五等分の園児   作:まんまる小生

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涙は零れず恵みは静かに零れるその9 中野四天王

「新年明けましておめでとうございます」

 

「ガハハ! まさか一人でうちに来るとはな!

 あけおめ! 今年もよろしく頼むぜ、五月ちゃん」

 

「はい、今年もよろしくお願いします」

 

 

 

 さっきまで将来の行方をさ迷っていた子供は、食卓に並んだ料理と迎え入れた二人に華が咲いたように挨拶を返した。

 

 元旦に家族と別行動を取って他所の家に上がり込む異例の事態を、俺の父親と妹は歓迎していた。

 

 さっそく、らいはが作ったおせちに箸を伸ばして堪能する。小さな子供たちを喜ばせようと腕によりをかけて作った妹の手料理は美味い。

 

 五月はさっそく、らいはお手製のカレーを皿によそって頬張っていた。平常運転だな。

 

 

 

「あ、五月ちゃん宿題持ってきたんだ、偉い」

 

「はい、お母さんみたいに知的な女性になるために勉強は欠かせません

 私も今年から中学生ですから、テスト頑張ります!」

 

「お、おっと…こんなところに伏兵がいるなんて」

 

「? 何のことだ?」

 

「おう、らいは

 おまえ風太郎に勉強見てもらいたいんだろ、良い機会じゃねえか」

 

「あぁ、3年になれば受験――」

 

「あー、あー」

 

「目を逸らすな、3年から勉強しても遅いぞ」

 

「あ"ぁあああ…」

 

 

 

 憂鬱そうに悲鳴を上げる妹。らいはの変貌に五月はぎょっとして箸を止めた。

 

 温かなお茶の間がやや冷え込みつつある。高校2年の二学期を終えた妹は来年の受験に戦々恐々といったところか。

 

 五月は姉貴分の機嫌を伺いながら、こまめにおせち料理を自分の皿に運んで取り分を確保している。

 

 相変わらず愛らしい五つ子の食い意地を垣間見て、上杉家の三人は溜め息が零れる。

 

 落ち込むお姉ちゃんを見ていられなかったのか、五月は皿に料理を盛った後に箸を置いた。優先順位がはっきりしている子だった。

 

 

 

「らいはお姉ちゃん、今年受験ですもんね」

 

「来年だよっ」

 

「が、頑張ってくださいね受験!

 上杉君は受験楽勝だったみたいですし、お姉ちゃんも受験に合格できますよ」

 

「五月ちゃーん、受験受験連呼しないでね、私まだ高校2年生だよ」

 

「は、はいぃ…」

 

「こらこら、小学生に当たるな」

 

「…ふ、私も小学6年生の頃はお兄ちゃんの受験の悩みなんて気にかけてなかったもんね」

 

「差して悩んでなかったからな」

 

「…この時期になってお兄ちゃんの凄さを痛感したよ…

 今日はいいから、勉強教えてぇ…」

 

 

 

 今日のらいははポンコツのようだ。悩みがあるのなら素直に連絡してくれれば良かったのに。

 

 元は底抜けに明るい子だ。暗い顔を見せたのもそこまでで、ムードを悪くしないように明るく五月に接し始めた。

 

 手が込んだ料理は今日一日で食べ切る勢いだ。作った側として喜ばしいことだろう。おせちって…三日持たせるものなんだがな…

 

 食卓から離れて玄関を出る。カレーの匂いから抜け出して階段を降りると、廃れた店の前に立つ。

 

 少しして親父が階段を降りてきた。五月の前では話せないしな、気分転換がてら横に並んだ。

 

 

 

「急かすつもりはないが…結婚のほうはどうだ」

 

「…恐らく、五月は認めてくれた

 後は…一花だな」

 

「一花ちゃんか、一番上のお姉ちゃんは手強いな」

 

「どうだろうな、あいつは甘いからな」

 

 

 

 親父としてはやはり身内の結婚話には敏感になってしまうようだ。

 

 五月の選択を待っていた長女が、四人が望むものに異議を唱えて割り込むだろうか。

 

 四葉が応援すると諦めた時点で察しているはずだ。計算高いあいつが選んだのは、四人の内誰も孤立しないこと。

 

