五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の園児その5 祭りの帰り道

 デートです。

 

 何であんながっつり見ちまったんだ俺は。冷静になって思い返してから風太郎の脳内のリフレインが止まらなかった。頭を打ちつけてでも忘れたい。

 

 鉄仮面なのは変わりなかったが。風太郎の目を捉えてはっきりと言われてしまった。子供のデートだと分かっていても歯がゆい。紛らわしいことをしてくれて恨んでしまいそうだ。

 

 いつか見せた、からかうように笑っていたら遊ばれたと思えた。しかし至って真面目にストレートに言われてしまったら真意を探り続けてしまうのだ。

 

 だいぶ年が離れているのにこんなに動揺するとは思っていなかった風太郎だった。憧れているし尊敬はしているが、これは別のものだ。単純に驚いただけだ。美人だからそう取ってしまうだけだ。

 

 落ち着かなければ。素数を数えよう。こんなところを見られたりしたら先生に妙な誤解をしていると悟られてしまう。心を無にしなければ。

 

 

 

「3.14159265358979…」

 

「なにしてるの、ふーたろーくん」

 

「素数を数えている」

 

「円周率では」

 

「…冗談です」

 

「はい」

 

「…

 帰ります」

 

「ダメー!」

 

 

 

 もうダメだ。帰りたくなってきた。だが子供たち五人に必死に止められて叶わず。今日が黒歴史になりそうで怖い。

 

 こうなったら別のことを考えて塗り潰してしまおう。

 

 

 

「せっかくの祭りですし、妹を呼んでいいですか?」

 

「構いませんよ」

 

「いもうと?」

 

「だれのですか?」

 

 

 

 らいはに連絡を取ると、絶対に行くとの返事が返ってきた。すぐに家を出て向かうそうだ。子供たちとはまだ会ったことはないのだろうか。一度は家を訪ねたそうだが、覚えてないのか妹とは分からなかったのか。

 

 少ししてらいはが無事に合流した。先生と軽く挨拶をして、五つ子と向かい合うことになった。

 

 

 

「…可愛い!」

 

 

 

 初対面のようだった。らいはが目を輝かせて風太郎の腕を引っ張っていた。気持ちは分かるがまずは自己紹介からだ。

 

 

 

「えっと、お兄ちゃんの妹の、らいはです

 よろしくねー」

 

「ふーたろーくんのいもうと?

 あ、でもにてるー!」

 

「あはは、それは嬉しくないかもー」

 

「おまえもデリカシーねえじゃねえか!」

 

「うえすぎのいもうと…らいはおねえちゃん?」

 

「一花じゃないおねえちゃんだ!」

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 

 

 風太郎の妹と知って興味を持ったようで子供たちが質問攻めを始めた。ある程度話し込んでいくうちにどうやら打ち解けたようだった。

 

 

 

「もう可愛いよみんな!

 お兄ちゃんが落ちるのもわかる!」

 

「落ちてねえよ

 それにもう一人いるぞ」

 

「…む…ぅ」

 

 

 

 風太郎の影に隠れてらいはを睨んでいる子が残っている。人見知りの三玖は他の四人のように打ち解けるのは難しいようだ。

 

 なぜからいはを敵視しているようだ。近づこうとせず風太郎の手を握り締めて引っ張っている。

 

 

 

「…三玖はうえすぎ、だいすきだから」

 

「なるほど…

 いいんだよ三玖ちゃん、お兄ちゃん持っていって」

 

「!

 おねえちゃんは、わたしのみかたなの?」

 

「よくわかんないけど

 お兄ちゃん好きなんでしょ?

 いっぱい甘えていいからね」

 

「!

 おねえちゃんっ」

 

 

 警戒心を解いたようで風太郎の手を離して、てくてくと、らいはの下へ近寄った。さすが妹。風太郎は一月近くかかったことを5分で済ませてしまった。少し妬けてしまうぞ。

 

 

 

「ちょっと!三玖にそんなこといっちゃダメ!」

 

「そ、そうだよっ

 甘やかしたらもっとひどくなる!」

 

「あ、あれ?そうなの?

 うーん」

 

「おねえちゃん、フータローのことおしえてくれる?」

 

「わたしにもおしえて!」

 

「わ、わたしも!」

 

「え、えーとね」

 

 

 

 騒がしくなった一花と二乃にらいはが困り果てている。兄はこの相手を毎回させられているんだ。可愛いと愛でるだけじゃ痛い目見るぞはっはっは。

 

 ヒートアップする三人を止めようと先生が仲裁に入った。やはり最近子供たちにストップをかけないのは故意なんだな。風太郎に任せていいと思ってのことなのだろうか。だとしたら嬉しいような、それでも止めてほしいような。

 

 複雑な心境の風太郎の手を誰かが握ってきた。四葉だった。反対側の手にも掴む子がいた。普段母親と一緒にいる五月だった。珍しい。

 

 

 

「どうしたおまえら」

 

「はやいものがちです」

 

「うえすぎくん

 うえすぎくんの、いちばんはあのおねえちゃんなんですか?」

 

「そうだな」

 

「そ、そう…なんだ…」

 

「…」

 

 

 

 つい即答してしまった。兄として当然だろう。まだ小学生なのに家事を任せてしまっているのだ。遊びたい気持ちを抑えて家族に尽くしてくれている妹を蔑ろなどできるわけがない。

 

 風太郎の返事は五月と四葉にとって面白くはない。五月は少なからずショックを受けているようで意気消沈。四葉はおどおどと目を泳がせて戸惑っていた。

 

 いくら妹が大事でも、五つ子にもそれなりの情はある。二人の髪を乱暴に乱してやった。面倒な質問しやがって。

 

 

 

