五等分の園児   作:まんまる小生

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園児続編です。
風太郎は高校3年生、五つ子は小学1年生となりました。
五つ子と風太郎にスポットを置いていましたが、続編からは竹林や武田、前田達も登場します。

pixivでは補足していませんでしたが
陸上部部長の江場先輩も同じ3年生として登場します。
教え子の番外編の最後に風太郎と共に教師として転勤してきた一人です。

お付き合いいただけると幸いです。





















五等分の園児 後の後
五等分の園児 後の後


 いつか誰かに必要とされる人間になる。

 

 それは上杉風太郎の目標であり、この為に数年間を勉強に費やしてきた。

 

 努力は報われ全科目のテスト全てが100点。晴れて全国模試では一位を物にし、着々と目標に近づいている自負があった。

 

 しかし、抱いていた願望は歪だった。

 

 誰に求められたいのか定かでなければ、行く先は曖昧で、求められるが故に他者に依存してしまうもの。

 

 このままではいけないという実感と焦燥はある。二重の意味で。

 

 かれこれ戒めと非難の意味を込めて見下してきた感情が、学業から最もかけ離れた愚かな行為が、風太郎に付き纏ってくるのだ。

 

 憧れはあれど、恋愛感情など…あるはずがない。

 

 そんなジレンマが拭えず、今日もまたその心情に突き動かされていた。

 

 

 

「中野先生」

 

 

 

 去年から続く日常を繰り返す。職員室の前で、俺の声に女教師が振り向いた。

 

 普段は鬼教師だと恐れられ、畏敬を込めて生徒から慕われている教師だ。また説教されるのではないかと思うと正直落ち着かない。

 

 教師の目がこちらを捉えると、張り詰めていた彼女の雰囲気がほんの少し柔らかくなったように見える。

 

 人前で話せる内容ではなかったが、今では自身の担任ということもあって気軽に声をかけることができた。

 

 建前があるからといって、やはり一直線に…こちらと目を合わせたまま詰め寄ってくる光景は心臓に悪かった。

 

 

 

「今日は家庭教師の日でしたね」

 

「ええ…あいつら何か言ってましたか?」

 

「…ふふ、宿題やり忘れていたと、昨日の夜急いで勉強していましたよ」

 

「あー いつも通りっすね」

 

「すみません

 ですが、貴方に教えてもらう授業が大好きな子たちですから大目に見てあげてくれませんか」

 

 

 

 娘の不真面目さに頭を下げる先生は、以前ほど畏まった様子は見られなかった。

 

 それが気を許している現われなのかと思うと返答しづらく、つい前髪に指を這わせてしまう。

 

 帰宅部の風太郎にとって放課後とはバイトか自主勉の二択しかなかったのだ。

 

 自身の目標の為、極貧生活を生きる為にはどちらも欠かせないものだ。

 

 家庭教師。そう恩師は口にしたが、金で雇われた身ではなく、口約束で交わした関係にある。

 

 しかしこの行いが、二択の内の一つの望みを満たすものだから、こうして今日もまた続けている。

 

 生徒の母親への確認は済ませて、新たに任された務めを果たすべく恩師に背を向けた。

 

 

 

「時間なので、お先に失礼します」

 

「はい

 今日もよろしくお願いします 上杉先生」

 

「…からかわないでくれますか 先生」

 

 

 

 冗談です、と鬼教師の意地の悪い笑顔に、何かを誤魔化しながら立ち去る風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してんだ、あいつ」

 

 

 

 数ヶ月前は幼稚園に向かっていただろう放課後の時間。子供たちの勉強用の教材を回収する為に一度自宅へ帰ることにした。

 

 高校生と小学生とでは下校時間は異なる。待たせると生徒から文句を言われるので小走りで家に辿り着くと、何かちっこいのがいた。

 

 自宅の1階シャッターの脇の階段に腰をかける女の子。赤いランドセルを背負って、ぽつんと座り込んでいる子がいた。

 

 その子が風太郎に気づくと、立ち上がって走ってくる。

 

 両手を伸ばして、一生懸命に。口をきつく結んで、涙目で。アホ毛を揺らしている様が鮮明に近づいてくる。

 

 

 

「お、おにいちゃぁあああああん…ッ!!!」

 

「…どうしたんだ、五月」

 

 

 

 今年の春に幼稚園を卒園して小学一年生になった子。中野五月が泣きついてきた。

 

 まだ小さな成りで背負うランドセルは大きく見えてしまう。小さな子供は姉妹からはぐれて大泣きしていた。

 

 何でここに五月がいるのか不思議でしかなかった。家庭教師をする場所は勿論、生徒の自宅のはずだった。

 

 わんわん泣いて制服に涙の痕を押し付けてくる五月を慰めて、本人に事情を聞く。

 

 

 

「おまえ、何でうちに?

 一花たちはどうした」

 

「ひぐ…う、上杉君と勉強だもん」

 

「あ、ああ…今日は家庭教師の日だぞ

 4時半に始めるって教えただろ、あいつらは家にいないのか?」

 

「…います…」

 

「なら、おまえだけ何で一人で来たんだ?」

 

「…ひぐ…うぇ…ぇぅ…」

 

「…」

 

「あえるっておもってたのに…

 まっでだのに"…上杉君来ないんだもんッ…あ"ぁぁああああっ!」

 

「む、迎えに来てくれたのか…ごめんな…?」

 

 

 

 五月は早く会う為にわざわざ家庭教師の先生の家まで迎えに来てくれたらしい。

 

 だが、高校生との下校時間に二時間程の差があるとは知らなかったのだろう。

 

 日陰になる階段に一人座って待ち続けている間、寂しい思いをさせてしまったようだ。お陰でガン泣きである。

 

 慰めるべく泣きつく子供を抱きしめて抱え上げる。らしくない振る舞いも随分と板についてしまった風太郎だった。

 

 五月が首元にしがみついてきて、長い髪が顔にかかって息苦しい。

 

 しかし子供は涙を堪えるのに必死で、会いたかったとぐずる子には勝てはしなかった。

 

 

 

「おまえは困った奴だな、まったく」

 

