五等分の園児   作:まんまる小生

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久しぶりの更新になります。













宣戦布告のクリスマス

 12月は子供にとって思い出に残る特別な季節と言えるだろう。

 

 聖夜の夜にはクリスマスプレゼントが待っている。子供に夢を見せようと目が眩むほど輝く一方で、大人たちは聖夜の下であくせくと金を稼ぐ。

 

 か弱い太陽の下、吹きすさぶ寒風に耐えて帰るのは子供も大人も同じ。食事や入浴でかじかんだ体を温かくして過ごすのだ。

 

 冷えた夜空が窓一面に広がるリビングにて、今日もまた五つ子たちはお互いに暖をかき集めるかのように顔を並ばせる。

 

 飯も風呂も終えた後だというのに、五人の顔は冷ややかなものだった。ガキの咎めの視線など教壇に立つ人間には慣れっこなので無視を決め込む。

 

 

 

「期末テストの結果を見せなさい」

 

 

 

 12月である。2学期最後の月である。今年最期の月である。華やかなクリスマスの前に期末試験があったのだ。

 

 週末を迎える金曜日の夜。毎週恒例の中野家にて会食する日。

 

 今日は泊まっていって、と和気藹々とした雰囲気を先程まで過ごしていたが、冷や水をぶっかけられて凍え切ってしまっている。

 

 もうじき終業式で、期末試験の結果はとうに返されているだろうに……この五つ子のうち半分以上が報告を渋っている。

 

 

 

「ぜーんぶわかってるくせに私たちの口から言わせるんだ

 ……意地悪」

 

「おまえらが往生際悪いだけ」

 

「別に、こうして直で会う機会がなかっただけだし

 それにセンコーのあんたなら、点数調べられるでしょうが」

 

「俺の科目は知ってるが、クラスの担任じゃねえんだから流石に知らん」

 

「はい、上杉さん! 通知表と一緒に報告しようかと思ってました!

 体育は! 体育は5の自信があります!」

 

「凄い凄い頑張ったな ちなみにおまえの歴史の単位は2だ」

 

「ひぇえ…」

 

「みんな、そろそろ白状しましょう

 上杉君ももうじき3年になる私たちの進路が気がかりなんです」

 

「ふん、赤点なかったからって涼しい顔しちゃって」

 

「でも五月凄く頑張ったから……褒めてあげてほしい」

 

 

 

 冬に負けないくらいテンションが下がっている一花、二乃、四葉を置き去りに、五月は堂々と胸を張っていた。姉に恨めしそうに睨まれても効いていないほどだ。

 

 一番意地汚い一花が渋々とソファから立ち上がったので一同降参したようだ、各々が自室からテストの答案用紙を持ってきた。

 

 

 

「誰からいきます? 一から順にいきますか?」

 

「よほど嬉しかったんだね、五月ちゃん?」

 

「い、いつもの順番じゃないですか!?」

 

「フータロー君、五月ちゃんからお願いしまーす

 どうせ最後にして、いっぱい褒められようという算段だから」

 

「もう黙って提出して座ってようよ」

 

「見てもらいたいのはわかったから、落ち着きなさいよ」

 

 

 

 姉妹に窘められた五月は、四葉と三玖に挟まれてソファに鎮座した。

 

 まぁ……五月からしたら早く成果を報告したかったのに、姉たちの赤点に足を取られてお預け状態だったからな。

 

 いつも騒がしい五つ子の喧騒を眺めつつ、テーブルに出された紙の束を順々に手に取る。

 

 結果は予想通りというか、この五人の反応から嫌でもわかる。

 

 

 

「三玖と五月は順調だな

 中間に続いて赤点なし、五月は全教科が平均越え、三玖も歴史は100点近い

 よく頑張ったな、凄いじゃないか」

 

「これも上杉君が勉強見てくださった賜物です」

 

「フータローの勉強会のお陰

 毎週見てくれたから……期待に応えられて一安心」

 

「……で、残りの三人は点数下がっちまったわけだな

 中間は全員で赤点回避してたのによ、先生悲しいぞ」

 

「私は前々から女優業が忙しくなるって進言してましたー

 成績落ちるかもーって事前に教えたことを、フータロー君も承認してましたー」

 

「落ちるとは聞いたが、赤点は回避するって言ってただろうが

 四葉も部活と大会の助っ人が多かったか、二学期は運動部忙しいからな」

 

「何卒お許しを……体育は5なのは確実と言えるでしょう――」

 

「おまえ推薦逃したら覚悟しろよ

 最後に二乃は……」

 

「悪かったわね、特に落とす理由もなく赤点取って

 補習もちゃんと受けるし、冬休みの勉強会も全部参加するわよ」

 

「随分と殊勝な態度だな

 まぁ……おまえはいい、強制はしねえよ」

 

「……え?

 ほんと? お小言なし?」

 

 

 

 一花は仕事、四葉は部活で勉強時間が取れずに赤点を取ってしまった……が。

 

 この二人の進路はほぼ確定しているのだ。とりあえず最低限卒業できる成績を取ってもらおう。

 

 そんな二人を置いて、二乃にはまだこれといった進路、目標はない。

 

 来年の受験に向けて勉学に注視するよう忠告すべきなのだが……今回に限っては俺はその立場にないかもしれない。

 

 とはいえ、言わないなら言わないで、既に叱られた姉妹が黙っていられるわけがない。

 

 

 

「ちょっと贔屓! それは贔屓だよフータロー君!」

 

「何で二乃はお説教免除されるんですか?」

 

「二乃は……俺が仕事忙しい時によく飯を作りに来てくれたからな

 しかも深夜まで待たせることもあったしな

 俺が世話になっちまって、時間奪っちまった」

 

「そ、そういうこと……そんなの気にしなくていいわよ

 私が勝手にやってたことだし、気に病んだりしたらこっちが困るわ」

 

「待って、どういうこと?

 そんな話聞いてない、帰りが遅い日ってバイトしてたんじゃないの」

 

「ふ、冬は体調崩しがちだし?

 ほら、去年は上杉も倒れちゃったし? 心配になるのも当然じゃない、予防は全力で取り組むべきだわ」

 

「点数落としてまで頻繁に? バイト行くと偽ってまで?」

 

「マ、ママの時もそうだったけど、先生の残業って本当に夜遅いからご飯作る時間ないでしょ

 だから週に……何回か行ってたり

 でも私が通ってると、あんたたち心配するだろうから」

 

「フータローが大変な時は、五人で協力するって約束……

 でも赤点覚悟してたとなると……何か言いづらい、卑怯」

 

「しつこいわね! 赤点と上杉のところ通ってたのは別よ!!