「一番長いからな

 おまえらとはまだ半年も経ってねーし、そんなもんだ」

 

「じゃあ…わたしはろくばんですか?」

 

「年のことじゃねーよ

 一緒にいる時間だ」

 

 

 

 末っ子は納得できないようだ。少なからず五番目からさらに下がるのは予想外だったのだろう。一番上から一番下に落ちた一花の話をしてやろうか。一花が泣くからやめておくが。

 

 しかしまた順番か。三玖もそうだが五月も気にしているようだ。そんなに拘るものなのだろうか。毎日取り合いの五つ子なら競争したがるのかもしれない。

 

 慕ってくれるのはいいが、こんな関係も小学校に上がれば忘れられるだろう。風太郎も幼稚園の時の記憶などほぼない。優しくしてくれた幼稚園のお姉さんを朧気に覚えている程度だ。

 

 自分もそうなるだろう。高校生、大学生になってよく面倒を看てくれたお兄さんがいたよね、と五つ子の中で懐かしんでくれたら上等だ。

 

 だから多少誤魔化しても、思い出を守っておくべきだろうか。

 

 

 

「順番とか、一番とか子供だな…

 大人はな、まとめて一番にできんだよ」

 

「えええっ!?

 ぜんいん、いちばんなの!?」

 

「いちばんがいっぱい?

 それいちばんじゃないです」

 

「やかましい、悪さする奴は二番にするがな

 おまえらにできるか?

 五人全員で仲良くするんだ」

 

「が、がんばります

 だからいちばんのいちばんになります!」

 

「じゃあ五月の次のにばん!」

 

「二番は六番だと思えよ」

 

「そ、そうなんですか…!

 もうよくわかんないです」

 

「精々励め――いででででっ!」

 

 

 

 いきなり耳を引っ張られている。五月と四葉が慌てた顔をするがその顔が強張り背中を向けられてしまった。何なんだ。

 

 振り向くと目の前に無表情で睨む鉄化面の先生がいた。怒気を醸し出して鬼の角を生やしている。さっきまでらいはのところにいたのにいつの間に。風太郎は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

「少し見ない間に随分と悪い男になってしまったようですね

 子供だからって娘を誑かしたら許しません」

 

 

 

 浮気された母親にはこの話題は見過ごせるものではなかったようだ。思えば酷いことを口にしていたような。だがこれ以外にどうしろと言うんだ。一番はらいはに決定しているのに。

 

 小学生でもない子供の話なんだから、そう真面目に捉えてほしくなかったのだが。まだ吹っ切れていないのか。そう思っているとより一層睨まれた。見透かされている…

 

 苦し紛れだが反抗してみよう。家族に尽くす妹を持つ兄としての威厳もあるのだ。

 

 

 

「じゃあ先生の中での一番は誰なんですか

 五人の前で宣告してください」

 

「…日によって変わりますね」

 

「おまえら聞いたか、まずいぞ

 五人仲良く一番とか言ってる場合じゃねえな」

 

「冗談です」

 

「そんな真顔で言われても分かりません…」

 

 

 

 結局母親も誤魔化している。絶対そうなるだろ!なぜ風太郎は許されなかったのか。納得できず少し先生に噛み付いていた。先生には涼しい顔をしてかわされてしまったが。

 

 何が面白いのか、妹と五つ子がそんなやりとりを楽しそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人は卑怯だな」

 

「うえすぎさんはずるっこだもんね

 ずるっこが、しんかしたら、ひきょーだ!」

 

「そんな進化あってたまるか」

 

 

 

 せっかくの祭りだ、楽しまなければ損だ。18時を過ぎて商店街の大通りは人混みに溢れだしてきた。祭りらしくなってきたものだ。

 

 随分と仲良くなったのか、らいはに一花、二乃、三玖が集まっていた。一花と二乃は分かるが三玖はやはり意外だ。時折後ろを振り向いて風太郎を見て笑っている。楽しんでいるようで何よりだ。

 

 そういえば三玖は風太郎の母親に会いたがっていた。風太郎の家族と話せて嬉しいのかもしれない。

 

 それに、一花が頼りになる姉なのは間違いないが、年の離れた姉というのも気軽に話せることに一因しているのだろう。一花も楽しんでいるようだ。さすがは妹。

 

 そのらいはも、妹となるような年下の子と接するのは初めてだろう。年相応の女の子のようにはしゃいで楽しそうだ。会わせて本当に良かった。

 

 しかしらいは一人で子供三人の面倒を看るのは大変だろう。二乃が人混みに押されてしまった。らいはからはぐれないように慌てて足を早めたのが悪かった。躓いてよろけてしまった。

 

 

 

「掴んでろ

 慌てなくていい」

 

「う、うん

 ありがと…」

 

 

 

 転びそうになった二乃の肩を支えて抱えてやった。片方の風太郎の手を掴んでいる四葉は偉い!と褒めていた。おまえの手は絶対に離さねえぞ。迷子の容疑者だからな。

 

 同じく後ろから、らいはたちを見ていた先生が気を利かせてくれた。二乃と行動するようだ。二乃は気恥ずかしそうに母親と手を繋いだ。普段は五月と四葉に取られてしまうその手を掴むのは珍しい。

 

 風太郎に見られているのを知って、こっち見るな!と怒られてしまった。後ろ向いてると転ぶぞ。さっきお礼を言って見せた初々しい態度は消えてしまった。子供は本当にいい加減である。

 

 母親の手を掴んでいた五月が今度は風太郎の手を掴んできた。今日のおまえはよく動き回るな。構わないのだが母親から離れるのは珍しいことだ。

 

 

 

「わたあめ!」

 

「うえすぎくん、わたあめです!」

 

