五等分の園児   作:まんまる小生

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後の後その2 愛らしい襲撃者

「竹林さーん、お昼一緒にいこー!」

 

「いいよ、ちょっと待ってね、借りてるノート返したいから」

 

「まだ写し切ってないでしょ?

 いいよ、今日はもう数学ないし、明日までで」

 

「いいの? ごめんね、このお礼は…あ、そうだ

 松田さんもお昼一緒しようよ、お返しにアイス奢ってあげるから

 椿ちゃんも葵ちゃんもいいかな?」

 

「松田さんとご飯は久しぶりだねー 私たちはいいよー」

 

 

 

 今日もまた憎たらしい程の快晴。窓の奥に映る空模様をバックに女子生徒4人が姦しく集まっていた。

 

 どうやら隣席の転校生はもう友人ができたらしく、昼休みの予定は埋まりきっているようだった。

 

 つい先日は一緒に飯を食ったりはしたが…こんなもんだろ、幼なじみなんて。

 

 竹林はノートにペンを走らせている。学校が違えば授業の進捗も変わり、難儀していたところで手を貸してくれたようだ。

 

 今は高校3年生の一学期。クラスメイトからはまだゆとりを感じられるが、果たして2学期3学期はどうなるのやら。

 

 今の内に精々遊び倒すんだな。後で絶望しても知らん。

 

 学年一位の俺がちょっとは見てやろうかと思ったりしたが、当てがあるのならわざわざ見てやる義理はない。

 

 意地の悪いことを考えつつ、風太郎は参考書の内容をノートに書き切って筆記用具をしまった。

 

 

 

「中野先生」

 

 

 

 ふと黒板を見やると、ちょうど4限目の授業を担当した中野先生が男子たちから質問攻めにあっていた。

 

 この昼休みの時間を惜しまずに教師に勉学を請うとは熱心な生徒がいるものだ。それが本心なら応援していただろう。

 

 …全員落第しちまえ、と思うのは大人気ないだろうか。不純すぎる魂胆に嫌気が差す。それは俺だけに限った僻みではないらしいがな。

 

 

 

「中野先生、授業の内容とは違うのですが質問よろしいでしょうか?」

 

「勤勉ですね、武田君

 構いませんよ」

 

「中野先生、俺もいいですかっ」

 

「先生、良かったらお昼食べながらでも」

 

 

 

 3年になってからはもはや見慣れた光景。ファンクラブができる程の人気のある女教師に鼻伸ばしすぎだろ。

 

 真面目な武田がいるから勉学の話題で一貫しているが、果たしてあいつが不在の場合どうなっていたか。

 

 …律儀に生徒に付き合ったとしても給料が増える訳でもない。教師に教えを請うのは至極真っ当ではあるが、多すぎだ。

 

 

 

「…金ね

 副業とかしてるのか、あの人」

 

 

 

 中野家のあのボロアパートと、その中での生活を思い浮かべると…どうも落ち着かない。

 

 教師は副業を禁じられていると聞いたことがある。

 

 されど、少ない稼ぎを理由に教師が裏で別の仕事をしているなんてざらにある、とも聞いた。現に小学校の頃にそんな先生がいて問題になった。

 

 必要に迫られて金を求めているのなら、嫌でも手に入れなければならない。子供を育てるのなら形振り構ってはいられないだろう。

 

 

 

「…」

 

 

 

 改めて先生を見やる。

 

 男子生徒に囲まれ、その男の視線は先生の美貌に釘付けで、ぶっちゃけると下心だらけだ。

 

 それは生徒ではなく、成人した男なら露骨な者が多いだろう。

 

 これまでやっかみがなかったわけではないはず。俺の知らないところで男と関わり接しているのだ。

 

 

 

「…」

 

「…?」

 

 

 

 先生と目が合ってしまい、何も用はない俺は視線をノートへ傾ける。

 

 美人で…一度は男と結ばれ…抱かれた女だ。冷静に考えればそのハードルは低いのではないか。

 

 あの人の堅苦しくも揺るがない眼差しや肌が、男の手に触れられて、知りえないものに変わっていたとしたら。

 

 金がなく、大金を貢ぐと言われれば…あの人はその体を――

 

 

 

 ビキッ…!

 

 

 

「…何してんだ」

 

 

 

 鉛筆が折れた。同時に己の不要な拘りに呆れ果てる。

 

 離婚したとはいえ人妻の女に何を想像しているのか。一度は男と結ばれ将来を誓い合ったというのに。

 

 誰にも見られないようそそくさと処理し、風太郎も同じく昼食を摂るべく参考書を片手に立ち上がる。

 

 食事時でも勉強は欠かさず、日々勤しむだけだ。俺は先生の手を煩わせずにやりきってみせる。支えてみせる。

 

 

 

「おお、1組の学級長は上杉だったな、調度良かった」

 

「が、学年主任…

 え、何ですか…何が調度良いって?」

 

 

 

 教室から出ようとしたところで男性教諭に、うちの学年の主任にでくわした。

 

 人を選ぶつもりはないが…雑用を押し付けられるのは気が進まない。

 

 教師陣の中では高齢のほうで、重たい教材を手にする教師は猫の手も借りたいようだ。

 

 

 

「そう嫌そうな顔をするな

 次のおまえ達の授業で使う資料なんだが些か量がな…

 授業前に職員室に来て手伝ってくれないか?」

 

「…了解」

 

 

 

 ですよね。そういう役職ですもんね、学級長。これが責務ですよね。

 

 手伝うと了承したというのに、この教師にはなぜか呆れた顔をされた。何が不満なんだ…!

