先生は話してくれた。
五月に否定され、一花の優しさに応えられなかったこと。
心を蝕まれいく四葉の姿、姉妹が答えを見つけることを健気に待つ二乃と三玖のことも。
母親は子供たちが答えを教えてくれるのを待っていた。
先生は、子供たちの為にできる事を惜しまないつもりでいた。
子供たちが望むのなら、この身の病も全て打ち明けるつもりだった。
それは子供たちの不安の解決には至らない、より悪化させるものでも、望むのならそうするべきだと。
子供たちは決めたそうだ。母親は笑って教えてくれた。
子供たちは母親に謝り、母親の嘘を許してくれた。
決して母親の死を受け入れたわけではない。明言もしていないのだ。憶測なほど怖いものはない。
それでも一度心に留めてくれる。仲直りしたいと言ってくれた。
その点は正直心配していなかった。母親を好きな子供と子を思う親だ。病を抱えてるからといって崩れる関係ではない。
ただ遅すぎるとは思う。遅延させた四葉は母親に泣きついて謝った。
その後から四葉は話をしてくれるようになったそうだ。
良かった、無事に解決して良かった。安堵した。
安堵したはいいが…まだ続きがあると先生は笑った。
問題が解決したところで再び起こすのがあの五つ子だ。
「お母さん、その…これ」
「…テストですか、みんなもですか
…」
「ママの子なのに…」
「ごめんなさい、おかあさん」
「…素直に見せてくれたので、怒らないでおきましょう」
「お…お馬鹿でごめんなさい…
た、体育は褒めてくれたんだけど…」
「ごめんなさいっ
勉強しますっ」
「…いいえ、勉強に集中することも、時間もなかったでしょう
初めてのテストだったのです、落ち込まないでください
貴方達は悪くありません」
自分が原因だと、先生は子供たちに教えた。
点数が悪いからといって、子供たちを責めるつもりもなかった。
点数が良くても悪くても、子供の価値は変わらない。かつて教え子に告げた事だった。
しかし点数は酷かったらしい。先生も困ったようだ。
「お母さん、お願いがあるの」
「お願いですか」
「これからね、みんなでお母さんを守るからね
何か辛いことがあったら教えてほしいの」
「ママ、全部はいいの…頼ってほしいの」
「勉強も頑張るよ
家事も、お姉ちゃん…お母さんに教えてほしい」
「五人なら、五人の迷惑をね…一人分ぐらいにできるかな…って」
「…迷惑、なんて…思っていません」
「迷惑って言い方やめなさいって四葉っ」
「だ、だってぇ…!」
「お母さんの役に立てれば、お母さんもいっぱい休めます!
だから、お母さんも…頑張ってください」
「五月…ですが、貴方達もしたいことがあるでしょう」
親としては家事に縛られず、親に縛られず、健やかに育ってほしい。
それは親の傲慢だ。子供たちは既に母の不調に気づき、母を助けようと決心した。
子供たちはどこか誇らしげに言った。
「大丈夫よママ
私達、五つ子よ」
「え?」
「五人もいれば、お母さんの心配は大丈夫だよ」
「五人一緒にやっても狭いもんね!
だから決めたの、この日は私って」
「一人じゃダメだったら皆で手伝いますけど…
こ、これなら私達もしたいことできますっ」
「…」
「一人じゃ自分のしたいことできなくて…ダメだったと思うけど
私達五人もいるもん
お母さんが四人も姉妹作ってくれたお陰だね」
「…そう、ですか…それは、よかった…」
「ま、また一花泣かせた…!」
「ええええ!?」
「い、一花、謝ってくださいっ」
五人であることを、娘が喜んでくれた。
無責任だと告げられることに脅えていた。
救われる思いだった。
「それでね…その
お願いがあります」
「…なんでしょうか」
「お母さんからも言ってほしいんです
お母さんなら、聞いてくれるはずですっ」
「…貴方達がしたいことなのでしょう?」
子供たちは皆頷いてみせてくれた。
だとしたら。母親は涙を拭いて笑ってみせた。
子供たちが話す。母親は驚き、苦笑して胸を張るように答えた。
「お母さんに任せなさい」
「お願いって、何て言ってたんですか?」
「さあ、なんでしょうか」
中野家に辿り着いた。一月振りだろうか。
以前も長らく来ていない時期もあって感慨深くなるものなどなかった。
ただ、子供たちの顔が見えると思うと。少し嬉しかった。
あまり未練がましい態度を見せてはいけない。
それ以前にこの手を離して貰わないと子供たちに会えないわけだが。
もう着いたのだから離してくれ。そう睨むと先生は手を離してくれた。
名残惜しさが捨てきれない。話を聞いている間ずっと握られていたから温かいというより熱い。
「らいは、かえ――」
ドアを開くと押し返された。
ドアの前で待っていたのだろうか、子供たちに正面から押し倒された。
「久しぶりフータロー君!
