五等分の園児   作:まんまる小生

57 / 112
幼子との約束その5 脳筋馬鹿と過去問

「上杉さんのせいって…どういうことですか?」

 

「母親が言ったことだ、爺さんから教えられた

 先生はあの家で俺を待っていたんだ、父親の助けを断ってな」

 

「…それは…分かります…けど」

 

 

 

 四葉の視線が俯いて逸らされる。それは心当たりがあるということか。

 

 あの家で先生と暮らしていたんだ。昔から勘の良い四葉は、口にはしなくても先生の何かを察していたのかもしれない。

 

 俯いていた四葉は髪を揺らして頭を振った。

 

 

 

「何でそれが上杉さんのせいになるんですか?

 そりゃあ…お母さんは上杉さんに会いたがってましたよ?

 だって絶対お母さん、上杉さんのこと好きだったから当たり前だよ!」

 

「ならば尚の事、会いに行かなかった俺が悪い

 寝込んでばかりの病人に足を運ばせる奴がいるかよ、俺が行くべきだった」

 

「そうじゃなくて!

 上杉さんとお母さんに誰が悪いかなんて関係ないよ!

 お母さん亡くなっても大事にしてくれて…分かるよ

 何でそんなこと言うんですか」

 

「…俺はな、昔言ったんだよ…

 先生を助けるってな、期待させちまったかもな

 先生は賢い人だ、あの家に居続けることよりも父親の下で養生したほうが良いことぐらい分かっていたはずだ

 おまえらの受験に支障を来たすだろうが、子供たちには頼れる相手は限られていると分かっていながら置いて逝く人じゃないだろ」

 

「…」

 

「余命も…医者が告げたものはもっと短かったそうじゃねえか

 ずっと頑張って耐えてきたんだろうな

 一年過ぎて、夏に入る頃に力尽きた

 先生は頑張ってたんだよ、待ち人が来るんじゃないかと思いながら…だとしたら…

 そんな人が、悪いはずがないだろ?

 だってのにあの人、絶対後悔してるぜ?」

 

「違います、ねえ上杉さん、そんなこと言わないでくださいよ…

 上杉さんはお母さんと仲良しで、お母さんを守ってくれたお兄ちゃんなんですよ…?」

 

「…先生は五月との約束を知っていたかもしれない

 もしかしたら…おまえらのこと、頼みたかったかもな」

 

 

 

 身の程を弁えない考えだが、もしそうだとしたらと考えると…道化と笑われても、先生の願いを叶えたい気持ちが勝る。

 

 あの時の五月のように、約束を叶えてくれることを願う子供のように祈っていたとしたら…そんな思いをさせてはいけなかった。

 

 本当に性質の悪い考えだ。先生に恨まれていたとしたら処理し切れない考えじゃないか。

 

 先生を疎んだことも嫌ったこともない。むしろ今でも憧れているし、あの人の意思を叶えたい。その為に努力してきたつもりだ。

 

 怠慢で叶えられなかったなんて許されないんだ。その為に努力してきたんだろ。先生に期待されるのは本望なんじゃないのか。

 

 救われない馬鹿だった。それに先生を巻き込んじまったんだ。

 

 その子供たちまでも不幸にして…平気な顔しておまえらの傍にいられるか?

 

 四葉は違うと否定しているが、おまえの考えていることは俺のものとは別のものだろ。

 

 俺の言葉に、何かを否定された四葉は次第にきつく手を握り締めて、俺を睨んでいた。

 

 

 

「頼みたかった…なんて…当たり前だよ

 お母さんは本当に上杉さんが大好きで、上杉さんのことを話すお母さんが…私大好きでした

 お互いに大好きでそれでいいじゃないですか、そっちは…!

 何で決めつけるんですか、お母さん以外のことまで」

 

「先生の最期の願いぐらい叶えてやるべきだったんだ

 少なくとも爺さんの元で安静にしていたら、一人で逝っちまうことはなかったはずだ」

 

「十年も会ってなかった人が、何を知ってるんですか…

 上杉さんが知ってるのは十年前のお母さんじゃないですか!

