五等分の園児   作:まんまる小生

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後の後その4 ブーケにないクローバー

「お兄ちゃん、電話」

 

「は…今?」

 

 

 

 長い一日を終えてようやく就寝…の前の受験勉強中、妹のスマホを渡された。

 

 0時に差し掛かる深夜、親父は今日は帰ってこれず兄妹で余暇を過ごしていた。

 

 こんな時間に電話だと…? 二つの布団は敷き終えており、もう寝る手前だ。

 

 最近妹の電話が長期化しており、この時間は目に余る。妹は眠気眼を擦って寝落ち寸前である。

 

 ろくでもない通話相手を確認すると…零奈さん、と表示されたスマホの画面が。

 

 ふと…深夜の3時頃に呼び出された電話が脳裏に蘇る。今は保留中で、通話相手が待っている。

 

 

 

「…先生から?」

 

「ううん、零奈さんじゃなくて…ふにゅはひゃぁ…」

 

「え? 誰だって? 何語?

 おい、らいは? 寝る前に教えてくれ」

 

「今日はバーゲンセールやってて…

 帰ってすぐ行って…いっぱい買ってきたから…ちゅかれた…」

 

「お、おお…もう寝てろ

 …出るしかねえか」

 

 

 

 妹は眠気に敗北して枕に突っ伏していた。家事に翻弄された妹を労い、布団をかけて消灯した。

 

 代わりに出ろと言われてもな…こんな時間でも通話を辞めない相手が先生とは思えない。つーか寝てほしい。

 

 該当者は当然、家族である五つ子の誰か。

 

 今日の出来事を振り返れば、嫌でも絞れる。俺もらいはも目が離せない、困った子だ。

 

 仕方なく風太郎は妹の足を踏まないよう忍び足で外に出て、暗い階段に座り込んだ。

 

 

 

「らいはは寝たぞ」

 

「う、上杉さん…?」

 

「やはりおまえか、四葉

 寝る気ねえのか、江場の次はらいはに相談か?」

 

「…あ、う

 だ、大丈夫ですよ

 もう遅いし、お電話切るね」

 

「いい、このままで

 俺も気になっていたからな、あれから

 姉妹の前じゃ素直になれねえだろ、去年も我慢が続かなくて喧嘩してたしな」

 

「う…」

 

「…それとも江場やらいはより、俺は頼りないってか?

 なら悪いことは言わない、早く寝るんだな」

 

「そんなことないよ!

 …じゃ、じゃあ…お兄ちゃん…このままで」

 

「おう」

 

「…えへへ、去年も夏にお電話したね」

 

 

 

 深夜のお尋ね者は中野四葉。今日派手にすっ転んだ患者である。

 

 今日の風呂はさぞ痛かっただろう。平気だよ、と家族に嘘をついて笑う子供を容易に想像できた。

 

 残暑の夜は涼しくも、昼から残る熱気が肌に纏わりついて気持ち悪い。

 

 本来なら寝るように促すべき。娘が寝なければ電話を貸した先生も安心して寝れないだろう。

 

 

 

「部長さん、怒ってましたか?」

 

「江場か? いいや…迷惑かけたことに変わりないが、怒ってはなかったぞ」

 

「そうですか…

 あはは、私…ダメダメですね、迷惑かけちゃった

 …あのね、お兄ちゃん…私ね、多いんだ」

 

「多い? 何が」

 

「私が頑張るとね、余計に誰かに迷惑をかけちゃうんです

 三玖も…部長さんも…お母さんだって…

 ずっと、ずっとそうだもん…去年も上杉さんにいっぱい迷惑かけて…」

 

「…そうかもしれないな」

 

「やっぱり、四葉は…そういう子なのかな…

 頑張っても駄目で、頑張らない方がいいのかな

 これなら我慢してたほうが良かった…お家に居づらいもん…ひぐ…」

 

 

 

 鼻声で掠れた嗚咽が時々聞こえる。

 

 妹はさっきまでこの子の相談を聞いて、慰めていたんだろう。

 

 らいはが俺にバトンタッチしたのは…眠いから放り投げたわけじゃない。

 

 四葉の夜の電話を母親が止めないのも、恐らくは…

 

 そこまで悩んでいたのなら、あの時抱っこした時に言ってくれたら良かったんだ。

 

 …本当に、困った子だな。放っておくと簡単に手の届かない場所へ行き、隠れて泣いていそうだ。

 

 

 

「四葉、おまえ今どこにいるんだ?」

 

「今は…お風呂の近く…

 声で皆起こしちゃうから」

 

「そうか…

 三玖はもう気にしてないんじゃないか?