元気してた?
もう、本当に月に一回なの!?
お姉ちゃん寂しかったよぉ!」
「…馬鹿っ」
「ふーたろぉ…!
フータロー…!!
やっぱ、寂しいよ…」
「ひぐ…うぅ、上杉さん…
う、わあぁああああああっ!
あぁあああああっ!」
「また会えましたっ
えへへ」
「…
近所迷惑だ、わかったから」
子供たちの頭を叩いてやる。
笑ったり怒ったり五人それぞれだが、涙を浮かべている。
叩いてやるが、人のこと言えない。
もう遅いのだ。泣いたり笑ったりしてたら迷惑になる。
子供たちは泣き止むと一人一人離れていった。
「三玖、もう抱えてやれないぞ」
「そんなに重くないもん」
「幼稚園で卒業だ」
一人だけしがみつく三玖を剥がす。小学校に上がったからには厳しくいくぞ。
今日は迎えに来ただけだ。
先生と模試の結果を踏まえて進路の相談をするつもりだ。勉強を疎かにするつもりはない。
明日からまた変わらない生活がある。この子たちと接する機会は今はない。
慕ってくれるのは嬉しいが、これもいつまでか分からない。これから段々と忘れられていくはずだ。
先生に誓ったものが現実となった時。父親の代わりとなる日が来れば、また遊んでやろう。
「おい、らいは
帰るぞー」
「上がっててー」
「上がってって、
おまえの家じゃねえだろうが」
「どうぞ」
玄関から妹を呼ぶが、声だけが返ってくるだけだ。
我が物顔の妹に文句を言いたくなったが、後ろのドアが閉じられてしまった。
狭い玄関だ。先生に押されるように靴を脱いで上がらせてもらった。
子供たちに妙な期待はさせたくないのだが…居間で待っている子供たちを見れば何かあるんだと察してしまう。
先生に押されるように居間へ向かう。分かったから、近すぎるんだあんた。張り切りすぎだろ。
「…背、伸びたか」
「ほんと?」
「皆同じぐらいじゃん」
「五月が一番高い」
「それなら四葉も高いです」
「こ、これは髪の毛ですっ」
「よく食うからおまえが一番伸びるかもな」
「それ褒めてませんよねっ!」
五人揃って同じ身長だと分かりづらいが、少し大きく感じられた。
それとも自分が見てきた子供たちは俯きがちだったからだろうか。複雑なものだった。
らいはと先生が一歩引いた位置でこちらを見ていた。
何をされるんだか。それとも誕生日のことか?
少し前に自宅でケーキを食べたが、らいはが絡んでるしありえる話だ。
祝い事なら先生も積極的になるのも分かる。悪いが読めたぞ。
「で、何くれるんだ」
「え?」
「誕生日プレゼントじゃないのか」
「え!?
誕生日!?」
「フータロー、誕生日だったの?」
「もう過ぎてるけどな」
「…え
…どうするの…?」
「わ、わたすの?」
「も、もう今日じゃないと来月になっちゃいますよっ」
違ったのか。一花は驚いて、他の姉妹も戸惑っている。
勘違いだったら非常に恥ずかしい。
考えてみれば、親戚でもない年上の男の誕生日を祝うのもおかしな話だ。毒されているぞ俺…
「た、誕生日!