 お母さんは確かに変わってませんよ? 上杉さんを大事に思ってました

 会いたいと思うなんて当たり前じゃないですか!

 でも、そうじゃない! そうじゃなくて! お母さんを不幸にしたのは私たちで!」

 

「誰が言ったんだそんなこと

 決めつけているのはおまえじゃないか、四葉」

 

 

 

 優しい子供だ、あまりにも。

 

 俺のせいにすれば楽になるってのに馬鹿なこと考えてやがる。

 

 母親の愛情を知らなかった訳はない。それを知ってもその結論に至った理由は、なんとなく知っている。それが十年も前の物から変わってなかったらな。

 

 四葉に普段見せる優しい笑顔はなく、昔見せた泣きながら怒ったものでもなく、純粋に怒っているんだろう。余裕のない表情で俺を睨み、声を荒上げている。

 

 

 

「上杉さんも今日あれを知ったから分かるでしょ

 私たち馬鹿なんですよ

 昔からずっと、それこそ上杉さんと会う前からもその後も迷惑ばっかりかけてきました

 過労死に追い込んだのは誰なのか、そんな答え簡単じゃないですか!

 これは私たちの罪です、それを取り上げるなんて…傲慢じゃありませんか?

 それも持っていくんですか、あなたは

 …自分に酔っていたいだけでしょ…お母さんの一番だって!」

 

「…」

 

「上杉さんは私たちの十年前しか知らない

 でもお母さんだけは変わってないからそれでいいんですよ

 それより先は…一緒に分かち合って欲しいと思いましたけど…そんなこと言うのならごめんです

 上杉さんは優しい思い出に浸ってればそれでいいんですよ、お母さんに寄り添ってあげてください

 そのほうがお母さん嬉しいですから…ね?」

 

「そう、か」

 

「そうですよ…私なんかよりずっと

 ずっと…だから…お願いしますっ」

 

 

 

 なあ四葉、おまえそんなに母親を思っているのに何で泣く必要がある。泣きながらおまえは何を言おうとしているんだ。

 

 大好きな母親を思いながら、自分はその罪を背負うと言うのか。

 

 それは娘ができる最高の恩返しなんだろうが…それでは先生は泣いてしまうぞ。

 

 お互いに母親の意思を決めつけていると分かっている。優しさや愛情よりも…嫌われ疎まれているという不安があるとそればかり考えてしまう。臆病者だ。

 

 赤の他人が、他所の家の家庭事情に苦言を申すなど滑稽だ。されど、俺も退けない。

 

 今この時は、罪とか怨恨など気にして言葉を下げてはいられない。

 

 後で死にたくなるほど後悔しても俺の勝手。あの時言えなかったこと、好き勝手言わせてもらうぞ馬鹿娘。

 

 

 

「俺は…都合の良い大人でいることが、利用されることがおまえらと先生にできる唯一の恩返しだと思っていた

 十年前しか知らないのは確かだ、俺がそれ以上口を挟むのはおこがましいな」

 

「…」

 

「だが、先生が変わっていないと言うのなら

 俺はおまえにとって都合の悪い大人である必要があるみたいだな」

 

「悪いって…う、上杉さん!?」

 

「おまえは昔から大馬鹿で、ふざけたことで悩んでいたガキだったな

 正直面倒くさくて大嫌いだったぜ

 これがおまえが望んでいた言葉だろ、ここは都合の良い大人になってやるよ」

 

「――」

 

「おまえが昔から変わってないことがよく分かった、それ以上に拗れていることもな

 親不孝を演じるのなら、おまえの心の内からやってみろ」

 

 

 

 言葉が詰まっている四葉の胸を指差して告げる。

 

 そんなに優しいおまえじゃ、無理だったんだよ。

 

 おまえは無意味に自分を責め立てて、一生答えが見つからない問題に悩み続けてたんだろうな。

 

 その答えは、おまえ以外の姉妹全員知っているんだぞ。

 

 それは姉妹それぞれ答えは違うだろうが、一言だけ…母親に問うだけで終わる問題だったんだ。

 

 おまえは家族と正面から向き合わなかった。やはり大嫌いだ…俺と似てるってのが。

 

 

 

 

「でないとあの人は振り払えないぞ、家族全員突き放せないぜ

 中途半端にやるもんだからよ、先生がおまえを一番に心配していたんだ、今でもきっとそうだろうな」

 

「!?