 一緒にパン屋行ったじゃねえか」

 

「…

 でも、本当のことは分からないよ?

 本当のこと聞かないと…

 だけど、怖くて…できるわけないです…

 五つ子だからって、何でも一緒なわけないもん」

 

「…一つ言っておくとな、四葉

 三玖が気にしていない、と答えたとして

 おまえは、それを嘘だと言って受け入れないのはな…とても図々しいことなんだぞ」

 

「ず、図々しい?」

 

「本当のことを知る権利は、おまえにはない

 人と向き合うってのはな、そんな優しい世界でできていない

 もし三玖が嘘をついたのなら、おまえはそれを全力で信じるんだ

 三玖が嘘をついてでも、おまえと仲直りしたいこと…もう知っているだろ?

 完璧に仲直りができない子だっている…子供に限らず、な」

 

「…」

 

「おまえの本音を言わせたいって気持ちは優しくも、厳しくもある

 本音を話せないのはおまえも同じじゃないか

 我慢して、我慢できなくなった時にようやく本音を話す

 そんなおまえが、自分より先に本音を言ってほしいだなんて…勝手すぎる」

 

「…うん、我儘…なのかな」

 

「おまえは優しい心を持っているが…

 あー…馬鹿なんだな、根本的に」

 

「…」

 

 

 

 四葉は押し黙った。鈴虫の鳴き声が遠くから聞こえてきて、叱咤を咎めているかのようだ。

 

 決めつけにも程がある、年長者からの一方的な物言いに子供は捻じ伏せられる。

 

 されど…この1年でよくわかった。四葉は危うい奴だと。

 

 喧嘩や嫌悪といった罪悪感を駆り立てるものに対し、四葉の思考は極めてマイナスに傾く。

 

 加えて行動も速い。誰にも迷惑かけれないと思い込んで、一人で試し…拙いが故に傷ついていく。

 

 母親の教育方針には反するが…風太郎としては四葉に楔を打ち込みたかった。

 

 風太郎や母親の知らないところで…傷ついて落ち込んだ時に四葉は考え込むだろう。

 

 忠告を聞き入れなかったことを思い出して、家に帰りづらくなって…泣いて動けなくなってしまいそうだから。

 

 四葉からの返答はない。もう切られてしまったんじゃないかと冷や汗が垂れる。

 

 

 

「おまえ、走るのそんなに好きか」

 

「…うん」

 

「江場からの答えをそのまま言うと

 負けた奴を慰めれば、返って怒らせるだけだ

 おまえは向いてないらしい、他の考えたほうがいいと思うぞ」

 

「他の…

 …他のなんて、ないよ

 取られちゃってる」

 

「何…? 取られてる?」

 

「…一花と二乃

 三玖と…五月に」

 

「…」

 

「一緒になっちゃったら意味ないから…うぅ…ひぅ」

 

 

 

 泣き声が耳に当たる。声が風呂場に反響して、短い嗚咽が長く聞こえる気がした。

 

 

 

「1番取るの…大変なんだよっ

 これはね、私がずっと、ずっと走ってきたから…みんなより走ってたからっ!

 だから今、勝ってるんだよ…!」

 

 

 

 他の五つ子にはない自分だけのものがある。優越感の象徴であり、代名詞になる。

 

 母親が過労で倒れてしまうのではないかと危惧して、四葉は姉妹を見捨てかけた。

 

 かねてより、少なからず姉妹への対抗心に似た何かを秘めていると感じていた。

 

 歪でも正真正銘の正直な気持ちなんだろう。四葉は姉妹に似て、優しくも寂しがり屋だ。

 

 五つ子だからってずっと一緒にいられない、現実的な思考をちゃんと持ち…寂しがっている。

 

 

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんと…お兄ちゃんのお父さんしか知らなかったんだよ

 幼稚園より多いんだよ…みんな酷いんだよ

 私たちのこと、間違えるんだよ…! こんなに違うのに!」

 

 

 

 五つ子は顔もそっくりで区別がつかない。外からの誤った評価はいつも均一だ。

 

 特殊な環境下だと言える。同い年の家族だからこそ根強く抱いてしまう、

 

 

 

「勝つとね、四葉って

 ちゃんと名前で呼んでくれるんだよ」

 

 

 

