「風太郎、せっかくの春休みだ!
旅行どこがいい?」
「気が早すぎるだろ」
「せっかくだし、零奈さんたちと一緒に行きたい!」
「ランドとかいきてえな!」
「何がせっかくなんだ
子供の小学校の準備で忙しいからやめてやれ」
「四葉ちゃんも小学生かっ
ランドセル背負ってるところ見てみてーな」
「変質者扱いされるからやめてくれ」
「もう買ったんだって
今度写真撮っておくね」
休日の朝食が一際騒がしい。最近は中野家の小学校入学を祝う二人がテンション高くて困る。
まだ卒業式も終わっていないのだ。春休みの話をされてもまだ先のことだ。
「しかしそうか…五人も一気に…
…風太郎も、らいはも世話になってるし…
本当に困ってたら」
「流石にあの先生が受け取るわけないわ…」
「すまん、馬鹿なことを言っちまった」
「まあ、最近らいはがあっちで飯食うから食費は払ったほうがいいかもな」
「ご、ごめんなさい」
「それはまじーな
今度茶封筒持っていけよ、らいは」
「れ、零奈さんはお手伝い代みたいなものですって言ってたよっ」
自分とらいはが入れ替わりであの家にいることが多いのだ。
先生の迷惑になってしまうかもしれないが、らいはにはあの家の環境のほうが居心地良いんじゃないかと思っている。
可愛い妹に囲まれ、母親代わりになってくれる先生がいる。母恋しさもあった妹に先生の存在は大きい。
ただ甘えてばかりいては今までの自尊心を失ってしまうかもしれなかった。だが子供たちがいるのだ。
物を教え、導く存在になっている。それが先生への手助けにもなっている。上手く枠に収まっているように見える。
「…お兄ちゃんは本当に行かなくなるの?」
「ああ、そういう約束だ
進路もあるしな」
「…」
らいはが何か言いたそうに顔を曇らせている。
悪いが先生に宣言したものを失敗するわけにはいかない。
会わないわけではないが、恐らく勉強漬けになる生活だ。模試が終わった後もだ。
先生とは会う機会はあるだろう。模試の件を終えればまた次、また次と繋ぎとめていきたい。マジで逃げそうだからな。
バイトも多く入れるつもりだ。親父に相談して貯金できる額を増やしておきたい。
らいはには悪いが、上手く支えてやってくれないだろうか。まだ小学生の妹を頼りにして酷い兄だと思う。
「…零奈さんと、みんなね
どこかぎこちないというか…」
「…また喧嘩したのか」
「喧嘩はしてないみたいだけど
一花ちゃんと五月ちゃんが困ってるみたいでね」
頼りになる長女と母に甘えていた末っ子はまだ打ち解けていないようだ。
嘘を否定したい一花は先生を許せないのだろうか。許してやってほしいと言って一週間は経つのだが難しかったか。
五月もまた母親の嘘と、4月から自分がこれなくなる約束を嫌っている。どいつもこいつも頑固者め。
ふと、らいはの携帯が鳴り始めた。
「零奈さんだ
ちょっと出るね」
「…らいはも変わったな
中野さんには一回、礼を言わないとな」
「…悪いが、今はよしといたほうがいいと思うぞ」
「タイミングはおまえに任せるわ
らいは、よく笑うようになったじゃねえか
やっぱ、母親はすげーな
な、風太郎」
「…同感だ」
凄いよな先生は。だから自信を持ってくれ。
学校ではファンクラブができているんだが、まさか知らないのだろうか。
外見が美人だから作られたわけじゃない。あの人の生徒に対する振る舞いが認められて慕われているんだ。
あまりにも謙虚だ。いつもの鉄仮面の鉄拳制裁のようにやりたいことを真っ直ぐ貫いてくれ。
頭が痛くなってきた。先生と再会してから何度も叩かれたからな。最近は耳を引っ張られることが多いのだが。
「ちょっとでかけてくるねっ」
「ん?