 推測ではなく確信している。姉妹の誰もがあいつを責めたりしていないのだから。その意図を汲んでいるんだ。

 

 

 

「6月なんかシーズンじゃねえか

 準備する時間考えたら今から始めてもいいくらいだ」

 

「急かす気マンマンじゃねえか」

 

「孫見てみてーなー」

 

「五人いるぞ」

 

「馬鹿野朗、一番可愛い時期ってのは幼稚園より前の

 こう、とてとて歩いたり、言葉を覚え始める頃なんだぜ」

 

「そういうもんかね…」

 

 

 

 力説する父親が気持ち悪いぜ…子供については先生と要相談だ。怒り狂うほど反対している長女がいるし。

 

 仮に一花から許可を貰ったら籍を入れることはできる。しかし、それだけだとうるさいのが俺の身内だ。子は五人で十分だ。

 

 …結婚できるか、断られるか。その答えが出るまでこれほど時間がかかるとは思っていなかった。お陰でタイミングが悪い。

 

 

 

「来年度は子供たちの中学入学だ、時期が悪い」

 

「…新たな門出に水を差すってか

 まあ、何にせよだ…子供にも、おまえたち夫婦にも、金は入用なのは確かだろ」

 

「げ…」

 

 

 

 親父が手に持っていたのはあの封筒。現金500万を3人で分けた金だ。

 

 その厚みだと…二人分ぐらいありそうだ。

 

 

 

「らいはからの通達だ、金はおまえが使え

 先生の入院費や、子供たちにかかる金、これだけじゃ全然足りねーだろ

 結婚資金なんてすぐに尽きる」

 

「…」

 

「意地張らずに使え」

 

「くそ…」

 

「…仮にも大金を手にして苦虫噛み締めた顔する奴がいるか」

 

 

 

 結局こうなるのか。親父から強引に胸元に押し当てられて、受け取るはめになった。

 

 もう興味がなかったものだ。誰が使おうがもうどうだっていい。二人が不要だと言うのなら俺が使うしかない。

 

 まだ借金あるのにな。夢は途絶えて、空虚な跡にはシャッターが下ろされている。

 

 らいはは問題なく大学受験に挑むことになる。この金も取り急ぎ求められるものではなかった。

 

 お袋の憂いになるようなものは見当たらない。

 

 見上げても、やはり廃れた看板は物悲しい。昔は綺麗な色をしていたのにな。

 

 

 

「狭い家だよな」

 

「まあな」

 

「…親父

 結婚式には、お袋の写真持ってきてくれ」

 

「あったりまえだろ、母さん泣いて喜ぶぜ!

 あんな美人な姉さん女房、憎いぜ風太郎! 可愛い娘もいてよ!」

 

「あんたも再婚考えたらどうだ」

 

「…母さん泣いちまうだろ」

 

「ベタ惚れか」

 

「うっせーな! からかうんじゃねーよ」

 

 

 

 言いたいことは言い終えたのか、亡き妻に寄り添いたい気持ちが気恥ずかしいのか、親父は足早に家に戻っていった。

 

 見たかっただろうな、お袋。あんなにも大事に思われているんだ。嬉しいに決まってる。

 

 物思いに耽るのもほんの少しの間、少し間を置いてから俺も家に戻った。

 

 

 

「お兄ちゃん、電話鳴ってたよ

 一花ちゃんから」

 

「ああ…どうせ五月が心配なんだろ」

 

「はむっ…ふぁ、ふぁい…?」

 

「あはは…あー、問題なさそう」

 

 

 

 まだ食ってたのかよ。居間の様子を窺うと五月はまだカレーを食べていた。

 

 食事の邪魔をしちゃ悪いので携帯を取って再び外に出た。狭い家だと電話の内容も聞き取られる。

 

 

 

「あ、フータロー君? ごめんね、お取り込み中だったみたいで」

 

「いや、ただの世間話だ

 五月なら今カレーにがっついてるぞ」

 

「そっか…ほんとは寂しがってない? 膝抱えて落ち込んでそうなんだけど」

 

「それどころか中学生に向けて勉強するってよ、どう思うお姉ちゃんよ」

 