そう、誕生日だね!」
「いや、違うならいいぞ」
「た、誕生日プレゼント!」
一花が渡してきたのは五枚の紙だった。裏面のようだ。
うっすらと裏に何か書いているように見える。文字か。手紙だろうか。
この子たちは似顔絵だったり、自分で描いたものを渡してくれた。
誕生日プレゼントのものではなかったかもしれないが、ありがたく受け取ろう。
一花から受け取り、裏返す。
「…
…
えー、国語のテスト
12点
20点
32点
8点
28点」
「…」
「…勉強しろ?」
「はい」
点数の宣告に子供たちが揃って返事をする。
何なんだ。なぜこれを俺に渡す。意図が分からず考えてみたがサッパリだ。
この点数、小学校のものと比べるのはナンセンスだが、全員赤点になりえるぞ。
らいはから勉強で悩んでいると聞いたが、この点数を見れば納得だ。
遊んでる暇はないと散々言っておいたが、聞かなかったようだ。おまえら俺が日頃何してるか知ってるか。勉強しなきゃ100点は取れねえんだよ。
学力の悩みは学生として付いて離れないもの。小学校ではいいが中学高校では泣きを見ることになるぞ。
何かアドバイスでも送ろうか、用紙から子供たちへ視線を移す。
子供たちはじっとこちらを見て、頭を下げた。
「教えてくださいっ」
五人揃った声が響く。
教えるって、勉強をか。
構わないが、それは長期的なものだろうか。
先生との取り決めに関わるし、こちらも勉強とバイトの生活だ。
バイトを二つ掛け持ちしているのだ。毎日バイトで詰められている。教えられる時間は少ない。
先生を見やる。子供たちから母親へのお願いとはこのことだったのか。
約束の件に触れるが、先生は何も言わなかった。
「…まったく…子供に弱すぎだろ…振り回しやがって」
「申し訳ありません」
「嬉しいくせに」
「うるさい」
子供の為なら何でも利用する気か。酷い人だ。その隣で笑う妹も酷い。グルだろおまえら。
先生に変化を望んでいた自分が否定できるわけがないのだが、勝手が過ぎる。
約束とか、もう会えないだとか。考えていたのが馬鹿らしくなる。この半年の苦労を返せ。
分かってるだろ。
あれだけ一緒にいたんだ。愛着も湧くし、何より好きになってしまった子たちだ。
笑顔が好きなのに、頭を下げるこの子たちを見て、断れるわけないだろう。
「…塾代なんか高くて払ってられないもんな」
「…!」
「バイト、一つ辞めないとな
一ヶ月も経ってないんだ、良い顔されないんだぜ」
子供たちが揃って顔を上げて、目を輝かせる。
気の早い奴らだな。嬉しそうに姉妹たちと手を合わせて喜んでいる。
子供は無邪気で我侭だ。こちらの都合など知らずに自分のことばかり優先している。
あれだけ苦労して話をつけたのに。まただ。全て無駄にされてしまった。こいつらの思い出になっただけだ。
苦労した割に見返りは少ない。何度も経験したことだ。
また軽率な約束で、考えられないほどの苦労をさせられる。
仕方ないだろう。断ることはできたが、そんなことできなかったんだ。
こいつらが愛らしい。ただそれだけの理由でいつも苦労させられる。
こいつらには敵わない。
「おまえらの家庭教師になってやる
100点取らせてやるぜ、覚悟しろ」
小学生の勉強など片手間でも教えてやるが五人もいるのだ。しかも面倒な性格をしているのは分かっている。
自分の勉強時間をどう確保するか考えなければならない。
だが、それは後でいいだろう。
また会えると知った子供たちに囲まれ、五人の手に引っ張られた。考えさせる時間などくれなかった。
笑って喜ぶ五人に捕まってしまい、ただ苦笑するばかり。
この子たちと出会い、好きだと口にしてから逃げられたことはない。
もう少しだけ付き合ってやるよ。
再びこの五人に悩まされ、苦労させられる日々になろうとも。
この五つ子が教えてくれる。
いつか手の平から零してしまったもの。
優しい子供たちと同じものを持っているんだと。
こんな自分でも、少しだけだが、誇らしく、救われる気持ちになるんだ。