おい、まだ飯残ってるじゃねえか」
「いいのー!」
「…何だ、先生と何かあったのか」
「本当に中野さんの子になっちまうかもな…」
ありえそうで怖い。そのうち寝泊りも多くなりそうだ。
先生の支えになり、らいはが楽しんでいるのならいいが…まずいぞ一花。長女のポジョションが奪われるぞ。
一花がらいはを慕っているのは分かるが、あいつもプライドはあるだろう。喧嘩しそうだ。いくら親しくても他人と家族は違う。
「…会わないってのは、おまえも望んだことなのか」
「いや
だけど、先生の言い分も理解できるし
約束がなくても、そうなっちまいそうだ」
「…」
「なんだよ」
「おまえがいいのなら、何も言わねえが
…仮にも尽くしてきた人だろ
振られても平気なのかと思ってよ、強くなったじゃ――おいおい、何で目を逸らすんだ!」
とうとう触れられてしまった。振られたって…実際二回振られてるんだ。
親父はこの話に触れないように気を遣っていた。年が離れた相手だ。心配はあっただろう。
あの時、先生に見栄を張ったが正直不安でしかない。もちろんこれは二の次で先生には生きてほしいと願っている。その隣に誰がいようと幸せになってくれればいい。
父親の代わりになると言ったが、一番はもっと別にある。口には言えないが全てを堪えて口にしたものだったんだ。
再婚するまで、と弱い心が見られてしまっただろう。臆病なのは俺だった。
自分の将来のことだが、親父を蔑ろにするつもりはない。
当たり障りのない程度に話した。失恋経験は2回だ。悪いか。しかも同じ相手に。悪いか。
「…おまえ、友達は作らないって言ってたくせに根性あるな…ビックリだわ
誰に似たんだ」
「知るかっ!」
「…十も上の人にそこまでできるか…俺から見たら中野さんは妹みたいなもんだが
案外、俺よりおまえのほうが立派に大人やってるかもな」
「は?
何でだよ」
「家族以外を、そんな思い遣れる奴はそういねえぜ
恋人や奥さんは別だぞ」
「…まあ、成り行きもある」
「でも振られちまってるんじゃなぁ」
「言うなー!
べつに付き合いたいとか思ってねえ!
繋ぎだ!男できたら勝手にやればいい!」
さっさとこの気持ちを捨ててしまいたい。
先生を抱きしめたせいで、あれから一人になると思い出してしまう。
あれがあったから、先生は助けを求めていると分かったのだが…心情的にマイナスのほうがでかい。
あの煩わしさ。消えたことなど一度もない。
先生の不調や子供たちの衝突で考えている暇がなかっただけだ。いつだって、あの焦燥と願望は残っている。
親父は母の写真を見て、溜め息をついた。
「…俺は母さんが初恋だったからな
失恋とかわかんねえけど
次があるんだ、ほどほどにしたほうがいいぞ」
「…」
「上手くいかないことだってある
おまえも気をつけろ」
「…ああ、でも見捨てられない」
「見捨てていいとは言わない
だけど…
…あああっ
嫌なこと言っちまって悪いなっ!」
「いいぜ
わかってるよ
…でも、何があっても、俺は不幸にはならねえよ」
最悪から目を逸らすつもりはない。
親父もそれを心配してくれていた。
近ければ近いほど悲しみは大きくなる。
でも、もう抱えていくってあの人に言っちまった。
親不孝者かもしれない。親父が望むのはこんなものではなかったはずだ。
人の死はあまりにも、人を不幸にする。
「おはようございますっ!」
「…」
「…」
いつの間にか、頭の悪そうなリボンが隣から生えていた。
「不法侵入は犯罪なんだぜ四葉」
「ごめんなさい!
かえります!ゆるしてください!」
「お兄ちゃん、四葉ちゃん虐めないで」
「何で朝っぱらからこいつがいんだ」
「ガハハハ!
久しぶりじゃねえか四葉ちゃん!元気してたか!」
「はい!」
朝の9時だぞ。この前の深夜の呼び出しといいどうなってやがる。中野家の常識が狂ったのか。
四葉はここが私の場所だと言わんばかりにちゃぶ台の前に座っている。礼儀のない奴だ。
らいはに事情を確認すると、呆れたものが帰ってきた。
「小学生だもん、一人で外出歩かなきゃいけないから慣れさせるんだって」
「何でうちに来てるんだよ」
「うーん、零奈さんは四葉ちゃんに付き合ってくれませんかって言ってたけど
お母さんにどこ行くか伝えてた?