「ごめんなさい…ぐすっ…

 …勉強、おしえてくれる…?」

 

「ああ、お母さん目指してるんだもんな

 ちゃんと教えるよ、五月」

 

「はい…っ」

 

 

 

 何かを得ようとして、思うようにならずに間違ってしまい、挙句に泣いてしまったとしても。

 

 その頑張る気持ちと目指す先を間違えなければ、何も心配はいらないだろう。

 

 小さな失敗に大泣きしても、変わらずひたむきに頑張ろうとする子供のお願いに風太郎は笑って応えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ…小学生に上がったからって

 平然と外を歩き回っているのが恐ろしいぜ」

 

「もう一人でどこにでも行けます」

 

「行くのはいいが、泣いたら慰めてくれる大人がどこにでもいると思うなよ」

 

「な、泣いてたのは…みんなに内緒にして…」

 

「…わかったよ」

 

 

 

 小学生となったことで幼稚園児にはなかった自尊心が多少は芽生えたのか、以前のように五月と手を繋ぐことはなかった。

 

 されど先程泣き喚いていたショックが残っているようで俺の横から離れずにいた。

 

 目的の教材を鞄に詰めて五月と中野家へ向かう。商店街を歩く途中、風太郎は五月のランドセルを片手に、隣の子供を見下ろしていた。

 

 少しだけ背丈が伸びた五月は、度が過ぎる程のお母さんっ子で性格は甘えん坊。この子のソロ活動はあまり気乗りしないのが本音だった。

 

 

 

「あっ」

 

「ん?」

 

 

 

 果たして今月から始まった学校生活も楽しめているのか。そんな心配が的中してしまったようだ。

 

 真横にいた五月は何かに気づき、急ぎ反対側に回って身を隠した。

 

 二人が歩く歩道とは逆の道路を挟んだ向かい側。見れば対面から小学生の女の子が数人歩いていた。

 

 子供たちは友達とお喋りをして寄り道を楽しんでいる。その反面、五月の顔色は強張っている。

 

 その一行が通り過ぎていくまで五月は身を潜めてやり過ごしていた。その間、風太郎は棒立ちするしかなかった。

 

 

 

「い、行った…?」

 

「何だ、あいつらに虐められてるのか?

 おまえらの場合、五人でやり返せるから楽勝だろ」

 

「い、いじめられてません!

 でも…うぅ…」

 

「…

 まあ…誰かと一緒にいるところを見られるのは嫌だよな」

 

「う、うん」

 

 

 

 小学生となると家族と並んでいる現場を見られることに妙な抵抗と恥ずかしさがあったものだ。

 

 とは言っても、まだ小学1年生の五月がその心境を体験するには早すぎる。

 

 気掛かりではあったが、何かを怖がって腰元にしがみつく姿を見てしまっては…質問は次の機会に延期しないと可哀想だった。

 

 五月が掴む手を離して数歩後ずさると、緊張が解かれたせいか「ぐ~っ」と暢気な悲鳴が五月の腹から聞こえた。

 

 

 

「は、はう…」

 

「何だ、腹空かせてたのか

 つっても夕飯までまだ時間あるぞ、ちゃんと飯食ったのか?」

 

「今日の給食少なかったの」

 

「そ、そうか…」

 

 

 

 こいつの場合、小学校の給食が満足できる食事量を提供してくれるとは思えなかった。

 

 女の子が何杯もおかわりをしたらクラスの男子に冷やかされるだろうよ。

 

 円滑な小学校生活を送るには自重は欠かせないのだが…黙っておこう。これを指摘するのは不憫でしかない。

 

 お腹を押さえても五月の腹からは変わらず悲鳴が鳴っていた。

 

 

 

「うぅ…お腹空きました」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 なぜか子供は俺の顔を見た。そしてもう一度鳴る。

 

 

 

「うぅ…お腹空いたよぉ…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 再び俺の顔を見る。そしてもう一度鳴る。

 

 

 

「お腹――」

 

「やかましい

 乞食なんてするんじゃない」

 

「あうっ!」

 

 

 

 親でも家族でもない相手に物を強請るようでは後々トラブルの元になる。早々に咎めておく。

 

 五月にとって空腹とは耐え難い苦しみなのは間違いなく、額にデコピンを喰らうと涙目になって俯いていた。アホ毛もしなびれていく。

 

 これから勉強だというのに、腹を空かせてしまっては集中できないだろう。実に困った子だ。

 

 致し方ない、か。

 

 甘えられないことに気落ちしている五月の手を取って、急遽方向転換する。

 

 

 

「おまえに食べ物を奢ってやると、俺が先生に小言を言われる

 内緒にすると約束するのなら買ってやらなくもない」

 

「!

 ありがとう、上杉君!」

 

「…俺がこんなんだから、つけ上がるんだろうな…マジであの人に怒られそう」

 

 

 

 一年程前からだいぶ手厳しく接してきたつもりでも、五月は風太郎を慕って甘えている素振りがある。

 

 普段は母親大好きな五月には、母親には通じなくても風太郎には通じる甘えがあることを知られてしまっているのだ。

 

 今回もまた五月の粘り勝ちとなってしまい、敗者は仕方なくコンビニへ向かい、一つだけ食べ物を恵んでやることにした。

 

 節約して200円の昼食で我慢する風太郎には痛い出費である。キャンセルした焼肉分が期待の目を向ける子供に持っていかれてしまった。

 

 購入してから少し歩き、近くの公園のベンチに座ってビニール袋から紙袋に包まれたものを取り出す。

 

 熱々のそれに張り付いた紙を剥がして二つに分ける。まだ地に足がつかず…ちょこんとベンチに座っている五月に手渡した。

 

 

 

「? 何ですか、これ」

 

「何って…肉まんだ、食べたことないのか」

 

「初めて食べます…ふわふわ…あったかい」

 

「熱いから気をつけろよ」

 

「い、いただきます」

 

 

 

 俺の手では小さな肉まんでも、五月には両手で掴まないと零れそうな大きさだ。

 

 そんな初めてお目にかかる肉まんを物珍しそうに見やって、五月はぱくりと齧りついた。

 

 

 

「―!!

