五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の園児その6 赤い花

「もう戻ってたんですか」

 

「もうって…私が出てから6時間は経っていますよ」

 

「…そういえばそうっすね」

 

「お兄ちゃん寝てたから…」

 

「すまん…」

 

 

 

 三玖と四葉を連れて中野家に戻ると先生も病院から戻っていた。

 

 先生が出たのは9時前。昼寝をしていたせいでこんな時間になってしまった。

 

 

 

「検査、どうでしたか」

 

「骨に異常はなく、特別問題なく終わりました」

 

「特別…?」

 

「痛み止めを処方されたぐらいですよ

 信用ありませんか」

 

「…少しだけ、まぁ前科ありますし」

 

「診断書見せましょうかっ」

 

「いえいいです」

 

「納得していただかないと後々言うでしょう

 ちゃんと確認してください」

 

「怒らないでください…」

 

 

 

 疑心を抱かれていると知って無表情で診断書を渡された。まあ一回貴方に騙されてますからね…

 

 診断書には確かに痛み止めの処方ぐらいしか書かれていなかった。無事なら良かった。

 

 気になって見ていた五月とらいはにも渡してやった。それが子供たち全員に回されていくと先生がこちらを睨んできた。俺のせいじゃない…

 

 母親の怪我が軽傷で済んだことは三玖も喜んでいた。母親に抱きついてまた謝っていた。その頭を撫でて先生は笑った。

 

 昼寝したせいで昼食を取り損ねたから、三玖と四葉は上杉家で食事をした。母親と三玖の横で子供たちが何食べたの?と会話を弾ませていた。

 

 

 

「おまえも悪かったな

 おまえが悪いわけじゃねーけど、気にするなよ」

 

「あはは…零奈さんにも言われたから大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

 

 

 三玖から目を離してしまったことを悔やんでいたらいはも、少し笑うようになった。先生からも言ってくれたらしい。

 

 

 

「フ……うえすぎっ」

 

「どうした」

 

「…ちょ、ちょっとこっち」

 

 

 

 子供たちと話していた二乃に手を引かれる。そのまま玄関、皆から見られないところまで移動した。

 

 何なんだ。

 

 

 

「どうした二乃、困った事…って、菓子作りのことか?」

 

「…ごめん…なさい」

 

「…

 どうした、こっち向け」

 

 

 

 俯く二乃が口にしたのは謝罪だった。何のことだ。菓子作りをすっぽかしていたことならこちらが謝るべきなのだが。

 

 風太郎は膝をついて、二乃と目線を合わせた。が、二乃は俯いたままだった。

 

 

 

「…おかあさんのこととか

 …いっぱい、ひどいこといった」

 

「…

 ああ、母さんのことって、俺の母さんのことか?

 …なんかあったっか?」

 

「ひどいこといった」

 

「…い、言ったっけ…覚えてないぞ」

 

 

 

 確か寂しいとか、寂しくないとかそんな話だったような気がするが、気に障るようなものはなかったはずだ。覚えてないわけだし。

 

 

 

「フータロー、さびしいのに…ちがうって」

 

「…おまえ、変なこと考えてるな

 怒ってねえし、そんな曖昧なことで謝るな」

 

「だ、だってぇ…!

 いっぱい、いっぱいひどいこといったもんっ!」

 

 

 

 泣きそうになる子の手を引いて抱きしめた。

 

 この子が強く当たってしまったことを後悔しているのは分かっていたが、少し引き摺りすぎだ。

 

 曖昧な記憶に不安を抱いてこじれてしまっている。母の死というワードに、もしかしたらと考えると怖かったのだろうか。

 

 

 

「二乃、前にも言っただろ

 あれは、いいことだってよ」

 

「よくないよっ!

 だって、きらい…に…なっちゃうっ」

 

「おまえな…

 俺はそんな悪いものだと思ってねえ

 おまえに怒られたり、引っ掻かれたり、いろいろあったけどな

 それがあったからこうして仲直りできたんだろ」

 

 

 

 でも確かに不安に思うのは仕方ないかもしれない。

 

 自分が傷つけてしまって、許されたとしても本当はどう思われているのか。納得して安心しても思い返せば疑問に思い不安になる。

 

 自分のことをこの先、たまにでもいいから思い出してほしい。

 

 だが、その時にもしこの子が後悔するようなものだったら。

 

 そんなもの認められない。

 

 

 

「俺にとって、大事な思い出なんだ

 な、二乃

 あの時、手を繋いでくれてありがとな、嬉しかったぜ」

 

「…

 うん…ひぐ……うぅ、…うん…っ」

 

「大好きだ」

 

「わ、わたしもぉ…っ!

 うわぁああああん!」

 

 

 思いっきり飛びつかれる。わんわん泣く子を抱きしめて抱えた。

 

 この声だと気づかれるな。仕方ない。泣き止むまでこうしてやろう。

 

 

 

「…フータロー…」

 

「…み、み…三玖か」

 

「…」

 

 

 

 見られていた。思いっきり見られていた。居間の入り口から顔だけ覗かせてこちらを見ていた。

 

 

 

「…いま、だいすきって」

 

「あのな、おまえ」

 

「だいすきって」

 

「…おう」

 

「わたし、こくはくしたのに」

 

「それはまだはえーって言っただろっ」

 

「だからって二乃に…」

 

「おまえも二乃も好きだって言っただろうがっ」

 

「…ふじゅん」

 

「こ、このませガキめ…」

 

 

 

 なにか、おまえが成人するまで結婚するなと言うのか。予定はないが勘弁してくれ。

 

 しかし、流石に三玖には悪い思いもある。ご機嫌を取ったほうがいいか。

 

 しがみついていた二乃がじたばた暴れだした。降ろしてやると三玖を睨みつけた。

 

 

 

「三玖ばっかりズルいのよっ」

 

「ズルいのは二乃、わたしがこくはくしたのに

 二乃もてつだってくれたのに」

 

「こくはくはやめとけっていったでしょ!