「ああ…食うか?」

 

 

 

 先生には奢るなとか言われているが後で清算してもらおう。まだ行列ができていないうちに買ってしまおうと財布を取り出そうとすると子供たちが前に出た。

 

 首からぶら下げている小袋から小銭を出し始めた。最初見た時から何なのかと思っていたが小銭入れだったようだ。頼むからばら撒くなよ。風太郎は二人の近くに寄って様子を見ることにした。

 

 百円玉が…一つ二つ…十個。千円!?幼稚園児のくせにブルジョワだなおまえら!?普段お菓子を渋る母親も祭りには財布の紐が緩むようだ。子供に五千円か…

 

 使い切るとは限らないが間違いなく五月は使い切るぞ。姉が気を良くして奢るまである。

 

 

 

「偉いねお嬢ちゃんたち

 300円だよ」

 

「えっと…はいっ」

 

「はいです!」

 

「…はいよ、ちょっと待ってな」

 

「いやいや、待ってくれ」

 

「はっはっは、しっかりしてるねえ」

 

 

 

 何を笑っているんだこの親父は。風太郎は慌てて百円玉を一つ渡した。四葉が出したのは百円玉が二つ。明らかに足りてないのにそのまま受け取ったのだ。子供に甘いなこの人。赤字になっても知らんぞ。

 

 四葉と五月は分かっていないのだろう。わたあめが作られるのを楽しそうに待っている。サービスしようとした人の前で注意するのも気が引ける。今回は見逃そう。

 

 

 

「若いのに子供が二人とはやるねえ、お兄さん

 えらい美人さん捕まえたみたいだし」

 

「は?

 …はっ!?」

 

「すみません…」

 

 

 

 最初何のことか分からなかったが、後ろを振り向くと二乃と手を繋いでいる先生がいて理解してしまった。とんでもない勘違いをされている…!

 

 誤解されたことに対して謝れてしまった。世の男ならこのような誤解喜びはすれど迷惑に思う奴はいないだろう。生憎風太郎は高校生で年もだいぶ離れている。複雑だった。

 

 わたあめを受け取った二人は目を輝かせている。しかしでかいなそれ。サービスされてしまったか。

 

 

 

「うえすぎさん、どーぞ!」

 

「はい!」

 

「じゃあ、少し貰うわ

 三人にも分けてやれよ」

 

 

 

 一つ摘まませてもらった。二人は奥で風太郎達を待っていたらいはのほうへ向かっていった。食べるなら込み入った道路から抜けよう。母親と一緒に人が少ない隅へ移った。

 

 

 

「ふわふわ…」

 

「わたあめってつくれるのかな…」

 

「こんどつくってよ二乃」

 

「わたあめつくれるの!?」

 

「すごいすごい!」

 

「いや、しらないけどね」

 

 

 

 わたあめを囲んで食べている五つ子。子供の笑顔は大人を和ませる。先程の屋台の人もそうだが、やはり子供たちを見る周りの目は優しいものだ。見る分にはいいだろうな、喧しいんだぞこいつら。

 

 

 

「おかあさんも、はいっ!」

 

「おねえちゃんも…あれ?」

 

「ん?

 ああ、らいはにはあげちまった」

 

「…うぅ、うえすぎさん…」

 

「なんだよ」

 

 

 

 五月が母親の下にわたあめを持っていく横で、なぜか四葉がむくれていた。らいはにもわたあめを買ってやったのがダメなのか。意味が分からない。

 

 四葉は自分が持つわたあめと、らいはに渡したわたあめを交互に見ている。五人で食べてだいぶ減ったそれと、まだ買ったばかりのものを比べているのか。食べたいのなら買ってやるのだが。

 

 らいはが一緒に食べよ?と誘っているが違うらしい。

 

 

 

「うえすぎさん、おねえちゃんだけとくべつなの――」

 

「む~!

 フータロー!」

 

「何を怒っている…」

 

 

 

 今日らいはにべったりだった三玖が四葉以上に頬を膨らませて突撃してきた。まさからいはを取られると思って怒っているのだろうか。それは流石に悲しくなってくる。

 

 風太郎の足にしがみついて、抗議の目で見上げてくる。

 

 

 

「わたしもほしい!」

 

「あ?

 おまえ甘いのダメだったろ」

 

「い、いいの!」

 

 

 

 わたあめは別なのだろうか。仕方なくらいはから返してもらって三玖に渡してやった。受け取らずになぜか顔を突き出して口を開けていた。

 

 べつに構わないのだが、絶対に食べづらいぞ。

 

 

 

「は、はぐ…あう…」

 

「手に取りやがれ」

 

 

 

 かじりつこうとしても顔を押し付けて変形させてしまって噛めていない。わたあめに顔を突っ込んで目に当たるのだろ。目を瞑りながら奮闘している。不器用すぎる。

 

 風太郎は見かねてわたあめを摘まんで口に放り込んでやった。指を噛まれたがこっちも目を瞑ってやる。

 

 

 

「…あまい…」

 

「だから言っただろう」

 

「フータロー、おめんほしい

 ひょっとこ」

 

「渋いな」

 

「…三玖ばっかり」

 

「四葉ちゃん…?」

 

 

 

 三玖に食わせている横で四葉が落ち込んでいた。何か言いかけていたな。らいはが心配して声をかけているが俯いてしまっていた。

 

 

 

「四葉も食っていいぞ

 こっちこいよ」

 

「…い、いいんですか?」

 

「ちがういろ!ほしいです!」

 

「おまえな…味は変わんないぞ」

 

 

 四葉を呼んだのだが五月が食いついてしまった。食べ物なら何でも釣れるのだろうか。同じ餌でもお構いなしだった。

 

 

 

