五等分の園児   作:まんまる小生

29 / 112
後の後その3 お悩み相談

「何で俺はあんなことを…」

 

 

 

 休日かつ自宅。この二つの条件を満たしている間の風太郎は勉強の鬼と化す。

 

 五つ子の家庭教師となり勉強時間が減ってからは、惰眠を貪るような週末を過ごす訳にはいかなかった。

 

 そのような意欲とは裏腹に、今頭の中を満たしているのは試験とは別分野の自問自答。

 

 ちゃぶ台の上に開かれた教材やノートを日光が照らす横で、日陰の中で受験生は俯いていた。

 

 俯いた暗い視界で、幾度もリフレインしている。

 

 己を悩ませる過去のワンシーンまで、煩悩は懲りずに遡っているのだ。

 

 また蘇る。贈り物に喜んでくれたと知り、胸が満たされた日の後のこと。

 

 中身が空になって、綺麗に洗われたプラスチックの容器を受け取った日のことを。

 

 

 

「ご馳走様でした、上杉君」

 

「お粗末様っす

 …好評だったようでひとまず安心しました」

 

「…

 噂は噂です、一人っきりの昼食で笑うわけがないでしょう」

 

「何も言ってません」

 

「…今度からお弁当を食べる時は外で食べるわ」

 

「もうじき梅雨なんですけど」

 

 

 

 らしくない。ああ、らしくない。

 

 そんなむず痒さが背筋をかき乱して、恥ずかしげな恩師の眼差しを受け流せないでいた。

 

 人気のない放課後の階段。声が辺りに響かないよう、少しでも寄れば肩が触れ合うくらいの距離で。

 

 美人でありながら鬼教師と恐れられる教師は、長らく羞恥を募らせてくる程の、柔らかい眼差しで俺を見つめていた。

 

 

 

「…ずるいわ

 急にあんなこと」

 

「…」

 

「ありがとうございました、上杉君

 お弁当、美味しかったです

 いつかまた食べたいわ」

 

「…」

 

 

 

 先生は口元を指で隠して微笑んでいた。

 

 そんな風に笑って食べてくれたんだな…そう思わせてくれる笑顔だった。

 

 今となっては、直視するんじゃなかったと自己嫌悪の原因となっている。

 

 「デートです」と真顔で誘われた去年の夏祭りの古傷も開いてしまって、少し顔が熱かった。

 

 …回想を終えると、再びやってくる羞恥心に似た後悔に背中が仰け反る。

 

 

 

「良ければ、また作るぞ

 

 

 

 ――じゃあ、ねぇえ!!

 何であんなこと言っちまったんだ…!」

 

「お兄ちゃんうるさい!」

 

「やかましいぞ風太郎!」

 

 

 

 一人が騒げば一家全員の耳に被害が出る狭い家で、風太郎は悩みもがいていた。

 

 休日をゆったり過ごそうとする父親と妹に叱られ、一向に擦り減らない鉛筆を握り直した。

 

 紆余曲折あり、子供の発想から始まったお弁当作りは続行となった。本番日は未定だが。

 

 大学受験の勉強よりも料理の勉強を最優先すべきか。悩みは尽きず、今は我武者羅に教材に目を向ける他なかった。

 

 特に家族の団欒などなく、上杉家の家族が平凡でありきたりな朝を過ごす中インターホンが鳴った。

 

 

 

「お、来客か」

 

「誰だ? 借金取りか…って、らいは」

 おまえが出なくていい」

 

「いいの、お兄ちゃんが不機嫌な声で出たら怖がっちゃうでしょ」

 

「…?」

 

 

 

 親父に続いて玄関を覗こうとしたら、妹のらいはが小走りで先頭に駆け出た。

 

 借金を抱えている我が家に近所付き合いなど皆無。来客など面倒な輩しか思い浮かばなかった。

 

 怪訝な目を向ける俺と親父を置いて、らいはは玄関のドアを開けてしまった。

 

 日陰越しの温かな陽光が玄関を差す。

 

 慌しくなってきた雰囲気で出迎えたのは、小さな子供二人だった。

 

 

 

「おはようございます、上杉さん!」

 

「お、おはよ、フータロー」

 

「四葉に二乃…!

 珍しいな、何しに来たんだ」

 

 

 

 その来訪者を視認した途端、俺は肩を落として、親父は景気よく笑って迎え入れた。

 

 朝から外を駆け回るとは流石子供。顔を見せたのは双子のようにそっくりな顔をした二乃と四葉だった。

 

 狭い通路を男二人が塞ぐわけにはいかず、俺は親父に引っ張られ居間に後戻りすることに。

 

 

 

「こんな狭い玄関で立ち話させるのも悪いな

 上がってきな二乃ちゃん、四葉ちゃん」

 

「手はちゃんと洗ってね二人共」

 

「「はーい」」

 

「マジで何しに来たんだ、まだ10時だろ」

 

 

 

 らいはが招いた来客二人は事情を話すことなく洗面所で手を洗い始める。お利口で何よりだ。

 

 小学6年生のらいはだが…家は貧乏で狭いのだ。友達を家に招くことなど一切なかった。

 

 余計な気遣いが生まれるから、友人知人が来訪することはなかったのに…この五つ子に限っては特別なのか。

 

 居間のちゃぶ台の前にちょこんと座る二乃と四葉は、俺を見上げて説明してくれた。

 

 

 

「らいはお姉ちゃんに料理教わるの」

 

「…二乃ならともかく、四葉もか?」

 

「四葉は味見役です!