 わたしはまだしてないからいいの

 あんたみたいに、じばくしないもーん」

 

「…フータローダメ」

 

「ふられたんだからひっこんでなさいよ!」

 

「フータローのすきなおよめさんになるもん」

 

「しつこいときらわれるんだから」

 

「…二乃のことなんてしらないもん

 フータローはこっちなの」

 

「い、いまはわたしっ!」

 

「泣き止んだんならもういいか」

 

「まだっ!!」

 

 

 

 いつもの喧嘩になってしまったが、意識がそっちに逸れたのなら触れないでおこう。

 

 見れば一花と四葉、五月まで顔だけ見せてこっちを見つめていた。盗み聞きが好きだなおまえら。

 

 そうやって好意を素直に見せられるのは子供だけだ。慕ってくれるのは嬉しいがもう少し控えめになってほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも申し訳ありません」

 

「今更っすね、買出しの時の子守なんていつものことですよ」

 

「遊んでるだけなのにね」

 

 

 

 夕暮れが近くなってきた頃。先生が買出しに出ることになった。

 

 その間子供たちの面倒を看る。いつものことだ。

 

 いつものことなのだが、らいはがいるのだ。先生に声をかけた。

 

 

 

「昨日怪我をしたばかりでしょう

 俺も行きます」

 

「大丈夫ですよ」

 

「…」

 

 

 

 言うと思った。そう言われるともう何も言えん。あまりしつこく押しても不自然だし。

 

 

 

「…零奈さん、お兄ちゃん連れてってください

 私一人で大丈夫ですよ!」

 

「…いえ

 決してらいはちゃんを蔑ろにするつもりは」

 

「そ、そうですか…?

 でも…昨日は私のせいで三玖ちゃんが…ごめんなさい」

 

「らいはちゃん、そのことはもう言わない約束でしょう」

 

「でも…私一人じゃ心配になりますよね」

 

「…

 わかりました、らいはちゃんを信頼していますから

 上杉君、手伝ってもらっていいでしょうか」

 

「…おまえひでーことするな」

 

「もうっ

 お兄ちゃんほんとデリカシーないんだから!」

 

 

 

 自分を出汁にして先生を説得しやがった。気持ちは嬉しいが正直に喜べない。

 

 子供たちも行くと言い出したがらいはが上手く止めていた。一人ぐらい連れて行ってもいいと思うが、何か変な気を遣ってないかあいつ。

 

 らいはの厚意を受けて先生と一緒に外へ出る。子供たちとらいはに見送られ、ドアを閉じた。

 

 

 

「…みんな、ごめんね

 本当に家から出ちゃ嫌だからね…私が嫌いでも出て行かないでねっ」

 

「お、おねえちゃんなかないで!

 だ、だいじょうぶだよ、わたしもみてるから、ね!?」

 

「三玖、あんたのせいでおねえちゃんないちゃってるじゃない!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「三玖はわたしがてつないでおくよ!

 いえでぐみだからね!」

 

「じゃあわたしが四葉をみます!」

 

「あ、あれ、わたしも!?」

 

「ありがとぉ…みんなほんとにいいこだね…」

 

 

 

 何か騒がしかった。つーからいはの奴めっちゃ気にしてるじゃねーか。トラウマにならなければいいが。

 

 

 

「…いきますかね」

 

「はい」

 

 

 

 先生と並んで歩いた。

 

 秋の夕暮れで空はオレンジ色に染まっていた。カラスの鳴き声が聞こえてもうすぐ夜だと感じるものだった。

 

 道中無言だった。

 

 気まずくはない。だが気を紛らわすものがないと、刻々と時間が過ぎることを実感するばかり。

 

 あとどのくらいでスーパーに着くのか。何分で買出しを終えるだろうか。それからどのくらいで家に戻るのか。

 

 考えると嫌になるものだ。

 

 …言い換えよう、気まずい。胸も苦しくなってきた。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「…それはこっちの台詞です

 足、大丈夫ですか」

 

「はい、少し違和感はありますが問題ありません」

 

「学校はどうするんですか」

 

「問題ないのですからいつも通りです」

 

「そっすか」

 

「上杉君が手伝ってくれて助かりました

 アルバイトがない日で助かりました」

 

「そっすね」

 

「…アルバイトがない日でよかったと思います」

 

「そ、そっすね」

 

 

 

 鉄仮面の顔が怖い。直視できない。

 

 店長に無理言って休ませてもらったと言ったらどうなるんだ。怪我をした先生を放っておけるわけなかった。

 

 土日バイトがないなんて不自然に思っているだろう。休んだと知ったら怒るのだろうか。だが怒る前に感謝してほしいと思うのだがっ

 

 …感謝しているから分かっていても咎めないのだろうか。風太郎の口から漏らさなければ関知せずということなのだろうか。

 

 堅物め。教師でも緊急事態なのだから軽く容認してくれてもいいだろう。

 

 

 

「…上杉君」

 

「なんすか」

 

「…手を繋ぎませんか」

 

「…ぇ」

 

「…」

 

「…ええええっ!?