 おいしいっ! おいしいよ、上杉君!」

 

「それは良かった、味わって食え」

 

「はむ…んふーっ…!

 これ気に入ったの! えっと…何でしたっけ」

 

「肉まん」

 

「肉まん…おいしいっ…!」

 

「…こっちも食っちまえ」

 

 

 

 もう完食してしまいそうな五月に、半分に分けたもう一つを渡してやる。

 

 腹を満たすと夕飯が食べきれず、この一件が露呈する恐れがあったが…この五月の表情に魔が差した。

 

 普段お菓子を買うのも一苦労な貧乏生活を送っている子だ。文句も言いづらく肩身の狭い思いをする時もある。

 

 食い物一つでここまで嬉しそうにしてくれるのなら安いものだ。

 

 五月が手早く食べ終えたところで、再び中野家へ向かうとする。その前に釘を刺しておくべきか。

 

 見てわかりやすく、唇に人差し指を沿えて教えてみせる。

 

 

 

「五月、夕飯前に食べたことは内緒だぞ」

 

「内緒ですね、わかりましたっ!」

 

「…」

 

「肉まん♪ 肉まん♪」

 

 

 

 なんかポロっと言いふらしそうだと、手を繋いで上機嫌にスキップする五月に嫌な予感がする風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家庭教師の時間ギリギリとなってしまったが、無事に五月を連れて中野家へ辿り着いた。

 

 いつ見ても古いアパートだ。階段を上がると足場が崩れないか不安になるのはいつものこと。

 

 五月は自宅の鍵を持っていないようで、家の中に一花たちがいなければ待惚けを食らうことになる。

 

 インターホンを鳴らすと古いアパートだからか、ドタバタと中から慌しい音が響いていた。

 

 その喧騒とは異なり、玄関のドアは静かに開けられた。

 

 

 

「…! フータロー…!」

 

 

 

 開いたドアの隙間から、暗がりからこちらを見上げる子供がいた。

 

 子供の目が来訪者を視認すると、ドアは開かれて子供が飛びついてきた。

 

 子供の肌は柔らかいものだが、この子に限っては首にかけたヘッドホンの固い感触の主張が強い。

 

 

 

「…ドアを開く前に

 いや鍵を開ける前にちゃんと確認しろ、三玖」

 

「フータローが遅いから」

 

「それでもだ、いいな

 悪い人に攫われても助けてやれねえぞ」

 

「う…でもフータローだったもん…知ってたもん」

 

「上杉君なら助けてくれるもんっ」

 

「無茶言うな、警察に任せるわ」

 

 

 

 しがみついてきた子に文句を言ってやると一層力を込めて張り付かれてしまった。

 

 五月と同じく恩師の娘であり、三女である中野三玖は頬を膨らませて遅刻は厳禁だと怒っていた。

 

 相も変わらず慕ってくれるのは嬉しいが、何かと心配事が尽きない子だ。

 

 玄関前で捕まったままでいると、ランドセルを持ってあげている風太郎を置いて、五月はそそくさと洗面所に向かってしまった。

 

 妹としては姉には逆らえないようだ。仕方なく三玖を抱え上げた。

 

 

 

「…」

 

「…何だ、じっと見て」

 

「…えへへ、やっぱ好き」

 

「おまえ重たくなってきたからしんどい

 幼稚園で卒業だっつーの」

 

「じゃあ今だけ」

 

「あー もう、また三玖ってばフータロー君に甘えちゃって」

 

 

 

 流石血が通った姉妹か、五月に似てやってることは同じ。三玖は首元に抱きついてきた。

 

 そもそもこの甘え方は三玖の専売特許だった。去年より成長している分腕を引き剥がせず堪えるしかない。

 

 かといって三女の我侭が横行する時間は短い。そのような妹の悪逆を懲らしめるのが長女の仕事である。

 

 

 

「降りようね三玖、今日は勉強の日だよ」

 

「う…一花だって甘えてる」

 

「へへーん それは昔の話だもんね

 フータロー君、鞄持ってあげる」

 

「ああ…じゃあ五月の返すわ」

 

「リュックも一緒に持ってあげるよ」

 

「いや、重いぞ」

 

「いいからいいから」

 

 

 

 とことん世話を焼こうとする様は流石長女。自分は甘えていないのだと妹に見せつけている。

 

 五月と三玖と似た顔をした子。長女である中野一花は率先して他人の面倒を看ようとする良い子である。比較的に、部分的に。

 

 しかし残念な事に小学生一人では文字通り荷が重かったか。

 

 背負っていたリュックを一花の手に預けると、五月のランドセルの分もあって床に落としてしまった。

 

 

 

「お、おも…

 せ…せぇの…ふんにゅっ…!

 …

 せ、せーの…ふみぃい…!」

 

「…」

 

「…」

 

「ふぬぅ…! はぁ…おもっ…

 よいしょっと…あ、これなら楽」

 

「こら、引き摺るんじゃない」

 

「だってぇー」

 

 

 

 面倒臭がり屋なのが玉に瑕。ずるずるとリュックとランドセルを引き摺ると畳が禿げてしまう。

 

 姉が悲鳴を上げているならば手を貸すのが妹…今抱えている三女は私欲を優先しているが普段は姉妹仲は良好のはずだ。

 

 一花の背後から駆け足で参上した子が荷物を持ち上げる。ニコニコ顔でリボンを揺らして。

 

 

 

「上杉さん、こんにちは!」

 

「ああ、こんにちは

 おまえはいつも元気だな」

 

「だって今日は上杉さんと遊べる日だもん!」

 

「いや、遊びはしないぞ? 勉強だ勉強」

 

「勉強終わったら!」

 

「どうせクラスの友達と遊び倒してるんだろ

 そもそも、教えてくれって頼んできたのはおまえたちだぞ、今日は家庭教師だけだ」

 

「うぅ…そうですけど…!」

 

「四葉まで甘えちゃって、お子様だなー

 こういうのは、勉強のご褒美でお願いすればいいんだよ

 ほら、それ持っていっちゃお」

 

「えー!? 三玖のほうが甘えてるのにー!