「え、えー それはあれだよ、フータロー君は私たちの家庭教師だし

 中学行ってからが本番」

 

「怠け者、テストの度に次から本番だって言うつもりだろ」

 

「し、新年早々酷い言われ様…」

 

 

 

 妹を心配するのは立派だが、あいつは夢に向かって年始初日から勉強に打ち込む気概でいる。この点は姉妹の中で一歩リードしていると言える。

 

 …もう伝えておくべきか。まだ五月から確証は得られていないのだが、あの様子だと聞きなおすのは野暮でしかない気がする。

 

 新年早々浮かばれない話になるかもしれないが、隠しても後回しになるだけだ。

 

 

 

「五月と話したんだ」

 

「…」

 

「…あとは、おまえだけになる

 待たせて悪かったな」

 

「…そっか」

 

 

 

 存外、淡白な返答。

 

 驚きも納得もしていない、裏が分かりづらい声だった。

 

 …さっきの電話で、五月と話をしていたのかもしれない。

 

 

 

「ねえフータロー君、私の妹はさ…何て答えたの?

 嫌々認めた?」

 

「嫌々なのは間違いない」

 

「なにそれ、駄目じゃん」

 

「本音を教えてくれと言ったが、本当の気持ちなんて実際分からなかった

 俺が決めつけてしまったものも多かったはずだ」

 

「…」

 

「…長女のおまえには、聞きたかった

 自意識過剰で笑われちまうからな」

 

「え、何を?」

 

「本気で、俺が好きか?」

 

 

 

 母親からも、俺だって、頼りにしているおまえには核心を聞けるんじゃないかと機会を待っていた。

 

 兄代わりではなく、雛鳥の刷り込みのような甘えて慕うだけのものじゃない、もっと別の気持ちがあったのか。

 

 まだ小学生のおまえたちが、20過ぎた男を本気で恋して、結ばれたいと思うのか?

 

 俺には分からない、同じ十歳年上の異性を好きになったが、あくまでも高校生からだ。

 

 耳からは一花の呼吸だけが聞こえる。困らせてしまったか。

 

 

 

「うーん、実際そこまで本気じゃないと思う」

 

「マジか、俺恥ずいだけじゃん」

 

「あはは、まあ…もちろん感謝してるし、悪くはないんじゃないかな

 もし私に嫁の貰い手がいなかったらお願いしようかなってくらい? どう、若い女に興味ある?」

 

「父親になった男に頼むことじゃねえ…

 …まあ、嫁の貰い手には困らないんじゃねーの、知らねーけど」

 

「うわー 無責任すぎるなー

 …いいよ、四人が認めたのならもうエンディングはすぐそこだよ、頑張ったね」

 

「…」

 

「話は終わり? そろそろ切るよ」

 

「ああ」

 

 

 

 長い月日を経て、相手の仕草、声、ふとした仕草で、わかってしまう。

 

 …勘違いで終わっていたほうが良かった。お互いに不都合しかない。

 

 本音を聞きたい。そんな勝手な終わり方はあの四人が許さないだろう。

 

 通話は切らなかった。

 

 

 

「嘘…だよ…」

 

 

 

 やがて、嗚咽が聞こえた。

 

 

 

「大好き、大好きだよ…ッ」

 

 

 

 嘘ばかりつく、嘘をつくことで優しくあろうとする子が泣いてしまった。

 

 

 

「ねえ…おかーさんより、私といてよ

 私のほうが、フータロー君に尽くすから、ね?

 見てくれるって、約束…っ」

 

「…」

 

「もう…馬鹿、何で

 聞かないでよ、何で私にだけ…

 こんなの酷いよぉ…ッ!」

 

 

 

 愛している、と少女は必死に手を差し伸ばしてくる。言葉だけで繋ぎとめようと必死に。

 

 携帯のノイズとすすり泣く声が耳に突き刺す。携帯を離さず、全て聞き逃さずに受け入れるしかない。

 

 妹に委ねて、何も言わずに降りようとしていたのなら、その策は捻じ伏せさせてもらう。

 

 貧乏人の俺よりも、何かを諦めて、誰かの為に自分を犠牲にしてきた子だ。

 