 私がテスト解けなかっただけ! 悪い!?」

 

 

 

 自分で逃げ道を潰して切腹しようとする二乃に、やたら噛みついていた三玖も下がるしかなく。結局二乃は勉強会は強制参加になった。

 

 一花と四葉は赤点の不甲斐なさから後ろめたいようで、これ以上何も言わず座り込んでしまった。二乃も好きにしなさいと言わんばかりに沈黙している。

 

 こうなると成績共に浮いた二人が居心地悪くなるわけで、保護者の俺に視線を配って助け船を求め始めた。

 

 まぁ薄々察していたテストの結果だ。やればできる子たちなのはもう知っている。

 

 

 

「よし テストの話は終わり

 一度は全テスト赤点回避したんだ、3学期に向けて復習すれば問題ない

 もうじきクリスマスだ、そっちの予定は決まったのか」

 

「うーん 予定も何も、去年と同じくフータロー君と一緒にパーティーしよっかって話でしょ」

 

「なんかクラスでパーティーするとか、そんな話ありましたよね

 というか一花、彼氏できたらわかんないねーとか言ってたけど?」

 

「いないからもうフータロー君でいいよね

 四人が他に予定あるなら、フータロー君は私と一緒に過ごそうよ、良いお店知ってるんだー」

 

「よ、予定なんてない! 家族で過ごすって言ってクラスのも断った

 それに、フータローがお仕事で忙しいかも聞いてない」

 

「もうケーキ予約しちゃってるから、勝手なことしないで

 上杉は休むんでしょ、当日は私と一緒に料理担当よ」

 

「……何で私たちの知らない情報が二乃から出てくるのでしょうかね」

 

「一度全部吐かせた方がいい……」

 

「う、上杉が報告しないのが悪いでしょ!?

 あんたも黙ってないで、こっち座って話に参加しなさい」

 

 

 

 姦しい五つ子に手招きされて、一人用の小さいソファに座り込む。ポンポンと隣を叩いていた二乃と三玖が何か言いたげだが黙っておく。

 

 去年のクリスマスは……先生が亡くなった年で、母親のいない初めての聖夜だから妹のらいはや親父まで参加して盛大に祝ったものだ。

 

 今年は流石に上杉家総出とはいかず、親父はともかく妹は大学の友人と遊ぶらしい。五つ子ちゃんたちが夜遊びしないよう面倒見てね、と忠告も添えて。

 

 クリスマスの予定はとんとん拍子に進んでいき、ケーキの購入とは別に、二乃のお手製のケーキも用意するらしい。忙しいから当日は手伝えってことだ。

 

 

 

「それじゃあクリスマスのスケジュールは決まったことだし

 あとは各々がプレゼントを用意して、テストのことはさっぱり忘れて聖夜を楽しも~」

 

「……あんた、額言ってみなさいよ」

 

「ふふふ、このクリスマスプレゼントでお姉ちゃんの威厳を見せてあげよう

 楽しみにしててね、フータロー君」

 

「おい、高いのは受け取らないからな、自重してくれよ一花」

 

「うーん やっぱりバイトした方が良かったかなぁ

 でも本当に忙しくて、やる時間なかったもんなぁ……」

 

「四葉もあいつの言葉を真に受けなくていい

 飯食うだけで十分だろ、プレゼントはこっちが用意するから楽しみにしてろ」

 

「うぅ……上杉さんの優しさが沁みます……

 はっ! そうだ、別にお金のかかるものじゃなくても……!

 ちょっと早いですが四葉は失礼します!」

 

 

 

 クリスマス談議を終えて、一花はルンルンに階段を駆け上がっていった。金のある女は厄介である。

 

 まだ働いていない四葉はプレゼント選びに苦悶の表情を浮かべていたが、何かを思いついたのか颯爽と自室へ走って行った。

 

 何か自作するつもりか。ある意味一番健全なプレゼントを用意するかもしれない。ブルジョワになっちまった一花も見習ってほしい。

 

 二乃も自室へ帰るようだ。おやすみ、と照れ臭そうに告げて背中を向けるのはたまにあること。

 

 ……その背中を見送り続けていると、自室に入る時にバレて睨まれるのだ。目を離しておく。

 

 残ったのは優等生二人。その二人もお暇する空気に触れてそわそわし始めた。

 

 

 

「上杉君もお疲れでしょうから、このへんで……」

 

「フータローが良かったらもう少しお話したい、かも

 クリスマスは静かに話せそうにないし」

 

「構わないぞ だがその前に、あの3人がいない今なら話しやすい

 テストの結果は実に良かったからな、講師役として鼻が高いぜ

 何かご褒美でもやろうじゃねえか」

 

「ご褒美……!」

 

「い、いいのかな……とても嬉しいけれど」

 

 

 

 目をキラキラさせて瞬時に反応する五月と違い、三玖は3人に悪いと思ってか委縮している。さっき隠し事をした二乃に詰め寄っていたからな。

 

 あの3人には悪いが、きちんと成果を上げたのなら褒めるべきである。そもそもあいつらだって仕事や部活、バイトに関しては褒めることが多いからな。

 

 依怙贔屓しているわけじゃない……いや、嘘である。俺が面倒を看ている勉強面で頗る成長している二人が可愛く見えるのは仕方ないだろう。

 

 心の内の事情は隠しつつ、来年もこの生成器に期待している分、彼女らを労って然るべきだ。

 

 

 

「何かしてほしいこと、買いたいものがあれば言ってくれ

 好きなもんで構わない」

 

「それでしたら今月オープンしたお店が気になるので、今度一緒に行きませんか?」

 

「五月即決……それでいいの?」

 

「人気のお店なんですよっ その……定番のアレで申し訳ないのですが

 カップル限定でして……私一人では」

 

「だから、それでいいのって言ってるの」

 

「へ?」

 

「フータローとよく行ってるから、ご褒美なのに代わり映えないから」

 

「――」

 

 

 

 この末っ子、バレバレである。普段飯屋に連れ回されるので人気店だろうかオープンしたてだろうが、いつものお誘いってやつだ。

 

 家族の目を出し抜いてちゃっかり甘えている末っ子を止めるのは姉の役目。三玖に睨まれて五月は俺の背に隠れて頭を下げまくる。

 