 

 その視線は俺が手に持つ参考書に向けられている。

 

 

 

「しかし…おまえは昼休みも勉強か

 中野先生が担任でも相変わらずだな、上杉」

 

「何ですか、あの鬼教師が担任だろうと成績を落とすわけがありません」

 

「鬼教師ね…言っておくが上杉、中野先生はなぁ

 …って、言っても無駄か」

 

「?

 とにかく、変わらず学年一位で、全国模試一位です

 このまま在学中、全テスト満点目指します」

 

「恐らくおまえが始めてだろうな、万年満点の記録保持者は

 全国模試の一位が当校の生徒であることも誉れ高いぞ

 職員室でも良いニュースになった」

 

「だったら何が不満なんですか」

 

「…変わってないな、上杉

 不満ではなく、これは教師の癖みたいなもんだ、気にするな

 中野先生を困らせるんじゃないぞ」

 

「…」

 

 

 

 煮え切らないことばかり。どういうことだそれは…って、去っていきやがったあのハゲネズミげふんげふん。

 

 なぜだ、2年生と比べて比較的社交性は豊かになったはず…人の神経を逆撫でするようなこと言いやがって、腹が立つぜ。

 

 内向的には変われたとしても、外面は前のような、他人を見下しているものと変わりないか。

 

 貴重な時間を雑用に奪われて虚しくなってきたところに、背後から声がかかってきた。

 

 

 

「上杉君」

 

「…なんすか、先生」

 

「…」

 

 

 

 振り向けば、教壇の前で教材を抱えている中野先生がこちらを見ていた。まだ男子生徒が囲んだままで。

 

 …今は無性に腹が立っている。八つ当たりするつもりはないが…わざわざ今声をかけてくれた恩師と話をしたい気分ではない。

 

 そんな俺の態度が露骨に出てしまっているようで、先生の表情も徐々に固く…鬼教師に変わりつつある。

 

 教室内が徐々に静まってきた。

 

 

 

「…あれ、学級長…キレてね?」

 

「どうやら彼、社会科の先生に手伝いを頼まれてしまったようだね」

 

「先生、上杉は勉強の邪魔すると不機嫌になるんですよ…っ」

 

「うわぁ…中野先生を睨み返してる…

 不良生徒でも怖がるくらいなのに、意外と度胸あるなぁ…」

 

「不良生徒…まぁ、あながち間違ってないのかな…風太郎の場合」

 

 

 

 外野が喧しい。単に返事をしただけで揶揄しやがって。武田と竹林までなぜか渋い顔をしている。

 

 先生は教壇から離れて歩み寄ってくる。表情を崩さず、能面を被っているかのような目で。

 

 

 

「すみません、上杉君には5限目の前に手伝いを頼みたかったのですが…

 先約ができてしまいましたか」

 

「は? あ…いえ」

 

 

 

 何か面白くない事を突かれるのかと思っていれば、珍しく仕事を振られた。

 

 雑用の押し付けでしかないというのに、さっきまでの鬱憤が蒸発していくようで。

 

 さっきまで不機嫌を拗らせていた自分が恥ずかしく、素直に返す他なかった。

 

 

 

「…」

 

「…資料を運ぶだけっすから

 いいですよ、先生の方行きます」

 

「…ありがとうございます

 ですが無理はなさらないでください、お昼ご飯もまだでしょう」

 

「…先生こそ、昼はまだだろ?」 

 

「私も後で頂きます」

 

 

 

 …返事が早い。予期していた質問に事前に回答を用意していたかのような、きっぱりとした物言いだった。

 

 邪推にも程があるが…まさか、職員室でも同じように言われているのか。同僚の教師に、ちゃんと飯食ってるのかって。

 

 態度を一変して申し訳ないが、咎めるようにその目を睨むと…先生は根負けして視線を逸らした。

 

 …やっぱり、この人。

 

 少し釘を刺しておこうと言葉を選んでいると、女生徒が俺と先生の間に割って入ってきた。

 

 

 

「あの…つかぬことをお聞きしたいのですが」

 

「何でしょう、竹林さん」

 

「学級長って基本、男女の2人でやるものじゃ…

 風太郎一人だけなんですか?」

 

「それは…はい」

 

「…え?

 えっと、何でですか?」

 

「立候補がいなかったからだ

 俺一人でも問題ないし、こんな仕事に二人もいらねーよ」

 

「そう? 二人いれば今回だって分担して楽にできたのに

 …そもそも、風太郎が学級長なのが不思議」

 

 

 

 さっきまで友達と並んで静観していた竹林が、妙な疑問をぶつけてきた。

 

 先生は顔色を変え、どこか気まずい空気が流れる。それはクラス全体からも微かに。

 

 俺が相方だと気乗りしないというのが女子の本音だろう。これが仮に武田なら何人かの女子は手を挙げていただろうさ。

 

 男子の立候補を募った時だって、武田がやるだろうから他の男子は挙手しなかったんだ。

 

 でなければ、人気の女教師に近づける口実を得られることに男子生徒は喜んで手を挙げていただろう。 

 

 俺が立候補したのはイレギュラーであって…それは中野先生にとっても同じく。この人もその時は意外そうに驚いていたからな。

 

 回想は程ほどに。竹林は一歩前へ足を踏み出す。先生へ向けて真っ直ぐな眼差しで。

 

 

 

「中野先生、私が風太郎の代わりに手伝っていいですか?