 最後の最後まで嘘をつかれると、今後一切一花は俺を頼らないだろう。

 

 そこまで本気じゃないと言われたのなら良かったが、大好きだと言われてしまったからな。

 

 

 

「一花」

 

「ひぐ…う、うぅ…」

 

「一花、おまえたちを待つって言っただろ

 妹が何と言おうと関係ない、おまえが本気ならその時まで待っていたい」

 

「フータロー君と、お母さんが付き合った時の…っ

 高校生になって、本気で告白して

 フータロー君、付き合ってくれるの?」

 

「…その時による、おまえが滅茶苦茶意地汚い人間になってたら話は別、説教で返す」

 

「話が違うじゃんっ!」

 

「アホか、俺だって先生に何度か振られたんだぜ

 高校生になったおまえらを子供扱いはしないからな

 見返したかったら俺が先生にやったように、全力で落としに来るんだな」

 

「う、ぐ…」

 

 

 

 好きだから付き合えるなんて生易しいものじゃないぜ、恋愛なんて。

 

 項垂れていく一花は俺の提案が戯言でしかないことに歯がゆい思いをしている。 

 

 ふと、雑音が混じる。

 

 

 

「あ、ごめん…お母さんに呼ばれてるから

 もう、フータロー君に泣かされたってチクっちゃおうかな」

 

「新年早々物騒だな」

 

「…ほんと、もう

 フータロー君のせいでお正月台無し

 バイバイ、フータロー君、またね」

 

 

 

 不満はもっともだ、何もこの日に聞き出す必要はなかっただろう。

 

 母親を待たせているようで、泣いているところを見られてしまう一花は通話を切った。

 

 事切れた携帯を見つめる。ままならない…これでこいつらがもう少し大人びていたら、高校生だったらさぞ手に負えない連中だっただろう。

 

 五つ子ってめんどうくせー 厄介なことこの上ない。

 

 しばらく考えに耽っていた。今は誰かと話す気分にはなれなかった。

 

 一花に対する正解なんてわかりやしない。彼女が望んだように、風化して忘れてくれることを選ぶべきなのか。

 

 

 

「お兄ちゃん、今日はこっちに泊まっていくのー?」

 

 

 

 階段の上から声が響く。昼は過ぎて、夕飯を準備する妹から返事を求められている。

 

 頭を振って玄関に顔を出すと、五月は親父に教えられながら律儀に宿題に取り組んでいた。

 

 俺が戻ったことに二人は顔を上げて、親父は離れていった。邪魔してしまったようだ。

 

 

 

「どうせなら泊まっていくか?」

 

「は、はい…

 でも上杉君、さっきの電話って一花からですよね?」

 

「ああ…」

 

「一花、なんて…?」

 

「…おまえで最後になって、そう伝えた

 良かったか?」

 

「は、はいっ 私からも伝えたので…」

 

「うん、五月ちゃんに携帯貸しちゃった」

 

「ああ…」

 

 

 

 俺の一方的な思い込みではなかったようで、五月は大げさに頷いて肯定して見せた。

 

 やはり一花は事前に五月から知らされていたようだ。嘘が段々と上手になっていく長女に冷や汗が流れる。

 

 お互いを思い合う五つ子だ。姉の悩みを把握していた五月は良い顔はしなかった。

 

 

 

「…あの、上杉君

 ずっと、迷惑かけちゃうけど… お願いがあるの」

 

「ん?」

 

「明日、お爺ちゃんのお家に連れて行って」

 

「え」

 

 

 

 家族と別行動を取っていた娘が、翌日には一緒にいたいと意見を変えてきた。

 

 我侭の極み。だが、五月の目的は我侭のそれではなかった。

 

 純粋に姉が心配なんだろう。

 

 

 

「一花とお話、するんですよね?」

 

「ああ…あいつが望んでいるとは限らないが、必要はあると思っている」

 

「それでしたら、私も手伝います

 上杉君が困っている時は私が助けてみせます

 きっと他のみんなも、一花だって」

 

「…」

 

 

 

 簡単に言ってくれるぜ。これが最善だと五月は袖を引っ張って笑っている。

 