 今日はしつこい日か、三玖のやつ。二乃や五月に噛みついてばかりだ。風呂入って寝る前だってのに冷や汗を流す五月が不憫に思える。

 

 

 

「わ、私はご褒美、ご飯一緒するってことで

 日時は後で連絡しますっ おやすみなさいっ」

 

「逃げても明日に伸びるだけ」

 

「……今日は何かあったのか、三玖

 ちょっと機嫌悪いか」

 

「そ、そんなことない」

 

「……」

 

「……

 ちょ、ちょっとだけ」

 

「俺絡みか」

 

「……フータローと……クリスマス一緒なのは嬉しいけど

 このままだと来年も……」

 

「?」

 

「……」

 

 

 

 ……待っても返事なし。不満はあるが言いづらいようだ。

 

 クリスマスに何かあるのか? 二乃や一花と違って、三玖はクリスマスやバレンタインなどのイベント事にさして興味ないほうかと思っていた。

 

 

 

「まぁいい、とにかく結果を出した褒美の内容は考えておいてくれ」

 

「うん」

 

「……」

 

「……」

 

「寝ないの?」

 

「せ、せっかくだから……もうちょっと何か話そうよ

 明日早い?」

 

「いや……なら、なんか適当に映画でも見るか」

 

「それがいい

 お、お布団……入っていい?」

 

「寝ないのならな」

 

 

 

 去年と比べたら、だいぶ口数が増えたっつうか……昔のよく知る三玖っぽいつーか。

 

 ちょくちょく甘えてくる素振りを見せてくる。お陰様で三玖が眠りこけるまで夜更かしすることになる。

 

 三玖は来客用の俺の敷布団をリビングの窓付近からテレビの前に移動させる。そして自室に戻って掛布団と枕を持ってきた。もう寝る気じゃね。

 

 あまりうるさいと他の姉妹が参加して、映画鑑賞どころかゲームに発展する。俺はリビングの明りを消して、静かに三玖と並んで座る。

 

 

 

「時代劇」

 

「知ってた」

 

「私のお気に入り」

 

「それもう5回目」

 

 

 

 映画選びも三玖に奪われてしまった。全部見終わるまでもなく寝るのも知っている。

 

 クリスマスが近いってのに女の子と見たのは、渋いおっさんが雄叫びを上げて戦地に赴く戦国時代だった。

 

 暖房も消えた冬の夜。寒くならないように二つの布団をかけ重ねる様は……小さなかまくらのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いつかない……」

 

「死にそうな顔してると思ったら、ご褒美か」

 

 

 

 翌日。結局俺の布団で寝やがった三玖は姉妹に叩き起こされ、寝ぼけ眼のまま朝食を摂った。

 

 俺も二乃に背中を蹴られ、四葉に馬乗りされたり……散々な朝を迎えた。四葉のやつ、今度同じことをねだってきそうだ。

 

 顔を洗って、と二乃に押されてリビングを離れ、用を済ませて戻ってみれば……寝ぼけていた三玖が今度は憂鬱とした顔をしていた。その顔は受験まで取っておけ。

 

 ちなみに昨日の映画鑑賞は三玖が途中で眠りかけて中断。三玖がすっかり寝る気だったので俺はソファで寝ようとしたら、それは良くないと咎められた。

 

 布団の主が寝るべき、自分は布団の端で寝る。なら一緒に寝るのかと問えば沈黙。

 

 その無駄な攻防の末に、仕方なく一緒の布団で寝たのだった。たぶん眠気吹っ飛んであまり寝れてないぞ、三玖のやつ。

 

 とはいえ少し前の三玖なら赤面しそうなものだが、慣れたのか……それはそれで、監護者ながら男として複雑である。

 

 

 

「そんなに悩むことか?

 何でもいいぞ、おまえの好きなので」

 

「……好き……」

 

「好きなの、選びな」

 

「あ、あまり……っ!」

 

「あ?」

 

「あまり好きなのとか、何でもいいとか……言っちゃダメ」

 

「は? 何で」

 

「……あ、悪用されちゃうよ

 女だって、色んな人いるから」

 

「悪用って何だよ、例えば?」

 

「た、たとえ……ば

 ――ッ!」

 

 

 

 ごつん、と三玖はテーブルに頭を打った。赤い顔を隠すのに精いっぱいの様子。

 

 すまん、男に慣れたとかお兄さん思ってたけど、全然そんなことねーな。なんか安心したわ。

 

 

 

「……ま、俺はおまえを信じてるからな

 期日もねーし、ゆっくり考えてくれ」

 

「あ、ありがと……」

 

 

 

 クリスマスも近いし、プレゼントと被るのもアレだ。クリスマスの後に考えても良いしな。

 

 そんな呑気な考えとは逆に、三玖の表情は一向に晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三玖のご褒美の内容は決まらないまま、四葉の通知表が宣言通り体育5でうるさかった後のこと。

 

 とうとうクリスマス当日。五月のお目当ての店はクリスマスの後に行くことが決まり、おおまかな12月の俺の予定が決まった。

 

 ゆっくり考えてくれ……とは言ったが、のんびりしていると俺の予定は他の五つ子によって埋まってしまうことを考慮してなかった。

 

 三玖が何かしら希望を言っても、叶えられるのは来年になるか? 流石に他の姉妹も譲ってはくれるだろうが、なにせ三玖が恥ずかしがるからな……

 

 

 

「三玖、結局どうすんのよ

 あいつをこき使える権利」

 

「言い方」

 

「あんたのことだから馬鹿真面目に、一生のお願いと同レベルで考えてるんでしょ

 この調子なら来年の学力テストでもご褒美貰えるんじゃないの?」

 

「……」

 

 

 

 クリスマスの本番は夜。ただ豪華な飯を食うだけだが料理人はその準備で忙しい。休みを取った俺も朝から呼び出されてしまっている。

 

 中野家の料理人である二乃は妹の元気のなさに呆れている様子。なにせキッチンで準備をしている後ろで、テーブルに座って気落ちしている三玖は嫌でも目に付く。

 

 リビングには料理で弾ける油や湯が沸騰する音のみ響く。他の三人は仕事なりバイトなり、クリスマスキャンペーンの店をはしごしてたりで不在だった。

 

 二乃の言葉に言い返すことなく三玖は俯く。見かねた俺はその背中に声をかける。

 

 

 

「そう重く捉えるなよ? 来年に持ち越しでもいいぞ」

 