何も言ってなかったけど」
「おかあさんにはいったけど、みんなにはないしょです」
「また一人で勝手なことを…」
「でも、ずっと皆と一緒ってのも変だもんね」
四葉と三玖はうちに来たことがあったな。道をしっかり覚えていたというのか。
らいはは四葉の迎えに行ったそうだ。先生は四葉に携帯を渡し、らいはと連絡を取りながら来たそうだ。
そんなに時間が経っていたのかと確認すると、なんだかんだ親父と話し込んでしまっていたようだ。
つーか四葉、おまえ今度こそ姉妹から嫌われても知らないぞ。以前家族全員巻き込んだことを反省していないようだ。
だが確かに、五つ子は五人でセットという前提があったが、それも小学生で崩れる。
クラスで分けられるだろう。テストだってある。得意不得意分かれるだろう。全てが同じというわけではなくなる。
「おまえ、テスト大丈夫か」
「テスト?」
「学力テストだ
そういえば家では一切やってなかったな」
「零奈さんは個性重視だから…」
「小学校で泣かないといいな」
「テストってなんですかっ!」
「安心しろ四葉ちゃん
テストで0点取ったって全然問題ねえからよ!」
「問題ありまくりだ」
五つ子とテスト。考えるとあまり良いとは思えない。入学してから覚えればいいのだが…こいつら集中して物を覚えることができるのか。
姉妹喧嘩するわ、物を取り合うわ、人の話は聞かない、勝手なことばかり、その上泣き虫だ。不安だ。心底不安だ。
「で、おまえ何しに来たの」
「いただいでいいんですか?」
「おう、食え食え」
「私も食べよっと」
「適応しすぎだろっ!
俺が間違ってるのか!?」
四人で卓を囲んで中断した食事を取る。四葉には新しくパンと牛乳、サラダが出た。おまえ家で朝食食っただろ。
にこにこ顔で食べ始める子供を見てしまっては、つまらないことを聞けなくなった。黙って食べることにした。
「まえもパンでした」
「あ、パン苦手?
先生のお家は朝ご飯が多いよね」
「ううん
でも、パンがおおいなって」
「うちは毎朝パンだ」
「母さんの習慣だな!」
「…おかあさんの?」
「毎朝パン焼いてくれたんだ
うえすぎって看板があっただろ
店に出す程のパンでな、うまかったぞ」
「おみせっ!?」
「おお、下でやってたんだ
見せてやりたかったが、もう全部売り払っちまって何もねえ!すっからかんだ!」
「…私も見たかったなぁ…」
今では懐かしいと、思い出すものだ。
…やはり、思い出して泣くのは…母親だけで十分だ。
「…パン、たべてみたかったな…」
「うん…レシピとかないの?」
「…」
「んー…母さんに燃やしてくれって言われちまったからな」
「えー、何でー!?」
「引き継がなくていいってよ
でも燃やすことはねーよな、俺も食いてえし」
「…うえすぎさんの、おかあさん
もっとしりたいです」
「知ってどうするんだよ、余計な事考えてないだろうな」
「だ、ダメですか…」
何がしたいんがこの子は。朝早くから訪ねてきて、母親の事を聞いて何がしたい。
今はおまえの母親のことで手一杯だろう。咎める気はないが…やはり姉妹と一緒にいる気はないのか。
以前、姉妹から迷惑に思われていると思った四葉が孤立していた。母親にも甘えず、他人である自分に拘っていた。
姉妹と仲直りして、安心していたのだが、少し雲行きが怪しくなってきた。
「私も知りたいっ」
「母さんな…
風邪ひいたときは、みかんの葛湯作ってくれたな」
「それ一花たべてたよ
四葉にもつくってくださいっ」
「機会があればな」
「あとは…そうだな、絵が上手かったな
喫茶店のメニューも自分で作ってたし、頭も良くて計算も早くて…
お陰で赤字にならずに上手くやってたしな
料理も上手いし、家事もちゃんとしてくれたし、風太郎をよく看てくれたし、もったいねえ奥さんだったわ」
「へー、なんか凄いっ」
「…おまえもよくやってるぞ」
「…えへへ、ありがとー
お兄ちゃんも頭良いし、お母さんの子供だねっ」
「俺に似なくて良かったな!」
「うんっ」
「やめてやれ」
親父は笑っているが、親父から受け継いだものもあるぞ。
…口にはしないが。らいはは我慢強い子に育ってくれた。
体が弱いのに自分なりにできることを考えて家のことをしてくれる優しい子だ。
あんたを見て育ったお陰だろ。この子は母親を知らないのだから。
家族の話をしてばかりだが、四葉は熱心に聞き入っていた。
「おとうさんはきょう、おしごとですか?」
「週に一回は休まないとやってられないからな!