 な、なぜ!

 も、もしかして歩くのも辛いんですか!」

 

「いえ、問題ありません」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 問題ありませんって。じゃあ何で手を繋ぐんだよ!

 

 まずい、顔が熱い。夕焼けで多少誤魔化せると思うが夕焼けを背にしているのは自分だ。上手く誤魔化せそうにない。

 

 うろたえていると先生は近づいて、手を取られてしまった。

 

 こっちが驚く暇もなく、そのまま先生は歩いてしまった。

 

 

 

「ちょ、ちょっと何なんだ急にっ!」

 

「何ででしょうね」

 

「はぁ!?」

 

「…何を考えているのかは知りません

 …貴方が悲しむ顔は見たくありません」

 

「悲しむって…」

 

「なので私が先に行きます

 ついてきてください」

 

「か、勝手についていくから手はいいです!

 先生っ

 ま、マジで勘弁してくれませんかっ

 誰かに見られたらどうするんですか!」

 

 

 

 聞いてねえ。足早に歩く先生に引っ張られてされるがままになってしまう。

 

 

 

「…わ、わかりました

 ゆ、ゆっくりいきましょう」

 

「…嫌なら早く行くべきでしょう」

 

「せ、先生は怪我人だろうが

 ゆっくりでいい…このままでいいんで」

 

「そうですか」

 

 

 

 くそ…死ぬほど恥ずかしい。こっちを見るな。

 

 そんなに急いでたら身がもたん。歩調が合わなくてぶつかりそうになる。

 

 あいつら、好きだと言っていたが嘘だろ。好きだと言っておきながら、あんなに笑っていた。やっぱり子供だ。

 

 好きなら、笑ってられるわけねえだろ。

 

 どんな顔をしたらいいのか、分からない。

 

 先生の顔など見れるわけがない。見れるのは掴まれたこの手だけだ。

 

 歩く速度が落ちて、ゆっくりと歩く。やはり手を離すつもりはないらしい。

 

 もう時間のことなど考えられる余裕はなかった。

 

 何で手を繋ぐんだ。どうして手を握ってるんだ。そんなことを馬鹿みたいに延々と考えてしまって、目的地に着くまで俯いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「早かったですね」

 

「…こんなこと言える身ではありませんが

 買出しを手伝うと言っておきながら、手伝わなかったのはいかがなものでしょうか」

 

「誰のせいだ、誰のっ」

 

 

 

 悪いとは思っているが、あんなに手を握られて気がおかしくなっていたところで一緒に買い物などできるか。

 

 スーパーに着いた後意識してしまって、ベンチに座って待たせてもらった。

 

 一緒に買い物など、まるで恋人か何かに思えてしまって受け入れられなかった。

 

 来た時より膨らんだ持参のバックを受け取ろうとすると、先生は隣に座った。休憩か。少し間を空けて座りなおした。

 

 そのまま先生は鞄から財布を取り出し、立ち上がった。向かったのは目の前にある車。

 

 以前買った焼き芋の屋台だ。先生は四つ買って、一つを半分に分けて渡した。

 

 

 

「やっぱり、普段から買ってるんすね」

 

「ご存知でしたか」

 

「まあ…

 お菓子はあまり買わないんじゃなかったっけ」

 

「やすいですし、おいしいですから」

 

「そうですね」

 

 

 

 先生と並んで座って、焼き芋にかじりつく。

 

 残りの二つは紙に包んでバックの中に入れた。子供たちの分だろうか。

 

 そのバックの中から何か花の匂いがした。洗剤かと思ったら赤い花が一輪、丁寧に入っていた。

 

 

 

「花ですか」

 

「上杉君は団子より花を選びますか」

 

「花は食えないんでいいっす」

 

 

 

 黙って焼き芋を頂くとする。

 

 甘くて、温かくて。暗く冷えてきた秋のものとは違うものだ。この温かさが今はありがたい。

 

 

 

「あいつらに一つ奢ってやったことがあったんですけど

 五等分できなくてもめてました」

 

「そうでしょうね

 あの子たちは皆好きですから」

 

「ええ…おかげで騒がしかった」

 

「いつもすみません」

 

 

 

 楽しかった。もう過去のことだ。あれから一週間程経とうとしている。

 

 時間などあっという間だ。このまま半年。来年の4月になって…約束の時がくる。

 

 やはり、嫌なものだ。寂しい気持ちになる。絶縁ではないと分かっていても…もう後がないことなんて分かりきっている。

 

 自分はあの時失敗した。自分が変わらなければまた失敗するだけ。そもそも次など与えられない。

 

 時間が惜しかった。楽しい時がずっと続けば良いのに。

 

 

 

「…焼き芋は好きですか」

 

「ええ…まあ、やすいですし」

 

「来年も、また買いましょうか」

 

「…来年…?」

 

「ええ、くだらないと思うでしょうが、子供たちもきっと喜びます」

 

「い、いいのか?」

 

「ええ…それとも忙しいでしょうか」

 

「や、焼き芋食う暇なかったら餓死するわ」

 

 

 

 来年もまた。その言葉でさっき抱いた不安が薄れていった。

 

