五等分の園児   作:まんまる小生

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後の後その5 ヤキモチとしけたパン

 罪を償う術の一つに、お詫びを込めて何かを贈る、といった謝辞の代弁に便利な方法がある。

 

 品が高額なものほど謝罪の気持ちが大きく見えるというもの。非物質を物質に、可視化することでわかりやすくなる。

 

 日頃慕ってくれていた子供を泣かせてしまった。炎天下の公園で汗より大きな涙の雫を見せられて、風太郎は猛省している。

 

 社会的な罰という大仰なスケールには至らなくとも、子供にとってはたった一日の経験がずっと残り続ける。

 

 傷や痛みに変えられるものはない、が。自分を怖がって強張ってしまった頬を解くことはできる。

 

 

 

「店長、とびっきりの抹茶のケーキをお願いします

 あと苺のショートケーキ」

 

「注文を受けたのかい? 駄菓子屋ならともかく、ケーキ屋に子供だけってのはね…

 保護者は来るの?」

 

「すみません、入用でどうしても招きたかったので

 あの二人にケーキ奢らせてください、何かあれば俺が責任持って対処します」

 

「…」

 

「店長、お願いします

 泣かせてしまったまま、帰したくないんです」

 

「…五つ子ちゃんたちの他にもう一人呼んでくるとは

 君、やはり生粋のロリコンじゃ――」

 

「それはもういいので早くケーキ作ってください、お客様が待ってますよ」

 

「店長をこき使おうとは…まあいいよ、今更だし

 三玖ちゃんは甘いものが苦手だからね、あの子が絶賛する抹茶ケーキをお披露目する絶好の機会だ!

 ふははは! 三玖ちゃんのOKが出たら商品化するとしよう!」

 

「なぜあいつに採用決定権が…」

 

 

 

 公園での一見の後、大泣きした三玖を放っておくのは忍びなく。あの子の友達であるリっちゃんも怖がらせてしまったわけで。

 

 お詫びにお子様2名をケーキ屋に案内したのだ。親不在の来店は初めてで、三玖は緊張していたが。

 

 ケーキは俺の奢りだ。痛い出費だが、三玖の友達にまで迷惑をかけてしまった以上腹をくくるしかない。

 

 ケーキ以外にもジュースを提供するべく、ご希望のオレンジジュース2つをトレイに載せてテーブル席へ向かった。

 

 

 

「今日は悪かったな、三玖、リっちゃん

 公園で遊ぶどころじゃなくなっちまった」

 

「うん…」

 

「だ、大丈夫…です!」

 

「それと、三玖を守ってくれてありがとな、これからも三玖の友達でいてほしい

 落ち着かないだろうが、せめてお詫びのケーキを食べていってくれ」

 

「あ、ありがとー…ございます!

 …い、いいのかな三玖ちゃん…ジュースもケーキも食べちゃって」

 

「うん…ここのケーキ屋さん、フータローが働いてるから

 私も家族全員でよく来る、常連さん

 ケーキも美味しいんだよ、抹茶しか食べたことないけど」

 

「へー でもなんか、大人になった気分だね

 よくテレビでお話してたりするよね、こういうところで

 あたしたちオレンジジュースだけど」

 

「ドラマはあまり見ない…

 私もお母さんがいない時に来るの初めて

 フータロー…後で来てね…ひ、一人にしないで…」

 

「もうお前を泣かせたりしねえよ…そのベルを鳴らしたら行くから

 一足早い大人気分を満喫してくれ」

 

「わ、わかった…」

 

 

 

 小学1年生にはまだソファは大きいか。足をプラプラと浮かせる三玖が緊張した面持ちでこちらを見つめていた。

 

 一方で三玖の対面に座るリっちゃんはちゃんと足が付いている。

 

 三玖が確か身長120cmちょっとだったか。同年代の男子が恐れるリっちゃんは…140cmくらい?

 

 将来は俺の身長超えるんじゃないか。運動部が似合いそうな子である。

 

 髪を二つに留めたおさげがあるせいか、リっちゃんは身長の割に幼い印象が見える。根は良い子のようだし、三玖は良い友達持ったな、マジで。

 

 子供二人にオレンジジュースを渡して席を離れ、バイトに従事する。幼稚園児と違い多少目を離してもトラブルは起きないだろう。

 

 

 

「あれ、風太郎だ

 バイト中? こんな暑い日でも精が出るねー若人」

 

「げ…」

 

 

 

 もうトラブルは御免だってのに、五つ子以上に面倒な奴が来店しやがった。

 

 従業員にカウンター席へ案内される客が声をかけてきた。今回は一人で来たのか。

 

 俺と客が知り合いだとすぐにわかったんだろう。案内の途中だった仕事仲間が俺に案内を引き継がせやがった。合理的だけどそうじゃなーい!

 

 

 

「ねえケーキ屋さん、夏のフェアとかやってない?

 葡萄とか桃とか旬だしさ、美味しくて冷たいパフェの新作出てない?

 今そういう気分なんだけど、気を利かせてくれる店員さんいないかな?」

 

「メニューをご覧になってください」

 

「私はどっかの幼なじみさんほど博識じゃないから、カタカナとかよくわかんないので

 せっかくだし、1から全部読んで貰おうかなー!」

 

「…そのタフなメンタル、どこで会得したのか教えてくれ

 竹林、俺仕事中だからあまり構ってこないでください、お願いします」

 

「はいはい、わかってるよ

 でも注文決まったら来てね、クーポンとかあるでしょ」

 

「お友達割引はございません」

 

 

 

 竹林、俺の幼馴染である。今日は黒い髪を結ってポニーテールにしていた。そんなに暑いなら家に引き籠ってろ。

 

 幼馴染であるが…三玖の苦手な相手である。散々虐められて毛嫌いしている相手である。あれ、こいつも粛清対象?