休みだ!」
「先週は休んでなかったよね…」
「四葉、遊んでやるからまた今度にしておけ」
「変な気ぃ遣ってんじゃねえよ
どっちでもいいぜ、遊んだ方が気分転換できるしよ」
「…えっと、じゃあ…おかあさんのこと、ききたいです」
何がこの子を動かしているのだろうか。分からなかった。
親父もらいはも驚いていた。
親父は何を思ったか、四葉に写真を渡した。
「いいぜ、少し話すか
せっかくの休日だ、外で遊ぼうぜ」
「あ、はいっ」
「写真は持って来いよー」
写真を置こうとした四葉を止めて、玄関へ向かっていった。
「四葉」
「は、はい」
「…悪いが、ただの興味で知りたいなら…やめてくれないか
子供でも、それぐらい分かるだろ」
「…」
「聞きたいなら、親父は教えてくれるぜ
親父、おまえを可愛がってるからな
いってこい」
「…ごめんなさい…」
怒られるとは思わなかったのだろう。四葉は脅えたように俯いてしまった。
どこまで本気なのか知らないが、四葉は無神経な子ではない。
ちゃんと自覚して、それでも聞きたいのなら止めない。
写真を胸に抱えて四葉は玄関へ向かっていった。その足は重く辛そうだった。
落ち込む四葉にらいはが声をかけたいのだろう。こちらの顔を見て反応を窺っていた。
「四葉」
「…は、はい」
「一人で来たんだろ
祝いにみかんのケーキ奢ってやるよ」
「…」
「いらないならいいけど」
「た、たべますっ」
言い過ぎてしまったとは思っている。
こちらが歩み寄ると四葉はほっとしたように食いついてきた。
何を聞きたいのか知らないが行ってこい。
待たせているから行ってこいと促すと、四葉は急いで靴を履いて外へ向かっていった。
「お兄ちゃん
零奈さんがね」
「先生が何だよ」
「四葉ちゃん…見てあげてくれませんかって」
「ほらな、何もないだろ」
「ほこりだらけ…」
勇也は永らく上げていないシャッターを上げた。
中はボロボロでとても喫茶店を開いていたとは思えない場所だった。
埃が舞ってしまって肺に入りかねない。四葉には入らないよう咎めておいた。
「…その写真の人はな
ここで働いてたんだ」
「…」
「まあ、あれだな
写真なんて…気休めにしかならん
生きてる奴が何を思ったって、その人に届いてるかはわかんねーしな
いないもんは、いない」
「…うん」
「四葉ちゃん、どうしたんだ」
勇也は四葉と目線を合わせて尋ねた。
どうして笑っていられるの。この子はそう質問を投げてきた。
あの時の問いの意味は分からないでいた。あれから何ヶ月も経っている。
既に頭から抜け落ちてしまっていたが、この子は落とさず抱えているようだった。
「…おかあさん、しんじゃうかもしれないの」
「…」
「しんじゃったら…ううん…そうじゃなくてもね
もうね、あまえちゃダメなんだ…
おかあさんをあんしんさせないと
…いなくなっても、だいじょうぶじゃないにならないと」
「そうか…なんか偉いな四葉ちゃん
…でも、お母さんを見捨てないでやってくれよ?」
「だって、おかあさんがもうダメなんだって…
五月はね、おにいちゃんがたすけてくれるっていってたけど
ダメなんだよ」
「…何でダメなんだ
…お母さんの代わりにはなれないかもしれないが
あいつも四葉ちゃんを助けたいと思っているぞ」
「おかあさんが、おにいちゃんになるだけだもん