 上手く笑えない自分を見る先生は穏やかに笑っていた。それを見る自分も少し笑ってしまう。

 

 馬鹿だ。くだらない。くだらねえ。ふざけてやがる。憎たらしくなる。

 

 頭を振って自分の醜さを呪った。

 

 夏祭りもそうだ。自分で口にしておいて、あんなの気休めにしかならねえ。

 

 確たるものは何一つない。気まぐれなんて曖昧なもので答えなど、結果など簡単に変わる。

 

 こんなもの、自分が一番嫌いなものだ。

 

 計算したところで途中でぶっ壊される。

 

 暗記したところで事実が変わってしまえば全部無意味だ。

 

 嬉しくなって、馬鹿みたいに喜んでも。後で寂しくなるんだ。

 

 誤魔化して、一時だけでも不安を遠ざけるだけの戯言じゃないか。現実逃避じゃねえか。

 

 

 

「上杉君?」

 

「…逃げてるだけだ…こんなの」

 

「―」

 

「俺は…答えが知りたい…」

 

「…そう、ですね…

 ごめんなさい…勝手が過ぎました…」

 

「…いや、答えはわかってるんだ

 先生が優しいことぐらい…わかってんだよ」

 

 

 

 気を遣ってくれるのは痛いほど分かっている。

 

 だが…それも辛い。

 

 

 

「…待ってくれませんか」

 

「ああ…待ってますよ

 先生が、先生が言ってたことができたら

 もうこんなことはない

 今だけはすみません…勘弁してください」

 

「…

 上杉君に伝えたいことがあるのです」

 

「…なんすか」

 

「今は言えません

 その時、お願いします

 偽りのない貴方の気持ちで答えてください」

 

「何を言うつもりなんだ…」

 

「笑われてしまうかもしれません」

 

「マジで何を言うんすか…」

 

 

 

 やや照れて笑う先生が手を握ってきた。慣れるわけないんだからいきなりはやめてほしい。

 

 しかもスーパーだぞ。出入りする客に見られてるんだが!

 

 顔を見ないでもらいたい。だが顔を逸らしてばかりだと情けないものだ。限界までは我慢してみる。

 

 代わりに顔が赤くなるだけだ。羞恥で殺されそうだ。

 

 

 

「帰りましょうか」

 

「…え

 まさか、また手を繋ぐのか」

 

「離したほうがいいでしょうか」

 

「…気休めだ、こんなの」

 

「…上杉君が悲しまないのなら、何でも構いませんよ」

 

「子供扱いしやがって…」

 

 

 

 バックを受け取って立ち上がる。怪我人のくせに元気な人だ。

 

 先生に手を握られたままでまた歩くことになる。相変わらず視線は上げられそうにない。

 

 恥ずかしいのは変わらない。

 

 だが、この時間が続いてほしいことと。先生へお礼がしたくて。

 

 少しだけだが、優しくて温かいこの手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ひとつ気になってたんですけど」

 

「はい」

 

「よく三玖の場所が分かりましたね」

 

 

 

 帰り道。手を繋いであまり落ち着かない道中。聞きたかったことがあった。

 

 昨日、三玖を助けた時のことだ。

 

 風太郎の向かいから走ってくる三玖は危うく車と衝突しそうだった。

 

 傘でも何でも投げてでも三玖を止める気だった。そこまでせずに済んだのは三玖を後ろから抱えた先生がいたからだ。

 

 だがタイミングが良いというか、そもそも三玖が公園にいるとある程度目処が立っていたのか。

 

 

 

「らいはちゃんと電話した時に、三玖が貴方のお母さんの話を気にかけているかもしれない、とお聞きしました」

 

「…それ、当たると思ったんですか」

 

「あの時は手当たり次第に探していましたから

 三玖から影送りを教えてもらった際に、貴方のお母さんの話に触れていたのも思い出しました

 判断するには根拠の乏しいものでしたが、当たっていました」

 

「…そうっすか」

 

 

 

 もしかしたら、と風太郎は最初から気づいていた。

 

 最初からあそこに向かっていれば先生は怪我をせず、三玖を早く安心させることができた。

 

 答えを知っていても、活用できなかった自分の不出来さが嫌になる。

 

 

 

「とりあえず…あの公園にはもう近寄りたくねえ」

 

「…笑ってしまうからですか」

 

「笑ってねえだろ!?

 あんたは立派だったから、卑屈に捉えないでくれませんかっ!」

 

「冗談です」

 

「冗談を言うならもう少し笑ってくれ…」

 

 

 

 鉄仮面の顔で言われても本気で怒ってるようにしか見えない。

 

 こっちは先生の血を見てゾッとした身だ。笑える要素など一切なかった。

 

 一花の迷子の捜索もあの公園だったんだ。四葉とも絡んでるし。しばらく近寄りたくない。

 

 行きより余裕を持った帰りだった。くだらない話をしているとすぐに中野家のアパートに着いた。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

「…まあ、このぐらいいいですよ」

 

「問題なかったでしょう?」

 

「え

 あ、そ、そうですね」

 

 

 

 何のことかと思ったが、怪我のことか。確かに心配するような点はなかった。それどころじゃなかったとも言えるが。

 

 手を離して少し距離を取る。

 

 もう暗くなっている時間。アパートの薄暗い明かりだけが周りを照らしていた。

 

 少々寒いのだが、この手はまだほんのり温かい。

 

 

 

「開けてもらっていいですか」

 