 職員室に行けばいいんですよね」

 

「あ? おまえ何勝手に」

 

「ついでに学級長にも立候補します

 誰もいないなら決定でいいですよね?」

 

「おい、まだ校内も授業の内容も把握してない奴ができるわけ――」

 

「それは皆や風太郎に教えてもらえば解決するでしょ

 私たち、後1年で卒業だよ

 思い出を作れる時間はもう限られてる」

 

「思い出とか求めてないし」

 

「風太郎にだけ、嫌なこと押し付けていいわけがないよ

 助け合おう? 風太郎」

 

「―」

 

 

 

 竹林の誘いに俺は返す言葉がなかった。

 

 先生もまた竹林の言葉に驚き、静かに瞼を閉じた。

 

 その反応に、恩師の態度に風太郎は小さな憤りを感じてしまった。

 

 憐れみや同情などごめんだ。

 

 誰かに求められたいと願ってはいても、己の弱さを餌に目を惹くつもりなんて一切ない。

 

 拙い見栄だと自覚しても、言わずにいられなかった。

 

 

 

「誰かに助けを求めたくて、一人になってるんじゃない」

 

「…」

 

「…手伝うのなら止めはしねー 正直助かる」

 

「…上杉君が構わないのでしたら

 では、任せてよろしいですか、竹林さん

 上杉君と一緒に学級長を務めていただいても」

 

「はい

 あ、ついでにこれも持っていくの手伝いますよ、食堂行くついでに」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 二人は廊下へ向かって行った。気の重たい教室を置き去りにして。

 

 勝手にしろ。竹林が手伝ってくれるのなら歓迎するべきだろう。俺も踵を返し別方向から食堂へ向かう。

 

 何も断る必要はない。なのに、どうも釈然としない。

 

 理由は分かっている。

 

 あの一言。最後の竹林の言葉に、馬鹿馬鹿しいと付き返せなかった心の弱さに恥じる前に。

 

 嬉しかったと感じてしまったことに、過去の後悔が胸の内をかき回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の目が薄れてきたところで、並んで廊下を歩く竹林は乾いた唇を開く。

 

 

 

「あの、中野先生」

 

「何でしょうか」

 

「風太郎は…あんな性格ですけど

 良い奴なんです、あれでも」

 

「はい」

 

「少しだけでもいいので、気にかけてあげてくれませんか

 …二人でやるはずの仕事を一人でやらせるなんて…あんまりです」

 

「…」

 

「風太郎は苦学生で、家とかバイトでも苦労してて

 勉強だって最初から好きでやってたわけじゃないんです

 今のままじゃダメだ、頑張らないと…って気づいたから始めたんです」

 

「…

 すみません」

 

「い、いえ、先生が悪いと言っているわけではなくて…!」

 

「いいえ…竹林さん

 …知ってます…」

 

「…先生って…

 先生がもしかして…」

 

「…」

 

「…いえ、何でもありません」

 

 

 

 お節介が過ぎる。

 

 そう自覚した竹林は静かに口を閉じた。

 

 幼なじみは一人っきりじゃなかった。それだけでもう、何も言う必要はなさそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ風太郎」

 

「何だ、俺は放課後クレープ屋で戯れるようなおまえと違って多忙な身の上なんだ」

 

「あー 女の子の雑談盗み聞きしてたな、風太郎

 まあいいや、それよりもさ

 ご存知の通り、放課後クラスの子に町を案内してもらうんだけど」

 

「案内って…おまえ小学校と土地変わってないだろ」

 

「風太郎も一緒に行かない?」

 

「…何で俺を女子の輪に加えようとする」

 

「じゃあ女子抜きならどう?

 同じ学級長として私と親睦を深めたいのか、ここで亀裂を走らせるか選ぶといいよ

 ちなみに断ったら中野先生に報告しておくよ」

 

「その先生に言いつけてやる小学生ムーブやめろ…

 今後の学級長活動が不安になってきたぜ」

 

 

 

 他人の視線なんて眼中にない風太郎は、その後の授業も難なく済ませ、無事に放課後を迎えた。

 

 学級長の日課を済ませ、鞄に教材を詰めて帰ろうとすると竹林がさっそく声をかけてきたのだ。

 

 明日から一緒に仕事をこなしていく仲になる。つれない態度は今後の仕事に支障が出るから考え物だった。

 

 だが文句なく頷けるものじゃない。この幼なじみ、小学校の頃から変わらず馴れ馴れしく世話を焼こうとしてくる。

 

 

 

「ね、放課後、空いてる?

 空いてるなら久しぶりに一緒に遊ぼうよ?

 バイトないでしょ、武田君言ってたよ」

 

「遊ぼうって…ん? 誰から聞いたって?

 いや、バイトはないが別のバイトが」

 

「バイトかけ持ち?」

 

「…みたいなもんだ

 ともかく、すまないがその誘いには乗れん、また今度で頼む」

 

「ちぇ、いけず

 せっかく私の友達を紹介してあげようと思ったのになー」

 

「友達の友達は友達じゃないからな

 …そういった類の話なら間に合っている」

 

「ほえ"っ?」

 

「お先」

 

 

 

 高校3年生の受験時に女を紹介するなど馬鹿げている。本気ではないだろうが、竹林の誘いは断固拒否しておく。

 

 俺の捨て台詞に竹林は素っ頓狂な声を上げて驚いていた。口うるさくなる前に幼なじみを放って教室から退散する。

 

 待て…そういえば、あいつ。

 

 日誌を職員室に届ける前に、一つ思い返す。すぐさま教室へ戻り、うんうん唸っている竹林の背中に声をかける。

 

 

 

「あの風太郎が…ってことは…や、やっぱ中野先生が京都――」

 

「なあ竹林」

 

「うわぁ!? お、お先なんじゃなかったっけ!?」

 

「ちょっと耳貸せ」

 

「え?