 他の兄弟姉妹とは違う、対等な関係。己の価値を賭けた競争意識があって当然だった。

 

 小学校に上がってから、それは酷く顕著に現れている。

 

 

 

「私はもう皆と同じ場所にいない、ここは四葉の場所なんだよ

 勝ってるんだよ…頑張ったんだよぉ…

 盗らないでよ…三玖のこと、泣かせたの…わざとじゃない…っ

 うぅ…うっううっ」

 

「…勝ってる、か」

 

「何でなの…何で

 私が幸せになったら、四人の誰かが不幸になって

 誰かが幸せになれば私が不幸になるんだ…何で一人しか…

 そんなのやだ…やだよぉ…みんなでずっと…」

 

 

 

 私たちは五つ子なんだから五人分用意してほしい。

 

 一つだけだと喧嘩してしまうから。五通りの幸福を用意しておいてほしい。

 

 それが許されない世界なら。花嫁が投げるブーケは気休めでしかない。

 

 譲ってはいけないものがある。もう辞められないんだと四葉は抗った。

 

 

 

「四葉」

 

「…」

 

「…四葉」

 

「…」

 

 

 

 声をかけても四葉は泣いている。去年ならもう少し素直に聞き入れてくれたのにな。

 

 …しばらく沈黙が続いていた。夜更かしもいいところ。

 

 このまま通話を切れば、四葉は脱衣所で膝を抱えて夜泣きしてしまうだろう。

 

 長いこと待っていた。四葉はようやく返事を返した。

 

 

 

「ごめんなさい…」

 

「…いい

 それよりも四葉…今から外出れるか?」

 

「…え? お外?」

 

「こっそり出てみろ」

 

 

 

 何を言われているのか。戸惑っていた四葉だったが、少しして耳元から足音が聞こえた。

 

 その音がやがて、正面から鈍い音として聞こえてくる。

 

 がちゃり、と恐る恐る玄関のドアが開かれる。

 

 もう携帯は必要なかった。長電話は金がかかるし、今日限りにしてほしい。

 

 ドアの隙間から顔を覗かせて、少女が現れた。寝間着姿でいつものリボンはない。

 

 その顔が驚きと共に崩れていく。やがてスマホを床に置いて…裸足で駆けてきた。

 

 いつも通り…いつも以上に激しく強く、腹部に突撃されてしがみつかれた。

 

 

 

「…あいつら寝てるし、内緒だぞ」

 

「お兄ちゃん…ひぅ…うぅぅっ…ごめんなさい…」

 

 

 

 電話で話し込んでいる間に、中野家に着いてしまった。

 

 放っておいたら面倒になるのは去年に思い知っている。お陰で寝ている妹を置いて家を出てしまった。

 

 暗い部屋を覗き見ると子供たち4人は寝ていて…先生は布団から体を起こしていた。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…上杉、さん?」

 

「いいや、そこの階段に座ろうぜ…寒いか?」

 

「平気です…」

 

 

 

 無言の視線から母親の許可を貰い、玄関のドアをゆっくりと閉じる。

 

 夏の夜は過ごしやすく、アパートの階段に四葉と一緒に座り込む。

 

 四葉は隣にぴったりとくっついて、リボンのない頭をこちらに摺り寄せてきた。

 

 

 

「母親には気づかれてたし、後で怒られるかもな」

 

「…」

 

「ここまで来ておいて情けない話

 おまえの悩みは五つ子特有だし…よくわからねえ」

 

 

 

 御伽話の王子様が嗜みそうな夜でも、大根役者には上手い言葉が出てこない。

 

 四葉の頭を撫でて気持ちを誤魔化すくらいはできる。とはいえ、その手段は去年使ってしまった。

 

 …江場が言っていた、矛盾という言葉が胸につっかえる。

 

 

 

「おまえは優しい子だ、四葉」

 

「え?」

 

「…我慢しないで、したいことをしてほしい

 おまえがその場所にいたいのなら…大事にしないとな」

 

「…い、いいのかな――ふぎゅっ

 む、むぅう…!? ふむーーー!」

 

 

 

 四葉の見上げる瞳が揺らいでいる。いいの?と許しを求めている。

 

 風太郎は四葉の頭を撫でて、強引に胸の中へ引き寄せた。

 

 胸に抱いた子供が悲鳴を上げている。下手したら母親が布団から飛び出てくる…

 

 顔だけ抱かれた四葉は息苦しそうにして大慌て。抗議するのも躊躇って手がバタバタと宙を空ぶっている。

 