「…了解」

 

 

 

 自分で開けないのかと思った。手は片方開いているのに。

 

 鍵を受け取って開錠する。ドアノブは冷たい。

 

 …

 

 片手のバックを手首に通してドアを開けた。少し開けづらい。

 

 

 

「おかえりなさい!」

 

「五月、お菓子はねえぞ」

 

「…そ、そんなことおもってないですよ!」

 

「少しガッカリしただろ」

 

 

 

 出迎えてきたのは五月だった。母親の帰りを待ちわびていた子だ。

 

 母親から袋を受け取り、冷蔵庫に入れる手伝いをしている。

 

 自分が持っているバックを渡すと、中に焼き芋が入っているのを知って目を輝かせた。

 

 母親を見て食べていいのか確認を取ると大喜びした。おまえ一人で一つ食う気か。

 

 他の子供たちはらいはと洗濯物をたたんでいるようだった。おかえり、と人数が多くなったことで賑やかになる。

 

 一人で焼き芋を食べている五月に四葉が突撃する。

 

 先生はらいはにもあげるようで三玖と二乃と一緒に食べていた。

 

 そういえば花があったな。先生は鞄から花を取り出した。飾るのか。

 

 

 

「ねえねえ、ふーたろーくん」

 

「どうした一花、焼き芋あるぞ」

 

「あとでいいや

 二乃と三玖がね、またけんかしたんだけど

 およめさんってどうなったのかな」

 

「…ちょっとこっち」

 

「えへへ、ひみつのかいぎ」

 

「思いっきり、ばらす気だったよなおまえ」

 

 

 

 何かと思えば三玖の話か。姉として気になるのだろう。

 

 外に出たから洗面所で手を洗う。脱衣所で一花の話を聞いてやる。

 

 …

 

 少し手を洗うのを渋ったが、気にせず洗った。

 

 

 

「三玖のおよめさん、ダメなんだ?」

 

「おまえ、その歳で結婚できると思ってるのか」

 

「やくそくとかっ」

 

「俺の人生棒に振ってくれるな…

 ちゃんと考えてみろ、おまえは6歳、来年は小学校

 俺は17歳、11年の差だ」

 

「うん」

 

「うん、じゃねー

 おまえらが結婚できるのが…先生と同じぐらいで、23歳だとして

 俺は何歳だ」

 

「…

 …

 …さんじゅ……

 お、おじさんだ」

 

「そうだ、あと歳の話は先生からゲンコツもらうから内緒な」

 

 

 

 こくこくっと一花は大げさに頷いてみせる。

 

 

 

「俺だってな…結婚するとしたって、上でも下でも十も離れた奴が相手なんて…

 …」

 

「…?」

 

「この際、歳の話はいいんだよ」

 

「ええええっ!?」

 

「とりあえず、ちゃんと現実を見て考えてみろ

 あいつらにもおまえから伝えておいてくれ」

 

「うーん…そっか

 でも、ふーたろーくん

 すきなひといるの?」

 

「いねーよ」

 

「じゃあ、おにいちゃんがだれともけっこんしてなくてね

 わたしがけっこんできるようになったら」

 

「…」

 

「…ダメ?」

 

「便乗するなよ」

 

 

 

 三玖より現実味のあることを言われてしまった。

 

 結婚してなかったら。ありえる。というかそうなるとしか思えない。

 

 一花はにこにこ笑っている。ちゃんと考えて話せと言ったのに。

 

 

 

「お姉ちゃんよ、俺はロリコンじゃねーんだぞ」

 

「そのときはわたしも、おとなのおねーさんだよ!」

 

「一生おまえは年下だ」

 

「だいじょうぶ!

 ふーたろーくんをね、しあわせにできるおとなになるから!

 みてくれるってやくそく!」

 

「そういう大人になるなんて聞いてねえぞっ」

 

「ちゃんとみてないからだよー、べー」

 

「ぐ…」

 

 

 

 開き直られてしまった。確かに見ると言っておきながら大したことはしていない。

 

 そんなもの、仕方ないだろう。この子はあの時から失敗しないように気をつけているのだから。我侭は言い放題だが。

 

 姉として頑張っている。意地悪な姉だが。

 

 まだ周りに頼れない不器用な子供なのは変わっていないが。

 

 少しずつ甘えてくるようになって安心していたのだ。ちゃんと私を見てって。引っ張ってくるようになった。

 

 だからってこれは困るが。妹の告白に割り込む悪い姉だった。

 

 

 

「…まあ、そうなったら告白ぐらい聞いてやる」

 

「ほんとっ?

 あ、でも、三玖がよやくしたっていってたけど」

 

「それは認めてねえ」

 

「うーん…そっか

 三玖におしえとかないと」

 

「おまえが割り込んでるってな」

 

「わ、わたしは三玖のうしろにならんでるもん」

 

「そうじゃねーよ」

 

「えへへ…おにいちゃん

 三玖なかしちゃダメなんだからね!