こんどは、おにいちゃんがいなくなっちゃうよ」
「そんなことないだろう
風太郎は健康だし、おまえらを見捨てるような奴じゃねえ」
「わたしたちがわるいんだよ
わがままで、うるさくて、ごにんもいて…
おとうさんも、きっとわたしたちがじゃまで、いなくなっちゃった
おかあさんは…わたしたちのせいで、たいへんで、しんじゃうっ
おにいちゃんも…そうなっちゃうよっ」
四葉は震えていた。
過ぎた妄想、思い込みに囚われてしまっている。
だが、母親の死期が近いと知った子供が不安に陥るのは当然なのかもしれない。
四葉はどこか笑っていた。乾いた笑みだ。震えるそれは子供にしては歪なものがあった。
「みんなね、わかってないんだよ…
おかあさんに、あまえちゃダメなのに、ケンカばっかり
おかあさんのだいじなもの、やぶいちゃうし…なかせるし…
もう、しらないんだから…わたしまで、めいわくかかってるの
ごにんいっしょだからね、ひとりがやるとね…みんなにめいわくかかるんだよ」
「…四葉ちゃん」
「だからね、かぞくに…なりたいのっ
いいこになるから、おにいちゃんに、あまえちゃうけど、しないからっ
こっちもね、たいへんなのしってるよ
だから、おかあさんがいないの…てつだいます」
「四葉ちゃん」
「おねがい、しますっ
もう、ひとりは、やなの!
みんなといたら、めいわくかけちゃうっ」
「…
いいか四葉ちゃん、よく聞くんだ」
「…」
「家族を見捨てるような奴は最低な人間になっちまう」
壊れたように縋りつく子供の手を掴み、ゆっくり戻した。
力なく、ぺたんと四葉の両手が地面に付いた。
四葉は泣いていた。
「…ごめん、なさい」
「四葉ちゃんな
俺は一回だけだけどな、三玖ちゃんを知ってるんだ、良い子じゃねえか」
「…三玖も、めいわくかけてる…」
「…風太郎もな、四葉ちゃんみたいに間違っちまったんだ」
「え?」
「あいつな、勉強できない奴を見下してたんだ、今は違うぞ?
でも悪い奴だよな…だからな
あいつが三玖ちゃんを大好きなら、あの子は本当に良い子なんだって分かる」
「…三玖…
三玖は…おにいちゃんにめいわくばかり…」
「四葉ちゃんは違うのか?」
「…でも、三玖わかってないもん
このままじゃ、どうなるか…わかってないよ…」
「四葉ちゃんの思い込みだぜ
風太郎は見捨てないぞ」
「うそだよ…だって、もうあわないって
かんたんに、すてられちゃうんだよっ!
がまんしてたよ、うそかもしれないって
でも、ずっとまってたけど、うそじゃないもん
みんな、だいじょうぶっていうけど…
すてられちゃったんだよ」
「…風太郎がよく言ってたけどよ
四葉ちゃん、人の話を聞かないみたいだな
やめだやめ」
勇也は四葉と合わせていた目線を上げて立ち上がった。
見捨てられてしまった。優しい人だから大丈夫だと思っていた。
何で、助けてくれないの?
彼を見上げる四葉は泣いていた。
「だって、だって…四葉が…いちばん、ダメなんだもん
みんな、しってるから…すてられるもん
すてられるまえに、いかなきゃいけないのっ
…おにいちゃんのとこ…おにいちゃ…おにいちゃぁああああんっ!
あぁああああっ!」
「…
四葉ちゃん、ウダウダ悩んでると幸せになれないぞ!」
大人が泣いている子供を脇に抱えた。
「いいから遊ぶぞー!!」
「ひぐ?