「高校卒業しても使わなさそー」

 

「馬鹿にしないで」

 

「上杉は良かれと思ってご褒美用意してくれたのに

 あんたが勝手に思い込んで、クリスマスまで辛気臭い顔されちゃ迷惑よ」

 

「なら部屋にいる」

 

 

 

 フォロー間に合わねぇ! 流石に二乃の言葉はきつすぎた……が、二乃も不必要に家族を傷つけることはしない。

 

 三玖が部屋ではなくリビングに居ついていたのは、何かしらアイディアやアドバイスを求めてのことだったのだろう。わかっていただろうに二乃は突き放した。

 

 三玖は速足で自室へ戻ってしまった。最後にこちらに見やって……静かにドアを閉じた。

 

 ……で、傷心した三玖を見送った俺に何を押し付けようってんだ、二乃。

 

 

 

「ケーキ予約してるから、取りに行って」

 

「今から?」

 

「今すぐ」

 

「なら……三玖も連れて行っていい?」

 

「ご自由に、料理まだ作り終えてないんだから、早めに戻ってきてね」

 

「ああ……すまん

 とはいえ、おまえがそこまで言わなくても、三玖はいずれ話すんじゃないか?」

 

「そのうち、ね

 そのうち思いついて、あんたに伝えて、楽しい思い出を作るんでしょうね」

 

「だったらそれを待とうぜ」

 

「暗い顔、うじうじと悩んでるところ

 見られて良いもんじゃないでしょ、女の子のああいうところ

 身内なら良くても、恋人として見たら冷める部分あるし、損しかないじゃない」

 

「……」

 

「ほ、ほら……男子の理想の女子って

 私みたいに、料理上手で、いつも元気で、お兄様思いの女なんだから

 三玖も私を参考にすべきよ」

 

「は? 何それ」

 

「あ、あんたが言ってた好かれる要素TOP3よ!

 今のところ掠りもしてないでしょうがあの子!

 とっとと励まして今日のクリスマス楽しむこと、いいわね!」

 

 

 

 自爆で顔を真っ赤にした二乃に背中を叩かれ、キッチンから退散する。いつの話だったかそのTOP3……律儀に覚えてたのか。

 

 家の中でうだうだと悩み続けてたら意中の男に冷められる……ってところか。その相手が俺だと自負するには、本人を慮れば自重すべきなのだが。

 

 

 

「三玖、ちょっと外歩くか」

 

 

 

 階段を上がり、三玖の部屋をノックする。 

 

 世話焼きの姉がいると妹は大変だな。その恩恵に感謝はすれど、やはりムカついて姉妹喧嘩になってしまう。

 

 ゆっくりとドアが開き、少し目が赤くなっていた三玖は黙って頷いた。

 

 クリスマスの夜にはまだ時間はある。今日は雪もなくロマンチックに欠けるが、今日この日を良いものにしてみせようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、フータロー……お洒落してた」

 

「ああ、これか

 俺が来た時、見もしなかったな」

 

「ご、ごめん……」

 

「野郎が洒落込んだって仕方ねーけどよ、一花と二乃がうるせーから」

 

「前も見たことある、カッコいいよ」

 

 

 

 冷えた外気に包まれながら三玖を連れ歩く。いつもより3歩後ろぐらいの間隔でついてきている。

 

 せっかくのパーティーで女の子がいるんだからお洒落してきて、と一花と二乃から強い要望があったのだ。

 

 不本意ながら妹の胸を借りて買った服で着飾って中野家を訪れたのだが、絶不調の女子高生は気にもしなかったようだ。

 

 

 

「でもピアスはチャラいよ」

 

「俺は嫌いではないんだがな……二乃や一花だけでなく、四葉からも好印象だったのに

 そんなに似合ってない?」

 

「……そんなことはない

 フータローは髪短いから、ピアスも目立ってて似合う……とは思うけど

 なんかやだ、フータローは……そう、みょうが

 フータローの魅力は徐々に知ってもらうのがいい」

 

「もはや概念だろ」

 

 

 

 よほどピアスがお気に召さないのか、左右を行き来して顔を覗かせては文句言ってくる。ナチュラルにディスってくるな。

 

 一方で三玖は見慣れた普段着で、上着一枚羽織った下は温かそうなニットとショートパンツ、タイツである。ちょくちょく自身の服装を気にかけていた。

 

 

 

「ご褒美、服でもいいな

 あんまり買わないだろ」

 

「……悩む」

 

「正直、おまえは物をねだらないから多少増えてもいいくらいだ

 3つまで増やしたとしたら、服は選択肢に入るか?」

 

「それは甘やかしすぎ」

 

 

 

 これで甘やかしだとしたら、五つ子への出費の大半を占めている末っ子が顔を青くするだろうよ。

 

 何だかんだ駄弁っていたらケーキ屋に到着してしまった。店内は窓から覗いても分かる、カップルだらけだ。高校の頃と変わらねえな。

 

 

 

「……学校の子、いる?」

 

「いたとしても、ケーキ買いに来たで言い訳できるだろ」

 

「でもフータローお洒落してるから」

 

「……勘違いされるってか」

 

「な、何でもないっ! 入ろ」

 

 

 

 三玖に袖を掴まれて店内へ。昔よく見た光景で、一通り店内のテーブルを見渡したが、三玖が懸念する見知った旭の学生はいなかった。

 

 ひとまず脅威になるものは存在しないと知って三玖は息を吐く。学校で一度噂されると俺がクビになるんじゃないかと気が気じゃないらしい。

 

 

 

「おや、上杉君じゃないか、いらっしゃい

 二乃ちゃんが予約していたケーキの受け取りかな」

 

「ご無沙汰しています

 ケーキもそうですが、テーブル空いてたら案内お願いできますか?」

 

「? あれ、フータロー 二乃が待ってるんじゃ」

 

「テーブルは埋まっているんだけれど、カウンターなら

 ……そっちのほうが落ち着いて過ごせるかもね」

 

「お気遣いありがとうございます

 外寒いからよ、せっかくだから温まっていこうぜ、三玖」

 

「う、うん」

 

 

 

 二乃からは早く戻って来いとか急かされたが、優先するのは三玖の悩み解決だ。このままだと帰ってもまた部屋に閉じこもっちまう。

 

 昔バイトで世話になった店長が気を利かせてカウンター席を案内してくれた。奥側なこともあってテーブル席の大半が死角になる。

 

 二人でカウンター席に着くと、三玖はいそいそと壁側に座った。隅っこが好きだからな……上着も脱いで二人並んで座った。

 

 

 

「抹茶や緑茶はないから、紅茶にするか?