 次第に落ち着いていき、四葉はされるがまま…目だけ頻繁に泳がせていた。顔も真っ赤で、見ていて飽きなかった。。

 

 

 

「探そうぜ、負け犬がキャンキャンうるさくなんねー方法

 1位取るの前提で、余裕ぶっこいてて生意気だけどな」

 

「むぅー!? ふぉ、ふぉんふぁこほふぁ…っ!?」

 

「…四葉、おまえは一つ見くびっている

 負けた奴らはずっと負け役ではない

 別の道を目指すなり、おまえに再戦を申し込む

 後ろを向いてないで突き進めよ

 本当の壁ってのは前にあるもんだ、そこで全部やり直しになるかもしれないぜ?」

 

 

 

 見下していると下から這い上がってくる奴に追い越されるぜ。

 

 俺は下克上を果たした身だしな、小学生の分際で余裕ぶっこいている四葉は心底腹が立つ。

 

 息苦しくなってきたのか。徐々に本気で抵抗し始めた四葉は、腕の隙間からすっぽりと脱出した。

 

 

 

「はふ…はぁ…はぁっ

 …で、でも…あるのかな

 また三玖や…皆を傷つけちゃったら…

 そんな嫌な子と一緒にいたくないって言われちゃったら…」

 

「…それでも取りたいんだろ…? 1番

 何ならアレだ、おまえが1位を取り続けたら、一つお願いを聞いてやろう」

 

「…お願い?」

 

「何でもいいぞ、叶えられる範囲で

 頑張った子にはご褒美をあげないとな」

 

「…

 じゃ、じゃあ…前みたいに」

 

「前?」

 

「きょ、去年あったの

 …おでこに…キスして…ほしい、です…」

 

 

 

 こいつ…あの時、誰にも言うなって言った最初の約束を完全に忘れてるな。

 

 小学生の子供にするような如何わしい趣味もなく。四葉の額にデコピンしてやった。

 

 

 

「ませガキ、落ち込んでた割に図々しい」

 

「う"」

 

 

 

 気落ちするガキに気遣っていたら手痛い謝礼を求められた。人の気持ちを仇で返すプロである。

 

 四葉は告白した気まずさから額に汗を垂らして目を泳がせている。

 

 月明りに照らされた四葉の足が落ち着きなく揺れている。サンダルをパタパタと仰がせて返事を急かしている。

 

 …何がそこまで嬉しいのやら。それでおまえの気が晴れるのなら。

 

 ちらちらと見てくる顔を赤くする子供の期待に負けて。

 

 風太郎は了承の返事ではなく、四葉の髪に指を指し込んだ。

 

 

 

「あ、あれ? あ…」

 

 

 

 去年の既視感を覚える。唇に慣れない感触が伝わる。

 

 風太郎は四葉の額に口づけした。子供を慰めるべくしてやった、あの時のように。

 

 返事を貰うことだけを考えていた四葉に疑問が襲う。約束の内容に反するから。

 

 やがて戸惑いと羞恥心が占める。額の一点を手で抑えて赤面している。

 

 

 

「へ? え?」

 

「何だ、欲しかったんじゃねえのかよ」

 

「で、でも…四葉、まだ1位取ってな――」

 

「取ったじゃねえか

 この前、三玖を負かして1位に」

 

「…」

 

 

 

 四葉は三玖から勝利を取り上げて、泣かせてしまったことに後悔した。

 

 勝つべきじゃなかった…が、あの時の本気を出した三玖は確かに早かった。

 

 あいつに勝てたのは四葉の努力の賜物であって…

 

 

 

「本気のあいつは早かっただろ

 三玖に勝つとはやるじゃねーか、四葉」

 

「…

 ずるいよ…」

 

「何が」

 

「…

 もう、負けたくないって思っちゃった…

 これも譲りたくないもん

 私のにしたい…ししし」

 

 

 

 その努力を否定したくない。その努力で得た何かは四葉にとって大きな価値があるはずだ。

 

 だから、褒めてやらねえとな。本来こうするべきだったんだ。

 

 四葉にはちょうど良いだろう、このくらいが分かりやすい。

 

 おまえが大事なんだと、言葉にできない気持ちを伝えられる卑怯なやり方。

 

 少し子供には過激かもしれないけど。もうやらない、絶対。

 

 ええ、如何わしいことだと、そんなことは重々承知していたとも。

 

 

 