 …本当に、何で…

 何で全部…知ってるんですかっ! おかしいですよ…!」

 

 

 

 母親を失い、泣いていた子供が大人に責め立てられている。

 

 俺が昨日、他人に指を差される子供たちを案じた出来事そのものを、俺自身が起こしている。

 

 これが、四葉に必要なことだと信じていなければできないことだ。仮にも…恩師の娘が不器用なりに思う亡き母親への愛情を否定したんだ。

 

 おまえも、先生もよく似ている。

 

 見ていられないほどずれていて、道化のようなその愚かしい姿が愛らしく可哀想だ。 

 

 ここまで言ったんだ。おまえに嫌われる覚悟はある。その代わり考え直せ。その後悔は不要なんだよ、四葉。

 

 だが先ほどまで顔を赤くして怒っていた四葉は、涙を溜めて頭を抱えてしまっている。

 

 

 

「おい…四葉?」

 

「何でお母さんもお兄ちゃんも、誰も分かってくれないんですか!

 私がいたら皆不幸にするって!

 五人もいたら…壊れちゃうんですよ!

 だから私は…一人に…!

 上杉さんなら…って思ってたのに…お兄ちゃんなら…」

 

「あ、おい、四葉! まだ話は!」

 

「うるさい! 昔と一緒にしないで!」

 

 

 

 …怒って走って行っちまった。

 

 きつい一言も沿えて。なぜか昔の三玖を思い出したぜ…あれよりきついがな。

 

 四葉にあんな風に憎まれるように睨まれるのは初めてだな。こうなることは予想の範疇だ。

 

 嫌われているのは、昔から慣れている。

 

 だが女々しいことに、さっきから延々と四葉の拒絶の言葉が頭の中で繰り返されている

 

 

 

「…結局飲んでねーじゃん、あいつ」

 

 

 

 お互いに自動販売機で飲み物を買った。その缶は口を開けられずに置かれている。

 

 

 

「…」

 

 

 

 あいつが買ったジュースは、並べられた商品の中でも一番値段が安いもの。

 

 昔のあいつなら遠慮などするか?

 

 

 

「変わらねえだろ…ガキの分際でも安いの選ぶ

 俺が無理矢理選ばねえとよ」

 

 

 

 こうなることは分かっていた。ならここで黄昏ている場合じゃないだろ。

 

 小銭を自動販売機に詰め込んで飲み物を買う。大人に気を遣うなんて十年早いんだよクソガキめ。

 

 子供じゃあるまいし、意地の張り合いで終わりたくはない。大人になっても喧嘩は絶えないだろうが相手が子供なら話は違う。

 

 日が落ちそうな夕暮れは黒く青い空を見せようとしている。黄昏るようにあいつの熱も冷めてくれていたらいいんだがな。

 

 今は昔とは違うことぐらい分かり切っている。

 

 当時にはない携帯電話を活用して四葉が出るまで何度も電話をかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…はぁ…っ!」

 

「話をしようって言ったのは上杉さんなのに、息切れてるじゃないですか」

 

「おまえ、ここまで走る奴がいるかよ…

 コーヒー買って正解だった…っ 一服させろ」

 

「…やっぱりお兄ちゃんも年ですねー」

 

「俺はまだ…20代だっつうのっ!」

 

「ししし、でしたら一緒に走りましょうって」

 

 

 

 喧嘩なんてなんのその。怒りは鎮まってくれたのか隠しているのか。それとも走って疲れ果てた俺の無様な姿が笑えるからか。

 

 数十回コールをかけてやっと四葉は電話に出た。不機嫌極まった声で、しつこいと言われてしまった。

 

 喧嘩別れして、そのまま家に帰って悩むなんてお断りだ。嫌われるなら嫌われるでそれなりの成果をもらう。

 