「…五月も…ずるっこだ」

 

「…四葉ちゃんもお兄ちゃんに甘えちゃっていいんだよ?」

 

「…うん、でも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、四葉ちゃんのこと見てあげてね」

 

「いつもごめんなさい」

 

 

 

 保護者役も一人元気がない奴がいることに気づいていたようだ。

 

 それぞれ食べたいものを買う子供たちを見守ることにした。らいはは一花と。先生は三玖と五月。風太郎は二乃と四葉だ。

 

 四葉が三玖と五月に嫉妬しているらしい。四葉がそうなるとは初めてのことだ。能天気に走り回る子が繊細になってしまったものだ。

 

 二乃も気にかけているようだ。四葉の好きなところへ文句を言わずついていっている。チョコバナナを作ってやると約束をしたらしい。簡単だから全然構わないぞ。

 

 食べたいものを買って、祭りの賑わいから離れた広場で休むことになった。五つ子はまた輪になってチョコバナナや焼きそばを食べていた。

 

 

 

「なんかほっこりしちゃうね」

 

「黙って食ってるうちはな」

 

「もうお兄ちゃん…うるさいくらいが子供は幸せなんだよ」

 

「おまえいくつだよ

 だったらおまえも一緒に騒いでこい」

 

「疲れちゃった」

 

「ほ、本格的に年齢不相応になってきてないか、らいは…」

 

 

 

 まだ小学生なのに疲れるのが早いぞ。家事をしているから同級生よりいくらか大人びているとは思うが兄は心配になってきた。

 

 いきなり二人、三人の子供の面倒を看ることになったら疲れもするか。楽しんでいるのは間違いないと思うがそれなりに年上として気を張っていたのかもしれない。後ろに先生がいるから甘えればいいのに。

 

 らいはの手にはしっかりとビニール袋が握られている。先生に買ってもらった花火セットらしい。今度子供たちと遊ぶそうだ。

 

 その先生が祭りの喧騒から戻ってきた。たこ焼きやフランクフルトなどを手に持って。お礼がてら奢ってくれたのだ。

 

 ありがたくたこ焼きを頂いて適当に階段に座って食べる。当然子供たちが集まってきた。たこ焼きはまだ食べていなかったからな…

 

 たこ焼きは十個入り。半分食われるな。

 

 

 

「熱いから後でやるよ

 そっち先に食っちまえ」

 

「うー、うえすぎさんすわってるのいいな…

 あしつかれちゃった」

 

「調子に乗って走り回るからだ」

 

 

 

 気分の変動が激しいのだ。さっきまで落ち込んでいたのに二乃と行動していた時は楽しそうにはしゃいでいた。慣れない下駄なら余計に疲れるだろう。

 

 ただ自分勝手に走り回っていたら咎めていた。だがさっきまで落ち込んでいた四葉は皆の好物を見ては走り出して買おうとしたのだ。お陰で自分の為に使った小銭はわたあめだけになった。

 

 その後は一花や二乃が四葉にチョコバナナを買っていた。調度良く食べ物が回って良かったが無茶しすぎた。疲れるに決まっている。それを追う風太郎も疲れた。

 

 浴衣が汚れるから風太郎のように階段や地べたに座れないのだろう。そういうところは注意するのが少しおかしかった。

 

 四葉の手を引いて膝の上に座らせた。まだ小さい子供だからできることだ。

 

 

 

「少しは楽になるだろ

 座ってろ」

 

「…ししし、らくちんです」

 

「む…」

 

「買ってもらったんだろ、譲ってやれ」

 

「わ、わかった…」

 

 

 

 嬉しそうな四葉に三玖が何か言いたげだったが勘弁してほしい。そう伝えると三玖は頷いた。

 

 四葉は見かけなかったポップコーンの屋台を求めて走ったのだ。通行人が持っているポップコーンを見てわざわざ聞いて駆けつけたのだ。甘いものが苦手な三玖には良いお菓子だった。

 

 嫉妬してしまったことに罪悪感があるのか、三玖はそのポップコーンを休んでいる四葉にあげていた。楽しそうに口を開くところに一つ一つあげていた。完全に雛だった。

 

 

 

「シートあればよかったね」

 

「ここで広げるのは禁止されているんです

 そろそろですね」

 

 

 

 先生が時計を見た調度、夏らしい音が響いて空が明るくなった。花火が上がったようだ。

 

 子供たちが驚いてそわそわし始めた。らいはが食べ物を受け取ると子供たちは母親の下へ集まった。

 

 四葉は風太郎の膝の上にいた。疲れているだろうがいったほうがいいだろ。

 

 

 

「おまえもいってこいよ」

 

「…よやく!

 よやくしましたからね!」

 

 

 

 膝の上を予約されてしまったが、四葉は母親の下へ駆けていった。後ろ姿で分からないが花火を見上げる六人はきっと笑っているだろう。

 

 らいはが寄ってきて笑いかけてきた。手に溢れそうな食べ物を受け取っておく。

 

 

 

「楽しいね」

 

「そうか」

 

「こんなに大勢で来たの初めてだよ」

 

「…そうだな」

 

 

 

 今こうして祭りを楽しむらいはは、家で見せるような姿とは少し違った。子供らしい懐かしいものだった。他のことを忘れて今この時間を楽しんでいる。

 

 誘ってくれた先生に感謝しないとな。先生の後姿を眺めていると振り向いて目が合った。

 

 

 

「綺麗ですね」

 

「そうですね」

 

「…楽しめていますか?」

 

「…」

 

 

 

 花火の灯りに照らされる先生は綺麗だった。そんな人に見られると少し気恥ずかしい。

 

 

 

「今のうちに食っておくか」

 

「…上杉君が一人で全部食べようとしてますよ」

 

「あーっ!