 

 つーか詫びを込めて三玖を誘ったのに、嫌な思いさせたら誘った意味なくなるんだが!? 三玖に感知されることなく即刻退店してもらいたい。

 

 メニュー表を渡しておいてテーブルから離れると、ホールを出る直後にベルが鳴った。

 

 竹林のテーブルである。あいつ…見計らってやっただろ。

 

 

 

「マンゴーパフェがお一つ

 ブレンドコーヒーをホットでお一つ

 以上でよろしいですか」

 

「はい、お願いします

 それと、五つ子ちゃんたちとはどう? 夏休みも会ってるの?」

 

「…

 あいつらの家庭教師役引き受けてるからな」

 

「家庭教師…?

 え、中野先生、まさかの子供には英才教育…流石教師の娘かな

 ん? にしては…

 よくもまぁ実績のない人を雇ったものだね」

 

「小学1年生相手に全国1位を採用して、先生は見る目あると思うなー俺」

 

「…そういう制約があって、中野先生たちと関わってるの?」

 

「いや…事情があるんだ、色々と

 不用意に詮索するな、ただでさえあの人育児と仕事で忙しいんだ」

 

「ふーん 知った風に言うじゃん、昔の風太郎は自分主義で完結してたのに」

 

「…」

 

「怖い怖ーい スマイルだよ、風太郎

 そんなんじゃ五つ子ちゃんたち泣いちゃうでしょ」

 

「う"っ!」

 

「あれ、案外効いた」

 

 

 

 おのれ、ピンポイントで言ってくれるじゃねえか。さっき泣かせちまったし流石に懲りた。

 

 …俺そんなに怖い顔してる? 以前、二乃まで泣かせちまったしな…五つ子のお兄ちゃんメッキが剥がれてきてるような。

 

 

 

「ちなみに…なんだけどさ

 昨日は先生と会った?」

 

「あ? ああ…まぁ、会ったぞ」

 

「あー…そっか…

 …いや、まだ分かんないか

 ど、どのくらい? 何時頃?」

 

「どのくらいって…昼と…よ――

 ひ、昼だけ」

 

「昼時って…ん? 先生働いてたでしょ?

 え、まさか…学校に? もしかしてまたお弁当とか

 あー そっか、そうだよね、夏休みは学食やってないもんね

 作っちゃったかー 風太郎は作っちゃう男子だったんだー」

 

「何が言いたい…ハッキリ言えよ」

 

「普通女子でもやらないよ、うん」

 

「おまえの女子力が低いだけなんだと思う」

 

「いや…愛妻弁当は結婚してからじゃ…

 あーあ 風太郎ってちゃっかりと知らないところでそういうことするよね

 夏休みとか文化祭で、しれっと恋人作っても報告しない人だよね」

 

「もう帰れよおまえ」

 

 

 

 詮索するなと言った傍から根掘り葉掘り聞こうとするな。女子トークに発展させようとするな、こっ恥ずかしい。

 

 竹林は昔からこうだ。何でもかんでも友達のことは知っておきたがる嫌な性格だ。リーダー面して管理したがるのだ。

 

 その癖自分のことは全く喋らないしな。真田と家同士で仲良いのだって小6で初めて知ったからな、俺は!

 

 竹林が騒ぐから他のお客さんから注目を浴びてしまっている。

 

 

 

「…む~~~!!!」

 

「あ、あれ? 三玖ちゃん? どうしたの?」

 

「またあの女の人…フータローといる…

 …むぅ…やっぱやだ…」

 

 

 

 バレた。ソファに膝立ちになって顔だけ出した三玖が、こちらを憎たらしく睨みつけてくる。

 

 怖いぞおまえ、俺よりも酷い顔してるじゃねえか。その眼力であの悪ガキ共追い払えただろ。

 

 三玖の視線にげんなりしても、竹林はそんなこと露知れず。何やら小言でぼやいていた。

 

 

 

「お昼だけなら…関係ないかな

 先生も何も言ってなかったし

 流石に性質悪いことする人じゃないもんね」

 

「…何だ

 まさか、昨日の先生の疲労困憊はおまえが原因か」

 

「あー怖い、さっきよりすっごく怖い

 誤解なのに、幼なじみより若くてクールで巨乳美人な女教師につくんだ

 幼なじみ泣くかもね」

 

「茶化さず答えてくれ」

 

「…疲労困憊? は誤解であって…

 でも元凶は私というか…間接的な原因は私…

 待って、やっぱこれ、そう気軽に話せない

 特に今の風太郎には話したくない、流石に私が責められるのは嫌」

 

「お、おう

 …おまえを責めたいわけじゃない

 理由が知りたくてな…」

 

「…そういうところは昔の風太郎のまんまだよね」

 

「…すまん…気が利かなかった」

 

「ううん

 先生、大事なんだもんね…いいよ」

 

 

 

 竹林が説明を拒否するほどか…俺の顔は凶器の類なのか。接客業やってるんだが、こちとら。

 

 昨日の先生の異変と結びついているのは竹林のようだ。

 

 ぱっと思い浮かぶのは…俺が京都で出会った人が先生だと竹林に露呈したこと。

 

 しかし、あれからだいぶ日が離れている。口論になった様子もなく、そもそも竹林に何か影響を及ぼすものではないはず。

 

 先生が疲れるほどの何かが思い当たらない。日を改めて竹林に聞くしかないか。

 

 注文は聞いたので今度こそ竹林のテーブルから離れる。離れたかったが、ちょんちょんと肩をつつかれた。

 

 

 

「風太郎、何か紙落ちたよ

 …紙というかパンフレット?」

 

「あ、ああ…そうだった

 おまえと遊んでいる場合じゃなかった、店長に聞きたいことあったんだよ」

 

「風太郎ってさ、つくづく私に当たりが強いよね」

 

「おまえもな」

 

「私はほら…風太郎の幼なじみだし、いいじゃん、6年前と同じ小学生みたいなノリ

 あ、あの無精ひげ生やした人が店長さんでしょ

 店長! てんちょーさーん! 風太郎が呼んでますよ!」

 

「おまえマジで帰れ」

 

「お客様に帰れとは何だね、上杉君

 抹茶と苺のケーキはもう少し待ってほしい

 今プレートにハリネズミを描いてるところ、上手く描ける人見つけたから」

 

「…ハリネズミ…?」

 

 

 

 トレイの裏に持っていたパンフレットがいつの間にか落ちていたようだ。竹林が拾ってくれたことで、今日の用事を思い出した。

 

 子供たちと竹林のせいで忘れてた。あと店長からの買い出しもあって。今日は情報収集をする予定だったのだ。

 

 子供たちのケーキは最終段階に移行している模様。三玖が好きなハリネズミをチョコレートのプレートに描いているらしい。

 

 …チョコは苦手だから違うもので代用しているのか? 何にせよ凝ったケーキになりそうだな。

 

 子供向けじゃねえ…俺が金払うんだし、上限額を設けておくべきだった。

 

 

 

「ほら風太郎、お話があるんでしょ」

 

「おまえ聞く気満々かよ」

 

「お話? もしかしてシフトのことかい?