 冷たいウーロン茶ならあるぞ」

 

「……温かい紅茶で」

 

「何かケーキでも食べるか、抹茶なら好きだろ」

 

「……でもフータロー 今日買うケーキってホールじゃなくて小さいやつだよね

 みんなそれぞれお気に入りの」

 

「ああ……抹茶は夜に取っておくか

 だとすると……残念ながら抹茶系のデザートはないな」

 

「……うーん」

 

 

 

 ……また悩ませてしまったぞ。ご褒美の内容に追加して食べれるデザートに難儀してしまっている。

 

 率先して悩ませないようにと気遣ってみたがダメだった。らいは曰く、何でも注文してもいい、は若い女子には不満ものらしい、エスコートの範疇が謎である。

 

 

 

「軽食でもいいか、ちょうど昼時だしな

 二乃には一報入れておくから、こっちで食っちまおうぜ」

 

「…それは何だか二乃に悪い」

 

「正論であっても言い過ぎだったからな

 気に病むなら、あいつの料理手伝ってやるといい」

 

「そ、それは逆に困らせちゃうから

 ……うん、でも……二乃にはムカついたから丁度良いかも

 それならサンドウィッチにしようかな」

 

 

 

 二乃にメッセージを送ると、ふーん、とだけ返ってきた。何だそれ、怒ってるのか織り込み済みだったのかどっちなんだ。

 

 注文すると早くもコーヒーと紅茶が届く。お互いに寒さでかじかんだ手を温めて口に運んだ。

 

 熱い吐息を吐いて一服。しばし沈黙が続いた。

 

 その沈黙に気まずさを感じたのかは定かではないが、三玖は一度座り直してゆっくりと打ち明けた。

 

 

 

「ごめんね、気を遣わせちゃってる」

 

「そんなことはないが、それを伝えるとしたら……二乃になるか」

 

「二乃には後で謝る

 フータローには今相談したほうがいいと思って」

 

「おう」

 

「ご褒美、って言ってくれたけど

 その、嬉しいんだけど……勉強をするのは本来自分の為だから

 フータローが私たちの為に週末、貴重な休みの時間使って勉強を教えてくれるのに

 さらにご褒美を貰うのは違うように思えて

 頼りになる先生が身近にいるのは特別なことで、本当なら一人で辛くてもやり続けるのが勉強だから

 私たちは恵まれてる、なのにこれ以上求めるのは……」

 

「……なるほど」

 

「勉強、教えてくれて成長してるの実感できて十分嬉しいんだ

 これを教えてくれたのはフータローだから

 お礼なら私がしたいし、これからも私は自分の為にいっぱい勉強するから心配しなくていいよ?

 フータローがご褒美を用意する必要なんてないんだよ」

 

「……」

 

「ご、ごめんね、変なこと言っちゃった

 でもフータローの教え子として立派な生徒って何かなって思って……

 ちょっと熱くなりすぎちゃった、らしくない……反省」

 

「いや感動した、もう何でも言うこと聞くぜ

 サービスで抱きしめてやりたいくらいだ」

 

「ごふっ」

 

 

 

 自分の教え子が勉学の重要性を理解してくれた上に、立派な生徒になりたいとまで言ってくれたんだ。

 

 つい暴走気味に口走ったがそれほどまでに嬉しい。喋りすぎて口内が乾いたのか、紅茶を飲み始めた三玖は噴き出してしまった。

 

 咽る三玖の背中を擦って落ち着いてもらう。タイミングが良いのか悪いのか、注文したサンドウィッチも来た。

 

 

 

「からかわないで」

 

「すまん」

 

 

 

 怒らせてしまった。やや頬を膨らませて三玖はサンドウィッチに齧りつく。やはり五つ子、五月に似ているところを窺える。

 

 その後はそれとなく談笑を交えたがご褒美の話は控えた。三玖の思いも知れたことだし、後は彼女が折り合いがつく何かを見つけてくれればいい。

 

 デザートはなし、楽しみは夜に取っておいて人気のケーキ屋を退店する。

 

 

 

「雨が降るかもね、傘はあるかい?」

 

「雨?」

 

「降りそう……? 雲ってきたから怪しいかも」

 

「……ケーキの箱、ビニールか何かいただけますか?」

 

「袋を二重にしておこうか、濡れないうちに早く帰ったほうがいい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 天気予報では曇りのち晴れ、と聞いていた。あまり運は良くないようだ。

 

 雨で濡れてしまってはケーキが台無しになる。店長はケーキの箱にビニールを被せて、手提げ袋に入れてくれた。

 

 外に出てみれば、確かに雲行きが怪しい。それどころか雷鳴が聞こえたぞ。

 

 急ぐか、と三玖と一緒に早歩きで向かったが……間に合わずぽつぽつと雨の滴が降りかかる。

 

 ……ぽつぽつどころか大雨だった。すっかり濡れてしまい、耐えきれず近場の建物に避難した。

 

 

 

「ケーキ、大丈夫?」

 

「ああ、ケーキは死守した

 ハンカチ、ヘッドホン壊れる前に拭きな」

 

 

 

 小さい布では濡れた体を拭き切れそうにないが、三玖にハンカチを渡しておく。精密機器のヘッドホンまでずぶ濡れだ。

 

 建物はマンションのロビーで、他にも数人雨宿りをしている人がいる。突然の雨で傘は誰も持っていないようだ。

 

 濡れたヘッドホンを拭く三玖を見やると、衣服はすっかり濡れてしまっている。ニットも水を吸ってしまって、これでは風邪をひいてしまう。

 

 ケーキの箱が入った袋を一旦床に置き、自分のジャケットを脱いで三玖の肩にかける。部分的に撥水加工されていて、見かけほど濡れてはいないのだ。

 

 

 

「フータロー? フータローが風邪ひいちゃうよ」

 

「おまえよりマシ

 つーか、隠しとけ」

 

「……」

 

 

 

 ニットとはいえ濡れると体の輪郭が露わになる。三玖が着ている上着は薄いから色々と目についてしまう。

 

 男の言い分に三玖は気恥ずかしそうにしながらもジャケットで胸元を隠した。ニットからは水滴が垂れていて着心地は最悪だろう。

 

 

 

「フータローも顔濡れてる、前髪凄い」

 

「ああ、まぁそのうち乾くさ」

 