 できるまで上杉さんと遊びたいです!」

 

「俺この後でかけるから無理」

 

「そんなぁ!?

 遊ぼうよぉ! 遊んでぇ!」

 

 

 

 俺の知らないところで上杉家と中野家の間で予定が組まれていたらしい。この1年でほんと仲良くなったよな。

 

 4月に恩師が教えてくれた。母親を支えるんだと健気な子供たちと約束を交わした、と。

 

 小学1年生の子供にできることは少ない。精々、家事や勉強で良い点数を稼ぐことぐらいが関の山。

 

 二乃はらいはに教えを請うことが日常的だった。今日は押しかけてまで教わりに来たようだ。その意欲を俺の家庭教師にも見せてくれ。

 

 四葉は完全に俺と遊ぶ気で来たらしい。断られたことに四葉は半泣きになってリボンが垂れ下がっていく。

 

 

 

「…

 親父、四葉と遊んでやってくれないか?

 おまえも親父と遊べるのなら大満足だろ」

 

「俺か? おう、いいぜ!

 四葉ちゃんと遊ぶと出不精とおさらばできるしな!」

 

「いいんですか!?

 わーい! ありがとうございます!」

 

「あんたね、フータローのお父さん疲れてるんだから」

 

「いいよいいよ、一日寝転がってるより体動かしてるほうが良いもん」

 

 

 

 思いがけない遊び相手が見つかり、四葉は万歳して飛び跳ねていた。この子、他人の父親好きすぎ。

 

 仕事で疲れているのは嘘ではなくとも、親父は四葉を滅茶苦茶可愛がってくれている。率先して遊びに付き合ってくれた。

 

 遊ぶのはいいが、らいはが出した麦茶を飲んでから始めるようだ。二人はちびちびと飲み始めた。

 

 幼稚園児ならまだしも、小学生になった今では多少の世間話ぐらいはできる。らいはも親父も腰を降ろして談笑に加わった。

 

 

 

「お姉ちゃん、来てからのお楽しみって言ってたけど

 今日は何を教えてくれるの?」

 

「カレーを伝授します」

 

「え、ほんと!? 

 聞いた四葉!? カレーだって、やったわ!

 らいはお姉ちゃんのカレー凄く美味しいもん」

 

「…おまえ、それ教えたらもう何も残らなくない?」

 

「もう出し惜しみしてられないんだよ、今の中野家の現状は」

 

「娘がいる前で堂々と言うな」

 

「安い、美味しい、満腹!

 これぞ貧乏なお家が求める三要素だよ!

 カレーは全部叶えてくれる世界一の料理に違いないよね」

 

「らいはのカレーは世界一うめえもんな! 母さん顔負けだぜ!」

 

「世界一です!」

 

 

 

 デリカシーがないと日頃兄を罵るくせに、妹は二乃と四葉がいる前で中野家の金欠を暴露した。

 

 されど妹は非難など跳ね除けて、拳を握ってカレーのパワーを力説し始める。

 

 それを目を輝かせて静聴する二乃と四葉はすっかりお姉ちゃんっ子になってしまったと見える。姉貴分恐るべし。

 

 子供二人が麦茶を飲み終えたところで指導が始まった。

 

 二乃は台所に立ち、らいはに見守られながら野菜を切り始めた。

 

 四葉は親父に連れられ外へ。俺も予定まで時間があったから二人が路地で遊んでいる様を階段から眺めていた。

 

 金のかからない遊びばかりで、チョークでアスファルトに描かれた大きな丸を辿って四葉が器用にジャンプしていた。

 

 

 

「四葉ちゃんは運動神経良いな」

 

「四葉、かけっこで一番取ったんです!

 いっぱい、いーっぱい!」

 

「マジか! すげぇな!

 よっしゃ、俺と勝負だ四葉ちゃん!

 その天狗の鼻へし折ってやらぁ!」

 

「いいですよー! 負けません!