「えへへ…そうだ、上杉さん

 もう遅いから泊まってって

 四葉のお布団空いてるから一緒に寝ようよ」

 

「いや、らいは一人にさせられないし…もう帰――ぃっ!?」

 

「? どうしたの上杉さん、お家に何か――うわぁああ!?」

 

 

 

 愛娘を家に帰してやろうと振り返った直後、背筋が凍りついた。

 

 ギギギィィ…と玄関のドアが薄っすらと開かれていた。暗闇の奥で中野零奈が見ていたのだ。

 

 

 

「去年は何も言いはしませんでしたが…

 接吻は度が過ぎます、上杉君」

 

 

 

 娘を溺愛する母親が大人しく寝床で待っているわけがなかった。

 

 背後霊顔負けの母親の監視に、娘が悲鳴を上げて俺の腕の中に隠れた。

 

 人知れず覗き見ていた女の恐ろしさは夏の怪談に勝る。この日、俺と四葉は寝るに寝れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日から夏季休暇となります」

 

 

 

 暑苦しい陽光の下、明暗くっきり分かれた教室で担任が毅然と教壇に立っている。

 

 このクラスは鬼教師が担任ということで静寂極まりなく。夏休みに浮足立つ隣のクラスの騒めきだけが響いている。

 

 

 

「高校生最後の夏休みに、青春の思い出を作るのは素晴らしいことですが

 節度ある休日を過ごしてください

 入学試験まで半年になります

 三者面談で伺った皆さんの進路希望が叶うことを願っています」

 

「はぁ…憂鬱だぞコラ…夏休みだってのに」

 

「ちょっと前田、静かに」

 

 

 

 担任の忠告に、受験が差し迫っている生徒から愚痴と苦笑いが漏れる。

 

 ふん、何を嘆く必要があるんだ。この夏休み、怠惰に過ごせば大学受験は敗北濃厚。貴重な勉強時間だ。

 

 先生が言いたいことは、浮かれてないで勉強しろってことだろ。

 

 当然、俄然やる気だぜ、俺は。夏休みで陸上部のマネージャーも終わりだしな!

 

 風太郎の募る興奮を誰一人知ることなく、1学期最後のHRが終わり下校となった。

 

 午前中の3限目で終わったが、午後は懲りずに陸上部がある。それまで昼食を挟み暇を持て余すことになる。

 

 

 

「風太郎は陸上部?」

 

「ああ…もうじき解放される…待ち遠しいぜ…」

 

「お疲れ、私も今日は中野先生に聞きたいことあるし残るんだ」

 

「聞きたいこと?」

 

「ほら、日の出祭ってあるんでしょ?

 私転校してきて知らないし

 私の幼馴染みは女の園で汗水流してるし、先生に聞いておこうと思って」

 

 

 

 隣席の幼馴染み、竹林がテンション高めに声をかけてきた。

 

 勉強や雑務から解放されてさぞ気分が良いのだろう。いつもより何割か面倒くさい空気を感じる。

 

 一方で職務に忠実で、2学期の文化祭について確認したいことがあるようだ。

 

 

 

「日の出祭…

 そういえば…俺たちが文化祭実行委員になるのか、学級委員だし」

 

「今更? ということで私も午後まで残るから

 良かったらご飯食べに行こうよ」

 

「…別にいいけどよ、食堂か?」

 

「んーん、外で どっか食べて行こうよ」

 

「えー 出費が倍になる」

 

「焼肉抜き勘定で計るほうがどうかしてるよ

 でも安心していいよ

 風太郎頑張ってたし、今日は私が奢ってあげよう、マック」

 

 

 

 えっへんと胸を張る竹林。こいつのいつもの癖だ。しきりたがりで、奢るから絶対についてこいっていう押し付け。

 

 かといって、奢るとまでサービスして誘われると靡いてしまう。

 

 それに人のいない食堂で焼き肉定食焼肉抜きを食ってたら…最悪女子陸上部にバレる。絶対からかわれる。

 

 悪くはない、むしろ200円が浮く。竹林の誘いに乗ろうとリュックを背負うと、背後から肩を掴まれた。

 

 

 

「上杉、上杉、後生だから頼む」

 

「な、何だ、前田かよ

 急に掴んでくんな、俺は今から竹林にハンバーガーを奢ってもらうところだ

 人生初だ、邪魔するな」

 

「そりゃ悪ぃ――って、女子に奢ってもらうんじゃねーよ!?

