五等分の園児   作:まんまる小生

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幼子との約束最終話 誰かが求めていた夢

 一つ、夢を見ました

 

 

 

「痩せたな、先生…あぁ、無理して起きなくていい」

 

「…貴方は…変わりましたね」

 

「…十年も経つとな」

 

「そう、ですね…」

 

 

 

 その日は珍しくお医者様以外の来客がいらして

 

 その人は、お母さんの古い友人でした

 

 

 

「会えて、よかった…」

 

「…いつでも会えたじゃねえか」

 

「…そう、ですよね

 お別れは…してなかったのに」

 

 

 

 お母さんは嬉しそうで、悲しそうでした

 

 最初その人の顔を見た時は急いで布団から出ようとして。

 

 変わっていないな…と、その人に止められました

 

 その時の手はそのまま、お母さんはその手を弱々しく掴んでいました

 

 

 

「最期に貴方に伝えたかったことがありました」

 

「最期、か いきなりだな」

 

「…」

 

「…ああ…」

 

 

 

 その人は悲しそうにお母さんの顔を見つめて、頷いた

 

 

 

「子供たちを…お願いしてもいいでしょうか」

 

「…あんたの娘だろ、五人もいる」

 

「…ごめんなさい

 私にはもう、できないものになってしまいました」

 

 

 

 その言葉に、傍にいて聞いていたのでしょう

 

 一花も。二乃。三玖も。四葉も。私も。揃ってお母さんに駆け寄りました

 

 お母さんがそんなことを口にするなんて、初めてだったから

 

 

 

「俺にできると思うか、十年振りなんだぞ」

 

「…やはり、困らせてしまいますか」

 

「…」

 

 

 

 その人は困っていました

 

 その人の手にはお母さんの手だけではありません

 

 三玖も、四葉も手を握っていました

 

 一花と二乃も、何かを訴えるようにその人を見上げていて

 

 これが、本当に最期なのかと震えている

 

 

 

「意義を見失う時がありました」

 

「…」

 

「私は何の為に生きているのか、母親の義務だけなのでしょうか…

 夫もいなくなり…こんなはずじゃなかったのよ…

 思い出したのは、他人だった貴方が私を褒めてくれたことです」

 

「…」

 

「あの顔は忘れられなかったわ

 子供たちの笑顔一つで私も笑えたら…良い母になれるでしょう?

 今は小さな子供たちも、もしかしたら貴方のように分かってくれる時がくるんじゃないかと

 お菓子一つ、お礼一つ、それだけでいい 子供は笑ってくれる

 親の義務を忘れないで その時だけはしがらみを忘れて子供たちと一緒に喜びたい」

 

「…ああ、そうなれたら…どれだけ幸せだろうな」

 

 

 

 お母さんは咳き込んでしまった

 

 そんなに長く話すのは久しぶりだった

 

 でもその人は、喋らないでと止めることはなかった

 

 よく見れば、その人の手には小さなお守りが握られていた

 

 お母さんと手を合わせた、その中に

 

 

 

「生憎俺はあんたを忘れちまったよ、だから間違えた

 知ってるだろ?」

 

「…」

 

「…何で今更

 だったら十年前、頼ってくれて良かったんだぞ」

 

「…恥ずかしいでしょう、十歳も下の子に甘えるなんて」

 

「…」

 

「…

 …えっと…

 それだけでは、ないのですが…これは内緒です…」

 

「…今ので許した」

 

「…怖がらせないでください…」

 

 

 

 何でこの二人はこんなにも笑っていられるのでしょうか

 

 ですが、とお母さんは続ける

 

 

 

「優しくて、強い人間を変えてしまうのが、弱い人間なのです

 貴方を踏み躙って、生きていけるわけないでしょう

 後悔していました

 貴方を泣かせてしまいました」

 

「…嫌なことを思い出させてくれるな」

 

「…私だけ報われて貴方は間違えてしまった、そんなこと許されないもの

 貴方には笑っていてほしいと、願います」

 

「昔から勝手な人だな

 夢まで押し付けられてんだぞ、俺は」

 

「…」

 

 

 

 お母さんは笑ってた、困っていても笑っていました

 