「……」

 

 

 

 流石に濡れた髪が鬱陶しい。前髪が目元に張り付くので手で掬ってかき上げる。後ろ手に絞ると水が滴り落ちた。

 

 前髪を退けても水が滴り落ちて気分は悪いままだ。顔に出てたのか、三玖はこちらをじっと見上げていた。

 

 

 

「……

 む……」

 

「どうした、気になるならジャケットの前閉じちまえ」

 

「そうじゃない」

 

 

 

 なぜか急に三玖が不機嫌になってしまった。また何か駄目だしするつもりか、こいつ。唸り声なんて出すから周りから変な目で見られてるぞ。

 

 三玖は挙動不審に……というか、周りの目を気にしだし始めた。悪目立ちしてしまっている。

 

 

 

「…む~…

 フータロー こっち」

 

 

 

 どこを見ているのか、三玖が睨む方へ……同じく雨宿りしている女性二人組と目が合った直後に思いっきり腕を引っ張られた。

 

 引っ張られながらもケーキの箱を回収する。ついケーキ優先になって三玖にされるがまま連行される。

 

 壁際に寄せられ、腕にしがみつかれてしまった。さっきから何を気にしているんだ。あの二人組に何かあるのか。

 

 

 

「やっぱり良くないと思う、それ」

 

「何?」

 

「……目立つから」

 

「あ? いや……気にしすぎだろ」

 

「そんなことない、たぶん二乃がいたら騒いでた」

 

「……それほどか」

 

「だって、ずっと見られてるもん……女の人たちに」

 

「嬉しくねー」

 

「そんなこと言って、ちょっと怪しい」

 

「……先生に好かれるのなら、嬉しかったかもな」

 

「……」

 

 

 

 しつこいので少し意地悪な返答をしておく。その気はないってのに、三玖は心配性だ。

 

 前髪を上げているこの状態は二乃の合格ラインを越えたらしい。あの二乃の評価だとだいぶ上だと思う。

 

 三玖が全力で警戒しているのは近くにいる女性からの視線らしい。さり気なく見やると、まぁ確かに少し色めきだっているように見える。

 

 とはいえ静かなほうだ。学校でたまに見る姦しい黄色い声よりマシだろう。過去体験したものはからかい混じりだったがな。

 

 しかしいくら褒められ好ましく思われようと……憧れの人に見向きされなかったのでは慰めにもならねえ。虚しいだけだ。

 

 

 

「移動しようよ」

 

「この雨の中か……他に行けそうなのは……

 あ、あー……」

 

「ある?

 あ……」

 

 

 

 あるにはある……が、見えるのはホテル。一泊ではなく休憩用の。

 

 ラブホテルなんぞ、教え子と行ったら一発でクビだ。行くはずもないが、視認してしまった三玖は顔を真っ赤にして俯いていく。

 

 されど腕を掴む力はより強くなる。拒絶ではなく、許可でもなく……断られないという無傷の停滞を望む手だ。

 

 ……どの道、このまま雨を待っているだけでは風邪をひく。

 

 

 

「ここなら俺の家が近い

 一旦、家に来るか」

 

「……」

 

 

 

 こくこく、と何度も頷く。性的な羞恥心から女子高生はすぐにこの場から離れたいようだ。

 

 ケーキが濡れないように腕の中に隠しながら、三玖の手を引いて走った。ケーキ崩れない程度の早さで。

 

 ぎゅっと掴んで離さない。段々とより強く、しっかりと握って。

 

 振り向けば三玖は頬を薄っすらと赤く染めつつも、雨を嫌がってはいないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風呂溜まったから、先に入ってくれ

 服は乾かすが、上は今日中は無理だな」

 

「うん……着替え、ジャージある?」

 

「すまんが洗濯しててな、雨にやられて使えない

 俺の服貸すからそれで辛抱してくれ」

 

 

 

 自宅に辿り着き、ケーキを冷蔵庫に入れて安堵した後のこと。タオルで濡れた体を拭きつつ風呂に湯を張った。

 

 三玖を先に入らせたはいいものの、生憎とニットは乾きそうになく、乾かして使えるのはホットパンツと下着、タイツぐらいだろう。

 

 五つ子が使ういつものジャージは間が悪く外干ししていた。まさか雨が降るとは思わず見事濡れてしまった。

 

 仕方なく俺のトレーナーとズボンを持って脱衣所に置いておく。風呂場からの水音以外に、外の雨音は続いている。

 

 まだ昼過ぎだから雨が止むまで待つか。二乃にはまた連絡を入れておこう。

 

 雨雲を見つめながら思案していたら、無事に三玖が湯で温まって戻ってきた。

 

 

 

「ズボン……大きすぎ」

 

「悪い、ベルト必要だったな

 これ使ってくれ」

 

「ありがとう

 男物のズボン履くの初めて――あ」

 

 

 

 ベルトを受け取ってズボンに通そうとしたところで……ズボンが落ちた。先までズボンを抑えていた手を離したから。

 

 ……大きめのトレーナーのお陰で下着までは見えなかったが、思いっきり素足が見えてしまった。

 

 ぺたん、と瞬時に三玖は座り込む。逆にその態勢のほうが危険じゃねえか……すぐに背中を向けた。

 

 

 

「ちょっと、ドライヤーで乾かすわ」

 

「お、お願い……」

 

「寒いだろ、俺のベッドにでも潜ってな」

 

 

 

 満足に履けないズボンを置いたまま、三玖は素足で駆け出して俺の部屋のベッドに転がり込んだ。

 

 掛布団を引っ掴んで、恥ずかしそうに丸まっている。動けない三玖に代わりズボンを回収し、三玖の服にドライヤーをあてて急ぎ乾かした。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 すんすん、と三玖は掛布団の匂いを嗅いでいた。五つ子は俺のベッドを占領すると大抵アレをやる。もう見慣れた光景だった。

 

 もごもごと動いては、時たまに素足が露わになるってのに構わず枕に顔を埋めていた。俺はその不遜な行為を服を乾かしつつ見守った。

 

 

 

「……ん?」

 

「何か?」

 

「……」

 

「……だから何、その目」

 

「女の人の匂い」

 

 

 

 じっと咎められるような視線を向けられた。女の匂いとかおまえわからないだろ、なのに決定的証拠を見つけたと言わんばかりに睨まれている。

 

 そればかりは俺のせいじゃない。叱るのなら身内に向けてもらおう。

 

 