 つーか高3でマックデビューかよ! どんだけ健康志向なんだ!?」

 

「小学生のお小遣いは5円だったからね、風太郎

 1年かけてもハンバーガー食べられない悲しい少年時代を過ごしていたんだよ」

 

「え、上杉君行ったことないってマジ?

 ほんと異端な学級委員だよね、逆に初めての感想とか気になるんだけど」

 

「待ちたまえ上杉君、勝負はまだついていない!

 期末テストでは君は全て満点で1位、僕はまたもや2位…この雪辱は2学期で果たすとしよう

 それはさておき、3年にして同じクラスになれたのも宿命!

 通知表で勝負といこうじゃないか!」

 

「上杉君、悪いんだけど陸上部のことで報告が

 …って、何なのこれ…君、こんなに友達いた?」

 

 

 おい、何で帰る直前になって人が集まってくるんだ。悪意を感じるぞ。

 

 先生の言葉通り、娯楽に現抜かさず勉学とバイトに勤しもうと気を引き締めた直後に喧しい。

 

 前田に捕まり、松井に面白がれ、武田に勝負ふっかけられ、江場が部活に引きずり込もうとしてくる…帰りてぇ。

 

 学校で浮いていた俺に声をかける連中が集い、クラスメイトの連中は意外そうに諦観していた。

 

 

 

「食い物に金かけてなかっただけで珍獣扱いするな

 もうハンバーガーとかいらね、帰る」

 

「んー、時間なくなるし、せっかくだし皆で食べに行こうよ

 打ち上げ打ち上げ、皆で学級長を労い褒め称えよー!」

 

「お、いいんじゃね

 ま、松井もどうだ? 竹林さんがこう言ってるしよ」

 

「うちはいいよ、江場さんも一緒にいく?

 上杉君手が離せなくなってるし」

 

「え

 …いいけど、近いところにしてくれる?」

 

「上杉君! 食事の前に通知表の結果を! 白黒つけようじゃないか!」

 

「や、やめろ! 見るな! これだけは見られたくない!」

 

「オール5 はいはい凄いね ほら行くよ」

 

「くっ…同点!!」

 

 

 

 ネタバレされて非常に不服である。武田も品行方正なだけあって内申点は自信があったらしい。

 

 竹林に背中を押され、ついでに松井も便乗してきた。転校してから修学旅行を経てすっかり仲良しである。

 

 騒がしいのはお断りだと抗っても前田と武田にまで押され。早く行けと江場にまで睨まれて連行されてしまった。

 

 お、おまえら…! 何なんだその連帯感は! 俺だけか、俺だけコミュニケーション不足だと言いたいのか。

 

 連れて行かれる最後の風景に、職員室へ向かう中野先生と目が合った。

 

 

 

「…ふふ」

 

「…」

 

 

 

 廊下まで響き渡る、俺たちの馬鹿騒ぎを見た先生が…何が面白いのか、口元に指を寄せて苦笑していた。

 

 教師として…というよりも、年上の女性。母親に近い面倒見の良い微笑みを見てしまった。

 

 羞恥心と怒りが顔まで上り詰めてくる。こっち見んな! 笑ってんじゃねえぞ鬼教師!

 

 無性に恥ずかしく。余裕がなくなるほど振り回されるのは五つ子だけで十分だと憤慨する風太郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勉強教えてくれ、上杉

 受験受かる気しねーんだわ…人生最大のピンチにバイトしてる場合じゃねえ」

 

「夏休みから勉強したところで手遅れだ

 今更後悔した所で自業自得だ、はっはっは!――むぐ」

 

「声がでけぇバカッ…!

 たこ焼き奢るから、俺に勉強するコツとか教えてくれ、頼む…!」

 

「どうしたの前田、内緒話して」

 

「ここからは女禁制だコラ」

 

「彼、どうしても志望校に受かりたいそうだよ

 彼の志望校は確か松井さんも同じ――」

 

「武田! てめーも口が軽いんだよ! こっち来い!」

 

「受験ね…そっちは大変そうね」

 

「んー? どうして自分だけ蚊帳の外を決め込んでるのかな、江場さん」

 

「私は陸上で推薦取るから、貴方たちと一緒にしないで」

 

「なぜこの場で亀裂を生むような発言ができるの?」

 

 

 

 竹林発案で高校3年生6名様でファーストフード店を訪れた。

 

 対面に女子3人、こちら側も男3人で昼食を摂る。

 