 そうそう、今年の夏祭り当日さ

 また中野さん達と一緒に行くと思って休みにしといたけど」

 

「何ですかその気配り」

 

「優しい店長さんじゃん」

 

「いや、まだ確定じゃねえし…あの人お盆は実家に帰るし」

 

「…ほんと先生と仲良いよね、風太郎 何でスケジュール共有してんの」

 

「ロリコンだからね、彼」

 

「知ってます

 けど、私が言ってるのは五つ子ちゃんじゃなくて、その母親の方です」

 

「…ロリコンだけでなくマザコンとは、もうただの節操なしじゃ」

 

「同年代の友達より大事なのは確実ですよ」

 

「なんつう嫌な組み合わせだ…」

 

 

 

 竹林の阿呆は放っておいて、別に聞かれても差し当たりはない為パンフレットを店長に手渡した。

 

 とあるベーカリーの紹介記事で、都内に店舗を置く人気の店だ。

 

 ミシェランで星を獲得したこともあって人気を博している。都内に2店舗経営していてどちらも人気のパンが午前で売り切れる。店内は自由に入れる為行列等はないが焼きたてのパンが並べば争奪戦は必至。

 

 予約や整理券などないのが余計に客同士の競争を熾烈なものにしている。正直行きたくない店だ。俺は庶民的な店がいい…

 

 

 

「…

 君、どこでこの店のことを?」

 

「うち、家の1階が元喫茶店だったんです

 買取たいとか交渉を持ち掛けられてまして

 その買取先の店がここのようです」

 

「む…喫茶店?

 前々からもしかしてって思ってたけどさ、上杉君

 あのうえすぎってお店、確か10年くらい前だったかな

 あったよね、そんな名前のお店」

 

「うちの両親が開いていた店です」

 

「なるほどね

 以前行列ができるくらい人気なお店があったとか聞いたことがあったっけな

 そうか、君のご両親がね…

 今はもうやっていないのかい?」

 

「ええ、母が亡くなったので」

 

「…そうか、それは残念だね」

 

「…マザコンは失言だったかもしれませんね、店長」

 

「深くお詫びするよ」

 

「時給上げてもらえたら嬉しいです」

 

 

 

 先程のやりとりが不謹慎だったと感じた店長を察したのか、竹林がまた茶化してきた。おまえが割を食うだけだからやめろ。

 

 しかし、まさかお袋の店をご存知だったとは。10年前はこのケーキ屋はなかっただろうし、店長が店を開く前の話か。

 

 人気あったしな、やはりそこそこの知名度はあったのか。今までしてこなかった話題なだけに新鮮だった。

 

 店長はパンフレットを流し読みして返した。受け取ると後ろから盗み見ていた竹林にそのまま横流ししておく。

 

 店長に聞いたところでこのパン屋の正体、お袋の店の買取の目的は分からないだろう。

 

 ただ、店長は以前から妙な噂を聞いていたはずだ。俺も度々愚痴を聞いていた。

 

 

 

「一つ言っておくと、店を買い取る件はだいぶ怪しいと思うよ」

 

「え、なぜです?」

 

「そいつ既に買い取ったんだよ、別の店をね」

 

「…はい?」

 

「前話したコーヒー屋の話、覚えてるかい?

 あそこも君と同じように話を持ち掛けられて、つい先日売却すると決めたそうだ

 ちっ…このコーヒーに代わる仕入れ先を見つけなければ…

 商品は減らされるわ、商売相手は増えるわで最悪だ」

 

「私のブレンドコーヒーが期間限定になるんですか」

 

「ご注文ありがとうございます

 まぁそういうことになるね」

 

「…じゃあ、その風太郎のお店を買う理由がなくなったのかな?

 問題解決?」

 

「いや、どうだか…先日って言っても、つい最近うちに来たようだし

 まさかうちを倉庫にでもするつもりか――」

 

 

 

 チリーンチリーン!

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 職業病か。呼び鈴が鳴らされると何番のテーブルか確認してしまう。

 

 うちは機械ではなく完全アナログでベルの音を聞いての対応なので、ホールを見渡さないといけないのだ。

 

 しかし俺も店長も今は手が込んでいる。私用だけど。なので他のホールスタッフが対応して――

 

 

 

 チリーンチリーンチリーン!!!

 

 

 

 この鳴りようだと怒り心頭でベルを鳴らしている。クレームに違いない、早急に対応しなければエスカレート――

 

 

 

 チリリリリーン!!! チリーンチリーンチリーン!!!

 

 

 

「…行ってきなよ もうケーキできてるだろうし」

 

「はい…」

 

「あ、フータロー このパンフレット借りてもいい?