 話をしよう、と四葉にしつこく言い続けた結果。ここに呼び出されたのだ。

 

 公園、と四葉は一言告げて電話を切った。その先がここ。こいつとは思い出のある場所だった。

 

 俺が走ってやっとの思いで辿り着いた頃には四葉は暢気にブランコを漕いでいた。あれだけ怒っていたのに上機嫌な奴だ。俺には挑発にしか見えないがな。

 

 持ってきた缶コーヒーを開け、ブランコに座って口にする。

 

 昨日の一件から小さなバックを持参しているのだ。長旅で携帯も財布もポケットに入れておくと気を遣うからな。もう予定外のイベントに心が折られるのは勘弁である。

 

 

 

「ここ、よく来るんですよ」

 

「ブランコ大好きすぎるだろ」

 

「ぶー、ブランコだけならもっと近い公園がありますー

 ここはお兄ちゃんと遊んだ公園ですから

 皆揃ってインドアでしたからね、五人の中から私の案が通ることはほんと少なくて」

 

「…一つ言っていいか」

 

「はい?」

 

「夜になるとな、蚊が酷いから帰って話したい」

 

「…蚊取り線香でも持って来い、ですか コンビニ近いですよ

 ちょ、逃がしませんよ! ここまで来たんですからここで話しましょう!」

 

 

 

 思い出に浸る前に現実見ようぜ、もうじき暗くなって公園の外灯に蛾が集ってくる時間だぜ? 今は真夏なんだぞ。すぐそこに森あるし絶対いるぞ。

 

 撤収を呼びかけると背後から四葉にロックされた。両腕ごと抱えられてしがみつかれてしまった。暑苦しいことこの上ない。

 

 ぐりぐりと頭を背中に押しつけられている。再会してから思ったが、この子は他の姉妹に比べてやはり力が強い。

 

 

 

「行きたい場所があるんです」

 

 

 

 その一言で、四葉は離れていった。そのままブランコを後にして森のほうへ向かっていく。

 

 昔、四葉と鬼ごっこした森だ。四葉はすたすたと歩いていく。もう暗いというのに道が分かるようだ。

 

 一人で何度もここを歩いていたのか。そう思うと…遊んでやれなかったことに少し後悔した。寂しい思いをしていたことぐらい、もう知っている。

 

 四葉の背中を追ったその先には、見覚えのある遊具があるはずだった。

 

 暗くて見えない、わけではなかった。

 

 

 

「…ジャングルジムとか、鉄棒とか…取り壊されてなくなっちゃいました

 子供が怪我をするからって

 …工事の人に怒っちゃいましたけど、その人は遊ぶ場所壊してごめんなって頭を下げて…教えてくれたんです」

 

「…怪我、ね」

 

「…私が言える立場じゃありませんよね」

 

 

 

 砂利の上を歩いていく。四葉が向かう先は、記憶が正しければあのジャングルジムがあった場所だ。

 

 懐かしい光景が様変わりしてしまったこの光景は、いささか虚しく、この子との思い出が消えてしまったようで胸に穴が空いたようだった。

 

 覚えてるんだな、あの時俺が怪我したこと。その原因も。

 

 四葉はその場に座り込んでしまった。

 

 

 

「三玖の気持ち、私も分かります」

 

「?」

 

「一年だけの思い出、それも幼稚園の頃

 何で三玖が…皆も…幼稚園の子供だった私たちが

 何で上杉さんを覚えてるか、分かりますか?」

 

「いや」

 

「私たちは知ってるから

 お母さんが一番幸せだった頃だったから

 私たちが一番楽しかった時期なんです

 別れて以降の私たちを知らない上杉さんには分かりませんよね」

 

「…ああ」 

 

「…そんな上杉さんが、あんなこと言っちゃダメだよ

 お母さんを幸せにしてくれた、私たちの一番の思い出を作ってくれた人が

 そんなこと、私許しません…上杉さんが間違ってます」

 

「言ってくれるな…ならとことん分かるまで話そうじゃねえか」

 

 

 

 何の意地の張り合いなんだか。間違いなく先生に知られたらゲンコツされるぞ。

 