 上杉さーん!! 遊ぼうよー!」

 

 

 

 元気爽快と言った勉強よりも体を動かすことが大好きな子。中野四葉は一花が抱え切れなかった荷物を軽々と持ち上げた。

 

 走ることが好きでよく追いかけられ、追いかけたりしたものだ。それを好んでくれているようで、別の仕事を強請ってきた。

 

 五つ子の学力を向上させる義務がある以上お断りし、食い下がる四葉は一花に背を押されて強制退場となった。

 

 結局四葉の足が畳を禿げさせているのだが。そんな二人と入れ違いとなって、洗濯物をいっぱいに抱えた子が顔を見せてきた。

 

 

 

「フータロー いらっしゃい

 早く上がって上がって、始めましょ?

 あ、その前に手洗ってね」

 

「ああ、家事手伝いか…偉いな二乃」

 

「でしょでしょ? 他の四人はてんで怠け者なんだから」

 

「…じゃあ三玖、もう終わりだ」

 

「やだもん、もうちょっと、やだ――

 う? うっ…フータr――

 む~っ!!」

 

「い、いいから離れろ…小学生になってまで甘ったれてんじゃねえぞ…!」

 

「三玖ッ! あんたはもう…!

 そんなんだからクラスの男子に馬鹿にされるのよ」

 

「それ関係ないでしょ」

 

「あるわよ、まんま子供っぽいじゃない!」

 

 

 

 玄関から上がろうと抱えていた三玖を降ろすとぴょんぴょん飛び跳ねて抗議された。

 

 妹がしつこく付き纏ってくる醜態を見て、洗濯物を手放して叱ってくれる姉がいた。もとい喧嘩の始まりだ。

 

 物怖じしない勝気な性格ながら家族が一番大好きな子。長い髪とリボンを靡かせて中野二乃は手助けしてくれた。

 

 妹の事情に詳しい二乃は三玖の恥部まで暴露してしまい、二人の雰囲気が剣呑なものに変わっていった。

 

 ようやくこの中野家に上がれると思いきや、その第一歩となる足はすこぶる重かった。

 

 

 

「うわー!? ちょっと四葉、床に四葉の足跡付いちゃってるよ!?」

 

「一花が無理矢理引っ張るからじゃん」

 

「もっとシャキッとしなさいよ、虐められても助けてあげないわよ」

 

「…二乃に助けてもらわなくたって平気だし、二乃のほうが喧嘩になりそう」

 

「…」

 

 

 

 これから家庭教師の時間だというのに、先生が到着しているというのに騒がしいことこの上ない。

 

 洗濯物は放りっぱなし、ランドセルも…そもそも五月だけでなく四人のランドセルも散らかっているし、勉強の前に一仕事ありそうだ。

 

 溜め息が漏れると、手洗いを済ませた五月がひょこっと顔を出す。

 

 

 

「上杉君? やらないのですか?

 早くお勉強しようよ」

 

 

 

 騒がしく面倒臭いことこの上ない光景を見ても、五月はいつものことだと澄まし顔で急かしてくる。

 

 母親が見たら頭を下げていそうな惨状でも、お構いなしの五人だった。

 

 まったく、困った五つ子だ。

 

 これで金を取らずに、家庭教師として勉強を教えてやらないといけないのだから。

 

 

 

「ほら、おまえら 片付けて教科書を並べろ

 家庭教師の時間だ」

 

 

 

 風太郎の一声に、五つ子は彼へ視線を向け…喧騒は絶えずとも勉強の準備を始める。

 

 恩師の娘は、顔も背丈も全く同じに見える五つ子。

 

 それでもその個性は似ても似つかない五通りの女の子。

 

 五人の子供が紡いで作られた新たな関係。家庭教師とその教え子として…再び風太郎はこの五人に苦労させられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば…さっき二乃が言ってた話

 おまえたち学校はどうなんだ?」

 

 

 

 家庭教師として、机を囲む小学生のノートに向き合うこと数時間が経った。

 

 意欲も学ぶ速さもバラバラな五つ子の面倒を看て設けていたノルマを達成した頃に気になっていたものを尋ねる。

 

 外で見た五月の様子や二乃が口にした三玖の学校内での立場。家庭教師としては学校生活は管轄外だが、一年親しくしてきた仲だ。

 

 五人の子供を一人で育てる先生の不安要素はなるべく軽減させておきたい。

 

 そして、母親には言いづらい内容でも…もしかしたら話してくれるかもしれない。そんな期待と自信が風太郎にあった。

 

 

 

「一花は? おまえと二乃と三玖は同じクラスだったよな」

 

「私? 普通だよ? 普通」

 

「一花、人気者」

 

「男子と仲良いわよね、でも授業中しょっちゅう寝てるわよ」

 

「居眠りかよ、その心境に辿り着くの早すぎだろ

 真面目に受けてりゃ貴重な放課後をこれに費やすこともねえのに」

 

「だ、だってなんかお説教受けてるみたいなんだもん」

 

「今説教中だぞ」

 

「フータロー君のはさー

 …えへへ、何でかな」

 

「…まあ、今は勉強よりも友達作って仲良くしとけ

 後5年か…8年も続くからな、大事にしな」

 

「はーい」

 

 

 

 勉強中、要所要所でこっくりこっくりと頭が揺れていた一花は小学校でも上手くやっているらしい。授業以外。

 

 世話焼きの一面が役立っているのだろう。同性だけでなく困っている男子にも声をかける度胸があり、愛らしい外見もあって好評のようだ。

 

 風太郎も一花に対する心配は少なかった。しかし目を離すと膨れてヤキモチを焼いてしまうところが欠点でもある。

 

 歳がだいぶ離れた男を相手するよりも、同年代の友達と仲を育んでほしいと思うのは押し付けがましいだろうか。

 

 

 

「二乃は…聞くまでもないか」

 

「二乃、男子と喧嘩になりやすい」

 

「うっさいわね! あんたみたいに言われ放題よりマシでしょ!」

 

「二乃はねー 女子には人気だけど男子は苦手かも?」

 

「あー いたな、やけに突っかかってくる女子

 それで男子と仲良くできれば角は立たねえが…難しいか、二乃には」

 

「だって男子って馬鹿ばっかなんだもん

 頭悪いし、ダサいし、デリカシーないし、うるさいし

 ああいう男って友達できないから女子に強く当たってくるのよ

 フータローとは全然違うわ」

 

「………」

 

「でも変なのよ

 このことママに話したらね、フータローに言っちゃダメって言われたの

 何でなの?」

 

「な、何でと言われてもなー 先生が何を考えてるのかサッパリだ」

 

「あー いいなーママは、フータローと一緒の学校で、一緒の教室でしょ?