 …あの、お父さん」

 

「ん?」

 

「天狗のお鼻ってなーに?」

 

「それはだな…

 ずばり! 天狗みたいに鼻が伸びて調子こいてる奴のことだ! 覚えておけ!」

 

「えー!? 調子こいてないよ!?」

 

 

 

 テンションたけーな、あの二人。階段に座って日陰から眺めているだけで正解だった。

 

 だが…四葉にとって親父の存在はかなり大きいものだと分かる瞬間だった。

 

 父親はいない。母親は多忙。同じ娘である姉妹は五人もいる。家は貧乏で我侭など言いづらい。

 

 四葉の体育の成績は非常に良いらしく。言ってしまえば自慢話になる。

 

 一人が褒められれば他の姉妹から浮いてしまう。褒められる長所が少ない家族に悪いと思って隠す日があるかもしれない。

 

 あの子自身、誰かに認められたくて頑張っている節がある。優しい子だから口では言えないんだろうな。

 

 

 

「そんじゃあ、日頃頑張ってる四葉ちゃんを労ってやるとするか

 オレンジジュースを奢ってやろう」

 

「え、いいの!?」

 

「おう、だが、しかし

 あの自動販売機まで、俺より早く辿り着けた――

 あ、コラ! フライングは禁止だろ!? うぉおおおおおっ!!」

 

「…毎回あんな感じなのか、あの二人」

 

 

 

 四葉は楽しそうに走っていた。遊んでもらえるだけで嬉しいのに好きなものを奢ってもらえると知って爆走していた。

 

 …俺の記憶にないだけだろうか。

 

 子供と遊ぶ親父の姿は過去の何にも重なるものはなく、陽光の眩しさから俺は視線を俯かせる。

 

 視界の向こうへ小さくなっていく二人を見送って家に戻った。外と比べて中は静かなものだ。

 

 

 

「う…大きさバラバラになっちゃった…」

 

「あはは…でもこのくらい小さいと、ルウに溶け込んでもっと美味しくなるかも」

 

「うぅ…でもこんなんじゃ一人で料理なんて…

 包丁ってこんなに使いづらいの?」

 

「そうだよ、だから慎重に切ろうね

 ほんと怪我したら大変だから」

 

「大げさすぎじゃない? 刺すわけないし」

 

「いやいや…私としては…

 二乃ちゃんが指切ったらね、零奈さんに呼び出されて一発アウトだよ…」

 

「き、切らないようにゆっくりやるわ」

 

「うん、焦らず覚えてこー」

 

 

 

 女の仕事場とも云われた台所を拝むと、勉強と違って積極性がだいぶ増している二乃の背中が見えた。

 

 どうも焦って集中力が欠けていたようで、らいはが脅し半分窘めていた。子供の純粋さを利用するんじゃない。

 

 台所で二人並んでいると仲の良い姉妹の構図にしか見えず。その光景を崩さないよう俺は出かける準備を始めた。

 

 

 

「あ、フータロー! もう行っちゃうの?」

 

「ひやあああっ!?」

 

「こら二乃、包丁、包丁」

 

 

 

 物音を察知した二乃がバッ!と振り向きやがった。包丁を持ったまま90度向きを変えるんじゃない。

 

 らいはに額をチョップされ、二乃は慌てて包丁を置いて俺のほうへ駆け寄ってきた。

 

 

 

「ねね、カレー作ったら食べてくれる?」

 

「おお、絶対に食う

 バイトあるから夜まで帰ってこれないが、夕飯に食うわ」

 

「ほんとっ!?

 じゃ、じゃあ…真剣に作っちゃう!

 感想聞かせてね! 絶対よ!」

 

 

 

 食べてくれると知って頬を緩ませた二乃は、俺の手を掴んで引っ張ってきた。

 

 何のつもりかと思えば…小指をつままれ、お互いに指切りをする。

 

 大げさな…と言いたいところだが、この子との約束は後々響くものだ。俺が断れなくなると知っての行為だ。

 

 ニコニコ笑う姿は天使のそれ。されどその魂胆は小悪魔のように我侭ばかり。

 

 母親を支えたい、守りたいという子供はあざといぐらいが調度良いか。

 

 ふと、気になるところが一つ。

 

 指切りの手を外し、相変わらず長い髪を靡かせている二乃の肩を掴んだ。

 

 

  

「な、何?」

 

「後ろ向いてろ」

 

「?」

 

 

 

 棚のほうへ向かい、小さな箱からヘアゴムを取り出す。らいはが普段使っているものだ。

 

 妹に目を配ると、姉貴分はうんうんと偉そうに何度も頷いていた。何その成長を見守る年上目線。

 

 二乃の長い髪を掬い上げ、ゴムに通して後ろ髪をまとめた。

 

 その間の二乃は両手を揃えて肩を狭め、大人しく俯いていた。

 

 

 

「このほうが動きやすいだろ」

 

「う、うん…動きやすい、かも」

 

 

 

 すっきりした首筋が気になるのか、二乃はポニーテールをフリフリと揺らした。

 

 四葉と似てお転婆娘な二乃だ。スポーティな印象が現れて、存外似合っていたと思う。

 

 こんなことをしていたら、もう家を出る時間が迫っていた。二乃の髪を指で櫛すいて完成とする。

 

 お母さんの為だもんな、頑張れよ。そんな労いを込めて二乃の頭を撫でて玄関へ向かった。

 

 

 

「フータローッ」

 

「ん?」

 

「…その」

 

「…」

 

「…こういうの、好き…?