 …うわー もう…ほんと気が遣えないというか…

 なに?」

 

 

 

 女子に対してデリカシーがないと呆れ果てる竹林はすんなりと耳をこちらに向けてきた。

 

 特別誰かに聞かれたくない話ではないが、知られれば妙な噂が流布されかねない。

 

 

 

「おまえ職員室まで行ったんだろ?

 あの人、ちゃんと飯食べてたか?」

 

「あの人? 中野先生?」

 

「ああ」

 

「…何でそんなこと」

 

「いいから教えてくれ」

 

「えっと…私は見てないよ?

 食堂にも行ってないんじゃないかな…」

 

「…そうか

 わかった、サンキュー」

 

 

 

 竹林の回答は疑問を否定することも解消することもなかった。

 

 だが、風太郎の中ではもう疑問は肯定に。

 

 どうしようもない人だと諦める男の顔は、困惑しつつも…

 

 そんな表情を見た竹林は黙って見つめていた。

 

 用が済んだ風太郎は今度こそ教室を出ていった。

 

 

 

「間に合ってって…そういうこと…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日誌を中野先生の机に納め、とっとと帰って五つ子の家庭教師をしなければと下駄箱へ向かう途中。

 

 その下駄箱の前でどこぞの誰かをガン待ちしていた男子生徒を発見し、滅茶苦茶嫌な予感がする風太郎だった。今日は上履きで帰るか。

 

 

 

「ここにいやがった、おい待てコラ」

 

「あ?

 って、前田か」

 

「ちょっと面貸せ」

 

「…決闘罪って知ってるか?」

 

「そうじゃねーよっ 至って平和そのものだコラ」

 

 

 

 面倒なことに絡まれると思いきや、待ち伏せていたのは前田だった。

 

 …いや、何で。顔見知りではあるが一緒に帰る仲ではない。意外な出来事に面食らってしまった。

 

 何か話があるようで、用事があることを伝えた上で仕方なく付き合ってやることにした。

 

 前田に口うるさく誘導された先は屋上だった。やっぱ喧嘩じゃね、これ。

 

 

 

「あー おまえはほら…

 2年の林間学校で薄々は察しているだろうけどよ」

 

「はぁ…?」

 

「ほら、あれだ、おまえは竹林さんと知り合いだろ?

 修学旅行同じ班になったりしないか?」

 

「修学旅行…?

 ああ、自由行動の班か」

 

 

 

 何やらそわそわと、落ち着きを失っている前田は質問してきた。

 

 誰もいない屋上で何を言うのかと思えば、もう近々迫ってきている高校3年の修学旅行の話題だった。

 

 行き先は京都。二泊三日の行事の中には生徒だけで観光を楽しむ自由時間がある。

 

 一緒に歩き回る班活動に俺と竹林が一緒に組むんじゃないかって話か。

 

 

 

「さあな、その可能性は低いだろうな

 あいつ、お友達絶賛量産中だし、男子からも声かけられてるだろ

 松田と…椿ちゃん葵ちゃんだっけ? あの4人で行くんじゃね」

 

「マジかよ…いや、おまえそれでいいのかよッ

 女子と一緒に回る絶好の相手だろ

 女の子だって男子と回るのもやぶさかじゃねーっつうか

 高校3年最後のビックイベントだし、な?」

 

「な? と言われてもな

 ひとまず用件を言えよ、時間ねーんだ」

 

「ぐ…」

 

 

 

 まどろっこしい。前田の要領を得ない問いかけに面倒臭さが高まってきた。

 

 見ず知らずの相手なら

 

 

 

「竹林? はは、幼なじみだからって何でもかんでもそっちに繋げるなよ

 ないない ないわー

 それだけか? んじゃ帰るわ」

 

 

 

 それだけで済むってのに…

 

 以前俺が困っていたところに声を上げてくれた借りがあるから、こいつに付き合うしかなかった。

 

 男らしく率直に言えと突っ込まれた前田はひよったが、渋々と本題を口にするようだ。

 

 

 

「あー その…あれだ、松田」

 

「…」

 

「…松田が竹林さんと一緒の班って聞いてな

 次に組む可能性としたら…おまえが高そうだしよ」

 

「…あー そういう」

 

「…」

 

「竹林とは別に付いてくる奴が本命ってことか」

 

「おまけ扱いすんなコラ

 ど、どうなんだ、やっぱり一緒に回るんだろ?

 竹林さん、同じ学級長になったとか聞いたしよ、仲いいじゃねーか」

 

「…京都を竹林とか…」

 

 

 

 前田の目的がようやく分かった。竹林とは別に誘いたい女子がいるらしい。

 

 その相手が松田と聞いて、2年の林間学校の肝試しで前田と松田に発破をかけたのを思い出す。つり橋効果って奴だ。

 

 その縁から…いや、前田とはそれ以前から中野先生絡みで一悶着あったが。こいつとはそんな経緯から知り合った。

 

 今回も手を貸せってことか…物好きな奴。

 

 来る修学旅行の前に、生徒同士で自由行動の班を決めるよう話が振られている。それに加担しろってか。

 

 

 

「つってもな、俺は今年は学級長だし

 林間学校ほどおまえに手を貸してやれないぞ」

 

「おまえの班に俺を入れてくれるだけでいい!

 後はおまえが竹林さんと一緒の班になるかの可能性にかける!」

 

「祈ってるくらいならおまえが誘えよ、松田を

 今は二人しかいないなら簡単に入れるだろ」

 

「それは…

 それができたら苦労しねえっつうか」

 

「恥ずかしがってる間に枠埋まっちまうぞ

 他の男によって」

 

「は、はぁ!?