 私も一緒だったら、男子の中で一番仲良しになれたのに」

 

 

 

 小学生が向ける期待の視線が胸に突き刺さる。風太郎の高校生活を知られたらどう思うだろうか…先生はその危険を察しているようだ。

 

 二乃と関わって早一年。出会った当初は十歳も離れた男に物怖じせず敵意を見せていた二乃だ。同年代の男子相手なら余裕で挑んでしまうようだ。

 

 一花と同じく世話好きな子だ。困っている女子、男子に文句等言えない子に代わって先陣を切ることが多いらしい。

 

 女子からは人気を集め、男子からは不評を買ってしまっている。風太郎もまた小学生当時はそのような女子と喧嘩になったことがあった。

 

 痛い目見て後悔しないといいのだが。それもまた良い経験になるのかもしれない。そんな複雑な心中で二乃を見守る他なかった。

 

 

 

「…で、三玖…肝心のおまえはどうなんだ」

 

「…」

 

「…とりあえず…今日男子に言われたのは…

 ノロマ、暗い、びびり、雑魚、幽霊、片目オバケ、背後霊」

 

「入学早々ハードだな…小学生こわ」

 

「二乃のせいでしょ、二乃が仲悪いから私が文句言われる」

 

「い、一応…女子全員で守ろうって感じになってるから」

 

「おまえらのせいじゃねえか、男子と女子の溝深めてるの

 男子でいねーのか、おまえの味方は」

 

「優しい子もいる…けど…減ってる気がする」

 

「…おまえの立ち位置じゃ、優しくすれば同じ男子からハブられるか」

 

「フータロー…お母さんには言わないで…」

 

「ああ…って、おまえ、急にくっつく――」

 

「ひぐ…うぇ…うぇえええん…」

 

 

 

 自分の話題となって俯いていた三玖が、走り寄ってくると…泣き始めてしまった。

 

 …今ではこうして感情を曝け出して甘えてくれている三玖だが…一年前の姿を思い返すと友達作りは難しいと思っていた。

 

 臆病で人見知りの三玖は当初、風太郎を遠目に見つめ警戒していた。声をかけても無口で、姉妹の背中に隠れてしまう子だった。

 

 そんな態度を見て、面白くからかう男子もいれば、励まして助けたくても返事がないことに距離を置いてしまう男子もいる。

 

 母親に言わないでほしい。知られて困らせてしまうことが、三玖にとっての一番避けたい出来事。

 

 泣いてしまった三玖に一花と二乃、四葉も五月も押し黙っている。三玖が辛い思いをしていたことを知っているのだから。

 

 風太郎は三玖の頭を抱き寄せて撫でる。苦労している身だが、憐れむことはない。

 

 

 

「…三玖

 泣き虫、とは言われなかったんだな」

 

「…ッ」

 

「頑張ってるじゃねえか、即効で泣いてるのかと思ってたぜ」

 

「…が、がんばった…」

 

「…なあ三玖、おまえは俺には好き放題言ってきただろ」

 

「う、うん…ぐすっ…」

 

「なら、そんな生意気なクソガキ共を怖がる必要はねえ、楽勝だぜ

 今は無理かもしれないが…勇気を出して、一度は成功していることを覚えておいてくれ」

 

「…うん」

 

 

 

 一筋縄ではいかないだろう、三玖の頑張りはしばらく見届けないといけない。母親に打ち明けるタイミングが悩ましい。

 

 なにせ娘を寵愛している母親だ。このような話を聞いて心を痛めはすれど…母親が前線に出てこないか心配だ。あの人説教は鬼強いからな。

 

 ひとまず涙を拭った三玖はゆっくりと元の位置に座り直した。そんな三女に一花と二乃が慰めの言葉を贈っている。

 

 頼りになる姉が二人もいるのだ。部外者である家庭教師が触れずとも解決に導いてくれるだろう。

 

 

 

「さて…四葉 おまえの話を聞こうじゃねえか…五月」

 

「毎日お昼休みと放課後に遊んでます、クラス皆で」

 

「鬼ごっこしたい人ーって誘うとね、みんな来てくれます」

 

「おまえと五月のクラスは平和そうで何よりだ」

 

「…でもやっぱりお兄ちゃんと遊びたいです」

 

「ダメだって言ってるだろ、また今度な」

 

「前は遊んでくれたのにぃ…ケーキも作ってくれたのにぃ…」

 

「そうよ、またお菓子作りしなさいよ、ケーキ教えてくれる約束!」

 

「頼むから俺にとっても平和であってくれ…」

 

 

 

 ケーキと聞いて、数ヶ月前に終わったケーキ作りを掘り返されて二乃から抗議が飛んでくる。余計なことを言いやがって。

 

 三玖は人見知りでコミュ症が目立つが、四葉はその逆だ。愛想の良い笑顔と、何事も積極的な性分は友達作りには最適である。

 

 男子と女子で仲良く遊んでいるようで、四葉と五月が三玖たちのクラスに揃っていなかったのが悔やまれる。流石に五人全員が同じクラスは高望みか。

 

 四葉は一花に似て男子に人気があるらしい。元気が良くてお人好しで、距離感も近い女の子となれば…男子は意識してしまうだろう。

 

 しかし幼稚園児を卒園した四葉に遊んでやるのは骨が折れそうな為、服を掴んで引っ張るような強引なお誘いは却下する。それは冴えない男子にしてやれ。

 

 

 

「順番回ってきたぞ、おまえはどうだ…五月」

 