 合コンかと突っ込みたい衝動に駆られたが、そんな色恋沙汰など皆無で、各々が好き勝手喋っている。

 

 初めて食べたハンバーガーはパサパサしてるというか、味が濃いっつーか。こんなもんかって感じ。

 

 200円の焼肉のほうがいい、という風太郎の素気ない感想に、奢った竹林は笑っていた。

 

 ハンバーガーを頬張っていると隣の前田に引っ張られて180度後退。こそこそ話す内容は…色恋沙汰のそれだった。

 

 

 

「松井と同じ大学狙いか

 それやるなら告白してからじゃね、ストーカーかよ」

 

「う、うっせぇ…つ、付き合った時に勉強しても遅いだろうが、コラ

 …んだよ、無謀だと言いてえのか」

 

「いや、なかなかできない選択だ、良いと思うぞ

 何事も上を目指すべきだ、特に勉強に関してはな

 理由が不純なのが玉に瑕だけど」

 

「そうさ、何も身構えるほどじゃないさ、前田君、ね?

 この夏休み、そして冬休みを勉学に専念すれば希望は見えてくるものさ

 僕や上杉君と同じレベルまで上がろうと考えているのなら、無理が過ぎると忠告しただろうけれど、ね?」

 

「何で学年1位と2位ってここまで捻くれてんだ…もう馬鹿でいいわ」

 

「彼女より頭の悪い彼氏、望み薄だな…ふっ」

 

「んだとコラぁ! 松井だってそこまで頭良くねーだろコラ!

 あいつも下から数えたほうが早い馬――」

 

「うちが何?」

 

「――」

 

「松井ちゃんが成績底辺のお馬鹿だって前田君が」

 

「え…? …あ、ま、ちげぇ!?」

 

 

 

 竹林の告げ口を聞き、松井が前田の睨みつけている。これで付き合おうと考えているのか…望み薄である。

 

 隣の前田が黙ったことでこちらは身軽になった。やれやれ、と隣の痴話喧嘩をスルーして…江場を見やる。

 

 

 

「そういえば部長、俺に何か用があったんだろ」

 

「ああ…うん

 今朝連絡あったんだけど…うちの部の顧問が明日から復帰するんだ」

 

「…何?」

 

「えっと…顧問が戻ってくるの? なんか大変ってのは聞いたけど」

 

「僕も今日聞いたよ

 忌引きで休まれていた先生が、明日から正式に復職される

 夏の大会が迫っていることを心痛めていたんだ、間に合って良かったじゃないか」

 

「…

 となると、俺はお役目御免か」

 

「…まあ…女子の部活に男子のマネージャーだもんね…

 今日はともかく、明日は仕事の引継ぎ…で終わりかな?」

 

 

 

 江場の突然の朗報に理事長の息子の武田が補足した。顧問不在を補うマネージャー業に必要性がなくなった。

 

 嬉しく思うべきだ。陸上部の拘束時間は凄まじく、バイトの収入も勉強時間も激減して死活問題だった。

 

 返事に困ったのは、すぐさま思い浮かんだ部員たちの姿があったから。

 

 飛び入りの助っ人だったが…一人きりの異性相手に良くしてくれたと、今では思っている。

 

 後輩には慕ってもらえたしな。陸上部エースの直江も、なんだかんだ部活以外でも俺によく声をかけてくれている。

 

 元の生活に戻るが、全てが元通りになるには若干惜しい気持ちがあった。

 

 

 

「…そこで、君に相談なんだ

 まだ大会まで数日ある…以前はともかく、君の仕事ぶりは評価しているし

 部員からも君のサポートが欲しいと声が上がっている

 せめて当日まで、マネージャーの仕事を手伝ってくれないか」

 

「断る」

 

「………」

 

「ば、バッサリいくね風太郎」

 

 

 

 いや、断るだろう…普通。

 

 元より中野先生に飛び火することを避けるべく、理事長と交わした約束事。

 

 中野先生が絡まなければ、元よりこんな大仕事引き受けていない。マネなら女子を探せと言いたい。

 

 愛着も同情もない風太郎の態度に竹林は呆れ、武田は賞賛する。

 

 

 

「僕は彼の意見を尊重する

 きっぱりと温情の一つもない冷酷さは、敵ながら天晴と言っておこう」

 

「…断る理由は…それは、私が気に食わないから?」

 

「…いいや…四葉の怪我、気を配ってくれたことに感謝している

 まあ…おまえの強引なやり方は相変わらずで、言いたいことがないわけじゃない

 突発的な合宿はマジでやめろよ、退部者が出る」

 