 く…ぐ…くぅううっ

 あーっ! 言えるかよ! 一緒に行こうなんてよ!」

 

「…そこまで恋愛したいのか、マジで理解できねーわ」

 

 

 

 羞恥心に悶え、競争に負ける恐れに理性を乱されている前田には同情する。

 

 やんわりと事を成すには俺の助力が一番だと考えたのだろう。確かに竹林を誘っちまえばおまえは楽に目的を果たせる。

 

 俺も自由行動の班決めが終わっていない。余ったグループに紛れようと考えていたのだが、前田とならだいぶ気楽だ。

 

 しかし期待に答えられるかは別。俺が竹林と組んだことに成功したところで、もしかしたら松田が辞退する可能性が…十分ありえる。

 

 そう考えると竹林の友人関係を崩すことになりかねない。それは避けたい。

 

 

 

「そのような誘いは認められないよ」

 

 

 

 どうしたものか頭を悩ませていると、突如屋上と階段に通じるドアがバンッ!と開かれた。

 

 けたましい音にびびる俺と前田が振り向くと、これまた見覚えのあるクラスメイトが爽やか振りまいて近づいてきた。

 

 

 

「武田か、何の用だ」

 

「急に何だよコラ」

 

「何の、だって? 決まっている!!

 前田君、悪いけど恋愛如きに彼を振り回すのはやめてもらおうか!!」

 

「あ? いきなり現れて何だコラ」

 

「迷惑だと言っているんだよ

 その問題は君自身が一人で解決するべきものだ

 まして学力において学年一位、全国一位の彼を巻き込むなんてナンセンス」

 

 

 

 こいつ、聞いてたのか。どうやらドア越しに俺と前田の会話を盗み聞きしていたようだ。何のために…

 

 俺の本音を武田がぶっちゃけてくれたのだが、そう言って断りづらいのも本音であり。武田の苦言には素直に乗れなかった。

 

 俺が黙っていることに前田と武田には沈黙が流れ、二人は向き合ってガンを飛ばしていた。前田が一方的に。俺もそれやられた。

 

 優等生が不良にやっかみに絡まれている構図にしか見えん。マジで何しに来たんだ、武田の奴。

 

 

 

「勉強勉強って…おまえも上杉も頭硬すぎだろ

 成績以外にも大切なもんがあるだろうが」

 

「大切なもの? では逆に聞こうか」

 

「は? 例えば…

 彼女作るとか」

 

「俗物が考える定番だね、日々満たされていない証拠だ

 何者からも期待されない、自由気ままな人間にしかできないお気楽な趣味だ!」

 

「趣味? んだとコラ

 一銭も稼いだことなさそうなボンボンがよ

 おまえが理事長の息子だってのは知ってるんだぜ」

 

「君がしがないたこ焼き屋のアルバイトをしていることは知っているさ

 だが…それが何だと言うんだ、僕はその分将来稼いでみせるさ

 料理一つ覚えたぐらいで

 これまで勉学に真摯に向き合ってきた僕や彼を同列に扱わないでほしいね」

 

「学生がインテリ気取ってんじゃねーぞコラ」

 

 

 

 拗れてるな、こいつ。

 

 と思ったが、昔の俺も似たような思考をしていたものだから非常に耳が痛い。

 

 クラスの人気者の化けの皮が剥がれたぞ。俺も前田も疲れた顔をして武田の言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「第一、学生が学力を極めることをどうして咎めようとするのかね

 僕も彼も、共に頂を競う良きライバルなんだ

 彼に障害が生まれては僕自身困るんだよ」

 

「…どうなんだよ、上杉」

 

「いや、何勝手に盛り上げてくれてんだ

 クラスメイトだからって馴れ馴れしい、優等生気取るのは構わないが迷惑だ

 そもそもおまえは一体何なんだ、3年になってから急に絡んできやがって」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…

 …

 …ん?」

 

 

 

 いや…何、その間。

 

 俺の直球の悪口に怯んだのかと思ったりしたが、そういうわけではなさそうだ。

 

 武田は露骨に汗をかいて震えていた。

 

 何かを否定され、何かとんでもない勘違いをしていることに危機感を覚えたようだ。

 

 

 

「何なんだ…って…

 先も説明した通り僕達はライバル――」

 

「おい上杉

 こいつ、おまえと並ぶ学年2位だぞ」

 

「2位? 2位が何だってんだ」

 

「い、いや、おまえが1年からずーっと1位独占してるから2位なんだろうが」

 

「…同じ満点なら同率1位になるだろ」

 

「知るかよ、全部満点取ってるおまえみたいな化け物が二人もいてたまるか

 つーか武田のこと知らなかったのかよ」

 

「同じ100点取りと競い合いたいとしか思っていなかったから

 2位以下は気にしたことなかったわ」

 

「2位以下…ッ!!!」

 

 

 

 武田は崩れ落ちた。

 

 

 

「俺からしたら1位から下全員どうだっていい」

 

「いや流石に酷すぎんだろ」

 

「下から数えたほうが早い187位の前田君と…同列ッ…!!」

 

「なに人の順位暴露してんだコラ」

 

「案外高いな」

 

「どういう意味だ、おい」

 

「なぜ彼が褒められて2位の僕が…!!!」

 

「こいつら面倒臭すぎんだろコラ」

 

 

 

 案外打たれ強いらしく、武田は衝撃の真実に打ちひしがれながらもギリギリ耐えていた。

 

 横槍が入って話は逸れたが、武田が指摘した内容は筋が通っていた。

 

 気乗りしない云々よりも…本人で解決するべきだ。前田の誘いは断り、こいつから松田を誘うほうが良い。

 

 

 

「まあ武田に肩入れするつもりはないが、修学旅行の件は諦め――

 ――あ?」

 

 

 

 屋上の出入り口で武田が四つんばいになっているものだから、何の気なしに足は屋上のフェンスに向かっていた。

 