 このまま黙って見過ごせないのは確かだ。一花を泣かせておいて、この正月を楽しめる気にはなれない。

 

 

 

「…明日も早いから夜更かしするなよ」

 

「はいっ」

 

 

 

 おまえのように単純だったらどれほど気楽に生きていけただろうか。冬なのにぱっと花が咲くように笑う子に、困ったように笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、末っ子の我侭を叶える為に長々と歩かされた。

 

 電車に揺らされ、船が揺れて、バスで五月のアホ毛が揺れてむず痒く、遥々やってきた先生の実家。

 

 視線の先には古めかしくも立派な旅館が立っている。行燈が並び、綺麗に清掃された路地は赴きがある。

 

 疲れた足を引き摺って到着して間もなく、なぜか正面からではなくその茂みに身を潜めて建物を見上げるはめに。末っ子に手を引かれて枝しかない林に引き摺り込まれた。

 

 

 

「マジで連絡取ってないけど、怒られないか?

 100%怒られるぞ」

 

「サプライズは基本ですよ」

 

「怒られるまでがサプライズってオチか…」

 

 

 

 サプライズなんて念頭に計画しなければ失敗に終わるものだ。こんな見え見えのかくれんぼ、通りがかった人間に一発でバレる。

 

 同行者の五月はというと、葉はもう枯れ落ちているというのに枝を両手に掴んで隠れたつもりでいる。至極上機嫌だった。遊びじゃねーんだよ、こっちは信用がかかってるんだぞ。

 

 先生は信頼しきって俺に娘を預けているだろう。なのにその二人が悪戯をしでかそうとしていることを知れば…間違いなく鉄拳制裁が飛んでくる。

 

 

 

「自分の為に遠いところから来てくれたと知ったら、一花喜ぶに決まってます」

 

「それはどっちかと言うとメルヘン趣味の二乃が好きな奴だろ」

 

「一花も同類…というか女の子は好きなんですっ

 細かいことは気にせず、一花を見つけてあげてください」

 

「…騒動になったら面倒だ、迂闊に敷地内に入ると爺さんに迷惑をかける

 おまえがそれとなく一花を誘導してくれ、任せた」

 

「わ、わかりました…」

 

 

 

 携帯を五月に手渡して電話をかけてもらう。五つ子ゲームといい、こいつら人を試すのが好きだな。

 

 手早く頼む。この位置よく見たら旅館の2階の窓から見られる。サプライズ作戦は不審者の烙印を押されて終了になるぞ。

 

 五月は不器用な指先で電話をかける。誤って通話を切らないように見張っておかなければ。

 

 

 

「あ、四葉ですか?

 はい…あの、一花は…?

 え? いえ、今は…あ、上杉君のお家です

 う、嘘じゃありませんっ」

 

「…」

 

「見え透いた嘘…? な、何のことですか

 それよりも四葉、一花はどこに――あ」

 

「うーえすーぎさんっ!!」

 

「ぐはっ!!」

 

 

 

 背後から猛烈なタックルを食らって地面に突っ伏した。地面を蹴る派手な足音を耳にした時には遅かった。

 

 その内こうなるかと思っていたんだ…正月でもこいつが大人しく旅館の中で座り込んでいるとは思えなかった。遭遇率は五つ子の中で格段に高い。

 

 大方、玄関あたりから見られていたんだろう。こいつ単独行動が目立つしな。

 

 後ろの子供を引き剥がすと、目立つリボンが揺れていた。問答無用でそれを掴み上げる。

 

 

 

「四葉…よく分かったな」

 

「ふっふっふ、私の勘が入り口に何かあると朝から囁いていたのです

 まさかとは思いましたが、五月の電話でわかりましたよ

 ししし、びっくりです」

 

「おまえは何者なんだ、びっくりさせられたのは俺のほうだ」

 

「サプライズは基本です」

 

「ドッキリとサプライズは違う」

 

「あ、あわわ…バレちゃいました」

 

 

 

 幼稚園の頃からこいつの野生の勘には度々驚かされていた。あれから数年経ちレベルが上がっていたようで、隠れて30分もせずに捕獲されてしまった。

 

 携帯を持っていたのは四葉だったのか。だとすると電話でおびき出す作戦は使えねーじゃねーか。何してくれてんだこいつは、勘の鋭さを空気読むほうに活かしてくれ。

 

 ひとまず能天気な四女に事の経緯を伝えておく。何なら五月のサプライズ計画に付き合ってもらおう。俺が面倒臭がっているわけじゃない。

 

 

 

「一花に会いに来たの? 

