こちらが話しかけなければ過度に反応することはない。脅えることもそうなかった。

 

 ただこちらをじっと睨むその目が鬱陶しかった。子供ながら陰湿なものだ。風太郎が嫌うもの。嫌味を吐いて陰口を叩く。そんな奴らの目に見えていた。

 

 だが、あの一件から三玖が笑うようになったのだ。

 

 あの子が抱えていた悩み。子供ながらどうすることもできない可哀想なものだった。

 

 それを知って、あの子を助けようと思った。気の迷いに近かった。たったそれだけだ。

 

 そんな簡単なことでも、あの子にとっては嬉しかったのだろう。

 

 手を握ってくれる。笑ってくれる。それがとても嬉しくて愛らしかった。我ながら手の平返しが酷いと思った。だがあれを見てしまったら負けてしまうのだ。

 

 あの子と手を繋いで歩く。

 

 そんな小さな出来事が日常となり、希少価値が薄れていくほど時が経っていても、手を繋ぐ度に思い出す。この子の笑顔を見る度に思いは強くなる。

 

 怖がらなくていい。その時は助けるから。

 

 出会う度にいつも思い出す。この手に結ぶ小さな幸福が掛け替えのない大切なものだと。

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