 

「二乃だろ、たまにうちに来て飯を作ってくれるんだが

 待っている間ベッドを使われるんだよ、たぶんその匂いだ」

 

「二乃……!」

 

 

 

 ぼふんっと枕にダイブしてじたばたもがきだした。何かを害されてしまったのか、だいぶご立腹だった。

 

 枕を裏返しても何も変わらないだろうに。ばたばたと足を上げては先に好き放題していた姉を恨んだ。

 

 追加すると、二乃だけでなく五月も常習犯だ。だが五月の名を上げたら間違いなく叱られるだろう。

 

 あいつも勉強を見るという約束をしたのに、仕事で遅れてしまい待たせてしまうことが多かった。それでも頑張った結果があのテストの成績だ。今回は黙っておく。

 

 乾かしていたパンツが履ける程度に乾いた。三玖に手渡して、俺も雨で冷えた体を風呂に浸かって温めるとする。

 

 雨でじっとりと濡れた髪も洗って、いつもの髪型に戻す。これなら三玖から苦言を零されることもなかろう。

 

 

 

「フータロー……」

 

「……」

 

 

 

 一難去ってまた一難。こちらが問題を解決したと思ったらまた表情を曇らせる三玖がいた。

 

 俺が入浴中に三玖は部屋の中を見て回っていたのだろう。机に置いてあった手紙を手に取っていた。

 

 中身までは見てなかったのだろう……が、それは一目でわかってしまう。

 

 クリスマスカードを添えた手紙。カードが露わになっていたら、簡単に内容は想像つく。

 

 

 

「ごめん、勝手に見ちゃって

 でもフータロー クリスマスは誰かに誘われてたの?」

 

「ああ、前の高校の生徒、俺が担当していたクラスの子だ

 前の勤め先、やたら金持ちの生徒が多くてな

 クリスマスは生徒らが自主的にクリスマスパーティーを開いてる

 予約を取れば体育館だろうが屋上だろうと自由……まぁ文化祭みたいなもんだ」

 

「断ったんだよね……

 私たちと一緒に過ごす為、だよね」

 

「別に構わん、行ったところでおまえらと同じ、飯食って談笑するだけだ」

 

「……

 それだけでも十分、特別だよ……私がそうだから」

 

「……」

 

 

 

 三玖はカードと手紙を机の上に置く。中身はマジで見ていないようだな。

 

 手紙の内容は、クリスマス会のお誘いと大学受験が近いから勉強を見てほしいという2つ。

 

 生徒が転勤した教師の住所など知るわけがなく、大方職員室に駆けこんで送ってもらったのだろう。熱量が凄いとびびったものだ。

 

 クリスマス会は五つ子と過ごすと決めていたのできっぱりと辞退した。こっちは至って普通にメッセージ送ってな。

 

 だが……2年間面倒を看てきた生徒だ。今年は3年生で受験を控えている。助けを求めるのなら教師として手を貸さないでどうする。

 

 クリスマスの代わりに勉強はしっかり見ると伝えた。それだけで十分だと喜んでくれたし……三玖が憂う必要はないはず。

 

 

 

「クリスマス、そこまで一緒に過ごしたいものか?」

 

「う、うん」

 

「俺はガキの頃からクリスマスプレゼントとは無縁だったからな

 ご褒美の話じゃねえが、三玖はどんなクリスマスにしたいんだ?

 希望に沿えそうなら今からでも遅くない」

 

「え

 それを言われたら……

 台無しになるかも」

 

「……具体的には?」

 

「ふ、フータローと一緒に過ごしてみたい、かな……この人と同じように

 二人っきりで……でももう絶対に無理」

 

「……内容は?」

 

「と、特に決まってない」

 

「……

 いまいちわからね

 俺もこれまで仕事以外で、ろくにクリスマスっぽいことはしたことないんだ

 すまん、希望に応えられそうにない」

 

「い、いい……わかってたから」

 

 

 

 告白紛いなことを打ち明けて恥ずかしいのか、三玖はそそくさとベッドに滑り込んでしまった。気に入ったのか。

 

 雨はまだ止まないし、車がない身の上なのでもう少し話し込んでも良いだろう。

 

 ベッドに腰かけると三玖も横に並んだ。さっきの反応からして、隠しているだけで一応願望はあると見た。

 

 

 

「今、二人っきりじゃね」

 

「――」

 

「おまえのしたいこと、全部は無理でも一部は叶えられるんじゃないか」

 

「ご、ご褒美でそういうのは……」

 

「他の姉妹なら遠慮なんてしないんだがな

 このまま何もしないで帰ったら、おまえまた落ち込むんじゃねーの」

 

「た、確かに……ありえる、けど……

 けど……うぅ……」

 

 

 

 悶えてる。葛藤してる時点でやりたいことあると言っているようなものだ。

 

 別にいかがわしいことをしようと誘っているわけじゃないんだけどな……そうだよな?

 

 三玖が苦しむほどにこちらも心配になってしまう。教師と教え子の関係でもできることあるだろう。

 

 しばし頭を抱えた後、三玖は俺とは人一人分の間を空けて座り直した。

 

 

 

「言わない」

 

「そ、そうか……まぁクリスマスだしな

 あまり適当に過ごすのも返って消化不良になるな、すまん」

 

「……うん、今の私はただのフータローの教え子だから

 迷惑になるようなことはしちゃダメ」

 

 

 

 ……迷惑になるようなことを考えていたのか、一応。それでも俺の立場を重んじて踏みとどまってくれたようだ。

 

 だとしたら俺のほうが軽率だったと言わざるをえない。ただただ三玖を弄んだだけだった。

 

 夜に三玖を連れ出してイルミネーションを見に行くとか、プラネタリウムとか、別日に温泉とか色々考えたが的外れだった。

 

 

 

「このまま帰ることになるが、大丈夫か?」

 

「……子供だね、ほんと」

 

 

 

 思うようにならないから落ち込む。不貞腐れる。自己嫌悪する。そんな自分に三玖は苦笑する。

 

 こんな自分が好かれるはずがない。そんな自虐。

 

 惨めな気持ちから涙まで滲む。三玖は慌てて拭って泣き顔を隠す。

 

 

 

「フータロー どうしても気になるから教えてほしい

 あの手紙を送ってくれた子は……フータローのこと好きなのかな

 正直に答えてほしい」

 

「……

 自惚れでなければ」

 

「……もういない先生なのにお手紙出すくらいだもんね」

 