「回りくどい…はっきり言ってくれる?」

 

「…俺は顧問の代理を補う穴埋めであって、正式なマネージャーを引き受けたわけじゃない

 中野先生が顧問をする可能性がもうないのなら、俺の知ったことじゃない

 顧問もいて、マネージャーが必要なら新しく引き入れればいいだろ」

 

「…ぐ…ぬ…約2月…その間彼女たちを見守ってきて、思い入れとかないの?」

 

「全然」

 

「ぐ、ぐぬぬ…!」

 

「…

 さっきまで受験は推薦で楽勝、とか余裕こいてた人が苦悶の表情浮かべてるよ、武田君」

 

「爽快だね」

 

 

 

 隣でパチパチと拍手を送る武田が鬱陶しい。江場が俺を恨めしそうに睨んでるし、おまえのせいだぞあれ。

 

 江場は悔しそうに歯を食いしばり…黙ってジュースのストローを口にした。

 

 …齧ってるし、ズボボボと空の音が鳴ってるし。

 

 ズゴゴゴゴと騒音で抗議する部長様は放置して、隣の爽やかな空気を振りまく男を睨む。

 

 

 

「そういえば武田、おまえ二乃にまた物を買い与えたんだってな

 あれから五月が食べたい食べたいってうるさいんだ、どうしてくれるんだ」

 

「ああ、そのことかい

 先日、女子陸上部が中野先生のお子さんにお菓子を買い与えたと聞いてね

 母が焼いた洋菓子をお裾分けしたんだ、二乃ちゃんには何度も作り方を教えてほしいと頼み込まれたよ

 母がレシピを書いているんだ、子供でも作れるようにわかりやすく、ね

 今度渡すとするよ」

 

「なぜおまえの母親がそこまで意欲的なんだ…」

 

「僕が以前クッキーを焼かされて、父が食べたじゃないか…誰かさんのせいで」

 

「しつけー」

 

「母に知られたら…私にも作ってと言われた

 まったく…作ってみたら下手だと散々指摘を受けたよ

 でも…きっかけをくれたのはあの子たちだ、礼ぐらいさせてほしい」

 

「…そうかよ」

 

「夏休み、君が多忙なら僕があの子たちの宿題見て上げようか」

 

「しなくていい」

 

「そうかい、あの子たちにも言っておくよ

 嫉妬した君に断られた、と…ね?」

 

 

 

 うぜぇ…腹立たしい。こいつ…五つ子を餌に俺を煽って何が面白いんだ。

 

 そのつもりなら、おまえが五つ子と遊んでる間に勉強しまくってやる…こいつが一番悔しがる手法で仕返ししてやる。

 

 武田はより一層爽やかさを翳してハンバーガーを口にした。食うのが下手で肉がパンからはみ出て落ちてるし。

 

 隣は男女で痴話喧嘩。もう隣は憎悪混じりにストローを貪る女と、ボロボロ食い物を零して慌てる男。

 

 色々と絵面が酷い。一人で食っていればすぐに終わる食事が…非効率だ。

 

 …ここまで騒がしい場所に連れてこられたんだ。当初の目的を果たすとする。

 

 

 

「…竹林」

 

「ん?」

 

「…おまえ、先生に――」

 

「大丈夫、あれから何も言ってないよ

 …まだ」

 

「…ならいいが…あまり先生に迷惑かけるなよ

 あの人忙しいし、お人好しだからな」

 

「…ほんとに、変わったね…風太郎」

 

「…」

 

 

 

 京都の人が誰なのか。

 

 竹林には一度も教えたことのないはずだ。7年前のあの修学旅行で、誰とあって、どのような話をしたか。

 

 竹林の言う通り、先生と出会い別れた後…変わったと思う。あの人に影響を受けて、憧れて夢を抱いたから。

 

 …苦手だった勉強は順調とはいかなかった。喧嘩して、見下されて、孤立して…

 

 

 

「…」

 

「…うん、ハンバーガーおいしい、変わんない味だね」

 

 

 

 竹林は変わっていない。

 

 優しくて、面倒見良くて、可愛くて。

 

 口には絶対にしない。やはり俺の初恋の女の子は…苦手な子だった。

 

 俺よりも仲の良い男がいるくせに。

 

 冷めたハンバーガーに齧りつく竹林の顔は相変わらず、質素な感想を口にした。

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