 うえすぎさんずるい!」

 

「いっこ!いっこたべたいです!」

 

「おねえちゃんもほしいー」

 

「ちょっと、はなびみないの!?」

 

「とった」

 

 

 

 先生の呆れた声に子供たちが一斉に寄って来た。少し冷めて食べ頃だったのにバレてしまった。

 

 振り向いた三玖の行動は早かった。すぐさま駆けつけて風太郎の膝に跨ってきたのだ。おまえその足なら四葉を追えるぞ…

 

 

 

「あー!!

 よやくしたのに!」

 

「だからはなび!」

 

「たこやき!」

 

「ねえ、たべていい?」

 

 

 

 四葉が反対側の膝に乗ってきた。幼稚園児だから乗せられるが二人一気には無理だ。しかも今は夏だ。暑苦しい。

 

 降参しよう。五月と一花にたこ焼きを渡すと嬉しそうに食べ始めた。子供には勝てない。

 

 花火より風太郎に集まりだして文句を言っていたのに、二乃まで花火を背にしてたこ焼きに爪楊枝を刺してきた。

 

 おまえら花火見ろよ。打ち上げ花火なんて年に一回ぐらいだろ。もったいない。

 

 五つ子に囲まれながら呆れる風太郎を、らいはと先生は楽しそうに眺めていた。

 

 やはり見ている分は楽しいだろうな。喧しくてたまったものじゃないぞ。風太郎は子供たちに揺らされながら一人だけ花火を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありえねえ、貰い物とはいえ二つしか食えなかったぞ」

 

「贅沢言わないの、他はいっぱい食べたでしょ」

 

「ほぼ残飯の処理だぞ」

 

 

 

 食べ過ぎた、と満腹を満足そうに訴える子供たちを見ていると文句を言いたくなった。奢ってもらった上に腹いっぱい食べれたことに対して文句などあるわけないが複雑だ。

 

 祭りからの帰り道、ケーキ屋に寄ってケーキまで買ったのだ。店長に祭りを楽しめたことを話そうとしたが無用とのことだった。子供の顔を見れば大体分かったそうだ。お礼ぐらい言わせてほしい。

 

 お礼を言わなくてはいけない相手はもう一人いる。らいはだ。楽しんでくれたようだが子供たちの面倒を看てくれたのだ。後で伝えておこう。

 

 らいはには二乃や三玖がだいぶ懐いていた。どうやら姉である一花について色々話しているそうだ。その一花が隣で慌てていたり笑っていたり忙しそうだった。

 

 一花も年上の女の子には甘えられるものがあるようだ。今日はらいはにくっついていたようだ。そのまま素直に甘えられるような子になってほしい。

 

 先生はそんな四人の喧騒を後ろから眺めている。五月が花火の感想を心を弾ませて語りかけるのを耳にしながら。

 

 今更だが五月と先生は髪型を同じにしたのか。長い髪を一本の簪で留めていた。普段首筋を見ないから違和感があったのだ。今更気づいたと知られたら呆れられるだろう。黙っておこう。

 

 悟られる前に隣で手を繋ぐ四葉に声をかけた。

 

 

 

「その浴衣はどうしたんだ」

 

「おじいちゃんちでかったんです

 あたらしいの!

 おじいちゃんからのぷれぜんと!」

 

「いい爺さんじゃねえか」

 

「うん!

 えっとね、はなびはね、おかあさんがだいすきなの」

 

「へー、初耳」

 

「うえすぎさんとみたいって!

 きょうよんだの!」

 

「…そっか」

 

「たのしかったですか?」

 

「ああ」

 

「たのしかったって!おかあさん!」

 

「言わなくていい」

 

 

 

 先生が振り向いてしまった。なんでもないです。リボンを握ってやると四葉は黙った。言えば引っこ抜いてやる。

 

 

 

「で、お爺ちゃん家はどうだった」

 

「…あそべませんでした

 でもたのしかったです!」

 

「…」

 

「…」

 

「嘘だろ」

 

「う

 あ、あした…うえすぎさんとあそびたいです」

 

「ん?」

 

「あそびたいです!

 おにごっこ!」

 

 

 

 欲求不満なのか、祭りで疲れた後だというのに明日遊んでという要求だ。本当に鬼ごっこ好きだなこいつ。四葉と遊ぶのに一番疲れる種目だ。断りたい。

 

 

 

「うえすぎさんしかいないんです!」

 

「…仕方ねえな」

 

「!

 やったぁあ!わーい!うえすぎさん!」

 

 

 

 明日は午後から夜までバイトがある。午前中にしかできないが遊んでやろう。

 

 げんなりしている風太郎の体を四葉がよじ登ってきた。浴衣着てるのに器用な奴。首元にしがみつかれてしまった。しんどい。

 

 このまま歩けるか心配だったが、前を向くと皆の足が止まっていた。

 

 三玖がこちらに駆け寄ってきた。もう怒っているのは分かった。これから非常に疲れることも。

 

 三玖に引っ張られて四葉は風太郎から引き剥がされてしまった。離れたのも一瞬。すぐに四葉は風太郎の足にしがみついた。

 

 

 

「む~!

 四葉!

 わたしがいないからって、とっちゃダメ!」

 

「ええええ!?