うぎゅっ…」
「最高のジェットコースターに乗せてやるぜぇ!!」
「わーーーっ!!?」
子供の泣き声は悲鳴にかき消された。
姉妹を見捨てようとする四葉に、勇也は笑ってやるしかなかった。
姉妹が母親に迷惑をかけている。
皆といると自分にまで迷惑がかかる
皆といると迷惑をかけてしまう。
一人が迷惑をかけると五人に迷惑になる。
この子は自分が離れることを選んだ。
この子は気づいてないのかもしれない。
思い込みでも妄想でも、姉妹から離れ、守ろうとするこの子が可哀想なほど愛らしかった。
看病してやってくれ。
そう言い残して、ノイローゼになって置いてかれてしまった子供が膝の上で寝かされている。
「何して遊んでたんだおまえ」
「…いっぱい……はしってた…」
「一人で歩けるからってはしゃぎすぎだろ」
「おとうさんだよぉ…」
髪も乱れて、こんなに泣かされて、相当悲惨な目にあったようだ。可哀想に。
親父は昼飯を買ってくる、とらいはと一緒に買い物に出てしまった。
何を話したのか気になるが、親父は一言だけ伝えて行ってしまった。
話を聞いてやってくれ。そう言っていた。
先生も言っていたようだが、また妙なものを抱えているんじゃないかこの子は。
一花、二乃、三玖、五月にはもう話は終えている。残るはこの子を説得するだけだ。
ただ話をするだけでは済まされないようだ。本当に仕方のない子だ。
「おまえ…母親がまた心配してたぞ」
「…おかあさん…」
「何があったのか知らないが
また無視したんじゃないだろうな」
「…」
「おまえ嘘が下手だよな…」
口を閉ざして気まずそうに目を逸らす子供に笑ってしまう。
少しだけ気になっていたものがあった。
「おまえ、最近…あいつらに冷たかったよな」
「え?」
「仲良くしてた時と態度が違うんだよ
睨んでたし、何か嫌なことあったのか」
「…なんでもないです」
「おまえの泣き声が聞こえたぞ
お兄ちゃんって呼んでたしな」
「…ごめんなさい」
「…仲良くしろとは言わないがな
言っただろ、一人が嫌なら家族といるしかないんだ
あいつら良い奴らじゃねえか
取り合いになったり、喧嘩も仕方ねえけど、大好きな家族だろ」
前に姉妹を貶した時、この子はその悪口を嫌って怒っていた。
姉妹喧嘩をするなとは言わない。四葉だけ何もかも背負って、姉妹が楽をしてもいつか崩れるものだ。
四葉は起き上がって、持っていた写真を棚の上に戻してくれた。走りまわされたらしいがよく持ってたな。
「…いつか、いなくなっちゃうんだよね」
「誰が、母親か?」
「みんなだよ
ずっと、ずっと、ごにんいっしょじゃ、いられないもん
もう、ダメなんだよ? おとうさんも、おかあさんも、いないんだよ
も、もし…四葉だけだったら、おにいちゃん…たすけてくれたよね
かぞく、なれたよねっ」
「…
母親がいなくなったら、引き取ってくれって言いたいのか?」
「…みんな、めいわくばっかり…わかってないじゃん
四葉は…もうしないよ?
いいこにするから、みんなとちがうもん…」
「…四葉、おまえあの四人が嫌いになっちまったのか」
四葉の考えには流石にショックを受ける。そんなことを考えていたのかこいつ。
母親が亡くなった後のことに脅えているのは分かっていたが、自分だけでも助かりたいと思ってしまったのか。
五つ子と子供一人では遥かに違うだろう。苦労も5倍以上。母親の負担もそれ以上。
理由は定かではないが蒸発した父親も五つ子に対して重みを感じていたのかもしれない。四葉はそう思っている。
なぜ今になってそんなことを考えつくのか。母親が嘘をつき、どうしようもないと嘆いたからか。
頼れる兄が離れると知って不安になったか。
この子はまた知らないところで、一人脅えていたようだ。
自分はこれだけ悩んでいるのに、姉妹が笑っていれば、疎ましく思うかもしれない。
「言っておくがな四葉
おまえは五人の中でも評価は下のほうだ、調子に乗ってんじゃねえ」
「り、リボンはやめてください…」
「何が家族だ
うちも貧乏なんだよ、そんなことで最初から頼ってくるな」
「…」
助けるつもりだが、まだ母親がいるじゃないか。
何を考えているんだ。母親を見捨てるつもりかこいつは。
「あいつらにはな、母親を支えてくれってお願いしたんだ
のんきに笑ってると思ったか?