 こまったらいうんだよ!」

 

「…

 わかったよ」

 

「おにいちゃんがひとりだったらねー

 わたしがいてあげる!」

 

「それはいらん」

 

「てれなくていいのにー」

 

「調子に乗るな、クソガキめ」

 

「んあーっ

 おーぼー、ふぁいてーだーっ」

 

 

 

 生意気なことを言ってくれる子の口を引っ張ってやる。

 

 一花なりに三玖を気遣っているようだ。子供のくせに変に気を遣いやがって。

 

 そのくせ自分も便乗してきやがる。ちゃっかりしている。

 

 頬を引っ張って、その頭を撫でた。

 

 

 

「ありがとな、一花」

 

「…えへへ…うんっ」

 

 

 

 いつか、見てやれなくなる。近いうちに言わないといけない。

 

 それでも今は、この小さな子の優しさに少しだけ甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしかったら、夕食をご馳走したいのですが」

 

「俺はいいですよ、家に親父いるし

 せっかくだし、らいはは食べていったらどうだ」

 

「わ、私もいいよっ

 お兄ちゃんいないのに居座ってたら邪魔になっちゃうよ」

 

「当たり前のように夕飯一緒に作っておいて何言ってやがる」

 

「ありがとう、らいはちゃん」

 

「いえいえっ

 零奈先生と一緒に作ると勉強になりますっ」

 

 

 

 台所で二人並んで夕食を作る先生とらいはの動きはスムーズなものだった。親子かおまえら。

 

 いいから一緒に食っていけ。迎えには来るから。

 

 そう思っていると子供たちがこぞって集まって袖を引っ張ってくる。

 

 

 

「いっしょにたべようよ、フータロー」

 

「みんなでたべよー?」

 

「みんなであつまって、たべましょー!」

 

「そうよっ

 おかしづくりのはなしもしてないしっ!」

 

「次はスイートポテトだ」

 

「ほ、ほんと?

 じゃ、じゃあ…あ、でもたべていってよ!」

 

「お、おいもあげますからっ!」

 

「食いかけじゃねえか

 つーか飯の前だっつってんだろうが」

 

「あー!?

 ダメです、まだたべてるのにぃ!」

 

 

 

 焼き芋を取り上げるが、騒いだりぴょんぴょん跳ねたり喧しかった。おまえ丸々一個食ったんじゃないのか。

 

 

 

「そうだっ!

 うえすぎさんのおとーさんもよぼーよっ!」

 

「えっ」

 

「零奈さん、落ちる落ちる!?」

 

 

 

 振り向けば重ねた皿を手に持っている先生とらいはが騒いでいる。皿が斜めっていて危なっかしい。

 

 馬鹿なことを言う四葉にチョップをくらわせる。

 

 

 

「親父が来たらおまえらの飯が全部なくなるぞ」

 

「そ、そうかな…や、やさしいのに」

 

「四葉…フータローのおとーさんとなかよし」

 

「うえすぎさんみたいにやさしいんだよ、えへへ」

 

「呼ばないから

 らいは、後で迎えに来るからな」

 

「あ、ほんとに帰っちゃうんだ

 はーい」

 

「えええっ!」

 

「フータロー…っ」

 

「あとでな」

 

 

 

 子供たちに見送られて玄関を出る。親父を一人にすることはよくあることだが今回の誘いは辞退する。

 

 親父にらいはは先生の下へ夕飯食べることをメールで伝える。

 

 

 

「…ふぅ」

 

 

 

 少し一人で考えたい気分だった。

 

 ドアの向こうは変わらず騒がしい。名残惜しいが黙ってその場を離れた。

 

 朝から誰かと一緒で落ち着く時間は少なかった。

 

 手を眺める。先生と結んだ手だ。

 

 勝手なことをしてくれる。

 

 

 

「…くそ…絶対にバレてんだろ…」

 

 

 

 あの人が鈍感なはずもない。結婚した身だ。自分より年上だし。一度誰かを愛した人だ。

 

 あの約束から諦めようとしていたのに。暴かれてしまった。

 

 認めないように色々と誤魔化してきた。まさか約束した後に自覚するなんて馬鹿みたいだ。

 

 手を握られる。あの時先生に手を重ねられた時にもう分かってしまったことだ。

 

 恋愛なんてしたくないのに、憧れだけだったのに。何で好きになっちまったかな。

 

 

 

「つーか、既婚だしっ

 先生が離婚してなかったら俺どうなってたんだっ?

 マジで、何であんな十も離れた人に」

 

 

 

 ぶつぶつ考え事が口に漏れてしまう。もうどうにかなりそうだ。

 

 恋愛は人を馬鹿にする。よく分かった。帰り道で独り言なんて不審者でしかない。

 

 確かに先生は年齢の割に若く見えるし、美人で、かっこよくて、しっかりしてて、面倒見が良い。

 

 ファンクラブもできるほどだ。そう考えると高校生の風太郎が好きになるのは例外的ではないのか。好きになっても仕方ないのか。

 

 

 

「いや、いや…俺がそんなどうでもいいもので好きになるかよ」

 

 

 

 そんなもの、京都で会った時に分かっていた。憧れの人なんだ。だから目標だったんだ。

 

 先生と接して、あの人の不器用さを知って、助けたくなった。

 

 ちょっとした冗談を言われて、嬉しかった。

 

 鉄仮面のあの人が、笑ったり、自分にだけ怒ったり、頼られたのが嬉しかった。

 

 甘えてしまうと言われて、甘えてほしかった。

 

 馬鹿馬鹿しい。妄言だ。そんなもの、何の糧にもならない。ゴミ当然だ。

 

 

 

「他人なんて、知るかよ…」

 

 

 

 失敗した身だろうが。こんな感傷に浸ってるだけで何になる。自己満足にしかならないし、何も変わらない。

 