 変じゃない?」

 

 

 

 さっきまで料理を覚えるのに無我夢中だった二乃が、長い髪を見せつけてきた。

 

 普段髪型を変えない少女が、恥じらいを隠して自身の稀な格好の感想を求めてくる。

 

 顔が赤いのはバレバレ。髪に触れられたのが恥ずかしかったようだ。

 

 デリカシーとやらを意識すればこの場は似合っている、とでも言ってやればいいのだろうが…

 

 

 

「…カレーが美味けりゃ何でもいい」

 

「…」

 

「…」

 

「…んぎぎ…もーッ!!

 絶対にうまいって言わせてやるー!」

 

「期待してる」

 

 

 

 脚本通りの言葉を貰えなかった二乃は憤慨し敵対心を募らせていた。

 

 生憎、俺は辱められた後の屈辱を知っている身なのでな。恨むのなら無駄に美人なおまえの母親を恨むんだな。

 

 何か目的を持って、己の時間を犠牲に費やそうとする姿は応援したくなる。

 

 意地の悪い兄を見返そうと張り切る二乃の後姿を最後に、変わりつつある我が家のドアを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ…ぐぬぬ…!」

 

「まだかかるのか?

 早く注文しようぜ、腹減った」

 

「飲み物一杯で180円…」

 

「税込みでまぁ…200円だな」

 

「…コーヒーで」

 

「ドリンクバーあるぞ、ちょっと高くなって飲み放題」

 

「コーヒーで」

 

 

 

 外食など好き好んで行くはずがない風太郎は、メニュー表を長いこと睨み続けてようやく注文を決めた。

 

 暇なら勉強、最優先は勉強であるはずが、その時間を割いてまでやってきたのは…とあるファミレス。

 

 野暮用を済ませに来ている。ここ数日よく顔を合わせるクラスメイト、前田に呼び出されたのだ。

 

 これまでプライベートで友人と外食する機会がなかった風太郎には極めて珍しい昼時だった。

 

 外食に誘われはしたが、コーヒー一杯だけでメインのランチの注文はせず。そんな俺に前田は呆れた顔をしていた。

 

 

 

「節制するのはいいけどよ、上杉

 せっかくの飯だぜ、楽しんだほうが得じゃねーか?」

 

「楽しむも何も、おまえのステーキ定食大盛りが食い終わるのを

 俺はコーヒー1杯で相手しなきゃなんねーんだ

 用件をとっとと言え、俺この後バイト」

 

「…少し分けてやっから、諦めて話聞けやコラ

 つーか…奢るぞ、林間学校の礼もしてねーしな」

 

「いい、たかるつもりで来たわけじゃねえよ」

 

 

 

 前田は一人だけ食事を摂ることに気まずさがあったようだ。裕福ではないだろうが、やはり貧乏人とは価値観が違うと見る。

 

 俺と前田は特別仲が良い相手ではない。ただ互いの目的と貸し借りが絡んでこの場に居合わせている。

 

 先日の五つ子が高校に入り込んだ際に、前田は逃げる一花を抱えて走り、子供たちを逃がそうとしてくれた。

 

 その後も食堂で先生が仕事を終えるまで、子供たちの面倒を共に看てくれた経緯がある。その借りを返さないと気分が晴れなかった。

 

 そのような建て前だけの関係では会話は弾まず。ウェイトレスが注文の品を届けるまで俺たちは無言だった。

 

 

 

「ほらよ、取り皿ねーから先に食ってくれ」

 

「…ステーキなんて食ったことねえかも」

 

「マジかよ

 じゃあ来て良かったってことだ、ありがたく思えよ」

 

「…話って何だ」

 

「…その、修学旅行なんだけどよ」

 

 

 

 ステーキなど贅沢の代名詞の一つだ。子供の頃は食いたいとは羨望したものだが、今ではただただ億劫な代物である。

 

 前田からの相談を受けることに了承するという意味で、肉にフォークを突き刺して食した。

 

 

 

「あー…ま、松井、いるだろ?」

 

「ああ、二人っきりにしろとか赤裸々なお願いをされたな」

 

「そこまで言ってねえ!?

 そのよ、肝心なところの…

 ふ、二人っきりになったところで、どうするか悩むんだよな」

 

「京都だろ、デートスポットならガイドブック読めば見つかる」

 

「場所は後回しで、要のトークがな

 せっかくの修学旅行をつまらねえ思い出にさせたくねーし」

 

「…どうとでもなるだろ

 そんな高度な会話求めてんのかよ、松井

 あいつ全国模試何位なんだ?」

 

「おまえ女心嘗めすぎだろコラ

 フィーリングで喜ばせられるほど簡単じゃねーからな」

 

 

 

 大体予想していた通り、此度の前田の相談とは去年から続く片思いだった。

 

 他人の恋愛事情など死ぬ程どうでもいい。わざわざ200円散財してまで聞く話ではない。

 

 なぜ前田が俺に相談を持ちかけるのかと言うと、去年の林間学校で俺が前田に発破をかけたから。

 

 世話を焼いたら思いの他上手くいったらしく、後のフォークダンスでは二人で踊ったらしい。

 

 受験生の自覚があるのか問いたくなるぜ。たかが恋愛如きに。前田は女と遊ぶことにプレッシャーを感じているらしい。

 