 手早く帰りたいのにこれ以上面倒事に絡まれたくはない。帰宅願望から校門付近を見下ろしていた。

 

 それが幸運だったか。偶然の発見だった。

 

 校門の周りの茂みに小さな影が。真上だからこそ、その小さな生き物を捉えることができた。

 

 こそこそと草木の茂みに隠れている。五人の子供が。

 

 

 

「…は?」

 

「何だよ急に――ぐわぁ!?」

 

「下に何かあるのかい…

 それよりもさっきの話だが、僕と君が1位の座を競い合う好敵手であることに変わりなく――んがー!?」

 

 

 

 何やってんだあいつら…! ここ高校だぞ。

 

 小学生がいていい場所じゃない。嫌な警報が頭の中でガンガン鳴り響いている。

 

 俺の真横まで来て同じく下を見下ろす二人の頭を慌てて掴み90度回転させる。悲鳴を上げていたが見られるわけにはいかん。

 

 目を押さえる二人を放って、階段へ向かって走った。

 

 

 

「おい上杉! まだ話が!」

 

「上杉君! 僕の話もまだ終わっていない!」

 

「明日聞く!」

 

 

 

 階段に男子生徒の声が反響する。今はあの二人に構っていられる時間が惜しかった。

 

 我が身の体力の少なさを呪いながら、下駄箱にて靴を履き替え、急いで目撃地点へ向かう。

 

 陸上部がグラウンドを走り、生徒が帰宅する人だかりが遠のく場所。校舎の影に隠れた茂みがある。

 

 所在が分かっていればようやく気づける。その茂みの前まで急ぎ走った。

 

 まったく、本当に困った子たちだ。

 

 

 

「何しに来た、おまえたち」

 

「ぎくり」

 

 

 

 緑色に生い茂る草木が揺れた。

 

 そして聞き覚えのある声。しかし居留守を決め込むようで、俺の仁王立ちに諦観を決め込んでいた。

 

 面倒臭いことの連続だ。人の目がないことを確認して、とっとと追い出すことにする。

 

 

 

「そこ、毛虫がうじゃうじゃいるぞ」

 

「ひゃああああああっ!!」

 

 

 

 子供たちを誘導することなんて簡単だった。風太郎の一言で観念して出てきたようだ。

 

 出てきたのは二乃と五月。虫にびびって飛びついてきた。

 

 ついてない? ついてない? と何度も確認してくる2人に釣られて残りの3人も出てきた。

 

 

 

「会いたかったよフータロー君!」

 

「フータロー! 学校で会えた!」

 

「上杉さん! こんにちは!」

 

 

 

 母親の勤め先に現れたの五人の娘たち。五つ子が揃って駆けつけてきた。

 

 もはや子供の遊びで済まされない事態。学校の関係者に知られたら大事になりそうだ。

 

 とりあえず一列に並べ。風太郎の言いつけに五人は驚きつつも素直に従った。

 

 このように並んでいる五人は、腕を広げて抱きしめてもらうことが多かった。俺も然り、当然母親からも。

 

 期待の視線を向ける五つ子に、当然風太郎も両腕を広げた。

 

 

 

「う、上杉さん?」

 

「今日は家庭教師の日だってこと、忘れてないだろうな」

 

「家庭教師――あ

 あいたーっ!」

 

「痛い痛いっ! 三玖ヘッドホン外しなさいよ!」

 

「フータロー…ごめんなさいぃ」

 

「五月の星が、星が当たって…!」

 

「やっぱバレちゃったじゃないですか、一花ぁ!」

 

 

 

 あのまま中野家へ家庭教師しに行ってたら、生徒不在で立ち往生していたぞ。

 

 五人の頭を両サイドから横並びにロックする。五つの頭が横一列に仲良さそうに密着している。

 

 一花と五月の頭を掴んで五人の頭をグリグリと拷問する。揃って苦悶と反省の顔をしていた。

 

 

 

「小学生が高等学校様に何しにきた、このクソガキ共が」

 

「あいたたたたっ!

 お、お母さんに会いに来たのー!」

 

「先生に…?」

 

 

 

 面会の予定があったのか。一花の返事に拷問を取り止める。

 

 五人は解放されたことにそれぞれ文句を言うなり、謝り倒したり様々な態度を見せる。

 

 蹴られたり、くっつかれたり、子供たちの相手をしながら一花を問い質す。

 

 

 

「まさか先生知ってるのか、おまえらが来ることを

 いや、その割にはこそこそと隠れてたよな」

 

「はぁ、はぁ

 ふぅ…うん

 と言っても会うというよりも隠れて観察なんだけどね――」

 

「考えたのは一花ですよ、お兄ちゃんっ」

 

「わかった」

 

「ちょ、五月ちゃ――ひふぁいひふぁい!!

 なんれわたひらけー!?」

 

「今度不法侵入について丸暗記させてやる」

 

 

 

 拷問はもう懲り懲りな五月はいとも簡単にバッサリと長女を投売りした。人徳が暴落した一花は容赦なく頬を抓っておく。

 

 お叱りはこのへんで。泣き出される前にこの五人を穏便に帰すことに思考を巡らせる。

 

 俺が怒っていることに内心脅えているのか。こっちを見て、話を聞いて、と五月はズボンを掴んできた。

 

 

 

「上杉君、あのね

 お母さんが困ってないか調べにきたんです」

 

「おまえらガキができることはここにない、帰れ」

 

「ひどっ!?」

 

「まったく…部外者のおまえたちが入り込んでるとバレたら保護者の先生が何と言われるか…

 心配なのは分かるが、悪さをすれば先生に迷惑がかかる」

 

 

 