「給食が少ないです」

 

「それはもう聞いた」

 

「五月いっぱい食べるから、みんなびっくりしてます」

 

「…」

 

「…おまえさては…言われたか?」

 

「な、何を?」

 

「太ってるとか、デブとか」

 

「――」

 

「フータロー君、それ言っちゃう?」

 

「五月の食う量を見たら、俺も小学生だったら言ってそうだしな」

 

「フータロー悪い子…」

 

 

 

 図星だったらしく、手に握っていた鉛筆を落として五月はちゃぶ台に突っ伏した。勉強する意欲が激減してしまった。

 

 姉四人と明確に違うのが、五月は基本真面目で授業もちゃんと受けているところだ。テストの成績は五つ子のそれだったが。

 

 嫌われる要素は恐らく少ないだろう五月が、学校生活で懸念しているのは給食らしい。楽しい食事が楽しめなくなっているのだ。

 

 給食だけが悩みなら放っておいても良かったのだが、先の同級生を恐れる態度を考えると悩みは多いようだ。

 

 五つ子の小学校体験コーナーの感想を収拾すると、上手くやれているのが一花と四葉。他三名は爆弾を抱えていると分かった。

 

 三玖だけでなく五月や二乃も母親に知られたくないものなのだろう。緊急で先生に知らせるべきものはなさそうで一安心。

 

 

 

「苦労しているな、五つ子共」

 

 

 

 幼稚園の頃ですら家庭の悩みを抱えていたガキ共が、小学生となって授業を受け、テストで試され。

 

 泣いたり怒ったり、励ましては落ち込んだり、忙しない日々でも五人は一生懸命で。

 

 労いの言葉に五つ子たちは照れた笑いを誤魔化して、最後となるノートの1ページに鉛筆を走らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れて、もう19時前となった頃。

 

 既に小学生相手の家庭教師の時間は終わり、今は保護者の印鑑待ちという…わけではないがで先生の帰りを待っていた。

 

 普段はまだ小さい子供の為に早めに帰宅する教師だが、風太郎が家庭教師として五つ子を見守っている日は仕事に専念できるのだろう。

 

 シングルマザーが帰ってから家事に追われないよう、風太郎はこれまで通り、風呂掃除や洗濯物をたたんだりと家事に勤しんでいた。

 

 

 

「これだと家庭教師兼家政婦だな…」

 

「ふ、フータロー このくらいでいい?」

 

「ああ、後は空気を抜く為にこう…」

 

「ぺちぺちね、らいはお姉ちゃんに一度教わったわ」

 

「頼むからゆっくりやってくれよ

 落としたら五月に食われる」

 

「食べませんよ! まだ焼いてないのに!」

 

 

 

 台所にて、踏み台を用意して二乃がハンバーグ作りに挑戦中である。先程ケーキ作りをごねられたせいである。

 

 中野家には風太郎だけでなく、妹のらいはも五つ子の面倒を看るべく足を運ばせており、冷蔵庫にはらいはによる本日の献立が書かれていた。

 

 台所に立つ者が実の母親と姉代わりの二人がいることで、手を取り合って子供たちに美味しいご飯を作っているのだ。

 

 今はらいはにメールで確認を取って、母親に代わって二乃と共に夕食作りを行っていた。

 

 真剣な表情でひき肉を交互に手の平に叩きつけている二乃を見守り、多少歪ながら二乃の傑作がトレイの上に並んでいった。

 

 ラップを被せ、後は母親が帰宅した後に焼けばいい。一仕事終わったところで、五つ子に招かれて居間に座るとする。

 

 

 

「ねえねえ、フータロー君

 フータロー君が小学生だった時のこと教えて?」

 

「…俺の小学校時代ね…」

 

「よ、四葉も気になりますっ」

 

 

 

 五つ子が寝転がってテレビを眺めていたり、ちゃぶ台に張り付いて学校の宿題をしていたり。

 

 そんな穏やかな光景と、台所から漂う香りと風で揺らぐカーテンを尻目に…昔を振り返る。

 

 小さな家で、子供たちが今を過ごすように…風太郎もまた似たような経験をしている。十年も前に。

 

 …子供から、同じ年頃だった当時を尋ねられた時…果たして思い出のどの部分を語るのだろうか。

 

 良いことがあれば嫌なこともあった。子供に全てを語ることなどできないし、意義もない。

 

 結局は期待に応えられる物を餞別して語るしかない。

 

 

 

「おまえらとそう変わらないな、俺も貧乏だったし」

 

「でも、お母さんと会ったのも小学生の時なんですよね?」

 

「それは小学校6年な

 …まあ、友達は多かったぜ

 放課後は遊んでばっかで、逆に勉強は全然で先公にどやされてたっけな」

 

「え…上杉君って、昔はお勉強できなかったんですか…!?」

 

「ああ、お陰で馬鹿だとか低脳だとか散々言われてきたぜ

 それでも頑張って…悪口は言われなくなった」

 

「…フータロー…凄いね」

 

「うんうん、男ならそのくらいの度胸がなくちゃ」

 

 

 

 五人の視線が一箇所に集り、興味が向いたところで玄関のドアの鍵が開錠される音が聞こえた。

 

 すぐさま反応した五人は立ち上がり玄関へ向かっていく。

 

 身内に対しては随分と過剰な歓迎になるだろう。しかし家族愛がそうさせるのなら何も口出しはしない。

 

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 

 五人の声が重なる。

 

 開いたドアからは、今日を働き終えた女教師の驚いた顔があった。

 

 

 

「…お母さんを驚かせないでください

 ただいま帰りました」

 

 

 

 五つ子の母親であり風太郎の先生。中野零奈は温かな眼差しで愛娘の愛情に応えた。

 

 至っていつもの鉄化面のそれであるが。その視線が居間を見渡して…風太郎に気づいた。

 

 

 

「遅くまでありがとうございます、上杉君」

 

「いえ、お気になさらず…帰っても勉強するだけなので」

 

「貴重な受験勉強の時間だったでしょう?」

 

「…あんたがゆっくり帰れるくらいの余裕はある

 早く上がったらどうですか、先生の家でしょう」

 

「そうでしたね」

 

 

 

 母親の目の前を陣取っている五人に道を開けるよう暗に教えてやると、先生は靴を脱いでようやく帰宅した。

 

 担任の教師が手を洗っているところを見て、風太郎は自分の鞄を手に立ち上がる。

 

 

 

「フータロー もう帰っちゃうの…?