 次会ったら返すからさ」

 

「ご自由に…」

 

 

 

 クレーム対応なら店長直々に対応してほしいが、あのテーブルは俺が責任持つって言ってしまっている…

 

 お客様こっち見てるし。膝立ちでこっちガン見してるし。リっちゃんがやめなよって言ってもやめないし。

 

 慌てて駆け寄ってきたホールスタッフからトレイを受け取る。抹茶のケーキと苺のショートケーキ。もう向かうテーブルは全従業員分かっていた。流石プロ。

 

 お詫びの品を納めるべく、子供二人が座るテーブルへ向かった。膝立ちになってベルを独占する子供は睨んだまま。

 

 

 

「お待たせして申し訳ありません

 こちら本日限定、三玖ちゃんごめんなさい抹茶ケーキになります」

 

「フータロー…またあの女の人と一緒だった…」

 

「三玖ちゃんごめんなさい」

 

「…有罪…! 切腹…!」

 

「お兄ちゃんに死ねとおっしゃるか…」

 

「三玖ちゃんがこんなに怒ってるの初めて見た」

 

 

 

 三玖、大層ご立腹。切腹って何だよ、お侍様じゃあるまいし。

 

 ケーキがテーブルに並ぶと、リっちゃんは目を輝かせてお礼を言ってくれた。

 

 こういうところが子供の良いところだと思うなお兄ちゃん。ケーキを目にしても仏頂面されるとお手上げだぞ、三玖。

 

 …うちのシェフが張り切って作った抹茶のケーキ。餡蜜とくるみ、渋い栗のクリームまで振舞って…お高いケーキになりそうだな、おい。

 

 しかし三玖のご機嫌取りに成功したのは、ビスケットのプレートに描かれたハリネズミのイラストだった。手に取ってまじまじと見ていた。

 

 気を逸らされたことにハッと我に返った三玖が喜び半分、やはりお怒りを沈めてくれない模様。

 

 あれだけベルを鳴らしていたんだ。ギュッと引っ張られ、風太郎のエプロンを掴んで離してくれなかった。

 

 

 

「あれ? 三玖ちゃん?

 風太郎、三玖ちゃんいるじゃん」

 

「いらっしゃい三玖ちゃん

 今日の抹茶のケーキは自信作なんだ

 食べたら感想聞いていいかな?」

 

「う…てんちょーさん…ありがと…

 でもお姉ちゃんはダメ、フータローはダメ」

 

「…やっぱ好かれすぎでしょ、風太郎

 …三玖ちゃんが一緒しているのはお友達かな? はじめまして」

 

「は、はじめまして…

 え、えっと…三玖ちゃんって大人のお友達が多いんだね」

 

「友達と言えるのか…?

 逆に同い年の友達はリっちゃん以外にいるのか?」

 

「………」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…い…いな…

 …いない…リっちゃんしか…ごめんなさい…」

 

「み、三玖ちゃん…」

 

「…上杉君、なんてことを聞いてくれたんだ」

 

「ほんとデリカシーないよね、風太郎って」

 

「もう全員で三玖の友達になろうぜ」

 

 

 

 三玖の更生は根が深いようでこの先不安になってきたぞ。あの悪ガキ3人に言った手前、きちんと三玖を社交的にせねば。

 

 

 

「三玖ちゃん、リっちゃん

 良かったらお姉さんもご一緒してよろしいですか?」

 

「え? えっと…あたしはいいけど…三玖ちゃんは?」

 

「…む…」

 

「お招きいただけたら、風太郎の昔の話を聞かせてあげられるのになぁー」

 

「む…」

 

「…三玖、良い機会だ

 こいつはおまえのクラスのクソガキ共よりもレベルが頭一つ抜けている

 言い返してやる練習になるし更生のチャンスだ、なぎ倒せ」

 

「なんか本格的にラスボス扱いされてない…?」

 

「フータローを守る為なら…やる」

 

「三玖ちゃん、ラスボス倒してこいって命令する王様のほうが畜生なの、よくあるパターンだから

 考え直してほしいな」

 

 

 

 先の公園の件、勢いで言ってしまったのもあるが…三玖の問題を解決しないといけない。

 

 子供たちの自己管理に任せるつもりでいたが、俺がでしゃばっちまったからな。面倒を看ないといけない。

 

 その観点から、竹林との会話は三玖にとって良い刺激、もとい成長に繋がるんじゃないか。頗る苦手な相手だし。

 

 

 

「…お姉さん、フータローと仲良し…」

 

「うん、幼なじみだし」

 

「…幼なじみって…なに?」

 

「えっとねー 昔から仲良しなお友達かな

 今、二人は小学1年生でしょ? 私と風太郎もそのくらいに仲良くなったから

 それが十年も仲良しって感じ」

 

「…

 …

 …むぅううう…!!!

 十年仲良しでも、フータローと一番のお友達は私だもん」

 

「じゃあ十年以上仲良しにならないとね」

 

「その時はフータローのお嫁さんになってる」

 

「え、そうなの三玖ちゃん!? こ、婚約者って本当にいるんだ…うわぁ、すっごい」

 

「リっちゃん! 誤解だから真に受けないでくれ! くれぐれも学校では言わないでくれ!」

 

 

 

 迂闊な発言をしてくれるな三玖。俺の将来性が狭まってしまうから。あとおまえもろくな学校生活にならないぞ。

 

 竹林め、三玖で遊んでやがるな。頭抱えてうんうん唸っている三玖が可愛そうに思えてくる。頑張って抗ってくれ。

 

 

 

「…席、一緒でもいいけど

 でも、フータローの話はいい」

 

「あ、あれ? それでいいの? 大好きなお兄ちゃんのこと教えてあげるよ?」

 

「今日はリっちゃんも一緒だから

 楽しいお話、する…」

 

「…

 そっか、確かにそうだ、うんっ

 じゃあ小学生ちゃん達に高校がどんなものか教えてさしあげましょう」

 

「あ、高校生?