 それも今はないことがお互いに虚しいのかもな。

 

 砂利の上だが、四葉の隣に座った。夕暮れも暮れて虫の鳴き声とカラスの鳴き声が響いている。オレンジ色だった空と地面も今は青く暗い色になっている。

 

 

 

「なあ四葉、おまえ母親は好きか?」

 

「嫌いです」

 

「だよな、だから尚更理解できねえ

 …

 …はっ!?」

 

「嫌いだよ、昨日仏壇の前でも言ってきました」

 

「…マジか」

 

 

 

 聞き間違えかと思って流しちまったじゃねえか。おいどういうことだ四葉…!

 

 あれだけ母親を庇って責め立てていた奴が嫌いでしたって、それは話が違うだろうがっ!

 

 

 

「どうしてだと思う?」

 

「…なに?」

 

「もうね、昔のことだからよく分からないんです…

 何で嫌なんだろ…家族なのに一緒にいるのが辛いと思う時があったんです」

 

「…」

 

「考えないことが、楽だったのかな

 いけない考えだと分かっても…そのほうが楽だったのかも」

 

「後ろめたかったか…?

 自分が不幸を招いているとでも思い込んでいたのか」

 

「…もう…わかんないよ…全部なくなるんだもん…ッ

 お兄ちゃんも…お姉ちゃんも…お兄ちゃんと遊んだここも

 お母さんも…! 全部なくなる! もう嫌だよぉ…

 皆、ほんとに良い子にしてたのに…何で不幸にぃ…!」

 

 

 

 四葉は涙が滲む目元を隠して膝を抱えてしまった。

 

 子供が考えたのは、苦労している母親を助けること。母を慕う姉妹の幸せだった。

 

 だがとうの昔から…考えることに疲れてしまったのか。この子は嫌なものを抱えすぎなんだ。

 

 そのくせ、周りの人間を見る目は鋭くて、気を遣って不幸を上塗りしている。

 

 分からないのなら教えてやろうか。十年前のものだがな。

 

 

 

「おまえは母親を嫌っているが

 そんな母親から愛されている

 母親が嫌いって言うより…自分が嫌いなだけだろ

 嫌われたいから、嫌っているんじゃないか?」

 

「…」

 

「迷惑をかけてしまう、甘えたいと思う自分が嫌いで変わろうとしたのなら

 おまえは…本当に先生と似ている、同じことをしているぞ」

 

「お母さんも…」

 

「ああ、おまえの好きな人とな

 良いことなんじゃないか?」

 

 

 

 生憎、俺は父親に似ていると思われたくなかった人間だ。その上、子供の為に日々尽くしていた人を見下した。

 

 笑ってられるのは、親父のお陰なんだろうな。昨日話したお陰で気楽なものだった。

 

 って、仮にも嫌いな親と似ていると言われるのは複雑か。良いとは限らないか。慕っている親を嫌っているとか、嘘でも言うもんじゃねえ。

 

 四葉は肯定も否定もせず、俯きながらもこちらを見ていた視線を下に向けた。

 

 

 

「嫌いだよ

 私だけじゃなく、皆も」

 

「どうしてだよ」

 

「大好きな人はいつか離れていくから

 そういう運命の人間なのかなって…嫌だったけど認めるしかなかったんです

 不幸を招くだけで、代わりに優しい人が辛い思いをする

 上杉さんもここで怪我しましたよね、私を庇って」

 

「おまえが頭から落ちて死ぬより遥かにマシだ

 まさか恩を仇で返されるとは思わなかったぜ…

 泣き喚いてたくせに内心そんなこと考えていたとはなー」

 

「か、感謝してますけど!

 あの時は怖い思いでいっぱいでしたし!