 

 

「…まったく、恋愛とかマジで馬鹿馬鹿しい」

 

「んだとコラ」

 

「おまえが楽しめないで

 そんな女とそこまでして付き合いたいのかよ、前田」

 

「…」

 

「理解不能だ」

 

 

 

 俺と前田は明らかに価値観が違う。育った環境、得た知識、そして優先するもの。

 

 俺は勉学を優先する。前田は恐らく松井との関係性。だがそれは表面上のもので、相手に伝えやすいよう簡略化したもの。

 

 本当に求めているもの。求められるもの。それを勘違いすれば後に過ちの元になる。

 

 先日武田も言っていたな。恋愛など所詮、日々充実していない人間の逃げ道だ。己の幸福に結びつかなければ破綻する。

 

 

 

「普段通りで特別なことなんてしなくていいだろ

 おまえがしたいこと、してやりたいことをすればいい

 それに松井が共感するか、そこが大事…なんじゃないか」

 

「…かもな」

 

 

 

 注文したお高いコーヒーを一口飲む。甘ったるい言葉に我ながらうんざりする。

 

 思い浮かべたのは十も年上の女教師に叱咤された屋上の光景。

 

 未熟者だと背を向けられた姿を、今でも覚えている。

 

 一度は切り捨てた人に…自分を偽ってでも、求められたいと思う時もある。俺の発言は浮世離れしている。

 

 雑念を苦い舌触りで洗い落とすと、向かいに座って吟味している前田は声を潜めて返した。

 

 

 

「なあ上杉…その場合よ

 一緒にいるだけで楽しい奴は…どうすればいいと思う?」

 

「………」

 

「…」

 

「…おまえ、女に耐性ないだけじゃ…」

 

「う、うるせー!? おまえにだけは言われたくねー!」

 

「その調子だと、修学旅行どこ回るか話すだけで楽しいんじゃねーの」

 

「それは…もうあからさまでバレるだろ」

 

「何が」

 

「…そりゃあおめえ…俺が、松井狙ってるって」

 

「もうおまえ玉砕してこいよ」

 

 

 

 面倒くせぇ…単純馬鹿というか、恋愛馬鹿に真面目に答えようとした俺が馬鹿みたいだ。

 

 話すだけで楽しいのなら素直に松井と修学旅行の予定を話し合えばいい。そもそも修学旅行に拘る必要もないし。

 

 話は終わりならコーヒーを飲み干してしまいたかった。

 

 残念なことにまだ続くらしく、前田は持参した鞄から幾つかの本をテーブルに積み上げだした。

 

 

 

「…何だ、この本は」

 

「読めば分かる」

 

「読まなくても表紙が全て物語ってるわ

 何だ、この頭の悪そうな本は」

 

「女子にモテるにはこういう知識は必須つーか

 察しろっつーの、コラ」

 

 

 

 嫌な予感ならびしばし察している。本好きの俺でもそのカテゴリーの本は今まで手に取ってこなかった。

 

 カテゴリーで言えば恋愛。答えなど明確にない分野の割に、だいぶ大きくスペースを牛耳る目障りな本である。

 

 5000人の女性に聞いた、とか。モテるデートとは、とか。不特定多数や概念を突き詰めるタイトルを読むだけでお腹いっぱいだ。

 

 わざわざ手に取って中身を確認しなくても、俺の返答は決まっている。

 

 

 

「助言はできないぞ」

 

「おまえにはそこまで期待してない

 最後に頼みがある」

 

「?」

 

「このメモを中野先生に読んでもらいたい

 中野先生なら的確で実践的なアドバイスを貰えるはずだ」

 

「はぁ? 中野先生に?

 相談する相手は間違ってはいないが…おまえが渡せよ」

 

「お、俺だと目立つし、機会ねーし…あの人忙しいだろ?

 おまえならタイミング良く渡せるだろ? な、頼む

 中野先生の理想のデートはマジで知りたい」

 

「…」

 

 

 

 あの人と恋バナしろってか…? おぞましくて鳥肌が立ってきたぞ。

 

 ここに来て中野先生の名が出るとは思わず流石に驚いてしまった。俺の態度に前田はやや腰を低くして頼み事を促す。

 

 受け取った前田のメモにはおおよそのデートプランが書かれていた。先生宛ということで流し読みだけにしておいた。

 

 …俺があの人に高校生のデートプランについて相談を持ちかけろと? 恥ずかしくて嫌なんだが、素直に。

 

 さらに積まれた本まで押しやられ、前田は頭を下げた。

 

 

 

「本も貸す、堅物な中野先生がデートに疎いのならせめて読んで助言を貰いたい

 頼む、修学旅行行く前に!」

 

「デートぐらい男なら一人でやってのけろよ」

 

「…そうは俺も思うがよ…」

 

「思うのなら、一人で勝負してこい

 告白して振られるのも、成功するのも全て自己責任だ、違うか?」

 

「いや…正論だが…だけどよ

 かっこ悪ぃって分かってるんだ」

 