 

「ああ、俺も家でらいはの飯が待っている」

 

「一緒に食べてけばいいじゃん、フータロー君が作ってくれたのに」

 

「俺の分まで用意してないし、普通に帰って食うわ」

 

「上杉さんなら大歓迎ですから!

 ついでに泊まっていくのもどうですか!」

 

「おまえだな四葉、らいはが家に帰ってこなくなる原因は

 らいはがこっちに泊まると、上杉家の食卓のクオリティが下がるんだぞ」

 

「り、リボンひっぱらないでぇ…」

 

 

 

 長居すると家族水入らずに水を差すので、母親の帰宅を見届けたことで身支度を始めた。

 

 まだ帰らないで、という子供たちの手をかわして玄関へ向かう。

 

 調度手を洗い終えた先生と目が合う。五つ子の母親は台所や風呂場を確認して、頭を下げた。

 

 

 

「いつもごめんなさい」

 

「…暇だったので」

 

「…」

 

「それとも余計なお世話でしたか?」

 

「いえ、とんでもありません」

 

「なら手伝いぐらいはさせてください

 それにこの程度で役割は全うできない

 …我侭ならいつでも受けつけるぜ」

 

「…困った先生ですね」

 

「お互い様だ、先生」

 

「…そうでしたね」

 

 

 

 自分の家に上がり込んで、勝手なことを言う教え子に…先生は困ったように笑った。

 

 また明日も教室で顔を合わせるのだ。適当に挨拶を済ませて玄関にて靴を履くことにする。

 

 母親の帰りを待っていた子供たちは協力して夕食の準備に取り組んでいた。

 

 そして、取り分け母親を慕っている五月が傍にくっついていた。

 

 子を愛する母親は娘の微弱な違いにまで気づいているようで、その髪を撫でて日常を共にする。

 

 

 

「今日はご機嫌ですね五月、上杉君に沢山教えてもらえたのですか」

 

「うんっ! あとね、上杉君の小学生――」

 

「こら五月、その話は先生には内緒にしておいてくれ」

 

「は、はい…っ!」

 

「…五月、お母さん気になるの

 後でこっそり教えてくれる?」

 

「へっ!? え、えっと…でも」

 

「五月はお兄ちゃんとの約束を守ってくれるよな?」

 

「えぇええええっ!?」

 

 

 

 面白くない話題を耳にして、玄関のドアを開く前に五月に釘を刺しておく。

 

 だが、なぜか生真面目の塊であるあの母親が娘を困らせている。

 

 やめてほしい、五月に限っては過去にあんたの思い出も語ってしまっている。明日顔を合わせづらくなるからやめてほしい。

 

 言うな言うな、言ったら絶対に許さん。そう五月を睨みつけると、五月は首を過激に振って狼狽していた。

 

 そして何か妙案を閃いたようで、真っ青になっていた顔がパッと明るくなった。

 

 

 

「そうでした、良いことあったの!」

 

「あら、何があったのかしら」

 

「肉まん!」

 

「…肉まん…?」

 

 

 

 嫌な予感がする。散々口止めしたのに子供の頭には残っていなかったらしい。

 

 とっとと退散しようとドアを開けたら…鍵が閉まっていたことを失念して、ガチャガチャ!と派手な音を立ててしまった。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 背後でも分かる、先生のあの目が背中に突き刺さってる。

 

 逃亡は許されず、ドアノブを掴んで固まっていることを確認した先生は愛娘に問う。

 

 

 

「肉まんがどうしたの? 五月」

 

「今日ね、学校終わった後にね、お腹減っててね、上杉君が買ってくれたの!

 コンビニの肉まん、おいしかったの!」

 

「そうですか、良かったわね」

 

「うん!」

 

「…ねえ五月

 上杉君、何か言ってたかしら?」

 

「? えっとね…熱いから気をつけてって

 あ、あと! ご飯前だから買ってあげたのは内緒にって――ぁ

 ………………」

 

「…」

 

 

 

 もう金輪際肉まん奢ってやらねえ…馬鹿真面目なくせにポンコツなところが非常に困る末っ子だ。

 

 背後から睨む先生の視線に耐えかねて、風太郎は180度転進して恩師の誤解を解く。

 

 

 

「あの先生、ほら…給食って日によって量が少ないしよ

 たまには肉まん一つぐらい――」

 

「だからと言って上杉君に甘えてはいけないでしょう

 母親である私が対応するべきものです」

 

「仰るとおりですが…学校が終わってこうして勉強を頑張っているんだ

 肉まん一つで真面目に努めてくれるのなら安いもんだろ、先生」

 

「…」

 

「…」

 

「…仮にも

 父親が娘に甘いと…母親が鬼にならざるをえません…」

 

「…すみませんでした」

 

 

 

 降服するしかなかった。というか予想外の返しで謝る以外の答えが出なかった。

 

 娘を甘やかさないように。お兄ちゃんにだけ甘えないように。

 

 堅物で五月以上に真面目な恩師からの説教を受けるはめに。隣に座る五月はひたすら視線で謝り倒していた。

 

 食事前であったことが救いで軽く怒られた後に中野家を後にする。締まらない終わり方でなんとも後味が悪い。

 

 

 

「上杉君」

 

 

 

 もう外は暗くなり、小さな星が幾つか見える夜空に声が響く。

 

 振り向くと、カツンカツンと階段を降りて…五月が駆け寄ってきた。

 

 

 

「もう奢ってやらねー」

 

「うっ!」

 

「…で、どうした

 まさか謝りに来たのか? お互いに先生にお説教されたんだし、気にするな」

 

「ご、ごめんなさい

 でもそれだけじゃなくてね…えっと…」

 

 

 