 三玖、おねえちゃんといたのに!?」

 

「か、かんけいないもん、四葉もはなしたいならいいよ

 だからくっついちゃダメ」

 

「三玖だっていつもしてるじゃん!」

 

「四葉はらんぼーだからフータローいたがる」

 

「らんぼーじゃないもん!」

 

「おまえは首に凶器つけてるからな」

 

「フータローがいやならとる」

 

「いやいい…」

 

「四葉、ダメ」

 

「…」

 

 

 

 今日の三玖は四葉と衝突するな。以前は二乃と揉めていたのに。二乃は我侭な三玖に呆れているようだ。一花も諦観している。おいお姉ちゃん共。

 

 今日は特別四葉が風太郎に甘えているのだ。ノーマークだった妹の四葉が見ないうちに風太郎と仲良くしているのが嫌なのだろう。

 

 祖父の家で何があったか知らないが四葉は明らかにいつもの元気がない。楽しみたいと風太郎に強請るのは悪いことではない。だが少し急な話だ。周りもついていけていない。

 

 三玖にも四葉の事情を話そう。四葉も正直に何があったのか話してくれるかもしれない。

 

 

 

「…やだっ」

 

「よ、四葉…?」

 

「やーだー!

 やだやだ!やだ!」

 

 

 

 見たことがなかった。四葉が癇癪を起こし泣き叫んだ。

 

 

 

「いつも三玖ばっかりぃ!

 おにいちゃんひとりじめして、ずるいの三玖じゃん!

 がまんしてるのに!三玖だけずるいよ!」

 

「―」

 

 

 

 三玖は四葉の剣幕に後ろに後ずさった。温厚な四葉から言われるは思わなかったのだろう。ショックを受けたその顔は辛そうに泣き崩れそうだった。

 

 先生が静かに三玖を抱き寄せていった。三玖はそのまま四葉から離れていった。

 

 

 

「四葉、おまえは悪くないが、言いすぎだ」

 

「…」

 

「よ、四葉…?

 三玖もね?

 四葉がきらいでいったんじゃないよ?

 三玖がふーたろーくん、だいすきなのはわかるよね?

 びっくりしちゃうよ」

 

「…一花

 三玖の味方ばっか」

 

「え?」

 

「…」

 

「えっと、おこってる?

 ごめんね…?」

 

「ちょっと四葉!

 一花はね!」

 

「け、けんかはダメですよ」

 

「二乃も五月も…みんなとるんだ」

 

 

 

 これは介入したほうがいいだろうか。風太郎も先生も、子供同士の喧嘩は基本的に諦観するほうだ。他人が介入したところで解決はできても解消はできない。五つ子の輪は独特なのだ。

 

 大人の言葉で子供たちの蟠りや本音を押し潰したくない。先生の思いだ。風太郎がそれを壊すわけにはいかなかった。

 

 しかし、今この状況に至っては難しいのかもしれない。なにせ喧嘩の後のヒーリング担当が怒っているのだ。普段優しくて明るい子が悲しんで怒っている。

 

 風太郎はしゃがんで四葉と視線を合わせた。

 

 

 

「四葉、何があったんだ」

 

「…」

 

 

 

 姉妹から孤立してしまった子が手を握ってくる。きつく。怒りで震えているのか。怖くて震えているのか。涙を溜めて俯くその子の手を両手で包んでやった。

 

 楽しかった空気が冷めてしまった。その原因が自分だと知ったらこの子は一層心を痛める。こっちだけ見ろ。

 

 

 

「四葉ちゃんはお兄ちゃんと遊びたいんだよね?」

 

 

 

 らいはが四葉を抱きしめて諭した。驚いた四葉はそのまま頷いた。

 

 

 

「じゃあ、明日はお兄ちゃんといっぱい遊ぼう!」

 

「…いいの?」

 

「お兄ちゃんは優しいもん」

 

「…ああ

 おまえを満足させてやるよ」

 

 

 

 細かく話せば午後はバイトがあるから、午前中に限るのだが子供には関係ないだろう。遊んで楽しませてみせよう。

 

 泣き出す四葉を抱えて歩くとしよう。らいはは満足したのか、笑って一花と二乃を引っ張って前を歩いた。

 

 時折家族が四葉を心配そうに振り向いて見ていた。

 

 四葉の心中は分からないが、もしかしたら家族に嫌われたと思っているのかもしれない。先生も心配で落ち着かないようだ。

 

 帰ったら教えてやろう。一花も、二乃も、五月も。三玖も。おまえを嫌ってなんかいない。心配そうに何度もこっちを見ているよ。三玖なんかはずっと後ろを向いているんだ。謝りたいのだろう。

 

 家族はおまえを愛している。何があったってそれは変わらないはずだ。

 

 

 

「おまえも大変だな四葉」

 

「うぐ…ひぐ…ごめんなさい」

 

「喧嘩なんていつものことだろ、今度はおまえの番ってだけだ

 頑張ろうな」

 

「ぐず…ふぁい…」

 

 

 

 しばらくは泣き止みそうにないな。顔を押し付けてくる肩がびしょびしょだ。

 

 夏のひぐらしの鳴き声と、子供のぐずる泣き声を耳にしながら夜道を歩くのは奇妙なものだった。この泣き声も夜の暗闇に吸い込まれていくようだ。今少し肩を貸してやろう。

 

 明日、この子がまた笑っていられますように。四葉を抱えて歩く風太郎の、願ってやまない気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい、上杉君」

 

「俺が原因なので謝られても困ります」

 

「…

 まさか、怒ったほうがいいのですか?」

 

「冗談でもやめてください」

 

 

 

 祭りを楽しんだ。帰ればケーキがある。小さな幸福をかみ締めていた空気が壊れてしまった。

 

 中野家のアパートに着いた風太郎は、玄関の外で先生に頭を下げられた。

 

 先生に頭を下げられても困る。トラブルを起こしているのは風太郎もだ。風太郎を棚上げにして謝られては困る。だからって叱られたくもない。

 

 

 

「実家で何かあったんすか?」

 