あいつらだって必死なんだ」
「…めいわくばっかり」
「…俺も先生も慣れたわ
先生も苦労されたんだ、子供たちをしっかり育てようって
だからあんな嘘ついて、体も壊しちまったんだろ」
「…わたしたちの、せいだよ…」
「…
無理に仲良くしろなんて言わないが
家族を見捨てるような子になっちまったら、先生泣くぞ
俺もそうなってほしくない…」
大人の言葉で子供を強いるようなことはしたくないが、今の四葉は間違っている。他人である風太郎が叱ってやらないといけない。先生に託されたんだ。
この子は一つの不安に囚われると悶々と考えてしまうのだろう。あの時もそうだ、ゆっくりと拗れていったんだ。
姉妹に置いていかれると泣いてしまった子だ。姉妹を見限り他人の俺に頼ろうとした泣き虫だ。
子供なら仕方のない問題だが、五月と同じ不安定になることがあった。周りを見ないから五月より過激になってしまっているのだが。
周りを見ず、自分の不安だけ直視して思い込んでしまった。姉妹の優しさを間違って受け取ってしまった時があった。面倒臭い子だ。
リボンを取られそうになって微弱な抵抗を見せる子供を胸に抱えた。
「おまえもお姉ちゃんだろ
泣いて怒ってた五月を守ってやってくれ」
「…五月…」
「三玖は人見知りだし、おまえと違って足も遅い
小学校に行ったら落ち込む時があると思う、励ましてやってくれ」
「…うん」
「二乃は喧嘩っ早いだろ
家でそうしたように、おまえが仲に入ってやってくれよ」
「…」
「一花はドジな奴だからな、頑張っても抜けてるところがある
許してやってくれよ、一緒にお母さんを支えてやってくれ」
「…でも…わたしはよくたって、きらわれるもん
みんなに、めいわくばっかり…」
「迷惑かけたおまえを助けてくれたんだろ
優しい子たちじゃねえか…おまえもな
今度はおまえが助けてやってくれよ」
「…」
「…それとな
好き勝手しろと言ったが、家族を見捨てるとは思わなかったぜ四葉
やるじゃねえか、おまえの悩みを聞いたことを後悔したわ」
「ふわー!?」
胸に泣きつく子供の髪をわしゃわしゃと掻き乱してやる。
こいつ、人が至って真剣に悩みを聞いてやったのに仇で返してくれやがった。嘗めたことしてくれるじゃねえか。
恩知らずな奴だ。真面目に付き合ってやるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
「覚えてるか
母親がいっちまったら、捕まえるって話」
「…う、うん」
「俺も走って捕まえようとしたんだが
あの人、足早くてな…二回も逃げられちまった
おまえなら捕まえられそうだ、頼む」
「おにいちゃんができなかったら、ムリだよ」
「大丈夫だろ
おまえがうちに泊まるって言った時、先生を捕まえたじゃねえか」
「え?」
「先生は、おまえに特別甘いんだよ
だから、おまえはできると思うぜ」
手放したくない気持ちも一層強いだろう。心配の尽きない子供だと肝を冷やしてばかりだろう。
おまえのその悩み、答えてやらねえ。その答えは母親が持っている。
家族と向かい合わずに逃げるのは四葉も一緒だ。この子は先生によく似ている。先生の苦労が絶えないわけだ。
四葉はまた悩み苦しむだろう。甘えられる場所を知ったら甘えてしまう子だ。
また駄目になったら話を聞いてやる。だが甘えはもう許さない。
母親と、姉妹と話をするだけでいい。思いの内を全て話すことはできないだろう。それでもいい。
おまえが求める答えがきっとあるはずだ。その後でいいだろう? その時助けてみせるさ。
「…おまえが笑ってくれねえと…俺も笑えないんだぜ」
「お兄ちゃん…」
「もう、一人で突っ走るんじゃないぞ」
きつく握る子供の手を解いて、両手で包んでやった。
大事なものを見失わないでくれ。きっと後悔するから。俺みたいになってはいけない。
今は分からなくていい。おまえは皆から愛されているんだ。それを知った時、おまえは笑顔になれるはずだ。
ただ、今はそれを願うことしかできない。泣く子供を抱きしめて背中を押すことしかできない。