五等分の園児   作:まんまる小生

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涙は零れず恵みは静かに零れるその7 二乃

「はぁー 来て良かったわ」

 

「二乃、悪いことは言わない、それを捨てろ」

 

「嫌よ、私の宝物にする

 待ち受けにしようかしら」

 

「他の四人がうるさくなるからやめろ」

 

 

 

 夕暮れの帰り道。子供はもう帰るこの頃。

 

 実家から中野家まで二乃を送っていく道中、少女は血生臭い現場を見ても尚ご機嫌だった。

 

 鼻歌交じりにスキップしそうな二乃が手に持っているのは小さな写真。

 

 来客の前で醜い言い争いを見せてしまったことに、親父とらいはが侘びを込めてあげたそうだ。

 

 写真には四人の家族が写っている。

 

 現物ではなく複成したものらしいが、俺だって今日目にするまで知らなかったものだ。

 

 

 

「…フー君に似てるわね、お母様」

 

「どこが…」

 

「頭の葉っぱとか」

 

「葉っぱ言うな」

 

「嘘よ

 ふふ…フー君のイメチェン前の写真なんて、夢みたいだわ」

 

 

 

 どう見てもその写真は上杉一家のそれだった。

 

 まだ赤ん坊のらいはと俺がまだ髪を染めていた頃の、まだお袋がいた昔の写真だ。

 

 夫婦とその子供が二人。小さな喫茶店での写真。

 

 二乃も物好きな奴だ。俺たちの写真なんか貰っても嬉しくないだろうに。

 

 らいはからそれを手渡されたときのテンションの高さは異常だった。

 

 ぴょんぴょん跳ね回って家が揺れたぞ。床もボロいから急いで辞めさせた。

 

 

 

「…」

 

「疲れちゃった?」

 

「まあな…話す必要がなかったと言ったらそれまでだ」

 

「…お金、いいの?

 フー君のじゃない、あれ」

 

「…金なんてどうだっていい

 親父が一人で返したいのならそれでいいさ」

 

「なんか信じられないわ、私もフー君も貧乏なのに」

 

 

 

 金が欲しい、金が足りないと将来を不安視していた当時だったら死んでも手放さなかっただろう。

 

 その必死さは誰かを養い守るには必須だろう。だが求める物が違ければ、その在り方も変わるものだ。

 

 

 

「じゃあ、おまえは金を得て何をしたいんだ?」

 

「え?」

 

「中学生になればしたいこと増えるだろ」

 

「…うーん

 お洋服とか、調理道具とか…ママの香水貰っちゃったからお返ししたいし

 いっぱいあるわ、考えたらキリない」

 

「ならあの金使って買ってやるよ」

 

「…うーん

 いい、自分で働いた時に返すって約束したもの」

 

 

 

 そういうことだ。元からあれは約束の下で渡したはずの金だ。

 

 したいこと、求めるもの全てが金で満たされるとは限らない。金は手段であり、結果を得られるものじゃない。

 

 内心では、貧乏人にしては愚かな考えだと警告が鳴り響いている。ならばまた稼いでみせるさ、500万ぐらい、もっと早く。

 

 当初より求めた結果の通りにはならなかったが、今はそこまで不満は溜まっていない。帰る足は軽い。

 

 

 

「フー君はおじ様を嫌いって言ってたけど、本気かしら?」

 

「ああ、友達作れとか学校生活楽しめとか言われてた時は普通に殺意持ってたぞ」

 

「しれっと怖いこと言うんじゃないわよ…まあ言われる側はムカっとするでしょうけど」

 

「…馬鹿は嫌いだ

 報われていないのは確かなんだ、親父も…らいはもだ

 俺はあんな風になりたくはない」

 

「…」

 

「俺一人だけが楽をしているんだ、あの家で

 掴めば楽できるってのに、馬鹿ばかりだ」

 

「フー君…」

 

「あの家で生まれなければ、それこそ金で簡単に満足できた

 そんな凡人になれただろうに、俺たちはそれ以下だ」

 

 

 

 静かな帰り道は虚しさが漂う。明解なものは何一つ得られず帰ることになった。

 

 まったく、どこまで意地を張り続けるんだか。金があれば遊べるんだぞ。好きなものを食べて、買って、少なくとも笑っていられる。

 

 何を重んじるべきなのか、その答えはもう知っている。

 

 俺は昔からそれを手にしていた。だが気づくのがあまりにも遅すぎた。20過ぎた社会人が抱える問題ではないんだ。

 

 もう親に手を引かれる子供じゃねえんだ。俺が、妹や子供たちの手を引っ張っていかないといけない。ゆくゆくは老いた父親の手も。

 

 だから、手を伸ばしてくれないと困る。

 

 それをさせてくれない、助けを求めることに見栄を張る馬鹿が嫌いだ。

 

 

 

「フー君がおじさまとお姉ちゃんを嫌い?