 バレなきゃいい、では済まされない。自分たちだけでなく母親が叱られると知って五つ子は困った顔をした。

 

 五月と四葉はもはや泣きそうな顔をしている。どうしよう、とこちらの衣服を掴んで助けを求めてきた。

 

 母親を思う気持ちは一人前だが、やはり幼稚な子供だ。五人もいるから行動力が高くて性質が悪い。

 

 今は大人を困らせる五つ子だが、同時に…こいつらが成長した時には、何かしらの幸運を先生に授けてくれるかもしれない。

 

 だからこそ、今はその気持ちが潰えないことに徹する。

 

 …どう言い繕たって俺が甘いだけか、こいつらに。

 

 

 

「五人もいると一人なら諦めそうなこともしでかす、か

 困った五つ子だな」

 

「…」

 

「おまえたちの心配はわかった

 先生のことは俺に任せろ

 知らなかったか?

 先生が疲れたり怪我しないように、俺は学級長をしている」

 

「学級長?」

 

「先生の助手みたいなもんだ」

 

「助手…! なんか探偵っぽいわね」

 

「お母さんって先生じゃなくて探偵?」

 

「というわけで、ここにいると危険だ

 誰にも見つからずにここを出るぞ、いいな」

 

「は、はーい」

 

 

 

 子供たちの悩みの解決を引き受け、今は何事もなく静かに子供たちを家に帰そう。

 

 風太郎が焦っていることに五つ子も察したようで、声を潜めて返事を返した。

 

 それでも一部楽しんでいる輩はいる。冒険好きな四葉と、悪戯好きな一花だ。

 

 二乃と三玖は不安げにお互いくっついている。五月はもう半べそかいて俺にしがみついてきてる。本当に五つ子なのだろうか。

 

 茂みに隠れながら校門へ向かおうとしたところで、足音を耳にして揃って硬直する。

 

 

 

「何やってんだ上杉、探したぞ」

 

「まだ話は終わっていない!

 …って、え

 その子供たちは…中野先生の…」

 

「おまえらか…」

 

 

 

 教師かと思えば、さっき別れた前田と武田だった。

 

 年上の男に五つ子たちは怖がってはいるが、こいつらなら最悪協力を仰げそうだ。

 

 だが、さらに足音がもう一つ。

 

 

 

「あ、いたいた

 風太郎、中野先生が修学旅行でお話があるって、明日でもいいけど」

 

「げ…」

 

「げ…って失礼な」

 

「どうしてここにいるとわかった」

 

「? そこの廊下の窓から見て――

 あれ、その子たちって」

 

 

 

 続いて現れたのは幼なじみ兼新米学級長。帰宅途中の竹林が声をかけてきた。

 

 一気に3人に五つ子の不法侵入が露呈されてしまった。

 

 

 

「ねえフータロー君、見つかっちゃったけど」

 

「まだギリギリセーフと言ったところだ」

 

「いいの?」

 

「セーフだからな、まだ話せば揉み消せる」

 

「そうじゃなくて

 後ろから大人の人が走ってきてるよ」

 

 

 

 大人? 前田と武田を警戒して俺の背に隠れる五つ子が、揃って指を指す。

 

 その方向へ、俺だけでなく前田と武田、竹林も首を曲げて見やる。

 

 昇降口から教師数名が小走りでこちらへ向かってきていた。

 

 …ば、バレてる…そういえば、竹林が廊下からここ丸見えとか言ってたか。

 

 

 

「ありゃあ教育指導の…

 あ? まさか入ってきちゃダメな奴だったか?」

 

「に、逃げるぞおまえら

 幸いまだ顔バレはしてねえだろ、走れ!」

 

「な、何事なんだい、この状況は」

 

「なんかよく分からないけど捕まったら尋問されそうな雰囲気だね」

 

 

 

 五つ子の背を叩いて逆方向へ、校舎裏のほうへ走らせる。

 

 子供たちが逃げ出したことに教師たちは慌てて走ってきた。

 

 俺が罰を受けるだけで済むなら潔く自首するが…こいつらだけはどうにか。

 

 高校生と並んで早く走れる程、まだまだ小学生の女の子は成熟していない。しかし今は頑張って走ってもらわなければ。

 

 

 

「鬼ごっこだー!!」

 

「は、はぁ…はぁっ

 ま、待ちなさいよ四葉! 私たちそんな早く走れな…」

 

「二乃頑張れ! お姉ちゃん押してあげるから!」

 

「ふ、ふーたろぉ…っ!

 ひぅ…ぐすっ…ごめんなさい、私、足遅くて」

 

「う、上杉くーん! た、助けて…!」

 

「三玖、五月

 くっ…じっとしてろよ…!」

 

 

 

 四葉は何が楽しいのやら、持ち前の足の速さを全開にして先頭を走っていた。あいつの野生の勘を頼りに隠れるしかない。

 

 しかし他の四人は至って平凡なステータス。全力疾走にスタミナを浪費し、三玖と五月はすぐにバテてしまった。

 

 置いていくわけにはいかず、二人を両脇に抱えて走る。泣きかけている二人は必死に服を掴んできた。

 

 三女と末っ子は回収したが、次女と長女ももうじき足が止まってしまいそうだった。

 

 

 

「一花、二乃、お姉ちゃんなんだから頑張って走れ!」

 

「む、無理言わないで…よ…!」

 

「ふぇえ…二乃諦めないで」

 

「い、一花!? あんた諦めちゃ…!」

 

「…」

 

 

 

 二人は泣き言も限界だった。逃げ切れないか。

 

 そう諦めようとしたところで、背後から誰かが走ってきた。

 

 

 

「ま、前田…?」

 

「なんだか知らねーけどよ」

 

 

 

 走った俺たちに付いて来ていたのか。振り返れば前田だけでなく、武田と竹林もいた。

 

 前田は一花を抱え、そのまま四葉を追って走って行く。子供をお姫様抱っこして。

 

 

 

「じっとしてろよ」

 

「わわっ! あ、でも二乃がっ!」

 

「じゃ、じゃあこのリボンの子は私が運んであげる!」

 

「きゃっ!