 恋愛なんてしたくない。こんな嫌な思いをするなら好きにならないほうが遥かにマシだ。

 

 あの頃からやりなおしたい。

 

 間違っていたんだ。再会なんてしなければよかった。

 

 間違うことは沢山あるだろう。失敗ばかりだろう。苦労ばかりするだろう。

 

 それでも、こんな弱い男にはならなかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひでー顔してるな」

 

「そうか?」

 

「たしか…春頃に先生に怒られた時だったか

 それと同じ顔だな」

 

「マジか」

 

 

 

 適当に買ってきた半額のパンを二人で食べる。らいはが作る食事と比べられるものじゃない。うまいが。

 

 親父と向かい合ってパンをかじる。辛気臭い顔で悪かったな。

 

 

 

「何かあったのか

 らいははあっちにいるみてーだけど」

 

「何も悪いことはねーよ

 …考え事」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

 

 

 テレビなんてないから、親父からしたらさぞ居た堪れない食事だろう。

 

 悪いが…あまり笑えそうになかった。

 

 

 

「あの時は先生に天狗の鼻折られたとか言ってたな」

 

「まあ…あれはショックだったわ」

 

「…あれからおまえは中野先生のとこに通ったんだろ

 なら、大丈夫だろ」

 

「何が」

 

「今は暗い顔しても、おまえなら大丈夫だろ

 今はいいが、らいはにはダメだからな風太郎」

 

「…おう」

 

 

 

 そりゃそうだ、らいはにこんな顔見せられない。

 

 

 

「…なあ親父」

 

「ん?」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 …いや、何を聞こうとしてんだ。

 

 先生のことか。馬鹿だろ。自殺行為だ。

 

 

 

「あー

 …子供のことでよ」

 

「中野さん家のか」

 

「ああ

 子供から将来結婚してやるとか言われて、断って泣かせちまったんだが」

 

「はー

 四葉ちゃんか?」

 

「…親父四葉好きだな」

 

「明るくて良い子じゃねえか!

 三玖ちゃんも良い子だろうがな!」

 

「…まあ誰かは言わないでおく

 結局誤魔化しちまったんだが…

 それでいいのかと思ってな」

 

 

 

 三玖の告白、いや一花も同じだ。

 

 結局適当な事を言って誤魔化して終わった。それでいいのか。

 

 自分がされたら恐らく嫌だ。白黒答えを出してほしい。生殺しは嫌になる。

 

 あの子たちに不義理なことをしてしまったのではないかと思うと後ろめたい気持ちにもなる。

 

 

 

「まあ嬉しいだろうが困る話だな

 でもそこは嬉しいなら、そのまま伝えればいいだろ」

 

「…子供相手にマジになって笑っちまうけど

 誤魔化して、嘘をつくなんて嫌なんだ」

 

「…んー」

 

 

 親父はあの時みたいに唸っていた。

 

 こんな馬鹿らしいこと真剣に考えてくれなくていいぞ。

 

 

 

「風太郎、間違っているな」

 

「…?」

 

「子供を侮るな

 誤魔化したり、嘘はいけねーぞ

 でもな、まぁ…優しい嘘はついていいんじゃねーの」

 

「…」

 

 

 

 優しい嘘か。

 

 親父は笑った。

 

 

 

「嘘に気づいて、子供は成長するだろ

 おまえは現実を厳しく教えたんだろ、それもいいことだが

 子供に一から十教える必要はねえよ、良い子なら特にな

 おまえが良い例だ、風太郎、な!」

 

「―」

 

「急かさなくていいじゃねえか、ゆっくり分かってもらってもよ

 嘘なんていつかバレるしな!

 それが明日か、十年も先かみてーな話だろ!

 その子に全部言わなくても分かってくれるだろ」

 

「…そうかもな」

 

 

 

 あいつ、どんくさいからな。

 

 急かしちまった。ゆっくり行こうと言ったのに。

 

 待ってやらないといけなかった。あの子が分かってくれるまで嘘をつくのも大人の役目だった。

 

 携帯が鳴った。

 

 

 

「どうした?」

 

「らいはがそろそろ帰るようだ

 迎え、いってくる」

 

「おう」

 

 

 

 暗い顔で子供たちに、妹に会えなかった。

 

 携帯を持って、もう暗くて寒いから上着を羽織って玄関へ向かう。

 

 

 

「…」

 

「どした?

 忘れ物か」

 

 

 

 礼を言わないのは親不孝か。親父は笑っていた。

 

 嘘はいつかバレる。優しい嘘も酷いことには変わりない。

 

 そうだな。母さんがいなくなって、辛いわけはない。

 

 嘘をつくのは辛い。嘘をつき続けるのは辛い。

 

 

 

「…いや、いってくるよ、親父」

 

「おう

 きをつけろよ!」

 

 

 

 昔から、あんたを見てきたんだ。

 

 上手くやるさ。あの子がちゃんと笑っていられるように。

 

 

 

「面倒見が良いっつうか、過保護っつうか

 らいはといい、似てきたな

 な、母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえちゃん、とまってこうよー

 いっぱいおはなししたいしっ」

 

「い、一花ちゃん…っ!