 見え透いた嘘ね」

 

「?」

 

 

 

 足音が耳に残る風景で、軽快な音を鳴らして二乃は目の前に立った。

 

 非難するような眼差しだ。物怖じしないその目は、卑屈さを全く感じさせない。

 

 何もかも肯定する傲慢な笑みだった。

 

 

 

「むしろ逆じゃない

 昔から上杉はあの家族が大好きなんでしょ」

 

「…」

 

「かっこつけちゃって馬鹿みたい、ツンデレのつもりかしら」

 

「おまえに言われたくないぞ、おまえには」

 

「私はほら、フー君にデレデレだし、デレデレよ」

 

「今さっきツンがこっちに突き刺さってたぞ」

 

 

 

 男の見栄を分かっていないな。男はそうデレないぞ。

 

 この子にヒロインは無理だ、そう咎めたい気持ちもあったが…こちらの思いを汲み取ろうとする気遣いには感謝したい。

 

 二乃は足を止めたまま見上げている。俺もまた二乃の前に立ち、その声を聞く。

 

 二人っきりの帰り道。家に帰れば五人の家族が待っているんだ。二人きりでいられる時間は限られる。

 

 最後の機会なのかもしれない。

 

 二乃は気丈で心優しい。だがその裏を返せば、臆病で打たれ弱い彼女本来の姿がある。

 

 

 

「お母さんと結婚しちゃうのよね」

 

「未定だ」

 

「…フー君の気持ちは変わらないもの

 引き止めてもいいなんて、私たちが最終的に祝福すると知ってのことでしょ?」

 

「まあ、半分賭けみたいなものだ

 おまえ達の立場が分からないわけではない…俺も先生に真意を問われるなんてしょっちゅうだ」

 

「いや、ママは子供いるし、フー君とは同じ十歳差だけどランクが違うから」

 

「自分の母親の再婚のハードル上げてやるなよ」

 

「フー君が再婚相手だから跳ね上がってるんでしょ」

 

「…どちらにせよ

 俺も先生も不幸にはならないし、気負うことはない」

 

「…ママには幸せになってほしいって昔から思ってたわ

 早いもの勝ちって、つまんないもの」

 

 

 

 どれほど人を愛し結ばれるように努力したとしても、ドラマのように、誰かが作った脚本通りにはならない。

 

 最初から結ばれる関係になっていないかもしれない。

 

 仮に告白しその努力から観客の心を掴んだとしても、別の誰かの物語が始まるまでの過去、土台作りになるんだろうな。

 

 二乃とはそんな関係かもしれない。おまえの気持ちはお互いに不利益にはならず次に活かされる。

 

 おまえには夢中になるほどの恋愛が待っているかもしれない。

 

 これはその物語の、幸せを得るための思い出なのかもしれない。

 

 これもまた、都合の良い脚本だな。

 

 

 

「私が子供だから?」

 

「京都で、小学六年の頃の俺が教師の先生と出会い、後に結ばれたんだ

 おまえらにも芽がなかったわけじゃない」

 

「フー君…」

 

「二乃、我侭言っていいんだぜ?

 十年先だろうが構わない

 おまえたちが答えを出した後でもいいんだ」

 

「四葉は…」

 

「あいつは俺と母親を応援すると言ってくれた

 ちょっと泣いていたがな」

 

「そう」

 

 

 

 二乃は写真を握り、濡れないように胸に抱えた。

 

 ぽたぽたと、大粒の涙が零れていた。声もなく二乃は泣いてしまった。

 

 少ない言葉から思い浮かべたのだろう。本当に終わるんだと。

 

 胸を張って好意の言葉を語ってくれていた。慕ってくれたのは本気だったんだ。

 

 両手が塞がってはその涙を拭うこともできない。二乃は俯いて泣き顔を隠すことしかできず。

 

 夕暮れのアスファルトに雫が零れ、湿った跡を残していく。

 

 

 

「叶わないのなら、最初から出会わなかったほうが良かった」

 

「…」

 

「でもそしたらママはきっと駄目だったわ

 ママが好きになったんだもの

 私だって…好きになっちゃうわよ」

 

「その理屈なら、俺もおまえを好きになるのは当然だな」

 

「…ぅ…ぐすっ…」

 

「…」

 