 はぐらかさないで聞いてください!」

 

 

 

 伏していた目をこちらに向けて、思うようにならない話し相手に四葉はご立腹だった。

 

 溜め息が漏れる。優しさが人の不幸を嘲笑うするとは知っていたが、本当にこの子は先生に似ているな。

 

 優しさが逆効果になっているんだ。きっと先生も知っていたんだろうな、

 

 だからあの日、俺たちにこいつを預けることを認めたんだ。親であっても、自分じゃ駄目だと悟っていたんだ。

 

 先生じゃ手に負えなかった子供の思考を、十年経った今赤の他人がどうこうできるだろうか。無理だろ…

 

 本当に手のかかる子供だ。面倒くさい奴。

 

 

 

「…いくら大事に思ったって、その家族を不幸にするのは自分なんですよ

 ねえ…たった一人で五人の子供の面倒を看るのって…大変ですよね?」

 

「だろうな」

 

「しかも私たちは五つ子で、一花は長女だけど…同い年で…

 らいはお姉ちゃんみたいな年上がいたらきっと違ったはずなんです

 あの時みたいに、らいはお姉ちゃんに任せられて、お母さん楽できたはずなんですよ」

 

「…四葉」

 

「皆一緒の…五つ子だから…お母さんを不幸にしたんです

 だから…私は」

 

「…」

 

「五人じゃなくて…四人なら…っ!

 お母さん、楽できるかなって…!

 私が違う場所にいれば、皆と違ったら楽できたはずなのに!」

 

「…ああ、そうだろうな…五人もいたら大変だ

 おまえが考えたことは正しい」

 

「――

 ……ぐ、う…うぅう…んぐっ

 は、い」

 

 

 

 認められたことが嬉しくて、子供が嗚咽を堪えて泣いている。そして、五つ子であることが不幸だと決め付けられた瞬間でもある。大事な家族なのに。

 

 四葉の顔はもうぐちゃぐちゃに崩れて大粒の涙を拭っても次々と溢れていく。

 

 馬鹿な子だ。認めたくなかったんじゃないのか、おまえ。

 

 自分のせいだと決めつけられて辛いんじゃないのか、その涙はよ…!

 

 昔、伝えられなかった言葉だ。とても幼稚園児のガキに言えたことじゃない。

 

 十年経った今もそれは変わらないが、俺に対する世間の目が冷めるだけだ。その程度で済むのなら今教えてやる。

 

 簡単に想像できる、おまえがこれから何に苛み心が折られるか。優しいだけが取り得の頭の悪い子供が、そんな姿に変わっちまうなんて見たくもない。

 

 

 

「四葉」

 

「は、はい…っ?」

 

「家族を思ってやったことなんだろ…だったら胸を張れよ、他人に知らしめてみせろよ

 認めさせてやるって思うのが普通だろ! 違うのか!」

 

「ご、ごめんなさ――」

 

「見ていてむかつくぜ…ああ、俺はおまえが大嫌いだ…あれはマジだ

 昔の俺を見てるようで…見てられねえんだよ…

 おまえ、何でそうなっちまったんだよ…

 俺よりも何倍も優しい奴が、何で俺みたいになってるんだよ…」

 

「な…何でって」

 

「姉も妹も、親を大事に思ってやったことだろ…

 何で守ろうとしているのに…変な方向に行くんだ…

 もう戻れなくなるぞ、こうなってからじゃ何もかも遅い、俺をよく見ろ!

 いくら後悔したって、自業自得の一言で終わるんだぞ!

 救いなんてない…一生悔やんで、償え切れないまま生きていくんだぞ!」

 

「上杉さん…」

 

「こうなってくれるな…四葉

 おまえは俺よりも家族が多い…五つ子なんだからな」

 

 

 

 醜い後悔の押し付けでしかない。

 

 だが、もう俺にはこれしか教えられることは残されていない。たった一年しか接していない他人にはこれしか。

 

 怖がらせて悪かったな四葉。侘びも込めてその頭を乱暴に撫でる。

 

 おまえが慕ってくれたお兄ちゃんは、ろくでなしだ。先生は、こんな奴を待って死んじまったんだ。

 

 

 

「おまえと俺とで違うのは、おまえは心底優しくて、俺より何倍も寂しがり屋なところだな」

 

「上杉さんも…優しいよ…?」

 

「優しくねえよ…怒鳴っておまえ泣かせたし」

 

「…言ってくれないと、わかんないことあるよ…?」

 