「…なら」

 

「…今が高2なら気楽にいけたんだ」

 

「…」

 

「もう半年しかねぇ…もう失敗できねえんだ…

 俺、馬鹿だからよ、今まで人の話を聞いてこなかった

 できることは全部やっておきてえ」

 

 

 

 本を突き返そうとした手を止める。前田のこの言葉には一つ思い当たる節があった。

 

 前田は去年、あの中野先生に告白し振られている。

 

 やさぐれていたところを叱られ、一目惚れして、純粋に良い人だと慕っていたようだ。

 

 恋慕の勢いから、教師と教え子の禁断の愛になると知っても交際を望んだ。事の顛末を軽く捉えていたようだ。

 

 こいつは…先生が結婚し、五人も子供がいることを知らなかったんだ。婚約指輪もしていなかったから気づかなかったんだろう。

 

 当然先生は振った。内容は聞いていないが…先生から何かしら忠告があったらしい。

 

 無知で無謀な考えを前田はどう思い返したか。今、目の前の前田を見ればだいぶ慎重になったと見て取れる。

 

 自分なりに片思いの相手を気遣って、恥を忍んで行動しているのなら。

 

 そんな生徒の熱意を、あの人は無碍にはしない…か。

 

 

 

「…先生には聞くだけ聞く」

 

「い、いいのか?」

 

「ただし、わざわざこの本を読んで答えてもらうような手間は取らせない

 その際は俺から予め本の概要を伝える、それでいいだろ」

 

「あ、ああッ 恩に着るぜ、上杉

 話は以上だ…マジ助かるわ

 よし、デザートぐらい奢るぜ、そん代わり中野先生によろしくな」

 

「いや、いらないって

 …ん?」

 

 

 

 俺の返答に前田は拳を握って喜び、何やらメニューを手に取り出して品を物色し始めた。もう放置しておく。

 

 ケーキ屋で働く前に甘い物を食べる気はなく、どう断ろうかと考えていると…テーブルの横の大窓から音が。

 

 コンコン、と叩く音を目で辿れば…

 

 

 

「風太郎ー おーい」

 

「…」

 

「あ、こっち見た

 風太郎が外でご飯なんて珍しいね

 てっきり教科書と睨めっこしてるかと思ってた」

 

「た、竹林…」

 

「ん? 竹林さんか」

 

「こんちゃー 上杉君

 あれ、前田もいるの?

 上杉君と一緒なんて珍しいじゃん」

 

「ま、ま…松井…ッ!?」

 

 

 

 分厚い窓越しで声をかけてきたのは竹林と松井だった。路地を通りがかった二人が店内の俺たちに気づいて窓を叩いてきた。

 

 声が聞き取りづらく、冷やかしの挨拶をして女子二人は手を振って去って行った。

 

 何がしたかったんだあいつら…俺たちは動物園の珍獣か。食事の妨害はストレスの元だぜ。

 

 つーか思い出した。そもそも前田の話は俺が竹林と一緒に修学旅行回ることが前提だった。条件がまだ満たされていなかった。

 

 最初は気乗りしなかったが…ここまで話が進んでしまったら仕方ない。俺から竹林を誘ってどうにか松井を引っ張ってくるか。

 

 外の女子二人を追おうとする前に、ガタッとテーブルが揺れた。

 

 

 

「これは…有言実行ってヤツだよな」

 

「あ?」

 

「松井んとこ行ってくる

 今日はサンキューな上杉」

 

「お、おい、前田!」

 

 

 

 俺よりも先に腰を上げたのは、自己生産したプレッシャーに汗を滲ませた前田だった。

 

 礼を残して走り去る姿は、どこかのドラマの主人公のようにも見える。

 

 ドアベルの音が異様に心地よく鳴り響く。窓からは高校生男子が全力で路地を走っていく姿が見れた。

 

 ぽつんと取り残された俺は淡々と、テーブルに置かれた本を鞄にしまった。

 

 

 

「あれが所謂、青い春か

 ふ…恋は盲目とは本当らしいな

 間抜け晒しまくってるじゃねえか」

 

 

 

 少し考えれば分かるような頼み事ばかりだった。なのに当の本人は切羽詰った顔をして頭を下げてきた。

 

 実にどうでもいい話だが、去年からその関係を度々見てきた身としては少しだけ興味がある。

 

 最後の一口のコーヒーを飲み干す。200円にしてはだいぶ濃いものだった。

 

 バイト前に昼抜きになっちまったが、今は胸焼けしそうなほど食欲はなかった。

 

 

 

「俺に危害がない内は付き合ってやるか…

 ん?」

 

 

 

 ソファから立ち上がり、重くなった鞄を持って退店しようとしたところで…それに気づいた。

 

 行き場を失った、真っ白なレシートが取り残されていた。

 

 …は、何で? あいつもう帰っちまったんだが。

 

 恐る恐る手に取り、並ぶ字面の最後には…数字4桁。

 

 

 

「…せ、1550円…

 俺200円のコーヒーしか頼んでない…」

 

 

 

 ………

 

 前田ァーッ!!! あいつ金払わないで女追いやがったーッ!!