「…そ、そうよ、運が悪かっただけよっ

 三玖じゃないけど…年上のお兄さんでも恋人になれたらなって思ってた

 でもあの子程強くはなれないわよ…!」

 

 

 

 俯いて泣く二乃の前に膝をつく。

 

 二乃は俺の胸に顔を埋めてきた。涙を押し付けてくる。

 

 誰かの幸せが他人の不幸せになる。

 

 だが家族では…違うんじゃないか。

 

 もし不幸になるとしたら、不幸せになるのは兄や親のはずだ。下の者を守って身代わりになるんだ。

 

 幼いおまえたちを蔑ろにして得たいものはない。

 

 

 

「二乃、本音を聞きたい」

 

 

 

 だから我侭言っていいんだ。

 

 

 

「二乃、俺と先生は――」

 

 

 

 目元に指がせまった。泣き崩れそうな顔を見せながら二乃は手を伸ばしてきた。

 

 顔を手で包まれた。まだまだ小さい女の子の手だ。

 

 形振り構わないその行いに、打ち明けてくれるのかと思っていた。

 

 そんな本音とは程遠い。二乃の顔を見れば分かる。後悔の目だった。

 

 

 

「私が駄目な理由…

 昔、あんたを傷つけたから…?」

 

「…」

 

「まだ小さい頃じゃない…許してよぉ…!

 優しくするから、置いてかないで…!」

 

 

 

 何を言っているのかわからなかった。

 

 既視感があった。この子が俯き泣いている姿は。

 

 慰めの声かけに耳を傾けてくれたことに安堵した思い出が蘇る。

 

 初めて手を繋いだ頃の出来事を言っているのか。

 

 あの頃酷いことをしたと、昔から謝っていたんだ。

 

 

 

「喧嘩してたの、覚えてるっ 忘れてないっ!

 私、フー君の顔ひっかいて…」

 

「二乃、もうその話はいい

 あの喧嘩があったから、こうして俺を好きになってくれたんじゃないのか?」

 

「でも、あんたに…嫌われてっ…

 あんなことがなければ、もしかしたらって…」

 

「…」

 

「…うっ…ぐすっ…

 フー君に嫌われて当たり前だったのに…いっぱい優しくしてくれて

 私、嫌な子よね…っ 愛される資格なんてないよね」

 

「おまえな、引っ張りすぎだ

 仮にもだ、そんな幼稚園の頃の話を持ち上げる男を好きになるなよ」

 

「昨日…追い出そうとしたじゃない、あれ嫌だったんだからっ」

 

「わ、悪かった

 でもそれも関係ないからな? 好きだぞ?」

 

「だったら私にしなさいよぉ…」

 

 

 

 今まで俺の肩を持って協力してくれた子だ。五つ子の中では器用に気持ちを整理できた子だと思っていた。

 

 だが、人一倍気の弱い子だった。

 

 何が悪かったのか、なぜ選ばれなかったのか。その理由を探って過去の過ちに至ったらしい。

 

 …この子から目を逸らして、放置することが昔から多かった気がする。

 

 一花ほどずる賢く器用ではなく、三玖ほど甘え上手でもない。

 

 だが四葉と五月よりも頼りになるし、家事を任せられるほどにしっかりした子だ。

 

 損をしやすいんだ。本音を言えずに周りを気にしてばかりで。

 

 この子が言えないのなら、俺は待ち続けるしかない。それでいい。

 

 二乃には変わらず、生意気な態度で接してほしい。

 

 

 

「二乃、大好きだぜ」

 

「―」

 

 

 

 何を意外そうに驚いているのか、二乃は顔を上げてくれた。

 

 まあ…おまえの性格にはほとほと悩まされたが。

 

 おまえの優しさを知れば嫌いになれずに、むしろ世話を焼こうとしちまうかもな。

 

 

 

「もう一度言ってやる、好きだ」

 

「な、何で」

 

「十年後か、おまえが俺と先生と再会した17の時でもいい

 その時、返事を聞かせてくれ」

 

「…フー君…どうして…

 私なんか、放っておいてよかったのに」

 

「好きだから、当然だろ?