「…ああ…そうだな…

 昔な、一つ心残りがあった」

 

 

 

 子供だったおまえに言っても不安を煽るだけで伝えられなかったことがある。

 

 おまえは面倒臭くて、本当にどうしようもない奴で目が離せなかった子供だった。

 

 嫌いだったが、それだけじゃない。でなければおまえを必死に庇ったり、慰めようとはしなかったしな。

 

 

 

「俺もな、自分はいらない存在だと思い込んで友達から離れていった

 俺は一人でもどうとでもなるからな…なんて見栄を張っていた

 その結果、つまらない人間が出来上がり、家族を不幸にした…らいはを泣かせちまった」

 

 

 

 あれから間違っていたんだと、後悔してもし切れない。今に至っては恩師までも不幸に追いやり、その子供も泣かせてしまった。

 

 四葉は首を横に振って否定するが、そうじゃないんだ。

 

 

 

「何で離れようと、そう思ったかは…おまえにはわかるだろ

 思い込んだほうが楽だったからだ、辛かったんだ

 分かり合おうとすることをやめて、自分がこれ以上傷つくことを避けた

 だがな…人を見ようとしなければ、優しくされても気づかないし認めようともしない

 俺は他人を疎んで自分を守った

 おまえは家族を守って自分を責めた

 大違いだろ、お互いに家族に求められるものを思ってやったことだってのに失敗に終わったがな」

 

「…

 上杉さん、案外酷い人だったんですね」

 

「ああ」

 

「でも好きですよ」

 

「そうか、俺もおまえが好きだぞ

 嫌いだけど」

 

「どっちなんですか…」

 

「さあな、時々見ていてむかつく

 …だが、一つ言えるのは

 優しさとか気を遣える奴は、こんなろくでなしからでも好かれる

 人が求めているものを与える奴は、一人にはならねーよ…

 おまえは辛いだろうけどな、優しくあり続けている内は」

 

「…」

 

「だから、それでもおまえがやっていたことは優しく、正しい

 先生にちゃんと言えなかったのなら、もったいないことしたな」

 

「…あはは

 もう、遅いですね…もう…っ」

 

「ああ、もう遅い」

 

 

 

 悪い点は、それをおまえが心から望んでやったを、家族が望んでいなかった点だ。

 

 だから、正しいとは言えない。ちゃんと向き合わないといけなかったんだ。

 

 先生もあの子たちも、四葉を否定しないだろう。だから正しいとも言える。それが四葉の優しさなのだから。

 

 残念なのは、一人だけその問いを返してくれない人がいること。

 

 後悔なんてするもんじゃない。これ以上同じミスを繰り返すのは嫌だろ。四葉は笑いながら泣いていた。

 

 母親の死を悔やむのは構わないが、それで自分を責め立てるのはもう終わりにしよう。

 

 おまえは愛された娘なんだから。

 

 そのほうが先生も喜ぶだろう。これでいいだろ、先生。

 

 

 

「おまえがこれから接していく人間の大半が、いつか離れていく奴でもな

 その中に数は少ないだろうが、長い人生一緒にいてくれる奴がいる

 そいつに甘えればいい、助けてって素直にな…昔言ったんだがな」

 

「覚えてないですよ…」

 

「だろうな、一切参考にしてないみたいだしな

 …おまえが今まで頑張ってきた分、幸せになれるものを探す努力ぐらいしろよ」

 

「…」

 

「四葉、おまえが笑うまで笑えねえんだよ

 そうやって手をきつく握ってないで一度解いてみろ

 力、抜かないと…ずっと泣いたままだ

 少なくとも、おまえを心配している人間がいることに気づくはずだ」

 

「…ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣きたい時は泣け! 笑ってられるのは、泣いた後だからな!」

 

 

 

 昔、教えてくれた言葉。お母さんが亡くなっても大丈夫でいられる、その理由を。

 

 何で笑っていられるのか分からず、あの人に質問した答えがそれだった。

 

 願ったものではなくて拗ねちゃったっけ。

 

 それでもあの人は、上杉さんのお父さんは教えてくれなかった。

 