 

 恋は盲目って、そういうことを言ったんじゃない。ふざけんなあいつー!!

 

 怒りでくしゃくしゃになったレシートをレジまで持っていき、恋愛馬鹿の後始末を俺が清算しておいた。あいつ絶対に許さん。

 

 働く前に幾分か軽くなった財布と共に、とぼとぼとバイト先へ向かった風太郎だった。

 

 継いで、不幸は連鎖する。

 

 人付き合いに不慣れな風太郎にはこれまた不機嫌さを高まらせるもので。

 

 

 

「そこのウェイターさん、注文いいですかー」

 

「…ご注文をどうぞ」

 

「えっと、このスペシャルマンゴーパフェを一つ

 あと、修学旅行一緒に行くことになったからよろしくね」

 

「…」

 

 

 

 バイト中、友達と一緒に遊んでいたはずの竹林がケーキ屋に現れた。しかも一人で。

 

 汗だくになって追いかけてきた前田を見た松井が、今日の予定をキャンセルしてほしいと懇願されたらしい。

 

 友達より男を取る女に、竹林は従業員である俺を捕まえては延々と愚痴っていた。店長、やばい客がいます。

 

 しかし俺が手を回すまでもなく。案外上手くいってるんだな。

 

 低俗にもクラスメイトの恋愛事情をからかう友人のように…度々呼び止めてくる竹林とそんな話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試験を終えて、修学旅行が迫ってきました

 事前に配られたパンフレットに三日間の予定が書かれていますが

 皆さんは期日までに班を決めておいてください」

 

「すみません、上杉学級長」

 

「…

 何ですか、竹林学級長」

 

「班は何人から何人までですか」

 

「5人までです、何なら一人でも構いません」

 

「一人は認められていませんよ、上杉君」

 

「中野先生がああ言ってるんだけど?」

 

「だから一人が良い人は俺と組んで別行動を」

 

「この人確信犯じゃん…

 というか風太郎は私と一緒に行くからそれ禁止

 ぼっち卒業おめでとう」

 

「決まったら学級長に教えてくださーい、以上です」

 

 

 

 週末が迫る放課後のHR。修学旅行についての通達を終えて俺と竹林の学級長二人は教壇から退いた。

 

 何で学級長が学級長に質問してんだよ。隣に座る転校生を睨むとパンフを眺めて感嘆と頷いていた。

 

 全国模試を終えて、もうじき二泊三日の修学旅行が始まる。

 

 行き先は京都だ。正直気乗りしない。

 

 特にこの竹林とは。

 

 加えて教壇に立つあの女教師とも。嫌でも恥部を思い出してしまうから。

 

 しかし二つの内、片方は懸念する必要はない。

 

 教師は多忙でも、最低限家庭は尊重される。HR後に集る生徒から落胆の声が上がった。

 

 

 

「先生、ほんとに修学旅行来ないの?」

 

「ええ、娘がいますから

 他の先生方が皆さんを見守ってくださるので

 何かあれば現地の先生方を頼ってください」

 

 

 

 高校3年の修学旅行は、担任である中野零奈は不参加だ。

 

 理由は至極まともなもの。娘がいるから。しかも旦那がいないので文句の付け所もない。

 

 教え子から残念がる言葉を向けられても、女教師の最優先すべきものが娘である以上、極めて冷徹な目で受け流していた。

 

 一方で、そんな冷めた目を真っ向から向き合い挑む生徒がいた。

 

 

 

「中野先生、折り入って話があります」

 

「江場さん、どうなさいましたか」

 

「陸上部のことで相談が

 是非、中野先生のお力を借りたくて」

 

「…わかりました

 お話、長くなりそうですね

 後で職員室まで来ていただいてよろしいですか」

 

「はい、ありがとうございます

 ああ…中野先生は話が分かる方で助かります

 どうかそのまま私たちの誉れ高い教師であってください」

 

 

 

 何だ、あの女子陸上部部長が先生にゴマ擦りとは珍しい。先生を囲む男子はその江場の異様な笑みに退いていた。

 

 先生はファンクラブも持ってるし、不良生徒の面倒兼鉄拳を見舞っていたりと、厄介な教え子と縁が多い人だ。

 

 気にならないと言えば嘘になる。だがしかし、一介の生徒に過ぎない俺が口出ししても浮いてしまうだけだ。

 

 なので教壇の二人をぼんやりと諦観していた。そこに人影が割り込んで視界を遮られた。

 

 

 

「上杉君」

 

「…武田か、何だ」

 

「伝言だよ

 君に話があるから呼び出してほしい、と僕の父がね」

 

「理事長が?」

 

 

 

 突如現れた武田に面食らっていたら、突拍子のないことを突きつけられた。

 

 理事長とは先日、中野先生の娘たちの件で世話になってしまった。その流れから一つの接点が生まれた。

 

 伝言を承諾し、俺は武田と並んで理事長室へ向かった。

 

 

 