 た、助かった…?」

 

「じゃ、じゃあ僕がもう一人を…」

 

「四葉なら大丈夫だ」

 

「は、早いねあの子は…」

 

「…すまん」

 

 

 

 どうやら3人は手助けしてくれるらしい。物好きの変人だと思っていたがここまでとは。

 

 一花を前田が、二乃は竹林が抱えて走る。武田も気を利かせてくれたがもう一人の四葉は俺たちの手を借りずに走り切りそうだ。

 

 3人のお節介に感謝しつつ目一杯走ると…無事に教師たちを撒くことに成功した。

 

 木々が密集した場所で身を隠し、俺たち学生組は地に突っ伏した。

 

 突然の助っ人に子供達は感謝しつつ、見張りをしてくれた。 

 

 

 

「え、えっと…先生は追ってきてないみたいです、上杉君」

 

「もう走らなくていいの?」

 

「あ、ああ…ひとまず…」

 

「四葉、フータローたちがもう倒れそうだから休憩…」

 

「ありがとね、お兄さん」

 

「お、おう…でも流石に疲れたぞコラ…上杉ィ…」

 

「腕がパンパンだよもう…」

 

「お、お姉さんもありがとね…?」

 

「はぁっ…説明してもらいたいね、上杉君」

 

 

 

 息が整う間、切れ切れながら子供たちの紹介を済ませた。

 

 五人が中野先生の娘だと知って前田と竹林は驚いていた。世にも珍しい五つ子だからな。

 

 

 

「そっくりだと思ってたけど、五つ子か…ど、通りで

 …風太郎が一番可愛がってる子は誰かな?」

 

「…む~」

 

「ど、どうしたの?」

 

「…フータローと近いの、ダメ」

 

「あ、あれ?」

 

「フータローの一番は私なの」

 

「そ、そっかぁ」

 

「フータローと結婚するの」

 

「…えっと、好かれすぎてない?

 小学生だよね?」

 

「三玖、遊んでる場合じゃないから大人しくしてろ」

 

「フータロー守ってるのに…」

 

 

 

 妙に竹林に警戒心を高まらせる三玖を掴んで引っ込ませる。それでも俺の背後から竹林を監視していた。何やってんだこいつは。

 

 顔がそっくりな五人にドッペルゲンガーかと目を見張るものだが、なぜか武田は驚きもせず事の経緯の説明を求めていた。

 

 確か父親が校長だったか。父親から中野先生について窺っているのかもしれない。

 

 五つ子が母親を気にかけて職場見学に来たことを教えると、3人は驚いたり呆れたり。だが納得はしてくれたようだ。

 

 

 

「お母さん、ここでお仕事してるんですね

 こんな怖いところで…お母さんっ」

 

「おまえらが不法侵入しなければ至って健全な場所だぞ」

 

「でもお母さん、お仕事遅い時もあって

 いつも頑張ってるのに…なのにお金が足りなくて

 お母さん遊んだり、お腹いっぱい食べれてないのに」

 

「五月」

 

「…何でなの…?

 ねえ、お兄ちゃん…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…先生じゃないお仕事のほうが、良いよ…」

 

 

 

 五月の懐疑的な希望に、あの人の教え子である俺たちは返す言葉が見つからなかった。

 

 生徒から慕われ、同じ教師からも頼られている母親は…割の合わない仕事をしている。

 

 俺たち生徒は、教師が職務に尽くしていることに恩恵を得られるが…

 

 逆にその家族は、特に子供は授かるはずの親の愛情を受けられなくなる。

 

 教師とて、一人の人間だ。それを忘れてはいけない。

 

 

 

「…なあ上杉

 この柵、低いから子供たち抱えて越えられないか?」

 

「あ…ああ、余裕だな、ここから逃げられるか

 俺が向こう側に行くから、前田は子供たちを抱え上げてくれないか」

 

「私も手伝うよ

 武田君は前田君と一緒に持ち上げてくれる?」

 

「…わかったよ、見つかる前に早くしよう」

 

「ああ…あ?」

 

 

 

 五月の言葉に何か触発されたのか。3人は最後にまた助力してくれるらしい。

 

 前田が視線で差し示したものは学校を囲む塀。そこまで高くはなく、何とか子供たちを外へ逃がせそうだった。

 

 しかし、行動に移す前に…携帯が鳴った。

 

 誰かと思えば、過去に一度だけかかってきたことのある番号。

 

 携帯の連絡帳に、家族以外の名が追加された唯一の人。"先生"という名が画面に写っている。

 

 着信の相手は、中野先生だ。

 

 震える手で応答すると、機械音のような冷めた声が耳に入る。

 

 

 

「娘たちと一緒ですね」

 

「…」

 

 

 

 その声に、俺の顔を見て事情を察したクラスメイトは張り詰めていた顔を意気消沈していく。

 

 親がやめろと言えば、赤の他人はその娘へのお節介などできなくなる。諦める他ない。

 

 

 

「子供たちを連れて、理事長室まで来てくれませんか」

 

 

 

 降参だ。逃亡劇は保護者の手で幕を閉じさせたようだ。

 

 これだから悪さをするもんじゃない。

 

 怒ってやりたかったが、この後叱られる事よりも辛い目に合う子供たちには…何もできそうになかった。

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