「…何もなかったと言うべきでしょうか

 一花たちが声をかけてもずっと一人で

 父を怖がっているのかと思っていたのですが、それが原因ではなかったようです」

 

 

 

 遊ぶことが好きな四葉にしては珍しい。果たして一花が誘ったことは怒られる内容なのかは分からないが姉として心配だったのだろう。

 

 祖父を恐れていたのではないのなら何なんだ。子供のくせに面倒なものを抱えやがって。何が不満なんだ。

 

 

 

「気になるのは…鬼ごっこです」

 

「鬼ごっこは、四葉の好きな遊びですね」

 

「はい…ですが、あの子は子供たちの中で一番足が早いので他の四人が嫌がっています」

 

「当然っすね」

 

 

 

 100%負ける遊びなどしたくもないだろう。こればかりは一花たちも可哀想だった。

 

 四葉は風太郎と鬼ごっこをしたいと言っていた。欲求不満はそれか。一番好きな遊びができなくなって嫌になったのだろうか。

 

 

 

「一花たちも四葉の好きな遊びだと気づいています

 四葉には負けると分かってもあの子のために一度遊んだそうです

 父の下へ行く前の話ですが」

 

「なんだ、遊んだんですか」

 

「前は喜んで皆が諦めるまで続けていましたが、すぐにやめてしまったそうです

 その後に、上杉さんがいい、と

 いつ会えるのかと何度も私に尋ねていました

 それに答えられなかったことに、ストレスを感じてしまったのかもしれません」

 

「…」

 

 

 

 二週間ほど会わなかっただけでそんなことになっていたとは。四葉め、おまえは満足に走れないと死ぬのか。鮫になってしまったのか。

 

 日常が楽しめないから落ち込んでいたのか。それとも無理して遊んでくれる姉たちに申し訳なくて落ち込んでいたのか。よく分からないが大体の流れは把握した。

 

 結局は遊んでやればいい。満足させてから四葉の気持ちを聞くしかない。子供のくせに生意気だぞ。少なくとも風太郎が子供の頃はこんなに考えてくれる人なんて…考えるのはよそう。

 

 ふとドアが開いた。四葉だった。子供たちを看ていたらいはが連れてきたようだ。この話は終わりだ。

 

 

 

「零奈さん!

 四葉ちゃんうちにお泊りしていいですか!?」

 

「お泊まりですか?」

 

「おまえ何を急に」

 

 

 

 四葉はらいはにしがみついていた。その四葉をらいはが優しく抱きしめ返した。仲良いのな。

 

 

 

「ほら…あの後ですし

 姉妹だし喧嘩はしますけど…居辛いみたいで」

 

「…」

 

「四葉ちゃんはその…えへへ

 今日会ったばかりで、言えないんですけど

 凄い我慢してたと思うんです」

 

「…はい」

 

「ど、どうですか?

 いいですか?」

 

 

 

 先生の反応は薄かった。迷っているのは分かるが四葉を思えばここは。

 

 

 

「らいはちゃん、上杉君

 お願いしていいですか?」

 

 

 

 先生ならそうすると思っていた。風太郎に頭を下げて頼んできたこと前例があるが、この人は自分のプライドで子供たちを泣かせようとはしない。子供たちの為なら頭を下げる人だ。

 

 風太郎は黙って頷いた。らいはは喜んで四葉を抱きしめて跳ねていた。微笑ましいのだが、あんなボロアパートに連れ出す勇気は風太郎にはない。

 

 

 

「四葉、ご迷惑になることはしないのね」

 

「…」

 

「…甘えてらっしゃい

 でも、ちゃんと帰ってきてくださいね」

 

「おかあさん…

 あれ、おかあさん?」

 

 

 

 目の前で膝をつく母親に何かあるのだろうか。四葉が慌てだした。

 

 先生はそのまま四葉を抱きしめた。

 

 

 

「ごめんなさい四葉

 もっとしっかりしないといけませんね

 ごめんなさい」

 

「おかあさん…?

 おかあさん、やっぱいいよ

 おかあさん…ごめんなさい、おかあさん」

 

 

 

 見えはしないが、泣いているようだ。四葉の髪を撫でて助けられなかった自分を責めている。

 

 悲しむ必要なんてないのに。

 

 風太郎は震えようとするその肩に軽く触れた。案の定、先生は驚いて跳ね上がった。心底驚いたのだろう。鉄化面が剥がれてしまっていて笑ってしまった。

 

 

 

「子供の我侭におおげさです

 子供なら我侭ぐらい言うよな?」

 

「うん

 これも私の我侭だもん

 でもお兄ちゃん、今のは酷いよ」

 

「う、うっせぇ

 変な勘違いしてんじゃねえよ」

 

 

 

 先生にとっての母親の理想像が何なのかは分からない。分かるのは理想と現実は違うことを理解している人だ。

 

 日々その違いに苛まされて心を痛めていたのかもしれない。薬を飲んでしまうほどに。自分の不甲斐なさを抱きながら子供に沢山の愛情を注いでいるはずだ。

 

 そんな子供が一時でも自分の手元から離れてしまうのは苦痛だろう。自分の力で助けたいのは母親のプライド。母親としてあり続けるために必要なことだ。妥協は後に後悔になるのだ。

 

 今回は諦めてもらうしかない。先生が辛い分、それなりのことはするつもりだ。

 

 

 

「四葉を一日借りていきます

 ついでに、何か妙なものを背負い込んでるのならそれも持っていきます」

 

「…いいえ、何もありません

 四葉の…着替えや歯ブラシを用意します」

 

 

 

 そう簡単に吐露してくれないか。せめて自分が大学生…社会人だったら違っただろう。教え子に弱音を吐かない人だった。別に大丈夫なら構わないのだが潰れないでくれ。

 