 おまえと似たようなものだ」

 

 

 

 先生と結婚したいと言いながら、四葉と一花には希望には沿えないと振っておきながら、まだ小学生の子供に告白した。

 

 二乃も分かって戸惑っている。告白などされるとは思わなかったんだろう。

 

 白馬の王子様に憧れる乙女には酷い告白だ。考慮する余地なし、平手打ちでもされないか不安だった。

 

 だが、落ち着いた頃には二乃は再び泣いてしまった。

 

 涙を拭くべく、またこちらにしがみついて頭を押し付けてきた。もう手に握る写真はくしゃくしゃだ。

 

 

 

「上杉 十年後とか…私が上杉を好きになってる保証はないわよ」

 

「ああ」

 

「おじさんなんて好きになるわけないんだから」

 

「だろうな」

 

「無駄な時間よね」

 

「そうなったほうがいいんだろうな」

 

 

 

 おまえが口を閉ざしてしまうよりかはいい。俺は後悔しないぞ。

 

 ただ、この選択で五月以外の三人からも毛嫌いされないか心を痛めるがな。

 

 一人を贔屓すれば残り四人が文句を言うのは当然。ままならない五つ子だった。

 

 不和を招くと知った二乃が良しとするはずがなかった。

 

 泣き縋って押し付けてきた頬を離して、両手を突き出して離れていった。

 

 

 

「勝手に結婚しちゃえ、馬鹿」

 

「…」

 

「でも、撤回はさせないんだから

 …ふふ、えへへ」

 

 

 

 目元を赤く腫らして二乃ははにかんだ。

 

 やはりこの子の気持ちは正面から受け止めたい。昔からこの子が好きだったんだ。

 

 ゆびきりしなさい! と指を掴まれ結ばれた。破ったら本気で針を飲まされそうだ。

 

 

 

「ありがと、フー君

 ちょっと文句がないわけじゃないけど…嬉しかった」

 

「そうか」

 

「私が大人になればフー君を意識させるのなんて簡単よ

 だから、言うわ…その時

 フー君からの告白の返事」

 

「ああ、待っている」

 

 

 

 告白してくれてありがとう。もう一度、はにかんだ二乃は一歩だけ後ろへ下がる。

 

 

 

「…お母さんをお願いね、フー君」

 

「…」

 

 

 

 母親を案じる娘は、最後に俺の手を取った。

 

 その優しさによって守ってくれた俺の家族と、己の家族を思う気持ち、両方を手にして。

 

 

 

「お母さんなら、絶対にフー君を幸せにするわ

 あなたが苦労した分、おじ様とお姉ちゃんも

 だから…だから」

 

「ああ」

 

「…っ

 だから、私が未来で振っても…後悔するんじゃないわよ…っ」

 

「…わかった、ありがとな、二乃」

 

 

 

 優しい子だ。もう答えは決めているそうだ。

 

 これでは待っていても仕方ない…本当に。

 

 しかし返事は今できそうにない。だからといって、その弱さは誰も責めることはない。傷つかなくていい。

 

 最後の最後に思い出が欲しかった。

 

 二乃は臆病で、人の弱い気持ちに寄り添うことができる。

 

 もしも将来、答えが変わっていたら。それはその時だ。

 

 それがこの子の本音なら、もう一度存分に困らせてくれ。

 

 その時はおまえが後悔しないように、またおまえと正面から立ち向かうさ。

 

 

 

「…はぁ…

 言ってみるものね」

 

「…おい」

 

 

 

 泣き疲れた後の溜め息は、何かやりきったと言ったような呆れたものだ。

 

 あれだけ大泣きして何を言っていやがる。おまえさっきあれだけ泣いてたじゃねえか。

 

 あんな昔のしょうもない喧嘩を掘り起こすなんて、いじらしいじゃねえかと思ってたのに。

 

 俺の指摘は聞く耳持たないらしい。人の気持ちを弄ぶ小悪魔は走っていった。

 

 

 

「二乃、おまえ! 演技だったのかっ! さっきのなし!」

 

「ふふ、恋は攻めないと始まらないもの!」

 

 

 

 …まったく、また見栄を張りやがって。

 

 照れ隠しか、寂しさを誤魔化しての振る舞いなのか。俺には分からなかった。

 

 されど、きっと家に着いた頃には何食わぬ顔で生意気な台詞を吐くのだろう。

 

 もうあの頃の子供じゃない。

 

 もうこの手で涙を拭ってやることはないんだろうな。

 

 

 

「フー君ー! 帰るわよ!」

 

 

 

 今は走って逃げる子を追いかけるしかなさそうだ。

 

 夕日を背に手を振って笑う子には、まだ涙が零れていた。

 

 涙を見せないので精一杯だったんだ。

 

 傷ついても、綺麗な顔で笑ってくれる。そこに弱さなんてない。

 

 大切な物が一つ増えたクローバーのように、その魅力を好きになってくれる人がいるはずだ。

 

 この子の物語が始まる時、俺はどんな立場にあるのだろうか。

 

 いつか来る約束の日まで、もう少しだけ付き合ってやろう。

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