 ああ…やっぱり、お母さんはこの人が好きなんだった

 

 

 

「わかった

 一花も二乃も、三玖も四葉も…五月も

 俺が守ってやる」

 

「…ありがとうございます」

 

「だがな先生

 …いつか、笑っていける日がくるんだ」

 

「…ええ」

 

「あんたの我侭は、俺が片付けてやる」

 

 

 

 お母さんは上げていた頭を枕の上に置いた

 

 力を抜いた時でした

 

 もう二度と…起き上がることはないのではないかと

 

 嫌です、待ってください

 

 置いていかないで、お母さん

 

 母を起こそうとする手を掴まれた

 

 離してほしいと、その人を見上げる

 

 涙で、その人の顔はもう見えなかった

 

 ですが…なぜかその横顔は、私が見上げる光景は…知ってます

 

 

 

「先生、あんたはこいつらに何を望む」

 

「…何を、ですか」

 

「ああ、最期なんだろ」

 

「ええ…」

 

「…」

 

「あなたたちには一緒にいてほしいと願います

 たとえ、どんなことがあったとしても」

 

 

 

 それは、お母さんがいなくなった時ですか…

 

 

 

「大切なのはどこにいるかではなく

 五人でいることですから」

 

「…」

 

「…だから、大丈夫よ

 彼が…風太郎君がいますから」

 

「…それはなしだっつーの、先生」

 

 

 

 嫌だ…嫌ですお母さん

 

 置いて行かないで…

 

 

 

「五人でいるってのは、大きな壁も困難も五人で乗り越えるためか」

 

「…はい」

 

「…そうか」

 

 

 

 手が離された

 

 お母さんもゆっくりとその手を離してしまった

 

 これで、これで終わりなんですか

 

 待って、待って下さい上杉君!

 

 

 

「…病院、いくぞ」

 

「え」

 

「もう間に合わないだとか

 金がかかるとか、関係ない

 あんたは願った」

 

 

 

 背中に手を回してその人はお母さんを起こしてくれた。

 

 その人はまた、お母さんの手を握ってくれた 

 

 

 

「ま、待って…!」

 

「あんたは親だろ

 子供に願うのなら、今までしてきたようにあんたが手本を見せるべきだ

 大きな壁も困難も、一緒に乗り越える姿を見せてみろよ」

 

「…」

 

「あんただけ諦めて、手を離すなんて許さねえ」

 

「わ、私にはもう時間が

 もう余命も僅かな私に、もうっ

 子供だけでいいから…この子たちだけは」

 

「…

 あんたの、たった一人だけの一番になれるのなら…

 俺は、あんたに必要とされる人間になりたい」

 

 

 

 顔を伏せてしまって、その表情を窺うことはできなかった

 

 お母さんも驚いて、視線を逸らしていた

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 静寂が重たかった

 

 ですが、なぜでしょうかね

 

 あの写真には欠けていたものが、ここに揃ったような…優しい時間でした

 

 お母さんはいつまでも掴んでくれるその手を、強く、震えるほど握り返していました

 

 お母さんの目には涙が零れて

 

 

 

「我侭を…許してくれますか…?」

 

 

 

 いつか見たような、困ったように笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優しい夢でした

 

 現実はこの通りにはならなかった

 

 夢の中でも…お母さんが助かる、とは限らないのでしょう

 

 この続きが私が知るものに辿り着いてしまうのかもしれない…

 

 でも

 

 そうじゃないかもしれない

 

 もしかしたら、助けてくれるかもしれない

 

 また笑って暮らせる、昔のように

 

 そう思わせてくれる

 

 

 

 お母さん、お兄ちゃんなら、助けてくれます

 

 

 

 私たちの手を一人一人優しく掴んでくれた

 

 そんなお兄ちゃんだから

 

 私たちは笑って

 

 怒って

 

 約束して

 

 願って

 

 その手を掴んで、胸の中でいっぱい泣いたんだ




これにて番外編、幼子との約束は終わりとなります。
幸の薄いお話でありましたが…零奈さん亡き後ということで妥協できずに書いていました。

お付き合いいただき、ありがとうございました。
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