 私のお姉ちゃんも同じなんだ! 高校2年生!」

 

「あら、私の後輩かー

 いいなー 一番楽しい時期だよ」

 

「あれ? 3年生だと楽しくない…ですか?」

 

「3年生は…受験があるから」

 

「受験…?」

 

「うん、受験 これがまた辛くてね」

 

「…はっ…!」

 

「…ちょっと、風太郎

 何で鼻で笑ったの 私何かおかしいこと言った?」

 

「いや別に、深い意味はない」

 

「荒れてるね、受験生」

 

 

 

 竹林の奴、マジで三玖とリっちゃんと同席するらしい。三玖は竹林を警戒しているが優しい性格から断ることはなく。

 

 …しかし、竹林は随分と三玖に深入りするな。他の五つ子相手にはない肩入れの仕方をしている。三玖だけは顔を見分けられるようだし。

 

 店長と俺は退席し、改めて竹林のコーヒーを持っていくことに。子供二人を見守るつもりでいたが、竹林が一緒にいるのなら幾分か気が楽になる。

 

 

 

「へぇー あのお向かいのパン屋さんとも懇意にしてるんだ

 あれかな…愛されやすいのかな、五つ子ちゃんたち

 陸上部の子たちもメロメロだったもんね」

 

「私は味見役

 今度リっちゃんも一緒に行くって約束した」

 

「あそこのパン屋さんも人気だよね

 私のお母さんも最近行ってるよ」

 

「へー おまえ、あそこの店長に随分と気に入られたようだな

 客も良い感じに入ってるし、案外集客効果あったのかもな、おまえら

 ほらよコーヒー、パフェはもう少し待ってろ」

 

「雑」

 

「…三玖ちゃんがあのクソパン屋に…!?」

 

 

 

 女子の姦しくも和やかな団欒に血気盛んな男の声が響いた。また始まった、店長の淘汰的経営。

 

 大人しくケーキ作ったり研究していれば店は繁盛するのに、店長が張り詰めた顔をしてこちらにやってきた。

 

 

 

「三玖ちゃん、確か抹茶のケーキが好きだったね?

 今から試作で抹茶のパフェを作るよ

 是非うちも味見をしていってくれないかな?」

 

「甘いのダメだから…生クリームは吐く」

 

「三玖ちゃん杏仁豆腐でも、う"ぇってするもんね」

 

「うぎぎぎ…」

 

「ケーキ屋とは相性最悪なので、こいつ」

 

「フータローとは悪くないもん」

 

 

 

 大の大人が子供に振り回されている…ケーキはお高いんで、今の中野家の食事はパン屋に流れてます。分が悪い勝負なんです店長。

 

 知ったら激安セールやりそうで絶対に言わないけど。俺も店員も忙しくなる上に特別給料上がりそうでもないし、最悪下がるしで絶対に言いません。

 

  

 

「そっか、あそこのパン屋さん好きなんだ?

 店長が新作作り、張り切ってた理由の合点いったよ」

 

「…おまえ、あそこのパン屋にも通ってるのか

 店長がまたうるさくなるじゃねえか」

 

「もう客の一人や二人流れたところで動じないよ、僕は」

 

「通ってるも何も

 今月からあそこでバイトしてるし」

 

「…」

 

「…」

 

「店長ほど上手くないけどね、私が焼いたパンが棚に並んでるんだよ

 是非買っていってね、三玖ちゃん、リっちゃん」

 

「美味しいなら食べる…お母さんに言ってみる」

 

「どんなの作ってるの?」

 

「えっとねー」

 

 

 

 何の気なしに竹林は自己紹介して子供たちと和気藹々とパン談議を始める。店長の前で。

 

 もういい加減懲りてもらいたい。いっそのこと店長同士顔を合わせて話し合いでもしてもらいたい。一方的な逆恨みなんだけども。

 

 

 

「上杉君、偵察だ

 情報漏洩だ、塩を撒け」

 

「今はお客様なので無理です」

 

「く…ぐぬぬ

 本格的に策を講じねば…第二のクソパン屋も来ることだし」

 

「それもそうですね…」

 

 

 

 その割には子供にはサービスしてしまうんだな、店長。

 

 店長の五つ子贔屓は他の客にも知れ渡っているが、特別何も言ってこないしな。自分にもサービスしろだとか、厄介な客が来るのかと思った。

 

 温厚な客層を手放さないでいるのは間違いなく、店長の経営スタイルが好かれているのだろう。子供から感謝される店は長続きしてほしい。

 

 だけれどやりたいことと仕事は結びつかず。食べて生きていくには店長の苦労はまだまだ続くようだ。

 

 夏の陽光に照らされるケーキ屋は変わらず忙しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の更生とか大げさなことを豪語したが、要は三玖の人見知り克服である。

 

 改善の目標はクラスの男子を言い負かすレベルに到達すること。遊びに誘われても華麗にお断りできること。

 

 断じてじっと睨むだけ睨んで、無言で逃げてはならない。風太郎もまた、昔何度もされた仕打ちで可愛くないガキだと思ったものだ。

 

 練習は内緒にしてほしい。そう本人たっての希望もあり、一花含む五つ子姉妹の手助けは禁止となった。

 

 …母親には一報必要なので、先生にはそれとなく言ってみた。あの鬼教師、三玖の虐めの件には敏感だったものだから豹変したぞ。

 

 俺が子供相手に暴走したことを知られると、耳がちぎれるかってくらい引っ張られた。子供には虐待しないくせに何で俺にだけ当たりが強いのか。

 

 何度も説明して、俺が監督することを条件に特訓の許可を得たので、手始めに度胸試しといこう。何事も度胸がなければ始まらない。

 

 

 

「さぁ言ってやって三玖ちゃん!

 

 そっか 頭良いって言ってたけどこんなもんなんだ

 

 って、ちょっと上から目線で、見下した視線で言うとインパクトあるよ!」

 

「それは誰を想定してのシチュエーションなんだ」

 

「…えっと…こほん…

 …ふ…フータローって」

 

「何で俺なの?」

 

「…

 フータローって頭良いって言ってたけど、大したことないんだ」

 

「…

 何これすっごいむかつく」

 

「むひゃー…」

 

「三玖ちゃん、良い感じかも! 全然今までと雰囲気違う!」

 

 

 

 無礼を働けとは一言も言ってないので、小馬鹿にしてきた三玖の頬を掴んで拷問にかける。逃げずに悲鳴だけ上げている。一花なら喚いて逃げていた。

 

 あの公園の騒動から翌日。随分と仲良しになったのか、三玖の特訓にはリっちゃんと竹林が参戦した。

 

 仲良しこよしなのは大歓迎だが、どういった経緯からなのか竹林が手綱を握っていやがる。

 

 

 

「とはいえ…風太郎相手には簡単に言えるよね」

 

「俺のハードル低すぎないか?」

 

「風太郎さ、男のお友達呼んでみなよ

 三玖ちゃんの特訓相手にさ」

 

「えー…」

 

「やる時は本気でやる! 五つ子ちゃんの為に人肌脱いでみせようよ」

 

「…男友達ね…」

 

「フータローのお友達…?