「あの日、父から何か言われたかい?」

 

「あ? ああ…先生と五つ子のこと、気遣ってくれたぞ」

 

「…普段の父を知る僕にはあまり想像つかないな、子供に甘い親なんて

 あの日も先生に厳罰がないことに、僕がどれほど胸を撫で下ろしたか」

 

「そうか? 飴くれたぞ」

 

「父は甘い物好きだからね」

 

「…」

 

 

 

 どう受け答えて良いのか迷う家族事情を適当に返す。他人の父親の性格なんて知らねえ。

 

 自分の父親がクラスメイトを呼び出した。それだけで武田は不安に似た興味を抱いているのだろう。質問は何度か続いた。

 

 理事長室前に着くと武田は用が済んだと言いたげに去って行った。案内など頼んでもなかったのに。

 

 ノックし、来室の許可を得てドアを開く。中にはあの理事長が椅子に腰を下ろしていた。

 

 

 

「何かご用ですか」

 

「取引の話をしよう

 そこにかけ給え」

 

「中野先生絡みですか」

 

「それ以外は断るだろう?」

 

「…」

 

「当然、口外はしないでいただこう

 まあ今回に限れば、どう広められようと困る話ではないがね」

 

 

 

 ソファに腰かけると、目下のテーブルには紙が一つ置かれていた。

 

 理事長に目を向けると、どうも俺に向けた用紙のようだ。裏面からでも字が刻まれているのが分かった。

 

 手に取り読んでいく。文面的に教師たちに配られた資料の一部らしく、告知のような内容だった。

 

 

 

「…なるほど」

 

「む? まさか中野先生から何か聞いていたかな?」

 

「いえ、ですが合点がいきました」

 

「…そういえば、中野先生のクラスだったか」

 

「用件はこれだけですか?

 何ができるかは定かではありませんが、先生の負担にならないよう手伝いますよ」

 

「ああ、理解が早くて助かるよ」

 

 

 

 紙は元の場所に戻しておく。生徒の俺が持っていては不自然なものだったからな。

 

 一分も経たずに用が済んだことで理事長室から出ようとすると、部屋の主は手を振り上げて待ったを出した。

 

 

 

「世間話と言っては何だが

 親としては息子の学校生活が気がかりでね」

 

「はぁ…?

 武田なら元気ですよ、さっきもここに来るまで話をしました」

 

「率直に聞こう

 息子が君に勝る日は来るかね?」

 

「…テストの話ですか」

 

「この2年、一度も君に勝てなかった

 祐輔は、君に危機感を抱かせる程の好敵手になれているのか」

 

「…」

 

「…付き合う身としては聞き飽きる

 次こそは、という根拠のない言葉は」

 

 

 

 ドアノブにかけた手は離せなかった。

 

 振り向けば、暗い一室にカーテンから一筋の明かりが差している。その奥に肘をついてこちらを見定める男がいる。

 

 武田は、俺をライバルだと疎ましく主張していた。

 

 暢気な金持ちのボンボンだと虚仮にしてあしらったが…この父親の落胆の目を見ると考えを改めた方が良さそうだ。

 

 あれがもしも、何か挫けそうな思いを鼓舞させる言葉だったとしたら。

 

 

 

「父親と言えど、不出来な息子に付き合う責任はないでしょう

 同率一位ならまだしも、在学中に俺にテストで勝つ日は来ませんよ

 俺が許しません」

 

「言うじゃないか」

 

「ですが、仮に…ですが

 もし武田が俺を下したとして」

 

 

 

 俺も昔、似たような言葉を吐いた。

 

 俺を見下す人間に、何度も何度も…勝つまで何度も。見返すまで恨んで、努力し続けた。

 

 

 

「例え父親だとしても

 一度見離した人間の賛美など、聞く耳持たない

 俺はそう思います」

 

「…なるほど、頭の中に留めておくとするよ」

 

 

 

 見離すとは、もはや見下すことと同義だ。

 

 おまえはその程度の人間だと、期待するだけ無駄だと。煩わしい言葉を吐いて一方的に決め付けられる。

 

 武田がどう受け取るかは知らない。だが俺からしたら、ふざけるなと見返してやりたくなる。

 

 武田の父親は自分の息子を見離す気なのか。他人の家庭事情など興味がなく、とっとと部屋から出ることにした。

 

 

 

「…親父か

 よくわからねえな」

 

 

 

 昔から、俺の父親は何も言わなかった。

 

 物差しと天秤は、自分が用意した価値観に基づいて計る。

 

 金がない、家は狭い、母が事故死した失敗した家族。比べるまでもなく幸薄いものだと決め付けられる。

 

 されど、誰かの家庭やその親を見比べた時、俺は自然と安堵してしまった。子供の頃の思い出にそう刻まれている。

 

 甘やかされて育った。そんな言葉で片付けられてしまうことが嫌で、決して口にはできなかった一つの自慢だった。

 

 言い様のない過去を思い出した風太郎はまた一つ考え直した。

 

 父親から見離されれば、どう虚勢を張ったところで…それは怖いことだと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。