「入学した頃から思い詰めていた子でな、色々と世話を焼いた

 恩義を感じてくれたのは嬉しいが、卑怯だろ……教師の立場で生徒の弱みにつけこむのは

 転勤して良かったと思っていたんだが、まさか手紙を寄こすとはな」

 

「でも、フータローはお母さんのこと好きになったのなら

 その子の気持ち、否定しちゃいけないよ」

 

「言ってくれるな

 だが、付き合うなんてもってのほかだ」

 

「卒業してからじゃないと……ってこと?」

 

「クビになるしな」

 

「私たちとまだ再会してない頃は、それで――

 はぁ……」

 

「もうする気はないから許してくれ

 決して不誠実なことはしない、信じてはくれないか」

 

「……信じてる

 それに誰もフータローをそこまで縛れないよ

 卒業した後なら咎める理由もないから」

 

「とても許していただけている表情じゃないんだが」

 

 

 

 二乃に咎められた時の比じゃないぐらい鬱蒼とし始めている。三玖の瞳から光が消えて濁っていく……幼稚園の頃とは大違いだ。

 

 不潔だと罵られるほうがマシだ。女子高生が変に理解しようとしなくていいんだぞ。

 

 自分から聞き出して、現実を知って後悔する。三玖がいつも陥る失敗のパターン。純粋だから微かなものに期待してしまうのだ。

 

 またしても、このクリスマスも三玖は嫌な思いをするのか。

 

 ふと丸くなっていった背筋が止まった。弱々しくも顔を上げ始めた。

 

 

 

「このままじゃダメ」

 

 

 

 ぽつりと三玖は何かを予期し、恐れた。

 

 表情は相変わらず晴れてはいないが、目は変わってきた。

 

 この目は覚えている。臆病で控えめなくせに、自分の我儘は押し切る。

 

 そんな覚悟をした、あの時と同じ目だ。

 

 

 

「このクリスマスにお願いすることはない

 その手紙を送った人と同じ、公平でいきたいから」

 

「公平?」

 

「お母さんの子供だからって、甘えたりしない

 甘えた結果、もし私が成功したら……フータローに振られた人たちに申し訳ない

 きっと、フータローに断られるのを知って、告白してきた人たちだから」

 

「そう……だな」

 

「公平、だから

 見ていてほしい、悩んでばかりじゃない、頑張ってる自分、子供じゃない私

 ご褒美も今はいいんだ

 将来の自分の為に頑張るから、フータローからお礼は受け取らない」

 

 

 

 あくまでも、身内贔屓なしで挑む。そういう魂胆か。

 

 女として負の一面を見せてばかりでは嫌われる、と二乃は言っていた。だから褒めてくれる、認めてくれる頑張った自分を見てもらおうと。

 

 三玖に言われるまでもなく、この先独り立ちするまで三玖を見守るつもりだ。

 

 これから努力する、自分を変えてみせる意気込みといったところか。その変化も三玖には大きすぎるものなのかもしれない。

 

 教師として、昔面倒看ていた兄貴分として、微笑ましく嬉しいものだった。当然、頷いて受け入れる。

 

 そのすんでのところで、手の平をかざして制止された。

 

 

 

「でもその分、頑張った分、フータローに言わせてもらうから

 貯めた分」

 

「……何だって?」

 

「ご褒美、今はいいって言ったから、貯めておく」

 

「あ、ああ……もちろん構わないぞ」

 

「フータローに示していくつもり

 だから、その時が来たらご褒美、叶えてね」

 

「待て三玖、何を叶えればいいんだ」

 

「……来年

 その人たちと同じこと、私も同じところまで行って

 ちゃんと言うから」

 

 

 

 三玖が指し示すのは……机に置かれた手紙……恋文。

 

 同じこととは三玖が予想する何か。その手紙の主もまた、挑んでは玉砕するとわかってる。

 

 恋する女が惨敗した痕地。そこに向かうと言っているのだ。武士か何かかおまえは。

 

 本気で落とす気か。教師を、教え子のくせに。

 

 無鉄砲で無責任な言葉だ。しかしこれが三玖の本心であり、純然たる気持ちなのか。

 

 不幸にしたら幸せにしてみせる、そんな幼稚な覚悟だった。

 

 

 

「……マジか」

 

「宣戦布告、したからね」

 

「……」

 

「……責任、取るからね」

 

「そこまで言うのなら

 城を落としたら全部くれてやるよ

 おまえの十年秘めてたその気持ち、報いてみせる」

 

 

 

 その言葉、あの人に言えたら何かが変わっていたかもな。今でも変わらず泣き虫な三玖が、思い切ったこと言ってくれたもんだ。

 

 卑怯だろ、教師がそれ断れるかよ。

 

 言い切られちまった三玖には降参するしかない……が、ガキになめられるのは癪に障るぜ。

 

 落とせるもんなら落としてみろ。今も滝汗を流して緊張している三玖に言い放つと……顔を真っ赤にして落ちていった。

 

 恋心を指摘されるのはまだ弱いらしい。まぁ……恥ずかしいよな、片思いの相手にバレるのは。俺はそれが嫌で隠しちまった。

 

 

 

「雨、やんじまったな

 行くか、クリスマスパーティー」

 

「えっと……服、これで……?」

 

「帰ったら着替えればいいだろ」

 

「二乃や一花にからかわれそう……」

 

 

 

 男物のトレーナーに女子高生は愚痴を漏らす。濡れたニットは自宅で乾かしてもらうぞ。

 

 冷蔵庫に置いたケーキを手に外へ出る。長い雨宿りのお陰で、三玖の内心もだいぶ晴れたようだ。

 

 三玖にとっては間違いなくてんやわんやのクリスマスだ。恥ずかしい思いをして、今も濡れてしまった靴を履いている。

 

 せめて夜に雪でも降ってくれればロマンチックに終わることだろう。その気配は雨雲と一緒に消えていった。

 

 でも、雪はなくても澄んだ夕日を弾く水面は幻想的だ。もう濡れてしまった靴だから、水面の上を自由に歩ける。

 

 何か吹っ切れた三玖は俺の手を引いて先を歩く。水たまりの上を、一緒に濡れようと誘ってくる。

 

 

 

「来年のクリスマス、予定空けてね」

 

「気がはえーよ」

 

「ふふ、ご覚悟を」

 

 

 

 次のクリスマスはこの子と二人っきりかもしれない。雨が降ろうと手を離してはくれないだろう。

 

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