 …いるの?」

 

「………」

 

「むひゃー…」

 

「ハマったのかな」

 

 

 

 三玖がふてぶてしく調子に乗っているので、もう一度頬を摘まむ。どうしても俺と竹林との会話に割り込みたいようだ。

 

 しばし俺と竹林が案を練っている間、三玖とリっちゃんは向き合って何やら台詞を言い合っていた。漫画かアニメの台詞か。子供らしく盛り上がっている。

 

 本来、子供だったらああいう遊びを楽しむものだよな。俺にはできん。やはり子供は子供と遊ぶのが一番か。

 

 さて、遊ぶだけでは特訓にはならない。竹林が言った特訓相手を探すのは良い案かもしれない。

 

 というわけでさっそく…タコ焼き屋へ向かってみた。

 

 

 

「…デコ助」

 

「…」

 

「…モテなさそう」

 

「…」

 

「…

 …あ

 頭悪そう、うん」

 

「…新手のクレーマーか?」

 

「もうそれただの悪口だよ三玖ちゃん…」

 

「学年順位3桁でも序盤にしては良い経験値になるな、次」

 

「おいコラ上杉、今なんつったコラ」

 

「前田君、松井さんとはあの後良い感じ? 夏休みはちゃんとデートしてる?」

 

「な、何で松井の話が出るんだよ!? そもそも付き合ってねーし!?

 つーか冷やかしに来るんじゃねえぞコラ!」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 律儀に頭を下げる三玖の手を引いて、次に塾の前までやってきた。

 

 

 

「悪者、うるさそう」

 

「…」

 

「料理できない、うるさい」

 

「…」

 

「…

 …あ

 フータローのほうが頭良い、うん」

 

「ふっふっふ… くくく…

 もう怒っても良いよね!? ね!?」

 

「三玖ちゃん、もうやめよう?

 もう度胸つきまくりだよ?」

 

「いいぞ三玖、的を射た的確な台詞回しだ

 おまえは俺のことよく見てくれているな」

 

「うん」

 

「いきなりやってきて、どういう了見なんだいこれは!?

 何で中野先生の娘さんから罵倒されないといけないんだ!?」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 人見知りとはいえ、言えることは言えるようだ。ついでに喧嘩も売れる。

 

 多少味方は必要かもしれないが、あの悪ガキに言われっぱなしに陥るのは防げるか。申し訳ないがリっちゃんに協力をお願いしたい。

 

 つーか…三玖は昔、俺がしつこく付きまとったらキレたしな。何かきっかけがあれば物怖じせずにちゃんと言えるようになるだろう。

 

 幸先はそう悪くない。野郎二人に尊い犠牲になってもらった甲斐があったものだ。二学期がちょっと面倒になったけど。

 

 塾は俺も冬にお世話になる。冷やかしは退散して、昼時になるし昼食を摂るとしよう。

 

 

 

「竹林君」

 

「うん? どうしたの武田君

 忙しいのにごめんね?」

 

「いや

 …君の転校前の一件、理事長である父から聞いたよ」

 

「…そっか

 迷惑、かけちゃってるね」

 

「君と僕が友人関係にあると、父は知っていたから伝言を授かっている

 もし君が落ち込んでいたら、言ってほしいと…ね」

 

「…」

 

「何も不安に思うことはない、本校は君を守る

 …中野先生も君を支えてくれるさ」

 

「…

 ありがとう、武田君

 …三玖ちゃんには悪者扱いは訂正するように言っておくよ」

 

「ははは! 構わないさ

 あの子が上杉君の味方なら僕は紛うことなくライバルであり、悪者なのさ!

 …良い夏休みを

 また学校で会おうじゃないか」 

 

「うん、楽しい思い出、いっぱい話そうね」

 

 

 

 夏休みももう半分を切る。高校生最後の夏休み、受験を控えた夏休みも半分を終える。

 

 来年はどう過ごしているのだろう。

 

 皆が笑って過ごせますように。

 

 優しい世界でありますように。

 

 竹林は熱したアスファルトを走って、友達と…守りたい子供の下へ駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃああたし、ご飯食べてくるね

 また後でね、三玖ちゃん」

 

「うん、後でね」

 

「気を付けて帰るんだぞ、リっちゃん」

 

「はーい」

 

 

 

 昼時となり、一旦リっちゃんとは別れた。

 

 子供が朝から夕方まで遊ぶ時、昼飯をどうしていただろう。

 

 友達の家で食べさせてもらうか、わざわざ自宅へ帰って食べるか。

 

 竹林と遊んだ時は…毎回誘われてたっけな、昼飯。俺は断って家に帰ってたけど。

 

 妹がいたからな。あいつが昼を食べてなかったらと思うと心配だったしで、昼間は走り回っていた気がする。

 

 お腹減ってない、とお昼ご飯を譲ってばかりの妹だったからな。今と違い手のかかる子だったな。

 

 

 

「お家まで送ってあげれば良かったかな、リっちゃん」

 

「…リっちゃん、今…お家が大変なんだって」

 

「大変って?」

 

「…リっちゃん…最初ね…ううん、最初からだったけど

 同じクラスだったけど、来るの遅かった…

 それまでずっといなかった、来てなかった

 だからリっちゃんも…私と同じで、お友達ちょっと少ない」

 

「来るのが遅かったって…どうして? 病気とか?」

 

「よくわかんない

 でもリっちゃん…お家に友達来られるの嫌みたい

 だから行かない…そういうの私も分かるから」

 

「…おまえも呼びづらいもんな、家に友達」

 

「…フータローならいいよ」

 

「…おまえも家に来ていい――ーいやダメだ

 ちゃんとアポ取ってから来いよ、今度こそ」

 

「…う…ぐすっ…」

 

「…風太郎ってさ、三玖ちゃんを泣かせるプロだよね」

 

「不本意だ…うちもちょっと危ない奴がいるからな?