 う、うーん、嬉しいけど

 明日は学校だし…」

 

「やめてくれ

 らいはがいないと、うちの食生活が壊滅する…」

 

「ごはんはだいじですっ」

 

「あんたがつくりなさいよっ」

 

「うえすぎさんのごはん、たべたい!」

 

「俺はらいはの飯が食いてーの」

 

 

 

 上杉家はあれだけ静かだったのに、この家はほんと賑やかだな。緩急の差についていけない。

 

 らいはを迎えに来て玄関に突っ立っているのだが、らいはには子供たちが纏わりついている。引き止めるんじゃない。

 

 

 

「らいはおねえちゃんがとまれば

 フータローもきっとくるわっ」

 

「あれ、私はお兄ちゃんの餌だったのかな」

 

「また今度遊ぶから諦めろ」

 

「うえすぎくん」

 

「なんだ」

 

「はいっ」

 

「…結局食えなかったんだろ」

 

「た、たべれますけど! やめといたんです!」

 

「太るから賢明な判断だな」

 

「ふとらないもんっ!」

 

 

 

 五月が手渡したタッパーには今日の夕飯のおかずが詰められていた。ありがたいことで。

 

 先生の厚意だろうか、それとも五月が焼き芋の食いすぎで残ったのか知らんが。受け取っておこう。

 

 先生にお礼を言っておくか。台所のほうへ行ってしまった先生に声をかけるために一度上がった。

 

 

 

「先生、これありがとうございます

 って、なにしてんだ三玖」

 

「あ、フータロー」

 

「ほら、きてくれましたよ」

 

「…」

 

 

 

 待っていたのか。居間に入ると三玖と先生が並んでいた。これは餌だったのかっ。おびき出された風太郎だった。

 

 三玖はもじもじと照れながら、何か後ろに隠している。気づけばヘッドホンが乾いたのか首にかけていた。あれ壊れてるだろ。

 

 

 

「大丈夫ですよ」

 

「ほんと…?」

 

「このままじゃ嫌なのでしょう

 追いかけることが、悪いことじゃありませんよ」

 

「…うん」

 

「な、何の話をしている…」

 

 

 

 何か物騒なワードを聞いた。

 

 また告白のことか。先生まで絡んでると非常にやりづらかった。

 

 だが、ちゃんと受けて見せよう。この子が悲しまないやり方で。

 

 

 

「えっとね、フータロー

 わたし、フータローがだいすき」

 

「お、おう」

 

「せかいでいちばん、だいすき」

 

「お母さんはどうなる」

 

「にばん」

 

「マジかよ」

 

 

 

 それでいいのか先生よ。先生は横で黙って見守っていた。

 

 

 

「…うそ」

 

「ん?」

 

「おかあさんも、一花も、二乃も、四葉も、五月も

 フータローも、らいはおねえちゃんも、いちばん」

 

「…」

 

「…えっと

 へんだもん!」

 

「あ?」

 

「こんなにフータローすきなの、へんだよ

 フータローやさしいから、すきになっちゃったの!」

 

 

 

 頬を膨らませて、なぜか怒っている。

 

 優しくされたからって好きになっちまうなんて、お子様め。

 

 嬉しく思うが、困った子だ。

 

 あの時本当に困っていたのは分かっている。だから助けたくなったんだ。

 

 好きになってくれて、嬉しくないわけがない。

 

 また告白か。今度はちゃんと返そう。膝をついて三玖の視線に合わせた。

 

 

 

「ああ、ありがとな三玖」

 

「フータローのせいなんだからっ」

 

「…せいって言われてもな…

 おまえと一緒にいてやるって言っただけ………

 ………」

 

「そうだよ、フータロー、そういったもん!

 一緒にいてくれるっていったの、フータローだもん」

 

「いや、あれはそういう意味じゃ」

 

「だから

 フータローのすきなひとになるから

 だから」

 

 

 

 花の香りだった。赤い一輪の花。

 

 赤い秋桜。花言葉は乙女の愛情、調和。

 

 

 

「せきにん、とってよねっ」

 

 

 

 花と同じぐらい、顔を赤くして、花を差し出された。

 

 二度目の告白は、あの時のようなものとは違う。

 

 俯きながら、恥ずかしそうに、懸命に思いを伝えるものだった。

 

 

 

「…まかせろ」

 

 

 

 笑えていたと思う。差し出された気持ちがとても嬉しい。

 

 花をくれて嬉しいのか。絶対に違う。

 

 2回目は嬉しかったのか。そういうことじゃない。

 

 とんでもないことを言われてしまった。

 

 が、責任を取れといわれてしまっては仕方ない。この子が笑えるように頑張るしかないだろう。

 

 頑張るから振り向いてほしい。それだけの告白がなぜか胸に残って、温かい。

 

 花を受け取って、また笑ってしまった。

 

 

 

「フータロー、わらってる」

 

「うるせえ、おまえもだろうが」

 

「フータローが、わらうからだもん」

 

「…まったく、生意気なことしやがって」

 

 

 

 三玖が企てたのか、あの時花を買った先生が考えたのか分からないが、何てことしてくれやがる。

 

 いろいろ悩んでいたのに、気休めだったり、現実逃避だと考えてたのに。

 

 おまえの告白を綺麗に済ませようとしていたのに。

 

 今は馬鹿みたいに嬉しくて仕方ない。花なんて似合わないのに。

 

 微笑む先生や、後ろでにやついている妹や、からかったり騒いだりしている子供たちに見られてるのに。

 

 目の前で満足そうに、照れて笑っている子に見られているのに。

 

 ただ、今は笑って、この幸せを感じるのに精一杯だった。

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