 なるほど…昨日の一花心配だったんです

 上杉さんがいれば、もしかしたら元気出るかも、四葉も手伝います!

 私が内緒で呼んできてあげるよ!」

 

「四葉っ やっぱり四葉は頼りになります」

 

「えへへ、そうかな?

 一花を元気づけたら、お礼に一緒に遊んでくださいね、上杉さん!」

 

「お兄さんにタックルしてきた罪滅ぼしして来なさい

 話はそれからだ」

 

「が、合点承知です…

 それでは中野四天王が一人、四葉いってきます!」

 

 

 

 何なんだあのテンションの高さは。敬礼をした後、全速力で四葉は旅館の中へ消えていった。

 

 一花を心配に思う妹の心情は五月と同じのようで、俺が一花に会いに来たと知った途端に悪戯っ子は協力的になった。

 

 一花に携帯を渡すか、直接待ち合わせの約束を設けてくるらしい。あの子のアグレッシブな行動力ならすぐに捕まえられるだろう。

 

 

 

「…四葉に見つかった時点でサプライズは中止だな

 先生に一報いれるわ」

 

「ま、待ってください

 もう少し、もう少しだけ待ってください」

 

「何をそこまで拘っているんだ?」

 

「…お母さんに内緒で会ってあげてください

 まだ一花とお話できてないって、お母さんが思っている内に

 じゃないと、一花はまた嘘を言うと思うんです」

 

「…わからなくはない、が…

 あいつは先生だけでなく、俺に対しても気を遣っている

 本音を聞き出せるかは自信がないな」

 

「上杉君の気持ち次第ですっ」

 

「そんな絆されやすい性格してないだろ、五つ子共」

 

 

 

 お前を説得するのに一番時間がかかったんだからな、それを忘れられては困る。

 

 適当に雑談を挟んで待っていたが、四葉からの反応は来なかった。

 

 俺たちはあいつの作戦成功をここでじっと待つしかない。完全に不審者でしかないが。

 

 林の中から旅館の玄関へ視線を送ると…何かが塀に引っ付いていた。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…?

 ひっ」

 

 

 

 ホラーでしかない…それに気づいた五月は肩を跳ね上がらせて俺にしがみついてきた。

 

 入り口の、旅館を囲む塀からいつの間にか三玖がこちらを見ていた。

 

 顔だけ出してじーっと黙って。怖すぎる…長い前髪で隠れた目だけでこちらを見るものだから完全にホラーだ。

 

 手招きするとのんびりした動作で歩み寄ってきた。なぜか、こいつが携帯を持っていた。おいっ

 

 

 

「…」

 

「…無言で通報するのやめて

 四葉はどうした」

 

「その前に何でここにいるのか聞きたいんだけど…

 五月、フータローといるって言ってたじゃん」

 

「こ、これには深い事情が

 一花の為なんです」

 

「…よくわかんないけど、四葉は旅館を走り回るなってお母さんに怒られてる

 私は四葉に頼まれてここに来た…そしたら

 …変なのがいた」

 

 

 

 変なのって変質者ってことだよな。その変質者の隣に座ってぴったりくっついてきて良いのか。

 

 つーか四葉の奴使えねー… 母親から説教食らっているらしい。客がいるのか知らないが旅館で走るなとはよく言いつけられていたことだ。

 

 バトンタッチ先は三玖だったようで、事情を伝えると、三玖もまた一花の落ち込み様を知っていたようだった。

 

 握り拳を作って珍しく意欲的な三玖が仲間になった。おまえも大概四葉とどっこいどっこいだから心配。

 

 

 

「任せて、一花を連れてくるなんて朝飯前

 徐かなること林の如く、二人はそれまで待ってて」

 

 

 