 律儀な五月なら先程の約束破りを気に病んで追いかけてきたのかと思った。

 

 夕食を放り出してまで来た理由は別にあるようで。五月はどこか恥じらいを隠して、つま先で地に痕を付ける。

 

 上目遣いで迷っている子供に付き合うこと数秒、五月は拳を握り締めて伝える。

 

 

 

「う、上杉君も同じだったんだねっ」

 

「ん?」

 

「勉強、最初はできなかったって言ってたから」

 

「ああ…」

 

 

 

 小学校当時の話を聞かれ、五月は風太郎の返答に驚いていた。

 

 しかし何を考えているのか。疑問に思って五月を見やると…子供がほんの少し興奮しているように見て取れた。

 

 …先程、この子の母親はこの娘に対して…ご機嫌だと指摘した。

 

 その原因がこれだったのか。その理由を五月は語る。

 

 

 

「私ね、お母さんのようになりたいの」

 

「ああ、前から言ってたな」

 

「う、うん…でも…私、頭悪いから

 なれないのかなって…思ってた」

 

「…」

 

「…でもね、上杉君もそうだったんだね

 私も頑張ったら…お母さんみたいに、上杉君みたいになれるかな?」

 

「…おまえは俺のようになりたいのか?」

 

 

 

 言葉の誤りか。そう尋ねると…五月は自然に、当たり前のように笑っていた。

 

 

 

「上杉君もお母さんに憧れてるんだよね

 一緒に目指してるから…上杉君のようになれたら…お母さんに近づけるはずです!」

 

「…」

 

「私も頑張るからね

 上杉君も…私なんかより大変かもしれないけど、一緒に頑張ろう?」

 

 

 

 …この子と出逢って、仲良くなったきっかけは…同じ目標があったから。

 

 お仲間です、と親近感を持って慕ってくれたことが始まりだった。

 

 今進んでいる道が、過去に、十年前に通った奴がいることを知った五月は…とても嬉しそうで、やる気に満ちていた。

 

 妙なところでスイッチが入る奴だ。その期待がむず痒くも嬉しい。

 

 風太郎は五月の前に歩み寄り、目線を合わせて、その眼差しに応える。

 

 

 

「おまえが食いまくってる間にも、俺は勉強して先に進んでるからな

 お互いに頑張ろうぜ」

 

「…もうっ 意地悪言わないで!」

 

「はは」

 

 

 

 困った奴だ。

 

 そんな目で見られたら答えるしかないだろう。

 

 それに、その目を見ていると胸が満たされていく。

 

 俺もそんな目であの人を見ていたのだろうか。

 

 そう考えが過ぎり、風太郎は恥ずかしさを誤魔化して笑う。

 

 

 

「ありがとな、五月」

 

「…」

 

 

 

 誤魔化して、つい頭を撫でてしまうところだった。

 

 今は子供扱いはできない。風太郎は手をポケットに隠して背を向ける。

 

 

 

「じゃあな、飯はちゃんと食べるんだぞ」

 

「お、おやすみなさい…!」

 

 

 

 薄暗い夜道を手を振る子供に見送られて歩む。

 

 後ろを振り向いて、子供の姿を追ってしまうようなかっこ悪い姿は見せられず。前を向いたまま家に向かった。

 

 一日を終えて真っ暗な空を見上げる風太郎は、昔を振り返る。

 

 

 

「もしかしたら…なれたのか」

 

 

 

 誰かに求められる人間になる。

 

 その答えを小さな子供が教えてくれた。

 

 あんな子供相手に満足してしまうのか。今抱く気持ちに呆れつつ、子供に負けないよう頑張ることを約束したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を語るには、幼い子供に示すには…俺は役者不足だ。

 

 戯言だと、過去…人を見下した己の浅ましさが言葉を慎めと心がざわついている。

 

 

 

「転入生を紹介します」

 

 

 

 翌日のHR。高校3年の教室で、昨日五つ子に囲まれていた女教師が教壇に立っている。

 

 この時期に転校など珍しい。そんな簡単な答えで完結して目を逸らしていた。

 

 教室のドアが開かれ、転入生が入ってきた。

 

 教室内が色めき立つ。男子の声が多く上がっているところ、来たのは女子か。

 

 先生が黒板にチョークで文字を刻んでいく。その音を耳にして教壇を見やる。

 

 

 

「…!!!」

 

 

 

 つい、視線を下に逸らした。転入生と視線を合わせないように。

 

 この人、知ってる。

 

 一瞬だけ見えた。肩にかからないくらいだった髪は長く、当時よりも大人びた印象が見える。

 

 小学校6年。それまでは仲良くしていた。

 

 ある出来事から…疎遠になった子だ。

 

 

 

「では…席は武田君の隣が空いていますから、そちらに」

 

「はい

 ですが、その前によろしいでしょうか」

 

 

 

 視線を下に。その視界に足音が迫り…黒いスカートが見えた。

 

 クラスメイトが動揺している。指定された席ではなく、なぜか俺の席に向かってきたのだから。

 

 こっちを見ているな…気づかれたのか。

 

 

 

「久しぶり、大きくなったね」

 

「…」

 

 

 

 視線を上に。スカートからなぞってその顔を覗く。

 

 間近で見て、その声を聞いて、やはり見間違いではなかった。

 

 

 

「…彼に何か?」

 

「すみません、こんなところで再会できるとは思わなくて

 幼馴染みなんです、彼とは」

 

 

 

 また一つ、教室が騒がしくなる。

 

 見れば、あの先生ですら驚いてこちらを見つめていた。

 

 平穏なまま、着々と目標に向かっていく日常が崩れていく。

 

 

 

「これからの高校生最後の1年

 よろしくね、風太郎」

 

「竹林…」

 

 

 

 誰にも知られたくない過去を、こいつが知っている。一番に。

 

 そんなこと露知らず、竹林は再会を喜んで、あの時と似たお節介焼きな笑みを見せている。

 

 忘れていたかった過去が目の前に現われたことに。

 

 風太郎らしくないね。なんて…道化が子供を欺くなと戒めているようで。

 

 昔と変わらず、やはりこいつが心底苦手だった。

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