 ほら、この前見た女の人だ、次からは俺たちがちゃんと家にいる時に来なさい」

 

「わかった…約束…」

 

 

 

 泣きかけた三玖が手をさし伸ばす。手を繋げば許してくれるらしい…毎回繋いでるから断る理由はない。

 

 三玖の反対の手は竹林の手を掴んでいた。

 

 

 

「え"」

 

「…何?」

 

「…三玖、何で竹林と手…」

 

「? ダメ?」

 

 

 

 だ、ダメじゃない…が。三玖への視線を逸らして竹林を見やる。

 

 竹林も竹林で疑問符を浮かべるだけ。三玖とはがっちり手を繋いでいる。

 

 …お、おまえ…最近まで苦手意識あった相手だよな? 三玖が竹林に盗られた感じがして不服である。

 

 俺は三玖と手を繋ぐに至るまで、一月はかかったのに。

 

 

 

「…ははーん

 見て見て三玖ちゃん

 私が三玖ちゃんと仲良しだから、風太郎がヤキモチ焼いてる」

 

「ッ!?」

 

 

 

 髪もヘッドホンも勢いよく振って三玖が振り返った。見逃しはしないと言わんばかりの気迫だった。カメラ持ってたら撮られてたかも。

 

 じーーーっと三玖がこちらを見つめてくる。こっち見て、焼いてと訴えている。

 

 ほんと…母親似だな、そういうところ。その視線は前にも見た。

 

 主張が強い視線を手で塞いで断固否定する。

 

 

 

「焼いてない焼いてない」

 

「風太郎のヤキモチが焦げる前に、お目当てのパン屋さんに行こっか」

 

「フータロー いっぱい焼いて」

 

「…嬉しそうだな、おい」

 

「…えへへ…ヤキモチやいてくれた…初めて」

 

 

 

 いじらしいこと言ってくれると調子が狂う。竹林にもからかわれて余計に。

 

 そりゃあ…慕ってくれる子が他の奴に目移りしたら…嫌だろ。

 

 三玖に限らず、五つ子全員そうだ。なんだかんだ可愛がっている自覚はある。

 

 その矛先が竹林というのが何とも腹が立つだけだ。何なんだ、らいはといい、女子は仲良くなるの早すぎだろ。

 

 悶々とした考えが定まらないまま、商店街を歩き続け…件のパン屋に辿り着いた。

 

 カランカランとひとしきりにドアベルが鳴り響いている。行列…とまではいかないが、店内は主婦層をメインに客が何人か散見した。

 

 だが、その客が早々に退店していく。品も買わずに…あまり見ない光景だった。

 

 

 

「あはは…なんか店長、もしかしてトラブってるかな?」

 

「大丈夫か? 何か客と言い合ってるぞ」

 

「うーん…行ってみるしか

 風太郎は三玖ちゃんと待ってて、パンは買えるはずだからさ

 というか買って」

 

「星一つで閑古鳥」

 

「切実だな」

 

 

 

 勤め先が何やら荒れているようで、アルバイターである竹林が店内へ突撃していった。

 

 ドアが開き閉ざされるまでの間から、中の音が聞こえた。やはり何か揉めているようだ。部外者は触ることなかれ。

 

 ふと、三玖が急に風太郎のズボンにしがみついてきた。

 

 いつもの甘え方とは違う。その表情を窺うと三玖は足にくっついてきて、店の中を指差した。

 

 

 

「フータロー…あの人だよ」

 

「何?」

 

「あの人、前に言った人」

 

「…あの人って…まさか」

 

「フータローの家の前にいた、女の人

 店長さんと話してる人がそうだよ…」

 

 

 

 静かに冷めた眼差しで告げる三玖の声に足が急激に重たくなった。

 

 夏の暑さとは違った汗が手に滲む。三玖の言葉に内心酷く動揺していた。

 

 お袋の喫茶店を買い取りたいと言っていた張本人がすぐ傍にいる。

 

 親父に連絡するか…? いや、親父なら既に連絡先ぐらい入手しているか…意味がない。

 

 警察? 何か被害や問題は起きていないし意味がない…落ち着け俺。

 

 …過保護だと自覚している。子供たちに迷惑が掛からないよう受け身でいるのはしんどい。

 

 近くにいるのなら、早いこと面倒事は終わらせてしまいたい。

 

 

 

「…三玖

 俺はその人と話をしたい

 …ついてきてくれるか? それとも…ここで待つか?」

 

「…

 て…手、繋いでていい?」

 

「ああ、離すんじゃないぞ」

 

「うん」

 

「…まあ、そんな怖い話じゃねえけどな」

 

 

 

 覚悟を決めて、重たいドアノブを引っ張った。

 

 

 

「なんと言われようと知りません

 私があの人に教わったのは、技術的なものでも、レシピですらありません

 ただちょっとだけ話をしたくらいです、それも十年も昔で細部まで覚えていませんから」

 

「些細なもので構いません

 当人が既に亡くなっている今、当時の縁を辿るしかなくて

 お願いします」

 

「…お引き取り下さい、この店はなんら関係はありませんから」

 

「これ以上は警察呼びますよ

 お客さん全員帰っちゃいましたし

 同じパン屋さんを経営している人がやっていいことじゃないでしょう」

 

 

 

 カランカランと音を立てて。中にいる竹林やパン屋の店長がこちらを凝視する。店長さんは三玖の来店を見て頭を下げた。

 

 …この人か、うちに厄介事を持ち寄せた本人は。

 

 店長さんの向かいに立つ黒いスーツを着た女性。やはり初対面だ。

 

 年齢はいまいちわからないが…先生よりも年上か。お袋が生きていたら丁度このくらいかって年頃に見える。

 

 

 

「…君は、もしかして、上杉風太郎君ですか?