 どうしてか分からなかった。言葉通りの意味を考えても分かるはずがなかった。

 

 だって、それは私が見たくなかったことだから。

 

 嫌われようと嫌っても、本当に嫌われるのが怖くて見れなかった、家族の目だったから。

 

 

 

「やっと意味、分かった気がします」

 

「…?」

 

「馬鹿ですね、私…

 何でずっとこんなこと…皆まで巻き込んで…」

 

 

 

 泣いたら、家族が助けてくれる。

 

 それでいいじゃんって今はそう思える。

 

 お母さんが亡くなっても泣いちゃいけないなんて、何でそう思ったんだろ。

 

 皆が助けてくれた時に伝えればいいんだ。もう十分だよ。ありがとうって…そうやって笑えばいい。

 

 本当の笑顔で。次は私が助けるからねって。

 

 何でかな、何でこんな簡単なこと気づかなかったのかな。こんなこといちいち教えてくれるはずないよね、お父さん。

 

 でもこれは、たぶん私じゃあ体験しないとわかんないよ。だから言わなかったのかなあの人は。

 

 こうして、私の手を取って慰めてくれる人がいることに嬉しくないわけないよ。気づくのが遅すぎたんだ。

 

 馬鹿だ。何で私もっと早く気づかなかったのかな。何でお母さんがいなくなった後に。もう遅いよ。

 

 

 

「お母さん…ごめん、お母さん…嫌いじゃないよぉ…

 もっといたかったよ…もっと一緒にいたかった…!」

 

「…悪い」

 

「あぁああああっ!

 上杉さんのせいじゃないのにぃいい! あぁあああっ!」

 

「それは認めないんだな…」

 

「うわぁあああああんっ!」

 

 

 

 お母さんに謝りたくても、もう届かない。こんなの辛すぎる。

 

 私たちが後悔していること。お母さんを一人にしてしまったことを上杉さんが背負ってしまうことが、申し訳なくて寂しくもあるけど、今はありがたかった。

 

 今は悲しくて仕方ない。上杉さんも辛いのに今は泣くことしかできそうにない。

 

 膝を抱えて泣く私に、上杉さんは黙って寄り添ってくれていた。何もせずに傍にいてくれる。

 

 本当は怖かったのに、一人でいようとしてお母さんを心配させてしまった。

 

 言えば良かったんだ、頑張るから見ててって。お母さんを嫌いになったんじゃないよって。

 

 やり直せないのは分かっていても、あの間違いをやり直したい。

 

 お母さんに一言だけでいい、大好きだよって言いたい。それだけなんだよ。

 

 そんな一言が言えなかったことを悔やんで、どうしようもない。

 

 こんな思い、皆にしてほしくないし、もうしたくない…皆にも謝りたい。

 

 

 

「そうだ、四葉」

 

「う、ぐす…うっ?」

 

「おまえの好きなオレンジジュース

 大人の財布を嘗めるなよちびっ子

 ぐおお!?」

 

 

 

 私が買ってもらったのはカンのジュースだった気がする。上杉さんが傍に置いていた物を手に取って見せたものはペットボトルのオレンジジュースだった。

 

 もうよく分からなくて、なんだか子供扱いされてむかついたから上杉さんに飛びついた。

 

 砂利が髪に付いてしまってもいい。涙がくっついてもいい。泣き縋る子供のまま、上杉さんにしがみついた。

 

 やっぱり上杉さんは優しい、あの時と同じなんだ。さっきは怒られて怖かったけど、私を引き剥がそうとはしなかった。

 

 上杉さんも泣いたんですよね。お母さんのこと、きっと昔も。沢山泣いたんでしょうね。

 

 だから、私もそうなろうと思います。

 

 上杉さんのように優しくて、時には叱って、嫌われてでも助けようとする。そんな大人に。

 

 そして、上杉さんもまだ間に合うことを教えてみせます。

 

 これが恩返しになるといいな。

 

 流した涙に意味があるのなら、きっとその人は優しく在れる。

 

 泣いた後には必ず幸福が待っているとそう願いたいから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。