 背を向けられてしまったが、最後にこれだけは伝えておこう。

 

 

 

「あと先生」

 

「…まだ、何か?」

 

「祭りに誘ってくれてありがとうございます

 …来年もいきましょう」

 

「…来年

 来年の、夏…ですか」

 

「そうです」

 

「…」

 

「…」

 

「…本当に、仕方のない人ですね

 あの話…忘れたわけではないでしょう」

 

「甘く見ないでください

 俺なら受験勉強の管理は余裕だ」

 

 

 

 いつか約束したことがある。それを破りかねないことだが知らん。

 

 楽しみを知って、我慢するのは辛い。教えてくれた人に次を求めるのはおかしいことではないだろう。

 

 

 

「上杉君」

 

「はい」

 

「来年も、お誘いします」

 

「待ってます」

 

 

 

 ふっと笑った。と思ったら鉄化面に戻って背を向けて部屋に入ってしまった。器用な人だな。そんな感じで男を落としたのだろうか。美人なだけに性質が悪い。

 

 

 

「うえすぎさんっ!」

 

 

 

 母親が笑ったことが嬉しいのだろう。四葉が風太郎にしがみついてきた。

 

 甘えたいのだろう。らいはの手も取って引っ張ってくる。欲深い奴だな。妹まで取るとは度し難い。さっきまで泣いてなかったら容認できないものだった。

 

 しかし泊まることになるとは思わなかった。急な話だ。親父も知らないだろうに。咎める人ではないと分かっているが無鉄砲な話だ。

 

 それほどらいはも心配だったのだろう。四葉を抱きしめて目尻を拭っていた。風太郎も咎められるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泊まるのはいいが反省しろよ、おまえ」

 

「えええ!?

 なんでですか?」

 

「母親泣かせたらダメだろ

 あの人が泣くなんて相当だぞ」

 

「お兄ちゃん手厳しいな…」

 

 

 

 中野家から自宅への帰り道。家族とは別に同行者がいることは新鮮だった。四葉は風太郎とらいはの間で手を繋いで跳んではしゃいでいた。

 

 先生の話を聞けば、何も話さないでただ心配をかけたようだ。母親だけでなく他の姉妹にもだ。厨二病には早いぞ。もったいぶらず全部話しやがれ。

 

 

 

「おまえ、お爺ちゃん家で先生無視したんじゃないだろうな」

 

「な、なんでしってるんですか…」

 

「おまえには今日、歯磨き粉の苦さを教えてやる」

 

「ごめんなさい!からいのダメなんです!」

 

 

 

 何をしているんだこいつは。母親が心配しているのに答えもせず反抗もせず無視しやがって。

 

 あの時、風太郎に電話したのは先生の最終手段だったのかもしれない。四葉が悩みを打ち明けられる頼みの綱だったのだろうか。あの時のこいつはお気楽だったとしか言えない。有罪だこのやろう。

 

 

 

「でも四葉ちゃんの気持ちは分かるよ

 今日見てたもん、ずっと言いたいことあるのに我慢してたよね

 いい子いい子」

 

 

 

 らいはが懇親丁寧に四葉を甘やかしている。それはいいが、くだらないものだったら母親がまた泣くぞ。

 

 

 

「何が言いたかったんだおまえ」

 

「…おにごっこ、したかった」

 

「祭りのど真ん中でか、死ぬぞ、おまえが」

 

「なんでですか!

 たのしいですよ!」

 

 

 

 迷子になって瞬殺に決まっている。あんな人混みの中で鬼ごっこなど考えたくない。

 

 そんなくだらないことを話し込んでいると到着した。中野家以上にボロいアパート。見慣れたものだが四葉にはどう見えているのだろうか。嫌がらないか。

 

 

 

「おばけやしきみたいです!」

 

「あはは、言うと思った」

 

「埃っぽいから家で走り回るなよ」

 

「ちゃんとお昼にお掃除したよ」

 

 

 

 いくら毎日掃除してくれても無理がある。四葉がはしゃげば部屋全体が揺れるだろう。悲惨な目に合うのは分かりきっている。走ったら簀巻きにしてやろう。

 

 

 

「ボロボロだけどゆっくりしていってね」

 

「はい!よろしくおねがいします!」

 

 

 

 夜中だというのに四葉の声は高い。こいつ緊張しているのか。祖父の家に泊まったのだから、慣れたものかと思っていたがそうではなさそうだ。

 

 姉妹と離れていることも関係しているのだろう。さっきから風太郎とらいはの手はきつく握り締めたままだ。らいはが緊張を解こうとしてもこれだ。

 

 やっぱり姉妹と一緒の方がいいだろう。喧嘩別れしたことを後悔するがいい。明日なんとしても仲直りしないとな。

 

 だがその前にやることがある。明日には持ち越せないものだ。

 

 

 

「みかんのケーキ、食うか」

 

「…うんっ!

 えへへ、うえすぎさんにもあげます」

 

「…俺はもう腹いっぱいだ」

 

「おいしいですよ!たべてみてください!」

 

 

 

 今日は色々あって疲れた。明日もこの子に付き合って朝から遊ぶことになるのだろう。胃もたれで苦しむなどやめてほしい。

 

 明日のことなど今は忘れているのだろう。今この時を楽しもうと子供は夢中になっている。急かすように引っ張っている姿に涙の痕はない。

 

 子供はいい加減だ。無邪気で我侭だ。だがそれに付き合わなければ子供のことなんて分からない。子供の世界に踏み入られなければ何も分からない。

 

 この子に振り回され、笑顔が好きになってしまっては、この手に抗う術はない。

 

 風太郎は諦めて、優しい女の子の我侭を聞いてやった。

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