 中野四天王の一人が身内の仇討ちに行くそうだ。果たして上手くいくのだろうか。

 

 まさかの障害となった母親を四葉が抑えている内に三玖が事を成せば結果オーライだ。何事もなければスムーズに一花をおびき寄せてくれるだろう。

 

 だが、待てと言われてもじっと堪えるのは少々しんどい。雪が降っていたら早々と降参していた。

 

 

 

「ふぇっくちっ!」

 

「…寒いのなら中に入るか」

 

「ま、まだ平気です…夜になったら耐えられませんが、まだ」

 

「…風邪引いても俺を恨むなよ

 もっとこっち寄れ」

 

「…

 ね、眠くなっちゃいそうです」

 

「電車と船とバスであれだけ寝てたのに?

 結局らいはと遅くまで話して夜更かししたじゃねーか」

 

「め、面目ありません…」

 

 

 

 隣に座り込んでいる五月を抱き寄せるとコートの中に潜り込んできた。ガタガタ震えていたが、しがみついている内に収まっていった。

 

 正直なところ、早く根を上げてほしいのだがな。四葉だけでなく三玖まで手を貸すことになって途中でリタイアできない。

 

 しばし待っていたが三玖の帰りは見られなかった。あいつも何かトラブったか。

 

 

 

「あ、二乃です」

 

「サプライズって何だったっけ」

 

「本人にバレなければサプライズです…」

 

 

 

 入り口の戸を開けて歩いてくるのは次女の二乃だった。携帯持ってるし…

 

 隠れたらワンチャンバレないか。いや、あの目は完全に俺をロックオンしている。

 

 あの子の様子が不機嫌そうなのが非常に面白くない。大の大人と末っ子が雁首並べてかくれんぼしていることに呆れているに違いないぞ。

 

 大股でやってきた二乃は俺の隣に座って、林の中に隠れた。ノリが良いな。

 

 

 

「本当にいたわね…

 一花なら呼んでおいてあげたわよ」

 

「二乃! ありがとうございますっ」

 

「派遣した三玖はどうしたんだ」

 

「あー…私は三玖に頼まれたんだけど

 あの子、一花を探してたんだけど、転んで膝擦りむいたみたいで、ママに手当て受けてるわよ

 走ってたのもバレてしばらく部屋から出て来れないわよ」

 

「ドジな奴…」

 

「三玖もよく走ってますもんね、上杉君と追いかけっこしたり」

 

 

 

 子供の頃からよく転んでいた子だ。久しぶりに盛大にやらかしたようで四葉と同じく母親に捕まったようだ。後で文句を言われそうだな…

 

 しかし二乃を頼ってくれたのは助かる。さすが二番目のお姉ちゃんだ。

 

 お陰で世話焼きな二乃は、いとも感嘆に一花を誘い出してくれたようで、まあ五月の希望通りに事が運べた。

 

 ほっとしたのも束の間。旅館の入り口の戸が開かれる。

 

 とっさに三人で身を屈ませて隠れたが、あちらは一直線にこちらに駆け寄ってきた。

 

 

 

「やっほー フータロー君、五月ちゃん」

 

「…」

 

「…」

 

「…一花じゃん

 え、何? どうしたの二人共

 ほら一花、言われた通り呼んできたわよ?」

 

 

 

 こちらに向かってきたのは一花だった。暢気に手を振ってこちらを見据えている。

 

 俺と五月は心底渋い顔をしていたと思う。

 

 

 

「…サプライズって何だっけ」

 

「ふぇっくしゅっ!!」

 

「ちょ、ちょっと五月? 鼻水垂れてるわよ

 というかあんたたち、こんなところで何してたのよ

 うちに来れば良かったのに」

 

「さ、サプライズがぁ…」

 

「中野四天王揃っても失敗したな」

 

「さ、サプライズって…

 …え、もしかして…私やっちゃった?」

 

「あはは、なんだか騒がしくなってきたね」

 

 

 

 茶番もいいところだ、無駄に寒い思いをしただけで終わってしまった。

 

 五つ子の内、四人が手を合わせた作戦は綺麗に趣旨が抜け落ちていたようだ。しょーもない奴らだった。

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