 あの"うえすぎ"のお子さん

 ああっ 君とは是非お話がしたいと思ってて」

 

「既に亡くなっている…と聞こえたが

 それは俺の母を言っているのか

 だとしたら、直接窺ってきたらどうだ

 周りに迷惑をかけられると、こっちも困る」

 

「…

 取り付く島もない、と言えば分かるでしょう?

 貴方のお父様はこちらの言い分も聞かずに一方的に断るものだから」

 

「一方的に断ってもいいのでは? 店を譲る気がなければ尚の事」

 

「私が一番に欲しいのは、お店じゃないの!

 なのにあの人は…私をまるで墓荒らしかのように…だからこんな遠回りして」

 

 

 

 …

 

 …あれ? うちの下の店、買い取るって話は? 欲しいのは店じゃない?

 

 店長がその線は薄いとか言っていたが…本当だったのか。コーヒー店買い取って、3店舗目をこの町にオープンするのか?

 

 じゃあ何が欲しいんだよ。つーかあんた何者だ。

 

 いや、今はともかく…迷惑をかけてしまったこのパン屋の店長に頭を下げないといけない。

 

 

 

「…すみません、店長さん

 うちの家のごたごたに巻き込んでしまって」

 

「い、いえ…それはまぁ…大丈夫

 …

 君があの"うえすぎ"の店主さんの息子さんだって、本当なの?」

 

「? ええ…もう母は亡くなっていますが

 すみません、もう何年も前にたたんだ店なんですが…ちょっと立て込んでて、ご迷惑を」

 

「い、いえいえ!

 …あぁ…そっか…亡くなられてしまったから、か」

 

「…?」

 

「と、とりあえずうちのことは気にしないで

 今は…そのお店のことに専念して、うん」

 

 

 

 店長さんに深く詫びると、当人は人の良さそうな苦笑を返してくれた。

 

 腑に落ちないというか、つっかえるものがあるというか。一度だけ店長さんはやるせなさそうに俯いていた。

 

 スーツ女のヘイトがこちらに向いたところで、竹林が店長の傍から風太郎の横へシフトした。ほんとお人好しだな。

 

 

 

「…どうする? 風太郎

 この後三玖ちゃんと…

 でもそれどころじゃないよね…?」

 

「…

 三玖、悪いが午後は竹林とリっちゃんとで特訓しててくれ」

 

「…わかった

 頑張ってね、フータロー」

 

「…何を頑張ればいいんだか」

 

「…そ、それでもっ…!

 度胸でしょ、フータロー!」

 

「…おう

 じゃあ、おまえの手本になるよう頑張ってくる」

 

「うん」

 

 

 

 期せずして、上杉家の問題の元凶とでくわしたんだ。後日に延ばさずに不明点は解明したい。

 

 家の厄介事とは言え、三玖の問題は俺が言い出して始まったものだ。無責任さが否めず、三玖には申し訳なく思う。

 

 竹林が協力してくれるのが救いか。こっちから頼んだわけじゃないが…面倒見の良い竹林の事だから、それ込みで子供たちに付き合っているはずだ。

 

 

 

「風太郎、厄介なことになっちゃってるね」

 

「まぁ…仕方ないだろ」

 

「…あの…さ

 もしかしたら…

 …」

 

「…?」

 

「…ううん、やっぱなんでもない」

 

「そこまで言っておいて…」

 

「何でもないってっば

 もしさ、私のことで風太郎を悩ませることがあったら

 その時は忘れちゃっていいから」

 

「…おまえの為に俺が悩むとでも?」

 

「あ、ひっどいなー 私結構風太郎のお世話してるほうだよ?」

 

「…ありがとな、おまえがいてくれて良かった

 三玖を頼む、先生の大事な娘だ」

 

「…まぁ、幼馴染みだからね 任されたよ」

 

 

 

 大事な恩師の愛娘を竹林に託す。正直、俺の友達で預けられるのはおまえしかいない。

 

 引継ぎは済ませたことで、再度スーツ女と向き合う。

 

 買取についての話を聞かせてほしい。そう尋ねると、向こうから是非、と乗り気だった。

 

 邪魔者はすぐ退散するとして…さっきまでいた客が一掃されてしまったのが心が悼む。

 

 

 

「…迷惑料になるかわかりませんが

 今売っているパン、全部買わせてください」

 

「本気ですか?」

 

「私もパン屋を営む店主です

 同業者相手にあるまじき行為だと自負しています

 …もしできれば…穏便に済ませていただけたらと」

 

「それは…まぁ…はい」

 

「いいんですか店長さん、どうせ近くに店開くライバルになるんですよ

 ここで泥塗っちゃいましょうよ、今ならうちの客全員味方につきますよ」

 

「おまえ、客商売に向いてねえわ…店長の意向に従っておけ

 あと、俺もこの子の分のパンを買いに来たんだ

 先に選んで買わせてもらうぞ」

 

「そのくらい私がお代を払います

 その代わり、逃げずに話を聞いてください、お願いします」

 

「…」

 

 

 

 どうもこの様子だと…親父が何かやらかしているような気がしてならない。

 

 三玖には抹茶のパンとミルクパンを買い与えて、子供はおどおどしながらもお姉さんにお礼を述べた。子供がいるだけで雰囲気がほっこりするのは素晴らしい。

 

 

 

「車に乗ってください」

 

「…その前に、この量のパンどうするんだ」

 

「量は多いけど、良いパンだから美味しく召し上がれるかな

 うちの従業員の良い研究材料になるし、残りは家でゆっくり食べるとします

 後部座席に置いてくれますか」

 

「…

 塩を送るくらいなら泥塗っておけば良かった…」

 

「ふふ、もう遅いわよ」

 

 

 

 お互い牽制し合う仲なのに。

 

 子供に手を振られつつ…両手にパンを詰めたビニール袋を引っ提げているのがなんとも滑稽だった。

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